ISDOO   作:負け狐

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というわけでVS簪嬢です。

戦闘描写は難しい……。


No09 「……違わない」

 空中で二つの影が激突する。一つは白、右手に持っているビームガンを牽制で放ちながら、距離を詰めようと肉薄する。一つは水色、背中に装備されている荷電粒子砲を腰にマウントし、突っ込んでくる白い影を吹き飛ばそうと引き金を引く。

 そのどちらの攻撃も、未だクリーンヒットは無く。

 

「……きっついな、おい」

「それは……こっちのセリフ、だよ」

 

 お互いにそう言って距離を取る。白い影、一夏の『白式・雷轟』はビームガンの銃口を前に向け。水色の影、簪の『打鉄弐式』の荷電粒子砲の銃口もまた、目前の相手に向けていた。

 先に動いたのは一夏。ブースターを吹かし、一直線に突っ込む。奇襲ではあったが、瞬時にそれに対応した簪は二門ある荷電粒子砲『春雷』を左右交互に放ちながら旋回するように回避を行った。通常ならばこれで相手を吹き飛ばしつつ距離を取れるであろう行動である。

 だが、しかし。彼女の目の前の相手は、国内戦無敗を打ち立てるだけの射撃力を持ったISパイロットを曲がりなりにも近距離戦の間合いに捉えることの出来た人物なのだ。普通や通常のセオリーでは、止めることなど出来はしない。

 

「……っ!」

「もらっ……えてねぇ!?」

 

 近接武装の距離へと近付いた一夏は、ビームガンからビームブレードに武装を変え、それを袈裟切りに振るう。相手は現在無手、腰にマウントされた射撃武装ではこの斬撃を止められない。そう確信していたはずのそれは、いつの間にか彼女の手に握られている近接武装によって受け止められていた。

 一夏のビームブレードと簪のIS用薙刀の刃がぶつかり、甲高い音を立てる。暫くその音が響き続けていたが、一夏が簪を強引に蹴り飛ばすことで距離を取った。よしんば追撃出来れば、と彼は考えていたようであったが、彼女はすぐさま体勢を立て直す。加えて言うならば、吹き飛んでいる間も視線は一夏へと向いていた。追撃の隙などありはしない。

 

「予想以上だな」

「それは……褒めている、の?」

「あったり前だろ。めちゃくちゃ強い」

「そう。……ありがとう」

「それはこっちのセリフだよ。なんせ、今すげぇ楽しいからな!」

 

 笑いながら一夏はもう一度簪へと突っ込んでいった。それを迎撃する為、IS用薙刀『夢現』を右手に、左手は腰にマウントした『春雷』を構えて同じように前へとスラスターを吹かす。再び双方の近接武装がぶつかり合う音が響いた。

 試合開始から、そろそろ五分が経過しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 一年一組観客席。そこには一人孤軍奮闘の応援を行う一人の女生徒がいた。

 

「いけ~! かんちゃん、おりむーなんかぶっとばせ~!」

 

 言わずもがな、布仏本音嬢である。普通ならば文句の一つでも言われるような光景であるのだが、既にクラスの全員が周知であることと彼女の人柄の相乗効果で、周りの生徒達は苦笑しながらも微笑ましくその姿を眺めていた。

 そんな彼女に対抗するように声を挙げるのは、二組からの乱入者を合わせた三人である。

 

「行けー! 一夏、そこだー!」

「一夏さん! そこですわ!」

「やったれ一夏ぁー!」

 

 箒、セシリア、鈴音は観客席から乗り出さんばかりの勢いで声を張り上げる。他の生徒達も応援をしているのだが、この三人の迫力には太刀打ち出来ていないようであった。

 対戦中のそんな二人、一夏と簪の何度目かの激突に一喜一憂していた一行であったが、鈴音がふと思い付いたように声を挙げた。見ていて気になるんだけど、と述べた。

 

「アイツも真っ直ぐ突っ込んでぶっ飛ばすタイプだと思うんだけど、何であんなに攻撃当たってないわけ?」

 

 彼女の言葉通り、一夏のダメージは細かいものはあっても致命的なものは一つも無い。状態としては彼と対峙している簪嬢も同じなのではあるが、彼女とはその意味合いが違う。彼女は今までの経験と知識で状況を判断し、被弾を極力減らしている。

 だが、一夏は明らかに状況判断で被弾を減らしているようには見えなかった。

 

「一夏さんが被弾しない理由、ですか」

 

 その話を振られて、セシリアも顎に手を当て暫し思案する。思い当たるのは自身が彼と戦った時の会話。『クイックドロウ』を躱された時に彼が言った言葉である。

 

「――ただの勘、ではないでしょうか」

「は? いや確かにそれは一夏がよく言うセリフだけどさ、でもまさかそんな」

 

 言いながら鈴音は視線を戦っている一夏から一緒に応援している一人の女生徒へと移した。二人の会話も最初に彼女が呟いた疑問も聞いていたので、その視線を受けた箒は特に首を傾げることなく頷いた。首を縦に振った。

 

「一夏の最大の武器は、『白式』に備え付けられえている高速換装機構『金烏』やそれぞれのパッケージの武装でもない。あいつ自身が持っている勘だ」

 

 まだ半人前な一夏が唯一世界最強から手放しで認められているもの、それが彼の持つ野生の勘であった。ISでの戦闘は言うに及ばず、日常生活においてもその勘の鋭さは非常に強力な武器へとなり得る。

 

「まあ、正直ああいう状態じゃないと殆ど発揮されない宝の持ち腐れの能力だがな。日常で発揮された時は私の知る限り一回しかない」

「残念な人ですわね……」

「通りで普段の生活で一緒だったはずのあたしが知らないわけだわ……」

 

 溜息を吐きながら二人は再び視線を戦闘している一夏に移す。お互いに膠着状態に陥っているのを打破しようと、距離を取って緊張を高めていた。お互い被弾が少ない、と言ってしまえばそれまでのこの状態は、重大な一文が抜けているのだ。

 そのどちらも、まだ隠し玉を持っている。

 

「そろそろ動くぞ、お互いに」

 

 箒のその言葉に、一年一組の生徒プラス一人は、二人の戦いに意識を集中させた。

 

 

 

 

 

 

 先に動いたのは、一夏。広げた距離を『瞬時加速』で一気に詰める。まだ奥の手を出すかどうか迷っていた簪の目前に迫ると、その勢いのまま彼女の腕を掴んだ。そのまま一気にアリーナの端まで押し付けると、身動きの取れなくなったその胴へとブレードを突き立てる。

 

「させ……ないっ!」

 

 その寸前に、腰にマウントしていたはずの『春雷』が一夏と簪の間へと滑り込む。強引に銃口を向けたそれは、しかし完全に攻撃モーションへと入っていた彼では迎撃は不可能に見えた。ブレードを突き立てるのが先か、荷電粒子砲が貫くのが先か。

 閃光、そして爆音。思わず観客が目を瞑ってしまうほどのそれは、勿論当事者の二人にとってもかなりの衝撃であり。

 射撃の勢いを利用してアリーナの端から対比した簪は、視線を逸らすことなく対戦相手がいるであろう煙の中を睨んでいる。手応えはあったが、しかし命中しているようには感じられない。矛盾したその感覚を信じて、彼女は彼の次の手を注意深く観察していた。

 

「っ!?」

 

 刹那、煙の向こうから一筋の光が彼女を貫かんと飛来してきた。通常のビームと比べると明らかに巨大なそれは、直撃してしまえば大ダメージは免れない。慌てて回避すると共に、彼女は晴れた煙から見えるそのシルエットを確認した。

 

「ちっ、外したか」

 

 前面を覆う装甲に巨大なビームキャノン。いつの間にか換装をしていた『白式・真雪』がそこにいた。巨大な銃口は簪に向けられており、彼女の一挙一動も見逃すまいと一夏は真っ直ぐ見詰めている。

 その姿を確認したのと『春雷』を放つのが同時。しかし、彼は避けることもせずに両手で構えたビームキャノンの引き金を引いた。

 

「ぶっ飛ばせ! 『雪羅』ぁ!」

 

 彼女の射撃は回避行動を取らない一夏に確かに命中した。だが、『白式・真雪』の前面装甲を貫くのには足りなかった。微動だにしない一夏が放った射撃は、そのままカウンターとなって簪へと飛来する。

 しかし、その射線上に彼女の姿は既に無かった。まるでそんなことは分かり切っていると言わんばかりに、彼女はその射撃を回避してみせたのだ。

 

「なっ!?」

 

 命中したと思った一夏はその光景に思わず動きを止めてしまう。その隙を逃さず、簪は素早く肉薄し、『夢現』を振るった。射撃特化の形態を取っている以上、先程までのように近接戦闘を容易に行える状態ではない。別の形態に換装すれば対応出来るとはいえ、その暇を与えないように行動した彼女の手際であった。結果として一夏は背後を取られ、装甲で覆われていない部分にダメージを受けてしまう。苦し紛れにミサイルポッドを放ったが、左右に回避行動を取ることで簡単に躱されてしまった。

 そのままもう一撃を加えんと『夢現』を振り被ろうとした彼女だったが、一夏が『真雪』から『飛泉』に換装したのを見て距離を取る。近接武装を仕舞い、射撃武装を取り出した。

 

「……何か、対策取られてるっぽい?」

 

 『飛泉』のIS用大刀を構えながら、一夏はそんなことを呟いた。対する簪は、その言葉にコクリと首を縦に振る。

 

「映像データで……一度、見た……から」

「確認したからもう通じないってか。どんだけだよちくしょう」

 

 ぼやきつつ、肩に装備されたブーメランを放った。それを最小限の動きで躱した彼女に向かい、一直線に突っ込む。背後からは戻ってきたブーメラン、前からは刀を構える一夏。相手の虚を突いていれば回避は困難であろうその攻撃だが、しかし。

 

「それも、知ってる」

 

 空中制御を切り、重力に引かれるまま落下する。その体勢のまま『春雷』を構え、戻ってきたブーメランを掴んだ一夏へ向かい引き金を引いた。真下からの攻撃、虚を突いた攻撃の躱された挙句に逆に虚を突かれる形になった彼は、持っていた刀を盾代わりにして強引に直撃を防いだ。しかしそれでもある程度のダメージは受け、そして衝撃により吹き飛ばされる。

 体勢を立て直した一夏は再び『白式・雷轟』へと装備を戻し、対峙する彼女を少し息の上がった顔で見た。再び自身と同じ位置へと浮かび上がっている彼女を見た。

 

「こりゃ、まずいな。八方塞だ」

 

 左手にビームガン、右手にビームブレードを構えた一夏はそう呟く。恐らくこの状態で対セシリアと同じように突進したとしても全て躱されるのが関の山であろう。以前使った奇襲は全て知られていると考えて行動しなければならない。それが一夏の中で焦りを生んでいた。

 何せ、彼は普段考えるよりも先に体が動いてしまうタイプなのだから。

 

「……まあ、とりあえず。あの澄ました顔をどうにかしてびっくりさせるのが先だな」

 

 ニヤリ、と。どう見ても悪役のような笑みを浮かべると、一夏は左手の銃口を真上に向けた。思わず観客はその方向に何かあるのかと見上げるが、そこには当然何もない。

 そのタイミングで、一夏は右手のビームブレードを放り投げていた。一直線に簪へと向かって飛来するブレードだが、生憎視線を誘導されていなかった彼女には奇襲足り得なかった。少し体をずらすだけで回避すると、そのままお返しとばかりに『春雷』を放つ。

 それをスラスターを吹かし避けた一夏は、左手のビームガンを連射した。今までの牽制合戦と同じ光景であったそれは、当然彼女に当たるはずもなく。最小限の機動で躱すと、動きの止まっている彼に向かって攻撃を加える。

 

「……きゃっ!?」

 

 その行動を取ろうとした直後、彼女は背後からの攻撃を受け体勢を崩した。コンソールではビームの連射に被弾したことを伝えてくるが、しかし対戦相手は目の前にいる。一体どういうことだとハイパーセンサーを使い射撃の飛んできた方向を確認すると、そこには一本のビームブレードが浮遊していた。刀身のビーム部分は消え去り柄だけになっているそれは、先程一夏が投げたものに相違ない。どうやら、ビームブレードにビームガンの射撃を当てることで反射させたらしい。彼らしい、通常では考え付かない奇策であった。

 その確認が彼女に隙を生んだ。いつの間にか『飛泉』に換装していた一夏は、簪の目前で刀を振り上げている。さっきのお返しだ、そんな言葉が彼から発せられた。

 咄嗟に左に避けた。『夢現』も呼び出し、出来るだけダメージを最小限に抑える。しかしそれでも、小さくない傷が彼女の右半身に刻まれた。

 

「はっはー。やーっと、焦った顔をしてくれたな」

「……趣味、悪い」

「あ、はい、ごめんなさい」

 

 思わず謝った一夏を眺めながら、彼女は『打鉄弐式』の状態を確認する。傷はそこそこの深さであるが、戦闘続行に支障はない。彼女の切り札に傷一つないのも幸いであった。

 もう一度しっかりと目の前の少年を見る。対策を講じてきたつもりであったが、やはり一筋縄ではいかないようである。そのことを認識した彼女は、ゆっくりと背部に設置してあるそれのセーフティを解除した。

 彼女の雰囲気が変わったのを察した一夏もまた、『飛泉』を『雷轟』に戻し、ビームガンと先程の激突で回収したブレードを構えながら様子を窺っている。二人の間に漂う空気が張り詰めていくのが、傍から見ている観客にも分かった。

 

「全力で……いく、よ」

「望むところだ」

 

 その声と同時に、一夏のコンソールにロックオン警告が発せられる。目の前の簪は武器を構えていないにも拘らず、である。そしてその警告は、一つや二つではなかった。

 

「右手、左手、右脚、左脚、頭部、胸部」

 

 簪のその言葉と共に増えたその警告は、計六箇所。そして、彼女のウィングスラスターが折りたたまれ、装甲がスライドする。見えたのは、銃口。彼女の言葉通り、六個の銃口が全て一夏へと向いていた。

 

「『マルチロックオンシステム』……起動。この、攻撃から……逃れられる?」

 

 銃口から見えるのは、巨大なミサイル。それが全て、一夏に向かって放たれる。これこそが彼女の切り札、マルチロックオンシステムによる高性能誘導ミサイル。

 その名も――

 

「……穿て! 『山嵐』!」

 

 

 

 

「洒落になってねぇぞこれはぁぁぁぁ!」

 

 六つのミサイルが一夏を誘導する。それだけならばまだ躱す余裕は持ち合わせていたが、その一つ一つが分解し八つの小型誘導ミサイルへと変化した時、彼は余裕を完全に失った。計四十八のミサイルが全て誘導し自身に向かってくるのである。

 上手くミサイル同士を激突させようとしても、ロックオンシステムに加えて彼女自身の操作も加えているらしく、多数のミサイルが全てぶつかり合うことなく彼へと向かう。反撃どころか回避もままならない。目の前に広がる弾幕の前に成す術もなかった。

 

「……っ!?」

 

 だが、彼女もまた同様に焦りを生んでいた。逃げ道など全て塞いでいるはずのその弾幕を、彼が撃墜されることなく逃げ回り続けられているのだ。システムと彼女の反応、その二つをもってしても僅かにある隙間、通常では感じ取れないその隙間を縫って一夏は回避を続けていた。

 勿論、考えての行動などではない。何となくこの辺に逃げれば大丈夫じゃないか、などという思考で動いているに過ぎない。本能で、勘で動いているからこそ、彼は被弾していないと言えるだろう。

 そしてそんなことを知らない簪は、その回避を見て焦りが募っていく。相手は逃げ回っているだけなのに、嫌な予感が増していく。

 

「ちぃ!」

 

 舌打ちしながら一夏は尚も躱す。本人からしてみれば当たるのは時間の問題の極限状態である。そんな状態で相手の表情など見ていられる余裕は無い。

 無い、が。それでも彼の勘の賜物と言うべきか、回避をしながら簪の方へと一夏は突っ込んだ。傍から見ていればただの神風特攻であり、当然観客も駄目元でぶつかりにいったようにしか思っていないだろう。事実、箒と千冬もそう思った。一夏本人ですらそう思っていた。

 唯一人そう思っていなかったのは、突っ込んでこられた張本人。

 

「え!? まさっ……!」

 

 これだけのミサイルを回避視して見せた相手が、自分へと向かってくる。それはつまり、攻略法を見付けたのだということ。そう、彼女は誤解してしまった。ただ単純に突っ込んできているだけのこの行動には、何かの意味がある。そう邪推してしまったのだ。

 彼女は冷静を装っているが、実際は小心者で心配性である。だから対戦の際は相手の予習は欠かさないし、何パターンも相手の行動予測を組み立てておく。情報がない場合でも、戦闘開始前の機体や人物から当てはまるパターンを構築し、出来る限り予想と外れないように戦う。それが彼女のスタイルだった。

 だから、本能と勘で戦う一夏のような人間は、彼女のそのスタイルを崩してしまう相手であり。

 

「何だか知らんが今がチャンス!」

「え!? え、あ、う!?」

 

 パニックで思わず動きを止めてしまっていた。ミサイルはロックオンシステムで一夏を誘導し続けているものの、彼女からの操作が途絶えた為に精度が落ちた。その隙を狙い、一夏は眼前に佇む簪に向かってブレードを振るう。

 当たった。彼も、そして受ける側の彼女もそう思っていた。やっぱり自分は駄目だ、結局こんな無様な姿を晒してしまった。そんなことが頭に浮かび、思わず彼女は目を閉じた。

 

「かんちゃん!」

 

 親友の声が耳に届いた。ごめんね本音、私、駄目な人だったよ。そんなことを思わず呟く。ごめんね、ごめんね、と心の中で反芻した。

 一瞬がとてつもなく長く感じるような、そんな時間で、彼女はどれだけ謝ったのだろう。数えてなどいない、数え切れないほど謝ったその時、声が聞こえた。

 

「――簪ちゃん!」

 

 目を開いた。声の主を探そうと、瞑っていたその瞳を開いた。

 そこに映ったのは、今にも頭部をかち割ろうとする一本のブレード。ゆっくりと迫ってくるようなその感覚の中、彼女は『夢現』を無意識の内に取り出してそこに合わせた。必中だと思っていたそれを防がれた一夏は驚愕に目を見開き、そして逆にそこに隙を見出した簪は『夢現』を振るう。

 体勢を崩された一夏は後ろに吹っ飛び、そしてそこに『山嵐』のミサイルが降り注いだ。着弾と同時に爆音が響き、彼は盛大な爆発に包まれる。

 そんな彼を余所に、彼女は視線を辺りに彷徨わせた。先程の声は彼女にとって馴染み深い、それでいて聞きたくないはずの声であった。ここにいるはずもない人物の声であった。

 対象の人物を視界に捉えた彼女は、思わず間抜けな声を出した。本来教師が立っているはずの審判席、そこに一人の女生徒が立っていたのだ。リボンの色は二年生、簪嬢とよく似た顔立ちをしたその少女は、苦笑している周囲の教師を余所に声を張り上げていた。

 

「いいぞ簪ちゃぁぁぁぁん! さっすが私の自慢の妹!」

「……何、やってるの……お姉ちゃん」

 

 生徒会長更識楯無。生徒の頂点に立つ人物とは思えないぶっ飛んだ行動を起こしているその姿を見た簪は、呆れたように呟き。

 そして、ありがとう、と微笑んだ。

 視線を審判席から再び爆煙に包まれている対戦相手へと移す。試合終了の合図は出ていない。ということは、あの煙の向こうではまだ彼は健在だということだ。そう判断した簪は、油断なく武器を構えた。

 

「……うへぇ」

 

 煙が晴れたそこに見える姿は、『白式・真雪』。しかし、自慢の前面装甲はボロボロになっており、どうやらこれ以上この試合で『真雪』を使用するのは不可能であろう、そう思える姿であった。事実、一夏は『真雪』を『飛泉』に換装、肩で息をしながら太刀を肩に担ぐように構えた。

 

「なあ、更識さん」

「……何?」

 

 戦闘を再開する前に、と彼はある場所を指差す。審判席で声を張り上げていた生徒会長が、彼も以前見たことのあるお下げの三年生に引っ張られていく光景がそこにあった。

 

「あの人、知り合い?」

「うん……あんなのだけど、私の……自慢の、お姉ちゃん」

「そっか……そうかそうか」

 

 その言葉を聞いた一夏は楽しそうに笑った。お互いこれは大変だな、そう言って続けた。

 何せ、俺にも自慢の姉がいるからな、と。

 

「んじゃ、とりあえず。千冬姉に恥じないように行きますかね、俺も」

「こっちこそ……。お姉ちゃんに、恥を……掻かせないんだから」

 

 一夏は太刀を、簪は『夢現』を。お互いに構えて、そして一気にスラスターを吹かした。

 

 

 

 

 アリーナの上空で二つの影がぶつかる。だが、簪の『打鉄弐式』と比べると、一夏の『白式・飛泉』のダメージは相当のものであった。これ以上の被弾を許さない状態なのは間違いなく、そういう意味でも彼がその形態を選んでいるのはもっともだと言えた。

 『飛泉』は近接格闘用パッケージだが、同時に『白式』の中で最も防御力が低い。やられる前にやる、をコンセプトにしている為に彼はあまり長時間使わないのだが、今回ばかりは別だ。どうせどの形態でも当たったらお仕舞いならば、攻撃特化してしまえばいい。つまりはそういうことである。

 そして何より、普段彼があまり使わないということは、向こうに情報があまり無いということでもある。

 

「こなくそぉ!」

 

 ブーメランを投げる。目の前で投げられたにも拘らずそれを躱した簪は、返しの刃が来る前に止めを刺さんと『夢現』を突き出す。

 太刀で真っ向からそれを受け止めた一夏は、そのまま逃がすまいと彼女を拘束にかかった。無論、ここで拘束されていては背後から飛来してくるブーメランに当たる。そのことが分かっているからこそ、簪は引き剥がす為に『春雷』を構えた。

 ならば、と一夏は後ろへ吹き飛ばす。体を咄嗟に捻ることでブーメランの射線上から外れた彼女は、再び『山嵐』を起動させようとウィングスラスターを変形させた。

 

「させるかよ!」

 

 『瞬時加速』。戻ってくるブーメランを掴み、そのままその刃を『山嵐』のポッドへと突き立てた。マルチロックオンシステムがエラーを吐き、放たれたミサイルは彼に誘導することなく一直線に飛んでいった。

 そのことを確認した簪は表情を曇らせる。だが、先程までと違い動揺することなく武装を構えた。

 これで条件は五分五分だ。そう叫んだ一夏に向かって、『山嵐』を手持ちの武装に変形させて発射する。バズーカタイプになったそれは誘導こそしないものの、一発のミサイルが八発の小型ミサイルに分割される能力はそのままで。

 拡散したミサイルを全力でスラスターを吹かせた躱した一夏は、だったらこっちも奥の手だ、ともう一度ブーメランを投げた。

 

「……そんな、単純な攻撃じゃ」

「分かってるさ」

 

 だからこれを使うんだよ。そう言って彼は腰にマウントされていた装甲版を前に向けた。左側の装甲が開き、そこから勢い良く鎖が発射される。先端はアンカーになっており、相手を捕まえる用途であることが見受けられた。

 ガシャリ、と『打鉄弐式』の右脚にアンカーが絡まる。それと同時に一夏は思い切り鎖を引っ張った。チェーンアンカーの引き寄せる力と彼の引っ張る力の相乗効果で、身動きの取れない簪は一気に彼の元へと引き寄せられていく。

 太刀を構えていた一夏は、こちらへと突っ込むように引き寄せられた彼女の胴に向かって思い切り刃を振り抜いた。決まれば『絶対防御』は免れない、そんな一撃である。

 

「くっ……!」

 

 それでも、彼女は受け止めた。衝撃で真っ二つになった『夢現』の柄の部分を振り抜いた体勢の一夏へと放り投げ、そして残った刃を振り下ろす。あの体勢ではこの一撃は避けられない。カウンターからのカウンター。今度こそ決まったと彼女は確信をし。

 

「えっ……!?」

「奥の手って言ったろ」

 

 振り抜いた太刀を持っていたのとは逆の手、左手にもう一本の太刀を構えた一夏によって防がれた。右手と左手、その両方に太刀を構えたその姿が、彼の言う『奥の手』だったらしい。ニヤリと笑うと『夢現』の刃を押し戻す。

 

「『飛泉』の武装は二刀流だ。箒の真似っぽいからあんまり使いたくないけどな」

 

 そう言って追撃の斬撃を加えんと一夏は両手の刃を振り上げた。

 押し戻された彼女の右手では迎撃が間に合わない。だが、残っている左手はまだ自由が利く。『山嵐』のバズーカを取り出すと、多少の自身の被弾も覚悟して引き金を引く。

 その直前、バズーカに何かが突き刺さった。衝撃で思わず銃口が逸れ、ミサイルはあさっての方向へと飛んでいく。

 一体何が、とそこに視線を向けた。向けてしまった。目の前に刀を振り被っている相手がいるにも拘らず、意識を違う場所に向けてしまった。

 

「し、まっ……」

「これで、終わりだぁぁぁぁ!」

 

 十文字に切り裂かれた『打鉄弐式』は『絶対防御』が発動。敗北判定値に至った彼女は、そのままゆっくりと落下していくのだった。

 その手に持ったバズーカには、一夏が最後の激突時に投げたブーメランが突き刺さっていた。

 

 

 

 

 

 

 アリーナの廊下を簪はトボトボと歩く。負けた、負けてしまった。そのことを考えるたびに、彼女の気持ちは沈んでいった。

 結局自分は姉のようにはなれなかった。最後の最後であんな醜態を晒してしまった。そんな言葉がグルグルと彼女の頭を回り続ける。

 

「よっ」

「っ!?」

 

 だから、背後から人が近付いていることに気付かなかった。思わず飛び上がるようなリアクションをしてしまった彼女は、恐る恐る後ろを振り返る。

 そこには、何ともバツの悪そうな顔をした一夏がいた。

 

「ごめん。驚かすつもりはなかったんだけど」

「あ、ううん。……大丈夫。ちょっと、考え事……してただけ、だから」

 

 気にしないで、と彼女は言うが、それでも彼は納得しないのか、お詫びにジュースを奢るよと自販機を指差した。ここで断るのも違う気がしたので、彼女は素直に頷く。

 近くのベンチでお互いにジュースを飲みながら、何とはなしに天井を見上げた。

 

「さっきの試合さ」

「……何?」

 

 自分が落ち込んでいた原因であるそれを、彼は唐突に蒸し返した。一体何を言うつもりなのだろうと簪は身構える。姉と比べて、一体どれくらい弱いのか。そんな話でもするつもりだろうか。思わずそんなことを考えた。

 

「楽しかったよ」

「え?」

 

 思わず彼の顔を見た。そこに浮かんでいるのは、子供のような笑顔。悪意の欠片もない、純粋な顔であった。

 

「更識さん強いよなぁ。最後のあれ、俺もイッパイイッパイだったし」

 

 ジュースを飲みながら一夏は続ける。簪の行動の一つ一つを褒めながら、自分自身も褒めながら。楽しそうに、試合を語る。

 そんな彼が不思議で、思わず彼女は尋ねてしまった。どうして、と。

 

「へ? どうしてって、それこそ何で?」

「だって、私……お姉ちゃんと比べて、全然弱いし」

 

 姉はあんなに強いのに、妹は彼女の足元にも及ばない。それが周りの人間の彼女に対する評価。少なくとも彼女自身はそう思っていた。変えようと努力はしているつもりだったが、結局それは実を結んでいない。そう思い込んでいた。だからこそ、彼の自身に対する評価が不思議だったのだ。

 

「いや、そんなこと言ったら俺どうなるんだよ」

 

 世界最強のIS操縦者の弟だぞ。そう言って彼は笑う。勝てる勝てないのレベルにまだ至ってないし。そう続けながらジュースの残りを勢い良く飲み干した。

 

「でもさ」

 

 空き缶をゴミ箱に投げ入れながら、一夏は簪に視線を向ける。真っ直ぐに、真剣な表情で彼女を見詰める。

 

「いつかきっと、追い付いてみせる。誰が何と言おうと、俺はそう決めてる」

「あ……」

「更識さんは、違うのか?」

「……違わない。うん、私も……そう、思ってる」

 

 同じなのだ。目の前の彼も、自分と同じ。偉大な姉を持つ者として、それに追い付こうと進んでいる。

 でも、と彼女は思う。彼はそれが実を結んでいる、でも自分は。そう考えてしまった。

 

「だよなぁ。そうじゃなきゃあれだけ強くなれないよな」

「え?」

「ん? だから、更識さんが強いのは、それだけ頑張ってるからだよな、って」

 

 目を瞬いた。そして、思わず視線を逸らした。

 今までそんなことを真っ直ぐに言われたことなど彼女は無い。正確には、幼馴染を含めた身内以外に言われたことがない。だから、本当の評価は違うと思っていた。けれども、目の前のこの少年は、自分と全力でぶつかり合ったこの少年は、自分を認める評価をしてくれた。決してお世辞ではなく、本心から言ってくれた。

 顔が火照っているのが分かった。口元が自然に上がっていくのが分かった。嬉しさで胸が一杯になっているのが、分かった。

 

「どうしたんだ?」

「な、なんでも、ない!」

 

 急に顔を逸らした簪を不思議に思ったのか、一夏は彼女の顔を覗き込もうとしたが、強い口調でそう言われたので引き下がる。まあ、何でもないならいいんだけど。頬を掻きながら、そんなことを呟いた。

 

「じゃ、じゃあ私は……そろそろ、行くね」

「あ、ああ。また今度な」

「……うん。また、今度」

 

 火照った顔を隠すように、彼女は一夏に挨拶をするとその場から立ち去った。どの道そろそろ自分のクラスに戻らなくてはいけない時間なので、問題ない。そう自分に言い聞かせて、不自然じゃないだろうと思い込んだ。

 

「織斑、一夏……」

 

 走りながら、名前を呟く。彼女の顔の火照りは、当分取れそうに無かった。

 




ようやく原作一巻の終わりに近付いてきた、のかな……?

既に原作からレール三本くらい離れている気もしますが。

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