意気揚々とした小原さんに連れてこられたのは、この学校の体育館。
そう、何の変哲もないただの体育館だ。
だが、彼女はイタズラが成功するのを待ちわびてる子供みたいに、どこか嬉しそうなくらい。……ここに来た意味がわからないのも重なって、少し不気味に感じる。いったい何を言おうとしているんだ?
……怖い気持ちはあるけど、今の俺たちは頼む方。自分から聞きに行かなきゃ始まらない。
彼女の出す『条件』を、勇気を出して聞かないと。
「この体育館が、どうかしたんですか?」
「そんなにオドオドしなくてもいいのに。たった一つだけのEASYなお話。……『ここを満員にできたら』、人数に関わらず部として承認してあげるわよ♪」
——————こっちはビクビクしながら聞いたのに、さすが彼女の方はペースを崩さない。
それに気をとられて、俺は一瞬彼女の言った意味がよく分からなかったが、曜はすぐにピンと来ていた。
「それって、この体育館で最初のライブをやって、『お客さんで満員にしろ』……ってことですよね?」
「そーいうコト!シンプルな条件でしょ?」
そう言われて、改めて周りを見渡してみる。
……スクールアイドルの、ライブ。すると、ここ最近何回口にしたかもわからないその言葉が、急に重く感じ始めた。そんなに大きなところではないが、小さいとは口が裂けても言えない規模だ。
本来はライブの場所としては申し分がなくても、『デビューライブ』としてはどう考えたって……過剰すぎる!満員って言っても、多少は見方に個人差や許容範囲があるだろうけど……それを含めても多分、『300人』近くはいてくれないと、言い訳も立たない!?
「ここって……結構広いよね?」
「うん。どうする……?」
曜と梨子も同じ不安があるのか目を合わせているけど、そりゃ無理もない。だって普通、一番最初のライブが一番お客さんが入りづらいんだから……満員だなんて、まず不可能だ。
そして、もう一つ重要なことがある。それは『もしできなかったら』の時の事。
……俺のことを嫌う彼女が、決して安い代償で部活のポジションとライブ会場を用意してくれるわけがない。
それについてもみんなは同意見だったらしく、千歌から質問が飛んだ。
「……満員にできなければ、どうすればいんですか?」
その言葉を待っていたかのように、小原さんは一層笑みを深くして——————
「その時は、ショウに『この学校の仕事を辞めてもらう』ほかありませんね~……?」
————————トドメを、刺しにかかる。
「……」
一瞬の静寂。正直……自分では、あまり驚きはなかった。特に言葉もなく小原さんと視線が交錯する。
嫌われてるって時点で、理事長の彼女がそう言うのは薄々わかってたのかもしれない。だから反論する気にはあんまりならなくって……引き続き黙ってたけど、みんなはそうじゃなかった。
「……なんなんですか!なんで生徒会長も理事長も、そんなに翔くんを邪険に扱うんです!?」
「そうです! 翔くんが何したっていうんですか!」
梨子と曜が食ってかかったけど、小原さんは相変わらずスマイルで軽く流してしまう。こんな言葉を用意してくらいなんだから、そういう反応も織り込み済みってわけなんだろうけど。
「ウェイトウェイト! 何か勘違いしてない?……私はスクールアイドル部の事を応援してるの。ダイヤに邪魔されて、『あの』ショウまでいるんだもの。私みたいに『また』裏切られる人がいるとしたら、貴方達になるわ」
……裏切る?
記憶喪失になる前の俺が裏切ったのは、スクールアイドルの誰かというよりは……小原さん本人なのか?
「私はそこから守ってあげようとしてるの。貴方達は何も困らない。ショウがいなくなればダイヤが止める理由もなくなって、一石二鳥でしょ♪」
「しょーくんは、大切な仲間なんです!邪魔だなんて思ったことは一度もありませんし、これからもありません! ……理由は、話してもらえないんですか」
「それこそ、その大切なはずのショウから聞いたらどう? 記憶喪失なりに、色々と手がかりは掴んでるようだけど……貴方達には話してないじゃない。その程度の信頼関係なら、後々どうせ失敗して『後悔』するわよ?」
売り言葉に買い言葉。
ああ言えばこう言うというように、俺たちの心の隙を突こうとする。事実だから反論しづらいが、そんな言葉にも千歌は屈しない。一歩前に出て、大声で宣言した。
「失敗はしたって、後悔はしません! ……この勝負、受けてたちます!」
梨子も曜も、当然だというふうにこっちを見つめてから千歌に続く。
「スクールアイドルをやる事に、たしかに翔くんは直接は関係しないかもしれないけど……大切な人を見捨てる理由にはならない!」
「誰かを見捨てて、見返りに貴方から支援されて……そんな部活なら、やる意味ありません!絶対満員にして、翔くんのこともスクールアイドル部のことも認めさせてみせます!」
「みんな……」
————こう言ってはなんだけど、少し意外な気がした。
ダイヤがああ言ったときも一緒に反論はしてくれてたけど、今回は条件が違いすぎる。
それでも……3人は俺のことを仲間として大切に思ってくれて、理事長にも立ち向かってくれている。俺のことを捨てるような条件を飲むくらいなら、『スクールアイドル部なんて意味がない』とまで。
記憶をなくして、内浦に流れ着いて身寄りもなく1ヶ月半。……俺は、こんなにも周りにお世話になって生きてこられたんだと、改めて実感した。
サポートだとか手伝いとか言われてたけど……助けられてたのは俺の方だったみたいだ。その想いには、絶対に応えなくちゃいけない……!
「ベリーグッド! 『満員にできなきゃグループ解散』ってわけね……ふふ、いい覚悟ね? それじゃ、ライブは2週間後。特別サービスで、照明の予算とかはつけてあげるわ」
「……ありがとう、みんな。小原さんもだ。ところで、ひとつだけ確認したいんだけど。結果が出るまでは『俺がいてもなんの問題も無い』んだよな?」
「ええ、全く問題ないわ? 単にライブをして、お客さんを集めればいいだけ……『普通』の条件よね?」
——————ああ、やってやろうじゃないか。
確かに俺は『見ていてくれ』と言ったし、『同じ過ちはしない』とまで言い切った。俺は今まで、自分一人辞めればとか、俺がいなくてもとか考えてたし、そんなに間違いではないと思ってる。
それでも……みんなは俺のことを必要としてくれた。なら、俺の都合には巻き込んでる暇はない。立ち止まらずに突っ走って、ダイヤも小原さんも突っ切って、スクールアイドルをやるんだ。
次のライブまで、全力でみんなで本物のスクールアイドルになってみせて、ここを満員にだってしてみせる。千歌達の笑顔は、俺が……!
「あと……ショウ。用務員なら、スクールアイドルの手伝いの前に、体育館の遅れてる時計……ちゃーんと治しておくことね? 勝負の前にクビになりたくなかったら、ね」
……3人の憐れみの目で、盛大に空気が壊れた。
確かに後回しにしてた仕事だったけどさ。
「……後でやろうと思ってたんですよ」
「翔くん、それまた忘れるパターンだよ……」
そのせいで気がつかなかったことだけど。ダイヤだけはずっと違う感情の瞳で、俺の方だけを見つめていた。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「……ってわけで。俺が今現在分かってることはこれで全部だよ」
「えーと……しょーくんは昔、この学校にいたスクールアイドルに関わってて、大変なことになっちゃって……」
「それを、理事長とダイヤさんと……果南ちゃんが知ってて。それで、ああいう反応になってるってことだったの」
「ルビィちゃんが言ってた『お姉ちゃん』と『スクールアイドル』も……ダイヤさんのことだってはっきりしたんだよね?」
帰りのバスの中で、俺は3人に包み隠さず、事情を説明した。勿論、肝心の俺が思い出してないから、憶測や間違いも混ざってると思うけど。かといってそんなに外れてる気もしないでもない。実際、みんなには納得してもらえてる。記憶喪失については、流石に梨子は驚いていたが。
『じゃあ私たち、溺れ仲間なんだね……?』とか謎の親近感をおぼえられたけど、別に梨子は溺れてたわけじゃないだろう。今の俺は泳げるし。と言ったら残念そうな顔をされたが、どうして……?
「カレー牛丼だって、今は忘れてるけど……前はしょーくんの大好物だったんだよ。たまに十千万でも作ってあげてたし……」
「え、そうなの? それを知ってるってことは……やっぱ知り合いだったんだな」
「ムッ……! 翔くん、私料理得意だし、今度うちでも作ってあげるよ! カレーも自信あるよ!?」
「よ、曜さん……? なんか怒っていらっしゃいませんか……?」
千歌のカレー牛丼の話から、今度は曜がぷりぷりし始めた。さっきの梨子といい、何が年頃の女の子をこうさせるのか。女心は秋の空ってやつです……!?
「カレー牛丼もいいけど、話が逸れちゃってるわ。理事長と生徒会長を納得させなきゃいけないんでしょ?」
そうそう、梨子の言う通りに話を戻そう。あんな話を受けちゃった以上は、残された時間は短い。俺たちはまだまだ初心者なんだから。
「そうだな……理事長の条件をクリアすれば、悩みのタネだったダイヤのこともクリアすることにはなる。もちろん、このままじゃ厳しい話だけど……」
「普通だったら、『そのくらいできなきゃこの先もダメ』……ってところなんでしょうけど。あの様子じゃどうみても私怨よね!」
「翔くんみたいな21世紀最大級のお人好しが恨み買うなんて、まだ信じられないけど……」
曜よ、それは褒めてるのかけなしてるのかどっちなんだ。
……どっちにしろ、ここまで来たら過去はもうあまり関係ないと言っていいだろう。肝心なのは今と結果だ。小原さんとの勝負は、思い出しさえすれば納得してくれそうだったダイヤより、ある意味厳しくなったかもしれないんだけどね。
「……にしても、体育館を満員にかぁ。とりあえず、知り合いとかいろんなところに声かけるしかないかな?」
「ダンスもまだまだ素人だし、なにより2週間は短いよね。……千歌ちゃん、どうする? やっぱりやめておく?」
「やめない! 絶対最後までやるんだもん!」
……どうかしたのかな。あの気遣い上手の曜が、あんな言い方するなんて。普通なら、もっとオブラートに包むと思うんだけど。
バスの後ろで席が隣なのをいいことに、こっそりと耳打ちする。
「なぁ、なんであんな言い方するんだよ……?」
「まあ見ててよ。 ああ言った方が、千歌ちゃんの闘志は燃え上がるのであります♪」
結構心配で聞いたのに、曜のやつは明るい表情。……確かに、千歌からまたオーラが吹き上がってるのが見える気がするし、梨子も感心した様子だ。
でも、
……あれ?
千歌って、
……果たしてこれが、本当のことだとして。それが記憶を取り戻す兆候なのか、単なる気のせいなのかすらわからない。でも、何か俺の中で大きく引っかかっている気がする。
わからない、わからないけど……これはもっと重要なことじゃないかとしか思えない。俺は
記憶喪失なんて漫画みたいな目に遭ったのは、もっと————————
『次は、伊豆三津シーパラダイス。伊豆三津シーパラダイスでございます……』
「————しょーくん?」
バスの運転手さんのアナウンスと、心配そうに俺の顔を見る千歌によって、俺は現実に引き戻された。……何か、変なことを考え込んでた気がする。色々重なって、緊張して疲れてるんだろうか。千歌にこんな表情させちゃって……。
そんなことを考えてると、唐突に俺のカバンの中にある携帯電話が音を立てた。
知らない番号だが、俺の身の上を考えれば警察の人かもしれないし、出るようにはしている。いくつかあるバイト先の人の可能性もあるし、みんなに一言断って、営業ボイスで電話に出てみた。
しかし、その相手は俺のどの予想とも外れていた人物で。
『翔さん、突然のご連絡、申し訳ございません。今から会うことはできますか……?』
「……ダイヤ?」
———————そして、何故かその名前を口にした瞬間、3人を包む空気が緊張した気がした。
鞠莉は僕の母親になってくれるかもしれない女性なので筆が進みました。主人公君とギスギスすればするほど、後のデレが美味しくなってくれればなと思ってます。
評価、感想もたまにはよろしくお願いします〜( ་ ⍸ ་ )