誰視点で書くか悩みましたが、結局ルビィちゃんにしました。
—————翌日。
私は1人だけで、スクールアイドル部の部室に向かっていました。翔さんから花丸ちゃんを通して『ここで待ってる』と連絡を貰ったからです……。
昨日は、私が無理にお話を終わらせました。
翔さんとお姉ちゃんっていう、大好きな人たちがルビィのせいでケンカしてるところを、見ていられなかったから……。そして、自分のことにも気づいたから。
だからって、このまま有耶無耶にはできません。体験入部をやめるならやめるで、もう1度ちゃんと伝えなきゃいけないから……だから私は、翔さんのお誘いを受けることにしたんです。
昨日の今日で、怖いと思っています……。
だいたい、どうせ部活を辞めちゃったら、翔さんに近づく機会はなくなっちゃう。そうでなくったって、お姉ちゃんには勝てない。私の気持ちも、本当のコトなのかわからない。
それでも、きっと間違いなく恋だから……それが、勇気になってくれたんです。未練、なのかもしれませんけど。
着いてからそっとドアを開けると、ちょうど翔さんがお茶を用意してくれていたところでした。
「ルビィちゃん! 本当に来てくれたんだ。とりあえず座ってよ」
「あ、ありがとうございます……お、お茶なら年下の私が入れますからっ!」
「俺が呼んだのに、それはナシだよ。それに、ルビィちゃんに飲んで欲しくてさ。昨日も国木田さんに好評だったんだ、この銘柄のお茶」
翔さん、こんな特技があったんだ……。
普段なら、翔さんとお茶できるこんな機会なんて、顔が真っ赤になっちゃうところなんだろうけど……同時に、胸の奥がチクっともして、そうはなりませんでした。
(だって……花丸ちゃんと会ってたんですね、昨日の夜に)
連絡が来た時点で想像はしてたけど、いざ目の前で言われちゃうと、また胸が苦しくなり始めます。学校で翔さんの後をつけてた時と同じで、大切な友達にすら嫉妬しちゃう。
やっぱり、簡単に恋を捨てるなんて、できないよ。そんな曖昧なままの自分がますますイヤになってきちゃう……。
それに、お姉ちゃんの事だって。昨日の夜のお姉ちゃん、ずっと私と翔さんのことで悩んでるように見えた。
『ルビィ、翔さんとは……いえ、貴女に聞く前に、翔さんときちんと話し合うのが先、ですわね……今日は御免なさい』
本来なら、勝手に部活をしただなんて怒られてたはず。それが、むしろ私よりお姉ちゃんの方がしょんぼりしてた。そのくらい……本気で翔さんのことが好きなんだよね。でも私は、スクールアイドルの夢も、目の前の男の人を好きな気持ちも、そのお姉ちゃんの真似だったんだって思うと……。
やっぱり、私に翔さんに告白する資格なんて。『好き』になっていい資格なんて、きっとないんだよね……。
「あ、美味しい……です。これなら花丸ちゃんも褒めるはずですよね」
「えっ? 国木田さんって、意外とお茶に厳しいの?茶道とか……」
「そういうわけじゃないんですけど、お家が古いお寺っていうこともあって、舌は肥えてますよ。水族館に行くのに、自分で熱い緑茶を淹れてきたり……」
……いけない、思ってることが顔に出そうになっちゃう。だからって、こうやってなにげない話題に逃げてても始まらない。お茶のお礼もいいけど、まず謝らなくちゃいけないのに……。うん、言わなくちゃ……!
「あ、あのっ!翔さん、その前に! ……昨日はごめんなさい、ルビィは……」
「ルビィちゃんが謝ることはないよ……俺の方こそごめん。君の事をそっちのけで、ダイヤとケンカするなんて最低だった……一番つらいのはきっと、君だったのに」
……曜さんは、翔さんについて『絶対怒らない人だからね』っていうような言い方をしてたけど、千歌さんは少し違ってました。
千歌さんは、翔さんのことを『誰かを守ろうとしたら怒ったりもするよ』って言ってました。……曜さんも意外な顔してましたし、たった数回だけらしいんですけど。
確かにあの時の翔さん、あのお姉ちゃんを相手に、なにを言われても『絶対に譲らない』って感じでした。お姉ちゃんがあんなにショックを受けてたのも、翔さんのことが好きだからってだけじゃなくて、そういうのもあったのかもしれません。
(私のために怒ってくれた。翔さんが、お姉ちゃん相手でも……)
それだけ私のことを想ってくれる人がいてくれても、私は……。
「私が体験入部だなんて言い出さなきゃいけなかったんです。お姉ちゃんと話し合わずに、皆さんのお世話になる道ばっかりで……!」
「……とりあえず、話したくないことは、無理に話さなくていいよ。でも、せめてもう1度、ちゃんと聞きたかったんだ。ルビィちゃんの本当のキモチを」
「わ、私の、本当のキモチ……ですか?」
「……国木田さんから事情を聞いたよ。ダイヤと違う自分になろうとして、スクールアイドルになって自立しようとしたのに……って」
———ああ、やっぱりそこについては、花丸ちゃんから聞いてたんですね。
でも……当然といえば当然なんですけど、『もう1つ』の方は花丸ちゃんは話してないみたいです。スクールアイドルだけじゃなくて、『翔さんを好きな気持ちまで、お姉ちゃんと同じだった』っていうことの方は。
ホッとしたような、残念なような、そんな変なため息が漏れそうになりました。そのキモチに気づいて欲しくないような、気づいて欲しいような、そんなため息が。
さっき『そんな資格がない』って思ったばっかりなのに。会って話して、悩みを聞いてもらうだけで、こんなにも変わっちゃう。恋って大変なんだね、花丸ちゃん……。
「あっ……そ、そうなんです。スクールアイドルになれれば、お姉ちゃんに頼りきりの自分を変えられるかもしれないって、そう思ってたのは本当です。でも、それが昨日、わからなくなって……」
「ダイヤと俺が喧嘩したせいだよね。これまでアイツに、夢や目標について話さないようにしてたらしいけど……いざ面と向かってってなると、色々と違ったんじゃないかな?」
「……はい。お姉ちゃんにあんな風に言われただけで揺らいじゃうような夢だったのかな、って思うと……私にとって『スクールアイドルはその程度だったんじゃ』とか、『お姉ちゃんが好きだったからマネして好きになってたんじゃ』って、余計悩んじゃうんです……」
お姉ちゃんが大好きだから、言い出せなかった。だけど、本当に向かい合ったら……自信がどんどんしぼんでいくのが、はっきりとわかったんです。
ずっと、ずっとやりたいって思い続けてきたことなのに。
「目標とか夢とか、そういうのが全部崩れちゃった気がして。いったい私は、どうしたらよかったんでしょうか……」
「……本当に、全部崩れちゃったって、思ってる?」
「……………」
翔さんの真剣な眼差しに、つい顔を背けちゃう……。
好きな人に見つめられて恥ずかしい気持ちと、どうしようもないダメなルビィを見られてるっていう、辛い気持ち……。自分で自分のことがよくわからなくなって、俯いてばかり。
(スクールアイドルを数日やっただけじゃ、やっぱりお姉ちゃんに頼りきりの私のままなのかな……)
これじゃどうしようもない、よね。せっかく翔さんに話を聞いてもらっても、これじゃ。こんな私じゃ————……
「俺さ……実を言うと、記憶喪失なんだよ」
「……えっ? 記憶喪失、ですか……?」
————そう思っていた私に、翔さんの口から意外な言葉がかけられた。呆気に取られちゃって、つい一瞬、言葉が出なくなる。
えっと……記憶喪失って、マンガとかで出てくるあの記憶喪失、だよね……?
「あつ!驚いてる驚いてる。……そういえば、なんだか久々に人に話した気がするな、このこと。信じられないかもしれないけど、現実にも結構ある事らしいよ……って、今まさに目の前にいるよね」
「そっ、それじゃあ!ま、まさか翔さんって、それで。それで、用務員さんやバイトをやってたんですか……!?」
「あっ鋭い! しかも記憶だけじゃなくて、家も家族もお金も何にもないんだ。それで千歌の家に居候しながら、こういう生活をしてるってワケなんだよね」
あっけらかんとした表情で笑う翔さん。
私はそれが信じられなくて、つい大声を出してしまった。
(だって……だって、それが本当なら。私が悩んでたことなんて、翔さんの『事情』の前じゃ、全然大したことない!)
……それなのに。
それなのに、彼はそれを気にせずに、強く笑っていられる。いったい、どうしてなんですか……?
「で、でも。もしそうなら!なんで、そんなに笑えるんですか!? すっごくつらくて、すっごく大変なのに。ルビィのことを心配してる余裕なんて、翔さんには……」
好きになってた人に、私に手を差し伸べてくれた人に、そんな苦しみがあったなんて想像もしてなかった。
私だったらきっと耐えられない。
「確かに大変だよ。千歌の家にも申し訳ないし、死んでるらしい両親の墓も気になってはいるよ。これからどうするかって、毎日悩んでるし辛い。……でも、大事なのはさ。記憶を失う前と同じだったものが2つあったことなんだ。それが、夢と、友達……」
「『夢』と『友達』が、同じ……?」
「まあ、ハッキリ気がついたのは昨日千歌に言われてだから、あんまり偉そうにはできないんだけどね。……この2つが変わらずに残ってくれてたからこそ、辛くても笑ってられるんだ」
夢、そして友達……。
それは、私だったら『夢』はスクールアイドルになること。子供のころから憧れてた、ステージの上に立つ夢。
そして『友達』は……ずっとそばで助けてくれた、花丸ちゃん……?
「2年も雲隠れしてたのに……千歌もその家族も、曜も、友達だからってだけで助けてくれた。夢も、記憶なんてないはずなのに、同じことを自分で言いだしてた。そのくらい、身体にしみついてたんだろうね。きっかけだって覚えてないのに……」
「それで……? 友達だからっていうのはまだ、わかりますけど……何も覚えてないのに、夢は変わってないなんてこと、あるんですね」
「うん。つまり、何が言いたいかって言うとさ……きっかけなんて、そんなに大事かな?ってことなんだ」
記憶喪失になって、2年間も行方知れずで……それでも、千歌さん達は助けてあげたんだ。でも、花丸ちゃんが同じことになったら、確かに私も同じことをすると思う。
そして、夢のこと……。
「本気で長い間抱えてた夢だから、俺にとってはきっと、記憶以上に大切だったってことでしょ? それなら、きっかけが誰かの影響だろうと、偽物や借り物だろうと……もう『自分のもの』って言っていいと思うんだ」
その言葉で、思わずハッとさせられちゃう。
(……ルビィはずっと、お姉ちゃんの後ろを歩き続けてた。それをやめようとして、でもそれが無理なんじゃないかって思っちゃてた。でも)
でも……!
「大事なのはきっかけじゃなくて、その夢をかなえたいキモチ……ってこと、なんですよね!?」
「うん、きっとそうなんだよ。もうルビィちゃんの夢にダイヤは関係ない、スクールアイドルは、キミ自身の夢なんだと思う。もっと言えば、夢をかなえてどうしたいか……そっちの方が大事のはずだ」
「それじゃあ……ルビィは! ルビィは……スクールアイドルをやっていいんですよね!?」
いつの間にか、ちょっとだけ涙が目に滲んでた。
すごく……すごく久しぶりに言ってもらった気がしたから。すごく久しぶりに、認めてもらえた気がしたから!ルビィが、スクールアイドルをやっていいんだってことを!
翔さんの話し方が上手なのか、その想いに感動させられちゃったのかはわからない。……千歌さん達が一緒にやりたがったのも、当然だよね。まっすぐ相手の気持ちを受け止めて、本当に相手の助けになりたいって思ってくれる。
「ルビィの気持ちは、夢は……もうルビィのものだって自信をもって、いいんですよね? それなら……それなら、ルビィはやっぱり!スクールアイドルがやりたいですっ!!」
「ああ、もうダイヤがどうとかなんてちっとも関係ない。3年しかない高校生活なんだ、Aqoursを……スクールアイドルを、最高に楽しんでいいんだよ」
ちょっと現金ですけど。なんだか、勇気が出てきた気がします。
だってこんな人、好きになっちゃうよね。お姉ちゃんの真似だからじゃない、夢も、この恋も。私が……私として、好きになったんだよね? 翔さん。
やっぱり、間違ってなかったです。貴方に恋しちゃってること。
「お姉ちゃんが、翔さんを好きになった気持ち……わかる気がします」
「……………………えっ? な、なんで知ってるんですかルビィさん!?」
「ふふ、慌てすぎですよ。お姉ちゃんを見てたら、一目瞭然です。それに、今の翔さんの反応もっ♪」
「ああっ……! ひ、ひっかけたの!?」
……ちょっとだけ、イジワルしちゃいました。
えへへ。このぶんだと、もしかしたら恋も部活も、お姉ちゃんに勝っちゃうかもしれませんよね?
(ありがとうございました、翔さん)
おかげで、私……黒澤ルビィは、やっとお姉ちゃん離れできそうです。
今はまだダメな私でも、きっと夢を叶えて見せる。お姉ちゃんがなったかもしれないスクールアイドルより、もっとすごいスクールアイドルになってみせます。そしたら、きっと翔さんに好きになってもらえるような私になるはずですから……どうか、言わせてください。
「もしかしたら、もう知ってるかもしれませんけど。翔さんのことを好きなのは、お姉ちゃんだけじゃないんですよ?」
「え、え。ちょ、ちょっと待ってよ。ルビィちゃんが元気になってくれたのはいいけど、俺まだ脳の処理が——……」
「待ちません♪
……私、翔さんに恋しちゃったみたいです♡」
知らない人が怖かった私の、人生で、最初の告白。今度は翔さんの方を、私が驚かせることができました。好きな人のいろんな顔……見られるとやっぱり、嬉しいですよね?
「え、え。え……る、るびぃちゃ……??」
そして今、突然に思い出しました。
翔さん……子供の頃、お姉ちゃんと一緒に私を慰めてくれた、あの男の人に雰囲気がそっくりなんです。
昔のことすぎて、その人の顔も声も思い出せないけど……、貴方にこんなにも惹かれているのは、それも理由の一つなのかもしれません。
「明日の部活からどんどんアタックして行きますから、覚悟してくださいね? お姉ちゃんにも千歌さん達にも、花丸ちゃんにも負けませんからっ♡」
「ちょ、ちょっと!なんでダイヤとのこと知ってるの!? ていうか千歌達?国木田さん?なんの話なのー!?」
「ふふっ、きっとすぐにわかりますよっ♪ それじゃあ、今はそれは置いておいて、すぐに行きましょう!」
「ど、どこへ……?」
まだ顔を赤くして狼狽てる翔さんを、独り占めしたくなっちゃうけど……私には、もう1人お話ししなきゃいけない人がいる。
記憶喪失になったって変わらないほどの、大切な2つ。それが夢と、友達なら……。
「決まってるじゃないですか。花丸ちゃんのところですっ♪」
次は、友達……ですよね?
……花丸ちゃん。
今度は、私が花丸ちゃんの背中を押してみせるよ!
辿り着きかけたヤンデレが、一時的に収まったように見える?果たして、本当にそうでしょうか……?
というわけで、次回は花丸ちゃん回です。長編は1クールごとにまとめようとして、1話あたりが普通に6000字超えてくるからキツいですね。