そして初っ端から捏造設定出しまくりでお送りします。
まだ一夏達が中学生であった頃。織斑千冬と篠ノ之束はドイツに暫しの間滞在していた。
第二回モンド・グロッソ。その最中に起きた誘拐事件の被害者が彼女達『しののの』関係者であり、そして本来行ってはいけない無断IS展開をして大暴れをしたのも『しののの』関係者であった。結果としてその被害者である凰鈴音は無事に保護され誘拐犯も逮捕されたのであるが、いかんせんそれで違反が見逃されるはずもなく。
結局、それらは開催国であるドイツが許可を出していたと発表したことで事なきを得た。とはいえ、自由が売りである『しののの』としては、一国に借りが出来てしまったということは由々しき事態。そこでその借りをさっさと清算すべく、代表である二人はドイツの要請により足を運んだのだ。
「それで、私達の手を借りたい相手というのは?」
ドイツの軍人らしき人物に案内されながら、千冬はそう問うた。精々がドイツのISパイロット育成くらいに思っていた彼女達が受けた依頼が、「あるISパイロットの撃退」であったからだ。その胡散臭さは、千冬でなくとも聞きたくなるであろう。事実、隣の束もうんうんと頷いている。
対する案内者はその質問に振り向くことなく、詳しいことを聞かずにここまで来たのかと、口調こそ丁寧であるが非難するように返した。どうやら彼女達を案内している女性はあまりこちらにいい印象を持っていないようである。短い言葉のやり取りでそのことを察した千冬は、すまないと見えていないであろう相手に向かい頭を下げた。ここで無理に反論をして情報を聞けないのでは何にもならない。
「年齢は十三・四ほどの少女です」
向こうもそんな千冬の態度に噛み付いてもしょうがないと思ったのか、短く溜息を吐くとそう言葉を紡いだ。若い、というよりもまだ子供。その言葉を聞いてまず抱いた印象がそれであった。千冬の弟である一夏、束の妹である箒が年齢的に合致するが、そんな程度の少女がどうしてそこまで脅威と見られているのか。そう首を傾げる千冬に、女性は振り向くことなく言葉を続けた。
VTシステムというものをご存知ですか、と。
「……知らんな。何だそれは?」
「正式名称、『ヴァルキリー・トレース・システム』。読んで字の如く、モンド・グロッソの部門受賞者、通称ヴァルキリーの動きを模倣するシステムです」
女性は淡々と言葉を紡ぐ。そこに感情らしきものは感じ取れず、事務的に機械的に言葉を続けている。
「ただそれだけならばシステムの説明としては極々ありふれたものですが、『彼女』に積まれているものは、文字通り次元が違う」
体の内部に、遺伝子にそれを組み込まれているのだから。そこまで言うと、女性は足を止めて振り向いた。その目は、自分の無力さに打ちひしがれているような、その相手のことを想っているような、そんな目をしていた。
「『彼女』は、それを自分の技術として昇華し、それを振るう。ただ、それだけの戦闘マシーンに改造されています。相手を傷付け、壊し、殺す。それが『彼女』の全てで、生きている意味で……あんな、あんな年端も行かない少女が!」
語気を荒げた女性は、拳を壁に叩き付けた。施設が揺れるかと思うほどの轟音が響き、そして壁と拳から赤い液体がうっすらとにじむ。
それを見て、千冬は納得が行った。何故彼女が最初の質問に不機嫌であったのか、何故淡々と説明しようとしていたのか。
「すまない。私はどうやら相当無神経だったようだ」
「……理解していただけましたか」
「ああ。現在教職課程を取っているところだが、それに気付けたのが教員免許を取った後でなくて良かった」
「……学生……なのですか?」
「『しののの』のおかげで大分サボり気味だがな」
面食らったような女性に向かって千冬は笑いかけた。そしてそのままさあ行こうと止まっていた足を動かす。それにつられるように女性も再び歩みを進めた。
やがて一行は一つの扉に辿り着く。物々しい雰囲気を纏ったそれは、中のものを守るというよりも、中のものを外に出さないように封印しているといった方が正しい気がした。この中です、という女性の言葉に納得したように頷くと、千冬はロックの外れる音がした扉の前に立つ。
開放されたそこに入る直前、そういえば、と千冬は隣の女性に目を向けた。貴女の名前を聞いてなかった。そう言って不敵に笑った。
「クラリッサ。クラリッサ・ハルフォーフです」
女性――クラリッサは短くそう述べると、ご武運を、と続けた。それを聞いた千冬はありがとうと返し、そんなやり取りを面白そうに見ていた束を伴って部屋へと足を踏み入れる。
だだっ広い空間に、ぽつりと。真っ赤に染まった鎧を――ISを纏った銀髪の少女の姿があった。その金色の瞳は千冬を捉えると細められ、その口には愉悦の笑みが浮かぶ。新しい獲物が来た、そんなことを思っているのは想像に難くない。事実、少女はゆっくりと体を起こし、その手にブレードを呼び出していた。
「やれやれ、挨拶もなしにいきなり戦闘か。最近の小娘はせっかちだな」
言いながら千冬は首のチョーカーを一撫でする。ISはまだ展開しない。隣に立つ束に目配せするのみだ。
少女が一歩踏み出した。ブレードを振り上げ、そのまま斬撃を目の前の獲物にお見舞いするつもりなのだろう。その太刀筋は鋭く、一足目に閃き、二手目に断つ。千冬も良く知る『一閃二断』だ。
「……トレース、という言葉に騙されるところだったな。成程、これは中々」
倒し甲斐がある。『暮桜』を展開した千冬がそれを受け止めながら面白そうに笑った。それはまるで、目の前の彼女と同じようで、獲物を見付けた猛獣のようで。
数年後に弟がするような、プレゼントを貰った子供のように。嬉しそうに笑った。
「行くぞ小娘。……いや、小娘じゃ味気ないか。私は織斑千冬、お前の名前は?」
「ふん。今から死ぬ相手に名乗る必要などあるのか?」
「大層な自信だ。ではこう返してやろう。墓に刻む名前は名無しでいいんだな?」
相手の負けるとは微塵も思っていないその態度に返答するように、彼女もまた負けると微塵も思っていない態度で返す。それを受けた少女は、どこかつまらなさそうに舌打ちをした。自信家など今まで何度も屠ってきた、どうせこれも同じような者だろう、と。
そう判断し、どこか投げやりに自身の名を名乗る。
「……ラウラ」
「そうか。よしラウラ、掛かって来い。お前が私の生徒第一号だ」
「生徒?」
「ああ、そうだ。私の教師生活の第一歩。私を……織斑先生と呼べ!」
「……馬鹿なのか?」
「あ、うん。ちーちゃんの本質は割とバカだよ」
「やかましい!」
千冬とラウラ、二人の剣が何もない部屋の真ん中でぶつかり合った。
「それでは、転――」
「あ、先生。そういうのいいんで早く紹介してください」
言葉の途中でばっさりと切られた真耶はガクリと膝を付く。だが、これもどうせいつものことだと気を取り直すと立ち上がって、教室の外にいる生徒に入るよう促した。蛇足だが、いつものことだと思ってしまう彼女のその姿がいたたまれなくて、千冬はそっと目を逸らした。
小柄な少女だった。輝くような銀髪は、ただ伸ばしているだけであるのにそれが正しい姿に思えてくるほどで。左目に着けている眼帯が印象的な、赤い目をしたその少女は、姿勢を崩すことなく真っ直ぐ立ったまま口を開いた。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
簡潔に、唯一言自身の名前を述べるのみ。それきり口を開く様子の無い少女――ラウラをクラスの面々は怪訝な顔で見詰め続ける。そんな視線を受けたまま立ち続けていた彼女は、視線を横に向けた。いきなり視線を向けられた対象である真耶は、教師の態度としていささか疑問になるほどおっかなびっくり尋ねる。どうかしましたか、と。
「他に何か必要なのですか?」
「え? ……えーっと、好きなもの、嫌いなもの、とか。そういうのを加えると、いいんじゃないでしょうかね」
「了解」
凡そ生徒と教師の会話らしくないそんなものを終えると、ラウラは再び真っ直ぐにクラスの面々を見詰める。好きなものと嫌いなもの、と小声で呟くと、改めて口を開いた。
「好きなもの、というのは特に思い付かない。嫌いなものは――」
言いながら、視線をクラス全員から一人の生徒に移動させた。最前列で自身の自己紹介を聞いている一人の男子生徒へと、である。
「織斑一夏だ」
「は?」
真っ直ぐに目を見ながら堂々と宣言されたその張本人は、思わず素っ頓狂な声を挙げた。それも無理はない。いきなり初対面の人間から嫌いなものとして自分の名前を挙げられればそうもなろう。
だが、彼女はどうやらその声を聞こえていなかったと判断したらしい。やれやれ、と肩を竦めると、教壇横から一歩踏み出し最前列の席のすぐ目の前に、一夏の目の前に移動した。そして、もう一度口を開く。
「聞こえていなかったならもう一度言うぞ。私は、お前が嫌いだ。織斑一夏」
「一回目で聞こえてるっつの! 二回言うな! 傷付くだろ!」
「む、そうか。それはすまなかった」
それだけを告げると、ラウラは自分に割り当てられた席へと歩いていく。平然とした表情で席に座ると、何事も無かったかのように持っていたカバンを開け授業の準備をし始めた。
そして一人、何だか分からない状況のまま固まっている一夏が残された。
「よし、ではホームルームを終わる」
「よくねぇよ!」
勿論、彼の抗議は無視された。
「ラウラ・ボーデヴィッヒぃぃ!」
「別に叫ばずとも声は聞こえている」
昼休み。色々と我慢の限界に達した一夏は直接対決に躍り出た。カバンからバランス栄養食を取り出して齧っているラウラに向かい、クラスではお馴染みとなったテンションで叫ぶ。だが、目の前の少女は今日この学園に来たばかり。そんな態度は何処吹く風で流し、カバンから取り出したスポーツドリンクで喉を潤していた。
「すまんなボーデヴィッヒ。こいつは頭がアレだからな」
「申し訳ありませんわボーデヴィッヒさん。彼は少し頭がアレですので」
追い討ち、とばかりにやってきた箒とセシリアが続ける。加えるとその言葉に残っていたクラスメイト全員が頷いていた為、一夏はその場で体育座りをして床に『の』の字を書き始めた。勿論クラスメイトはスルーした。
「それで、ボーデヴィッヒ。せっかくだから、私達と一緒に昼食でもどうだ?」
「ええ。まずは飲食を共にすることが友人への第一歩ですわ」
二人からの誘い。それを聞いたラウラは数瞬だけ迷ったが、カバンへバランス栄養食を仕舞うとでは行こうと立ち上がった。そんな彼女に合わせるように、教室に残っていたクラスメイトが我も我もとそれに続く。
結局、殆どのクラスメイトが食堂へと向かうことになった。いないのは既に食堂や別の場所で昼食を取っている者くらい。後は体育座りで拗ねている男子生徒が一名。
「織斑一夏」
「ん?」
「お前は、来ないのか?」
さて行こうと皆が言う中、少し待ってくれと述べたラウラが取った行動がこれであった。自身で嫌いだと公言したはずの人物、織斑一夏を誘ったのだ。誘われた本人も目を丸くして彼女の顔を見詰めている。
「どうした?」
「いや、お前俺のこと嫌いなんじゃなかったのかよ」
「嫌いだぞ」
だが、それとクラスメイトとして交流しないのは別だ。迷うことなくそう言い切ったラウラの顔に嘘偽りは全くない。本気でそう思っているのだ、ということを理解した一夏は、立ち上がって食堂に向かう集団の中に加わった。その表情は何とも言えない複雑なものであったが。
「人として色々負けてるな一夏」
「言うな、凹むから」
箒のからかいにそう返す彼を、セシリアは大丈夫ですわと慰めた。彼女は元々学生ではなく、社会に出ていた人物なのだから。そう続けた。
「あー、そういやそんなこと言ってたっけ」
「ええ。確か、軍に所属していたはずですわ」
「軍人? 軍人というと――」
「あれか、語尾にサーを付けろとかそういう」
「とりあえず一夏の知識が偏ってることは分かったよ」
見守っていただけだったシャルルは、そろそろツッコミ役がいないといけないだろうとここで会話に参加する。彼の登場で、セシリアが少し安堵したように見えた。
では続きを、とシャルルが目配せすると、彼女はコクリと頷いて話を続けた。ドイツのIS部隊『シュヴァルツェア・ハーゼ』の隊長。それが彼女の肩書きだった、と。
そこまで話したところで、箒がふと疑問の声を挙げた。軍隊にIS部隊というのは、アラスカ条約的におかしいのではないか、と。
「別に直接的な戦争行為に使われなければ違反はしないはずだよ」
そんな疑問に答えたのはシャルル。隣ではセシリアもうんうんと頷いている。実際に日本でもIS自衛隊というものがあるはずだ、と続けた。
半ば屁理屈なのだろうが、攻めないのならば問題ない、ということなのだろう。
「少し、訂正がある」
そんな四人の会話に口を挟んだのは、話題の張本人であるラウラだった。過去形ではなく、現在進行形だ。それだけを告げると、再びクラスメイトの質問攻めに戻っていった。
その言葉の意味を理解するのに若干時間が掛かった一夏であったが、成程、と納得したように頷いた。つまりは、まだ彼女は軍に所属『している』のだ。
「……何で学生やってんだ?」
「そう言うが、私達も明確に学生がやりたい理由などないからな。やりたいからやる。そんなもんだろう」
「そんなもんかね」
箒の言葉にそう返しながら、一夏はクラスメイトに囲まれている小柄な少女を眺めた。自分のことを嫌っていると公言した少女。自分よりどこか大人の雰囲気を纏っているように思える少女。
そして、どことなく、自身の姉に似ている気がする少女。その後姿を見ながら、どこか納得行かないような表情を彼は浮かべた。
「まあ、そうは言っても。それが本当の姿だとは限らないだろうけどね」
「シャルル?」
彼の思考を盗み見たように。唐突にシャルルはそんなことを言い出した。今見せているその姿が本物ではないかもしれない。その姿が全てではないかもしれない。本当はもっと違う姿なのかもしれない。そんな言葉が一夏の胸を打つ。
だが、それを隣の少女はくだらんと一蹴した。ポニーテールにしたその長い黒髪を揺らしながら、そんなことを気にしていたらキリがない、と続けた。
「今見せている姿が本物であろうとなかろうと、それがボーデヴィッヒであることには違いないだろう。大体、隠すことなくあけっぴろげにしている者の方が珍しいだろうに」
「ああ、箒みたいに」
「お・ま・え・だ!」
「いだだだ! お、俺だって色々隠していることくらいあるぞ!」
「ふーん」
「あからさまに信じてない!?」
それはそうだ、とやり取りを見ていたセシリアは笑った。この少年が何か隠して生活しているようにはとても見えなかったからだ。隣を見るとシャルルも同じように笑っているのが見える。
その笑顔を見て、彼女はふと、彼の転校初日に浮かんだ疑問が再び頭をもたげた。先程の彼の言葉を思い出し、思わずまじまじとその顔を見詰めてしまった。
「どうしたの?」
「……いえ、何でもありませんわ」
今こうして他人に見せている姿が本当の自分ではない。それはきっと、この物腰穏やかな少年にも言えるのだろう。先程の箒の弁ではないが、そんなことは当たり前だ。
そう自分で結論付けたセシリアは、シャルルの『本当』に触れることなく話題を変えた。
どうしてこうなった。鈴音は頭の中でそんな言葉を浮かべた。
時刻は放課後。場所はアリーナ。そこで、白と黒が対峙していた。白は一夏、そして黒はラウラである。双方やる気は充分なようで、一夏の『白式・雷轟』のビームブレードとラウラの『シュヴァルツェア・レーゲン』のプラズマ手刀がぶつかり合って火花を上げていた。
アリーナの観客は鈴音を含めて五人。騒動の発端の場所からすれば少ないが、人それぞれの事情がある以上仕方ない。身も蓋もない言い方をすれば、この五人は用事も何もない暇人だったというだけなのだ。
「で、あたしは食堂で合流した身だから良く分かんないんだけど」
一体全体どうしてこうなった。頭の中で浮かべた言葉を改めて口にした。だが、その疑問に答えられる人物はいないようで、残りの四人もさあと首を傾げている。
「少なくとも、食堂に行くまでの間ではこうなる素振りは一切なかった。多分」
「そうですわね。ラウラさんも一夏さんに敵意を向けていることはなかったですし。多分」
「ご飯食べてる時のおりむーの会話に秘密がありそうだね~。多分」
「多分、ばっかり……」
最初からいた一組の面々、箒、セシリア、本音のその言葉に簪はやれやれと溜息を吐いた。鈴音と同じく食堂で合流――彼女の場合は『させられた』のだが――した彼女は、やはり事情を上手く飲み込めないでいる。
とはいえ、残りの反応からすると結局事情を理解している者はいないようであった。
「でも、織斑君の会話、って……いうと」
この中で一番まともにカテゴライズされる簪は、それでも何とか答えを出そうと頭を捻った。今のヒントから何か導き出せないだろうか。そんなことを考えた。
考えたが、別段悩むほどでもなく、容易にそれは導き出される。
「ボーデヴィッヒさんが……織斑君を、嫌いな理由」
「やっぱし、そこなのかしらね」
どうやら同じ答えに至ったらしい鈴音が肩を竦めた。残りの三人も同じように頷いているところを見ると、その場面で間違いはなさそうである。分からないと抜かしていた連中の意見が当てになるかは別として。
昼食時、一夏が申し出た模擬戦の誘いを断ったラウラであったが、彼のある言葉をきっかけに意見を翻す。その結果がアリーナでのぶつかり合いだ。そして、その言葉というのが、先程簪嬢が述べたラウラが一夏を嫌いな理由について。
「『何で俺を嫌ってるか分かんねーけど』、だっけ」
「多分……そこだと、思う」
「おりむーは嫌いな理由を知ってるに決まってる、って思ってたっぽいよね~」
本音の言葉に一同が頷く。だからこその今までの態度であり、だからこそ違うと分かった時に気分を害した。そう考えるのが妥当なところなのだろう。そこまで考えた一行だったが、しかしそれが分かったところでどうしようもないことに気が付いた。
「結局やっていることは唯の模擬戦ですしね」
「死にはせんだろうからな」
真正面からレールカノンを食らって吹き飛んでいく一夏を見ながらセシリアと箒はそう述べた。どうやら盾でガードはしていたようで、思ったよりはダメージを受けていない彼はスラスターを吹かして再びラウラへと接近していく。その体が何かに掴まれたように急停止すると、追撃のレールカノンで再びアリーナの端まで吹き飛んでいった。
「『AIC』、ですか」
「へ? 何それ?」
セシリアの呟きに鈴音は首を傾げる。どうやら先程の攻防の際に使われた何かのようだが、彼女には聞き覚えのない単語であった。そんな言葉を受け、セシリアはやれやれと肩を竦める。一応代表候補生なのですから、もう少し知識を身に付けてください。そんな言葉を続けた。
「どーせあたしは馬鹿ですよ」
「大丈夫だ鈴。私も分からん」
「あ、私も~」
「馬鹿トリニティですわね」
「トリニティ馬鹿の方が……語呂がいい、よ」
「二人して!?」
「馬鹿にされてるぞ鈴」
「そうだね~りんりんちゃん」
「アンタらも一緒に馬鹿にされてんの!」
いいから説明、と肩で息をしながら彼女は続ける。シャルルや癒子、ナギがいない上簪までもボケに回った以上この場でツッコミを取り仕切るのは鈴音唯一人。必然的に会話の進行役を務めるのも彼女の役目と相成るわけである。
では話を戻しましょう、とセシリアはコホンと咳払いを一つ。
「『アクティブ・イナーシャル・キャンセラー』、慣性停止能力、とでも呼ぶべきでしょうか。まあ、名前はどうでもいいですわね」
「うん、まあ、名前はどうでもいいけどさ。慣性停止? 『PIC』の逆みたいな感じってこと?」
「理屈の概ねはそんな感じですわ。俗称では『停止結界』などと呼ばれていたりもしますわね」
「成程。さっき一夏が急に止まったのはその為か」
文字通り『停止』させられたのだろう。そのことを理解した箒は視線を再びアリーナに向ける。地面と空間の両方を蹴り上げて的を絞らせないように動きながら射撃を行う一夏がそこに見えた。恐らく彼も『AIC』のことなど知らないはずだが、本能的に、彼特有の勘で何かを悟ったのだろう。ラウラの『停止結界』は的を絞れず空振りしていた。
暫くそれを続けた彼女は、『停止結界』で捕らえることをやめる。代わりにワイヤーブレードを展開し、回避を続ける一夏の逃げ道を潰していった。このまま包囲し、再びレールカノンを叩き込まんと右肩の砲身が唸りを上げる。
だが、その砲弾が発射される前に衝撃がラウラを襲った。『雷轟』のビームブレードが砲身に投擲されたのだ。短く舌打ちすると、彼女はレールカノンをパージする。それにより、発射寸前であったレールカノンはその唸りを潜めた。
「向こうの射撃武器はあれくらいっぽいし、これで一夏が大分有利になったのかな」
ワイヤーブレードとプラズマ手刀のコンビネーションに攻撃パターンを切り替えた『シュヴァルツェア・レーゲン』を見て、鈴音はそんな感想を漏らす。隣では本音もうんうんと頷いているのが見えた。だが、箒とセシリア、そして簪はそう上手くはいかないだろうと彼女に返した。
「まあ、あくまで模擬戦ですからそこまではしないのかもしれませんが、武装が本当にあれだけとは思えませんわ」
「よしんばあれだけだとしても、あんな牽制に使えない射撃武装を一つ失ったところで一夏に勝利の天秤が傾くとは思えん」
「軍人さんだし……このくらいの状況は、慣れてるんじゃない、かな」
三者三様にそう言われてしまえば、成程確かにと頷かざるを得ない。そうなるとやっぱりまた吹っ飛ぶのかな、などと思いながら、鈴音はアリーナに意識を戻した。
『白式・雷轟』の足にワイヤーブレードが絡みつく。そのままラウラは力任せに引っ張ると、体勢が崩れた一夏に向かってプラズマ手刀を振り下ろした。レールカノンをしこたま食らっている以上、これを食らってしまえば恐らく勝負ありであろう。それを本人も分かっているのか、絡め取られたまま『雷轟』を『真雪』に換装しその刃を半ば強引に装甲で弾いた。そのまま近距離でビームカノンを叩き込む。自身にも影響は出るが、自前の装甲でどうとでもなると考えた大胆な行動であった。
閃光、そして爆炎。衝撃でお互いに吹き飛んだ二人は、体制を立て直しながら真っ直ぐに相手を見詰める。その顔には、始めた頃の不機嫌さは微塵もない、楽しそうな笑顔があった。
「拳を交えれば分かり合える、ってか……馬鹿ばっかよね」
「鈴、何故こちらを見ながら言った?」
「そうですわ。訂正を要求します」
「うん……」
「りんりんもそのカテゴリーだと思うよ~」
そんなことは分かっているとばかりに笑みを浮かべると、鈴音はそろそろ休憩を取らせるかと観客席を乗り出した。あくまで模擬戦、ここで死力を尽くすにはまだ早い。彼女はそう考えたのだ。
どうせ決着を着けるならばそれなりの舞台がいい。そう同じように考えた本音も鈴音に続く。幸いにして学年別トーナメントが近い内に開催されるのだ。続きはそこでも遅くはない。
どうやらそれは戦っている二人も同じようで、お互いどちらともなく構えを解いて座り込んでいた。とりあえずあの発言は保留にしておいてやろう。そんな言葉が一夏へと告げられていた。
「丁度いいみたいね。おーい、二人共ー」
ブンブンと手を振って叫んだ鈴音は、二人が自分の方を向いたのを確認して笑顔を浮かべた。が、すぐにその表情が怪訝なものに変わる。残りの四人も気付いているようで、視線を一夏達ではなく、その後方へと向けていた。
いつの間にか現れていた、ISを纏った二人組へと。
「やあ」
一夏がそれに気付いたのは、向こうで手を振る鈴音達の表情が変わったからだった。弾かれたように視線を彼女達が見ている場所に向けると、そこに立っている二人組が視界に映る。
少しくすんだオレンジに塗装されたISと、紺碧に塗装されたIS。頭部はヘルムで覆われており、どんな人物なのかは見て取れない。
そんなオレンジのISのパイロットは、一夏が視線を向けると何とも気楽な挨拶を述べた。その声は、装置で変声されているらしく少しトーンがおかしい。
「凄い戦いだったね。思わず見ていてワクワクしたよ」
見えている口の部分が笑みを形作る。それが本心からなのか、それともただの社交辞令なのかは分からないが、しかしそのフレンドリーさが突然現れたことも相まって不気味さをかもし出していた。
「誰だ、貴様等」
同じように乱入者に気付いたラウラがそう問う。問われた方は少し考える素振りを見せたが、やがてどう答えようかなどと隣に立っているもう一人に視線を向けた。口元しか見えないが、そこにはやはり変わらぬ笑みが浮かんでいた。
「……どうやらまともに答える気は無いようだな」
「そういうわけじゃないんだけどね」
少し苛立ち混じりのラウラの声に、オレンジのISパイロットは頬を掻く。仕方ないな、などと言いながら、二人に向かって一歩踏み出した。
「私はデゼール。そしてこっちはエム」
その声に合わせて、動かなかったエムも一歩踏み出す。その行動を尻目に、所属も答えておこうか、などとデゼールは続けた。
「『亡国機業』って言えば、分かってくれるよね」
「……またあの連中かよ」
「あはは。ごめんね。こっちも上司の命令だからさ」
苦虫を噛み潰したような顔をした一夏に向かって、彼女はそう言って笑いかけた。右手にアサルトライフルを取り出すと、その銃口を突きつける。隣では、エムが近接ブレードを構えていた。
「私達と、戦ってくれないかな?」
「嫌だ。理由がねぇよ」
「加えるならばこちらは先程の戦いで疲弊している。戦うならば万全の状態が望ましい」
デゼールの提案を二人は一蹴する。だが、それを聞いても銃口を下げずに彼女は笑う。そっちには無くても自分にはある。そう言いながら尚も一歩踏み出した。
「それに、そっちの君は軍人でしょ? 万全じゃないと戦わないなんて、そんな子供の言い訳みたいなことを言っちゃっていいの?」
「わざわざ不利な戦いに身を置く必要は無い。戦うのならば万全を期し、そして打ち勝つ。そういうものだ」
「……挑発には乗らないか」
肩を竦めてはいるが、しかし依然として銃口は二人に向いている。隣ではエムが面白くなさそうな雰囲気をかもし出しているのが感じられた。
「そっちの方もやる気ないみたいだし、また今度ってことで」
「んー、そうだね。しょうがないか」
一夏が述べたその言葉に同意するように頷くと、彼女はそのまま向けていたアサルトライフルの引き金を躊躇無く引いた。虚を突かれた二人は回避する間もなくその銃弾の雨を浴びてしまう。そのまま込めている弾が無くなるまでデゼールは銃を撃ち続けた。
「戦ってくれないなら、そのまま始末すればいいだけだしね」
表情を変えることなく、笑顔のまま彼女は引き金を引き続ける。やがてその銃からカチカチと弾切れを示す空撃ちの音が聞こえると、それを収納しもう一丁の銃を取り出した。当然、銃口を二人に向けて引き金を引く。引こうとする。
だが、その動作は途中で止められた。隣のエムが彼女の手を押さえたのだ。
「どうしたの?」
「無駄撃ちをするな。――どうやら、やる気になったようだしな」
「あー……みたいだね」
視線の先では先程の銃弾を全て『停止結界』で受け止めているラウラの姿が見えた。その背後では『白式・雷轟』がビームガンを構えているのも見える。その表情は真っ直ぐにデゼールとエムを睨み付けていた。
「ラウラ、いけるか?」
「誰に物を言っている。そっちこそ、足を引っ張るなよ織斑一夏」
それと、どさくさに紛れて呼び捨てにするな。そう続けると、ラウラはプラズマ手刀を展開しスラスターを吹かした。それに合わせるように一夏も直進。迎え撃つようにエムは前に出、デゼールはそんな彼女の影から銃を構える。
「行くぜこのヤロォォォォォ!」
一夏の吼えるような叫びが、アリーナに響いた。
というわけでこれでようやくヒロイン全員登場、ですかね。
……仲間になる順番が変更されてる感じはしますけど。