「クックック……この前テレビで紹介されていたこの闇の儀式を用いれば、我が魔術はさらなる高みに上るはず!! この堕天使ヨハネは今こそ、冥府魔導への道を……」
「……はぁ。そんなこと言って、ただ動画撮るだけじゃない。早く学校行かなきゃいけないのに……」
「また沼津のあの本屋さんに行って、闇魔術の書を買おうかしら。ヒかずに対応してくれるレジの人、あそこくらいだし。……いやいや、花丸たちがいたら困るからナシね。この前も危なく見つかるところだったわ……」
「とにかく、次の投稿用に用意したコレを見てみないとね。どれどr……!?!?」
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「……不登校の生徒がいる?」
「ええ。まだ学校始まったばかりだからハッキリそうと決まったわけじゃないんだけどね。彼女のお家に行って、様子を確かめてきて欲しいのよ」
月曜の朝から職員室に呼ばれた俺は、1年生の担任の先生からそう告げられた。確かに今の俺は生徒数も先生の数も少ないこともあって、各方面の副担任のようなことを任される……とは言われていたが。早速その時が来たってわけか。
千歌と曜は、一生懸命作曲のできる生徒や知り合いを当たってみているらしい。俺も音楽の先生にあたってみたが、その人は作曲できないと言われた。できたとしても、生徒自身がやらなければならなくはあるんだけど。
っと、仕事の話だった。集中集中。
「でもそれって、私の権限でやっても良いことなんですか? 教員免許がいるって事はないでしょうけど、校長先生とかの許可は……」
「それならもう話してあるから大丈夫!悪用はしないと思うけど、これが彼女の個人情報よ」
「津島、善子……?」
そう言って手渡された書類には、長髪に可愛らしいお団子……シニヨンをつけた生徒の顔写真があった。普通に可愛いし、こんな平和な学校で入学式早々イジメがあったとは思えない。家庭も円満と書かれている。不登校になるような理由は思いつかないけど……?
「どうもその子、最初の自己紹介で盛大に失敗しちゃったみたいなのよ。お母さんが言うにはそれが恥ずかしかったんじゃないか、って」
「年頃の女の子ですから、そう言うこともあるものだとは理解できますけど。そこまで分かってるなら、お母さんが説得すれば良いのでは……」
「それが、お母さんも教師らしくってね。新学年が始まったばかりで忙しいみたいで。担任の私も結構仕事が溜まってるのよね……」
チラリと机の上を見ると、なるほど確かに莫大な書類が積み重なっている。一体何がここまでやらせるんだと思って見せてもらうと、なんでもこの時期に理事長が交代するらしい。迷惑な話だなぁ。
……小原さんじゃねーか!まったく……。
「わかりました、そう言うことなら行ってみます。ただ、カウンセラーの真似事みたいな事はできませんよ?」
「それは大丈夫。とりあえずプリントを届けて、様子を見てくれれば良いから。何時に行くって言う電話はお母さんにしてあるし、もし家から出てくれなければ、その時はその時でポストに入れておいて?」
男の新米用務員が女子校生徒の不登校解消のためのお宅訪問。
字面だけだとだいぶブッとんでるが、まさか訪問先の女の子がもっとブッとんでいるとは、この時思いもよらなかった……。
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「それでこのマンションに来たわけだが……」
特になんの変哲も無い、沼津のマンション。そこに、千歌のお父さんにバイト面接用にと奢ってもらったスーツ一丁を着て、プリント類が詰め込まれたカバンを持ってやって来た。まるで就活みたいな初々しさだが、そこはこの際気にしてられない。
階数も中ほど。案内図を見る限り、該当の部屋はこっち……
「く、臭ッ!?」
インターホンを押そうという距離になって、唐突に大変な異臭が漂ってくる。なんだ、このガス漏れみたいなの……化学的な匂いとも、生き物の生の匂いともとれるヤバい匂いだぞ!?
……考えたくは無いが、これは最悪の状況を想定しなければならないかもしれない。しかし、これだけ不自然な匂いがするのなら、とっくに通報されてそうだが……だとすると、つい最近から?って、考えても仕方ないか。
念のためインターホンを押すが、返事なし。僅かに手をかけて確かめるが、ドアに鍵はかかっていない。
これでもし何もなければ、高海家のみんなに迷惑がかかる。学校にもそうだ。警察や管理会社に言った時は大騒ぎになるだろうし。
しかし、緊急措置として……ひとりの男としてなんとかせざるを得ないだろ!
「勇気を出せ、俺よ……!」
お邪魔します、と一声かけて、臭気に吐きそうになるのを我慢しつつ中に入っていく。あ、靴は揃えておくぞ。なんか気にし始めると止まらないんだこういうの。
「発生源は、この部屋だが……」
可愛らしい黒のゴシック調の装飾が施されたドア。これが『津島善子』ちゃんの部屋なのか……?
流石に開けるのは怖いが、今更引き返すこともできない。早い方がいい、早い方が……
「……南無三!」
少しづつ、少しづつドアを開ける。足が見えた。誰かが倒れてるのは間違いない。……だが、なんだ?
なんか、街中でたまに見るゴスロリ?みたいな服装に見えるが……?
「う、うう……」
——————い、生きてる!声が聞こえた。
思わずドアを全開にして確かめると、チラッと見えていた通りゴスロリ風の衣服に羽をつけた少女が、小さな冷蔵庫を開けたまま倒れていた。慌てて脈を確認するが、大丈夫だ。
……じゃあ臭いの原因は、この冷蔵庫なのか?
そう思って視線を下に向けると、皿の上に切られたフルーツ。外されたラップ。どうも、コイツで間違いなさそうだが。このトゲトゲ、どこかで見たことがあるような。そう、テレビでこの前紹介されてたヤツ。新鮮な状態なら問題ないが、切ったまま放置したりするとどえらいことになる……
「……ドリアン?」
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「本っっっっ当にごめんなさい!!! まさかドリアンがあそこまで臭うものだなんて知らなくて……」
俺の目の前で、シニヨンを揺らしながら謝っているのは、確かに写真で見た『津島善子』だった。
彼女はいかにも黒魔術に使われそうなローブをかぶり、部屋の中にはドクロっぽいものや魔法陣とかタロットとか黒い羽とか、なんというか……オカルトというか厨二病チックなムードが漂っている。あと、ドリアンのひどい臭いも。
消臭剤と混ざってなんか色々と息苦しい。ご近所さんごめんなさいと思いながら窓を開けている。今度こそ通報されなきゃいいけど……。
「怒ってるわけじゃないよ。むしろ、えらいことになる前に何とかできてよかった。……えーと、俺は浦の星女学院の新米用務員の翔(かける)。大して齢も変わらないし、めんどくさいから『ショウ』って呼んでくれればいいよ」
「ショウ……。わかった、これから貴方のことを我がリトルデーモン『シャイニング』と呼びましょう!……って、それじゃ我が闇の魔力と相反する属性!? 太陽の煌めき、サンシャイン!?」
「いや……。普通に名前で呼んでくれればいいから……」
消臭作業を含めて、彼女と話し始めて1時間経ったが、だんだん、何故自己紹介を失敗して不登校になりかけなのかわかってきた。
——————彼女、すさまじい厨二病なのだ。
我ながら記憶喪失のくせにこんな単語を覚えているのもどうかとは思うが、堕天使とか英語名とかファンタジーとかそう言うのが大好きで、今みたいにすぐにこういうモードに入ってしまう。
ところどころ普通な会話をしてくれる辺り、間違いなく根はいい子なんだけど。だからこそ余計に、紹介でそれを発揮してしまったことが恥ずかしいと自覚しているんだろうな。
これは、なんというか学校に来させるのは手強い……。
「でもでも、あのままだと下手したら死んじゃってたかもしれないし……この堕天使ヨハネがホントに天に昇ってたかもしれないのよ!? 少しはお礼くらいさせなさいよ」
「ありがたいけど、俺も仕事で来ただけだし。年下になんか貰うのも悪いしなぁ……」
自分のことを『堕天使ヨハネ』と呼ぶ善子は、さっきから何か御礼をさせろと言ってきかない。何か貰ってもオカルトなものじゃないかと少しだけ不安なのは秘密だ。十千万の借り物の部屋に変なもの置いて誤解を招きたくもない。……本音を言うと、こういうのは、男の子の夢もちょっとだけあるから、そんなに嫌いじゃないんだけど。
プリントやお知らせ、配布物は事情を説明してもう渡してある。帰る時間は指定されていないが、余計な時間を食ってしまったのは確かだし、あまり長居もできない。
善子はそのことを正直に伝えられると、「ならコレね!」と風呂敷のようなものを広げた。
……これはなんだろうか?何か色々と紋様が書いてあるが……
「今からここで占いをしてあげるわ! こう見えて結構、占いが当たるって評判の人気配信者なんだから!」
そういえば、ドリアンもその動画に使うつもりだったって説明されたっけ。
人間、意外な特技があるもので、その占いを上手く生かせば結構簡単に女子学生の輪に入れる気がするんだけど。……まぁ、上手くいかないだろうな。今のままだと……。
「えーと……ホントになんでもいいの?」
「ええ。恋愛、仕事、運命の相手が現れる時期まで、このヨハネに任せなさい!!」
うーん。ここまで言われたら断るのも申し訳なくなってくるな。そして、こう言われてしまうと逆に選びにくいもので……
「よし、じゃあそれ全部占ってくれ!」
「え、全部? いいけど、ちょっと時間かかるわよ?」
「別にいいよ。津島さんのことを信用しないわけじゃないけど、占いなんて当たったら予言だ、くらいの気持ちで聞くからさ」
「ま、確かにその方が占う方も占われる方も気は楽よね。じゃ、行くわね!」
先ほど敷いたシートに魔法陣が書かれ、周囲にはろうそくに火がつけられる。け、結構本格的だな……。さすが人気配信者。スクールアイドルの動画を撮っていくのに、こういう演出力も必要になるんだろうか。意外な参考があったものだけど。
……と、無駄に感動しているといくつかの結果が出たらしい。
「うーん……とりあえず、大まかな運命みたいなものを占ってみたんだけど。最近なにかあったの?」
「え? そうだな……一か月か二か月くらい前に、この静岡県に戻ってきた、のかな」
「なんで疑問形? えっと、そうね……そこから1年くらいの間、とっても大きなことが続くみたいよ。それこそ、今までの人生で無かったような凄いことがね」
普通のタロットじゃない、なんだかよくわからない柄のカードの組み合わせを見ながら、すごくレアな組み合わせね、なんて言われた。
確かに、記憶喪失なのはレアな経験だと思うが。これから1年間……。
もしかして、スクールアイドルのことを指してるんだろうか。だとしたら、1年間はスクールアイドルができる。部活動も認めてもらえるんじゃないか?という無駄な希望的観測を抱いてしまう。はたまた、1年後には記憶が戻るということかもしれない。何にしても、ずっと高海家に居候するわけにはいかない俺には、変化はありがたいことだ。
「……って、さっき予言だとか言っておきながら、俺が本気にしてどうするんだか……」
「いいじゃない。占いは色々楽しむものよ? クックック……ヨハネの魔力も高まってきました。次の儀式を始めましょう!!」
どんどん津島さんのテンションが上がっていく。……でもまあ、俺もこういうのは別に嫌いじゃない。ただでさえ、最近はスクールアイドルのことでも過去のことでも色々と怒られたり悲しまれたりと大変だったんだ。そういうのを忘れてただ遊ぶって言うだけの時間も、随分久々な気がするなぁ……。
「仕事は……良くはないわね。大きな失敗もしないけど、成果もない……。それに、あんまり向いてないみたいよ?」
「うぐ、確かにいろんなバイトが肌に合わない気はしていたけど……」
「次は恋愛運ね。これは……かなり素敵な出会いがあるみたい! アンタがジゴロでないなら、人生で一番ついてるかもしれないわね……。ヨハネの言霊に従い、出会った女の子は大切にするのです!!」
「俺は何もしてない!……昔色々あっただけで、多分……そのはず……」
———————そんなこんなを続けていたら、いつの間にか夕方になっていた。
仕事できたはずが、本気で楽しんでしまった。いや、一応仕事の目的は果たしてるんだけど。
「……なんだか、普通に遊んじゃった気がするな。無理にとは言わないけど……学校、来てみたらどうかな?」
不登校だって聞かされてたから、最初はどんな暗い娘なんだろうとビクビクしてたけど……実際には明るくて優しい、いい娘だった。『善子』って親御さんがつけた名前は、しっかりと彼女に根付いているらしい。……俺はその割に空を飛んだりはしてないが。
これなら、学校だって普通にやっていけるはず。千歌や曜みたいな生徒ばっかりなら、時々趣味が出てきても、笑って許してくれると思うし。
「私も楽しんじゃったわね。……学校、行ってみるかもしれない。こんなに世話になった相手に頼まれたんじゃ、断れないからね」
……少しだけ顔を赤くしながら、そう言ってもらえた。
笑顔、か。
やっぱり、誰かが笑顔でいてくれることが、俺には———————
「善子、帰ったわよ~……って、何このニオイ~!?」
——————とかいいムードになってたところで、彼女の親が帰ってきた。
なんでも教師をしてらっしゃるとかの……
「や、やば!なんでこんな日に限って早く帰ってくるのよ~!?」
「ていうか、消臭剤使ったのに。……あ、もしかして……」
十千万や学校で掃除をしていると、たまにあること。
自分たちではニオイがわからなくなるやつ。良くなったと思っても、部屋に戻ったらまたニオイを感じるアレ。実はそんなに良くなってないっていう、あの現象……。
「家に知らない男の子が、うちの娘と一緒に……!?」
そして、対策を考える前に二人でいるところを発見されて……。
「きゃーーー! 善子についに恋人ができたの!? やるじゃない!!」
「……にゃ゛あ~~~!ち、違うの~~~~!!///」
……心配ご無用。この娘あって、この母ありだった。
結局、部屋にありったけの消臭剤を散布して外向きには誤魔化すことに成功したが、俺が発見するまでに多少時間があったらしく、彼女の部屋やそこに置いていたものはしばらくは匂いが消えなかったとか。そして、俺自身のせっかくのスーツも。
彼女の持つ制服とかも例外ではなく、再登校がしばらく遅れることになるのは、また後の話である……。
ちなみに俺は、美渡姉さんの軽トラの荷台に消臭剤と一緒に詰められて帰らされて、三日間は千歌達に爆笑された。堕天使とか神様とやらよ、いったい俺が何をしたというんだ……。
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「……どうせバレないと思って、恋愛占いを私と彼にしちゃったけど。まさか本当に運命……?」
「ずいぶん恥ずかしい『運命の出会い』だけど……いえ、堕天使もそうだけど、むしろそういう姿を見せても嫌われないのが真の運命なのよ!」
「また、占ってみようかしら。……ううん、まずは学校に行って、アイツに会う事よね……?」
善子回でした。タイトルの意味はそのまま『占い』です。ということは無論、最後に残っているのは……そう、花丸ちゃん!……と、言いたいところなのですが、流石に書き溜めが尽きたので更新ペースが落ちます。ごめんなさい。
アギトアギトマークシートベルトコンベアさん、高評価ありがとうございます!