ラブライブ!〜ヤンデレファンミーティング〜   作:べーた

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失敗を糧にするには、成功で拭うしかないんです。



第58話 遊びじゃないから

『バカにしないで!ラブライブは……遊びじゃない!!』

 

 

それはきっと、自分自身への叱咤でもあったのだと思う。ラブライブという夢にかける、その必死な想い。それに対して……俺は、夢がどうこう言ってるくせに、それほどの想いを持てていただろうか。

 

千歌と曜に語って。梨子に、花丸ちゃんに、ルビィちゃんに、善子に語って……ダイヤ、果南、小原さんにも語って、ここまでやってきた。

 

(夢や理想論を語って、その気にさせて、一緒にスクールアイドルをしようと誘っておいて。肝心の俺自身が、涙さえ流せない……!)

 

鹿角さん達に本当に差がついているのは、Aqoursのみんなじゃなく、俺自身だ。鹿角さんはAqoursが俺に負担をかけたと言ったが、実際は逆なんだろう。俺が、みんなに負担をかけている。俺が足を引っ張った。みんなと恋愛で、いざこざなんて起こしたから、それで気が散って……!

 

 

(その証拠に、俺は……あの理亞さんのように、涙を流せていない。悔しいはずなのに、悔しいのに……!!)

 

彼女の言うように……スクールアイドルや友人関係に乗っかって、遊んでるだけだったっていうのか? 俺の夢は。やってきたことは、全部……

 

 

「泣いてたわね……あの理亞って妹の方。姉の方は流石って感じだったけど」

 

「きっと悔しかったんだね。あんなに凄かったのに、入賞さえできなかったんだもん」

 

「……オラたち、あのくらい本気になれてなかったのかもしれないずら。だからって、ラブライブをバカにしないでなんて……」

 

 

当然と言えば当然だが、あんなにスイーツを食べても、俺のモヤモヤもみんなのモヤモヤも晴れることはない。こうして帰りの電車が動き出しても、また暗い話に逆戻りしてしまう。行きは行きで

 

それは隣の4人席に座る1年生だけでなく、俺と一緒に座る2年生も……。

 

 

「この街って、1300万人も人が住んでるのよ。……って言われても、想像できないけどね」

 

「そうなんだ。電車の窓から見ててもすごいもんね、ビルとか……沼津に住んでる人って、どのくらいだったけ? ……東京でスクールアイドルできる人達って、私たちとなにか違うのかも」

 

「でも、私はここで生まれ育って、ピアノで失敗して、内浦に来ることになったのよ? 今思えば、みんなと出会えて良かったけど……」

 

 

1300万人。

 

日本の人口の、10分の1以上。それだけの人に需要があって、それだけの人に消費される都市。μ'sもA-RISEも、ここから生まれて、ここから羽ばたいた。そこに何の影響もなかったなんて、俺には言えない。

 

(……生まれ故郷のはずの、梨子でさえ想像できなかったんだ。こういう差があることを)

 

でもだからこそ、スクールアイドルというものの価値と、そのために乗り越えるべき壁の厚さを感じさせられる。それだけたくさんの人に必要とされなきゃ……全国レベルなんて名乗れないって事なんだ。

 

Aqoursが、沼津から全国にまで羽ばくために。

 

俺は一体、どうすべきなんだろう……?

 

 

「みてみて、しょーくん。あの駅前のビルの大きなモニター! 私、高1の時に曜ちゃんとこっちに来ててね?あそこでμ'sのライブ映像を見たのが、一番最初にスクールアイドルに憧れたきっかけだったんだっ!」

 

「え?あ、ああ……千歌?」

 

「なにが『?』なの? いやあ、あそこでμ'sを見たときの感動、忘れられないなぁ~♪」

 

 

……だけど、そんな空気の中で一人だけ、落ち込んでいないメンバーがいた。千歌だ。

 

 

「えーと……うん、あのバカでかいモニターだよな。鹿角さんともあそこで会って。確か、結構前からスクールアイドル映してるんだよな、雑誌で有名な聖地だって書いてたし」

 

「うん!ちょうど、しょーくんがウチに流れ着いてくる少し前くらいだったかなぁ……? あの時、もうビビビーってきたんだよ!」

 

「……」

 

 

電車はもう動き出してるから、すぐに見えなくなったけど。あれは確かにスクールアイドルにとっては有名なUTXのモニターだ。あの大画面で、今回のライブイベントも上映されてたらしい。そんなことを気にする余裕もなくなってたって事か、みんなも俺も。

 

なのに……千歌だけは、その余裕を取り戻したのか?

 

 

「……えーと。千歌、大丈夫なのか?」

 

「? μ'sの映像見て、ものすっごくワクワクしてたけど、なにが?」

 

「そ、そうじゃなくて……その。今日のことで……」

 

 

みんなも不思議そうに、遠巻きから俺たちを見つめている。彼女だけが、落ち込んだ様子を見せていない。本来なら、人一倍悔しがっていそうな彼女が、明るく振る舞っている。

 

(千歌はすごく負けず嫌いな一面もあるのに……)

 

美渡姉さんに無理だって言われても、諦めなかった。ファーストライブの時だって、停電になっても、泣きながら歌おうとした。小原さんにもダイヤにも、真っ向から立ち向かった。スクールアイドルを始めてからというもの、絶対に投げ出さずに、頑張ってやり通してきた。

 

その千歌が、あれほどに負けて『笑顔』のままでいることに、俺は大きな違和感を拭えないでいる。離れていた距離感が元に戻って、すぐだって言う以上に。

 

そりゃ、明るいこと自体はいいことだし、千歌の取り柄でもある。俺も含めて、Aqoursのリーダーとしてみんなが千歌を頼るのは、その明るさから来る爆発力というか突進力というか……特にそう言う部分だし。

 

だけど、さすがに千歌も空気が分からないわけじゃなかった。

 

……無理、させていた。

 

 

「……えへへ、私がちゃんとしないと、みんな困っちゃうもんね」

 

「千歌、お前……」

 

「私、今日のライブ……人生で一番出来がよかったって、そう思えたよ。声も出てたし、ダンスもできた!むしろ、あのプレッシャーの中で大きなミスなくできたことが凄いんだよ!……初めてだったんだから、ああいうところ。勝てなくて当たり前、だよ」

 

 

どこか陰のある『笑顔』。……俺はバカだ。千歌だって、辛くないわけがない。だけどAqoursのリーダーとして、みんなを悲しませないように、明るく振る舞っていたんだ。

 

「全力で、頑張ったんだよ。……それで十分だと思う」

 

 

そう、みんな間違いなく全力だった。本気の本気。

 

だけど、理亞さんは……

 

 

『本気で頑張って負けたんだったら、悔しいはずじゃない!姉様にだって、言い返せるはずじゃない!みんな、本気でやってるのに……!』

 

スクールアイドルとしてライブをする。

 

そこには間違いなく、みんな本気だった。だからたくさんの内浦の人を、笑顔にさせてこられた。

 

だけど、他のスクールアイドルとこんな風に競って、勝って、物凄い大舞台でお客さんをパフォーマンスで喜ばせて……なんて、そこに本気になれてたのかな。なにより、俺自身が。

 

(俺は……みんなこんなに凄いライブなのに、「なんで競わなきゃいけないのか」なんて、そんなバカな事まで考えちまってる)

 

争いごとを嫌うにも程がある。こんな人格に育った、記憶を失う前の自分を殴ってやりたい。別に喧嘩してるわけじゃない、みんな真剣に競ってるだけなのに。それでもこうなんだ。

 

その俺の考えを裏付けるように、曜が尋ねて、ルビィちゃんが続く。

 

 

「だけど、ラブライブで優勝するためには、今日出た人たちと同じくらいじゃないとダメって事でしょ?でも、Saint Snowの人たちですら入賞できなかった……」

 

「私も、たくさん全国レベルのスクールアイドルを、動画やDVDで見てきたつもりでした。でも、現実に見ると全然違ってたんです。あの人たちの凄さも、私たちとの実力差も、ステージのお客さんも何もかもが……」

 

 

そうだ。俺たちは勝たないといけない。戦って、競って、勝たないと。ラブライブという大会で優勝して、学校を廃校から救おうとするなら、そういう心構えを持たないといけない。

 

だけど……

 

 

「私は良かったと思うよ! ……精いっぱいやったんだから。東京に呼ばれたんだから。胸張って、いいと思う!」

 

 

「千歌ちゃん……」

 

 

 

……俺と千歌は、鹿角さん達みたいに、それを持てるんだろうか?

 

 

 

「千歌ちゃんは……悔しく、ないの?」

 

 

 

曜のその言葉に、千歌は変わらず愛想笑いで返していた。

 

 

 

 

 

 

 

————そう言っているうちに、電車は多少の乗り継ぎと数時間をかけて、沼津駅に到着した。帰りの窓から見ていた夕焼けは、既に夜の闇に変わっている。

 

だけど、それだけの時間が経っても、まだまだ俺の中は違和感でいっぱいだった。いつも通りの千歌の背中を眺めながら。

 

 

(千歌は、なんでこんなにスクールアイドルを頑張るんだろう? そしてそれは、ラブライブで勝つことにつながるんだろうか?)

 

 

以前にも抱いた違和感。記憶はなくしたけど、なんとなく千歌は、昔は良く物事を諦めていたイメージがぼんやりだけど、ある。実際、Aqoursの活動を始めるまでは、特定の部活に入っていなかったわけだし。

 

(もしそれが正しいとして、一応これまで聞いたことで説明できるけど……)

 

μ'sの光。

 

曜と一緒にやりたい部活。

 

以前の俺みたいに、夢を叶えようと勇気を持つ姿への憧れ。

 

みんなと一緒に、輝きたいというキモチ。

 

 

(……これまで何度か、聞いてきたけど。それらだけなんだろうか)

 

 

俺と似て、争いごとを好まない千歌。色々聞いてきた限りじゃ、千歌は俺と同じで運動部とかそういうのに居なかったはず。他人と競ったり、勝ち負けがつくようなことをあまりしてこなかったんだ。

 

でも、今回はそれを突きつけられた。

 

『0』という数字、そして誰かと戦って、負けたという現実を。まして、内浦が東京に『負けて』いるようなことばかり最近、見せられている。大好きな内浦が、この街が、この人達が……

 

 

『私……心の中でずっと叫んでた。「助けて」って……「ここには何もない」「私は何もない」って……でも違ったんだ!』

 

『追いかけてみせるよ!ずっと、ずっと……この場所から始めよう!できるんだ!』

 

 

この前のライブの時に、千歌がステージで語った事。

 

 

……千歌だって、内心で本当は俺たち以上に悔しくて。

 

 

千歌だって、『勝ちたい』んじゃないのか?

 

 

他人って言うよりも、これまで対決を避けてきた過去の自分とか、内浦を大切に思うキモチの壁になる現実とか、そういうものに勝ちたいと思い始めてる。『遊びじゃない』んだから。

 

だからこそ、果南と俺との出来事をみてああなったし。

 

鹿角さんとだって、あんな風に———……

 

 

「「「みんな、お帰りーーっ!」」」

 

 

いつの間にか、俯いて歩いてしまっていて、俺だけ発見が遅れてしまった。行きの時と同じように、よいつむトリオが迎えに来てくれていた。それに、前回とは違って夜という時間帯もあり、部活の終わった浦女の生徒たちが何人か集まっている。

 

……Aqours、こんなに学校の生徒からも注目されてたんだ。ライブ配信は、ああいうモニター限定だったのだろうし。投票結果なんて、なおさら知らずに……

 

 

「ねえねえ!どうだった、東京はー?」

 

「あ、うん。すごかったよ!何か、こう……ステージもキラキラしてて」

 

「ちゃんと歌えた?噛んだりしてない?」

 

「ダンス、緊張して間違ったりしなかった? お客さんも多かったんだよね!」

 

「えっと……それも何とか、ね」

 

 

突然の質問攻めにあい、みんなタジタジになりながらも、答えを返す。もっとも、歯切れが悪い理由は、そのせいではないんだけれど……。

 

 

「そ、そうよね!…ダンスもミスもなかったし、上手くいったんじゃないかしら?」

 

「そうそう!今までで一番のパフォーマンスだったね!……って、みんなで話していた所だったんだ」

 

「なーんだ……心配して損したぁ」

 

「みんな、オラたちのこと心配で迎えに来てくれたずら?」

 

 

……別に、嘘は言ってない。それでも、一言聞かれ、一言返すたびに、みんなの心が削られていくような感覚さえ覚えてしまう。

 

『やめてくれ』と、そう心の中でつぶやくこともできない。Aqoursのみんなに希望を託して、Aqoursのみんなのために来てくれている人たちに、とてもそんなこと……

 

まして、それが少なからず俺に責任のあることなら———……

 

 

「じゃあさじゃあさ!もしかして、本気でラブライブ決勝とか、狙えちゃうかもってこと?」

 

「えっ……」

 

「そうそう!そうだよね!東京のイベント、呼ばれるくらいだもんね。あのラブライブでいいとこ行けるって!」

 

「すごいすごい!今のうちにサインもらとこーかなー!」

 

「いやー、浦女からこんな有名人が出るなんて、これなら廃校もなんとかなるよね!」

 

 

浦女のみんなが盛り上がるごとに、Aqoursのみんなの目線が落ち、口数が減っていく。

 

 

……限界、だった。ここ数日間のいろんなことが、一気にあふれ出した。

 

彼女の登場が、きっかけで。

 

 

 

「……翔さん、ルビィ、皆さん。おかえりなさい」

 

 

「お姉ちゃん……」

 

 

 

生徒会長、黒澤ダイヤ。

 

そして、ルビィちゃんの姉……。

 

 

「お姉ちゃん、私、わたし……!!」

 

「ルビィ……よく、頑張りましたわね」

 

「うわああぁぁん!!」

 

 

ダイヤに抱き着いて泣くルビィちゃんの涙を、俺は止めることができなかった。もちろん、他の誰も。

 

浦女のみんなも、流石に察したのか、黙り込んでしまう。

 

 

 

……そう。俺たちは『負け』たんだ。

 

今日、初めて。みんなの期待を背負って、完膚なきまでに負けた。

 

 

 

一番明るく振る舞っていたはずの千歌の背中が、震えていた。

 

 

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

「得票が0(ゼロ)ですか。そして、翔さんもやはり、こうなりましたか……というところですわね」

 

「やっぱりって、どういう意味だよ?それに、得票じゃなくて俺まで……」

 

「そうですね、順を追ってお話しましょう。私と果南さんと鞠莉さん。そして翔が、かつてここで『Aqours』としてスクールアイドルをしていたことは、既にみなさんは翔から聞いていますね?」

 

「うん、果南から聞いたりとかで、俺から話してる」

 

 

俺の言葉に、大なり小なりみんなが頷く。

 

場所は、いつもの砂浜。だけど、夜にAqours全員で、ダイヤも交えてアンニュイに話していると、全く違った光景に映る気がする。どこか、この温かい海に慰められているような……そんな感じだ。

 

そんな風に想像してしまうくらい、弱っているということでもあるのあだろうけど。

 

 

「……と、その話をする前に、ある問題を出しましょう。『7236』……これが、何の数字かおわかりになりますか?翔」

 

「え、な、なんだろう……スクールアイドルに関することだとな?観客数とか……」

 

「それはズバリ!ヨハネのリトルデーモンのかz……」

 

「絶対違うずら」

 

「ツッコミはやっ!?」

 

 

……善子のボケは置いといて、このクイズは全く分からない。だからとりあえず今日の会場の人数とか言ってみたけど、キャパは5000だったはずだから、間違いだと思う。

 

それに、配信を見ていた人数を加えた数というのなら、このくらいで収まるわけがない。Aqoursが数日で5万再生とかいってるくらいだから、こう言うイベントはもっともっと見られていたはずだ。

 

だとすれば、客の方じゃなく————……

 

 

 

「……去年、最終的にラブライブにエントリーした、スクールアイドルグループの数ですわ。これは、第一回大会から数えて、既に十倍以上に膨れ上がった数字です」

 

 

 

……衝撃を受けるのは、この激動の数日間で、いったい何度目になるだろう。だけど、その終わり頃になって、またとっておきの情報をもらってしまった。綺麗な右ストレートだ。

 

『ラブライブは遊びじゃない』

 

あの言葉の意味を、ダイヤからこんな形で知らされることになるなんて……想像もしてなかった。

 

 

 

 

 




シリアスな回が続いてますが、次回、急展開。


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