ラブライブ!〜ヤンデレファンミーティング〜   作:べーた

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第4話 因縁は海のように深く

「しょうって、ほんっと体力ないよね……。女の子のわたしにまけてていいの?」

 

「はは、おこった? じゃあいっしょに走ろうよ♪ つよくなったら、もう少しまわりの人を『えがお』にできるんじゃない?」

 

「……わたし? わ、わたしはもうえがおにしてもらったよ。えっと、しょうがいっしょに走ってくれたら、もっと……」

 

「な、なんでもないよ! ほんとにほんと!!」

 

「ダイヤとまり? ……う、ううん。わたしは二人っきりが、いいな……///」

 

 

ダイヤと鞠莉は、いつからかはハッキリ知らないけど……私は、かなり子供の頃から意識してた、アイツのこと。

 

たまに隠れて2人だけで会うこともあった。千歌と曜とも遊んでたら、そっちに混ぜてもらったりもしたし。一緒に潜ったりする時なんて、かなり気合も入っちゃってたし。

 

それがあんな事があって、何もかも変わって……

 

でも、それはきっかけに過ぎなかったとも今では思ったりもする。いつかはぶつかってたんじゃないかって。その中で一人だけが選ばれたら、後の2人はそれを認められたのかなって……

 

特に会わせる理由もなかったけど、千歌と曜をダイヤと鞠莉から遠ざけてたのも、それが原因の一つ。お隣の話ししてる時とか、気づいてないだろうけど顔、強張ってたし。

 

 

私も、ダイヤも、鞠莉も。私たちは3人とも同じ相手を———……

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

「…………えっ? 翔(ショウ)……?」

 

 

———この反応は、本日二度目。

 

だが、彼女はダイヤとは異なり、表向きはすぐに平静を取り戻した。だから、その一瞬のあまりの動揺ぶりに、千歌も曜も気が付いていない。感じたのは俺だけのようだ。

 

 

「ふふふ、果南ちゃん驚いたでしょー? あ、しょーくん。果南ちゃんは私や曜ちゃんとも昔から仲よくてね?4人で遊んだこともあったよ!」

 

「そうそう。翔くんもたまに会ってるって昔聞いた気がしたから。何か思い出せないかなー……って」

 

「いきなりそう言われても……」

 

 

千歌でも曜でもダイヤでもサッパリだったのに、無茶言うなよ。彼女が恋人だったーとかならともかく。

 

……というか、『何か思い出した』のは、俺というよりは松浦さんの方みたいだけど。実際、2人の明るそうな声とは対照的に、彼女の顔はどこか浮かない。

 

(やっぱ、ダイヤと同じパターンか……)

 

運命のいたずらか、因縁というやつか。当てもなく滞っていた俺の『過去探し』は、スクールアイドル部の始まりとともに急発進したらしい。ブレーキもシートベルトもない状態で。

 

そんな俺をよそに、話は進んでいく。

 

 

「……翔、どうして戻ってきたの? それに、千歌達の言ってる『思い出す』って……?」

 

「あ! サプライズしようと思って何も言ってなかったんだった……。果南ちゃん、しょーくんは記憶喪失になっちゃってるんだよ」

 

「記憶喪失!? 記憶喪失ってまさか、ホントに……? でも、確かに()()()()()()()……」

 

って、話してなかったのか。

 

そもそも人の記憶喪失をサプライズにする必要もないと思うんだが……それはおいといて、彼女はダイヤよりは今のところ落ち着いた様子だ。内心はともかく、外面は。

 

ダイヤの件もあるから話をしたいけど、今は千歌と曜の目もあるし、『最初』は、自己紹介から始めた方がいいか……?

 

 

「えーっと、今更だけど、みんなと同じように俺のことは翔(しょう)って呼んでくれていいよ。記憶喪失で、浦の星女学院の臨時用務員兼、旅館の住み込みバイト。改めて、よろしく……なのかな」

 

「あ、ああうん。そっちこそ、聞いてると思うけど……私は松浦果南。浦の星の3年で、お父さんの骨折のせいで、店やる人がいないからって休学して家業のダイビングショップを手伝ってるの」

 

 

そういう彼女自身が、今まさにダイビングスーツを着ているから、そこは分かりやすかった。かなりのプロポーションを誇っt……じゃなくて。体力があると聞かされてた通り、海で仕事できるほどの理想的な身体なんだろう。

 

事情からしても、一見サバサバした印象を受けるが、きっと仲間や家族を大切にするお姉さんタイプ。だからこそ、千歌や曜がついていくのかもしれない。

 

……それからしばらくは、ちょっとした雑談が続く。

 

 

「ふーん。記憶をなくして上に、海に打ちあがってた、ねぇ……。ごめんね、力になれなくて。流石に人が流されてくるのは心当たりがないや」

 

「いや、謝るのは俺の方だよ。突拍子のない質問だし、こんなにお世話になった人たちのことを一切覚えてないんだから」

 

「やっぱり……翔、本当に何も覚えてないの? 私のことも……」

 

 

雑談であっても、記憶の話は避けては通れない。彼女も3年生ということは、もしかしてダイヤとも仲良かったりするのだろうか。

 

だが、ダイヤの目がやるせなさや悲しさが強かったのに対して、諦めや申し訳なさのような感情が強くうかがえる。ま、人が違うんだから違ってても当然だけど。

 

 

「ごめん。これがさっぱりで……。幸い、宿無しってわけじゃなくて、今は千歌の家にお世話になってるんだけどね。仕事もあるし」

 

「えっ!? ……あ、ああ、そっか。千歌の家旅館だったもんね」

 

「翔くん、知らない人が聞いたら、今みたいに千歌ちゃんとの関係を勘違いしちゃうよ。ちゃんと居候って言わなきゃ」

 

 

曜からジト目の指摘が来た。美渡姉さんじゃあるまいし、確かに誤解を振り撒いてもしょうがないな。

 

だが、そんな指摘も千歌がまた台無しにする。

 

 

「曜ちゃん、勘違いじゃないよ! なんたって、私としょーくんは今や『一蓮托生』なんだから!」

 

 

千歌のくせによくそんな言葉知ってたな、と感嘆するのもつかの間。松浦さんに同棲関係なのかという余計な疑いを与え続けるのはいかがしたものか……取り返しがつかなくなる前に訂正しよう。

 

 

「一蓮托生? ……普通に空き部屋に済ませてもらってるとかじゃないの?」

 

「千歌が勝手に言ってるだけだよ松浦さん、それであってr……」

 

「間違ってないよ!! なんと私達3人で……浦の星に『スクールアイドル部』をたちあげるんだから!」

 

 

千歌はお行儀悪く椅子の上に立って声を上げた。

 

『3人』って、生徒じゃないのに俺も入ってるのか。生徒会長にあれだけ怒られても全然諦めてないのはいいことだけど、また変な誤解を———

 

 

「………………スクール、アイドル?」

 

 

———松浦、さん?

 

 

「……へぇ、そっか。スクールアイドルって東京とかで話題のアレでしょ?千歌達、始めるんだ」

 

 

友達の千歌が、新しいスタートダッシュを切るのに。ただスクールアイドルをすると言っただけなのに……

 

……なんでそこまで、悲しそうな顔をするんだ?

 

 

「そうだっ!果南ちゃんも休学終わったら入ってよ!!スタイル良いし、絶対みんなで輝けるって!」

 

「む、無理な勧誘はダメだよ。でも確かに5人必要だし、もし果南ちゃんさえよければ……」

 

千歌と曜は座っている位置で見えていない。その表情は、俺にだけ見えていた。……でもそれは位置のせいだけじゃなくて。

 

スクールアイドルと聞いたときに一瞬、松浦さんが弾かれたように俺を見たからだ。

 

 

「私は……」

 

 

どうして……どうして彼女はずっとそんなに、無理に笑顔を作って……

 

 

「……3年生になっちゃったからね。まだ一、二ヶ月は休学すると思うし。流石に、もういいかな」

 

「ちぇっ、しょうがないかぁ。先は長いなぁ〜……」

 

 

そんなやり取りを終えて、また雑談が続く。しばらくはそれに耳を傾けていたけど、スクールアイドルの話題になってからというもの、松浦さんからの悲しげな視線が何度か刺さっている。

 

……ずっと見られていたら、気になって仕方ない。

 

そうだ。松浦さんにトイレの場所を聞いて、案内される先で上手く室内で二人きりになるとしよう。

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

「2人きり、だね」

 

 

ドアの向こうで、俺たちはゆっくりと話し始めた。俺の事情が悪いだけなんだけど、俺は向こうを知らないのに、向こうはみんな俺のことを知ってる……というのは、どうにも話しづらくて仕方ない。

 

だから、松浦さんの方から話し始めてくれたのは有難かった。

 

 

「うん。さっきから態度が変だったけど……松浦さんも、俺がスクールアイドルを手伝うことに何かあるの?」

 

「ごめん、先に質問に質問しちゃうけど。『私も』って……他に誰かと話した?」

 

「生徒会長のダイヤと話した。千歌達から聞いてるかもだけど、俺がいたらスクールアイドル部は認めない、なんて言われちゃってさ」

 

 

それを聞くと、彼女は悲し気に『ああ』と納得した顔をした。

 

 

 

「そうだろうね……でも、理由はダイヤから聞いてる?」

 

「いや、自分で思い出してくれって言われた。聞けば何でも応えてくれるなんて、思ってたわけじゃないけど」

 

「なら……私からも何も言えないかな、今のところは。ちょっとは知ってるけど、あんまり2人の間に口出ししても良くないと思うし、さ」

 

 

松浦さんの言うことは正しい。

 

本音を言えば、ダイヤがあそこまでいう理由を聞きたいと思う。それで千歌達が助けられる足掛かりになるかもしれないんだし。

 

ただ……松浦さんとダイヤ。この2人のこの件に対する態度を見ていると……

 

 

(焦って聞き出すことはできないし、しない方がいいよな、多分)

 

 

……そんな風に感じ始めていたのは事実だった。

 

少しの間会話が途切れると、また彼女の方から口を開いてくれる。

 

 

 

「ごめんね、なんだか話の腰を折っちゃって。スクールアイドルの話だったよね……本当に翔は手伝うの?」

 

「そうだけど……ダイヤとの『事情』を知ってる松浦さんとしては、やめといた方がいいって思われてるのかな。何か深刻そうだし……」

 

「そうだね……曖昧な言い方だけど、そう思ってないワケじゃないよ。でも、どっちにしても今の私は部外者みたいなものだし。ダイヤのいうコトを真に受けすぎない方がいいとも思ってる。千歌と曜と……翔の問題だから」

 

 

悲し気な松浦さんの言葉は、相変わらず歯切れが悪い。まあ、千歌のスクールアイドル宣言とか、俺とのそんな深刻な事情とか、友達の俺の記憶喪失とかを急に聞かされたばかりで、気持ちの整理をつけてくれということ自体、無茶なのかもしれないが。

 

 

(過去は気になるけど。ダイヤだって、あんなに動揺してたんだから……)

 

 

……俺が何をしたか、どんな人間だったかなんて知らないけど。今の俺は、今の俺でしかない。いつまでも身に覚えのないことで苦労し続けても仕方ないだろう。

 

解決は急ぐべきだけど、焦りすぎてもいけないと自分の中で結論をつけることができた。

 

 

「なんだか、こっちこそごめん。千歌がサプライズ再会だーとか言ったり、記憶喪失だとか言ったりさ。仕事上がりで疲れてるところに変な話ばっかしちゃったよね」

 

「あ、うん。別にいいんだよ、『友達』なんだし。変な態度ばっかりで謝らなきゃいけないのはこっちなんだから……」

 

「答えたくない事なら、答えなくていいさ。『友達』なんだったら、暗い顔させたくないんだ。ただ……千歌と曜のためでもあるから、いつか話してもらえる時になったら話してほしい。説得しなきゃいけないヤツがいるから」

 

 

これ以上、松浦さんから笑顔を奪うこともないだろう。俺達の問題だと言うなら、なおさら俺たちの力であの生徒会長を納得させるべきなんだろうし。

 

そう思って千歌達のところに戻ろうとした俺だったけど、松浦さんはそんな俺の手を握って引き留めた。

 

 

 

「ねえ、一つだけ聞かせて?」

 

 

……なんだか、さっき俺がダイヤに言葉をかけたのとは逆のシチュエーションだ。

 

握られている手から、彼女の僅かな震えが伝わってくる。それほど、聞くのに勇気がいるのかな。

 

 

「ごめん、私が曖昧に返しておいて、こういうのって悪いと思うけど……」

 

「な、なんだよ? 改まって……」

 

「どうして、スクールアイドルを手伝おうと思ったの? 自分も大変な状況で、部員も全然いないし。翔は浦の星の、生徒ですらないのに……」

 

 

松浦さんはなんだか聞くのが申し訳なさそうにするけど……。

 

 

 

「『どうして』って……千歌ん家に居候してる身分っていうのもあるけど」

 

 

そんなの。

 

記憶も何もない『今の俺』でも、それなら、簡単に答えられる。 

 

 

 

「スクールアイドルで、笑顔になる人がいるとしたら……。それを俺も見てみたいから、かな」

 

 

用務員を始めていきなり生徒会長を怒らせたうえに、新入生勧誘も大失敗。目の前にいる松浦さんも、まだ誰も笑顔にできてない。

 

μ'sがあんなにも輝いて、見る人みんなを笑顔にさせてくれるなら。俺たちにも、それができるのなら……。

 

曜の話してた俺の夢が、変わってないのなら。記憶をなくす前の俺が、どうしてそうしたいと思ってたのかもわからないけど。

 

 

 

「やってみたい、と思う。それで十分じゃないかな、って……」

 

 

 

わからないままでもなんとかなるかもしれないって、そう思う。俺に、誰かを笑顔にする力はないのかもしれない。それでも、どうせ自分の名前以外何も残ってない身だ。記憶がなくたって、そういう目標があれば進んでいける。

 

 

……でもそれは、自分でもまだよく理解できてない感情。だからきっと、答えにはなってないし、松浦さんにも届かないって思ってたけど。

 

 

 

「……()()()()()()()()()()()()

 

 

 

その言葉は、彼女の大事な気持ちに少し触れることができたらしい。さっきまでの作り笑いじゃない、本物の笑顔を俺に見せてくれた。

 

 

 

「『ずっと』って、やっぱり俺たち何か……」

 

 

 

暗くなり始めた空の下で、自然と近づいていく2人の距離。

 

覚悟を決めたように。彼女が何か言おうと口を開いて————————

 

 

 

 

バララララララ……

 

 

 

 

————————大きなヘリの音が邪魔をした。

 

なんだ?この島、ヘリポートなんてあるのか……?

 

 

「……ああ。その顔、あの家のことも忘れてるんだよね」

 

 

松浦さんが、ヘリが行く先の大きな建物を窓から指差して、その説明をしてくれた。

 

 

「小原家って言ってね。すっごいお金持ちで、あそこも小原家が経営してる高級ホテルなんだよ。……一人娘は、イタリアに留学に行っちゃってるんだけど」

 

「そうなのか。松浦さんが知ってるってことは、有名な家なんだな」

 

「…………そう、だね。でも、翔は詳しくは知らなくていいんじゃないかな。忘れてるなら、私はそれでいいと思う。悲しいことをずっと覚えてる必要なんてきっとないんだよ。もう、誰も……」

 

 

 

結局、その呟きの意味まではわからないまま。

 

すぐに痺れを切らした千歌達が呼びに来て、俺たちは最後の船に乗って帰った。

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

……そして、誰もいなくなったダイビングショップの中。誰もあずかり知らぬ所で、松浦果南は1人呟く。

 

 

 

「……『ダイヤ』って呼ぶんだ、私は『松浦さん』呼びなのに」

 

「翔、貴方が忘れても。私たち3人が忘れたわけじゃない……。あんなことがあっても、昔からの気持ちに変わりはないんだよ」

 

「でも、だからこそ鞠莉は……それに、ダイヤも諦めきれてない。諦められるはずなんてない。私だってずっと心配してた、翔のこと……」

 

 

 

「私は、スクールアイドルをやらない。これ以上、翔が傷つく事なんてないんだから……」

 

 

 

 

 

 

同じ頃、小原家のヘリから降りて、部屋の中で夕焼けを眺めながらその『一人娘』もまた呟く。

 

 

 

 

「果南、ダイヤ……そして、ショウ。」

 

「2年ブゥリデスネ……♪」

 

 

 

イタリアから帰ってきた一人娘、小原鞠莉が……。

 

 

 

 




1年生の登場と、ヤンデレの本格化はもうしばらく後になります。お待たせしてすいません。余談ですが、前回でついに50万文字を突破しました。多いのか少ないのかはわかりませんが、積み上げていきたいと思います。

因幡の黒兎。さん、高評価ありがとうございます!!

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