ラブライブ!〜ヤンデレファンミーティング〜   作:べーた

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第5話 キセキのプレリュード

 

 

——数カ月前 東京——

 

 

「はぁ……演奏会まで、あと少しなのに。どうしたらいいんだろう。次の曲、全然浮かばない……」

 

「……海。そうだ、海の音にしようかな。昔お母さん達に連れて行ってもらった、あの綺麗な海をイメージして……。もうあんまり覚えてないけど、あの海と空……とっても綺麗だったし」

 

「そんな曲なら、きっと弾けるはずだよね……?」

 

 

 

「きっと大丈夫……きっと……」

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

 

「え~? なんだか謎が謎を呼ぶ展開だね、それ……」

 

「そうなんだよ。生徒会長と言い松浦さんといい、俺のこと知ってる風なのに煙に巻くような言い方でさ。いや、逆に考えると2年前の俺が何やったのか、って話なんだけど……」

 

 

松浦さんの家から、十千万への帰り道。俺は今日の出来事を、一通り千歌に愚痴っていた。帰り道が違うから、残念ながら曜はいない。意外と千歌ん家から離れてるんだよな、あいつ。隣の俺の方が珍しいんだけど。

 

 

「うぅ~ん……。私も全然心当たりないなぁ。果南ちゃんだっていつも会ってたわけじゃないし、高校に上がってから、しょーくんあんまり自分の事話さなくなっちゃったもん」

 

 

 

そうだよな、千歌も何も知らないと返s……

 

 

……何気なく重要な情報を話さなかったか?

 

 

 

「千歌、それって何の話……?」

 

「えっとね。この辺って男の子が通える高校がないじゃん? それでしょーくん、ちょっと離れた高校に通い始めたんだけど、『上手くいったら見せる』って言って、よく家からいなくなってたんだよねー」

 

「それって、何かやってたのかな」

 

 

「そうだね、多分部活とかやってたんじゃないかなーって思うんだけど。結局何をしていたのか突き止める前に引っ越しちゃったから……」

 

 

 

仮に、今の千歌の予測が当たっていたとして……

 

かつての俺が、楽しみにしておいてと千歌には敢えて話していなかったこと。

 

そして、スクールアイドルの話をした時の、ダイヤと松浦さんのあの反応……。

 

 

—————もしかして、俺ってその時にスクールアイドルと何か関わりがあって。『それ』が引越しの原因だったりするのか……だからこそ、ダイヤは止めている?

 

 

「でも、あんまり気にしないでいいんじゃないかな~? 生徒会長だって、ちゃんと話せば翔くんのことも、スクールアイドル部のことも、きっとわかってもらえるよっ!」

 

 

……と、人がシリアスなことを考えてるときにいちいちブレイクする千歌。

 

今の推理もいい線いってると思うんだけど、なんか気が削がれてしまった……。

 

自分のことを知ってる人にあったと思ったら、2人ともあんな態度と来たもので、俺もだいぶ参っているんだが。千歌は相変わらず能天気で羨ましい。

 

とはいえ……その明るさに救われる部分もあったりするんだけどな。

 

 

 

「だといいんだけどね。全く酷い1日だったよ。どうなっちゃうのかなぁ、俺のことも、スクールアイドルのことも……」

 

「昔と変わってても、変わってなくても……翔くんは翔くんだもん。私たちならなんとかなるよ!」

 

「ああ、今は千歌のなんの根拠もない、底抜けの明るさだけが癒しだ……」

 

 

夜の2人きりの帰り道。何も覚えてない男だけど、こうして楽しく帰れるのはきっと、千歌が幼馴染だと体が覚えているのだろう。過去なんて気にせず、(多分)以前と変わらずに接してくれる気安さ。

 

……こういうのは、助かる。

 

美少女2人に知らない過去の事で睨まれきった後だと、すごく気持ちが助かる。

 

 

 

(……そう言えば千歌には聞いてなかった。昔の俺のこと)

 

 

「なぁ、やっぱ昔の俺って『僕』とか言ったり、運動苦手なオタク少年だったの?」

 

 

なんで彼女はこんなにも、俺のことを信頼してくれるんだろうと。彼女の優しさは分かってるが、幼馴染ってだけでここまでしてくれるものなんだろうか。

 

 

「ほぇ? 確かにそうだけど……そうだね。曜ちゃんだけじゃなく、果南ちゃんにも体力がないってからかわれてたね~?」

 

「げっ、そんなに!? そんなんで『誰かを笑顔にする』とか言ってたのかよ……」

 

「別に、体力がなくったって関係ないと思うけどなぁ。って、今……!?」

 

 

ダイバーなのだから、女性ながらに松浦さんもかなり体力があるのだろうけど……。流石にその女性にバカにされる男の威厳とか、プライドとかどうなんだそれは。

 

だが千歌は突然、俺の返答に食らいついてきた。肩を掴まれて前後に高速で揺らされる。しぇ、シェイクされて……このままだと吐く、吐くから!?

 

 

「しょーくん、その言葉って……もしかして、()()()()()()!? いつ!?」

 

「よ、曜に! 教えて、もらった、だけだよ! 何も、思い出して、ないって……」

 

「はぁ、そういうことかぁ~。びっくりしちゃったよ~……」

 

 

 

うう、なんとか解放された。てか安堵の息を漏らす前に、まず謝りなさい千歌……。

 

……と、いう説教もする気力は起きない。千歌だって、俺のことを本気で心配してくれてるからこういう反応になるんだ。

 

 

「やっぱり俺が『そういうこと』を言ってたのは本当だったんだな。なんか、口に出すのも恥ずかしい夢だけど……」

 

「私も、しょーくん恥ずかしがるかなぁ……って思ってしばらくは黙ってようかなって。でも、この前も同じこと言ってくれてたから嬉しかったなぁ、しょーくんは間違いなくしょーくんだなぁ!って」

 

「ああ……、『スクールアイドルで千歌が誰かを笑顔にするところを見たい』ってやつか」

 

 

どうやら子供っぽいのは、千歌だけではなかったようだ。きっと俺たちは2人で、子供っぽく理想や夢を語り合ってたんだろう。このあたりの浜辺なんて、特にそれにはぴったりだ。

 

 

「さっきの『昔のしょーくんがどうだったか』って答えの続きなんだけど。私は、ずっとしょーくんが綺麗な夢を追いかけてる……そんな後ろ姿に憧れてたんだ」

 

 

夜の海は静かに波の音を立てている。車もほとんど走ってないし、まだ季節的には春だから、虫たちやカエルが騒ぐには今少しの猶予がある。

 

……文字通り、2人っきりの声だけが響く帰り道。

 

 

「俺に、千歌が……曜の水泳だけじゃなく?」

 

「うん。私が『普通』だって話は、この前したでしょ? でも、しょーくんや曜ちゃんや果南ちゃん……私の周りにいる人って、『そうじゃなかった』から」

 

 

千歌のことを俺は普段、暢気だとか明るいとかいうが、それだけじゃない。

 

彼女は時折、こういう陰の差した表情をする。スクールアイドル……μ'sという、強い光の前にできた陰。強い憧れという感情は、ある種の劣等感という面もあるのかと、ふと思った。

 

 

「曜ちゃんは飛び込みとか水泳とかもなんでもできたし、友達もいっぱいいた。果南ちゃんはあのスタイルに体力もあったし、お姉さんって感じでしっかりしてたもん。そして……しょーくんも体力なくても勉強できたし、何よりカッコイイ夢があって……私の目には、キラキラして映ってたんだ」

 

「千歌……そんなに謙遜しなくっても」

 

 

笑顔がどうとか言ってみても、まず目の前にいる千歌が、心から笑顔になってくれなきゃ……。

 

 

「ううん、いいの。私の本心だから……。あの日、この海辺で飛んだ紙飛行機を見てから、特にそう思ったの。しょーくんはきっと、私を置いて飛んで行っちゃうんじゃないかなー、って!」

 

 

飛んでいくって、だいたい紙飛行機って何の話だよ? そう聞こうとして、何かが引っかかる。

 

 

 

……あれ? 俺ってつい最近、それを見たことがあるような……

 

 

なんだっけ、曖昧だけど確かに。

 

 

2人の女の子と、『この海辺で』……?

 

 

 

「あ、でも泳げないのはそのまんまじゃないかな? ほら、あそこの海にお魚みたいに打ち上がってたんだし!」

 

 

—————あれ、何考えてたんだっけ。そうだ、この浜辺の話だ。

 

こやつ、せっかく心配してあげたのに……。またしてもシリアスな思考をブレイクされてしまった。最早わかっててやってるだろうと、ちょっと憎らしくもなる。

 

 

だが実際、彼女の指差す先には、確かに俺の流れ着いていた浜辺があった。おしゃべりしてたら、いつのまにか十千万の前に着いてしまっていたらしい。色々と疲れた体には、おじさんの作る晩御飯が楽しみだ。

 

 

そう思うと、暗い気分も少しは回復してきて、俺たちの話題も冗談っぽいものになる。用務員初日から、暗い顔で帰って高海家を心配させる必要もないし。

 

 

 

「今ならなんとなく泳げる気がするんだけど、なんでだろうな? 単に体力が尽きてたのか、誰かに突き落とされたとか……」

 

「えー、昔は泳げなかったのに? どっちにしても、自分から飛び込んじゃったとかじゃなければいいんだけどね。ほら、あそこにいる女の子みたい、に……?」

 

 

……指差す先が少し右に動いて。確かに桟橋の上に女の子がいる。しかもスルスルっと衣服を脱いで、水着姿になって泳g……

 

 

 

 

……え!?

 

 

お、泳ぐ!?

 

 

 

「う、嘘……まだ4月だよ?」

 

「千歌、止めよう!」

 

 

 

見知らぬ女の子の方はもう全力で飛び込み態勢だ。俺たちはどちらとも無く走り出して、その間に割り込んで……抵抗されてしまった。彼女はどうしても飛び込もうとしている!

 

 

「止めないで!私は行かなくちゃならないのー! あ、ちょっと変なところ触らないで!」

 

「は、早まるな!まだ人生長いって、多分! てかごめん、そういうとこ触ってないから!緊急事態だから許して!!」

 

「そうだよ!今の時期に泳いだら風邪ひいちゃうよ〜!って、泳ぐんじゃなくて身投げしようとしてるんだっけ? あっ……!?」

 

 

 

……結局。静かな海辺で騒ぎながら、3人いっぺんに足がもつれて、盛大にみんなで飛び込む羽目になったのだが。

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

「ほら、志満姉さんからタオル預かってきたよ。男の俺よりは千歌が拭いてあげてくれ」

 

「あ、ありがとうございます。さっきのことは気にしないでください……」

 

 

緊急時とはいえ、ヘンタイ扱いされたのはなかなか堪えた。まさか1日に3回も女性から精神攻撃を受けるとは、記憶喪失も大変だ……。

 

気にしないでくれと言われても、気にするものは気にする……。

 

 

「まったくもう……沖縄じゃないんだから。海に入るなら、ダイビングショップがおすすめだよ?」

 

 

千歌がすっかり海で濡れてしまった彼女の衣服を拭いて、体が冷えないようにする。もう時間も遅いから、早めに帰ってお風呂に入ったほうがいいだろう。

 

 

「ごめんなさい。……どうしても、聞きたかったの。海の音を……」

 

「……海の、音?波とかじゃ無くて、海の中とか?」

 

「そうなんです。私、ピアノの作曲とか演奏とかしてるんですけど……海の曲をやろうとしてるのに、浮かばなくって。この前も、結局うまく弾けなくって……」

 

 

 

作曲?

 

作曲って、あの作曲か……。

 

 

音楽の素養とか無さそうな俺には手の届かない分野だ。でも、バンドとかすごい歌手になれれば誰かを笑顔にするのに近道だろうか。それに、スクールアイドルの手伝いするなら音楽はちょっとは勉強しないとダメか。仕事で忙しいからちょっと自信がない、曜にでも任せるか……。

 

 

「この辺だと見ない娘だけど、どこの学校?沼津?」

 

「えっ? ううん、東京の学校。……音楽系の学校だったんだけどね。ちょっと、色々あって……」

 

「ああいや、無理に話さなくていいよ。世の中、いろんな事情があると思うし」

 

 

事情とかどうとか、自分でも記憶喪失が言うと説得力あるな。我ながら。なんの自慢にもならないけど。

 

 

「東京の学校!?それなら、スクールアイドルって知ってる?都会なら大人気でしょ~!」

 

とりあえず落ち着いてもらおうと思ってたのに、千歌は『東京』に反応して、さっそくスクールアイドルの話を始めてしまった。

 

でもまぁ、入学式で大して興味を持って貰えなかったとはいえ、田舎のこの辺の本屋でもよく雑誌を見かけるし。あのダイヤや松浦さんもそれなりに知ってたようだから、この娘も……。

 

 

「……なに、それ?」

 

「えーーーーーーーっ!? あの『スクールアイドル』だよ!都会でも大人気だよー!?ドームで大会もやってるんだよ!」

 

 

 

……そうでもなかった。

 

 

 

「ご、ごめんなさい。私ずっとピアノとか音楽とかやってたから、そういうの疎くって……」

 

「別に、謝ることないよ。このバカチカが騒いでるだけだから気にしないで……」

 

 

 

誰だって、知らないことくらいある。ここには自分のことすら知らない奴がいるくらいだし。それに東京なら、スクールアイドル以外にもいくらでも目に入ってくるものはあるだろう。

 

……というか、千歌も最近ハマったんだろ。偉そうにできないぞ。

 

 

「あ!しょーくんまでバカチカって言ったー!それならこの娘に見てもらおうよ、スクールアイドルのすっごいところ!!」

 

 

千歌の奴は変にムキになって、彼女までスクールアイドルに巻き込もうとする。止めてもムダだろう。今の千歌は、まさに恋する乙女。『スクールアイドル』に恋してるんだから。

 

……というか、強くは言えない。その情熱に絆されたのが俺だし。

 

幸い、そんなに水に濡れていなかった携帯を取り出して、千歌は彼女にμ'sの動画を見せ始めた。

 

 

「どう、どう?『なんじゃこりゃーっ』ってならない!?」

 

「確かに凄いんだけど。なんていうか……『普通』? 別に悪い意味じゃなくて、ドーム大会とかアイドルって言うから、もっと世界レベルのダンスとかなのかな、って……」

 

 

彼女に言われて、確かにと思う部分もある。

 

俺もちょっとだけ千歌のパソコンで調べたけど、確かに金をかけてド派手なパフォーマンスをするスクールアイドルも無くはない。

 

 

「『普通』……。そうだよね、この動画にいるμ'sも、どこにでもいる普通の女の子なんだ。『私と同じ』」

 

 

でも、みんながスクールアイドルに見出している『輝き』って、きっとそういうのじゃなくて。千歌がこの前言ってた感想と同じなんだろう。

 

 

「でも、そんなどこにでもいる普通の高校生の女の子が……、みんなで頑張って練習して。踊って、歌って……それがこんなにも、人を感動させられるんだな、って」

 

「私も、貴方がピアノをするみたいに……一生懸命に何かをやってみたい、って思えた。μ'sみたいに、スクールアイドルで輝いてみたいって思えたの!」

 

「だから、貴方も頑張ってみてよ。少なくとも、私は頑張ってる貴方は輝いてるって思うから!」

 

 

俺からしたら、こんな出会って間もない時間で見ず知らずの女の子を元気づけられてしまう千歌の方が輝いている気もするけど……。

 

まあ、そこはμ'sの動画のおかげ、スクールアイドルのおかげってことにしておこう。なんか悔しいし。

 

 

 

「……ありがとう、なんだか『元気出せ』って言ってもらえた気がする」

 

 

幸い、この人も仄かな笑顔を浮かべている。ちょっとは元気づけられてくれたみたいだ。

 

 

 

「それじゃあ、このタオルとか返さないといけないね。えっと、名前は……」

 

「私は高海千歌!あそこに見える浦の星女学院の2年生なんだ!」

 

「そうだったんだ。私は、桜内梨子。……音ノ木坂学院の、2年生。同い年だね!」

 

 

この女性との出会いは、これで終わった。東京だと言ってたから、もう会えないかもしれない。

 

千歌のおかげが大きいけど、これも一つの『誰かを笑顔にする』っていうことなのかもしれない。

 

それを考えると、スクールアイドルの力って本当にあるのかもしれない。

 

色々とあった1日だったけど、ちょっとは希望の持てる終わり方をした気がする。

 

 

 

……しかし、東京の『音ノ木坂学院』か。

 

きっと、凄い音楽校なんだろうなぁ……。

 

 

そんな予感を胸に、彼女の背中を見送った俺たちは、しばらく浜辺で昔の出来事で雑談してしまった。晩飯に遅れてるって、美渡姉さんにまた怒られたけど……。

 

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

「あの時に見た海と、紙飛行機……あまり覚えてないけどこんな感じだった気がする。ここなら、今度こそ『あの曲』を完成させられるかもしれない」

 

 

「……でも。完成させても、弾けるかはまた別の問題だよね。この前の演奏会みたいになっちゃうことだって……」

 

 

「そういえば、あの時もこんな感じで二人くらいの子が元気づけてくれたっけ。……もうちょっと、頑張ってみようかな?」

 

 

 

運命の、奇跡の出会いまで。

 

あと少し。

 

 

 

 

 




アニメ第1話分のシナリオに一体何話費やすつもりなんですかとお思いの皆さん。仰るとおりですごめんなさい。いや、第1話の情報量が多いのでつい……。

推しヒロインに罵られたいhirokaiさん、高評価ありがとうございます!

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