第2話、第2.5話は……曜ちゃん!
『ねえ……翔くんってさ、千歌ちゃんのことどう思ってる?』
『僕が千歌を?どう思ってるって……具体的には?』
『う、ううん!やっぱ何でもない!何でも、ないからさ……』
『いいの? それじゃ、また今度ね!』
『……やっぱり、無理だよね。家も隣で、昔から仲良しで……勝てるわけ、ないよ』
———そう、思ってたのに。
『どうせ手は届かない』って、諦めてたのに。
どうして、また会っちゃうのかな。
2年前よりも、かっこよく成長したあなたと—————
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
春、爛漫。
内浦はその美しい景色に桜を交えて、若者たちの新生活を応援してくれている。
入学式と書かれた門を通り抜ける少女たちの表情は、期待と不安が7:3といったところだろうか。
そんな彼女たちに、在校生たちは容赦のない部活の勧誘合戦を始めている。新学年のクラスはひとつだけというくらい、生徒数の少ない高校だ。一人か二人の差であっても、部の存続には死活問題なのだろう。実際には掛け持ちして存続してるところも多いとか。
ところで、存続どころか新設の『こちら』の調子は……
「スクールアイドル部でーーーーす!」
「春から始まる、スクールアイドル部でーーーーーーーーーす!!」
「輝けるアイドルーーーーーーーー!」
「スクールアイドル部でーーーーーーーーす!!」
……上々のようだ。
千歌の親友の女の子……『渡辺 曜(わたなべ よう)』を交えて、こちらでも部活の勧誘が行われている。
そう、彼女たちの通う女子校……『浦の星女学院』。そこに、新たな『スクールアイドル部』を立ち上げるために。
だがそれも、長くは続かず……
「今大人気の~……スクールアイドル部で~す……」
「全然、ひと来ないね……」
「全然だね~……」
「……大人気のはずなのにな」
俺たち3人の力ない声が、閑散とし始めた入学式の入り口に響く。
今のバスで来た新入生はほぼ、体育館に入りきってしまったようだ。つまり、成果ゼロ。話を聞いてくれた人すらなし。
そう、ゼロなんだ!誰も入部希望者がいない!いきなり躓くにも、躓き方ってものがあると思う。これじゃ萎えるのも仕方ない。
この原因はどこにあるのか……うわ、千歌こっち向いた。
「ちょっとしょーくん!なんで後ろの方に隠れて、声出してくれないの!?」
「ここ女子校だろ!確かに『正当な権限』で入ってるが、部活のためじゃないんだ、変なことして、いきなり悪目立ちするわけにはいかない」
「それって私たちが『変』ってことみたいじゃん!?むきー!千歌、ご立腹!!」
みかん箱の上で100均のメガホンを抱え、正確にはまだ存在すらしない部活を声高に宣伝する千歌のどこが変で、不審でないというのか。それを伝えると、余計に怒りだしてしまい収拾がつかなくなってきた。
「あはは、二人とも相変わらず仲良いんだね~……」
アッシュグレーのショートヘアについた桜の花びらを取りながら、曜が呆れたように笑う。千歌の親友にして、コミュ力抜群で友達が多く、水泳関係でかなりの記録も残しているという彼女。
その彼女をもってしても勧誘がうまくいかない現状に、半ば諦めのムードも漂い始めてしまっている。
……さて、そもそもどうして彼女に手伝ってもらっているのか?
そして、なぜ俺が隠れながらも『正当に』女子高に居られるのか?
それについては、少し説明が必要だ。
少し、時間をさかのぼろう—————
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
—————千歌が言いだした『スクールアイドル部』構想。
それを手伝いたい、と家族そろっての夕食会で、俺は高海家の面々にそう伝えた。
かといって、男の俺が女子高にどうやって……とはなったんだけど、そこで浦の星女学院の求人を千歌は出してきた。内容は教師の手伝いとか、文章作業のようなこととか、一通りの掃除とか。つまり用務員だ。
こうして十千万で働いているだけで、ご両親も姉二人も『十分だ』といってくれている。だけど俺は、最低限の連絡用にと買ってもらった自分の携帯代くらいは払いたいし、バイトかけもちで食費とかも納めたいと思っていた。
朝と夜は旅館業を手伝って、日中は学校で雑用という二重生活を送る余裕は十分ある。本当は俺みたいな歳の人間は、高校に通うべきなんだろうけど、せめてもう少し自分のことがわかって、落ち着いてからと決めている。学費の事で余計に高海家に心配もかけそうだし。
……話が逸れたな。
というわけで、学校にいる間は合法的に、千歌の部活について手伝うことができるようになったんだ。
「それにしてもしょーくん、よく一発で受かったよね。若い男の子なんて、女子高で働くのとか難しそうなのに」
「あ、ああ。私立だからってのもあるだろうけど。先生方は喉から手が出るほど、お手伝いの人が欲しかったんだってさ。面接で記憶喪失の身の上を話す前に即、合格!……って言われたし」
「そっかぁ。ますます人減ってるもんね~、内浦も……」
俺たちが住み、浦の星女学院が存在する『内浦』という場所は静岡県の沼津にある場所の一つだ。
とても綺麗な海や風景、温かい人たち、あと千歌の大好きなみかんであふれた綺麗な場所。
ただ、千歌がたった今話したように、世は少子高齢化だの過疎化だのが騒がれている時代だ。沼津も例外ではない。
浦の星女学院も生徒数が厳しい状況。前にいた用務員さんも、高齢を理由に昨年引退して以来、途絶えてしまっていた。
……俺も住んでいたらしいけど、今は何も覚えていないや。ごめんなさい地域の皆さん。近所の皆さん。
「でも、用務員のしょーくんじゃ部員にはなれないよねぇ……」
「千歌? それ以前に翔くんは男の子よ?」
「そうそう。歌って踊るなんて絶対ムリだから諦めてくれ。全国からクレームが来るのは御免だよ」
志満姉さんのツッコミにアテが外れてショボーン从c*´・ヮ・`§とする千歌はさておき、確かに目下の課題は部員集め。部活をつくるにしても、部員が5人いなければ、部活として立ち上げることはできない。
アイドルって言うからには、せめてステージに立つだけでも2、3人くらいは欲しいし。仮にソロでやるにも、活動していく上で部員は必要だろう。
どうしたもんかなと天井を仰ぎ見る俺だったが、千歌は先ほどの表情から一転、不敵に笑っている。
「しょーくんが部員になれないのは残念だけど、一緒にステージに立ちたい友達がいるの!」
「どうせ『曜ちゃん』でしょ?」
「さすが志満ねえ、わかってる!もちろん曜ちゃんだよっ!」
「『曜ちゃん』……?」
千歌の出した、誘いたい人の名前……それが曜ちゃんこと、渡辺曜だった。
「ああ、曜ちゃんのことも忘れてるんだよね……しょーくんと同じくらい、千歌にとって大切な友達、だよ!」
改めて言われると、なんだか照れてしまうな。記憶がないせいで自分の事だと感じづらいから、余計にむず痒い感覚だ。
「親友だから……ずっと、ずっと一緒に何かやりたいって思ってたんだ。ほら、私が普通星人だー、って話したでしょ?曜ちゃんはずっと水泳してたんだけど、私はやらなかったし……」
「じゃ、あの時話してた『周りの凄い人』って……その娘のこと?」
「そうそう!私と違って、スクールアイドルするまでもなくじゅーぶんキラキラ輝いてる気もするけど……親友で大切な目標の一人、かな」
そうしみじみと語る千歌の表情は、本当に大切な人を思うものだった。……そんな人がいてくれるなんて、幸せ者だなあ。
「それにしても、『一人』ってことは、同じような人がもう一人いたりするのか?」
「うぇ!? そ、それはそのー……言うのは恥ずかしいと言いますか……//」
なんだよ、急に恥ずかしがって慌てふためいて。もしかして……
……後ろでせんべい食べながらテレビ見て寝っ転がってる美渡姉さんだったりするのか……!?
「ふふ……若いっていいわね。それはさておき、曜ちゃんはうちの千歌と違って、すごくしっかりしてるのよ~?」
「ちょ、ちょっとどういう意味ー!?」
「ついさっき志満姉さんわかってる、って言ったばっかじゃないか……」
志満姉さんが千歌の方をチラリと見やって、話題を変えてあげたみたいだ。まあ、美渡姉さんにそんなこと言おうもんなら、変な弱み握られちゃう形になるしなぁ……さすがだ。
それにしても、そんなにみんなからの評価が高い娘なら、期待大だな!
「そうそう、翔くんとも千歌を交えてたまに遊んでたから、何か記憶が戻るきっかけになるかもしれないわね~?」
そんな言葉にも期待しながら、会ってみた彼女の反応は……
『えーっ! 翔(しょう)くんじゃん、2年ぶりかな? いつの間に帰ってき……って、記憶喪失ぅ~!?』
……で、終わった。本当にそれだけ。
仮にも人ひとりの記憶がなくなってるのに、曜も高海家の人も『なんとかなるんじゃない?』ってノリなの、なんでなんだ!?
千歌といい曜といい、内浦の女性は随分タフなことで……。
まあ、実は俺もそんなに気にしてはないけど。気にしても記憶が戻るってわけじゃないし、忘れてしまうってことは、忘れたいような辛い記憶があったんじゃないかなって思うから。
しかし、隣に住んでた幼馴染にすら、引っ越し先や詳しい理由を伝えないようなことってなんだろうか?親が亡くなったことがきっかけ、とだけ聞いてたけど……?
ガールズトークを眺めながら色々と考えてたけど、千歌が『始めた』みたいだ。そちらに集中しよう。
「スクールアイドル部~?」
「そう、新学期が始まったらすぐに部活を立ち上げるんだ~♪ それで、曜ちゃんもどうかなーって!」
「わ、私も!? うーん、スクールアイドルは知ってるけど、千歌ちゃんが始めたいだなんて……それに翔くんが協力するの?」
びっくりした彼女は、驚きのあまりかそのくりくりした目で、俺と千歌の顔を交互に見つめている。そりゃそうだよな、千歌ってこれまでずっと部活らしい部活もなく、それをずっと間近で見てきたんだから……。
とりあえず普通に答えておこう。『以前の俺』のことは分からないけど、嘘言っても仕方ないし。
「あ、ああ。居候の身分っていうのもあるし、スクールアイドルに興味も出てきたしさ」
「でも、まだ全然落ち着いてないんじゃない?それなのに急に色々なんて……」
「そうなんだけどさ。それでも、ちょっとでも千歌の力になってやれればと思って……ほら、千歌だろ?なんかほっとけなくって」
「うう……しょーくん、ありがとう! お礼に今度、千歌の肩たたき券あげるね♪」
要らん。小学生じゃあるまいし。
曜の方は曜の方で、なんだか懐かしいものを見た、という顔で納得していた。
「『千歌ちゃんの力に』、かぁ……。そうだよね。記憶がなくったって、『翔くん』だもんね」
そう言って、しみじみと頷く。
……今週のむず痒さ、その2だ。千歌も曜も俺の知らない俺を知ってるんだから、有難いけどやりにくいぜ、まったく。
この2人だけじゃなく高海家の皆さんが文句ひとつなく助けてくれたのもそうだけど。以前の俺って、どれだけお人よしで通ってたんだよ……?
「よぉーし、それなら翔くんだけじゃなく私も……千歌ちゃんのために一肌脱ぎますか!」
と、唐突に曜が立ち上がって、今度は俺の方がびっくりさせられてしまった。
なんていうか、燃えている。彼女からオーラが立ち昇っている気がする!これがやる気ってやつなのか!?確かに、千歌の言うとおり彼女はもう輝いてる……のかもしれない。
「千歌ちゃん、私もスクールアイドルやるよ!水泳部と掛け持ちになっちゃうけど」
「よ、曜ちゃんほんと!? やったよー!これでもうラブライブ優勝だよー!」
「それは気が早すぎだろ……でも確かに心強い。千歌と俺だけじゃ、流石に不安だったからな。曜が来てくれればなんとかなりそうだよ」
千歌は友情に感極まって曜に抱き着き、俺もなんだか希望が湧いてきていた。
———『翔からも言ってやってよ、こんな田舎でスクールアイドルなんて無理だって』
美渡さんにはああ言われたが、千歌が諦めない限り俺も諦めないつもりだ。記憶も家も金もコネもない男だけど、どうせこれ以上失うものがないという、強みでもある。
「今度の入学式が勝負だよ!よーし2人とも、気合い入れていこーっ!!」
早速リーダーシップを発揮して張り切る曜。志満姉さんの言う通り、確かにこれはしっかり者だ。
とにかく今は一生懸命、やれるだけやってみよう!俺はこのとき、改めてスクールアイドルに本気になろうと決意した。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
……決意した、のだが。もうおわかりだろう。
この流れもむなしく、4月の入学式は空振り三振に終わり続けている。
多分、野球の試合ならとっくに27人目はアウトになっている頃。あの時はまだいけると思ってたんだ。本当に……。
「あ、ちょっとそこのあなたー!スクールアイドルやりませんかー!? ま、待ってよー!?」
「……なあ曜、あの調子で何とかなると思う?」
「たぶん、無理なんじゃないかなあ……あ、完全に逃げられちゃったね」
春爛漫、俺達の夢は始まったばかり。
そして、さっそく躓いたばかりだ。
豚バラ煮込みさん、高評価ありがとうございます。そしてUAも250000!皆さんいつも応援ありがとうございます!
新連載記念ではないですが、しばらくは連続で更新させていただきます。