前回の翔視点からどうぞ。
「翔さん、これはどういうことなのか……説明してくださるのでしょうね?」
ダイヤは静かに……しかし、確実な憤りの目で俺たちを睨んでいる。普通に目を合わせてたらかなり怖い。無理もないことだが、俺と一緒にその視線を受けるルビィちゃんなんて、完全に怯えきってしまっている。
国木田さんは不安そうに俺たちを見てるし、千歌達はルビィちゃんを庇うように前に出ながらも、困惑を隠せないようだ。突然ここに、一番バレちゃいけない相手が現れて来たんだから、それも当然ではあるけど。
とにかく、俺がどう思われようと、ルビィちゃんの立場だけは守らないといけない。誰に言われるわけでもなく、自然と一歩前へ出て、ダイヤと相対する形になる。
「……どうもこうも、スクールアイドル部の練習だよ」
「はぐらかさないでください。生徒会長として部活は承認しましたが、入部届を見た記憶などありませんわ!」
「そりゃ、本当に出してないから……。正式に入部したわけじゃなくて、練習をちょっと体験してるだけなんだよ。誘ったのも俺たちで———……」
一応、嘘は言ってない。あくまで言い方の問題だ。俺は何度も色んな人に言われてるとおり、嘘が苦手らしいから、追求されにくいスタイルをとった。
誤魔化すみたいで心苦しいけど、ここは俺がなんとか泥をかぶっておかないと……。
「……ウソ、ですわね。貴方ではなくルビィの目を見れば一目瞭然ですわ。無理に練習についてきただけなら、そんな目はしていないはずです」
……ダメだった。そこは流石に姉と言うべきか、ルビィちゃんとのつきあいの年季が違う。俺の小手先や浅知恵じゃ、とても太刀打ちできそうにない。
ただ、俺は今のダイヤの言葉と態度は、聞き捨てならないものを感じてしまった。
—————ダイヤ、お前は一番隣にいたのに、ずっとルビィちゃんの苦しみに気がついてなかったじゃないか。
それなのに、彼女にスクールアイドルをやめさせる資格があるっていうのか……!?
一度それを意識してしまうと、この間のライブ中の停電の時みたく、つい反論したい気持ちが優ってしまう。
「ちょっと待ってくれ。なんとなく流されてたけど、ルビィちゃんがスクールアイドル部の練習に参加したら、いったい何がいけないって言うんだよ?」
「ッ……それは翔さんには関係のない話ですわ、家族の問題です! 何も言わずに部活など、生活のこともありますし、お父様とお母様にだって……」
つい語気が強くなってしまったけど、ダイヤはそっちじゃなく、内容の方に怯んだようだった。『やっぱりか』とか『それもそのはずだ』と思ってしまう。
今、ダイヤが誤魔化したこと……そして俺が今、追求したことが本当の問題だからだ。
そもそも、ルビィちゃんがスクールアイドルを辞めなきゃいけない理由について、ダイヤは何一つ明確に説明できていない。ダイヤの感情が、『怒り』ではなく『憤り』なのも、それが原因だろう。
そういう八つ当たりに近いものだから、今一つ論点もハッキリしてない。千歌、曜、梨子が黙っている理由でもある、のだと思う。
「やっぱりちゃんと説明できないじゃないか。高校で部活くらい普通でしょ」
「ちゃんと説明してないのは翔さんでもあるでしょう!? 部活をやってるというだけで、なんで部活をしてるのかは説明してないではありませんか!」.
「理由がなかったら、練習を体験しちゃいけないのかよ!?」
————あくまでも、これまでルビィちゃんがスクールアイドルになりたいという素振りを見せていなかったのは、大好きな姉であるダイヤに自発的に気を遣っていたからだ。
ダイヤの好き嫌いのためだけに、それを強制的にやめさせる理由にはならない。これまで部活をしてはいかないと言われてたわけでも、親に禁止されていたわけでもない。ずっと縛っていたダイヤ本人には、なおさらその資格はないはずだ。
「はぐらかすのはもうやめてください、いつの間にルビィと再会していたのかは今は聞きませんが、スクールアイドル部に貴方がいるのなら一言くらいあるでしょう!?」
「そっちこそ、はぐらかしてるんじゃないのかよ? ダイヤ、本当はお前がイライラしてるだけじゃないのか。俺たちの部活申請を止めようとした時みたいに、昔のスクールアイドル部のことでさ!」
「ええ、イライラしていますとも。私に隠れてこんなところにルビィを連れ出して、どういうつもりなんですか! だいたい、思い出してもいない貴方がそれを言うんですの!?」
「ああ、言わせてもらうよ! 俺達の昔のことで、今頑張ろうとするルビィちゃんを縛る理由がどこにあるんだ。『ダイヤの個人的な考え』以外で———」
「それは—————!」
いつの間にかお互いにヒートアップしてしまい、冷静な話し合いなど望めなくなってしまっていた。
この時は熱くなりすぎて考えられなかったけど、俺のことを好きだと言ってくれている女の子にこんな言い方をしていた俺は、相当イヤな男だったに違いない。もしかしたら嫌われたかもしれないし、信頼を裏切っていたかもしれない……。
でも、それに気が回っていない。それほどに問い詰めたい気持ちで、いっぱいいっぱいになってしまって……
「—————待って! お姉ちゃん、翔さん!!」
……結局、その尻拭いをルビィちゃんにさせてしまったんだ。
「私が悪かったんです……。やめておきます、スクールアイドル」
イヤがなんでここにいたのか、まだ考える気は無いのかと止める間も無く、ルビィちゃんは半泣きになりながらそう言った。
その一言に、思わずこの場にいる全員が呆気にとられてしまう。彼女がこんなに大きな声を出すなんて、と思ったのか、我が意を得たはずのダイヤ本人ですらそうだった。
あんなに好きだったのに、あんなに楽しんでたのに、ダイヤが居合わせてこんなことになるなんて。俺もダイヤも、自分達でこの状況に納得しきれず、つい声をあげてしまう。
「ルビィ、貴女は————」
「ルビィちゃん、それは————」
それでも、彼女の叫びを覆すことはできなかった。
「いいんです!……お姉ちゃん、ごめんなさい。翔さんも、ご迷惑をおかけしました……」
駆けだした彼女と、それを追いかける国木田さんを止める術を、誰も持ち合わせてなんていなかったんだ。
……その晩。
結局、あれからダイヤと連絡も取りあえてないし、ルビィちゃんともそうだった。
その原因の一つになってしまったかもしれない俺は、千歌と部屋で愚痴る事しかできないでいる。
「俺、なんの役にも立たなかったな……」
国木田さんの迷いを晴らせず、ルビィちゃんの想いも遂げさせてあげられない。それが、他人の笑顔がどうとか偉そうに語る俺の『限界』だと、嫌でも思い知らされてしまった。
「しょうがないよ、生徒会長が来るなんて誰にもわからなかったし……」
「いや、後ろに近づかれてるのに、気がつかなかったのは失敗だった。山の中ではあったけど、それならルビィちゃんを隠れさせる時間くらいはあったかもしれない」
千歌が慰めてくれても、俺が迂闊だったことは事実。あと少し。あと少しでも注意していれば……なんて、意味のない後悔をし続けている。
「……体験入部のこと、どうしてバレたんだろうね。一番バレちゃいけないダイヤさんに見つかっちゃった理由も気になるよ」
「うん、それは確かに気になるもっと聞き出す方向に話をはぐらかせればよかったのに。熱くなりすぎちゃって」
「でもでも、しょーくんの言う通りだったと思うよ! ルビィちゃんがスクールアイドルするのを止める理由が、自分の好き嫌いだなんてお姉ちゃんとしてどうかと思う!」
「千歌、それ私怨も混じってないかな……」
美渡姉さん辺りに聞かれたら、またお仕置きくらっちまいそうだ。
……姉、か。
どうしたらよかったんだろう。姉どころか、家族の記憶のない俺の弱さが出てしまったのは、否めないでいた。まあ、記憶があったところでウチに姉妹はいなかったらしいし、あんまり関係ないかもしれないけど。
だとすれば、むしろこの前のライブが何もかも出来過ぎで、これが実力とか現実ってやつなのか。Aqoursも俺も、こんなに近くで悩んでいる女子2人すら、笑顔にできないのかな……。
……いや、よそう。自分にどう言い訳しようとしても、その現実とやらは変わらない。今やるべきことは、ルビィちゃんにしてあげられることがあるのかどうかを、考えることだ。そして、国木田さんにだって……
そう思っていた時。1階に来客が来て、姉さん達が対応する声が聞こえた。
「————ごめんなさい、翔先輩たちいますか~!?」
聞き覚えのある声に、思わず下の階に観に行くと。まさにたった今考えていた相手の、国木田さんがいる!?
「な、なんでここに……!?」
「あ、先輩! ここにいるって話だけはしてくれてましたから。有名な旅館でおばあちゃんも知ってて助かったずら!」
『あら、有名な旅館だなんて』って、後ろで感心してる場合じゃないですよ志満姉さん。いったいどんな用事かは知らないけど、今ここにいるってことは、彼女の家には帰りのバスがもうヤバいってことで……。
「あれっ、千歌じゃなくて翔の友達? アイツ、またうちのバカチカをほっといて、新しい女の子ひっかけたの?」
「ま、まだお友達だなんて関係じゃないずr……です! 先輩と後輩ですっ」
「へぇ~? その割には顔が赤くなってない?」
……あの。話をややこしくしないでくれませんか、美渡姉さん……。
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「とりあえず、このお茶でも飲みなよ。志満姉さんから、妊婦のお客さん向けのノンカフェインのやつ貰ってきたから。今の時間に飲んでもゆっくり眠れるはず」
そう言って、国木田さんの目の前にお茶をおく。たまに姉さん達の淹れ方を見ているから、それなりの味は出せるつもりだ。
隣なんだから、梨子を呼んでもよかったけど……あんまり何人もで聞いても、国木田さんの方が緊張しちゃうだろうと、向こうから断られてしまった。だから、とりあえず俺と千歌の2人で話を聞こうとしている。
「ありがとうございます。突然押し掛けちゃったうえに、泊めてもらうなんて……。それにしても、本当に千歌さんのおうちに居候されてたんですね?」
「驚かれるのも無理ないか。あ、御礼なら、その『居候』じゃなくて千歌の方に言ってあげてくれ。お茶だって貰い物だよ」
「いいのいいの!今日の事だって、私たち何もしてあげられなくって。お詫びもしたかったし……」
さっきの帰りのバスのことだけど……時間的にはもう厳しい。そこで、姉さんとおじさんに無理を言って、千歌の部屋に泊めてもらうことにした。別に部屋を借りるわけじゃないけど、こういうとき家が旅館だと、寛容だなぁ……。
そうまでして、国木田さんが俺たちのところに走ってきたのは、どうしても直接会って話したかったから。それも、帰れないってわかってても突っ走るくらいの……。だとすれば、無下になんてできるわけがない。
「おばあちゃんにはさっき電話して、『友達の家に泊まる』って言ってあるずら。ごめんなさい、一刻も早くお話ししたくて」
「もう謝らなくていーよ! それで、お話って……ルビィちゃんのことだよね……?」
「はい。先輩達も見たと思うんですけど、私はあの後のルビィちゃんを追いかけて、聞いたんです。あんな事を言っちゃった理由を……」
—————そして、俺たちは話を聞いた。
ルビィちゃんが、ダイヤとは違う道を歩んででも、スクールアイドルをしたいと思っていたこと。ここまでは、千歌は知らなくても俺は聞いた話だ。だが、次の言葉は……
「そうか、あの時そんなことを……」
「ルビィちゃんが、全部『お姉ちゃんの真似だった』なんて……そんな言い方、悲しすぎるよ!」
夢……。それがずっと悩んでいたルビィちゃんにとって、ある種の支えになっていたはず。
でもその『支え』こそが、まさにその『悩み』に、ひどく絡みついてしまっていたんだ。ダイヤの介入と部活動で、皮肉にもそれに気がつかされてしまった。
「そうですよね。オラもそう思います。それに、『恋』……あ、ああっ!今のは『スクールアイドルに恋してるのに』ってことずら!」
「こ、『恋』!? それって……あ、ああスクールアイドルに、だよね!? まるで千歌みたいだな~……」
「あっ、しょーくんがまた何か誤魔化すしぐさしてる!花丸ちゃんまで〜!」
善子に言われたことを思い出して、ついドキッとしてしまった。千歌のやつも案外鋭い……ってか、俺と国木田さんが分かりやすいのか?
そ、それはさておき……。まさかダイヤが来たことで、彼女が『そんな自分』にまで、気がついてしまうなんて……。今の自分のやろうとしていることが、根底から崩れてしまうような感覚になったに違いない。
やっぱり俺がもっと注意していれば、と思わなくもないけど。この悩みだと、いつかは必ず、ぶつかった壁だったのかもしれない。目を逸らしたままでは、いられないだろう……。
「自分の夢が、まさに乗り越えようとした相手からの『借り物』、か……」
おばさんに以前、まさにこの家で言われた言葉が脳裏に浮かぶ。
『……否定するつもりはないの。でも、覚えておいて欲しくて、ついね。私は、いつか翔くんが翔くんだけの夢を見つけられる日が来て欲しい……って思ってる』
思わず拳を握りしめてしまっていた。俺の夢……それは本当に『俺』の夢なんだろうか。
もしかしたら俺の夢も、誰かからの借り物だったりするのだろうか。確かに『自分が幸せになる夢を探す』と、おばさんには約束したけど。
「ルビィちゃんの悩み、ちょっとわかる気がするな……」
「意外だね、しょーくんはその夢に迷わないイメージがあったのに。しょーくんといえば他人の笑顔!って感じで!」
「あ、オラも短い付き合いですけど、それは同感ずら。いっつも他の人の世話ばっかり焼いてますもんね」
そう言ってもらえるのはありがたいけど。まさにそれが、できなかったんじゃないか。
だいたい今は俺じゃなくて、ルビィちゃんのこと————……
「……別に、いいんじゃないかな。誰かの真似でもっ!」
———千歌?
みんな暗い顔になっていたけど、千歌はそう言って不敵に笑い始める。『真似でもいい』……確かに、そう言ったのが聞こえたけど。国木田さんも違和感があったのか、キョトンとした顔をしている。
「『憧れる』ってさ、マネしちゃいたくなるところから始まると思うんだ。とにかく全部、同じ事をしてみたいーって!」
「憧れ……って、ルビィちゃんが、ダイヤに憧れてたように?」
「そう!それに、ルビィちゃんと一緒に、ダイヤさんだってμ'sに憧れて真似してたんでしょ? 私と一緒だよ!」
あのダイヤが、μ'sの真似をして部屋で踊ってるのはあまり想像できないが、昔はそうだったらしいと聞いた。ルビィちゃんがああ言ったダイヤだって、憧れて、真似して……。
「μ'sに憧れて、μ'sの真似から、ですか……?」
「うん、そうなんだ。でもさ、マネしてるだけじゃなくて……そんな輝いてる光に、手を伸ばしたくなるんだよね。いつか私も同じように。そして、もっと先へ……って!それだって、十分『夢』って言っていいんじゃないかな!」
「輝き。……それは、オラも欲しいと思ってたもの……」
『普通怪獣』だった千歌と、国木田さんは同じく、輝きを求めている。いや……俺もルビィちゃんも、梨子と曜も、みんな……。
「まだ、輝きが見つかるかは分かんないよ? でもね……この前ライブした時、私たちはすっごく楽しかったし、花丸ちゃん達だってそうだったんでしょ? 今はまだ、マネかもしれないけど……きっとこの楽しさの先に、私たちのユメがあるんだと思うんだ」
いつのまにか、俺も国木田さんも千歌の言葉に聞き入ってしまってる。
……そうだ、俺はいつも。この千歌の元気さと、真っ直ぐさに救われてきた。仲間が頼ったら、俺に頼ればいい。俺が困ったら、仲間に頼ればいい。
ルビィちゃんを助けるためには、国木田さんと、千歌の力を。
「それを追いかけていきたい。μ'sみたいに輝きたい! 真似からはじまってても、もう私たちの夢なんだって思う!」
夢は『誰かの真似からだって、始まるもの』か……
「……確かに、千歌の言う通りだ。俺、おばさんのいうことを気にしすぎてたのかもな。夢の始まりに、何がきっかけかなんて関係ないはずだ」
「翔先輩……」
どんな夢だろうと、きっかけや真似する相手なんて関係ない。自分の夢も決めたなら、もうそれは自分の夢……。
「……それにさ!しょーくんは記憶を失くしても、夢だけは覚えてたんでしょ? それって、ますます『きっかけなんて関係ない』ってことじゃない?」
———記憶。
記憶を無くしても、夢が……?
「そ、それだ! でかした千歌!これなら……ルビィちゃんを説得できるかもしれない!!」
「しょーくん? よくわかんないけど、役に立てたなら良かった♪」
千歌のおかげだ。俺の中で、自信を持って人に話せるくらい、答えが出た!あとは、ダイヤに邪魔されないようにルビィちゃんに会うだけだ。それは国木田さんに連絡先をもらうか、取り次いでもらって……。
「翔先輩、ルビィちゃんと会うずら……?」
「ああ。明日にでもちゃんと話したいんだ。国木田さんに、それをお願いしたくって」
「——な、ならひとつだけ。オラも『お願い』を聞いてもらっていいですか?」
……あ、あれ。なんだろう。俺がお願いするはずだったのに……。
「ダイヤさんの電話番号を、オラに教えてくれませんか!?」
だ、ダイヤの電話番号……?俺、まさにアイツとケンカしちゃってるんだけど。
国木田さんはいったい、何に使うつもりなんだろう……!?
GW、お前と戦い(休み)たかった……
書いてたら翔とダイヤが、子供(ルビィちゃん)の育児方針を巡って争う両親みたいになってしまいました。それはそれで良いんですけどね(ニチャア)
そういえば、早いものでこの作品ももうすぐ2周年なんですね。