ISDOO   作:負け狐

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大分間が開いてしまいましたが、クラス対抗戦クライマックス、始まります。


No10 「お手並み拝見といこうかな」

 ありがとうございます、と少女は目の前の女性に頭を下げた。渡されたそれ、ISの待機形態となっている四角い板をしっかりと握り締め、彼女は踵を返す。これで無様に負けなくて済む。クラスの皆に恥を掻かせなくて済む。そんなことを思いながら、少女は駆けた。自身の目的地、クラス対抗戦の代表控え室へと。

 そんな少女の背中を見ていた女性は、その姿が見えなくなるとボリボリと頭を掻いた。単純な餓鬼だ、などと凡そ女性らしくない口調の呟きが漏れる。

 そんな彼女に声を掛ける人影が一つ。慌てて彼女は表情を取り繕い穏やかな口調で返事をしながら振り向いたが、しかしその人影が誰であったのかを認識すると表情を歪めた。何だテメェかよ、とやはり女性らしくない口調で目の前の人物に声を掛ける。

 少年らしい服装をしてはいるが、その顔立ちは少女であるように思える。そんな中性的な雰囲気を纏っているその人物は、彼女の言葉に苦笑しながら成果を尋ねた。例の物は渡せたの、と。

 

「倉持技研の最新型の試作機だっつったら、あっさりと受け取ったぜ。おつむが単純だな、平和ボケした餓鬼ってのは」

 

 そう言って笑う女性に向かい、駄目だよそんなことを言っては、と目の前の人物は諌めるように返した。だが、女性はその言葉を聞いても馬鹿にするように鼻を鳴らすのみである。

 

「餓鬼は餓鬼だろ。テメェだってそうだ。デュノアの妾の子だからって理由でこうやってある程度の地位に就いてはいるが、結局ケツの青いヒヨッコだ」

「そのヒヨッコに補佐をされているのはどの誰なんだろうね?」

「それもデュノアのごり押しだろうが。スコールも何で許可を出したんだか」

 

 吐き捨てるようにそう言うと、女性は目の前の相手に背を向けた。もうこれ以上話す気は無い。行動がこれ以上無いほどそう述べていた。それは向こうも分かっているのか、表情を変えることなくその行動に文句を言うこともない。

 そのまま去ろうとしていた女性だったが、ふと何かを思い出したかのように立ち止まった。だが決して振り向くことなく、デゼール、と恐らく背後の人物の名であるのだろう一言を述べた。

 

「ちゃんと準備は整えたんだろうな?」

「勿論だよオータム。IS学園転入生の下見ってことで、色々とうろついていても怪しまれなかったし。さっきの貴女のセリフじゃないけど、単純だよね」

 

 デゼールはそう言って肩を竦めた。オータムはその言葉に鼻を鳴らすことで返事代わりにすると、今度こそ話は終了とばかりにその場を後にする。そんな彼女を別段止めることをせず、その姿が見えなくなるまで一人その場で佇んだ。

 

「さて、と」

 

 そう呟いて辺りを見渡す。現在位置の確認を済ませると、そのまま近くにあるアリーナの入り口へと歩みを進めた。一年生がクラス対抗戦を行っているそこへ入ろうとしたが、その直前で受付の事務員が声を掛ける。IS学園の生徒以外は立ち入り禁止です、そう告げた事務員の女性に対して、デゼールはそれは大丈夫と微笑んだ。

 

「僕、来月ここに転校してくるシャルル・デュノアです。今日はその下見も兼ねてクラス対抗戦の見学に来ました。ちゃんと許可証もありますよ」

 

 事務員に見せたそれは偽造ではなく紛れもない本物。そのことを確認した女性はデゼールに――シャルル・デュノアに許可を出す。ペコリとお辞儀をすると、シャルルはアリーナの観客席へと歩いていった。

 

「さあ、お手並み拝見といこうかな。IS学園のクラス代表の力ってのを、ね」

 

 そんなことを言いながら、『彼』はその口を三日月に歪めた。

 

 

 

 

 

 

「おい、お前達」

 

 アリーナ管制室。そこで千冬は地に響くような声で目の前にいる人物達へと声を掛けた。

 勿論その人物とは彼女の弟を含んだいつもの一味である。ツインテールの少女がいないのが若干の差異であるが、その少女は現在クラス対抗戦の為アリーナにて自身の出番を待っているので当然ともいえる。どちらにせよ、まあその辺りは些細な問題だろうと彼女は判断した。少女がいようがいまいが、この場所に無闇に生徒が立ち入ってはいけないのになんら変わりがないのだから。

 とりあえず言い訳を聞いてやろう、と千冬は続けた。

 

「生徒会長がフリーダムだったからです」

 

 自信満々に答えた彼女の弟はそのままアイアンクローで宙に浮かんだ。掴まれた頭を基点に振り子のように揺れているその姿を見た残りの面々は、互いに顔を見合わせるとそのままゆっくりと後ずさる。人間の手は二つある。すなわち、あと一人は餌食になる可能性がある。そう判断したのだ。

 そして残っているのは二人。つまりは、そういうことである。

 

「セシリアが」

「箒さんが」

 

 同時にお互いを指差して対面の人物の名前を述べる。どう考えてもなすり付ける気満々の言動であった。言っている本人が自覚しているのだから、当然聞いている千冬に分からないはずもなく。

 そのままお互いが悪いと続けようとしていた二人に向かって、底冷えするような声で名前を呼んだ。篠ノ之、オルコット、ただそれだけの言葉で、二人はピタリと動きを止めてしまう。

 

「もう一度聞こう。何故ここに来た?」

 

 短いその一言に、隠された言葉があった。正直に答えろ、さもなくば。発音されたわけではないが、確かに二人にはそれが聞こえた。

 もう一度お互いに顔を見合わせる。そして同時に頷くと、視線を千冬へと移動させた。真っ直ぐに彼女を見ながら、二人は口を開く。正直に、答えを述べる。

 織斑一夏に誘われました。口調は違うが、お互い言った言葉はそれであった。

 

「ほう」

 

 彼女の右手から、何かが砕ける音がした。同時に短い、鶏を絞めたような悲鳴が上がる。

 ゆっくりと右手を開くと、掴まれていた物体は床にドサリと落ちた。当然ピクリとも動かない。

 

「これで両手は開いたぞ」

「いや本当に一夏に誘われたんです! 自分達も試合が良く見える審判席に行こうって」

「そうしたら、審判席で先生方に『お前達はここではなく織斑先生のいる管制室に行ってくれ』と言われまして」

 

 背中が壁に激突するほど盛大にバックダッシュした二人が必死で捲くし立てる。この状況でボケるほど命知らずでもないのは千冬も重々承知であるが、しかしその内容は少々信じるには無理があった。特に後半のセシリアの言っていた部分が、である。

 視線を隣にいる真耶に向けると、言われるまでもなく既に審判席へと連絡を取っていた。一言二言会話を交わすと、では失礼しますと通話を打ち切る。視線を千冬へ向けると、神妙な顔で彼女は頷いた。

 

「後で他の先生方とは話をしないといかんな……」

「お、お手柔らかにお願いしますね」

 

 盛大に溜息を吐く。何かを諦めたように頭を振ると、余計な物を触らないようにと釘を刺した。出て行けとは言わなかった。そのことを理解した箒とセシリアは安堵の溜息を吐き、力が抜けたように壁に体を預け座り込んだ。

 

「んで、今アリーナはどうなってんだ千冬ね、じゃなかった織斑先生」

「もう始まる。そこのモニターで見るなり窓から直接見るなり、どちらでも好きな方を選べばいい」

 

 復活した一夏に何かリアクションをすることもなく千冬はそう述べた。復活した本人含む周りの面々も分かっているのかそれに何か物申すことはせず、彼女の言ったように各々見たい方へと視線を向けた。セシリアはモニターを、一夏と箒は窓を見る。

 そこにはやる気満々の友人の姿が見えた。第一試合の落ち着きとは逆に、今はどうやらテンションが大幅に上がっているようである。そのことを確認した三人は若干の不安を覚えたが、油断をしているわけではないので問題はないだろうと判断した。鈴音の次の対戦相手は代表候補生でもない一般生徒だ。彼女が負ける要素はまず見当たらない。

 そんな確信めいた予想を持っていた三人が目にしたのは、それをあっさりと覆してしまう光景であった。

 

「……ん?」

「何だあれは?」

「IS……なのですか?」

 

 口々に疑問にもなっていない言葉が漏れる。それほどまでに彼等の前にいるそれは異様であった。鈴音と対峙する対戦相手は異様であった。

 通常のISとは一線を画す巨体。長く伸びた腕は重装甲で巨大な拳を携えている。脚部も同様に重装甲で、そのあちこちに姿勢制御用のスラスターが設置されていた。

 そして何より目立つのは、その灰色のボディである。搭乗者を覆い隠すように全身に装着されたそれは頭部と一体化しており、六つ目を思わせるセンサーアイが怪しく赤い光を放っていた。

 どう見てもIS学園に用意されている量産機ではない。専用機か実験機に分類される、特定の者しか持ち合わせていない特別な機体。そう判断されるものであった。

 しかし、そう結論付ければ納得するかというと、答えは否である。一夏はその姿から目を離さずに、織斑先生、と千冬に声を掛けた。聞きたいことがあるんですけど、と続けた。

 

「大体予想が付くが、言ってみろ」

「あれ、鈴の対戦相手ですよね?」

「……それは、間違いない。今確認したところ、確かに七組のクラス代表があのISを展開したそうだ」

「その生徒は、専用機持ちだったのですか?」

 

 その言葉を聞いたセシリアが一夏の質問を受け継ぐようにそう尋ねたが、千冬はゆっくりと首を横に振った。現在一年生の専用機持ちは、織斑一夏、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、凰鈴音、更識簪の五名だけだ。淡々と、そう答えた。

 

「しかし、実際に七組の代表は量産機ではないISを使用しています」

「そうだな」

 

 箒の言葉にそれだけを返し、千冬は管制室の通信機器へと手を伸ばした。IS用の『開放回線(オープンチャネル)』を開くと、アリーナにいる鈴と対戦相手両方に通信を送る。

 だが、しかし。

 

「……繋がっていない?」

「ぶっ壊れてる、ってわけでもなさそうだな」

 

 計器の状態を見る限り、正常に稼動はしている。そのことを確認した一行は、逆に緊張を高めた。正常稼動しているのにも拘らず通信が繋がらないということは、何らかの外部要因が絡んでいるということに他ならないからだ。

 念の為、と真耶は審判室へと連絡を取った、取ろうとした。だが、彼女の携帯から聞こえてくるのは無機質な音声ガイドのみである。電波が届いていないと言われているが、ディスプレイにはアンテナがこれでもかと三本立っていた。

 

「……異常事態、ですわね」

「いや、セシリア。流石にそんな突拍子も無い言葉はどうかと思う」

「そう言われましても、箒さん」

 

 これを見てもそんなことが言えますか、とセシリアは管制室の扉を指差す。電子制御されているキーロックの部分の表示が出鱈目な羅列になっており、鍵が閉まったり開いたりを繰り返していた。タイミングを合わせれば部屋から出られるかもしれないが、再び戻ってくるのは困難であろうことを窺わせる状態である。

 連絡を取る手段を断たれ、直接向かうのもままならない。そんな状況を異常事態と言わずして何と言うのか。言葉にこそ出さなかったが、彼女が言いたいことはそこに集約されていた。

 

「つっても、このまま黙って見てるわけにはいかないだろ」

「それはそうですけれど」

 

 一夏の言葉にセシリアは言葉を濁す。勿論彼女もここで手をこまねているつもりは毛頭無いが、だからといって自分に何か出来ることがあるかと言われれば答えは否。通信なり何なりで間接的に連絡を取る手段が無ければ、この状況で外に出ても迷惑を掛けるだけになりかねない。

 一体どうすればいいのだろうかと頭を悩ませているその間に、アリーナに試合開始を告げるブザーが響き渡った。慌てて真耶が制御機器を操作するが、既にこちらが何をしようと試合中止の宣言を出すことは不可能な状態へと変えられていた。既に操作基盤はただの置物であり、実際の操作は別の誰か、あるいは制御プログラムに乗っ取られているらしい。

 必死で操作を行う彼女を見ながら、千冬は短く舌打ちをした。非常事態への対策は学園側でも充分に取っている筈なのにこの体たらく。相手が上手なのか、こちらが杜撰だったのか。どちらにせよ、この事態を収束させたらもう少し非常対策を厳しくする必要があるなと一人呟いた。

 

「千冬姉、そんな先のことより、今は鈴だ!」

 

 一夏の言葉に「織斑先生と呼べ」と返そうとした千冬は言葉を止めた。いつになく彼の表情が真剣だったこともある。だが一番の理由は、IS学園の教師と生徒ではなく、『しののの』の同僚として話していることを察したからだ。分かっていると短く述べると、彼女はもう一度ISの通信回線を開いた。

 ただし、今度は自身のチョーカーを握り締めて、である。

 

「織斑先生? 一体何をなさって――」

「まあ見ていろセシリア。私達は『しののの』だ。それを相手に教えてやるのさ」

 

 そう言って不敵に笑う箒を見ていると、不思議とセシリアは何とかなってしまうのではと思い始めた。

 

 

 

 

 

 

「っつーか、これ明らかに異常事態よね」

 

 試合開始のブザーは鳴り、相手は完全に臨戦体勢に入っている。だが、鈴音はその状態に違和感を覚えていた。それも当たり前であろう。いきなり自分の対戦相手として異形のISが現れて、何の説明も無いまま試合が開始されたのだ。普通ならば混乱してどうしていいか分からず狼狽する場面である。

 幸いにして彼女はそういう異常事態に耐性を持っていたので、狼狽している間に目の前の敵に攻撃を受け取り返しの付かない事態になるということは避けられたが、しかし。良いにしろ悪いにしろ何か状況説明が欲しいのが実際の所であろう。

 

「まあ、無い物ねだりしてもしょうがない、かぁ!」

 

 スラスターを吹かし、敵ISと距離を詰める。右手に持った『双天牙月』を振り下ろしたが、巨大な腕の装甲に阻まれあっけなく刃が弾かれた。その隙を狙い、異形のISは腕部に搭載されている大口径のビーム砲を鈴音へと向ける。とっさに体を捻って躱したが、その目前を掠め飛んでいくそれは、かなりの威力を肌で感じるものであった。『白式・真雪』のビームキャノン程ではないにしろ、当たれば充分に危険だ。

 試合形式ならばともかく、この状況でシールドエネルギーを当てにするのは自殺行為だろう、そう考えている鈴音にとってそれははっきりと『死』を連想させるものに相違ない。再び距離を取りながら、彼女は少しだけ体を震わせた。

 

「……まさか、学校行事で死の危険を感じるとは思わなかったわ」

 

 呟いて、そして笑った。たまにあるちょっとはしゃいで痛い目に遭う遠足の延長線上だと考えればいい。そう思い直して、彼女は気持ちを奮い立たせた。

 

「よっしゃ、相手が誰だか知らないけど、あたしの前に立った以上遠慮なくぶっ飛ば――」

『凰、聞こえるか?』

 

 そのままもう一度突っ込もうとした鈴音の耳に聞き覚えのある声が飛び込んでくる。出足を挫かれた彼女はそのまま前にすっ転んだ。が、素早く受身を取って立ち上がるとすぐにその声の主へと反応を返した。いきなりなんですか千冬さん、と。

 

『織斑先生だ。まあいい、聞こえているな』

「そりゃ、ISの『開放回線』なんだから聞こえるに決まって……ってこれ『個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)』じゃないですか!? 何であたしの回線知って」

『わたくしと箒さんが知っていますから』

『悪いが、千冬さんに教えたぞ』

「あ、セシリアと箒。ってことはそこに一夏の馬鹿もいるわね」

『おまけ扱いありがとよ』

 

 通信の向こう側の一行の別段普段と変わらない様子に少し気が紛れた鈴音だが、しかし目の前の異形のことを思い出すと声を荒げた。それで、一体何の用なんですか、と。

 そんな彼女の焦りを受け流すように、通信の向こう側の千冬はまあ慌てるなと返す。

 

『まず、今の状況を分かる限りお前に伝えておこうと思ってな』

「それは構いませんけど、長くなりますか? 向こうそろそろ攻撃してきそうですけど」

『ふむ……なら、避けながら聞け』

「無茶言ってるよこの人!?」

 

 そう言いつつ、鈴音は目の前の相手を『見た』。どうやら今のところ牽制程度のビーム砲を撃つだけで接近戦を挑む様子は見当たらない。序盤の様子見、あるいは機体の動作確認を行っているように見受けられた。これならば多少会話をしつつも回避は可能だろう。そう判断した彼女は続きを促す。

 

『結論から言うと相手の正体はまだ分からん』

「何で通信してきたんですか!」

『だから慌てるな。ISそのものの正体は分からんが、目の前の相手の正体は分かっている。七組のクラス代表だ』

「は?」

『その異形のISのパイロットはお前のクラス対抗戦での対戦相手だ』

「え? ってことは、これホントに試合!?」

 

 一瞬呆けた所為で回避がギリギリになってしまった。掠るか掠らないかの距離を飛んでいくビームを見て冷や汗を流しつつ、鈴音はもう一度敵を眺める。対戦相手を眺める。

 

『そんなわけあるか。正体不明のISに乗っている上に、今現在アリーナの制御装置が全てハッキングされている。こんな状態でまともな試合など出来ん』

「あ、やっぱり――って今凄く不穏な単語聞こえましたよ!」

『アリーナは何者かに乗っ取られている』

「二回言わなくてもいいです! それ無茶苦茶ヤバイじゃないですか!」

『まあ、その辺りは現在専門家がハッキングの解除を試みている。そう遠くない内にこちらに制御は戻るだろう』

「……それで、あたしはどうすれば?」

 

 そこまで聞いた鈴音は、一度大きく溜息を吐いた。そして、口調を落ち着けると千冬にそう問う。そこまで聞いて彼女は何となく気付いたのだ。これは、自分に何かをやって欲しいのだと。

 予想通り、その言葉を聞いた千冬は通信越しに軽く笑ったらしく、息が漏れたのが鈴音に届いた。そして、よく言った、と続けた。

 

『やってもらうことは単純だ。その目の前の相手を倒せ』

「軽く言っちゃってくれますね」

『軽いだろう? お前なら、な』

 

 そう言われると彼女としては黙らざるを得ない。自分の信頼してくれる相手を裏切ることは彼女には出来ない。意地でもその信頼に応えることしか出来ない。

 思い切り頬を叩いた。若干頬が赤くなるほどに気合を入れた鈴音は、改めて目の前の異形を睨んだ。そろそろ真面目に戦うとしますか、そう言って両手に武器を構えた。

 

『鈴』

「何よ一夏」

『鈴』

「だから何よ箒」

『鈴さん』

「だから! 何なのよセシリア!」

 

 そのタイミングで割り込んできた三人の通信。三人共に彼女の名前を呼ぶだけの通信。それを少し乱暴に返した鈴音の耳に届いたのは、三人が同時に放った一言。

 勝ってこい。ただそれだけの、短い一言。どうしようもないくらいに彼女を奮い立たせる、魔法の一言。

 

「当ったり前じゃない!」

 

 そう叫んで、彼女は一気に突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

「で、状況はどうだ?」

 

 通信を終えた千冬は、鈴音に伝えた『ハッキングの解除を試みている専門家』へと視線を向けた。向けられたその人物は、持ってきた端末を操作しつつ頭に乗っているウサ耳をピコピコと揺らす。そして、大丈夫だよちーちゃんと呑気な声で答えた。

 

「鈴ちゃんがあの変なのを倒せば解除されるのが分かったからね。もう束さんがやることは何も無いよ」

「おい」

 

 質問者にとっては何も大丈夫だと思えないような言葉をのたまいつつ、束は端末の片付けに移行し始めた。どうやら本当にもう何もしないらしい。千冬が止めようと声を掛けても大丈夫大丈夫と笑うのみである。

 そして逆に問うた。ちーちゃんは、鈴ちゃんが負けると思ってるの、と。

 

「そんなわけないだろう」

「でしょ? だったら、もう大丈夫」

「しかし万が一ということもあってだな」

「束さんは知ってるよ、鈴ちゃんは皆に鍛えられて強くなってるってこと。そして、その中にちーちゃんも含まれてること。まあ、ちーちゃんに頼んだのは私だけどね」

「何が言いたい」

 

 机に頬杖をつき不敵に笑いながらそんなことを言い出した束に向かい、千冬は少し視線を鋭くした。勿論そんな視線など慣れっこの彼女の親友は、言わなきゃ分からないかな、などと挑発するように言葉を返す。

 

「そんなに心配しなくてもいいのに。まったくちーちゃんはツンデレだなぁ」

「……兎の死体は生ごみでいいよな」

「落ち着いてください先輩! 篠ノ之博士もこれ以上先輩を挑発しないでください!」

「えー」

「えー、じゃありません!」

 

 真耶は今にもウサ耳を頭ごと引き千切ろうとしている千冬を羽交い絞めにしながら悲痛な叫びを上げた。既に表情は涙目である。加えると、これが既に彼女の中では割とお馴染みになっていることである。そんなことだから副担任と書いて『いけにえ』と読む何かにされるんだよ、という目の前の女性の呟きは彼女には届かなかった。

 

「まあ、眼鏡おっぱい先生に免じてこのくらいにしてあげよう」

「何でお前が許す立場なんだお前が!」

「っていうか私未だに名前で呼んでくれないんですね……」

 

 そんな助っ人で呼んだ筈の人物に振り回される二人を見ながら、セシリアは溜息を吐いた。どうやら事態は好転しており解決に向かっているようではあるが、どうにも納得がいかないというか、手放しで喜べないというか。そんなもどかしい気持ちが胸の中で渦巻いていた。

 決して助っ人がアレな人物であったことや啖呵を切った割に微妙な結末を見せている『しののの』の実力とやらに呆れているわけではない。だから、そんな彼女を見ながらオロオロしている箒の心配は取り越し苦労だ。

 

「いや、あの、これは、何というかだな。姉さんは若干変人の気があってだな」

「まあ確かに束さんは変人だが、それ以外でもフォローしようがないくらいのグダグダだ。諦めろ箒」

「あ、いえ。『しののの』の実力は存分に見せてもらいましたわ」

 

 とりあえず彼女の心配の種を取っておく。実際、セシリアはアリーナの異常事態をものともせずにここにやってきた挙句にあっという間に原因を特定、鈴音と通信まで可能にした束の手腕には舌を巻いていた。性格はアレであるが。

 

「わたくしが気になっているのは、別のことです」

 

 別のこと? と箒が聞き返す。それに頷いたセシリアは、アリーナで鈴音が戦っているその相手、異形のISを指差した。あの正体が分かっていない、そう続けた。

 

「あー、そういや確かに」

「倒せば事態は解決するが、謎は謎のまま、ということか」

 

 言われてみれば確かに、と一夏と箒も異形のISを見る。

 その両腕から放たれる四本のビームを掻い潜り『双天牙月』をボディに叩き込む鈴音の姿が三人の目に映った。しかし相手はあまり堪えていないようで、全身に搭載されているスラスターを使い、巨体とは思えない素早い動きで彼女を翻弄している。しようとしている。

 無論、『見る』ことに特化している鈴音にそんな動きは子供騙しでしかない。正確に位置を捉えて左右の刃を振るう。状況はそんな感じであり、確かに鈴音が勝つであろうことを感じさせた。

 

「こりゃ、ますますもって向こうの正体を探る必要があるな」

「鈴は勝つだろうから、別に心配はいらんだろうしな」

「信頼、というか……投げっぱなし、というか……」

 

 先程篠ノ之束を『変人』と評した二人だったが、傍から見ていると充分に彼等二人も変人である。薄々気づいてはいたが改めて再確認したセシリアは、一人アリーナで戦う鈴音にエールを送った。

 そんな応援をしつつ、彼女は二人の会話に参加する。相手の正体とは一体なんなのか。何か心当たりは無いのか。記憶を探るように思考を巡らせた。

 

「ん? あれの正体知りたいの?」

「知ってるんですか束さん」

 

 そんな三人へと掛けられたのは何とも呑気な変人の声であった。悩んでいたのが馬鹿らしくなるくらい、あっさりと彼女は正体を知っているとのたまう。思わず詰め寄った一夏の頭を撫でながら、束は三人へと微笑みかけた。

 

「さっきハッキング解除のついでに探ったんだけど。あれは『ゴーレム』だね」

「『ゴーレム』?」

「そ、『ゴーレム』。あれは有人タイプみたいだけど、本来は無人運用を想定して作られたISだよ」

「無人運用!? ISは人が操縦しない限り動かないはずでは!?」

 

 束の言葉が信じられなかったセシリアは思わず叫び身を乗り出す。そんな彼女をまるで言葉を覚えたての幼稚園児を見るような目で見た束は、まあそれが常識だよね、と返した。

 

「でも、その常識が常に正しいとは限らないんだよ、えっと――」

「セシリア・オルコットです」

「――金髪縦ロールちゃん」

「わたくし今名乗りましたのに!?」

「すまんセシリア。姉さんは基本的に人の名前を覚えないんだ」

 

 頭を下げる箒を見てもうどうでもよくなったセシリアはとりあえず続きを促した。このまま話が脱線していては埒が明かない。そうも思った。

 

「じゃあ話を戻すけど。その無人運用ってのもやっぱり色々と問題があってね、計画は白紙になった。その時に『ゴーレム』の生産も当然ストップしたはずなんだけど」

 

 どうやらこっそりと計画を続けていた連中がいるようだね。そう束は締めくくった。

 

「『ゴーレム』、ねぇ……」

 

 成程、確かに相手が何なのかは分かった。そんなことを心で呟きながら、一夏は未だ難しい顔を戻さない。まだ悩みが消えない。それは箒やセシリアも同じようで、答えは貰ったがまだ足りないような、そんな微妙な表情を浮かべていた。

 否、何が足りないかはもう分かっている。それを聞くのを少しだけ躊躇っているだけなのだ。それを聞いたら、厄介なことに深く首を突っ込んでしまうような、そんな予感がしたのだ。

 

「いや、というかそれはむしろ望むところか」

 

 一夏は一人ごちる。隣の箒を見ると、彼と同じような表情を浮かべていた。元々彼等は『しののの』の見習い。厄介事に首を突っ込むのが仕事のようなものだ。ならば、躊躇う必要など何処にもない。

 ただ、と隣のもう一人を見る。彼女はそういうことに首を突っ込んでもいい人間ではない。国の代表候補生、いずれは表舞台に立つ可能性のある人物だ。ここで変な事件の当事者にしてはいけない。

 

「セシ――」

「篠ノ之博士。その秘密裏に計画を進めていた連中というのが何者か、教えてくださいませ」

「――リア!?」

 

 そう思った矢先の出来事である。先陣を切ったのは、他でもないそのセシリアであった。二人揃って目を見開いているのを確認して、彼女は思わず笑ってしまった。

 

「一夏さん、箒さん。余計な心配は無用ですわ。というよりも、厄介事の一つや二つ片付けられないようでは代表候補生の名が、オルコットの名が泣きます」

 

 堂々と宣言する彼女の姿は、実に自信に満ち溢れていて。ああ、そういえば、と一夏も箒も思い出した。彼女は、セシリア・オルコットはそういう人物だった、と。淑女然としていても、その中身は好戦的でこちら寄りだということを。

 

「んっふっふ。じゃあ、話の続きをしちゃっていいのかな?」

「篠ノ之博士!」

「どうしたの眼鏡おっぱい先生。まさかここまで来て話すなって言わないよね?」

 

 せっかくのいい場面なのに水を差さないでよ。そんな文句を付け加えながら声を掛けた真耶の方へと振り向く束だったが、それを視界に入れた瞬間に表情を変えた。

 千冬が立っている。そして、ある一点を睨んでいる。そこは管制室のIS通信の為の『開放回線』の受信機器。そこに、何者かから通信が来ているという表示が出ていたのだ。

 当然、IS学園に関係する誰かからでもなければ『しののの』関係者でもない。全くの見知らぬ存在からの通信。このタイミングでそれをやるとするならば、相手は。

 

「一夏、箒、オルコット。束の話の続きは――」

 

 通信のスイッチを入れる。何故かこちらの操作を受け付けたその基盤は、この部屋と相手の回線を繋いだ。繋いで、そして再び置物へと化した。

 そんなことは気にせずに、千冬は振り向いて三人へと視線を向ける。短く鼻を鳴らして、言葉を続ける。

 

「当事者から聞くといい」

 

 なあ、と姿の見えない相手に声を掛けた。通信の繋がった向こう側に向かって声を掛けた。

 

「構わないだろう? 『亡国機業(ファントム・タスク)』!」

 




凄い勢いでレールが外れている感じがします。

鈴vsゴーレム(中身入り)は次回本格始動、だったらいいなぁ……。

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