それでは、後編をどうぞ。
—曜Side—
彼の家の裏。誰にも見られない場所……。ここでついさっきの録音を聴きながら、私は『あるもの』を抱いている。
『ありがとう曜。要らないモノの処分、手伝ってもらっちゃってさ』
『このくらい平気だよ! ホント、曜ちゃんがいてあげないとダメなんだから〜♪」
『肘でつつくな肘で……あ、その制服ももう要らないから、捨てていいや』
『ホント!?ホントにいいの!? ……でもこれ含めて2着しかないんだから、予備で録っといた方がいいんじゃ……』
『相変わらず、制服にはすごい食いつきだな。……ほら、予備にするにもボロボロだからもういいんだよ』
ゴミを捨ててくるって言って、もってきた袋から出したもの……そう。じっくりと彼の制服を堪能してるんだ♪
ずっと憧れてたものが目の前に来ると、つい息が荒くなっちゃうよね。さすがにこんな表情は、彼には見せられないけど。
さあ、味見させてね~……?
————(しばらくお待ちください)————
—————はっ! い、一瞬天国が見えちゃった。エンジェルが見えちゃったよ!?これじゃ善子ちゃんみたいじゃん。いけないいけない……
…………と、とにかくこれは永久保存しなきゃね。
悪い女の子に盗られちゃう前に!私が家宝にして保護してあげなきゃダメだよね!?こんな美味しい……じゃなくて、危険な文化財を私以外が触ったら大変だよ!
この危険度……制服検定1級(?)に合格した私じゃないと扱えないシロモノに違いない。ストーカーには渡さないし、月ちゃんにもあげられないよね!
この分だと彼と結婚したら、絶対絶対、毎週制服もらわなきゃ……!
そういえば、今日もこうして片づけてるけど……ストーカーが実在するっていう確認まではとれてないね。
部屋の中とか、確かに女の子っぽい匂いがしたけど……Aqoursのみんなの、特に相変わらずよく来てる善子ちゃん。その匂いに紛れてるのかもしれない。彼は単に、この香りを勘違いしただけなのかな?
「……あ、ちょっと時間経ちすぎたかな。怪しまれる前に戻らなきゃ」
いけない、つい夢中になっちゃってたね。とりあえず早く戻って……
「曜? 貴方、ここで彼の制服を抱えて何をしてるの!? まさか貴女が……」
——————み、見られた!?
一瞬で心臓が跳ね上がる。
思わず振り返ると、そこには彼でも知らない人でもない、善子ちゃんの姿があっt——————善子ちゃん?
最近よく来てるのは分かってたけど、鉢合わせたのは初。それに、こんな風なシチュエーションでなんて。
……だけど、言い訳するよりも先に、私には一つ気になっていたことがあった。
(善子ちゃんの背中に見えている『モノ』は……まさか!?)
『なんで善子ちゃんがここにいるのか』……そして、その肩に背負ったリュックのファスナー。そこが少し開いていて、見覚えのあるモノが少し見えた。
私は追求を受ける前に、持ち前の運動神経を活かして飛びついて、そこを開いた!
「なんで黙ってるのよ!? 変態みたいなことして、先に質問に答えて————」
「———ちょっと善子ちゃん!『それ』見せて!!」
「うわっ、何すんのよ!? それは見ちゃダm……」
少しだけ揉み合いになってから、すぐに中身が地面に落ちた。
それを拾い上げると、やっぱりこれは……
……彼の学校の、ワイシャツ!
(それだけでも不自然だけど、制服ソムリエ(?)系スクールアイドルである私には、他の違和感も感じる)
くんくんと鼻を鳴らせば、これが彼のものじゃない……それがわかるよ!
さっきは家の中で色々な匂いが混ざってたけど、これと同じ匂いってこともわかる!制服に関することだし!
「これ、彼のじゃないよね……? 校章の穴とかヨレ具合とかはかなり似せてあるけど、実は新品だし善子ちゃんの匂いがする!」
「な、なんでわかるのよ~!? こっそり買ってきて、これまでに数多くの堕天使グッズを作ってきた技術を総動員して、再現したのに!」
「やっぱり!でもなんでこんなモノを、善子ちゃんが用意してるの……!? 場合によっては……」
「曜の方こそ、なんで彼の制服持ってんのよ!? しかもこんな隅っこで変態みたいに抱きかかえて!」
お互いの追及に、お互いに言葉を詰まらせちゃう。
ハタから見たら、確かに2人とも変人もいいところ。彼のワイシャツとか、彼の私物とかゴミを漁りながら家の裏側で、女の子たちが言い争っている光景。
これじゃまるで、ストーk……
……あれっ?
「もしかして……曜」
「まさかとは思うけど……善子ちゃん」
「ヨハネよ!じゃなくて……」
この時私たちは、ようやく相互に素性と目的を理解した。
「「あなたが、ストーカーなの!?」」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
—善子Side—
(ま、まさか……私が最も警戒していたストーカーの正体が、曜だったなんて)
信じられない。Aqoursの仲間が、こんな形で堕天することなんて私は望んでないわよ!?もっと健全に堕天使にならなきゃ!
でも、そう考えると曜のこれまでの不自然な行動が、全部腑に落ちるわね……。
「曜……あなた、片づけは口実だったのね。このぶんだと、ゴミとか不用品とか色々と持ち帰ってたんでしょ!ストーカーみたいに!」
「善子ちゃんこそ、わざわざそんな手の込んだことしてまで、彼に自分のものを使ってもらいたいだなんて……どうかしてると思うよ!?そっちこそストーカーじゃない!」
くっ、ああいえばこう言うわね……! まあ、私たちの視界を共有するほどの究極の愛を理解してもらうのは、俗世の人間には簡単でないことはわかってるけど。
曜がストーカー気質だったのは想定外だったけど、それならそれで決めてた作戦を実行に移すだけよ。
せいぜい私たちの愛の深さを思い知って、悔しがるといいわ!!
「クックック……私はね、ずーっと彼のことを見ているのよ!? 健やかなるときも病めるときも、お互いが通じ合ってるの! 曜の出る幕じゃないわ!」
携帯を取り出して、普段の彼の私生活を見せつける!……ふふふ、羨ましそうね。目で追っちゃってるじゃない。その調子で、もっと羨ましがるといいわ!!
「な、なんて素晴らしい……じゃなくって!! こんなのただの盗撮でしょ!?」
「失礼ね。妬いちゃう気持ちは分かるけど、愛し合う2人に盗撮とは失礼ね。これは魔術なのよっ!」
なによ、まだこっちをストーカー扱いしようっていうの?
大人しく諦めればいいのに、往生際がわr……
「そんなこと言ったら、私なんていつも彼の声を聞いてるんだよ!? ほら、こんな風に!」
逆に曜から差し出された携帯からは、確かに彼の声が聞こえてくる。
(うわ、このドラマこっぱずかしいな、愛してるのは君だけ、とか……)
……で、でもこの声って独り言じゃない!? あ、生活音まで……嘘。これも魔術!?魔術なの!?本当に曜も堕天していたっていうのー!?
くっ、私は映像だけだからこういうのに弱いのよ……!!
(今日もライブ、みんな可愛かったなー。差し入れに俺が美味しいものを買ってきてあげるか。曜とかセンターだったしな)
……大丈夫よ、このくらい……!
(俺はAqoursのみんなのためならなんでもするからな、このくらいお安い御用だ)
……この、くらい……
(あいつの好きなのは何だったかな、ハンバーグなんて作れないぞ俺。あ、善子が今度家に来た時に聞いてみるかな)
やっぱり、き、聞きたいわ……!続きを……!
「はい、ここまで~♪」
「あーっ!」
「その反応を見る限り、妬いてるのは善子ちゃんだったみたいだね~?私は彼の部屋での会話はぜーんぶ聞こえちゃうんだから!」
「ヨハネよ!」
く、くやしい……!
彼の事でこんな簡単に手玉に取られるだなんて!
……でも、冷静になって考えれば、曜が魔術なんて使えるわけがないわ。となると……
「ふん!どうせそれだって盗聴じゃないの!? そんなのただの盗み聞きじゃない」
「盗聴? なんにしても、彼の声を毎日聞けるのはこの曜ちゃんだよ! それに、中には『愛している』とか『好きだ』って囁いてくれるのもあるし……♡」
「どうせ切り貼りして言わせてるだけじゃない!……………………本当に言ってくれてるの?」ゴクリ
ま、まさか毎日の独り言とか、電話とか……さっきの音声みたいなのを全部自分用に!?
あ、ああダメ……自分のこれまでのコレクションも勿論大事だけど、曜のもってる音声も捨てがたいわ。そして、それは向こうも同じ反応。さっきは私の出した映像にくぎ付けになってたし。
まさに抗いがたい魔性の魅力!彼のカッコよさは、私が堕天使となった時以上の罪といえるわね……。
「善子ちゃん、確かにその映像は魅力的だけど……」
「ヨハネだってば!……曜、あなたの音声は見事だと言わざるを得ないけど……」
結局、私たちの間で何一つ決着はついてないし、その方法も見つからなかった。こんな状況でお互いに彼に言いつけても、メリットはないし……。
——————そう、思っていた時。
何枚かの紙が風に吹かれて、ゴミの袋から、私たちの前に落ちてきた。
「……あれ? こんな紙あったかな。私が捨ててあげたものじゃないや」
「私が用意したものでもないわね。大事なものだったら拾って、きちんと捨てないと……」
優先すべきは、あくまでも彼の事。喧嘩を中断して2人で何枚か拾い上げた。愛する人の個人情報が洩れたら大変だかr……
「こ、これって……まさか!?」
そこにあった内容は、想像を絶するものだった。さっきまで興奮と歓喜で震えていた手は、恐怖と絶望で震えてる。こんな、こんな事って……
「曜——————」
「——————善子ちゃん」
「私達……」
「……協力しない?」
思わず落としてしまった、いくつかの手紙。それは、彼が海外にいる親とやりとりしたもので、最近急に片づけ始めた理由を証明するものでもあった。内容は……。
「なんとしても阻止しなきゃ……彼が『海外に引っ越す』なんて!!」
「彼はまだ迷っている……親といるべきか、慣れ親しんだこの地にいるべきか!私の魔術と曜の魔術の力を合わせるのよ!」
「私達の映像と音声を合わせれば、彼の動向は把握しやすくなる……それを利用して、こっちに残るように誘導するよ!」
いつの間にか、私達は固い握手を交わしてた。最大の敵が今、最大の仲間となった瞬間!
今は争ってる場合じゃない。彼のあらゆる情報と思考を私たちで支配して、あわよくば恋人になって……絶対に残ってもわうわよ!!
「名付けて、エンジェル&フォーリンエンジェル計画始動よ!……あとで、私にも音声データと制服ちょうだい」
「たぶん私がエンジェルだよね、それ……。じゃあ、映像と交換ね。あと、今度は彼の歯ブラシ私が使ってから置いてよ」
「……なによ、案外曜もわかってきたんじゃない!」
「善子ちゃんこそ、さっきはストーカーとか言ってごめんね? こういう愛のカタチもあったんだね!」
——————このあと、この計画自体は上手くいって。彼は地元に残ってくれた上に、私たちは揃って恋人になったのだけど。どっちが正妻かとか、マリーが海外に連れていこうとしたのとかは、また別の話。
リクエストはこの2人でヤンデレ、とだけだったのですが、この2人が単に奪い合う光景が今一つ想像できなかったので、こういった形に落ち着きました。
僕の生活圏にもスクールアイドルのストーカーが現れてほしいと思います。
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