(※ 作中の設定は現実の建築法や菊泉さんとは全くの無関係です。また、たとえ愛ゆえにでも、現実で犯罪は絶対にやめましょう)
————そして、そこからまた1週間ほど経った。
「はい。彼のことは、もちろん覚えていますけど……え、此方に来てないか、ですか? いえ、「お客さんとして」見てはいませんが……」
『「お義母様」のところにいっても、自分たちも聞かされていないと言われるばかりで……よろしくお願いいたしますわ』
「ご家族のお話では、どこかで元気にやっているのは確かなんですよね? 理亞にも伝えておきます、何かわかったら伝えますね」
厨房の奥では、ダイヤからの電話を上手く聖良が誤魔化してくれている。電話が終わると、また他愛のない会話に戻った。
ここしばらくで、俺たちの仲は急速に縮まっている。お客さんに夫婦(それも奥さんが姉妹2人)などと囃し立てられる日々が続いている。
そう言われて嫌な気はしないし……実際、単なる冷やかしって訳でもなくて、本当にうまくいってるんだ。
以心伝心というか……一緒に厨房に入っていたり、家事をしていても仲良くなる一方で、食事の時に調味料に手が重なる、なんてベタな展開もあった。もちろん、理亞とも。こう、背中を預けられる関係って感じの。
「どうも俺たち、相性が良かったのかな。君たち姉妹2人の仲には、まだまだ及ばないけど」
「えっ……あ、ありがとうございます。でも、貴方が合わせてくれるからですよ。その証拠に、人見知りな理亞とも上手くいってるじゃないですか」
「姉様の言う通りよ。同じスクールアイドルのルビィ達とだって、ステップを合わせるのにかなり頑張ったのに、料理も掃除もきちんとやってくれてる。私たちの学校のペースとかに合わせてまで……」
いやあ、人に合わせる以外に取り柄ないからな俺。あくまで、Aqoursのみんなの手伝いの日々の中で身についたことだし。
あとは、一人暮らしする上で、同世代の男より多少は練習してこれたってのはあるけど。
「……もう、このままうちの子になってしまってはいかがです? 理亞も新しいスクールアイドルを始めることですし、支えてくれる人がいてくれればと思ってたところなんですよ」
「ね、姉様!// それは、私も頼りになるとは思ってるし。いてくれれば心強いけど……どう?」
「ど、どうって……俺だってここは最高だけど、Aqoursだって俺を待っててくれるし、そりゃいつかは帰らないと……」
ここは大好きだし、聖良の期待には応えたい。それに理亞の手助けだってしてあげられればと思う。……だけど、Aqoursのみんなの事だって大切に思ってる。今は離れてても、このままなんてわけにはいかない。
実家とか高校とか、残してきたものも色々あるし。この函館に負けないくらい、沼津だって素晴らしい街だ。
ボロ小屋でも、それは変わらな……
『失礼だけどこの家、人の住むところじゃないと思うよ……。絶対虫さんとか湧いてるから、噛まれちゃう前に引っ越さなきゃ。うん、例えば枕とか、台所とか、虫さんが来ちゃってる……ルビィにはわかるんだよ?』
『私は堕天使であって、ジャパニーズホラーは専門外なのよ……それでもわかるわ、ここには邪悪な闇の魔力が漂っていると。いい?近いうちに絶対良くないことがあるから別のとこに住みなさい。……ヨハネの占いは当たるわよ?』
『「清貧」って言葉があるけど、限度があると思うずら。冬とか乾燥してる季節は火事も心配だし。みんな、貴方のことが大切で言ってるんだよ……もし、この家がなくなっちゃえば、オラたちの言うことちょっとは聞いてくれる?』
……帰りたくなくなってきた。よくよく考えたら、絶対説教される奴だこれ。
でも、だからこそ帰らなくちゃな。みんなの心配や忠告を無視し続けちゃってたんだし、説教くらいは甘んじて受けるべきだ。花丸もお寺に通じるところがあるのか、火事については気にかけていてくれた。
そう伝えると、やっぱり悲しい顔はされてしまったけど、まだしばらくいる事も話すとすぐに笑顔になってくれた。
「今のAqoursの皆さんの元にお返しするのは、あまりお勧めできませんが……それなら、せめてこの限られた時間を最高の時間にしないといけませんね。そうです、明日は定休日ですから、久々に街に出ませんか?」
「お金の心配ならいいから。私たちも宿代よりずっとお世話になってるから、そのくらいは甘えていい」
「ふ、ふたりとも……ありがとう!!」
Saint Snowの2人が将来、このお店を継ぐのが夢と言っていた気持ちがわかる気がする。帰ってから高校を出たら、こういう温かい街に就職とか決めたいなぁ……。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
……とか考えながら仕事してると、更に1週間が経っていた。楽しい時間はあっという間だ。
といっても、何もないわけではない。最近はなんだか、聖良と理亞の様子がおかしいと感じている。先週に帰る話をして以来、凄く距離が近くなったと言うか……やたらボディタッチやスキンシップが増えた。
あと……
「どこかに出かけるの? ちゃんと私たちがついてなきゃダメじゃない。まだ慣れてないんだから」
「いや、自分では慣れてきたつもりだけど。女の子ならまだしも男だし。それに、他にバイトも探さなきゃ」
「私たちと一緒に働くのでは何か不満がありましたか? でしたら何なりと言ってください、必ず治しますから……
……それとも、さっき女の子と言いましたが。私たちとは別に、会いたいような女性でも外にいるのですか……?」
何をしようとしても、この2人が必ずついている。なかなか外に出させないし、他の人との接触を断つためにこうしてるんじゃないか、という気までしてしまう。
寝てる時すら、必ずどちらかの部屋でと言われたくらいだ。人の家を借りてる身とはいえ流石に断ったら、2人ともこっちの部屋に来て寝るようになった。
大切に扱われて悪い気はしないけど、なんだか過保護じゃないだろうか?家を燃やした男ではあるけど……。
それに、なんていうか……
『この平和な沼津とはいえ、そんな家で泥棒に入られたらどうするのです!? 黒澤家が紹介できる物件は沢山ありますわ。ただし、入居には少し時間がかかりますが……ええ、ちょっと「準備」が必要ですから。色々と、ね……』
『またカギかけ忘れて……あなたを狙う女の人に襲われちゃったらどうするの!? 最近は女の子だってストーカーする時代なんだから。いつも無防備な姿を晒されて、覗きとかも怖いし。私だって……なんでもない』
『むう〜、私たちがこれだけ言ってるのに全ッ然、聞いてくれないのね!? 親友の忠告はちゃーんと聞いておかないと、バチが当っちゃうかもしれないわよ? そう。私だって心苦しいけど、バチだから原因不明なのよね、きっと……』
……鞠莉達が怖い顔してた時のことが思い出されて仕方ない。そうだ、Aqoursに似てきてるような気がするんだ。
「私たちが、Aqoursや沢山の危ないものから、あなたを守ってあげなきゃいけないんですから……これが正しい形なんです。彼女達より私たちの近くにいるべきで、きっと初めからこうするべきだったんですよ」
「き、危険って。たしかに今のAqoursのみんなは、ちょっと怖いけど。なんか大袈裟じゃ?」
「大袈裟じゃないし……もう、ずっとここでいいじゃない。姉様もこう言ってくれてるし、私も大歓迎。貴方と一緒なら、来年のラブライブだって勝てると思う。なにより……」
濁った目をして、口元に笑みを浮かべる聖良と理亞は、俺をどうしようと言うのだろうか?俺が何をしたというのだろうか……!?
ニの句を継げられないでいる俺に、少しずつにじりよる2人。
綺麗なコンビネーションで前後を塞がれて、逃げ場がないでいる俺だったが、救いの音がなった。来店の音だ。
ガラガラ……
「あ、お客さんかな。俺が出るよ」
ちょうどいい、この機会に空気の入れ替えでも……
「ダメです、私が行きますから、貴方はここで待っていてください。理亞?」
「わかったわ姉様、話の続きは私がするから」
……逃亡失敗。
あえなく理亞に腕を掴まれ、また函館に残るよう懇願されてしまう。
「これは冗談じゃない、本気でお願いしてるの。私も姉様も本気であなたが必要だと思ってる。それはスクールアイドルやお店のことだけじゃなくて————」
「———あら?Aqoursの皆さんじゃないですか!」
理亞の言葉を遮るように聞こえてくる、やけに大きな聖良の声。それはおそらく、こちらに知らせるためだろう。来客の素性について。
「ハーイ♪ 聖良、久しぶりね!パパからお小遣い貰えたから、ちょっとみんなで来てみたの」
「理亞ちゃんはお元気ですか?」
「ごめんなさい、『理亞は今ちょっと出てるんです』。もしよかったら、ぜひお食事でも召し上がっていってください!」
奥の方でこっそりと話を聞く俺は、この空気になぜかビクビクしていた。なんでここにAqoursのみんなが?それも全員で?もしかしてバレた?
そして、聖良が『理亞がいない』と伝えた理由については……俺たちを逃すため?確かに隠してたけど、そこまでしなくてもいいのに……?
と、考えている俺の手を理亞が引く。
「……こっちよ、秘密ってほどじゃないけど、地下室があるの。ほら、歴史のある建物だから、防災とか物とかそっちに色々置いておけるようにしてあるの」
奥にあったカーペットを剥ぐと、確かに地下室への入り口があった。きちんと蓋をして奥に進むと、簡単に人1人は住めるような作りになっている。外の声も聞こえづらい。
「本当に———理亞ちゃ——彼が——」
「——から———ここに———じゃないの?」
「—の匂いが———わか—よ」
「何を———それ——どうせ火は———貴女————」
なんだ?聖良とAqoursのみんながヒートアップしてる……?
理亞に聞いてみるか。何か事情を知ってるのかも。
「とにかく、ここならしばらく安心よ」
「あ、ありがとう。でも、秘密にしといてくれって言ったのは俺だけど、どうして聖良と理亞はそこまで……?」
「……そうね。答えから言うと、私たちはAqoursが貴方の家を燃やしたんじゃないかって疑ってる」
え……?
あの火事が、意図的に……?
それもAqoursが!?
「ど、どういうことだよ!?さすがに突拍子もなさすぎて……」
「信じられない、信じたくないのもわかるけど……ルビィふくめて、Aqoursはみんな貴方のことが病的に好きなのよ。男の人として」
「え、て。で、でもそれがなんで家を燃やすことにつながって…………もしかして!?」
「……わかった?ルビィ達は何度も『そういう忠告』をしてたのよね?本当は、気がつきたくなかったのかもしれないけど」
何度も何度もみんなが心配だと言ってきていた、あのボロボロの木造建築。それが……みんなの手で……!?
「原因も火元もいまだにわからない、貴方が家にいないタイミングで都合よく……Aqoursの全員が泊めてあげられる態勢まで整えて。あの小原鞠莉なら、家の力が借りられない今でも、ある程度人を使ってやれるんじゃない?証拠も残さずに、ね」
……そういう理亞の言葉は、腑に落ちないところがないわけではなかった。
不審に思うところ、変だと思うところ、怖いと思うところ……全部状況証拠と推測だけど、間違っているとも言い難い。もし携帯を解約してなかったり、親に行き先を伝えてたらどうなってたか……じゃあ、もしかしてAqoursがここに来てるのも……!?
俺はみんなの度を過ぎた愛情に怯えてしまい、聖良の演技に期待しつつ、理亞の手を握りながらみんなが帰るのを待つしかなかった。
そして、一時間後……
……聖良が静かに入ってきた。多少は疲れた様子だったが、とりあえずは上手くいったらしい。
「皆さんはもう行きましたよ。中を一通り見た今でも多分、疑ってるのでしょうけど……とりあえずこの部屋のことはバレていません。話は……理亞から聞いたようですね」
「ごめん、俺……なんにも気がついてなくて」
「……むしろ、私達が謝るべき。心労をかけたくなくて、勘づいても話してなかったんだから……」
彼女達は、普段に似合わず『歴史ある建物と聞いたから』と、クリスマスのライブの時ですらしなかった隅々までを、見て回ったらしい。きっと俺を探しているんだ。ここには来ていない、という聖良の言葉まで信じずに。
Aqoursのみんながしてる行動、俺をここまで探しに来てる。Saint Snowに真実も告げずに。……それがどういう意味なのか、わからない俺じゃない。
ただ、いつまでもここにいてもしょうがないのも事実だ。今後のこと、何か考えないと……動かないとどうにもならない。まさか一生、時計もないここで怯えてるわけにはいかないしな。
「よし、じゃあそろそろ出してくれないか? 今のうちに対策を練って……」
「「————…………」」
「……聖良?理亞?」
……ん?なんだろう、様子が……
「……私たちより、Aqoursの方が良いのですか? 対策ならずっとここにいれば安心じゃないですか。外の危険からも守られて一石二鳥、いえ、私たちと過ごせることを考えれば三鳥ですよ」
ん、んん……?なんだか、おかしくないか?
「向こうはまだ諦めてないんだから危険でしょ。大丈夫、私たちがあなたを守って見せる。必要なものは何でも言ってね、持ってくるから。大丈夫、お母さん達もこうして愛を育んだって言ってたし、分かってくれる」
余りにも当たり前と言う態度で接されると、こちらがおかしいのかと一瞬、思ってしまう。だが、彼女達の嬉しそうな顔が俺を現実に引き戻す。
「あの人達には渡しません……あなたを傷つける人たちになんて。私たちと添い遂げるべきなんです。そう、死ぬまで……いいえ、死んでも愛し合うくらいに……♡」
「もう2度と傷つけさせない。ここにいれば安心……だからずっとずっとここに住んで? 私たちを貴方なしで生きていけなくした責任、とってよね……♡」
そう嬉しそうに語る2人の目を見て……
……ここまできて、俺はどこの土地に住んでも、きっと結果は同じだったのだと。
逃げられない運命なのだと、ようやく悟ったのだった……。
しゅじんこうはにげだした!
しかしまわりこまれてしまった!
……というSaint Snow短編でした。
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