その優勝者である彼女たちがトリということは、つまり……?
【2020.11.10 大幅に加筆してAZELEA編は①と②に分割しました】
『ご飯は炊いてあるから、すぐにおかゆでも何でもつくってあげるね?』
そんな当たり前の心配が、俺の心を救ってくれてから少し経った。
「……落ち着いた? 大変だったみたいだね」
「ああ、なんとか……。このおかゆ、美味しいや。花丸って料理上手だったんだな」
「嬉しいけど、おかゆで料理上手って言われても困るよ? きっと炊飯器がいいだけずら」
さっき聞いたが、今は夜11時頃らしい。ダイヤと果南は、向こうの部屋で待って貰っている。
そして俺はソファで休みながら、食事をとる。それを作ってくれた花丸は、その向かい側で椅子に座ってニコニコとその様子を眺めていた。
ただ、状況が状況だから、少しその表情には陰があるようにみえる。それはダイヤと果南も同じだ。
気にしなくていいのに……って言ってあげたいけど、気にするよなそりゃ。とりあえず腹ごしらえも終わったし、経緯を聞いてみよう。
「えーっと……記憶が正しければ、確かいつもの練習場所で、CYaRon!の3人に捕まってたはずなんだけど」
そう、Guilty Kissにスタンガンを喰らってフラついてた俺は、助けを装ったCYaRon!に捕まっていた。普通に考えて、あそこから自力で逃げられたわけがない。どんな方法を使ったんだろう?
「やっぱり、気になるよね。結論から言っちゃうと、誰にも何もされてないよ? そ、その……ルビィちゃんたちが『いけないこと』をする直前に、オラ達が来たの」
「い、いけないことって……。そのすぐ後に気を失ったから、気がつかなかったんだな。てっきり完全にヤられたかと思ってた」
「うん、しょうがないよ。オラたちが運ぶとき、見事に気絶してたね。果南ちゃんが力持ちで助かったずら~……」
と、いうことは……さっき見た夢はただの悪夢か。
そうだとすると、なんだか急に恥ずかしい気持ちが出てくる。悪夢って言うにはちょっと、思春期の男子の妄想っぽいし……とにかく、夢や妄想で済んでよかった。
Guilty Kissもそうだけど、実際に行為に及んでたら色々大変だったろう。そうだ、あんなことが現実に起きた世界なんてあるわけない。まさに今の俺がこうしていられるんだから。
「もともと、ダイヤさんがルビィちゃんの異変に気付いててね? 追いかけたり様子を見てたら、Guilty KissとCYaRon!が貴方を襲おうとしてるってわかったの。だから助けなきゃ!って」
「ありがとう、とにかくありがとう。本当に間一髪だったよ……ちなみに、ここは?」
「それなら、黒澤家が権利を持ってた、アパートの一室らしいずら。ちょっとした仕事とかの時に使ってたんだって。……だから、ここまで貴方を運ぶのに車を出してくれた、黒澤家の偉い人だけは今回の件を知ってるはずだよ」
ああ……ついさっき、医者とか俺の親に『電話するかどうか』とか話してたもんな。
あれ? だとすると……
「それじゃ、ルビィは今……?」
「……今頃きっと、お母さんに酷く叱られてるずら。もしかしたら、千歌ちゃんと曜ちゃんのおうちにも伝わってるかも」
「そうだったのか……せめてそれ以上、噂や話が広まらないようにしたいな」
ひとつ胸をなでおろすと同時に、もうひとつの悩みの種が生まれてしまったことになる。おばさんとは俺も何度か会ってるけど、あの黒澤家を守り抜くだけあって厳格な人だ。
どこまで知ったのかはわからないけど、ルビィちゃんには相当怒っているだろう。
……だけど同時に、娘たちがスクールアイドルをするのにすごく好意的な人でもある。俺が快復して、真剣にダイヤと一緒に謝りこめば、許してもらえるかもしれない。
あと、忘れちゃいけないのがGuilty Kissだ。
「一応、誰にも見られないように車に乗せられたから、大丈夫だと思うけど……。あ、Guilty Kissの方も、『お母さん』と揉めてるらしいよ。ほら、あの鞠莉ちゃんの……」
「え? それって……あの鞠莉のお母さん!? あの人が聞きつけたって言うのか?」
「う、うん。たぶん、小原家の力を使って色々してたのが、知られちゃったんじゃないかな? 『港の騒ぎ』は何でもなかったって収まったみたいだけど、あれも鞠莉ちゃんだったのかもね」
「あっ……港、か」
本当は港の1件はCYaRon!の仕業らしいけど、それを伝えるのは後でもいいだろう。
話しだすとややこしくなるだけだし、何より俺は今、無事にここにいるんだから。
「ひとまず、鞠莉が家の力を使って俺をもう1度捕まえに来る……って危機は去ったことになるのか」
ただ、焦っていたとはいえ、あの鞠莉が何もかも証拠を残しているとは思わない。多分、色々準備してたのが気付かれたってだけで、実際に俺に何をした……とかまでは知られてないはずだ
だけどあの抜け目のない母親のことだ。トラブってる時点で、しばらくの間は鞠莉は自由には動けない……とみて間違いないな。
「そうだね。だから少なくとも、今晩だけは大丈夫だと思うずら。オラ達AZALEAは、みんな泊まってあげられるようにしてあるから、何か必要なものがあったら何でも言ってね?」
「いいのか? そんなにしてもらわなくても……」
「あの6人の行動に早く気がついて止めてあげられなかったのは、オラ達の責任でもあると思ってるずら。だから、このくらいはさせてほしくって……!」
真剣に心配してくれていることが、咄嗟に彼女が握った手から伝わってくる。目を合わせれば、うっすらと涙も。ダイヤと果南だって、本当に申し訳なさそうにしている。
……みんなに、悪いことを言ってしまったみたいだ。彼女たちの心配を無下にしようとしてしまっていた。彼女たちの責任感と思いやりまで、無駄にしようとしてしまった。
俺はてっきり、AZALEAのみんなも襲い掛かってくるんじゃないかと、あらぬ疑いを持ってしまっていたんだ。Guilty KissやCYaRon!とは違う形で、俺のことを凄く大切に思ってくれているAZALEAに対して。
「……ありがとう。わかった、花丸がそこまでいうならお世話になるよ」
『ごめん』とは言わない。今はその違いも、温かさも、とにかくありがたい。せめて今晩は、この言葉に……3人の助けに甘えさせてもらおう。
「……うん、気にしないでいいよ! 後はオラ達AZALEAに、おまかせずら~♡」
昼も、夕方も、目を閉じるたびに大変な思いをした。だけど、今だけは。きっとAZALEAの3人がいてくれるからもう大丈夫。
お腹が膨れてまたも睡魔に襲われた俺は、そう思いながらやっと安心して、目を閉じられた。
色々とありすぎた1日だったけど、次に目が覚めた時に平和であることを願いながら。
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「……もう大丈夫。気持ちよさそうに、寝息を立ててたよ♪」
ふふふ……我ながら、完璧な演技だったね。もしかしてオラ、女優の才能があったりするのかな?
そっと頭を持ち上げて、ソファの上で膝枕の姿勢にしてあげる。彼の寝顔が、こんなにも幸せそうに、こんなに近くに……!!
嬉しくて嬉しくて、笑顔が抑えきれないずら♪
「少々手間取りましたが、この結果で水に流すとしましょう。これで無事、彼は私達AZALEAのモノということなのですからね……?」
「まったく、あの6人もバカだよね。ずっと私達の掌の上だってことも気がつかずに、必死に彼に嫌われながらさ……」
ダイヤちゃんと果南ちゃんも、とても他人には見せられないくらい笑っちゃってる。
でも無理もないよね?
こんなにも上手くいくとは、流石に思ってなかったんだもん。
そう……何もかも予想以上に上手くいっちゃった。
「ルビィの動向も、彼の動向も、全部発信機と盗聴器で確認できていましたのに。みなさんの計画もタイミングも居場所も、何もかも筒抜け……あっけないものでしたね」
「さっすがダイヤだね!黒澤家に連絡するタイミングも、鞠莉の母親にリークするタイミングもバッチリだったよ?」
「ダイヤちゃんだけじゃなく、果南ちゃんも色々動いてもらってありがとうずら。これで、後はオラ達が彼を癒してあげるだけ……♡」
AZALEAは初めから、全部ぜーんぶわかったうえで、最高のタイミングで出てこられた。他のユニットが彼を傷つけられたのは許せないし残念だけど……オラ達に依存してもらうには、結果オーライだったね?
連れてきたこの場所は、当然鍵もかかってない。閉じ込める必要なんてない、包み込んであげるための、普通の場所。あとは、最高の『仲間』を演じるだけ……。
さっき彼が起きてきてた時だって、本当はとっくに気がついてた。オラ達が愛する人の目が覚めるのに、気がつかないわけないずら♡
でも彼は疑心暗鬼になってたはず。『信じていたはずの』仲間に裏切られてたんだから。可哀想だよね……。
だからわざと安心感を与えるために、彼のいないところで会話して、聞かせてあげた。……効果は覿面、だったね♡
「ふふっ……すぐ傍に彼が無防備に寝ているって思うと、ときめいちゃうね。他のメンバーが襲おうとした気持ちもわかるけど、我慢しなきゃ。我慢……!」
「果南さん……それは私も同じ気持ちですが、抑えましょう。大丈夫ですわ、後は放っておいても、彼は残された私たちに近づいてくるしかない……。この後、Aqoursの活動再開のために尽力すれば、ますます確実でしょう。これが私の導き出した『恋愛論』、というところでしょうか?」
「そうなった時、彼は私たちのトリコになっちゃう……ってわけだね? ううん、もうそういうルートに入ってるって意味では、もう『なっちゃってる』のかもね」
あんまり話して彼を起こしてもいけないし、そろそろ朝ごはんの支度と、明日からの計画を練るずら。
まだまだ油断は禁物。彼にオラ達しかいないってわかってもらうには、たくさんやらなきゃいけいことがあるからね……。
「では、明日鞠莉さんのお母様に再度連絡するとして、黒澤家の方は引き続き私が。書類上は…………こんなところでしょうか?」
「彼を守るのは手はず通り私で、学校が始まってからAqoursは…………うんうん、これならいけそう!やっぱり私達AZALEAが最強、だねぇ?」
「当然ですわ。この前のライブツアーも優勝者は私たち……この愛が、他のユニットに負けるはずなどないのです♡」
オラは本当に、最高の仲間を持ったずら♪
これからオラ達AZALEAと、『恋』の喜びを……ううん、『愛』を咲かせていこうね♡
……と、いうわけでユニット対抗戦の短編はこれにて完結です。
誰がメインでもよかったのですが、ジャガピーさんのリクエストにより、花丸ちゃんにしました。空中恋愛論がほんのりモチーフ。
もっといろいろユニットの色を出したかったのですが、構成上上手くいかなかったのは反省。他の話に流用することにします。
感想、ご評価等お待ちしております~