60話は、聖良視点から振り返りつつ……
「困りましたね……やはり通じません」
……あの時の私は、理亞と完全にはぐれてしまっていました。
せっかく東京でのライブイベントに呼ばれて、ラブライブへの大きな足掛かりにしようと、2人で函館から飛び出してきたというのに。
あの娘ったら、早く買い替えなさいと言っていた古い携帯を、私との思い出の品だからと使い続けて……こんな時に不調だなんて。
(無理にでも買い替えさせるべきでしたね、両親にも、もっと強く言っておけば……)
私とラブライブで優勝するまで買い換えない……と言って5年。願掛けとはいえ、かなり悪くなっていたというのに。理亞も頑固なのですから。まったく誰に似たのでしょうね……。
(とにかく、こうしていても始まりませんね。この人混みも終わる気配を見せませんし。あまり大きな話にしたくはないですが、警察に届けることも視野に———……)
そう考えて、ちょうどこの橋の下にある交番に行こうとした時。声をかけられたのです。あの人に。
「あの……大丈夫ですか? 困ってることがあったら、力になりますけど」
この見ず知らずの人しかいない街で……私の力になってくれようという人が、突然現れました。最も、その人もまた、外から来た人だったのですが……。
(不審者というには、私と同じくらいのようですし。何より、悪い人には見えませんでしたね)
とにかく、彼の尽力もあって、私は理亞の居場所に見当をつけることが出来ました。大事なライブ前に、警察沙汰になるような事は避けられたのです。
(この人には、本当に感謝しなければいけませんね。せめて、何かしてあげられることはないでs……あれ?)
ええ……それはもう、呆気に取られましたとも。なんと人をこんなにも助けておいて、御礼もロクに聞かず、あっさりと立ち去ろうとしたんですよ?彼は。
ある意味、そういう男の人だからこそ、見ず知らずの私のことも助けたのでしょうけれど。ですが、私の方は……
(なんだか、納得がいきませんね……)
変な話なのはわかっていますが、無性に負けた気がしました。
勝ち逃げ、というのでしょうか? とにかく私のちっぽけなプライドが邪魔したのです。この私を助けておいて、名前も言わない御礼も言わせないなんて、カッコつけてて……ズルくないですか?私はズルイと思います!
……それに、もう一つ理由がありました。彼の背中です。
その背中には、自分から声をかけて人を助けたというのに、どこか悲しい雰囲気を纏っている気がしたんです。……当然、違和感を感じました。普通なら喜ぶところなのに。
それで、勝手に想像してしまったんです。つい先ほど彼には、なにか悲しいことがあって……その罪滅ぼしのような感情で、私を助けたのでしょうか、なんていう風に。
(こんな人に一方的に助けてもらっておいて、このまま……というわけには行きませんよね)
私は、この人のそんな悲しみを吹き飛ばしたいと、それが恩返しだと思うようになったわけです。
「……ちょっと待ってください。どこにいくんですか?」ガシッ
「え?」
「まさか、ここまでお世話になっておいて御礼もなしにお返しするわけには行きません!」
前置きが長くなりましたが……端的に言うと、私はなにがなんでも彼を放っておけなくなったのです。このまま行かせるなど、女が廃るというもの。意地でも御礼をして、意地でも喜ばせてみせようじゃないですか。
Saint Snowの、鹿角聖良のプライドにかけて……。
「地図を見ながらとは言え、私一人では東京の地理にも明るくありませんし……ついてきてくれたら、お茶の一杯でも奢らせていただきますよ?」
「……それは、腕を掴んで笑顔で有無を言わさず引っ張りながら言うセリフではないんじゃないかな?」
「ふふ、そうかもしれませんね。ですが……私では不満ですか?旅先の、お茶の相手としては」
……むう、だからといって、お茶というのは少し大胆だったでしょうか?
私もこの分野には、あまり明るくはありません。スクールアイドル一筋で、あまり男性と恋愛などしたことはなかったので……普通、男性の方の誘い文句な気がしました。こういうのは。
まあ、それなら女性からの誘いは、猶更御礼になるでしょうし……大した問題ではないでしょう。
「そういえば、名前がまだでしたね……妹と函館から来ました。私は鹿角聖良……ご覧の通りの女です」
「そうでしょうけど……」
……ステージに立つのとは違う緊張が、少しだけあって。ちょっぴり変な自己紹介になってしまいましたね、今思うと。
ですが、最初にも少し感じていたように……変なのはむしろ、彼。『翔』の方でした。
「……翔さんは、スクールアイドルがお好きなんですか?」
「うん、人気だしさ。……そう言う資格があるのかは、よくわかんないけどね」
「? 確かに女性に大人気ですけど、男の人のファンだっていっぱいいますよ。資格だなんて、恥ずかしがらなくても良いと思います」
「そう、なんだろうけど。ごめん、色々思うところがあってさ、スクールアイドルに」
理亞を迎えに行く道中、話していて分かったのですが、彼はどうも相当なお人よしのようです。私を助けたのも、一心に私のことが心配だったようで……やっぱり負けた気分ですね。これじゃ、私の予測を上回られたみたいじゃないですか。
そうしているうちに、私の中にある、彼を笑わせてあげたいと思うキモチが強くなっていました。だって、他人の笑顔とか、誰かの幸せを気にしてる本人が、スクールアイドルに関することで悩んでいるのですから……私の立場という点でも、個人的な恩があるという点でも、見過ごせるわけがないでしょう?
「私には、翔さんがスクールアイドルの何に悩んでいるのかはわかりませんし、いきなり聞く事はしませんけど……そんな悩みを吹き飛ばして、『笑顔』にしてくれるのが、スクールアイドルじゃないですか?」
……そう思って、言ったセリフだったのですけれど。笑顔にさせられてしまったのはまた、私の方でした。この人には不思議と、負けっぱなしなようです。ですが……悪い気はしません。
「———……もしかして鹿角さんこそ、スクールアイドルが好きなの?」
「へぇ……どうして、そう思うんです?」
「え。だって、スクールアイドルの話題になってからの聖良さん、すごくいい笑顔してたから……」
笑顔の、その深いところの『中身』。それは私にはない着眼点でした。
確かに、これまでも『私たちのライブを楽しんでくれてるか』とか、そういうお客さんの表情には注目していたつもりです。ですが、知り合って間もない私の、こんなに深いところまで見抜いてくるなんて……
……ますます、面白い人じゃないですか?
「さっき鹿角さんが言った通りでさ、スクールアイドルってみんなの笑顔にする力があると思うんだ。それで、聖良さんがそれを見て、心の底から嬉しそうにしたのが、なんとなく顔に出てた気がして……あ、なんか上手く言えなくてごめん!」
「そうですか……そんなに嬉しそうですか。ふふっ、そんなことを言われたの、始めてな気がしますね! うふふ……♪」
μ'sとA-RISEが生まれて、出会ったこの街……スクールアイドルの端くれとしては、何かに期待を持ってしまう場所でもあります。
でも、だからってこんな面白い出逢いがあるなんて、思ってもみませんでした。
(世の中には、こういう面白い男の人がいるのですね。それも、スクールアイドルに関わる形で……これは理亞と一緒に、色々と掘り起こしてみませんと)
からかい甲斐も、夢という共通の目標についても、不思議と惹かれてしまう相手。ちょうど色々とレベルアップに行き詰っていた時でしたから、あわよくば、ラブライブに向けて何か彼からヒントを貰えないかなとも思っていました。新しい発想って、外とのかかわりから来るものですからね。
しかし……彼の悩みとやさしさに触れるにつれ、違う感情も出てきたのです。彼の関わるスクールアイドルに対する違和感……というよりも、ちょっとした怒りのようなモヤモヤが。
(……一番近くで、こんなにも心配してくれる人がいるというのに。その人たちは一体、何をしているのでしょうか?)
もしかしたら、それは嫉妬にも似た感情だったのかもしれません。
私にはもちろん、理亞というかけがえのない存在が隣にいますが……彼のような人の存在もいてくれたらと、羨ましいなと感じたのでしょうね。それは単に異性だからということではなく、練習を手助けしてくれたり、ステージに立って歌って、踊った後に……その帰りを待ってくれている人。
上手く口では言えませんが……とにかく、スクールアイドルを名乗っていながら、一番身近にいる彼の事を悲しませているその人たちが、許せないような感情が芽生えてきたのです。
こんな扱いをするくらいなら、彼は私たちがもらってしまいたいのですが……。
(……もしもそのスクールアイドル達に会ってしまったら、一言でも言わないと気が済まないですね)
そう考えているうちに、神田明神で理亞を見つけて。そして、『Aqours』の皆さんと会ってしまって……
(まさか、あのランキング急上昇中のAqoursの人たちとは。そしておそらく、撮影者のSさんなる人は、翔さんのこと……)
……ラブライブに出るようなタイプのスクールアイドルではないにしても、人を感動させるライブをする、という点において、私も注目していました。Aqoursの皆さんには。静岡から来たスクールアイドル部という時点で、察するべきでしたね。
まあ、なんにしても……彼を目の前にして、また争うような雰囲気を見せた彼女たちに、私は心底からガッカリとしてしまったのですが。
(この反応から察するに、全員翔さんのことが好きなのでしょうね。その感情は自由なのでしょうが……)
……それで、その相手をこんなにも苦しめて、悲しませて。そんな人たちがあんないいライブをして、沢山の人を感動させたと?そういうライブをする裏で、一番支えてくれた相手を悩ませていると?
要するに……私はちょっと、キレてしまったというわけです。
「———あら、よく聞こえませんでしたか? ならわかりやすく言ってあげます。せっかく、皆さんのためにと心を砕いて、裏方で必死に頑張ってくれている人がいるのに……その人をこれだけ苦しめてしまっているなんて、『スクールアイドル失格』だということです」
……挑発のためとはいえ、彼の手をまた握ってしまったのは、やりすぎだったでしょうか?
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(————我ながらちょっと、大人げなかったですね)
いくらなんでも、あんな挑戦状をたたきつけるような真似……普段の私ならまず、しないでしょうに。
それだけ、あの翔という、たった一人の男の子に惹かれていたということでしょうか?そのために、あんなにも怒って、対抗心をむき出しにして……確かに、久々に出会ったすごく面白い人でしたけれど。連絡先くらい聞いておけばよかったと思ってるなんて、まるで恋する乙女ではないですか。
お茶の約束をしておいて、結局できなかったとか……
(なんにしても、そんな態度を取っておいて入賞を逃しているのですから、今後の態度は改めないといけませんね)
Aqoursの皆さんや翔さんが、これからどうしていくのか……全く気にならないわけではありません。ですが、私たちは私たちで、やらなければならないことがあるのです。こうして公園にやってきて、準備運動をしているのも、そのため。
……ラブライブで優勝するという、夢のためです。
「姉様……あれが、この前のライブで有名になったAqours? スクールアイドルとしてはまだしも、ラブライブじゃとても……わざわざ姉様が『アドバイス』してあげる必要はある相手?」
「いえ、人の出会いと別れと言うのは、バカにしたものではないと思います。彼も面白い男の人でしたし、そういう理亞も熱くなっていたように見えましたが……」
「あれは……悔しかっただけよ。それに、その男の人こそ、別に姉様が気にするほどの人なの?」
「さて? 私も3度会っただけですからね。約束通りお茶の一つでもすれば、色々とわかるのでしょうけどね」
ですがさすがに、函館と沼津では遠すぎるというモノで……我ながら、こういうコトが口から出てしまうあたり、未練がありますよね。怪訝な理亞の表情に、恥ずかしさを覚えます。
(いけませんね。彼の事は忘れて、練習に集中しませんと。東京でのライブを終えて、悔しさを踏み越えて……私たちは、もっともっと、上手くならないといけないんですから)
もっと強く、もっと高みへ登らないと、ラブライブで優勝なんて夢のまた夢。たくさんのライバルを偵察することができた。その経験を活かして、私たちが勝つんです。
(そして、μ'sやA-RISEと同じ景色を、この目で見たい。強い想いで夢に向かって頑張れば、それができるんだということを、証明したい……!)
準備運動の最中、手をグッと握って、決意を新たにします。この手できっと、夢を掴んでみたいと……
……そういえば、この手で最近、2回ほど同じ男性の手を握りましたね。つい先ほども理亞との話に出てきた、彼の……ダメですね本当に。
(ですが、私はなぜ、彼にこんなに興味を持っているのでしょう? いえ、きっと彼だけにではなく……)
彼女たちにライバル意識を持っている……私は、Aqoursの皆さんに興味を持っているのでしょうか?
確かに、例えラブライブでは通用するタイプではなくても、あのライブが内外の多くの人を感動させたのは事実です。もしかしたらそこに私は、μ'sのような『何か』を見ているのか……。
彼に限れば、助けてくれた恩義……いえ、私の本質をあっさり言い当てたことに対する、興味。大きな夢を語りながら、そこにはばたく翼を持たない人……名前に反して。そう、名前はショウといって、漢字で『翔』……あれ?『かける』、でしたか?正確には。
私は……彼のような人間が傍にいてくれれば、私たちもまだまだ上に行けると、そう感じているのでしょうね。それを持っているAqoursの皆さんを、脅威に感じている……。
それは、スクールアイドルと彼との、どちらかの影響力が大きい小さいというのではなく、少量でも莫大なエネルギーを生み出す化学反応のようなもの。お互いがお互いを伸ばしてく。今回のことがショックで、スクールアイドルをもし辞めなければ……きっとAqoursは物凄いグループになると感じている?
(……やっぱり、羨ましいですね)
私たちはひたすら高みに上るためにと、足掻くしかないというのに。ああいう不思議な魅力を持つ人と夢に向かえるというのは。
理亞と2人だけを寂しいと感じるわけではありませんけど、理亞の成長のためには、私以外にもっといろんな人と交流する必要がある気もしているのです。この娘は、私とラブライブしか見えていないところがありますから……。
「姉様……姉様?」
(そう、ちょうどあそこにいる人のように……誰かが必要なのです。私たちが入賞できなかったことにも、関係していたのかもしれません)
「姉様、なんだか向こうから男の人が近づいてくるけど。聞いてる?」
(新しい風というか、それを必要とするような、2人だけでは乗り越えられない壁があるのでしょうね。それが見えてくれば……)
「どうしちゃったの一体? そう言ってるうちに随分……あれ?アイツ、この前の……!?」
……? なんだか理亞が騒がしいですね。なにかあったのでしょうか?
「ど、どうして函館にいるのよ!?」
あんまり理亞が大きな声を出すので、考えごとをしていた頭は、一瞬で現実に引き戻されてしまいました。ですが、現実の目に映ったのは、そうとはとても信じられない人の姿で……
「俺を弟子にしてください!」
「……はい?」
翔、さん……?
目の前で土下座をして、突拍子もないことを頼み込むのは……まさに、先ほどまでずっと逢いたいと考えていたお相手で。函館にいるはずなんてないですし、その人が白昼堂々公園で私たちに土下座なんて、もっとあり得ない光景……。これって、やっぱり現実ではないのでは?この前負けたショックで、おかしくなってしまったのでしょうか?弟子って、なんの話ですか?
驚きのあまりもう、なにがなんだか……
まさかと思って、自分の頬を少しつねってしまいましたが、痛みがあります。これは現実です……よね?
「姉様、この人……バカなの?」
……理亞のこの冷たい反応、この光景は紛れもなく、現実のようです。
夢を追い求めて。
ここにももう1人、証明したい人間がいました。
※この作品は純愛物語です