ISDOO   作:負け狐

17 / 41
大分間が空いてしまいました。

そしていつもより更に短いです。
申し訳ない……。


No16 「そう簡単にはいきませんわ」

 放課後である。一夏は朝から落ち着き無く視線を彷徨わせているし、ラウラは特に変わることなくクラスで過ごしている。そんな両極端な両者は、結局そのまま肝心な部分の会話をすることなく教室から出て行った。

 

「いかん、聞けなかった……」

 

 今からでも聞いてこようか。そんな考えが頭をもたげたが、しかしそれを振って散らす。一日過ごして別段問題なかったのならば大丈夫だろう。正しいかどうかはともかく、彼はそう思うことにしたのだ。

 もう部屋に帰って休もう、そう結論付けた一夏はそのまま寮へと足を運ぼうとしたのだが、しかし。ちょっと待て、と背後から声を掛けられた。聞き覚えのある声、そんな次元ではないほどの聞きなれた声が彼の耳に響く。

 

「何だよ箒」

「暇か?」

「……暇だ」

「付き合え」

「男女の意味で?」

「剣士の意味でだ」

 

 短い会話の応酬。その二言三言で話がついたのか、しょうがないな、と一夏は箒の隣へと移動する。それで、どこでやるんだ。そう述べた彼の方に視線を向けた箒は、決まってるだろうと答えた。

 

「剣道場だ」

「ああ、生身でやるのか」

「当たり前だ、部活だからな」

「え? 何で俺呼ばれたの?」

「サンドバッグ役」

「全力で抵抗してやる!」

「望むところだ、刀の錆にしてくれる」

 

 そこまで言うとお互いに不気味な笑い声を上げて我先にと剣道場まで向かっていってしまった。本人達からすれば日常の会話である。普段通りなのである。その証拠に、それを見ていた千冬は溜息を一つ吐くだけで済ませている。

 勿論、それ以外の面々はついていけないと立ち尽くすのみである。それでも一年一組の生徒の復活が早いのは慣れがなせる業か。

 そんな中に、一人驚きもせず呆れもせず、二人を見詰めていた人物が一人。

 

「あれ? 一夏何処かに行くんだ」

 

 じゃあ、丁度いいかな。その人物、シャルルはそう呟いて笑みを浮かべた。廊下を歩き、周りの生徒に挨拶を返しながら、一人、校舎の外へと歩みを進める。

 

 

 

 

 

 

「きょーうこそ! あたしが! 勝つ!」

 

 アリーナの中心でそう叫んだのは鈴音。目の前の相手、セシリアに向かって指を突きつけていた。対するセシリアは何処吹く風、その叫びをさらりと躱す。

 

「気合充分ですわね」

「あったり前じゃん。練習的なのはともかく、ちゃんと試合するとあたしセシリアに一度も勝ててないんだし」

「それだけを聞くと、今日勝つという言葉に説得力がありませんが」

「段々差は縮まってる! ような気がするから、いけるはず」

「一夏さんじゃないのですから、脊髄反射で喋るのは止めるべきかと」

 

 やれやれ、と肩を竦めながらセシリアは『ブルー・ティアーズ』を展開し真っ直ぐに立った。武器を展開せずに自然体で佇む。彼女独特の戦闘スタイルである。言い換えれば、手を抜かないということも意味していた。

 それが分かっているので、鈴音も『甲龍』を展開、『双天牙月』を取り出すと姿勢を低く構えた。油断など決してしない、真っ直ぐに相手を見る。

 

「行きますわよ」

「来なさい!」

 

 言葉と共に彼女の右手は射撃体勢に入っていた。ハイパーセンサーを起動していて尚見えないその高速射撃を、鈴音は体を少しずらすことで躱す。そのままの勢いを利用して前にスラスターを吹かし、一気に距離を詰めた。右手に持った『双天牙月』を振り上げる。逆袈裟の軌跡はセシリアの体を薙ぐ、そのはずであった。

 

「んなっ!?」

 

 彼女の左手。射撃を放ったそれとは反対のそこには、一本の近接ブレードが握られていた。振り上げられた刃にそのブレードを当てることで軌道をずらし、自身も後ろに下がることで完全に回避する。後は攻撃後の隙に射撃を叩き込めば終わりである。

 

「こなくそぉ!」

 

 左手に『双天牙月』をもう一本。体勢を崩して尚、鈴音はセシリアへとその刃を届かせる。『クイックドロウ』ではない通常射撃であったことが幸いし、その刃は射撃とほぼ同時に相手へと叩き込まれる。射撃は額へ、刃は心臓へ。共に、当たれば致命傷だ。

 

「くっ」

「とぉ!」

 

 セシリアは左手の『インターセプター』を心臓部へ動かし迫る刃を受け止める。鈴音は振り上げていた『双天牙月』を叩き付けるように銃口へと振り抜き、弾道を逸らした。お互いにゼロ距離のまま息を吐くと、示し合わせたようにバックステップで距離を取る。

 

「馬鹿力ですわね」

 

 『インターセプター』を仕舞った左手の痺れを取るようにひらひらとさせながら、セシリアはそんなことを述べた。挑発効果も狙って放ったその言葉だが、生憎と既に鈴音のテンションは最高潮である。今更一言二言何か言われたところで何も変わらない。完全に彼女の頭の中は「真っ直ぐ突っ込んでぶっ飛ばす」ことで占められていた。それが分かったのか、首をゆっくり横に振りながらセシリアはもう一度無手で真っ直ぐに立つ。

 

「あたしが馬鹿力ってんなら、そっちは馬鹿の一つ覚えね」

「その言葉、そっくりそのままお返し致しますわ」

 

 ニヤリ、と二人で口端を上げる。先程と同じ体勢であるものの、その集中力は更に研ぎ澄まされ、まるで辺りになにも存在していないかのような静寂さが生まれる。アリーナは二人だけの世界、余計な邪魔も、観客も、何も無い。今ここにいるのは自分と目の前の相手だけ。ただ、それだけ。

 

「って、ちょっと待った」

「どうされました?」

 

 さあ後はぶつかり合うだけ、そんな状態まで緊張感を高めていたその時、鈴音が奇妙なことに気付いた。キョロキョロと周囲を探るように視線を向けると、やっぱりおかしいと呟く。一体どうしたのだ、そんなことをセシリアが聞くと、ほら見てよと手を広げた。

 

「誰もいないわよ」

「え? あら、本当ですわ」

 

 集中していて気付かなかった。そんなことを呟きながら鈴音の言葉にセシリアは同意した。同じように周囲をキョロキョロと見渡す。

 本来ならば放課後に開放されているアリーナは練習をする生徒や観客でごった返すはずなのだが、驚くほどの静寂をこの場は生み出していた。「まるで」、「ような」ではなく、実際に今現在ここには鈴音とセシリアの二人しかいないのだ。練習する生徒も、観客も、誰もいない。

 ひょっとして今日このアリーナは使用出来なかったのだろうかと首を傾げながら端末で検索してみるものの、第三アリーナは「使用可」の表示が出ている。では一体何故。そんなことを考えつつ戦闘を中断して周囲を探索したが、結果はやはり無人であるということだけであった。

 

「何か、あったのでしょうか?」

「どうなんかなぁ」

 

 特に問題が無いのならばこのまま使用させてもらえばいいのだが。首を傾げながらもそんなことを呟いたその時である。二人のISのセンサーが機体の反応を確認した。アリーナの入り口、今正にこちらに向かってこようとしている機影を捉えたのだ。二人は弾かれたようにそちらへと向き直った。ゆっくりと地を踏みしめる音と、金属音が人気の無いアリーナに響き渡る。

 二人は言葉を発しない。センサーが捉えたその機影は、『アンノウン』。期待名も搭乗者もそのどちらも不明。学園に通っている生徒ないし働いている教師の機体ならばそんなことは起こり得ない。

 

「……」

 

 どちらかの息を呑む音が聞こえた。二人の想像は概ね一致しており、そしてその想像はこの状況が非常に危険であると示している。逃げるか、戦うか。どちらにせよ、相手は恐らく『亡国機業』。

 

「……え?」

 

 そんな覚悟は、目視出来るようになったその機体を見て吹き飛んだ。正確には、搭乗者を見て、である。

 伸ばした銀髪、日本人ではないその顔立ち。それは彼女達の見知った顔で。

 

「ボーデヴィッヒさん? いや、でもその機体は……」

「……アンタ、眼帯は? っていうかその目」

 

 彼女達の見知らぬ金色の瞳が、左右に輝いていた。

 

 

 

 

 

 

「ここにいるのは貴様等だけか」

 

 やって来た彼女は二人と同じように辺りを見渡していたが、他に人がいないと分かるとそう声を掛けた。その言葉に二人が首を縦に振ると、ならば貴様等で構わん、と一歩踏み出す。

 

「何がよ」

「知れたこと。この体を馴染ませる練習相手になってもらうぞ」

 

 言うが早いか、一気に肉薄すると彼女はその拳を鈴音に叩き込んだ。いきなりの攻撃、その為一瞬反応が遅れてしまったものの、『視ていた』おかげで一撃を躱すことに成功する。いきなり何するんだ、と叫びながら反撃の蹴りを繰り出した。カウンターであったはずのそれは、しかし彼女に難なく避けられた。

 

「大体、まず質問に答えなさいよ。何で目が金色なのよ、眼帯何処にやったの、ていうか昨日までと乗ってた機体違うじゃない!」

 

 怒涛の勢いで捲くし立て、さあ答えろと鈴音は指を突きつけた。突きつけられた彼女は、ふんと鼻を鳴らし、うるさい奴だ、と言い捨てる。

 

「まあいい、答えてやる。私の目は元々金色だ、そしてこの機体こそが私の本当の機体だ。……赤い目も、眼帯も、『シュヴァルツェア・レーゲン』も。あんなものは、偽物だ!」

「……偽物? ボーデヴィッヒさん、それは一体――」

「ボーデヴィッヒと呼ぶな! 私はラウラだ、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』などではない!」

 

 セシリアの言葉に被せるように叫ぶと、ラウラはその血に塗れたような赤いISを纏った腕を掲げた。その手には、一本の近接ブレードがいつのまにか握られている。どこか日本刀に似たそれを、彼女は腰に構える。居合い、彼女が行うのはとこかちぐはぐに感じられるそれを、迷うことなく行った。

 

「来い、有象無象。私の肩慣らしの相手になってもらう」

「……何だか知らないけど、要はケンカ売ってるのよね」

 

 じゃあ買ってやろうじゃない。セシリアの制止を聞かず、鈴音は『双天牙月』を両手に構え前傾姿勢を取った。相手の居合いがどんなものかは知らないが、それを上回る速度で肉薄すれば何も問題ない。

 そう結論付け、『瞬時加速』で一気に突っ込む。相手との距離が一瞬でゼロになり、そして彼女の刃がその首を刈る。

 

「遅い」

 

 その前に、ラウラの居合いは放たれていた。激突するはずだった両者は、すれ違うように交差し、そして力を失った鈴音が地面に倒れこむ。突っ伏した彼女はピクリとも動かず、勝負が一撃で着いたことを示していた。

 

「り、鈴さん!」

 

 我に返ったセシリアが慌てて鈴音に駆け寄る。どうやら気を失うまでには至らなかったようで、痛い、とうわ言の様に呟いている以外は概ね大丈夫そうであった。ただ、その言葉の原因となったであろう居合いの傷跡は深く、少なくともこれ以上の戦闘は不可能であることを窺わせた。

 

「……っつー。何これ、何で二回斬られてんの?」

 

 『甲龍』に刻まれている剣閃は二つ。攻撃手段を奪う為に肩を切り裂く一撃と、相手を打ち倒す為に胴体に叩き込まれた一撃。そのどちらもが重大なダメージを与えているようで、鈴音は動かせない体に舌打ちをした。

 

「頭に血が上り過ぎだ。単細胞は早死にするぞ」

「うっさい!」

 

 鈴音の方を見もせず、ラウラはそう言い放つ。まあそこそこ体を温めるのには役に立ったか、と続けた彼女は、もういいから帰っていいぞと手をヒラヒラと動かした。それはまるで野良猫か何かを追い払っているかのごとく。

 

「……まだ、わたくしと戦ってませんわ」

「ふん。別にそう大差ないだろう。やるだけ無駄だ」

 

 ゆっくりと立ち上がったセシリアはそう呟き、ラウラはそれに鼻を鳴らして返す。完全に嘗めている態度であり、そして彼女はそれがとてつもなく気に入らなかった。

 無言で『クイックドロウ』を行い、ラウラの頬ギリギリに銃弾を放つ。振り向きもしなかった彼女は、そこでようやく顔を向けた。そこに映ったのは、目を完全に狩人のそれに変えた一人の少女の姿。

 

「弱い犬ほど噛み付きたがる」

「そう思うならば、試してみては? それとも、噛まれた痛みで泣き出してしまうのが心配ですか?」

「抜かせ、雑魚が!」

 

血に塗れたかのような赤い機体と、海の底のような青い機体。観客のいない静寂の世界で、その二体はお互いを打ち倒さんと疾駆した。

 

 

 

 

「『ブルー・ティアーズ』!」

 

 セシリアのBT兵器がラウラの周囲を舞う。四方を囲い、正面には狙撃役のセシリア。彼女の基本にして、王道の戦闘パターンだ。BTの射撃を掻い潜れなければ削り切られ、躱すのならば『クイックドロウ』で仕留める。

 それが通用する相手ならば、鈴音はあれほどあっさりとやられたりはしない。

 

「甘いな」

 

 BT兵器から発射されるビームをわざと掠らせるように躱し、彼女の視線は一切動かない。反応が必要なのはセシリアの射撃のみで、周囲のビットなど気にするまでも無いということなのだろう。

 ラウラはそのまま左手に取り出したビームガンをセシリアへと放った。特に何の変哲も無い射撃、そう思ったセシリアはそれを難なく避けたのだが、その瞬間に右肩に鋭い痛みが走った。意識を向けると、そこにはいつの間にか放たれた二射目のビームが突き刺さっている。自身の認識の外で起きたその光景に目を見開くセシリアを余所に、ラウラは銃を連射した。その射撃を躱すたびに、見えない二射目に打ち抜かれる。

 

「どうした? 威勢がいいのは口だけか?」

 

 その言葉にセシリアは何も返さない。ただ真っ直ぐに前を睨むのみである。先程までの射撃での被弾箇所は三箇所。右肩、左脚、そして腰である。戦闘に支障があるほどではないものの、このまま射撃が躱せなければ当然被弾は続き、そしてまず間違いなく彼女の敗北で終わってしまう。簡単に予想出来るその結末を思い描いたセシリアは、それを振り切るように頭を左右に振った。まだ自分は終わっていない、こちらの反撃だってある。そう自身に言い聞かせた。

 

「射撃が得意なのだろう? 撃たないのか?」

 

 それは奇しくも目の前の相手が放った挑発と重なるもので。無性に悔しくて、普段の彼女らしからぬ表情で叫んだ。そんなこと、言われなくとも分かっている、と。

 

「今度はそっちが、目を見開く番ですわ!」

 

 『クイックドロウ』で取り出した『スターライトmkⅢ』からビームが発射される。完全に虚を突いたその一撃はラウラの額のあった場所へと正確に打ち込まれ、だが寸でのところで彼女の左腕に受け止められた。高出力のビームを受け止めたその掌は煙を上げており、それを見たラウラは一瞬苦い顔をして舌打ちをした。

 

「あら、予想外だという顔をしてらっしゃいますわね。わたくしとしては予想通りなのですけれど」

「……ふん。まさかそんなものを使えるとはな」

 

 褒めてやろう。動きの鈍くなった左手を動かしながら、右手に先程鈴音を切り伏せたブレードを取り出した。思ったよりも防御した左手のダメージが大きいようで、結果として先程の射撃技能を封じることにも成功したようだ。とはいえ、まだ右腕は無傷であるし、左手だって全く動かないわけではない。それを体現するかのように、先程鈴音を鎮めたのと同じ居合いの構えを取り、真っ直ぐにセシリアを睨んだ。この一撃で決めてやる。言外に、そう述べていた。

 

「そう簡単にはいきませんわ」

「どうだかな」

「抜き放つのは一度。しかし、放つのは二撃。一撃目で相手の得物を切り裂き、二撃目で相手を断ち切る」

「……」

「違いましたか?」

「それで、何だ? 分かっていれば避けられるとでも?」

 

 瞬時にセシリアの懐に飛び込んだラウラは、居合いからの一撃を抜き放った。目の前の相手は無手。それで動揺を誘おうとしていたのならば、甘い。先程の『クイックドロウ』で種は割れているのだ。

 彼女のそれは早撃ちというよりもむしろ今ラウラが行っている居合いに近い。持っていないように見えて、既に得物は構えている。そう考えれば話は早く、武器を切り裂く一撃目はその右手に、そして二撃目は正中線に。それで決着は着く。そう考えた彼女の眼は、次の瞬間に驚愕に見開かれた。

 

「『スターライト』は、二丁ありましてよ!」

 

 『クイックドロウ』で両手に取り出したライフル。それを重ねて構えることでラウラの予想を超える衝撃を与え、斬撃を逸らしたのだ。それと同時に、その銃口を相手に向ける。二丁の銃口が捉えている先は頭と心臓部、距離はゼロ。これで躱すことはほぼ不可能。後はセシリアが引き金を引けば勝負ありだ。

 無論、それは引ければ、の話である。

 

「なっ……!?」

 

 ゼロ距離からの『瞬時加速』。密着し、激突した両者はそのままアリーナの壁へとぶつかった。ラウラのクッション代わりにされたセシリアは壁に激突した衝撃で銃口が逸れ、その隙を狙ったラウラによりライフルを纏めて切り裂かれる。爆発し、吹き飛ぶライフルの衝撃に合わせ、ラウラが放ったのは回し蹴り。側頭部に叩き込まれたそれは、彼女の体をピンボールのように弾き飛ばした。

 

「ちょ、セシリア!?」

 

 動けない状態でその戦いを見ていた鈴音が思わず叫ぶ。バウンドし地面に倒れたセシリアは、先程の彼女のように動かない。

 そんな彼女へ、ラウラはゆっくりと近付いていく。別に止めを刺すわけではないようで、右手の刀は下げられていた。

 

「鈍っていたとはいえ、私の『一閃二断』を防ぐとはな。褒めてやろう、貴様はそこそこ強かった」

「……勝手に、終わらせないでくださいませ」

 

 距離にして、凡そ五歩。ISならば一瞬で詰められるその長さまでラウラが近付いたところで、セシリアはゆっくりと立ち上がった。顔は汚れ、腰のミサイルタイプのBTは衝撃でへし折れている。何とか使えそうな射撃武装は背中のBT兵器四つのみ。明らかに死に体であるその状態で、彼女はそれでも立ち上がった。

 胸のダイヤモンドが光に反射し、薄く輝く。それを見たセシリアは、汚れた顔も拭わずに笑った。

 

「そんな状態でどう戦うつもりだ?」

「勿論、こうですわ」

 

 取り出したのは一本の近接ブレード。右手にそれを構えたその姿を見たラウラは怪訝な顔を浮かべ、そして呆れたように溜息を吐いた。足掻くのはいいが、見苦しい。そう言って右手に持ったブレードを正眼に構えた。

 一閃。ラウラの一撃をセシリアは受け流す。初撃が弾かれたことでラウラの表情が変わるが、しかしすぐに冷静さを取り戻し二撃、三撃と続けた。しかし、そのどれもを彼女は受け流し、止めとなるはずのその斬撃を受け付けない。ボロボロであるにも拘らず、その姿にはどこか気品が漂っているように感じられて。

 

「……ふん」

「どうされました?」

「それでどうやって勝つつもりだ? 貴様のそれはあくまで防御用。攻撃に転じればすぐにボロが出る」

 

 セシリアは答えない。ただ、静かに剣を構えるのみである。表情は変わらず、何かを諦めた様子も見当たらない。その代わり、自身の勝利を掴み取ろうとする闘志だけははっきりと伝わってきた。

 何が狙いだ? そう言ってラウラは少し距離を取った。同時に、正眼から上段に構えを変える。

 

「狙い、ですか……。そうですわね」

 

 言いながら、ちらりと視線を横に向けた。そこには、動けない状態で二人の戦いを見詰めている鈴音の姿が。

 視線を向けられた鈴音は、目をパチクリと瞬かせ、そして納得したように頷いた。『龍咆』を起動し、倒れていた体を無理矢理起こす。その体勢のまま、唯一動く左手を振り上げた。

 

「どっせぇぇぇぇい!」

「何?」

 

 声の方へと視線を向けると、真っ直ぐ飛来してくる一つの刃。『甲龍』の『双天牙月』、二本を連結させることでブーメラン状になったそれが、目の前に迫っていた。とはいえ、避けられない状況などでは全く無い。叫ぶことで攻撃の初動作は視認出来た上に、飛来するものは真っ直ぐ飛んでくるのみ。軽く上体を反らすことでそれを躱すと、呆れたように溜息を吐いた。

 

「何かと思えば、そんな不意打ちを行おうとしていたとは。興醒めだ。さっさとケリを――」

 

 ラウラの言葉は途中で遮られた。視線を戻した先、そこで自分に振り下ろされている刃が視界に飛び込んできたからだ。放たれた斬撃をブレードで受けるが、肉厚なその大刀の一撃は、日本刀を思わせる彼女のそれでは完全に威力を殺しきれない。後ろに引き飛ばされたラウラは、体勢を瞬時に立て直し目の前の彼女を真っ直ぐに睨んだ。

 『ブルー・ティアーズ』を纏ったセシリアが構えている一対の刃。それは、先程不意打ちだと思われていたその刃。本当の目的は、ラウラに攻撃することではなく、彼女に渡すこと。

 

「わたくしの狙いは、これですわ」

 

 『双天牙月』を構えたセシリアが、そこにいた。

 




近接戦闘セシリアさんの巻。

仲間の武器を使うって、何かいいですよね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。