「まさか決め忘れてたなんて……たしかにずっと『スクールアイドル』としか言ってなかったものね。そういうのって、最初に決めてなかったの?」
「梨子ちゃんだって忘れてたくせに~! それに『スリーマーメイド』はないと思うなぁ〜……東京出身だから、ナウでヤングな言葉とか知っててもいいじゃん」
「そんな言葉どこで覚えてきたのよ……。だいたい、東京は関係ないでしょ!?」
千歌と梨子がしょうもない言い争いをしている。
既に本番3日前……今日の練習が終わって、いつもの砂浜で夕焼けを見つめながら議論を重ねていても、未だにいいものは出てこなかった。
そう。この前ルビィちゃんに指摘された通り。スクールアイドル部の、『グループ名』である……。
「とにかく早く決めなきゃ! ほら、翔くんもモノローグに浸ってないで考えてよ。この前はいい掛け声、思いついたんだからさ。ほら、あの時の感じでズバーッて!」
心を読むなよ曜。ズバッてなんだよ。
俺だって色々頑張ってるけど、思いつきそうなのはだいたい出し終わっちゃったよ。そしてそれはみんなも同じ。この砂浜に大量に棒で書かれたたくさんのグループ名候補がその証しだ。
……かれこれ何日もこれを続けてるけど、これまでの勢いがウソのように進展はない。
これまで出てきた候補は、『浦の星スクールガールズ』だとか、『スリーマーメイド』だとか『海鮮丼』とか『制服少女隊』(これだけは誰が考えたかすぐにわかる)だとか。いうまでもなく、イマイチなセンスしかない。
同じく思い浮かばない俺が言えたことじゃないんだけど……さすがに、もうちょっと何かないだろうか。
「よーし、こうなったらリフレッシュして新しいアイデアを考えよう!」
とか悩んでたら、千歌が立ち上がって何か言い始めた。
一体何を……
「うちのお風呂入ってくる!! ほら、梨子ちゃんと曜ちゃんも!!」
……って、十千万の温泉かよ!
ただまあ……俺も掃除してるけど、あの温泉は間違いなくこの内浦で3本の指に入る素晴らしいお湯だ。昔からいる曜はともかく、梨子はまだなら一度は行っておくべきかもしれない。幸い、日帰り温泉もやってくれてることだし。
「あ、それいいかも。梨子ちゃんまだ来たことなかったよね?」
「それはそうだけど。今はまだ考えないと……」
少しためらいながら、チラリと此方を見る梨子。
あ、女湯に入れない俺のことを気遣ってくれてるんだ。悪いことしちゃったか?
「俺のことは心配しないでいいって。どうせいつも男用のシャワーを借りてるんだし。好きなだけ浸かってきなよ。お湯の質は保証する!」
サムズアップして送り出す。女の子同士、裸の付き合いで仲良くなるのも大事だろう。ステージに立つ前に絆も深まるかもしれないし、千歌にしてはいい案だ。
「う、うん。じゃあ行ってくるね……?」
「しょーくんも十千万戻ってきて、汗流しといたほうがいいよ! じゃ、先行ってるね!」
「千歌ちゃん、待ってよ~!」
「風呂行くだけなのに、どんだけ元気なんだよまったく……」
曜も梨子もタジタジじゃないか。練習が終わった後で結構疲れてるだろうに、お風呂とか飯とか寝るときは元気になるんだからあいつは。
……だが俺は3人の背中を見送ってもまだ、シャワーに行く気になれなかった。もう少しグループ名を考えたかったからというのと、自分のことを一人で考えたかったから。地面にまたいくつかとりとめのない言葉を並べながら、思い返す。
(記憶を失って、この浜辺に流れ着いていた時から、もうずいぶん経った気がするな。まるで昨日の事みたいだ)
色んな人に助けられて、色んな人と出会って、仲良くなった。……その多くは、元々知り合ってたはずの人たちなのに。そのうちの一人には告白までされてしまった。
そして何の因果か、スクールアイドルなんていうものに全力になっている……。
「イヤなわけじゃないけど……全然記憶が戻る兆候も、ヒントもないなぁ」
理事長のおかげで用務員のバイトを続けられるかも五分五分という状況。さっき3人が戻っていった十千万にだって、いつまでも居候しているわけにはいかない。なのに何の情報もヒントもない。
ダイヤの言っていた過去の出来事も、さすがに記憶喪失や溺れてたこととは関係ないだろうし、時間軸も2年もずれてるし……。
「わっからないなぁ……なんにも」
自分の過去も、未来も。家族のことも、高校のことも。
最高に似合うような、スクールアイドルのグループ名も。
こんな俺のことを好きだと言ってくれた、女の子のことも……
「—————……わからないとは、何がですの?」
キミだよキミ。
生徒会長、硬度10。同時に内に秘める情熱は摂氏……
「……ってダイヤじゃないか! どうしてこんなところに?」
そこにやってきていたのは、何を隠そう黒澤ダイヤ。
ついこの間も同じように夕焼けの砂浜で出会った、もはやおなじみとなってきた彼女だ。
「……? 貴方が以前、『ここでいつも練習しているから見に来ていい』と言ったのではないですか。私はそれで様子を見に来ただけですわ」
……あ、そう言えば言ってたっけ。
「ライブを3日後に控えて、忙しいのはわかりますが……昔のことだけでなく、つい最近のことまで忘れるのはぶっぶーですわよ!」
「(あ、今の言い方かわいい)うっ、なんかごめん。多分、色々裏で動いてくれてるのに無下にしちゃってさ……」
「そ、そんな。何も頭を下げる必要まではありませんわよ!? 前にも申し上げました通り、私だって私なりに考えがあってしていることですし」
ダイヤはダイヤで、俺を小原さんから守るのと同時に、生徒会長として千歌達の活動を守ろうとしてくれている。本当なら、俺にスクールアイドルにはもう関わってほしくない……っていう自分の気持ちを押し殺してまで。だから、あのノートも渡してくれた。
おかげで今日まででだいぶ形にはなっているが……それどころか、彼女は俺たちがちゃんとやれているかチェックしに来てくれたらしい。アフターケアも万全だなんて、お婿さんには困らないだろうな。
ダイヤの相手か。でも、こんな綺麗な女性が、わざわざ……。
(俺、この女性に告白されてるんだよな……)
と、ダイヤの美人の顔をつい見つめてしまう。ツリ目なのにキツイ印象はなく、むしろこちらが惹きつけられるような瞳。
……こ、これじゃ前と同じだし、話が進まない。意識してしまうのは仕方ないけど、この前のしいたけ犬小屋事件と同じで、恋愛とか彼女とかは後回しにしないと……
「……と、ところで首尾はどうですのっ!?」
「あ、ああうん!ノートをもらえたおかげで、なんとか間に合いそうだよ!?」
お互いおんなじことを考えてるのか、声が上ずってしまってる上になぜか疑問形。そりゃ瞳で瞳を見てたんだから、俺たちはずっと見つめあってるような状態だったわけか。だとすると、告白してくれてるダイヤの方だって何かしら思うところはあっただろう。
うう、今のは明らかに不自然だし、相手に変に思われてないかが気になってしまう。これが女の子を意識するってことなのかな……。
「そ、それは良かったですわね。ですが、その割に何か悩んでいる様子でしたが……」
「えーと、それについては……あの砂浜のあたりにたくさん文字が書いてあると思うんだけど」
「……もしかして、『グループ名に悩んでいる』といったところですか? 確かに、一番ポピュラーでありがちで……同時に、一番難しい問題ですわね」
恥ずかしい話だから、どこから説明したものかと悩んでいたけど……スクールアイドルに造詣が深いダイヤは、すぐにわかってくれたらしい。ひょっとしたら、どのグループも結構悩むポイントとして有名なのかもしれない。
無理もない。身内のかけ声とは違って、外の人に与える印象に大きくかかわるものだし。
「わかるなら話が早いよ。もらったノートには、そういうの書かれてなかったからさ」
「……本当は、『彼女たち』のグループ名が書かれている最初のページを私が丁寧に破っていたのです。残していても、一概に参考になったとは言えませんが」
言われてみて、そういえばいきなり縫い目の部分が来ていたから1ページ目がなかったのかもしれないと初めて気が付いた。意味もなくそんなことをするとは思えないし……俺達にグループ名を見せたくない深い理由があったのかもしれない。
だが、ノートやページ……何よりグループそのものは既に無くても、ダイヤは彼女たちを知っている。
「何か理由があるんだろうから、深くは聞かないよ……でもさ、その彼女たちだって、もしかしてグループ名に悩んだりとかしてなかったかな? ボツになったその候補の一つとかあったら、できれば教えて欲しいんだ」
「それは……」
よくある悩みなら、彼女たちもそれにぶち当たっていたはずだし、それをダイヤも見ているかもしれない。
本当は自分たちで思いつくのがベストだけど、今は時間がないし。参考になるものがあれば聞いておきたい。そして……俺の個人的な感情もあった。
「俺が関わって彼女たちが失敗したっていうけど……その時と同じ失敗はしないと誓ったんだ。その意味でも、かつてのスクールアイドル部から受け継ぐことのできるものがあるのなら、そうしてみたい。歌うのは俺じゃないけど……それで、前の俺とは違うってことを証明してみたいんだ」
ただ、それは一歩間違えば以前のスクールアイドル部への冒涜にもなりかねない。だからダメ元でのお願いだったけど、ダイヤは俺の気持ちを真っ直ぐ受け止めてくれた。
「……それが貴方の想いだというのなら、受け入れましょう。本来なら、あまり手助けしすぎるのも良くないのでしょうけど。鞠莉さんから『私が守って差し上げる』と言った手前もありますし……」
そう言うとダイヤは手頃な棒を拾って、俺たちと同じように砂浜に文字を書き始めた。
「そうですね……これは、いかがでしょうか?」
書いてある文字は……
「『Aqours』……?」
「『アクア』と読んでください。この内浦の綺麗な海や自然をイメージした、水……という意味です」
……月並みな言葉だけど、いい響きだ。千歌たちの目指してる『輝き』にも、すごくマッチしてると思うし……『海の音』から始まった今のスクールアイドル部にも、ピッタリだ。
「流石にダイヤだ。すごく素敵な名前だと思うよ!」
「…………ええ。本当に、『素敵な名前』だと思います」
……? 褒められたのに、ダイヤはあまり嬉しそうじゃない。かつて過ぎ去った何かを見つめるように、寂しそうに……じっと遠くを眺めている。
この名前って、何か思い入れがあるんだろうか。もう無くなってしまったグループの名前候補だったのなら、確かにそうならなくはないとも思うけど、なんだかそれ以上な気が……
「ライブの成功と貴方の勝利を、改めて……心から祈っておりますわ。また何かあったら、遠慮なく電話をしてくださいまし」
そういって立ち去ろうとするダイヤを、俺は思わず引き留めてしまった。
それも、この前は偶然とダイヤからだったのに、今度は自分から手を握って……
「あ、ごめん。これは……!」
咄嗟の事だった。単に本能的な部分で、意識してる女の子ともうちょっと話したかったのかもしれない。なくした記憶の中にある絆が、ダイヤを求めたのかもしれない。
「しょ、翔さん……」
そう言ってこちらを見る彼女の目は、期待と喜び、安心はあっても、不安は感じなかった。
……今、伝えるべきなのかもしれない。
少なくともしばらくはつきあえないと。でも落ち着いたらきっと、俺はダイヤの想いに応えて……
「あのさ、この前の返事だけど。俺——————……」
「しょーくーん!どこ行ったのー?」
——————だが、それは叶わなかった。千歌達3人が風呂を上がって、戻ってきていない俺を心配して探しに来たのだろうか。パタパタとサンダルのままで出てきたような足音が近づいてくる。
「ッ、ごめんなさい、私は逃げますわ! あとは頼みます!!」
「えっ、別に逃げるコトはないだろ!?」
「アナタの味方はしますし、生徒会長としてあの娘達の事も助けるとは言いましたが、私は一応は中立なのです! それでは、失礼しますわ!」
そう言って、走って去っていくダイヤ。そういえば練習を見に来たはずなのに、3人がいなくなってから俺だけに声をかけていた。ノートを渡した相手も自分だと言わないでくれと言われていたし。そうでなくても、俺と逢引みたいになってるのは恥ずかしいよね。
……実は単に、最初の出会いや生徒会室での会話がことごとくムード悪かったから会いづらいだけってことはないよね? そうじゃなきゃ、本当はスクールアイドルをまだまだ好きで……もしかしたら自分もやりたくて、それを悟られまいとしているんじゃ。
彼女の心中はわからない。俺は、どうしてあげるべきなんだろうか……。
「しょーくんいたいた、誰かと話してたの?」
「いや……色々グループ名考えてただけだよ。ほら、またいくつか書いてるしさ」
「本当ね。ごめんね、一生懸命考えてくれてる間に、お風呂入っちゃってて……」
下手な誤魔化しで地面を指さすと、梨子に謝られてしまった。
俺が勝手にここにいただけなのに……と言う前に、千歌の奴がその地面を見て叫ぶ。
「ふぅ〜ん。あ、これしょーくんの考えたやつ!? なんて読むの?」
それは、さっきダイヤが書いていった文字だった。
「ああ……これは『アクア』だよ、『Aqours』。水って意味の」
「翔くんが考えたの? なんだ、やっぱりセンスあるじゃん!」
「いや、俺が考えたわけじゃないって言うかなんていうか。なんとなくっていうか……」
褒められても、それは全く持って俺の考えたものじゃない。かといって、バカ正直に『生徒会長が考えてくれた』とかいうワケにもいかないし……と悩んでたら、どんどん話が進んでいく。特に千歌は、この名前に凄く乗り気だ。
「それならそれでいいよ! 名前決めようずっと悩んでた時に、この名前に出会った……それってすごく大切な事なんじゃないかな? 私が梨子ちゃんや曜ちゃんと出会って、翔くんと再会できたみたいに」
「転校した教室で、『運命だよー』……って叫んでたときのこと?」
「きっと梨子ちゃんと海の音が聞けたこととか、そういうのも全部含めてだと思うよ。私は好きかな、『Aqours』って!」
……そう言われると、そうかもしれないな。
みんな偶然に出会って、偶然にこんな風にスクールアイドル部にたどり着いた。そして今、偶然にダイヤからこのグループ名をもらった。
それはもしかしたら、必然もあったのかもしれない。でも今は、できることについては一生懸命頑張るだけ頑張って……できないことや運命的なものには、少しばかり身を任せるのも大事なのかな。
「それじゃ、この出会いに感謝して————……」
「私たちは今日から、Aqoursだ~!」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
『私たち、浦の星女学院のスクールアイドル部『Aqours』です! 今度の日曜のライブ、ぜひ来てくださいね!』
『千歌ちゃん、まだ公認の部活じゃないのよ!?』
『そ、そうだった~……じゃあなんていえばいーのー!?』
『うーん。非公認スクールアイドル部かな……!?』
「まったく、あいつらは……」
ここは内浦のラジオ局。ローカルな情報をたまに配信したり放送したりしてくれている。
同時に、俺のバイト先の一つでもある。今回その伝手で上の人に話してみたら、宣伝の許可がもらえたのが幸いだった。まあ、今みたいに台本メチャクチャだけど……俺は当日の昼まで、ここに残って宣伝を続けるつもりだ。
「さて、俺の方はやれる事は一通りは終わったし……ギリギリまでやりますか」
人事を尽くして、天命を待つ。人脈も時間もフル活用している。ここまで来たら彼女たちは最後の調整に集中してもらって、チラシ配りと放送を全力でやっていく。
そうだ。運命とか偶然とかに味方してもらって、ここまで来たんだ。津島さんの占いだってそうだった。
『1年くらいの間、とっても大きなことが続くみたいよ。それこそ、今までの人生で無かったような凄いことがね』
それを信じるなら、1年間はきっとスクールアイドル部をやれるってころだと思う。
あとは、信じるだけ。
そう、きっと大丈夫だって思いながら。ラジオは次のお天気情報に移って……
「日曜の降水確率、90%……!?」
襲い掛かる苦難。漂う暗雲。また6000字超え。
そういえば今回書いてて「造詣が深い」って、「ぞうし」じゃなくて「ぞうけい」だったのを初めて知りました。
咲野 皐月さん、高評価ありがとうございます!評価と同時に御礼として無理やり更新するムーヴメントができている……3日連続更新は堪えます(吐血)