ラブライブ!〜ヤンデレファンミーティング〜   作:べーた

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ギルキスの超素晴らしいライブ記念回。かなり明るめ(当社比)。

鞠莉ちゃんがメインなのはTwitterでジャガピーさんのリクエストを受けた結果です。ずっとユニット系の話を書く構想はあった(ダイヤ短編はその名残)ので、いい機会ということで。



おいくらかしら?【Guilty Kiss】

紅茶を飲み込む僅かな音と、本のページがめくられる音だけが響く2人っきりの部室。

 

この平和極まりないお昼過ぎの空間に、いつも通りの綺麗な声が響いた。

 

 

「ねえ、一体いくらなのかな……」

 

 

……?

 

 

「何不思議そうな顔してるの? アナタ以外に聞くわけないじゃない」

 

みんな用事でドタバタしてて、偶然Aqoursの練習がなかったこの日。俺と鞠莉だけは暇だから……と部室でお茶をしながらダラダラしている。そんな中で、唐突に意味を掴めないことを言われてしまった。

 

……『いくら』?

 

その意味を手に持っていた本を一旦閉じて考える。

 

はて。彼女がいくら留学期間があるクォーターとはいえ、日本の暮らしの方が断然長いはず。決して言葉の壁はないはずなんだが。時々英語とか混ざるけど、今の発音は完全に日本語だったし……。

 

『いくら』って……淡島とかで食べるいくらの海鮮丼じゃなくて、何かの値段とか量とかだよな、文脈からたぶんそうだ。シャイ煮(1杯約10万)を作れる鞠莉の財力で、今更いくら一粒がどうこうって悩みはないだろう。

 

まあ、なんにせよ大した意味はなさそうだ。気まぐれかつ世間離れした彼女のことだから、どうせこの前作った甘辛MIX系の料理みたいに突発的で支離滅裂な思いつきがあるに違いない(見た目やネーミングは毎度酷いのに味はいい)。

 

本もいいところで中断しちゃってるし、続きが気になる。ちなみにスクールアイドルの衣装の全集みたいな感じで出始めたんだが、直後に素晴らしい新作ライブのラッシュが始まってるので、早速全集どころではなくなっている。いつまで出続けるのだろうか、いつまで買い続ければいいんだろうか。いや永遠に買い続けるんだけど。

 

今は早く続きを読みたい。ここは適当に相槌でも打って誤魔化して……

 

「じ〜……」

 

……じ〜っと見られてる。って、口で言うなよ口で。

 

むむ、一時の冗談じゃなようだ。それなら、何かしら望む答えを返してあげたい所だけど……わからないものはわからない。

 

機嫌を損ねるかもしれないけど、ここは素直に聞くのがベスト。ペースを握られると、彼女との駆け引きは負けるんだよ経験上。ダイヤみたいに早めにペースを握ろうとしないとダメだ(成功しているとは言ってない)。

 

「えっと、俺には鞠莉が何を言いたいのかよくわからないんだけど。ちょっとピンとこないと言うか、主語とか目的語とかさ……」

 

聞いてる内容もわからないけど、なんで俺に聞くのか……というのも疑問だ。確かにこの部屋には2人しか居ないんだから、そりゃ俺に聞いてるのは当たり前なんだけど。

 

だが、仮に何かの値段だとして……小原家みたいな雲の上のお金持ちの買い物相談に、こんなただの一般庶民が乗れるわけない。せめて付き合いの長いダイヤか果南あたりが妥当じゃないかな。

 

俺のそんな様子を見て、彼女は呆れたようにため息をつく。なんか不本意だ……無茶言うな、さっきの聞き方で誰がわかるって言うんだよ。

 

「はぁ……そうね。貴方がニブチンなのは今に始まったことじゃないけど……値段よ。お値段を聞いてみてるの」

 

あ、予想当たってた。あと鈍いとは失礼な、当たってたじゃないか心の声だけど。

 

「私としては何としても買わせてもらいたいのよ。でもこういうのって、そもそも相手の同意が必要でしょう? そうでなくても大事なことだと思うし」

 

「鞠莉が買いたいものか……まぁ、盗んだりするわけじゃないならそうなんだろうけど。価値のある美術品とかなら、持ち主に思い入れもあるだろうしさ」

 

「まぁ、私からしたら値段自体はそこまでではないと思うんだけどね。でも、美術品より確かな価値はあるし、ずっと欲しいものだし〜……」

 

むう、まさか買い物なんかで鞠莉がこんなにアンニュイなムードになるなんて。個人的な心象で言うと、ちょっと意外な感じだ。鞠莉はモノや地位にはあまり頓着せず、人との絆とか学校の思い出とか地域のこととか、そういう方向に一生懸命だったから。

 

(今の)Aqoursができてからそんなに時間は経っていない。そこから彼女との関係が生まれた俺は当然つきあいは短いわけで……うーん、ダメだ。やっぱどうしたらいいかわからない、降参。

 

一体何が欲しいっていうのか、想像もつかない。掛け軸?壺?土地? あ、でもたった今美術品と違うって言ってたな。

 

 

……それとも、Aqours関連とか!

 

それなら納得だし、こうして相談しているのも、みんなに何か秘密で用意してるものなのかもしれない。

 

「わかった! それ、Aqoursに関するコトだろ。サプライズにする予定だから詳しく言わないし、相談相手だって俺で……」

 

「……? 確かに関係はしてるんだけど、サプライズってどういう事? まぁこんな事突然聞いちゃうのは驚かせちゃったかもしれないけど」

 

あれっ……自覚あったのか。盛大に外してしまう形になったが、幸い彼女はあまり今の会話を気にしてないようで、また紅茶を優雅に口に含む。

 

今の姿も改めて見ると、中身が破天荒系美少女でなければ、世界中の男が放っておかないくらいの超美人だ。いや、むしろそれがいい。ライブでも結構はっちゃけてるのが人気だし、どっちの姿も鞠莉の魅力だ。

 

……それはそれとして、肝心の『ブツ』だが。今の反応から、Aqours関連のモノであるのはおそらく間違いなさそう。

 

それで相手への交渉が必要なモノとなると……もしかしたら新しい練習場所なんだろうか? どこかプロの芸能事務所が使ってる秘密のゾーンとか、超凄いトレーナーさんがいる場所とかかな!?

 

はたまた、もっと身近な所だと……伝説のスクールアイドルであるμ'sの練習ノートとか衣装とか、お宝グッズなのかもしれない。Aqoursのみんなも目指す彼女達が、いかにして伝説にまでなったのか。

 

それなら相手にとっても大切だから交渉も納得で、Aqoursもそれを参考にすることができれば————……

 

「相手の一生を左右しちゃうものだからね、真剣に考えないと」

 

……うん、また違った。

 

これまでの話に加えて『一生モノ』かぁ。Aqoursに関連して、しかも相手が重要……

 

ん? そもそも『相手』って、購入『相手』なのか、買った後に渡す『相手』なのかも不明瞭だな。

 

Aqours絡みなら、多分後者なのだろうか。相手の意思とか、俺に相談するって意味では前者のようでもあるけど。日本語難しいな本当に。

 

「私としてはどうしても手に入れたいのよねー……お金だけじゃ、首を縦には振ってくれなさそうなんだけど。色々オプションつけてみましょうか」

 

……事ここに至っては、もう検討もつかない。

 

ウダウダ悩んで何も進まないより、ここは開き直って小細工はやめ。彼女を信じて、ガツンと勇気付けよう。

 

『いつも通り』、みんなの力になるだけだ。

 

「そうだな……やっぱ持ち主の人に一度は言ってみるべきじゃないか? 『どうしたらいいですか』ってさ。どんな事も、まず第一歩だろ」

 

「でも、いきなり値段の相談なのよ? なんか安い女だと思われそうじゃない……」

 

「それは自分の気持ちが伝わるかどうかだろ? 大丈夫、俺にできることならなんでも協力するよ! 鞠莉がどれだけ大切にしてくれるかは、俺が一番よく知ってるし……絶対受け入れてくれるって!」

 

もし相手が渋るのなら、俺も一緒に説得する。鞠莉ならお釣りがくるくらい、きっと一生大切にしてくれる人だってことはわかってもらえるはず。

 

それあくまで対症療法で、あんまり解決にはならないこと。だが俺がそう言った途端、鞠莉はまるでぱぁっと花が咲くように明るい笑顔を見せた。

 

 

「えっ……『なんでも』って本当!? それなら良かったわ、もう解決ね♪」

 

……え? そんないい事言ったっけ?

 

何が『解決』したんだろう。今更だけど……なんだか俺たち、会話が噛み合ってない気がする。お互いに致命的なコミュニケーションのミスをしてしまってるんじゃないだろうか。

 

猛烈に嫌な予感がしてきたので、それを口に出そうとした時。鞠莉が今日持ってきていたやけに大きめのカバンを机の上に置いて、思いっきりひっくり返した。

 

 

「私としては勇気を出して相談したつもりだったんだけど……こんなことならもっと早くいうべきだったかもしれないわね。私たち、両想いだったなんて♡」

 

そのカバンの口は閉じられていない。ドサドサと中から零れ落ちてくる札束の数々。

 

 

……ん、札束!?

 

 

「————それで、もう一度聞くわね。おいくらかしら?」

 

「え……えっと、何が?」

 

薄々予想がついてきたが、念のために聞く。

 

念のためだ、念のため……

 

 

「もう、決まってるじゃない。マリーと結婚してもらうのに必要な、アナタの人生のお値段よ♪」

 

 

……や、やっぱり?

 

「ま、鞠莉……それはひょっとして」

 

「私ね、アナタの事が大好きなの。でもAqoursのみんなも結構気になってるみたいだし、ボヤボヤしてたら取られちゃいそうでね?」

 

だから手っ取り早く買わせてもらう事にしたの♪と上機嫌で続ける彼女。もしかして、最初の会話からずっとそのつもりだった!? ああヤバイ、もしかして俺ってそれを後押ししちゃったのか。

 

それにしても……か、買うって。鞠莉が俺のことを好き?う、嬉しいけど人身売買とかそう言うの大丈夫なのか?それに……

 

 

「い、一応聞いておきたいんだけど。俺に拒否権とかはあるんですかね?」

 

「拒否権? アナタの意志は大事にしたいから相談してたくらいだし、拒否してもらっても良いけど……しないほうがお得じゃない? ここにあるお金以上にいくらでも贅沢させてあげられるし、養ってあげるわよ?」

 

「魅力的なお誘いだけど……幾ら何でも急すぎるだろう」

 

「毎日今みたいにお茶だってできるし、家事だって仕事だってしなくていいのに? ただ健康で、私の帰りを待っててくれればいい生活なのよ!? それでもダメなら……」

 

 

不景気な世の中。俺だって特別優れたスペックを持ってるわけじゃないし、人並みに将来に不安はある。かといって、いきなり人生を売るなんてそんな決断をいきなりできるわけない。

 

それに……

 

 

「……やっぱり、私より他のAqoursのメンバーの方が好きってことなの?」

 

「鞠莉のことは好きだし、みんなのことも好きだけど……そういう順位なんて」

 

 

……それに、俺は特別誰かに惚れてるわけじゃないけど、Aqoursのみんなが気になってるところで。こうして告白してくれた彼女を今後一番好きになる可能性は高いとは思うけど、自分が誰に告白したいかとかは、もう少しよく考えてからじゃないとダメだと思う。

 

自分でも意外だけど、そこは意志が固いのか、少し涙目になる鞠莉がこれほどの誘いをしてきても、断ることができている。

 

お金で売り渡したなんてみんなにどう説明したらいいのかわからないし……。なにより、お金で鞠莉の魅力を判断してるって思われたくないのもある。

 

「そう……じゃ、断るの。さっき私に言ってくれた言葉はウソだったってわけね。なんでも協力するって言ったクセに……」

 

「そんなつもりはないって! 何度でも言うけど、鞠莉のことは嫌いじゃないけど急すぎるし、ただ時間が欲しいってだけで……」

 

「……わかってないみたいね。Aqoursの他のメンバーもアナタを狙ってる。それも色々計画を練ってね……今日みんなが休んでるのもそのせいなの。もう時間がないのよ……!!」

 

さっきまでの沈んだ空気と、そこからの喜色満面といった様子ははどこへやら。今度は激しい怒りを隠さずに表情に出している。

 

こんな様子の鞠莉、見たことがない……少なくとも、鞠莉はそれが事実だと信じているってことだ。それにしても、計画だとか狙ってるだとかなんて……焦る気持ちもわかるけど大袈裟な。

 

「心配しなくても、鞠莉以外の誰でも待ってもらって……」

 

「それが遅いって言うのよ。もうやっちゃうしかないわね。大人しく私に買われておけば良かったのに……拒否するなら強硬手段に出るまでよ」

 

「強硬手段って何が……ゔっ!?」

 

 

不穏な一言が聞こえた瞬間、俺の首に強烈な衝撃が走った。思わず倒れ込んでしまうのを、柔らかい感触が支える。

 

身体が痺れて動かせない中、目だけで相手を確認すると、いかにも鞠莉が雇った黒服……ではなく、善子の姿が。

 

休んでたんじゃないのか……? それに、『前』に善子と鞠莉がいるってことは、今俺を襲った『後ろ』はもしかして……

 

「さすがは小原家特製ね。綺麗にカラダの動きだけ封じ込められたわ!」

 

……り、梨子!?

 

「良かった〜、私は今日の運勢も最悪だったし、万が一何かあったらって思ってリリーに任せたけど、正解だったみたいね」

 

「もう、そう思うなら今からでもそこを代わってよ!私だって彼を胸に抱いて癒してあげたいのに」

 

「梨子も普段はシャイなのに、スイッチ入ると積極的なんだから。ホントGuiltyね……♪」

 

だんだん、わかってきた……ギルキスの3人は何か計画を作っていて、今日実行に移したんだ。3人とも好きっていってくれるのは嬉しいけど、こんな形でなんて……

 

「ねえ、辛くない? ごめんね、こんな事して……貴方が悪いのよ。あんまり他の人たちを見てるから、私たちも我慢できなくなって……色々情報を集めてたの、貴方を手に入れるための方法をね」

 

「善子ちゃんの言う通りよ。鞠莉ちゃんの提案を受け入れてれば、こんな事しなくて済んだのに。……背後から近づいていく感覚は、スリルがあって病みつきになりそうだったけど♡」

 

「善子も梨子もアブない扉が開きかけてるわね……とにかく、スタンガンは恋する女子の必須アイテムっデース!」

 

「ヨハネよ!」

 

そんなの、聞いた事ないって……!

 

なんて抗議の声を上げる余力もなく、部室横に鞠莉の家の車が停まって、手際よく俺は載せられていく。

 

さっきの鞠莉と善子の言葉から察するに、色々手を回してあるのだろう。元々記念日で他の部活も休んでいる事もあってか、誰の姿もない。それは次の言葉で確信に変わる。

 

 

「じゃ、予定していたルートで淡島のうちのホテルに向かうわね♪」

 

「地下室も完備なんてさすがにマリーね。……ああ、聞こえてなかったら悪いけど、貴方にも説明しておくわ。貴方はしばらくマリーの家のホテルで私たちと過ごしてもらうの。私たちGuilty Kissの魅力に堕天して、闇の支配を受け入れるまでたっぷりとね……」

 

「ちゃんとお世話はするから、安心してね? 大丈夫、『出られる』頃には、私たちの愛をしっかり分かってもらえるようになってるはずよ♡」

 

この3人に何をされるかは分からない。ただ、思うのは……多分俺は耐えられないのだろうという事。きっと、3人に屈してしまうのだという確かな予感があった。

 

愛こそすべてだと標榜する彼女達は、文字通りあらゆる手を使ってくるんだろうから……

 

「貴方が選べる道は2つ。甘やかされて愛されるか、さっきのスタンガンみたいに酷いことされながら愛されるかのどちらかよ。まぁ最後はどうせ同じエンディングなんだけど……今から聞く質問の答え次第で、気持ちいい方にしてあげられるわ」

 

こうして突きつけられる条件も、きっとその一つ。言われた通り、どうせどっちを選んでも結果は変わらない。遅いか早いかの違い……。

 

 

「賢明なアナタなら、どう答えるかは決まってると思うけど……じゃ、もう一度聞くわね?」

 

 

つまり、最初とこれからされる提案は、ちょっとした慈悲に近いものだったんだ。受け入れていれば、鞠莉の言うことを聞いていれば、ここまでにはなっていなかった。

 

そして今度こそ受け入れなければ、次は親家族や友達……最悪、他のユニットのメンバーにだって何か危害が加わるかも知れない。俺は完全に、蜘蛛の巣にかかった蝶のように……彼女達の愛の罠に囚われてしまっている。

 

 

 

「貴方の人生、いくらなら買わせてくれるのかしら……?」

 

 

 

今日までこれほどの好意に気づかなかった自分の鈍感さを呪いながら、鞠莉の言葉と不気味な笑顔に応えることもできずに、俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 




買われておけばよかったと思わせる、二重三重の思考バインド。

AZALEA編及びCYaRon!編につづく。


実は本作中でスタンガンが登場したのは連載から2年近く経って初。ヤンデレ乙女の嗜みとは言っても本作はフィクションであり、現実には違法改造スタンガンは立派な犯罪なので、良い子のヤンデレの女の子のみなさんは絶対に真似しないでください。

ついにお気に入り1400件、UA300000を突破しました。応援ありがとうございます。さらに、ぽぽろさん高評価ありがとうございました!!

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