ISDOO   作:負け狐

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クラス対抗戦クライマックスその二です。

物凄い捏造設定で構成されています。ご注意ください。


No11 「犯人の癖に、さ」

「ねえ、かんちゃん」

「どうしたの?」

 

 アリーナの観客席。そこで試合を観戦していた本音が、半ば無理矢理隣に座らせた簪に向かってふと問うた。何だか様子がおかしくないか、と。

 それは簪も分かっていたようで、肯定を示すように首を縦に振る。そもそも、と現在の試合の対戦相手を指差した。

 

「あんな機体……見たこと、ない」

「IS学園の備品じゃないよね~」

 

 昔何処かで見たような気もするけど、などと続けながら。彼女はその機体を、『ゴーレム』を眺めた。最初こそ拙かったその動きは、時が経つにつれて段々と無駄を無くしている。まるで、中身が変わっていくように。隣の簪も同じような感想を持ったのか、どことなく苦い顔でそれを見詰めた。

 

「でも」

「ん~?」

 

 こんな状態なのに、何もアナウンスが無い。簪はそのことが引っ掛かっていた。同じように不思議に感じている生徒はいるようだが、その所為で結局クラス対抗戦は続行されていると思っているようであった。

 

「ひょっとして……大っぴらな事件にしたくない、のかな?」

「そうかも。観客席を守るシールドのレベルだけ上がってるのもその所為かな」

「こちらに被害を出さないように……?」

「そうそう。あ、でもひょっとしたら」

 

 犯人が観客席で見ているからかもしれないよ。そう言って本音は笑ったが、簪は笑えないよと一人肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

『おーやおや、流石は『しののの』よーくご存知で』

 

 どことなく嘲るような声で、通信の相手はそう返す。あからさまな挑発であるそれを、千冬は特に意に介さず無言を貫いた。いいから続けろ、声にせずともそう述べているのが周囲にいる一行にも、そして通信の先の相手にも伝わった。

 やれやれ、と向こう側から声が聞こえる。

 

『余裕の無い人間はこれだから困る。こっちがちょっと歩み寄ってやってんのに、まるで感謝する素振りもないときた。はっ! 所詮はサル山のボス猿ってことか』

「うわウゼェ」

 

 思わず一夏は感想が声に出た。彼なりに黙っているつもりであったが、無意識の行動だったらしい。一瞬しまったという表情を浮かべ周囲を見渡したが、特に咎めるような視線は見当たらない。なんだ皆同じ意見かと彼は胸を撫で下ろした。

 そのついでに、と彼は通信の向こうに声を掛けた。お咎めなしで少し調子に乗ったようである。

 

「で、何だよその『亡国機業』ってのは」

『あ? 知らないのかよお前。男の声ってことは例の『しののの』所属っつー野郎のパイロットだろ? 組織が持ってて当然の情報すら知らない馬鹿なのか?』

「馬鹿で悪いか!」

『悪いに決まってんだろ。はっは、何だ何だ、そうかいそうかい。こりゃとんだ買い被りだ。世界最強の我侭集団ってのは、つまりただの駄々こねる餓鬼の集まりってことか』

 

 通信の向こう側から、盛大に笑い声が聞こえてくる。馬鹿にするような、否、完全に馬鹿にしている笑いが響いてくる。見下している笑い声が響いてくる。

 その原因となった一夏は。両手を強く握り締め、歯が噛み合わないほど強く食い縛り、そして相手が目の前にいないことで暴れることも出来ないもどかしさを必死で押さえ込んでいた。

 

「落ち着け馬鹿者」

 

 そんな彼の頭を千冬は盛大に引っ叩く。よろけるを通り越して地面に叩き付けられた一夏はしばし床に突っ伏したまま悶えていたが、勢い良く立ち上がると「何するんだ千冬姉」と彼女に詰め寄った。そんな姿を見た千冬はそれでいいと笑う。あんな安い挑発に乗るんじゃない、ともう一度軽く頭を叩いた。

 

「……だって、俺だけじゃなくて千冬姉や束さんまで馬鹿にされたから」

「そう思ったんなら、もう少しいっくんはそういう情報も学ぶべきだね」

「まだまだ当分見習いだな」

「ダブルで駄目出しされた!?」

 

 先程とは違う意味でショックを受けた一夏を余所に、千冬と束は意識を通信先の相手に向けた。そろそろ笑いは収まったかな、などと余裕を崩さない様子で彼女達は向こうへと声を掛けた。

 

「当事者から話を聞けばいいって言ったちーちゃんにも責任があるし、ここはこの束さんが説明してあげよう」

「さらりと責任を私に押し付けるな」

『笑いが収まったのかとか聞いた割にこっちは無視かよ』

「うん、うるさいから静かになるように聞いただけ。正直君のことなんかどうでもいいし」

『言ってくれるじゃ――』

「分かったから黙ってよ。私の話が進まないじゃない」

 

 そこまで言うと、束は一夏達へと振り向いた。その顔は笑顔。先程通信先の相手に話していたときの能面のような顔は何処にも無い。この空間内でその変わり様に唯一慣れていない人物――セシリア・オルコットは少しだけ背筋が寒くなった。

 

「さて、じゃあ『亡国機業』なんだけど」

 

 一言で言うなら、悪の組織かな。そう言って彼女はウィンクをした。ウサ耳にエプロンドレスというエキセントリックな格好と相まって、その姿は実に様になっている。なっているのだが、その言葉だけで彼等三人が納得するかというと答えは否なわけで。

 勿論、もう少し詳しくお願いしますという返事が来るわけである。ちなみにその言葉を発したのは彼女の妹であった。

 

「んー。でもまあ、ホントにぶっちゃけそれだけなんだよね。国に属しているわけじゃないし、思想とか信仰とかそういうのも持ってるわけじゃないみたいだし。やりたいことをやってるだけ、って感じ?」

「その説明だけだと『しののの』と大して変わらないじゃないですか」

「……それは箒ちゃんでも聞き捨てならないね。自分で発明して、自分で楽しいことをやって、自分で大切なものを守って、そんなことを主にやってる私達と。戦火の火事場泥棒で懐を暖めて、他人から奪った兵器で暴れまわって、大事なものを好んで破壊して回るような連中が同じ? 冗談じゃないよ」

「そう思うなら最初からその説明をしろアホ」

「あだっ! ちーちゃん痛い」

「誤解を招く説明をするからだ」

 

 やれやれ、と肩を竦めると、千冬は視線を若干涙目の束からアリーナの様子を映しているモニターへと移動させた。そこに視線を固定させたまま、通信の相手に向かって何か間違っている部分はあるかと投げ掛けた。相手は答えない。だが、その沈黙が肯定を表しているのだろうと彼女は判断した。

 

「まあ、貴様達がどんな集団なのかというのは所詮見習いに教える為のおまけに過ぎん。私達にとって肝心な部分は、貴様達がこの事件の当事者であるという一点だけだ」

『……ほう?』

「わざわざこちらに通信をしてきたんだ。何か伝えたいことでもあるんだろう?」

 

 犯行声明でもするつもりか。そんなことを続けながら千冬は部屋に備え付けられていたポットからコーヒーを注ぎ喉を潤した。続くように束もコーヒーを注いでそこに置いてあった白い粉を入れる。

 

「ぶっ! これ塩だ!」

「……少しは真面目な空気を持続させてくれ」

「わざとじゃないからね? 束さん悪くないからね? というわけでいっくん、はい」

「どうしろと」

 

 塩入りコーヒーを渡されて途方に暮れている自身の弟をあえて視界に入れないようにしつつ、彼女はコホンと咳払いをする。表情をもう一度真剣なものに戻すと、改めて相手へと言葉を紡いだ。

 

『一々言わねぇと分からんってほど愚鈍じゃねぇんだろ、おたくら』

「無論だ。だが、それではわざわざ通信してきた甲斐が無いというものだろう?」

『はっは、そりゃ違いねぇ』

 

 何が面白かったのか、通信の向こうで相手は盛大に笑い声を上げた。先程のような嘲るようなものではなく、純粋に面白さから出る笑い声だ。そのまま若干弾んだ声で相手は言葉を続ける。『伝えたいこと』とやらを話し始める。

 

『ちょっとした機動実験さ』

 

 『ゴーレム』の新装備のテスト。その会場にこのクラス対抗戦を選んだ。要約してしまえばそれだけの理由である。実に単純な、それでいて迷惑な、そんな理由。やりたいことをやっているという束の言葉に違わぬ一言。

 だが、それを容認出来るかと言われれば。

 

「ふざけんなよ」

『はっ。無知な餓鬼が吼えんじゃねぇよ』

「知識の有無は関係ない。勝手にこちらの領域に入ってきて好き勝手されれば誰だってそう思う。私達のような子供なら、尚更だ」

「その通りですわ。第一、わたくし達を子供と馬鹿にするのならば、そちらのやっていることはそれこそ『大人気ない』のではないですか?」

 

 答えは否。一夏も、箒も、セシリアも。そして当然大人の三人も。そんな理由で事件を起こしている者達のことなど容認出来ない。その空気を通信機越しに感じ取ったのか、向こう側で再び軽い笑い声が聞こえてきた。

 

『いいねぇ、その正義の味方ごっこ。こりゃこっちも益々悪の組織らしく振舞いたくなるってもんだ』

「戯言を」

『いーや、本気だぜ。その証拠に、『ゴーレム』に搭載された新装備の説明ってのをしてやるよ』

 

 その言葉を聞いて、真耶はそれが何故悪の組織らしい振る舞いになるのか、と問う。逆に千冬と束は何かを悟ったのか、お互いにアイコンタクトを取ると先程仕舞った端末を再び展開させていた。

 

『まあ聞けよ。あれに搭載されているのは、搭乗者を戦闘マシーンに変えちまう特殊な洗脳装置だ』

「……え?」

『戦いを見てなかったのか? 最初と比べて段々動きがマシになってきてるだろ? あれは洗脳が順調に進んでいる証拠だ』

 

 その言葉を聞いて、一夏達三人と真耶はモニターに顔を向けた。そこには確かに、つい先程見たものとは別人のような動きで鈴音に攻撃を加えている『ゴーレム』の姿が見える。思わず目を見開いたが、しかしそれでもまだ彼女の方が勝っているらしく、余裕とはいかないが被弾を減らしながら攻撃と回避を繰り返していた。

 

『まだ試作段階だから時間は掛かってるが、完了すればそこらの餓鬼じゃ太刀打ち出来ねぇさ。あの小娘が倒されるのも時間の問題ってわけだ』

「洗脳を説く方法は? 方法は無いんですか!?」

『教えるわけねぇだろぶわぁか! ついでに言っちまうと、この場所を選んだのも理由があってな、大したことない餓鬼を洗脳したらどのくらい強くなるかの実験ってわけよ。はっは! どうだ、悪の組織らしいだろ?』

 

 顔を青ざめよろける真耶に追い討ちを掛けるように相手は笑う。管制室に響き渡るその声は非常に耳障りで、呆然とする彼女以外の五名は不快感に顔をしかめた。

 

『本当は体に直接埋め込むのが一番手っ取り早いんだが、例のあれみたいになっちまったら困るしな、はっはっは!』

「……それは、VTシステムの被験者の、あいつのことを言っているのか?」

 

 笑い声を上げながら更に話を続けていたその相手に反応したのは千冬であった。束と共に作業を行っていた手を止め、見えない相手を射殺さんばかりに睨み付けている。

 周りの人間が竦みあがってしまうような底冷えした声であったが、通信の向こうの相手は気にした風もなく大正解などと呑気に返していた。相変わらず笑い声は続いている。

 

『そういえばお前さんはあれを普通の人間として直そうと努力したんだっけか? おかげで日常生活くらいは送れるようになったのか、それともISパイロットとしても活動出来るまで進んだか。まあ、どっちにしろ涙ぐましいじゃないか。そりゃ怒るのも無理ないわな。確か名前は何つったか? あーそうだそうだ、ラウ――』

「黙れ。貴様があいつの名前を気安く呼ぶな」

『はっは! 中々どうして、熱いじゃないの。さしもの『ブリュンヒルデ』も身内を馬鹿にされちゃ黙っていられませんってか?』

「馬鹿にされたからではない。貴様が、あいつを物と同じ認識で話しているのに腹が立つだけだ」

 

 そうかいそうかい、と相手は返す。笑いを収めて、一度深呼吸をしたのがスピーカーから聞こえてきた。

 

『……さて、と。そろそろ時間だ』

「時間? ……まさか!?」

 

 時間、というキーワードを聞いて真耶と同じように顔色を変えるセシリアであったが、相手は違う違うと馬鹿にしたように笑った。そうだったら良かったんだがな、などと余計な一言も付け加えた。

 

『単純に話し過ぎたってことさ。社内電話の長時間使用はほどほどに、ってな』

 

 その言葉を最後に、通信は途絶えた。耳障りな笑い声も、人を馬鹿にしたような口調も、もう管制室に響いてこない。そのことに安堵すると同時に、事態の深刻さを思い出し一夏達はどうすればいいのかと右往左往する。相変わらずアリーナはハッキングされたままであるし、『ゴーレム』の洗脳装置の解除の仕方も分からない。少なくとも唯の学生である彼等に出来ることは何も無かった。

 それが例え代表候補生だとしても、『しののの』見習いパイロットだとしても、である。

 

「あるよ、いっくん達に出来ること」

 

 そんな三人に掛けられた言葉はこれであった。視線を向けると、端末を操作しながら、束がこちらに向かってサムズアップをしているのが見えた。その光景が何とも間抜けで、思わず一夏達の顔に笑みが浮かぶ。

 

「姉さん。それで、私達に何が出来るんですか?」

「ふふん。簡単だよ」

 

 鈴ちゃんを、応援してあげて。端末から三人に視線を移しそう言って彼女は微笑むと、再び作業へ戻っていった。あと少しで洗脳装置の解析も終わるから、大丈夫だよ。そう付け加えるのも忘れない。

 そして、そんなことを言われた三人は。

 

「鈴を応援、ね」

「……成程な」

「重大な役割ですわね」

 

 そう言うのと同時、彼らはモニターの戦っている鈴音の姿に向かって精一杯叫んだ。

 頑張れ、と。

 

 

 

 

 

 

 両手から打ち出されるビームを避ける。そのまま勢い良く半回転し右手に持っていた『双天牙月』を叩き付けた。鈍い金属音が響き、そして彼女の右腕が弾かれる。その弾かれた勢いすら利用し、鈴音は左手に持っていた刃を同じ所に叩き込んだ。今度は弾かれることなく、装甲が少しだけ削れ破片が飛んだ。

 だが、それだけである。戦闘続行に支障はなく、移動や攻撃を制限されるほどのダメージでもない。ちょっとした傷、ただ、それだけなのだ。

 

「硬い!」

 

 反撃とばかりに拳を突き出してくるのを左右にステップすることで躱した鈴音は、そうぼやいて距離を取った。先程から小さなダメージを与え続けてはいるものの、向こう側のシールドエネルギーが減少している素振りが全く見えない。それが彼女の不安を煽っていた。

 その不安とは当然、このままだと自分が倒されるという不安であり。そして、『絶対防御』が搭載されてない可能性を考慮し、相手を殺してしまうのではないかという不安であった。

 

「あーもう! 何でこんなモヤモヤした気持ちで戦わなきゃいけないのよ!」

 

 肩口にある『甲龍』の特殊兵装『龍咆』を我武者羅に放つ。不可視の弾幕が形成されるが、『ゴーレム』は意に介した様子も無い。それが彼女のイライラを一層強く募らせた。

 どうにかして糸口を見付けないといけない。そう考えていはいるのだが、しかしそのきっかけすら見えてこない。傍から見ている限りではそうではないが、本人にとっては八方塞の状態であった。倒したくても倒せない。信頼に応えたくても、応えられない。

 

『大変そうだね』

 

 そんな彼女の耳元に届いたのは、全く聞き覚えのない声であった。ボイスチェンジャーでも使用しているのか、その声は男か女か分からない。ただ、話し方からすると若い人物であろうということは予想出来た。

 そしてもう一つ。今彼女の耳元に届いている通信は『開放回線』であるということだ。現在アリーナはハッキングされておりこの建物内での通信は丸々遮断されているはずである。にも拘らず平然と通信をしてくるということは、つまりそういうことであろう。

 

「……アンタ、犯人かその仲間ね」

『正解。頭の回転速いんだね』

 

 そう言って通信の向こうの人物は薄く笑う。何だか馬鹿にされている感じがしたが、しかし不思議と彼女の中に怒りは湧いてこない。口調か、それとも見えない人柄か。どちらにせよ、別に今は関係ないことだとその思考を打ち切った。

 今大事なのは、何故こちらに通信をしてきたか。それだけである。

 

『ちょっとアドバイスをしてあげようと思ってね』

「この事件の犯人の癖に?」

『そう、犯人の癖に、さ』

 

 クスクスと笑いながら、通信の相手はどうする、と問う。アドバイスを聞くか否か。そんな質問に素直にハイと答える人物はそうそういないが、しかし。

 今の彼女はそれこそ藁にも縋りたい思いであった。嘘だろうと何だろうと、何か状況を変えるきっかけが欲しい。そう思っていたのだ。

 

「いいわ、教えてちょうだい」

『オッケー。でもその前に』

 

 敵の攻撃が来るよ。その言葉に慌てて意識を前に戻した鈴音は、迫り来る四本のビームを急上昇することで躱した。『ゴーレム』を『見て』、その動きを読み取りながら通信の相手にとっとと話せとせっつく。先程千冬との会話でも行った芸当だ、もう一度くらいどうってことはない。

 

『じゃあ単刀直入に言うよ。その機体のパイロットはもうすぐ廃人になる』

「は?」

 

 思わず耳を疑った。そして、こんなことをする相手ならやりかねないと納得した。

 その次に浮かんでくるのは、勿論怒りだ。ふざけるな、と彼女は通信の相手に向かって叫んだ。

 

『そうだね、ぼ――私もふざけていると思うよ。でもまあ、そういう装備だからね、仕方ないよ』

「随分と冷たいのね」

『そうかな? 縁もゆかりもない人間がどうなるのかなんて、そこまで興味が持てないと思うんだけど』

 

 そう返されて、確かにそれはそうだと彼女も思う。だが、それでも目の前で人が廃人になるのを好き好んで見たくなどない。『龍咆』で牽制、『双天牙月』で吹き飛ばして距離を取り会話の余裕を作ると、鈴音はいいから続けてと促した。

 

『続き?』

「そう、アドバイスしに来たんでしょ? ってことは、アンタはそうならない方法を教えてくれるのよね」

『……ふ、ふふふっ』

「何笑ってんのよ」

 

 別におかしいことなど何も言ってないはずだ。若干膨れながらそう続けた彼女の耳に、更に大きな笑い声が聞こえてくる。ごめんごめん、という言葉も聞こえてくるが、どうやら笑いを抑える気はないようである。

 

『まさかそんなに信用してくれるなんてね。驚いたよ』

「信頼はしてないけどね」

『それでいいよ。じゃあアドバイスだけど』

 

 機体の背後の腰部にある装置が洗脳装置だ。回りくどいことなど言わず、通信の相手はそれだけを告げた。それが何か、それをどうすればいいのかなどは一切言わなかった。言う必要がなかった。

 

「じゃあ、それを壊せばあたしの勝ちってわけね」

 

 彼女はもうやることを決めたのだから。『双天牙月』を構え、真っ直ぐに相手を見る鈴音の目は、完全に覚悟を決めた人間のそれであった。

 今までとは違う、明確に狙うべき箇所が分かっている。そのことが、折れ掛けていた彼女の心を再び奮い立たせた。

 

『嘘だって可能性もあるよ?』

「言ったでしょ。信頼はしてないけど、信用はしたって」

『ああ、そうだったね』

 

 笑い声が鈴音の耳に聞こえてくる。それにつられたのか、彼女の顔にもいつの間にか笑みが浮かんでいた。

 

「あ、そうだ」

 

 いざ突っ込む、とスラスターを吹かそうとしたその直前。ふと思い付いたことがあり彼女は動きを止めた。ちょっと聞きたいんだけど、と通信の相手へと声を掛ける。

 

「どうしてアドバイスなんかしてくれたの?」

『普通はそれを最初に聞くと思うけど』

 

 良くも悪くも真っ直ぐなんだね君は、と褒められているのか貶されているのか分からない相手の評価を聞きながら、彼女は答えを待つ。反撃を開始する前に、それだけは聞いておく為に。

 

『そうだね……。二つあるけど、一つは予想以上に君が強かったから』

「あったり前じゃない。で、もう一つは?」

『この計画の責任者が嫌いだから、かな』

「……それってつまり、失敗させたいってこと?」

『そういうこと。納得してもらえたかな』

 

 短く「ええ」と彼女は答える。これで気になることは全て済ませた。

 後はアドバイス通り腰部の洗脳装置を破壊するだけ。ただ、それだけだ。

 

「さあ、行くわよこんちくしょー!」

 

 

 

 

 真正面から挑んでも背後を攻撃することはまず不可能である。これがセシリアの『ブルー・ティアーズ』であったのならば話は別だろうが、生憎と機体は『甲龍』であり、パイロットは鈴音だ。結局、この組み合わせでやれることなど一つしかない。

 

「真っ直ぐ突っ込んで、ぶっ飛ばす!」

 

 重ねて言うが、真正面から挑んでも背後を攻撃することはまず不可能である。それでも、彼女がやることはこれしかない。

 『双天牙月』を真っ直ぐ突き出す。それを『ゴーレム』は左腕でガード、そのまま空いている右腕を振り上げる。その振り上げた右腕に向かって、彼女は『龍咆』を連射した。衝撃で押し戻されたその腕に、追加で『双天牙月』を叩き込んだ。二つの衝撃で右腕を跳ね上げている『ゴーレム』は致命的な隙を晒している。

 

「今だ!」

 

 スラスターを吹かし、円を描くように一気に旋回。『ゴーレム』の背後に回った鈴音は言われた通りの箇所を攻撃せんと刃を振り上げる。

 だが、そのアクションを起こす前に、既に相手は彼女の方へと向き直っていた。通常の反応では考えられないその動きに、振り下ろそうとしていた刃の速度がほんの僅かに落ちる。

 その隙間を縫って、『ゴーレム』は巨大な拳を鈴音のボディへと突き立てていた。一瞬視界がブラックアウトし、肺に溜まっていた空気が無理矢理に吐き出される。そのままゴムボールのように弾き飛ばされた彼女は、アリーナの壁に激突してようやく止まった。

 

「か、はっ……!」

 

 通常ならば『絶対防御』が発動してもおかしくないほどの一撃。だが、『甲龍』のコンソールに『絶対防御』発動のログは見当たらず、シールドエネルギーの減少を知らせる表示が流れるのみである。搭乗者の生命を守らなかったおかげで、機体そのものはまだまだ余裕がありそうであった。

 

「まあ、それでも……生身で攻撃食らうよりは全然マシよね」

 

 追撃に備え、彼女は痛む体を無理矢理動かしてその場から離脱する。一瞬遅れて、その場所にビームの雨が降り注いだ。

 

『鈴ちゃん、大丈夫?』

「あー……束さん、お久しぶりです」

『うん、久しぶり。それで、盛大に壁に激突してたけど、まだ動ける?』

 

 再び通信。ただし、今度は彼女の聞き覚えのある声であった。回線も『個人間秘匿通信』であり、先程の千冬と同じものであろうと彼女は予測した。とりあえず大丈夫だと一言返すと、意識を通信から目の前の『ゴーレム』へと向ける。

 

『大丈夫ならこのまま話を続けるよ。今目の前にいる相手なんだけど――』

「もうすぐ廃人になっちゃうんでしょ。でもって腰のとこの洗脳装置を早く壊さなきゃいけない。さっき聞きましたよ」

『え? 誰から?』

「……えーっと、そういや名前聞いてなかった」

 

 犯人の一味であるという部分だけで納得していた為、その辺りを聞くのを彼女は失念していた。もっとも、聞いても答えてくれなかっただろうなと思い直す。

 

『まあいいや。分かってるなら話は早いよ。タイムリミットは後五分、それまでに腰の装置を破壊して』

「無茶言いますね」

『そう? 鈴ちゃんなら楽勝でしょ?』

 

 そう言って笑う束の言葉に冗談はない。彼女は本気でそう思っているのだ。

 それを鈴音も分かっているのか、やれやれと肩を竦めて武器を構えた。千冬さんと束さんの両方に信頼されているなら、応えなくちゃね。そんなことを呟いて大きく深呼吸をする。ダメージを確認し、そして動けるように回復する為に。

 

「さて、と」

 

 思ったよりも傷は深い。五分間試行錯誤を行えるほどの余裕は彼女の中にはもう残っていないようであった。全力でぶつかれるのは精々後一回。それも、その後動けなくなるであろうというおまけ付きだ。絶対に失敗することは出来ない。

 だが、それでいいと彼女は思う。何回も試すなどというのは自分のキャラではない。一回に全てを賭ける、その方が自分らしい。元々覚悟を決めている以上、今更なのだ。

 

「と、なると……やっぱあれよね」

 

 先程の激突から考えて、既に向こうの動きは人間のそれを超え始めている。そうなっている以上、普通の攻撃では背後を取ることなど出来はしない。それこそ、非常識な攻撃でも行わない限りは。

 飛来してくるビームを避けながら、鈴音は更に距離を取った。両の手に『双天牙月』をそれぞれ構え、前傾姿勢を取る。視線は真っ直ぐに前を向き、獲物を捕らえて離さない。

 

「猿真似では勝てませんわ、か……」

 

 いつぞやのセシリアの言葉を思い出す。あの時は確かにその通りであった。真似ているだけでは手も足も出なかった。だから、皆の協力で自分なりの戦い方というものを身に付けた。

 それとは別に、彼女は一人で修練を積んでいたものがあった。それはこの学園に来る前から練習していたものであり、そしてある人物の技術の模倣でもあった。言ってしまえば猿真似だ。

 だが、それでも。今この場で通用するのはそれしかない、そう彼女は判断したのだ。

 息を吸い、吐く。スラスターにエネルギーを溜め込み、一気に放出した。『瞬時加速』、それで猛スピードで真っ直ぐに『ゴーレム』へと突っ込んでいく。

 しかし、所詮は直線軌道。既に大部分を装置に乗っ取られている状態の『ゴーレム』の反応速度を持ってすれば、ただ真っ直ぐ突っ込んでくるだけの相手など容易く迎撃出来る。両手のビーム砲は狙いを違わず、一直線に進んできた鈴音を打ち抜かんと発射された。

 

「吼えろ! 『龍咆』!」

 

 その刹那、彼女の叫びと共に『龍咆』の片側が起動。彼女の背後に向かって勢い良く衝撃が打ち出される。『瞬時加速』中に空中制御を切り、そして衝撃を自身の背後へと放つ。その行動の結果はどうなるかと問われれば。

 

「――見様見真似、あたし流」

 

 鈴音は、『瞬時加速』で曲線軌道を行った。当然ビームは彼女を捉えることが出来ず、更に『ゴーレム』の視界から消えるように彼女は『瞬時加速』の速度を保ったまま円を描く。

 装置の反応はそれでも鋭く、背後を取ろうとする鈴音の方へと体を動かす。が、彼女の速度は『ゴーレム』の反応を上回った。体を動かしたそこに、彼女の姿はなかった。

 気配は、彼女の叫びは、『ゴーレム』の背後から現れた。

 

「篠ノ之箒の『疾風迅雷』!」

 

 体ごとぶつかるように叩き付けられた刃は、見事に『ゴーレム』の腰部を砕いていた。

 

 

 

 

 

 

 鈴音の視界に映ったのはアリーナから見える空ではなく、医務室らしき部屋の天井であった。どうやらあの後力尽きて気絶してしまったらしい。そんなことを思いながら体を起こすと、隣でリンゴを剥いている幼馴染の姿が視界に映った。

 

「よう、起きたか」

「い、一夏!?」

 

 思わず跳ね上がってしまい、その所為でバランスを崩しベッドから落ち掛ける。危ない、と一夏はそんな彼女を抱きかかえてベッドに戻した。

 抱きかかえて、である。俗に言う、お姫様抱っこ、と形容されるあれである。

 

「体の調子はどうだ?」

「……え!? あ、ああ、うん、大丈夫よ。寝てる間に体力回復したみたい」

 

 一瞬意識が飛んでいた鈴音は彼の言葉に反応が遅れた。どうやら向こうは何も感じていない、ということを認識した彼女は、溜息を一つ吐くと別に心配要らないと続ける。事実、もうベッドに寝ている理由は無いほどに彼女の体調は回復していた。

 それを聞いた一夏は顔を綻ばせる。それはよかった、と安堵の溜息を吐いていた。

 

「箒とセシリアは飲み物買いに行ってるけど、もうすぐ戻ってくるはずだ」

「あー、そっか。二人にも心配掛けちゃったわね」

「おう、よくお礼言っとけよ」

 

 そこで会話は一旦終わり、一夏が剥いたリンゴを彼女の前に差し出す。器用にウサギにされたリンゴを見て、鈴音は思わず笑ってしまった。相変わらずね、とその内一つを手で摘み、口に入れる。程よい酸味と歯ごたえが心地よかった。

 そのままリンゴの二つ目に手を伸ばしながら、そういえば、と彼に尋ねた。

 

「結局、あれって何だったの?」

「そういや鈴は向こうで戦ってたもんな」

 

 そう言って一夏は管制室で起きたことの顛末を話す。『亡国機業』と呼ばれる組織のことを話す。一夏達が通信で会話したという、人を馬鹿にしたような乱暴な口調の人物のことを話す。

 それが鈴音と通信していた相手の言っていた『責任者』であることに何となく気付いた彼女は、思わず呟いていた。そういうことか、と頷いていた。

 

「成程ねぇ」

「ん? どうかしたのか?」

「何でもないわよ」

 

 確かにそれは計画を失敗させたくなる。あの通信の相手が嫌うのも無理はない。口に出さずにそう納得すると、彼女は思わず笑ってしまった。ざまあみろ、そんな言葉が口から漏れた。

 

「どうしたんだよ鈴」

「どうしたもこうしたも。散々馬鹿にしてた子供に計画失敗させられたんでしょそいつ。いい気味じゃない」

「……確かに、ざまあみろ、だな」

 

 そう言って一夏も笑った。そのまま二人でひとしきり笑い合ったタイミングで、医務室の扉が開く。箒とセシリアが、飲み物の入った袋を持ってそこに立っていた。鈴音が起き上がって笑っている姿を見付けると、表情を笑顔に変え小走りで駆け寄ってくる。

 

「鈴、目が覚めたのか」

「怪我の方は大丈夫ですの?」

「うん、心配掛けてごめんね。でもって、ありがとう」

 

 普段通りの彼女の姿に胸を撫で下ろした二人もそのまま空いている椅子に座る。見舞いされる方一名、見舞いする方三名。計四人になった医務室は、そこで暫く談笑の場へと変化するのだった。

 

「あ、そうだ。あたしの対戦相手の子は?」

「大丈夫、ちゃんと意識もあるそうだ。念の為暫く入院するらしいがな」

「そっか、良かった。……って、あれ? クラス対抗戦はどうなったの?」

「終わったぞ。一夏の優勝で」

「ちょ!? 何で!?」

「鈴さんはあの戦いでダウンしてしまいましたからね。三組代表と一夏さんとの試合が決勝扱いになってしまったのですわ」

「そんなぁ……」

「まあ、そうやって対抗戦が続けられたのも鈴のおかげさ。だから、もっと胸張れって」

「うん、そりゃそうだけど」

「あ、張るほど無いのか」

「死ね!」

 

 

 

 

 

 

 アリーナから荷台が出る。そこに乗せられているのは、鈴音が撃破した『ゴーレム』だ。腰以外の部分の破損は比較的少ない為ラボへと持って行き調査を行う、というのがIS学園の出した結論であった。念の為に護衛の教師を一人付けているが、運んでいる大半の人間は楽観的でいた。襲撃など無いであろうと油断していた。

 千冬と束がそれを聞いて呆れていたにも拘らず、である。

 突如飛来してきた二つの影に、その場にいた全員が一瞬あっけに取られてしまった。そしてその狙いが『ゴーレム』であると分かった途端、護衛の教師は慌てて『ラファール・リヴァイヴ』を駆りその襲撃者を撃退せんと銃を構えた。

 それはあまりにも遅い、遅過ぎる行動であった。ヘルムで顔が分からないようになっているISを纏った二つの影の内一つ、オレンジに塗装されたISはその時点で既に両手に銃を構えており、教師が引き金を引く前にその機体を蜂の巣にしてしまった。そしてもう一つ、紺碧に塗装されたISはその手に持ったブレードで『ゴーレム』を切り裂いた。原形を留めなくなるほどに切り刻まれたそれは完全に調査不可能であり、つまりこの二体のISは証拠を消す為にやってきたことに他ならない。

 残りの人物達が我に返る頃には、既に鉄くずとなった『ゴーレム』だったものが残っているばかり。

 

 

 

 

「スコール、任務完了したよ」

『了解。悪いわね、こんな後始末任せちゃって』

 

 空を二つの影が舞う。オレンジと、紺碧。二つのISは並んで飛行しており、その片割れは何者かと通信しているようであった。

 

「私は元々彼女の補佐だからね。これくらいは当然さ」

『ふふっ、そう言ってくれると助かるわ』

 

 それじゃあ、と通信を切ったオレンジのISのパイロット――デゼールはやれやれと肩を竦めた。八方美人も楽じゃないね、などとぼやいているところを見る限り、先程の会話は本心ではないようである。

 

「シャル、任務中だ。愚痴は自室で零せ」

 

 そんな『彼』の言葉を咎めるように紺碧のISのパイロットは述べるが、デゼールはそれを笑いがなら受け流す。そして、エム、と相手に声を掛けた。

 

「任務中はちゃんとコードネームで呼んでね」

「……気のせいだ」

「ふふふっ、もう、マドカったら可愛いんだから」

「くっつくな、飛行の邪魔だ」

「いいじゃない、その程度で墜ちるようなマドカじゃないでしょ?」

「……任務中は、コードネームで――」

 

 マドカのその言葉は、残念でした、というシャルルの言葉で遮られた。さっきの報告でなんて言ったか覚えてるかな、と彼女に尋ねた。

 その意味を数瞬考えたマドカは、くっついている『彼』を振りほどくと猛スピードで空を駆ける。シャルルからは見えないが、その顔は真っ赤であった。

 

「もー、待ってよマドカー」

「うるさい!」

 

 レーダーに映らないオレンジと紺碧の影が、追いかけっこでもするかのごとく空を舞う。




一巻分はここで大体終了ですね。
何かもう原作ブレイクもいいとこですが……。

次回はいよいよ『彼』の本格登場、ですかね。

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