「ねえ……ショウは、私の事も笑顔にしてくれる? なーんてね、もうしてもらってるわ。私もダイヤも果南も、いつもシャイニーな笑顔がでいられるのは、アナタが居てくれるからよっ♪」
「……でも、本音を言うと時々、不安になるのよ。私たちが友達やこの街から外に出た時……それが出来るのかって。知らない人や他の人だって、笑顔にできるのかなって……」
「ううん、考えすぎよね。大丈夫、ダイヤと果南も一緒だし。何よりアナタがいてくれるなら頑張れるから……ゼッタイどこにも行かないで。マリーのことも裏切らないでね……?」
「約束……?するする! ショウが私達にウソついたことないもんね。これで安心、ね♪」
……約束、破ったことなかったのに。
ウソなんてついたことなかったのに。
どうして、私を裏切ったの……?
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「……また性懲りもなく、部の申請を持ってきたんですの?」
以前、この場所で盛大に怒られてから既に1週間。千歌と曜と俺の3人は、またしても生徒会室にやってきていた。
「ダイヤ、やっぱダメなのかな……?」
「ダメに決まってるでしょう……。だいたい、一人が二人に増えただけですし。それに先日私が言った『翔さんが関わらない』という条件も、思いっきり無視しているではありませんか!」
う、それは全くその通りなんだけど。
「……!? い、いつの間に名前で呼び合う仲になってるのー!?」
「千歌ちゃんまずいよ、強力なライバル出現かも! 歳上系生徒会長キャラだよ!?」
ライバルって……こっちが怒られてる間に君たち二人は何の話をしてるんだ。国木田さんたちの時もそうだけど、歳ほとんど変わらないだろ俺ら。
話が進まないから、それはさておいて……。
「何をコソコソ後ろで話しているのです。部員は貴方達なのですから、翔さんでなく貴方達がもっと説明しなさい」
「いや、これもきっと生徒会長が私たちを試しているんじゃないかなぁって思ったんですけど……?」
「ち・が・い・ま・す・! 何度も言った通り、翔さんが関わっている限りスクールアイドル部は認められません!」
……前言撤回。これでもやっぱり、話は進まなかった。
「どーしてしょーくんがいたらダメなんですか! 生徒会長は私たちとは関係ないじゃないですか!」
「関係ないからこそ、貴方に話す必要がないのです!! これはわたくしと翔さんの問題なのです!」
あちゃあ、またヒートアップしてきちゃった……。
あんなに悩み続けた挙句、『生徒会長は私のやる気やしょーくんとの今後への覚悟を試してるに違いない!』って結論に至っちゃった千歌も千歌ではあるけども。
しかし、それでもやりとりだけ聞くんだったら、千歌の言い分の方が理があると思うんだけど。
ここまで頑なに拒まれると、俺が一体記憶をなくす前に何をしたのか気になって仕方がない。いつまでも何も話さないっていうのは、生徒会長の立場と私的な感情の混同とも取られかねない。
それはダイヤの方も感じているのか、別の切り口で攻撃され始める。だがそれは、俺たちの予想もつかない切り口で……。
「……だいたい貴方達、曲は作れるんですの?」
「「「……きょく?」」」
あ、全員ハモった。
きょくって、『曲』だよな……?
……あれ、だんだん感づいてきたぞ。もしかして……。
「スクールアイドルの祭典……ラブライブに出るためには、未発表のオリジナル曲で無ければならないのですわ」
「ええー!? ハードル高っ!」
曜が思わず声を上げて、千歌もつられて驚く。高校生に作曲を求めるって、結構きついぞ。
「誰かのコピーでは無理なのです。それが最初にして、最大の難関となる問題……」
約1名、すっかり忘れてしまっているようですけど、と付け加えられながらジロリと見られた。……また地雷を踏んでしまったか。
にしても、ダイヤがスクールアイドルにある程度知識があるのは違いないようだな。……あれ。つい最近、そんな話を聞いた気が。スクールアイドルに詳しい、浦の星女学院三年生のこと。
一年生の黒澤ルビィのお姉ちゃん。黒澤……?
黒澤って、もしかして……?
「渡辺さんも高海さんも、もうわかったでしょう? 東京の学校や、予算のつく大きな学校ならいざ知らず。音楽の先生の求人にすら困るこの田舎の高校で『もう』そんな生徒は……」
「『もう』って、 前はいたの?」
俺としては何気なく聞いたつもりだったんだけど、さっきの比ではないくらいギロリと睨まれてしまった。うう、肩身がせまい。また地雷踏んだのか俺……記憶喪失ってつらいんだな……。
「……それも、私が『今更』言うべきことではないと思いますが。それがわかったら、さっさとお帰りなさい。私も、生徒会の仕事がありますので」
これ以上説得を続けようにも、作曲のことは全くの予想外だった。つまり、材料がない。……俺たちは熱意の前に、知識が全く足りなかったんだ。
取り付く島もなく、不満そうな顔で捨て台詞を残して千歌と曜は教室に帰っていく。
「絶対スクールアイドル部、諦めませんから!」
「私も負けませんからね、ダイヤさん!」
「さっさと諦めた方がいいと思いますわよ。というか勝ち負けではありません!」
はて、千歌のコメントはともかく。曜は何の勝ち負けにこだわっているのだろうか……。
「……なんで残るんですの、翔さん?」
……あ、帰るタイミングを失った。
いや、むしろいい機会だ。ここまで来ちまったら、後は勢いに任せよう。いつまでもしり込みしてるより、きちんと向き合った方がいい。
「あー……俺は用務員だから、あの2人みたいに授業とかに左右されないの。……せっかく2人きりなんだから、少しくらい話してくれてもいいんじゃないかな」
勇気を出して、自分を睨む相手に一言。
「……昨日の態度でしたら謝ります。私も動揺していたとはいえ、仮にも記憶喪失で悩んでいる方に、あんな言い方を……話せることなら協力しますわ」
意外にも、ダイヤは千歌と曜がいなくなると、少し申し訳なさそうな顔になった。数日前よりは落ち着いている様子だ。
「えっ!あ、いや。俺も根に持ってはいないよ。えっと、『俺が思いだすべき』とかの言い方って、どういう意味なのかなって思って。俺が記憶をなくす前、スクールアイドルにかかわってたことだけは分かってきた。だけど、そこだけはいくら考えてもわからなくって」
時間が彼女をそうさせてくれたことに感謝しつつ、スクールアイドル部を認めない理由を探る。……俺とダイヤの間に、何があったのかを。
「そんなに簡単に『思い出せ』というのも、酷な話ですものね。結論から言えば、スクールアイドルに……貴方が関わっていたというのは、本当です」
やっぱりか……。
「そして、私が言わないようにしているのは……貴方自身が以前、口止めしたからなのです。『本当のことは黙っておいてくれ』と……。相も変わらず、いつも誰かのためにばかり動く貴方らしいお願いでした。『ウソをついておけばいい』というようなことをいったのは、あれが最初で最後でしたけれど……」
「俺が、口止めを? それに、わざとウソをついて……?」
「ええ。いくらなんでも、記憶喪失になってしまうとは思いませんでしたが……話すことは、あの時の親友であった貴方との約束を破るのと同時に、貴方の『覚悟』を穢すことになってしまうのです」
———————帰ってきた答えは、意外なものだった。
ダイヤのことを疑っていた自分を恥じるしかない。彼女はむしろ、真摯に俺のことを考えてくれていたんだ。
「そう、だったのか。俺が言ったのなら仕方ないか……。ごめん、ダイヤは黙ってたのは、ずっと俺のためだったのに……」
「……貴方があの時、私達のために自分を犠牲にしてくれたというのに、私が裏切るわけにはいきませんわ。結局、何もかもうまくいかなかったのですけれど……そこだけは譲れません」
ダイヤはハッキリと言っているわけではないけど……断片的であっても、だんだん全容が掴めてきた気がする。
色んな人の話を総合すると、俺はスクールアイドルに関わっていて、機会を得られれば千歌に見せようとまでしていた。
だが、途中で何らかのトラブルがあって、誰かのためだと嘘をつかせてまで、ダイヤを口止めしてまで解決しようとした。
……でもそれは独りよがりなもので、失敗して。周りをもっと不幸にしてしまったんだということが。
それが、急な引っ越しの原因……? 両親が亡くなったって言うのは、関係ないのかな?そこはまだわからないか……。
「なんとなくわかってきたよ。俺が以前、スクールアイドルをする人たちを不幸にしてしまったこととか。……それでダイヤは、記憶をなくした俺が、みんなとの間でまた同じことが起きるのを、危惧してくれてたんだな。でも、安易に話せるようなことでもない……」
「ええ、そういうことです。記憶喪失になって、一人称も雰囲気もだいぶ変わっているのですから、貴方が以前の貴方のままなのかどうかも……正直なところ、不安なのです。見間違えるわけなどないからこそ……」
「あ、前の俺が『僕』だったとか、運動も苦手だったとかの話か。確かに、随分変わっちゃったみたいでなんか、ごめん」
「謝る事ではありません。そうですね、他に話せる昔の話で言えば。たまにあの『高海さん』の話もしていましたわ」
顔を見たのが今日が初めてですけど、と付け加えて、彼女は少し居心地が悪そうに椅子に座りなおす。
「じゃあ、ここまでをまとめると。ダイヤにとっては親友が大事な約束をしたっていうのに、いきなり引っ越した挙句、それを忘れてたっていうことだったのか……」
「……いえ、私も悪いのです。私はあの時、貴方の優しさに甘えてしまった。それでいながら、周りがバラバラになるのを止められなかったのですから。……本当なら、貴方はスクールアイドルに関わっても良かったはずなのに……」
ダイヤは、あらゆることに対して後悔しているように見えた。
俺は自分で聞いておいて、そんな顔をさせてしまったことを後悔してしまう。
だかた少しでも、笑顔に近づけてあげたいと思って————……
「いや、何が起きたって……ダイヤのせいじゃない。俺が悪いってことにしておけばいいよ。誰かを笑顔にするとか大口叩いて……その結果なんだったら、本望だろ。どうせ記憶喪失だし————」
誰かが笑顔でいるためには、時に誰かが我慢しなきゃいけないかもしれない。だったら、俺が我慢すればいい。俺なら耐えられるから……
そう、思っていたのは、単なる独りよがりだった。
「貴方は!貴方はまたそうやって自分を犠牲にして!! ……私が、私が親友である貴方をどんな気持ちで待っていたか……貴方に何もかも押し付けて、結局何も守れなかった私の気持ちも考えてください!!」
「ダ、ダイヤ……?」
「貴方だって失敗することはある、ってわかっていましたのに……。きっとなんとかなるって自分を誤魔化して、楽な方に逃げたのは私なのですよ!? なのに、なのに貴方は……」
瞳には、僅かに涙が滲み始めている。悲痛な叫びは、生徒会長に空しく響き渡っていた。彼女は感情を爆発させて、俺はそれに圧倒されて。
だからダイヤも俺も……生徒会室のドアを開けた人物に、まったく気がついてなかった。
「……ふぅーん……。久しぶりに帰ってきたと思ったら、随分仲が良さそうじゃない?」
目の前のダイヤが大和撫子だとしたら、こちらはブロンドヘアの海外女優というところの。浦の星女学院三年生の制服を着た少女がそこには立っていた。
この娘は、一体?
相変わらず記憶にはないけど、俺のことを知ってるのか……?
「ま、鞠莉さん……!? 貴方、どうして!?留学はどうなったのですか!?」
「チャオ〜♪ ダイヤ、元気だった? それと『どうして』といえば……先に聞かなきゃいけない相手がいるんじゃないかしら?」
ダイヤの今言った名前。そして、松浦さんの言っていたことが正しければ、留学中の
一人娘といえば……。
「……一体どういうつもりで帰ってきたの? ショウ」
仄かに憎しみをこめて、此方を見つめる金の瞳。
彼女が……『小原鞠莉(おはら まり)』?
長くなったので前後編に分けてます。全員の顔見せがいよいよ完了ですね(約1名マスクでしたけど)。流石にそろそろ書き溜めが尽きてきました……。
黒澤秋桜さん、高評価ありがとうございます!!