約3ヶ月ぶりの果南ちゃんなので、忘れかけてる方は第13話を読み直してあげてください。
大雨。
……それが俺たちに突きつけられた、ファーストライブの日の天気だった。
梅雨にはまだ早いなんて文句の一つも言いたくなるけど、それで晴れてくれるなら苦労はない。空に叫んだって、天気が変わるような奇跡は起こせやしない……。
「はぁっ……はぁっ……! だからって、これは、流石にっ……」
だが、例え天気がすぐに変わったとしても、俺の目の前の問題はどうしようもなかった。今の俺が息を切らせながら雨の中を全力疾走しているのも、その問題に対処するため。
「ないんじゃ、ないのかよ……? 恨むぜ、神様……!!」
雨は分かってた。少しでも宣伝したくて、遅めの時間まで宣伝はした。でも、これは
——————『通行止め』。
ラジオ局のある高台から降りていく道は、大雨の時には閉鎖される。車は通れないから、バスも運休して徒歩も厳しくなる。
(……こんなところで、記憶喪失の弊害が出るなんて)
これまで誤魔化せてたから、想像できていなかった。記憶があれば、地元の事なんて知ってたはずだ。通行止めなんて常識だったのに……!!
全てを理解した瞬間、リサーチ不足だったと自分を責めてる時間すら惜しくて、レインコートをかぶって裏道を走り始めて……今に至る。
(そう。車がダメなら……走るしかない)
幸いラジオ局の人から、スタッフの人たちがこういう時にこっそり通る比較的安全な裏道を教えてもらった。
しかしそれは、あくまで街に降りるためのものであって、そこから浦の星女学院に行くためには大きな遠回りになってしまう。自転車も使わずにこの足で行こうというのなら、尚更のこと。
それでも……例えどんなに危険な行為だと分かっていても、俺はそうせざるを得なかった。みんなのライブに間に合わないなんて、ありえちゃいけない。俺という1人分でも、会場を埋めて見せる。俺を信じて、ライブをしてくれたみんなの想いにも、報いてみせるんだって……!
「だからっ……絶対に、間に合うんだ、絶対、に……!」
幸い、息は切れていてもまだ走れる。こんな身体に産んでもらったのに名前も覚えてない両親に内心で感謝と謝罪をしつつ、今はとにかく足を動かした。
……その間も、あまり多くの人とすれ違うことはない。
スクールアイドルのライブに来てくれるのなら、この道を通ってくれてるはずなのに。嫌な想像が脳裏をよぎるけど、今はそれは大事じゃないと無理矢理頭を切り替えた。きっと大丈夫、きっと上手くいくと、自己暗示みたいに言い聞かせる。
(だって、あんなに宣伝したじゃないか。あんなに色んな人に声をかけたじゃないか。何より、あんなに一生懸命練習したじゃないか……!)
千歌の熱い気持ちも、真剣な梨子の目も、曜の頑張る姿も全部見てきたんだ。あんなキラキラしたものが、裏切られるわけがないって信じられる。もうとっくに輝いているのに、雨なんかに……天気なんかに負けるわけがない……!
そしてついに見えてきた。この1ヶ月何度も通った学校……浦の星女学院だ。
しばらく見ていなかった腕時計を見ると、雨に濡れた文字盤はまだあと20分あると知らせてくれた。息は限界だけど、全力を出した甲斐があったってもんだ。俺だってこうしてやれた……なら千歌達もいけるはずだっていう、根拠があるのかないのか分からない希望が生まれてくる。
30秒ほど呼吸を整えて、これならと思って顔を上げると……
……そこには、意外な人物がいた。
「待ってたよ、翔。中で見当たらなかったから、ずっと外で待ってたんだ」
「ま、松浦さん……?」
松浦果南。『海の音』のきっかけを作ってくれた、休学中の浦の星女学院3年生。
……そして、俺の過去を知っていると『思われる』女の子の一人。
こんなにびしょ濡れで来るとは思わなかったけど、とつけ加える彼女は、傘をさして俺の目の前に立っている。学校に行くには、ここからは一本道。その状況で、俺の前にわざわざ立ちはだかるようにして待っていたのだから、何か用件があるのはすぐに察することができた。
でも、一体何を。なんでこんな時に、こんな場所で……?
「ごめん、見ての通り急いでるんだ。ライブがあるのは知ってるだろ? 松浦さんもそのために来てくれたのなら、あとで……っていうか一緒に行こう」
海の音を聞かせてくれた時も、『ライブに行けたら行きたい』と言っていたのに……これじゃまるで、俺が体育館に行くのを止めたいみたいじゃないか。要領を得ない彼女の行動に、俺はとりあえず後にしてもらうよう頼んだ。
「……その、ライブについてなんだよ。千歌達からもまた『来てほしい』って催促が来てね。その時に、鞠莉との『勝負』について聞いたんだけど……」
だが、彼女は今日の通行止めと同じように……俺の想像を超えて、足を止めようとしに来ていた。
「細かいのは苦手だから、率直に言うよ? 今日のライブ……
————……なにを、言ってるんだ?
「翔、今から行ってもできない多分
「あの時ってなんだよ……3人がライブをするんだぞ!そんなはずない!」
「ごめん。でも、どうしても一度は聞いて……確かめておかなくちゃいけなくって。私だってもう、大切な人たちが無駄に傷つくのを見たくないの」
思わず語気を強めて食いかかってしまったが、相変わらず彼女は俺の質問にハッキリ答えようとしない。
……またこれだ、と苛立ってしまうのも許してほしい。彼女は手助けしてくれるダイヤとも、ハッキリ敵対してくる小原さんとも違って、思わせぶりなことを言いながらいつもヒントすらくれずに、煙に巻いてくるように感じられる。
それが別に悪意……ってわけじゃないのはわかってるつもりだ。告白してくれたダイヤですら言わない過去の出来事。きっと松浦さんにも、相当嫌な思い出として残っているんだろう。
言えないのは……言うことそのものがきっとタブーだから。
だが、それなら彼女が何を『確かめたい』と言うんだろう? 本当に知っているのなら、そもそも記憶喪失の人間に聞く必要なんてないはず。
そして……傷つくっていうのも、どう言うことなんだ?
「……わからないって顔してるけど。ここまで走ってきたならそろそろ、想像がつき始めてるんじゃないの? この天気や、周りを見れば……『中がどうなってるか』ってことくらい」
言いづらいことなのか、彼女は顔を背けてそう呟いた。それなら、嫌でも想像がついてしまう。ついさっき、走ってる時にすら感じていたこと……。
だって、俺をこんなところで引き止めてまで、『それ』を言うってことは……。
「……会場は、いっぱいにはなってない」
それは、俺の口から出た言葉だったのか、松浦さんの口から出た言葉だったのか。はたまた両方か、幻聴なのか。
だがその中のどれであろうと、確実に、俺の疲れ切った足に絡みついてきた事だけは確かな事実だった。
「勿論、『ゼロ』ってわけじゃないし、むしろこの天気と最初のライブなのに、たくさん来てくれてると思う。でも、満杯には程遠い」
「……それが、俺がライブを見ない事とどう繋がるんだよ」
「観客の中に翔の姿を見たら、千歌達がちゃんと踊れるかどうかわからない。だって、条件はライブの良さじゃなくて、集まった人数なんだよ? もう勝負はついてるのに……届かないものに無理に手を伸ばして、千歌達の傷を深くする事なんてないよ」
彼女は、俺たちの絆の深さと、同時にそれを引き裂こうとする勝負の事を知っている。それが分かっているから……ステージの上の千歌に、曜に、梨子に……これ以上傷を負わせるべきじゃないと言うんだ。
俺の姿を見たら、最悪踊れなくなるかもと。最悪の出だしが最悪の終わりになって、スクールアイドル部は終わってしまうかもしれないと言いたいんだ。
そういう嫌な想像をしてなかった、といえば嘘になる。
遠くに見える学校の駐車場も、台数はまばら。雨脚は弱まる気配も見せない。風だってますます強くなってる。
……体育館は、いっぱいにはできてないんじゃないかって。
「帰ろうとまでは言わないけど。ここで私と、ライブが終わるまで待……」
そう言って手を差し出す彼女。
この手を取れば、ひょっとしたら彼女の言う通り傷は浅くなるのかもしれない。
———————だが、それがどうした。
「そうか。じゃ、どいてくれ松浦さん。俺はライブを見に行くからさ」
彼女の手を痛くないように振り払って、俺は足を進める。みんなが待っているんだ。止めていられる余裕なんてない。
「ちょ、ちょっと聞いてなかったの!? 今行ったら、下手したら千歌達は……」
「観客の数とか俺のことを気にしてるなら心配ない、できるさ。千歌達がこの2週間……どれだけ頑張ったか、みんなどれだけスクールアイドルの輝きに憧れてたかずっと近くで見てきたんだから、わかるよ」
松浦さんは信じられないという様子で追いすがってくるけど、それも気にせずにやっぱり足を進める。
「お客さんがいるのならやれる。ここまで来たら勝負なんて関係ない。みんななら、例え勝負に負けたって踊れるって……集まってくれた人を笑顔にできるって信じてるんだ」
「ま、まだ始めて2週間でしょ。スクールアイドル初心者なのに、そんなにいいライブができるって思ってるの!?」
「さっきそれが勝負の条件じゃないって言ったの、松浦さんじゃないか。いいから見ててくれよ」
彼女が何を考えているのか、何を心配しているのか……その一番根っこになっているものは、俺にはわからないままだ。失くした記憶は戻りそうにもないし、今のところ見当はつかない。
それでも、わかることがある。
「……スクールアイドルは、みんなを笑顔にするものなんだ。千歌達は、精一杯頑張って、みんなを笑顔にして、輝くってみんなで決めたんだ! 俺がどうなったって……それを裏切るわけにはいかないし、みんなだって俺がいなくても先に進んでいく!」
ここに来てからの時間……俺を受け入れてくれた千歌、高海家、曜に梨子に、応援してくれるいろんな人。地域の人やバイト先だってそう。短い期間でも、俺に勝負の結果より大切なものを信じさせてくれる。
だが、今度は彼女の方が声を大きくして反論する。
「そうとは限らないでしょ!? こんな鞠莉の嫌がらせで翔がいなくなって……もし今回が良くても、それでこれから笑顔でステージの上でやっていけると思うの!?ライブができるって思うの!? 『自分のせいじゃない』なんて思えるなんて……まちがってるよ!」
「果南……?」
彼女は、『いつ』のことを言っているのだろう。
まるで、これからやろうというライブの事じゃない……ずっと前に見た何かについて、自分の中にたまり溜まった想いを吐き出すかのような、心からの悲痛な叫びだった。
それはひょっとしたら、かつて存在したスクールアイドルのことなんだろうか。俺が何かをして、バラバラになってしまったという彼女たちの。それを、記憶のない俺でも自分のせいだと認識しているように……勝負に負けて残された千歌達も、同じ想いを抱くかもしれない。彼女の言いたいことは、それなのだろう。
……でも、そんな彼女でも『これ』はきっと知らない。
「あのさ、松浦さん。あのμ'sだって……最初のライブは誰も来なかったんだぜ」
「————えっ」
「俺も最近本で読んで知ったんだけどね。それでも、その後に来てくれた僅かな人たちや、応援してくれるいろんな人たちの言葉や出会いのおかげで、『伝説』だって作り上げられたんだ」
……驚いた顔の彼女をもう少し見ていたい気もするけど。今は少しでも時間が惜しいから、さっさと結論に行こう。
「ま、つまりさ。たとえ今日辛い目にあっても……俺は千歌達が前に進んでいけるって信じられるんだよ。μ'sと同じことはできないかもしれないし、同じ景色は眺められないかもしれない。でも……大切な仲間だからさ、お手伝いとしては、信じて送り出すもんだろ?」
「そ、それって……翔。まさか翔は———……」
「……? とにかく。松浦さんの心配はありがたいし、海の音を聞けた時のことも感謝してるけど、今のところは『大きなお世話』ってだけ! じゃ、ライブ観に行こうぜ!」
そこまでショックなことを言ったかな……とは気になりつつも、渋る彼女の手を今度は俺の方から掴んで、体育館に引いていく。こうでもしなきゃ、間に合わなかったら困るからな。
人数も時間も惜しい。もうライブは始まってたりしないだろうかと心配して、時計を見る時間も勿体ないくらいなんだから。
こうして伸ばした手は、松浦さんが言ったように誰かを傷つけるものじゃないはず。μ'sっていう届かない星にだって、伸ばして夢を掴むためのもののはずだろ?
この間、この手をみんなと繋いで重なった気持ちだって……『そうだから』だって、信じてみよう。
俺が引く彼女の手と、体育館のドアを開くその手は、その第一歩だ。
そして、俺たちが入ったその時はもう、ライブは始まっていて……
……入った瞬間、落雷の影響か。会場となった体育館の全ての電気が落ちたのがわかった。
主人公、どさくさ紛れにサラッと果南って名前で呼んでるの巻。某イベントに行った人はわかるネタが入ってますけど、このくらいならネタバレにはなってないはずですよね……?
ゆっくりシップさん、ご評価ありがとうございます!!