そして3年生のヤンデレも……?
第27話 母の心配
『彼女たち、μ'sは言いました……』
『スクールアイドルは、これからも広がっていく!どこまでだって行ける、どんなユメだって叶えられるって!!』
『でも、私たちの夢だってただ見てるだけじゃ、始まりません……。叶えるために、始めたんです!上手く言えないけど、今しかない瞬間だから……輝きたいって思って!』
3人の、ライブを締める最後の挨拶……。
そしてその晩の、高海家プチ宴会。そこから既に、数日が経っていた。
まだ少しだけ冷たさの残っていた空気は、徐々に暖かな空気に変化している。ついこの間見た気がする桜は完全に散って、緑の葉が全盛期。……つまるところ、世の中は5月に入ったということ。南半球は知らないが、少なくとも北半球のこの国の、内浦っていう最高の土地はこんな季節だ。
世間ではゴールデンウィークや五月病などと騒いで、新年度のスタートダッシュの疲れを取るべきだといっている。千里の道も一歩からというが、ラブライブへの一歩を踏み出した俺たちもまた、多少は休んでおくべきなのかもしれない……と考えていたのだけれど。
「……なんで、こうなってるんだろう」
俺は今、徹底的に十千万の大掃除をやらされまくっている。隅から隅まで掃除して、手入れする……それだけならいつも通りだが、とにかく労働量が尋常じゃない。もはや懲罰ってレベルでやらされている。
綺麗にしておくのは、旅館として当然であるのだとは理解できるけど……明らかにお客さんが関係ないとこまで何回かやらされていたりする。
なぜだ……? ついこの間最高のライブを見届けたばかりなのに、なぜ今はこんな理不尽な労働をさせられているんだ?
いや、世の中のアイドルライブを見に行く人たちは、みんな同じ壁にぶち当たっているのかもしれない。むしろ学生(や居候)の俺たちは、しわ寄せを後回しにできてる分、幸せだったりするのかな……。
「『なんで』って、美渡ねえに借りを作っちゃったからでしょー……」
「志満さんはいいって言ってくれたけど、しょうがないわよね。お世話にもなっちゃった分、お返しはしないと」
「私は旅館のお手伝いができるって好きなんだけど……流石にこの量は大変かなぁ」
聞いての通り、後ろの方にいるようちかりこの3人組も、同じように愚痴ってる。
いつのまにかすっかり仲良くなってる俺たち4人で作業していても、まだまだ全然終わる気配がない。鏡を拭きあげ、お茶を補充し、湯呑みを綺麗にするのは序の口。畳の隙間や、窓の桟etc……も控えている。
曜と梨子はへばり気味だが、千歌は流石にここの娘だけあって慣れている。あと、俺は1カ月くらいの間は半ば清掃業?みたいなものだったので、そこそこやれてはいた。
それで……ああ、そうだった。原因は美渡姉さんだった。
「まさか代わりに、十千万の大掃除をやらされるなんて……」
ついこの間、読者の皆さんも目の当たりにしたように……美渡姉さんと志満姉さんのおかげで、俺たちはあの会場をお客さんでいっぱいにすることができた。小原さんとの勝負も、完全勝利!
……したのだが、あの十千万の鬼たる美渡姉さんに多大な借りを作ってしまったのが運の尽き。
あれだけ会社の人を連れてきてもらうには、それなりに骨は折ってもらったんだろうし、安いものといえば安いものだけども……こうして大掃除をやらされてるってわけだ。くうう、いつか絶対ギャフン(死語)と言わせてやる!
……と思ってたら、どこかから視線を感じて寒気が。もしかして、美渡姉さんって本当にこの旅館の妖怪?……や、やめよう。何を察知されるかわからない。これについて考えるのはやめて、今は手を動かそう……。
「ねえ千歌ちゃん! 鏡って何で拭けばいいんだっけ?」
「あー、それはね……って梨子ちゃん!その湯呑みはそう置いちゃダメー!」
「えっ、そうなの? ああ、こっちの向きだとホコリ入っちゃうものね……」
ところで、俺は志満姉さんにライブを見に来てくれるよう頼んでいたのだが、なんと千歌は逆に、美渡姉さんにこっそり頼んでいたらしいのだ。
俺たち2人とも、それぞれ別の姉に隠れながら頼み込んでたんだから、そりゃ姉さんたちにとっては滑稽だったに違いない。
『千歌たちがスクールアイドル部のライブをするから、近所の知り合いの人とか、昔の同級生とかに声をですね……』
『なんとか体育館をいっぱいにしないといけないの! 美渡ねえお願~い!!』
……あの時、志満姉さんが笑ってたのはこれが原因だったんだ。しっかし、当日にサプライズってのも酷い話っちゃ酷い話だ。俺たちはあんなに悩んでたのに、来るの隠してたなんてさ!
いや、感謝しても仕切れないんだけどね? 事前に言ってくれてたってよかったじゃないかって話!俺がびしょぬれになりながら全力ダッシュしたのとか、女の子2人相手にキレちゃったのとか、余計恥ずかしくなってくるし!!
ま、結果的に大成功だったんだから、今更どうこう言っても仕方ない。とにかく、今俺たちに残されたのはこの大量のお仕事ってだけで……。
新生、浦の星女学院スクールアイドル部『Aqours』と、居候の用務員1名は、今日も頑張っている。きっと、夢を叶えるためにはこういう下積みも大事なんだと、自分を納得させることにした。
「貴方達、そろそろ休憩にしない? お菓子とジュース持って来てあげたわよ~?」
だなんて似合わず老け込んでいると、あまりこの家では聞かない声が聞こえてくる。
出入り口の近くにいた梨子が声の方に迎えに行って、少しして驚いた声をあげたのがわかった。
梨子は会うのは初めてだろうから、その姿に驚いたのだろう。3人の娘を出産し、育て上げたとは思えないほどの小柄で若々しすぎるその人は———————……
「ち、千歌ちゃんのお母さん、ですか~……!?」
「貴方が梨子ちゃんね? そうです!私が高海千歌の母ですーっていうのと……曜ちゃんも翔も久しぶりね♪」
「ちょっとお母さん、私を無視しないでよー!」
俺はこの家にお世話になる手続きをした2ヵ月前以来に会う、普段は東京で仕事をしている……千歌のお母さんである。
ちなみにこの直後、むくれた千歌の大声に美渡姉さんが怒鳴り込んできた。おばさんに止めてもらったけど、やっぱりさっき感じた気配は気のせいじゃなかったのか……。
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……そこから結局、掃除は夕方までかかった。千歌なんて疲れ切って、晩飯を食べてからベッドでスヤスヤ眠っているくらいだ。以前に水族館で買ったという、お気に入りのエビのぬいぐるみを抱えて、俺の後ろで幸せそうにムニャムニャ言っている。
俺はそんなことを考える一方で、梨子の家に面した窓を開けて夜空を見上げてボーッとしていた。いつもだったら梨子の部屋に明かりがついている頃だけど、今は暗い。今日は早めに寝ると言ってたから、きっと千歌と同じ状況だ。
疲れといえば、ここ数週間は練習詰め込んでたし、色々緊張してたんだろうし……午前中にも考えてたけど、今のうちにちょっとくらい休ませてあげても罰は当たらないかもしれない。
……あっ。だとしたら曜も今、寝てんのかな?あいつも疲れがたまってないといいけど。
季節の変わり目は風邪もひきやすいって聞くし、ちょっとだけ心配になって、曜に軽くメッセージを送ってみる。すると、すぐに返信が来た。
≪翔くん!≫ピロン
≪今日ね≫ピロン
≪うちの≫ピロン
≪晩ごはん≫ピロン
≪なんと≫ピロン
≪カレー!!!≫ピロン
≪だよ!?≫ピロン
ピロンピロンピロンピロンピロンピロン……
「1回で送れ1回で! 画像も色んなアングルから送ってこなくていいし!」
『だよ』じゃないよ。まったく心配して損した……。
……久々に休みを取ってくれたお父さんが作ってくれた、カレーなのか。
曜のお父さんは、何かの船の船長をしているって聞いている。その位の人になれば、休みもなかなか取れないんだろう。向かいの梨子の家は、まだ1階の窓にちらりと、そしてうっすらとおばさんの姿が見え隠れする。そして、ゴールデンウィークということで、千歌の……高海家のお母さんも帰ってきて、おじさんも料理の腕を存分に振るっている。
俺の父親と母親は、どんな人だったんだろう……悩んでもわかることじゃないって、わかってても。ついつい星を眺めながらセンチメンタルに浸ってしまう。昔の人が、『死んだ人はお星さまになる』なんて言ってた理由も、なんとなく感じてたくらいには。
今、俺の後ろで爆睡している千歌の話では、俺は相当に母親想いだったらしいけど……
「ムニャムニャ。しょーくん、帰ってきてよぅ~……寂しいよぉ……」
……可愛い顔して、恥ずかしい寝言いいやがって。でも、この2年間音信不通になってて、千歌にそれだけ心配かけてたってことだよな。
俺って、何してたんだろう? 親にどのくらい心配かけてたのかな。ちゃんと孝行とか、できてたのかな……。
「あらあら、随分可愛らしい寝言が聞こえてきたわね?」
そんな風に考えてると、こっそりと下の階からおばさんが上がってきていた。なんでわざわざ抜き足差し足で来たんだろう?
「どうしたんです? そんなに足音消して」
「あんまり声が聞こえないんで、千歌と怪しいことしてたらからかってあげようと思ってね? ……お嫁にはあげるけど、許してあげられるのはまだ『A』までよ?」
「だから、しませんよ!? なんでみんなして千歌と俺をくっつけようとするんです……」
千歌を起こさないよう、一応小声でやりとりしたのに、大した理由じゃなくてガックリきてしまう。皆さんの期待することをやるにしても、家族全員いる日は避けるでしょ、普通なら……。
「それはもう、貴方のお母さんに頼まれてたからね? 彼女ができてなかったら、うちの千歌と……」
「ああ、それ以上はいいです。もう続きが読めましたから……千歌の気持ちも考えてやってくださいよ」
「え?それなら……。あっ、気が付いてないのね。志満と美渡も言ってたけど、これは先が長そうねぇ~」
まったく、無茶苦茶なこと考えてるなこの人……。
……って、母さん?俺の?
「あの……もし宜しければ、聞かせてもらえませんか? 俺の両親とか、昔の事とか」
思いがけずおばさんの口から出てきたのは、ちょうどいま悩んでいた親の事。さっきまで笑い話をしてたのに、つい生真面目な顔になってしまう。
でも、そんな俺の変化にも……人生経験とかの差だろうか。柔和でありながら、真剣な瞳と表情で。おばさんはきちんと応えてくれた。
「……そうね。うちのお父さんはあんまり喋る人じゃないし、私もあなたを引き取った3月以来に会うんだから、あまり話してあげられてなかったわね」
そう言っておばさんは、さっきまでの俺と同じように、窓から星空を眺め始めながら語り始めた。あんまり目を合わせて話すのもやりづらい話だからか、俺もつられて隣で星を見上げる。今日も内浦は綺麗な夜空だ。
「なにから話したらいいのかしらね……翔くんとお母さんが隣の家に越してきたのは、あなたのお父さんが亡くなる直前だったわね」
「……アルバムとか見る限りでは、6歳になる前くらいですよね。千歌ともそのあたりで遊ぶようになって」
「そう!……って、まだ思い出してはないのよね。あの頃は、よく2人で紙飛行機を飛ばしたり、この廊下を走り回ったりして、美渡に怒られてたっけ。曜ちゃんと果南ちゃんも時々来てたわ」
「姉さんには、そのころから俺たちが迷惑かけてたんですか」
うっ、鬼とか妖怪とか思っててすいませんでした……。
「今となっては、あの頃が一番かわいかったわよ♪ ……でも、さっきも言った通り、貴方も育ってきて新しい家に来てっていう矢先に、お父さんは事故で亡くなられたの。でも、私たち大人が長く悲しんでても、子供って逞しいものだった。翔くん、子供のころから『お父さんの代わりにぼくがお母さんをまもる』なんて張り切っててね?」
「本当ですか? 今の俺よりも立派かも……じゃあ俺の父さんは、本当に亡くなってるんですね」
「ええ。お墓はご実家の方にあるって聞いてたし、親戚の方々を知ってたわけじゃないから、貴方の身元確認の役には立てなかったんだけどね」
俺が気にしてるわけないのに、律儀に謝ってくるおばさんの丁寧さには頭が下がる。そもそも、この家に引き取ってもらった時点で十分以上に助けてもらっちゃってるのに。
だが、そのことを伝えても、おばさんの表情は明るくはならなかった。むしろ……
「……そう言ってもらえるのは、有難いんだけどね。私としては、翔くんはもう家族の一員とか、うちにはできなかった本当の息子だって大切に思ってたの。もちろん、あなたのお母さんも千歌達をそう思ってくれてた。なのに、私は……」
「それってもしかして、うちが急に引っ越して、俺も音信不通になったことを気にして……?」
「そんなところ。ちゃんと翔くんが大人になるまで見守ってあげたかったんだけどね。それがまさか、こんな形で帰ってくるなんて思わなかったけど?」
俺は、視野が狭かったみたいだ。さっきの千歌の寝言や、当時の母親だけじゃなくて、他にも身近にいた人にこんなに心配をかけてたらしい。
そう思い返してみると、ダイヤにだって心配かけてたのはもちろん。海に飛び込んだ時に松浦さんにもそうだし、小原さんとの確執でも曜や梨子にずいぶん手間を賭けさせてしまった。
ご大層な夢を抱えてるくせに、これじゃ悲しませてるだけじゃないか。
「ごめんなさい。俺、みんなを笑顔にしたいとか言ってるくせに、全然ダメみたいです」
「おばさんとしては、今こうして元気にしてくれてるのは嬉しいのよ? ……その『夢』も、いつも翔くんは口にしてたわね。あなたの夢は、あの頃から何も変わってない。でも、それが私にとってはちょっと不安だったりするの」
「不安って……そりゃ、すごい曖昧だし夢見がちだし、現状もこんな体たらくではありますけど」
「そういう意味じゃなくてね。その夢はとても綺麗で、立派なものだけど……それじゃあ、
おばさんの、言葉。俺は当初は、単に『このままじゃダメだ』って意味だと思ってたけど、全然違ってた。
———————それは、全く俺の考えてなかったこと。
でも同時に、内浦に『帰って』きてからかけられた、色んな言葉の中で……一番鋭く胸に刺さった気がした。
何クール構成になるのか自分でも予想がつきません()しかも書いてたらまた長くなってしまった……というような、ちょっとした主人公回を挟んだところで、次回からまたアニメの本筋に戻ります。
仕事が忙しすぎますが、この第3クールもよろしくお願いします。