『果南!何土壇場で怖気づいてるのよ!? そもそも貴方とダイヤが始めたいって言い始めたんじゃない!?』
『誘われた鞠莉が今や一番積極的なんだから、わからないもんだよね』
『翔さん! しみじみと頷いていないで、照明の位置に早くついてください!果南さんも鞠莉さんも、行きますわよ! ああもう…………翔さん?』
『翔……?』
『僕に任せてくれよ。……あのさ果南、あのμ'sだって————————』
「……鞠莉さん、これが貴方の復讐なんですか?」
砂浜で、夕焼けに向かって呟きましたが、聞く相手など今はもういません。
それでも、眩しさに瞼を閉じれば……その『相手』が3人いてくれた日々が、目の前の夕陽よりも鮮明に思い出されます。
『————————失敗したらその時はその時、泣いて続けるか、笑って解散すればいいじゃん。だから、とにかく思いっきりやってみよう!』
『失敗したら解散……ふふ、それもいいかもね。やってやろうじゃない! その代わり、成功したら私たちの言うことを一つずつ聞く事!』
『げっ!? 鞠莉だと何を要求されるか不安だなぁ……まあいいや。僕だって男だ。その勝負、受けて立った!』
『……本当に何でも聞いてくれる?』
『果南さんが復活しましたわ……皆さん、現金なんですから。……………なんでも、ですか』
『そんなこと言って、ダイヤも頬が緩んでるじゃな~い♪ 何のお願いを聞いてもらえるのか、楽しみなんでしょ?』
『な!? そ、そそそそそそんなことはありませんわ!!さあ、ライブですわよ!記念すべき、私たちのファーストライブですわよ!!』
『ダイヤ、またホクロかいてるよ……みんな、お願いはほどほどのことにしてほしいなー!』
「……翔、さん」
また、あの人の名前を呟いてしまう。あの時の私達3人が、きっと全員恋をしていた……あの人の名前を。
でも、今の鞠莉さんは、その彼に記憶がないのをいいことに、あの時の意趣返しをしている……。
その勝負の条件は……あの時のように、微笑ましいものではないのに。それでも、翔さんはまだ誰かのためと言って、無茶をしようとして……。
私はどうすべきなのでしょうか。また、あの時のことが繰り返されてしまうのでしょうか。
それとも……。
「呼んだ?」
……ふと、後ろからかけられた声は幻聴ではありません。私の独り言に対して、偶然到着した彼が返事をしただけ。
そう、いなくなってしまったのに。もう会えないと思っていたのに、今は私の目の前にいてくれる人。いつだって、私の支えになってくれていた人……。
一人称や雰囲気は随分と変わりましたが、決して見間違えることなんてあり得ません。
—————……翔(ショウ)。
「……突然お呼びたてして、申し訳ございません。先ほども申し上げましたが、少しお話したいことがあったのです」
「ああいや、謝ることはないよ。ただ、俺もバイトとか練習とかあるから、急な呼び出しのお願いは『ほどほど』にしてほしいな」
「…………ふふっ、そうですね?」
「居候の身分ってのもあるし……って、あれ。ここ、なんか笑うとこだった……?」
ああ……本当に、変わらない。昔の翔さんのままなのが、あんまりにも懐かしくって……。
2年前から時が止まっていて……やっと、動き出したかのようにすら思えてしまいます。
大切に思える時間を長引かせたくて、つい関係ない話から始めてしまうくらいには。
「——————いつも、この砂浜で練習を?」
「始めたばっかりだよ。たまには見に来てくれてもいいんだぜ。……そういえば、俺の電話番号ってどっかで教えたっけ?」
「急ぎでしたので、鞠莉さんがこの前生徒会室に持ってきていた、用務員の書類を盗み見させていただきましたわ。……ごめんなさい」
「あ、頭は下げないでいいよ! ダイヤなら悪用はしないだろうし、俺から電話する用事もあるかもしれないし!?」
でも、彼も忙しい身ですし、雑談をいつまでもしてはいられません。陽が長くなってきたとはいえ、暗くなる前に帰らなければ、彼はまた『家まで送る』と気を遣うでしょうから。
一つ息をついて、本題に入ります。
「……改めて、お伺いするのですが。本当に鞠莉さんの挑戦を受けられる気なのですか?」
「そうしなきゃいけないし、そうするつもりだよ。これは俺だけの問題じゃない。俺と……俺を信じてくれたみんなの勝負なんだ」
「あの3人『も』、貴方のことを大切に思っているようですし……ね」
私の言い方に一瞬だけ、翔さんは疑問符を浮かべたようでした。ですが考えても仕方ないと思ったのか、あまり気にしていないようです。
……本当のことを、話すべきなのかもしれませんが。私自身も迷っています。鞠莉さんに今の彼の想いと、仲間を壊させてしまうのは本意ではありません。しかし、彼自身に思い出してほしいことはありますし、約束だってそうです。……話しても、今回の勝負の成功に直結するわけではありませんし。今話しても、単に混乱させてしまうだけなのかもしれません。
そう、この勝負は……。
「翔さん。鞠莉さんの出した『条件』を、もう1度よく思い出してみてください」
「? それなら『体育館をいっぱいにできたら』って……」
「……その様子だと、気づいていないようですね。あの娘たちも、随分熱くなっていたようですし」
これを告げるのは、勇気のいること。
でも、私は彼女たちと翔さんの勇気を見ました。
なら、私だって———————
「記憶喪失でも……用務員として働いてる貴方にはお分かりになるでしょう。この学校の生徒数が、今どんな状態なのか……」
「それって、まさか……!」
「……お気づきになったようですわね。仮に全校生徒が集まっても、体育館は——————……」
……いっぱいには、できないのです。
過疎化の進むこの内浦の……浦の星女学院の生徒数は長年、減少し続けているのですから。
「厳しいとはわかってたけど、本格的に外のお客さんに来てもらうしかないってわけか……」
「そうなります。そして……結論から言わせていただきますと……私、黒澤ダイヤは翔さんたちの活動を、微力ながらご支援させていただきますわ」
意外そうな顔を見せる彼に、考えさせる間もなく。1冊のノートを突き出しました。
彼はそれを受け取って何枚かめくると、ますます意外そうな表情を見せます。……無理もありませんが。
「このノート。スクールアイドルの練習方法がたくさん載ってるけど、いったい……?」
「どうぞ持って行ってください。私が保管しておいた『以前この学校に存在したスクールアイドル部の遺産』とでも言うべきでしょうか……。これが使って2週間みっちりやれば、素人でも見られるレベルにはなるでしょう」
そう、濁して伝えていますが……それは『あの時』のノートの一つ。
『あの2人』ももしかしたら手元に何冊か残しているかもしれませんが……今の状況では、それを渡せるのは私だけでしょう。
「確かに、体力とかステップの基礎的なことがしっかり書かれてる。練習メニューだって完璧だ! でも、どうして……?」
「変な誤解はしないでくださいね。……あの娘達にスクールアイドルのなんたるかは、まだまだわかっていないでしょう。貴方だって、記憶が戻る様子もございません。ですが、曲作りもメンバー集めも進んでいるようですし……」
「認めてくれるってわけか!?」
「違います!いえ、半分はあってますが……理事長となった鞠莉さんがあんな事を言い出してしまった以上、もはや私の意見など関係ないということです。それでも、生徒会長として……私には生徒の皆さんの活動を守る義務、というものがあると思っていますから」
……これはウソではありませんし、濁してもいません。
悔しいですが、私は思い出してしまったのです。彼女たち3人と、翔さんを見て……2年前のことを。そうでなくても、鞠莉さんの横暴を止めなければならないとも思いました。
スクールアイドルのもつ輝き。彼女たちの夢、翔さんの未来……。
それを、私たちの過去のために無くしてしまうど、あってはならないこと。
「貴方達なら、『以前』と同じ失敗をしないとは言えませんが。それでも、先ほどの貴方達を見て、賭けてみたくなったのです。……立場上、鞠莉さんの目を避けるので、表立って動く事はできませんが。それでもこれくらいはしてあげられます」
「十分すぎるさ、本当にありがとう。……あとは、俺達しだいってことだよな」
「ええ。これ以上スクールアイドルの活動を止めはしませんが……手助けもできません。これはもう、貴方達の物語であり、挑戦なのですから」
私が介入するのは最終手段。
下手に翔さん達に近づけば、鞠莉さんから情報を得られなくなる可能性もありますし、生徒会の動きも制限されてしまうかもしれません。これは、本当にいざというときに使うべき権限です。
そして、これは恥ずかしいので言いませんが……。
貴方たちを無理やり別れさせるよりも、むしろ私がこうしてサポートすることが、『同じ間違い』から遠ざける一番の手段ではないか、とも思えたのです。
「本当はメンバーに入ってほしいけど、そういう事情ならしょうがないよな」
「なっ、何を勘違いしていますの!? 私がスクールアイドル部に入るものですか!」
「いや、でもこのノートも持っておいてくれたんだし。やっぱりルビィちゃんの言う通りスクールアイドルのことがまだ好きなんじゃ……」
心配して損した、なんて思ってしまいした。そ、それはその……翔さんの頼みでしたら、『また』スクールアイドルの姿をお見せするのもやぶさかではありませんが!? さすがにあの頃の服はそのままでは入りませんけど……。
しかし、ルビィの名前まで出して……翔さんがいつの間に妹と話していたのかも気になりますが、ルビィから見ても私には未練が感じられたのかもしれませんね。
……ですが、鞠莉さんのあの様子ではそれもかなわないでしょう。それでも希望を持ってしまうのが、翔さんの影響を受けたのか、私の甘さなのでしょうけど。
ちょうど、日も沈んできていました。今日はもう終わり、ですね。
「……お時間をとらせてしまいましたが、お話はこれですべてです。幸運をお祈りしていますわ」
「何言ってんのさ、本当に助かってるよ!このノートがあれば……!!」
そう言って、踵を返そうとする私の前に回り込んで感謝を述べてくれる翔さん。でも砂浜で足をとられたのか、私のすぐ目と鼻の先に来てしまいました。
少し前まで、あんなにまた逢いたいと思っていた人と、こ、こんなに近くで。吐息のかかるような距離で……。しかも、彼がノートを胸の前に持って来ていた手と、驚いて思わず出てしまった私の手が重なってしまいました。
……もう、夕日は沈み始めています。お互いの顔が赤く見えるのは、決してそのせいではありません。
「あっ…………ご、ごめんダイヤ。すぐどくから……」
「い、いえ。不可抗力ですもの。それに……」
まるで恋人同士の逢瀬のように、私たちはノートを1冊挟んで……。
どうしましょう、人の目もあるかもしれない以上、早く離れるべきなのに……。
お互いに、体も目も離せないでいます。
「……あ、貴方から離れても良いんですのよ?」
「えっ……えっと、ダイヤから離れてくれよ」
本当は、分かっています。私は彼から離れたくないのです。
2年間ずっと残り続けていた悲しみと、バラバラになってしまった親友。失ったスクールアイドルの夢。あの時の私たちの目標。彼の記憶と……隣を歩く権利。約束の成就。
それらすべてが、今取り戻せそうになっている。……そんなの、離れられるわけがなかったのです。
だから私は、そっと手をほどこうとした彼の手に自分の指を絡め、逃がさないようにしました。彼の驚きと恥ずかしさが混ざったような表情が、愛おしく思えます。
ふふ……見ない間になんだか強くなってしまったのに、昔のような表情もできるではありませんか? どちらの貴方でも、私は好きですわよ?
—————……え?
わ、私は何をしているのでしょうか。
でも、身体の方が止まらない。体の芯から熱くなって、いつの間にか彼の胸に顔を預けてしまっています。
まるで自分が自分でないような感覚……。
ああ———……
自分でもとっくに気が付いていたのに、気が付いていないフリをし続けていたのね。
こうして頬で彼の心臓の音を聞きながら、両腕で彼の背中を抱きしめながら、やっとわかりました。黒澤ダイヤはあの頃の……それより前からの、最初の初恋の時のまま。
貴方を、翔のことを愛しているのだと————……。
彼は思わず身をよじりますけど、やっぱり逃がしてあげません。
そう、ハッキリと言葉にするまでは。
『もう……また、なかされたんですの?ほんとうはわたしなんかよりもずっとつよくて、ゆうきがあるというのに……』
『……だって、だれかのためにがんばってなけるひとが、よわいひとのわけありませんもの!わたしも、ルビィも……くちにはしなくてもよーくわかってますわよ?』
『だから、ゆうきをおだしなさい?』
「翔さん……勇気を出して戦ってください。いざというときは、私が鞠莉さんから守って差し上げます。あの頃のように……」
「お慕いしておりますわ。貴方のことを……」
……そして、彼は返事もできずに固まっていたまま、しばらくは私に抱きしめられていました。
急展開。……っていうかこのSS割としょっちゅう急展開ですよね。いや、読者の皆様を飽きさせないようにわざとそう構成してはいるのですけども。
書きかけの中には短編もありまぁす!!