『もう……また、なかされたんですの?ほんとうはわたしなんかよりもずっとつよくて、ゆうきがあるというのに……』
『……だって、だれかのためにがんばってなけるひとが、よわいひとのわけありませんもの!わたしも、ルビィも……くちにはしなくてもよーくわかってますわよ?』
『だから、ゆうきをおだしなさい?』
彼と私達は、よく一緒にいました。今のも、大切な思い出の一つ。
といっても、彼は私達の他にも仲の良い女性がいたようで……時々、子供らしく嫉妬を覚えていたのは事実です。
今となっては、考えることがあります。
その嫉妬は本当に、単に友達をとられたような気になったから……というだけだったのかと。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「これを配っていたのは貴方たちですの……?」
自販機でジュースを買って戻ってきた俺の目に入ってきたのは、誰かに話しかけられている千歌と曜。そして、話しかけている『誰か』こと、3年生の女の子。それは制服のリボンの色でわかるようになってる。
よく考えたらそれって、一応俺と同学年ってことになるのか。記憶はないけど、聞く限りでは年齢的にはそうらしいし。
……あれ、じゃあ今の俺って、『どこの高校に行ったのかもわからずに働いてる怪しい中卒男子』なのか!?
うう、関わる人が増えてくると急に自信なくなってきた……。こんなことに2週間以上気が付かないなんて我ながらどうかしてる。くそ、俺に誰かと話せるような人権はあるのか……!?
「いつ、なんどき……この浦の星女学院にスクールアイドル部なるものができたのです? 私の記憶が正しければ、生徒会はそんな申請を請けた覚えはございませんが……」
だけど、勝手に一人で落ち込んでる間にも彼女から厳しい追及が続いている。2人は困惑してるし、こうしてこっそり隠れていられる状況じゃなさそうだ。
どうも、あちらは生徒会の人間らしく。ちゃんとした部の申請や手続きを踏んでいないことは初見でバレバレ……。猪突猛進タイプに見えて、実は結構理性的なところもある千歌だから、理詰めで来られると相性も悪そうだ。
「それも先程、男性まで交えて! 仮にもここは女子高だというのに、新入生が驚くでしょう? 先生や職員の方々以外の男性は……」
……うん、そうですよね。やっぱ俺もまずかったよなぁ。
俺が面接を受けたのは、つい一昨日のこと。仕事の説明を受けたのなんて、ついさっきだ。千歌と曜以外の人は知らなくても無理はない。だからこうしてコソコソ手伝ってるんだし。
(仕方ない、人権のない身だけど、出て行って説明するか)
「あれ、貴方も1年生?ってそのリボンの色は———むぐ」
「千歌は余計なこと言わない。ねぇキミ、その『男子』って俺のことでしょ? 大丈夫、生徒じゃなくて今日から働く臨時の用務員だからさ。名前は翔(かける)って言って……」
押されるあまり学年も判別できない千歌が話しても、火に油を注ぐようなものだ。曜に預けて説明もして、新年度早々トラブルは避けよう。
それにしても、彼女……
黒く、長くてきれいな髪。翠色の瞳。まさしく大和撫子を体現したかのような女性。とても同い年とは思えない、完成された雰囲気を持っている。
先程は生徒会と言ってたが、先程の会話も論理的だったし、まさにイメージ通りといった印象だ。
そんな彼女をどう説得するかはノープランで、ぶっちゃけ勢いだけだったんだけど……彼女からは意外な反応が返ってきた。
「———……あなた、やっぱり翔(しょう)さん?」
…………………えっ?
千歌と曜が不思議そうにこっちを見るけど、記憶喪失の俺には答えようがない。むしろ不思議な顔をしてるのは俺と目の前の彼女。
このパターン、ひょっとして俺の知り合いだったり……?
「とりあえず、一緒に生徒会室に来なさい。話はそこで聞きます。……もちろん、翔さんもです」
「ああっ思い出した! 千歌ちゃん、あの人やっぱり3年生の生徒会長だよ!」
「ええー!? じゃあ新学期早々呼び出しってこと……?ついてなーい!」
……『生徒会長』。それ故に、彼女は千歌達の行動を見過ごせなかったのだろうか?
とりあえず俺は彼女について行くことにした。先程までの後ろ向きな目的よりも、自分と彼女の関係を知りたいという目的を強くして。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「とにかく! 部員が5人にも満たない申請書なんて受け取れませんわ。部としての申請もなしに勝手に勧誘などして、何を考えているのです!?」
「何って、『だから』集めてたんじゃないですかぁ〜?」
「な・に・か・言いましたか!?」
「ひぃー!」
……この3、4行くらいの会話で、賢明な読者の皆様には、この30分の内容はだいたいわかってもらえただろう。そう、千歌は生徒会室でこってり絞られている。
一応水泳部の曜はそれを免れ、部屋の外で聞き耳を立てているが、何故直接勧誘してない俺まで隣で一緒に立たされているのだろうか。俺も外じゃダメだったのか、せめて椅子とか……。
と、しっかり反省させられているところではあるが、生徒会長の弁はちょっと強引になってきていたのが気になり始めた。どうも、部活がどうこうというより、スクールアイドルについての言及が増えてきたような気がしていたからだ。
現に、今も……
「……まぁ、5人集まったとしても。私が生徒会長でいる限りスクールアイドル部を認めることはありませんけどね」
「えぇーっ!?」
「えっと……どうしてか聞いてもいいかな?」
流石にいたたまれなくなって、とうとう俺は口を開いた。
さっきから、生徒会長は千歌の活動を頑なに認めようとしない。こんな小さな女子校なんだ。部活を新たに立ち上げようというときに、生徒会長の立場にある人の理解は必要だろう。
だからこそ、断る理由があるのならきちんと聞いておきたい。
しかし……確かにカタそうな印象を受ける女の子だけど、スクールアイドルみたいなのはチャラチャラしてるように見えるんだろうか?
そりゃ、世の中で人気が出るようなものは、それに伴って嫌いな人も増えてくるものだけど。それでも、ここまで意固地になるようなことだろうか?
「翔さん、それを貴方が聞くんですの……?」
「え、お、俺なの?」
「貴方以外に誰がいるというのです。一体どういう……」
聞いてみたけど、予想が外れた。千歌でもスクールアイドルでもなく、俺が主因だったらしい。やはり彼女は俺と古い付き合いみたいだ。千歌は知らないみたいだから、少し離れたところに住んでいた人なんだろう。
だけど、そこについて詳しく聞こうと思ったところで、その前に畳みかけられてしまった。
「高海千歌さん、でしたよね。彼を、
「そ、そんなぁ〜!」
「……」
彼女は……生徒会長は本気だ。本気で、千歌よりも俺相手に怒っている。静かに、それでも強い口調で放たれた言葉は、少なくともこの場に限っては、俺たちを諦めさせるには十分な威力を持っていた。
だけど、諦めるのは今だけだ。なんとか生徒会長である彼女を説得しないと、色々と大変なことになってしまう。
そのためには……情報を整理しよう。彼女は、俺のことを知っているのは間違いない。少なくとも、下の名前で呼ばれる関係だったのは確かだ。そして、俺の存在そのものがスクールアイドル部を認めない理由っていうのは……
「……翔さん、あなたは残りなさい」
うん、そうなるよね……。
「千歌、悪いけど先に曜と帰っててくれ」
「えっ、でも……」
心配してくれるのはありがたい、後ろから見てくれている曜も。それでも、俺は聞かなくちゃいけない事がある。
きっとこれは避けては通れない道なんだ。
「夕飯までには帰るよ。料理を無駄にしたくないからさ」
「……うん、晩御飯つくって待ってるから、ちゃんと帰ってきてね」
「お前は俺の奥さんか。つか、作るのおじさんだろ……」
そんなやり取りの後、出て行くのを見送ってから、再び生徒会長と向き合った。彼女の様子は、先程までの怒り一辺倒というわけではなく、惑いや悲しみ、といった複雑な感情が感じられた。
「……どういう事ですの? 2年ぶりに帰ってきたというのに一言もなし。高校にもいかずに用務員で、話を聞いてればあの生徒のお家に厄介になっているようですし」
開口一番から、質問の嵐。
いや、千歌や曜が特別だっただけで、いなくなってた知り合いが帰ってきて、それも知らないそぶりでいるのなら、むしろ自然な反応か……。
しかし、此方もただ質問されているわけにはいかない。俺自身も大事だけど、千歌達のスクールアイドルを認めてもらわなきゃならないんだから。
「雰囲気も随分変わって……しかも、
「(また……?)答える前に、一つだけ。やっぱり、俺は昔と変わってるかな?」
「それはもう。……少なくとも、私達に挨拶もないような不義理な人ではありませんでしたわね。先ほどの『キミ』呼ばわりなど初めてでしたし」
……そっか、そうだよな。彼女が怒ってたのって、勝手にスクールアイドル部をしようとした事だけじゃなかったんだ。
それはまぁ、その。名前で呼ぶくらいの関係にあった相手が久々に帰ってきてたのに、無視同然なのは怒られても仕方ないんだけど。
だったら猶更、黙ってるわけにはいかない。話すしかない……。
「その……言いづらいんだけど。俺、記憶喪失でさ。ついこの間保護されて……両親ももう居ないって聞かされてたから、さっきの千歌の家で引き取ってもらってるんだ。学校の用務員のバイトもそのせいで」
「…………………………はい? 記憶、喪失……?」
あ、呆気に取られてる。
これまた、むしろ自然な反応だし。こっちが頭が変になったと思われそうだけど、本当のことだから言うしかない……。
「えーと、それでその……。『ショウ』って愛称でも呼んでもらってるあたり、俺たちってもしかして仲、良かったのかな。さっき『初めて』会った時も、なんだかそういう話してたし」
俺としては、なんとかショックを与えないように話したつもりだった。高校に行ってない理由も付け加えて、オブラートに包んで説明したつもり、なんだけど……彼女の方はそうでなかったらしい。
体を震わせて、さっきまでの抑えていた、静かな様子とは違う。激しい感情が表に出始めていた。そして、それは行き所がなく俺に向かってくる。
「……で、では!本当に何も覚えていないというんですの!? 私の事も、『みなさん』の事も……?」
「そうなんだ。覚えてるのは自分の名前くらいで……昔のことも、人間関係も、家族のことだって思い出せないんだ。ま、みんな君と同じで『ショウ』って呼ぶのは変わらないみたいだけど」
「……? ああ、名前も……そういう事でしたのね。『俺』だなんて、似合わないのに使ってるのも……」
に、似合わないって……曜の言う通り本当に『僕』って言ってたのか。
彼女はまだ動揺しているが、そんな中でも俺の境遇についてはとりあえず理解してもらえたらしい。納得はできなくても、本当なのだとわかってもらえれば、とりあえずは十分だと思う。
だったらここで、こっちからも聞いてみようか……スクールアイドルを認めない原因が、俺にあるってこと……とか。
「あのさ、嫌じゃなかったら教えてもらいたいんだけど。『俺がいたらスクールアイドルは認めない』とか、『またスクールアイドルなのか』っていうのは、どう言う意味だったのかな……?」
「……ッ! それは、今の私の口からは、申し上げることはできませんわ。貴方が忘れてしまったというのなら、自分で思い出して……自分で決着をつけるべきことです。貴方はあの時、私にそう言ったのですから……」
「俺が、キミに?」
彼女の言いぶりでは、俺は過去にスクールアイドルと関わったことがあって……それは彼女がスクールアイドルを認めない理由と関係がある、ということなのは確かなんだろうけど……。
「ごめんなさい。……急にそんなことを聞かされて、私も気持ちの整理がついていませんの。そうとも知らずに残してしまってごめんなさい。今日のところは、もう……」
……こんなに辛そうな彼女に、これ以上聞くことなんて、できない。帰るように促す生徒会長の言葉に従って、これからは一旦、千歌達に合流する事にする。
———でも。
それでも一つだけは、ハッキリとさせておきたい。
「ごめん、最後にもう一つだけ……。俺と君って……どんな関係だったの?」
ドアを開ける前に、振り返って聞く。
答えを期待してたわけじゃない。むしろ、怒られるかもしれないと思ってた。
だけど、彼女は答えてくれた。窓から差し込む夕焼けに照らされ、風に髪をなびかさせながら……もう一言を付け加えて。
「……親友、でしたわ。私たち『4人』は。貴方がいなくなって、バラバラになってしまった……」
「それと……私は『キミ』ではありません。忘れてしまったというのなら、もう一度教えて差し上げます」
「浦の星女学院3年生……生徒会長の、黒澤ダイヤです。……昔のように、ダイヤと呼んでください。翔さん」
寂しそうに、そして慈しむように……『彼女』改め、ダイヤは自分の名前を教えてくれた。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
『淡島』、内浦にあるちょっとした島。
千歌達を追って、そこに向かう船に揺られながら考える。……どうして、ダイヤはあんな目で俺を見るんだろうか、と。
昔に何かがあったのは間違いない……んだけど、覚えてない以上は手の打ちようがないし。聞かせてもらうにしても、彼女はショックが大きそうだった。最後に見せてくれた表情を見る限り、本当に仲良かったのはわかるけど、そこに戻るにはもう少し時間が要るのだと思う。
千歌にすら理由をつけずに引っ越してたんだ。ああいう反応を返す知り合いの方が多いのかもしれない……
「しかし……俺が前にもスクールアイドルを、か」
彼女の言い方だと、俺が関わりさえしなければ、スクールアイドル部の存続は考えてくれそうではある。
曜が言うには、俺はとんでもないお人よしだったそうなんだけど。そんな俺がダイヤのような人をあそこまで動揺させるようなことをやらかしたのか。
案外、それが幼馴染にも事情を話さないほどの急な引越しの一因だったりするのか?
小さな町だから知り合いがいるんじゃないかと思ってたけど。会ったら会ったでこんなことになるとは。スクールアイドル部のことといい、なんだか上手くいかないなぁ……。
……とか考えていると、いつのまにか千歌達に指定された島のダイビングショップに着いていた。
ここには人も住んでいる、それも浦の星の3年生の生徒が。彼女は親の怪我が原因で、休学してこのお店を手伝ってるらしく。千歌達は友達だからと、たまにプリントを届けに来ているのだという。俺が意外にも早めに開放されたから、せっかくだしこっちで合流することにした。
なんでも、その休学中の相手についても、曜に続いて会わせたい相手なのだとか。
……さっきのダイヤの一件のせいで、実は少し億劫だというのが正直なところではあるけど。いったい何が待っているのかわかりゃしないし。
「ごめん、待たせたかな」
かといって、行かないわけにもいかない。ウッドデッキのようになっている場所に登ると、千歌と曜が雑談していた。そして、もう一人いる青い髪の女性ダイバーが、3年生で……俺に紹介したい友達なのだろうか。
「あっ翔くん!遅いよーこっちこっち!」
「文句なら生徒会長と船の出る時間に言ってくれよ。それで……貴方が、『松浦 果南(まつうら かなん)さんですか? はじめまs……」
名前は千歌から聞いていた。
共通の友達だから、俺のことは知ってても、もっとフランクな反応のはずなのに——
「…………えっ、翔(ショウ)……?」
———この反応をされるのは、本日2度目。
そう、千歌と曜とは異なる、ダイヤと同じ反応の仕方だった。
予感というのは、意外にも当たるものなのかも知れない……。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「翔さん……まさか記憶喪失だなんて。一体何がありましたの……?なんであれ、貴方が帰ってきたとあっては……果南さんはまだしも、もしかしたら鞠莉さんが……」
「貴方が忘れてしまった今、『本当のこと』はもう私しか知らないのに……。貴方がそれを忘れてしまったのなら、私一人がのうのうとしているみたいではないですか……! 貴方に守られておきながら、私は……!!」
「……………………だったら、せめて今は……私が守ってあげないといけない? 昔のように?いえ、しかし……居候している、と言いましたね」
「私がこんなに心配していたと言うのに、貴方は他の女性の家に転がり込んで…… あの娘が、昔から言っていた『お隣さん』ですか? 記憶喪失になって私には他人行儀に、あの娘には名前で……」
「な、何を考えているのでしょう。いつの間にか酷く爪まで噛んで……あんな話を聞いて、入学式も重なって、少し疲れているのですわ。きっと、そうです……それだけのはず、です」
おや ? ダイヤ の ようす が … ?
というわけで、三年生組が揃いました。じわじわキャスティングを完了していきたい……。出張先から予約投稿をし続ける日々。
逝風さん、高評価ありがとうございます!