まだまだ遠いなぁ……。
「……嘗めているのか? それとも自棄になったか? どちらにせよ、ふざけた格好だ」
目の前の相手を眺め、ラウラはそんな感想を漏らした。その顔には焦りなどは欠片もなく、変わらぬ表情のまま佇んでいる。
対するセシリアは『双天牙月』を二・三度確かめるように素振りをすると、息を吐き、真っ直ぐに相手を睨んだ。そこに浮かぶのは諦めでも自暴自棄でもない。純然たる闘志である。
「生憎と、そのどちらでもありませんわ。わたくし、勝ちに来てますの」
「ほう。面白い冗談だ」
「……では、もっと笑っていただこうかしら」
言葉と同時に『双天牙月』を投擲する。フェイントも何も無い真っ直ぐなその軌道は、当然の如くラウラには通用しない。最小限の動きでそれを躱すと、つまらんと吐き捨て一気にセシリアに肉薄した。右手に持っていたブレードを横に薙ぐ。常人には捉え切れないそのスピードの一撃は、当たれば容易く胴を両断する威力を秘めていた。
すぐさま『インターセプター』を取り出し、その一閃を受け流した。そのことで一瞬だけラウラの眉が動いたが、しかしそれ以上の変化は無し。すぐさま手首を返し逆袈裟に切り上げる。その一撃も読んでいたかの如く、セシリアは右手の剣で弾き返した。
「ふん、結局やることは同じか。とんだ茶番だ」
「……ええ、茶番ですわ」
ラウラの言葉にそう返したセシリアは、笑った。こんな子供騙しが通用するなんて思いもよらなかった、と笑った。
その言葉と同時、ラウラの機体のハイパーセンサーが後方からの飛来物を捉えた。すぐさま反応した彼女はその飛来物に対処する為にブレードを後ろに構える。
そこへ、目の前の相手がブレードを突き立てた。
「っと、流石に決まりはしませんでしたか」
「当たり前だ。自分で言っただろう、子供騙しだと」
ブーメランとして戻ってきた『双天牙月』はブレードで弾かれ、セシリアの突きは左手の掌底でポイントをずらされていた。結果としてダメージは殆ど通らず、未だラウラは健在のまま。だが、少し距離を取る為にバックステップをしたセシリアに追撃を行わないところを見ると、多少は警戒しているのかもしれない。
弾かれた『双天牙月』を回収し、彼女は再び分割、自身のブレードを仕舞い両手にそれぞれ二刀を持つ。半身に構え、左手を前に突き出す格好のまま視線は真っ直ぐ前を向いている。
「もう不意打ちは通用せんぞ」
「あら、わたくしとしては最初に通じてしまったのが驚きでしたけれど」
「減らず口を」
ラウラは再びブレードを正眼に構える。お互いに構えたまま動かず、しかしそのままでは埒が明かない。何より、硬直はそれだけでセシリアに不利な状況へと変わっていってしまうのだ。涼しい顔をしているが、その実彼女は満身創痍である。本来遠距離射撃用の機体である『ブルー・ティアーズ』で格闘戦を挑んでいる理由の一つがそれで、他にもう手段が無いからなのだ。
とはいえ、彼女の中ではもう一つの理由の方が余程大きいのだが。
「まだやる気か?」
「当然ですわ。わたくしはまだ動けます」
「自慢の射撃が封じられて、よくそこまで口が回るものだな」
「……当然、ですわ。今のわたくしは、これを持っていますから」
『双天牙月』を掲げる。そして、姿勢を低く構えた。大地を蹴る力とスラスターとの相乗効果で一気に加速し、ラウラの眼前まで迫る。そのまま左右の青龍刀を力任せに叩き付けた。日本刀をベースにしているラウラのブレードでは肉厚の大刀の衝撃は殺しきれない。舌打ちしながら自ら後ろに飛び、武器の破損を最小限に留めた。
「まだまだぁ!」
スラスターを吹かす。再び肉薄したセシリアは、全体重を乗せた一撃をラウラへと叩き込む。受け止めるのではなく受け流すことに重きを置いた回避によりその一撃をしのいだラウラだったが、しかし尚も止まらない彼女の攻撃に段々と後方に追い詰められていった。
常に上から見下ろしているような表情であったラウラに、一瞬焦りが生まれる。下がり続けているこの状況を良しとしていないのは明白であった。傍から見る限りでは、打つ手が無いように見えた。
攻撃の隙間を縫い、ラウラが突きを放つ。眉間へ繰り出されたそれは、とっさに首を捻ったセシリアの行動により突き刺さることは無かったが、回避を行ったことで攻撃の手が一瞬だけ緩んでしまう。そこを逃さず、ラウラはセシリアを土台にし蹴り飛んだ。一気に距離を離すと、大きく息を吐く。
「猪か、貴様は」
「ええ、今日のわたくしは、猪ですわ。『真っ直ぐ突っ込んでぶっ飛ばす』、最強の猪です」
笑い、そして再び前傾姿勢を取った。真っ直ぐ相手を見て、真っ直ぐ突っ込み、そして真っ直ぐにぶちのめす。彼女の頭の中を回っているのはそれのみだ。
凰鈴音と共に、この勝利を掴む為に。
「……友の為か」
「下らないと一笑するならしなさい。貴女が惨めだという証左になるのですから」
真っ直ぐに突っ込む。『双天牙月』を振り上げ、そして叩き付ける。普段の彼女からは考えられないほど強引で野蛮な一撃。相手を確実に倒す為の、全力の一撃。
それを真っ直ぐに見詰めていたラウラは、大きく息を吸い、吐いた。その二つの金の瞳が、揺れる。それを合図にしたかのように、背中で折りたたまれていたウィングバインダーがゆっくりと展開した。
「っ!?」
その一撃は確かに彼女の胴に叩き込まれた。だが、セシリアに伝わってくるのは空を切る感触のみ。一瞬の動揺が生まれたのと同時に、目の前に立っていたラウラの姿が掻き消えた。
「まさか格闘、射撃に加え機動まで使わせるとはな。――誇るがいい。貴様は私が倒した相手の中で最強だ」
声は背後から聞こえる。それを何故、と思う間もなく、背中に斬撃を食らいセシリアは吹き飛んだ。アリーナの壁まで飛ばされた彼女は、攻撃と激突のダメージとで悲鳴を上げることなく糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
鈴音の彼女を呼ぶ声がアリーナ全体に響く中、ラウラはゆっくりと踵を返した。そこに浮かぶのは、何か面白そうなものを見付けた子供のような表情。どうやら自分が眠っている内に、中々手応えのある奴等が出てきているようだ。そんなことを考えたラウラは思わず笑みを浮かべてしまう。これは、壊し甲斐がある。思わずそんなことを呟いた。
「セシリア、ねえ、大丈夫なの? まさか死んじゃったりしないわよね!?」
「……大丈夫ですから、大声を出さないでくださいませ。頭に響きますわ」
場所は保健室。動けるまで回復した鈴音が動けなくなっていたセシリアを運び込んでから十数分。ようやく意識がはっきりしてきたセシリアを、鈴音は心配そうな顔で見詰めていた。
ISを装備していたので外傷自体はそこまで大したものではない。内部衝撃と疲労が彼女がベッドに横になっている主な理由だ。対する鈴音はほぼ無傷であった。
「ごめん、あたしの所為で」
「あれは、わたくしが勝手にやったこと。気に病む必要なんかありませんわ」
むしろ謝るのはこちらの方だ、とセシリアは笑う。あれだけ大口を叩いておいて、結局倒されてしまったのだから。そう言うと彼女は頭を下げた。
鈴音はそんな彼女にゆっくりと首を横に振る。セシリアはしっかりと見せてくれた。柔らかく笑いながら、そう続けた。
「あたしの目指す先が、また一つ増えちゃった」
「……大げさですわ」
そう言ってそっぽを向くが、その首筋は赤い。恐らく顔も真っ赤になっているだろうと予想した鈴音は、その笑顔を更に強くさせた。
そのタイミングで保健室の扉が開く。大丈夫か、と声を掛けながら入ってきたのは一夏と箒であった。騒ぎを聞きつけて慌てて来たらしく、二人共に剣道着のままである。
「あら、一夏さんと箒さん。情けない姿をお見せしてしまいましたわね」
「いや、そんな軽口はいいっつの。大丈夫なのか?」
「暫く横になっていれば問題ない程度のものですわ。明日の授業もちゃんと出席出来ますし」
「そうか、良かった。……機体の方はどうだ?」
「あたしもセシリアもズタボロ。つってもまあ、すぐ直るけどね。……明日は、ちょっと無理だけど」
せっかく合同の実習なのにな、と鈴音はぼやく。そんな二人の姿を見たからか、一夏と箒は安堵の溜息を吐いた。それならちょっとジュースでも買ってくる、と一夏は保健室を飛び出す。
残った箒は、表情を真剣なものに戻し、少し聞きたいことがあると二人に訊ねた。
「お前達二人を叩きのめすことが出来る輩に私は心当たりが無い。幸い一夏はまだ感付いていないが、まあ時間の問題だろう。……『亡国機業』なのか?」
彼女の懸念はそこであった。『亡国機業』の差し金であったならば、被害が拡大する可能性がある。そうならない為にも、早急に『しののの』として対策を練らなくては。そう考えたのだ。
だが、二人は揃って首を横に振る。そうではない、と否定の言葉も紡いだ。
「……二人で戦った結果そうなった、のか?」
「違う違う。まあ、最初はあたし達二人で戦ってたんだけど、途中からあいつが」
「あいつ?」
一体誰だ、と箒は詰め寄る。セシリアはそんな彼女を見てどうしたものかと頭を悩ませた。伝えるのは簡単だが、しかし。
あれは本当に自分達の知っているラウラだったのかという疑問が、彼女の中で消えないのだ。
「ラウラよ」
「鈴さん!?」
「え? 言っちゃまずかった?」
そんな彼女の疑問など露知らず、鈴音はあっさりとその人物の名を口に出していた。思わず叫んだが、しかし言ってまずいかと問われると首を捻ってしまう。言わなかった場合、何かの拍子に情報が伝わると更に厄介な事態になりかねないからだ。
結局セシリアはここで全てを説明することにした。彼女の中で燻っている疑問も、全て。
「ボーデヴィッヒではない、ラウラだ、か……」
話を聞いた箒もどうやらセシリアと同じ結論に至ったようで、何かを考えるように腕組みをしたまま動かない。時折何やら呟いているが、その声は小さくセシリアには聞き取れなかった。
そんなことを暫く繰り返した箒は、一度大きく頷くと踵を返した。すまないが用事が出来た。そう言うと、保健室の扉へと歩いていく。
「箒さん」
「何だ?」
「確かめるのですか?」
「……百聞は一見にしかずだ」
そのまま箒は部屋を出る。残された二人は言ってはまずかったのかもしれない、とお互いに顔を見合わせた。だが、どのみち後の祭りだ。既に彼女は行動を起こしてしまったのだから。
「お待たせー、ジュース買って来たぜ。って箒は?」
「用事があるらしくて、帰られましたわ」
しれっとそう答えるセシリアのポーカーフェイスに、鈴音はこっそりと拍手を送った。
翌日。鈴音が言っていたように、合同実習の時間である。前回までの合同実習ではいなかった専用機持ちを眺めながら、千冬はさてどうしたものかと頭を悩ませた。万全ならば専用機持ちを先頭に少し進んだ機動訓練を行おうと思っていたのだが、しかし。
「まさか二人見学とはな」
「あははは……」
「面目ないですわ」
グラウンドの隅のベンチに座る二人を見る。事情はある程度聞いているので文句を言うわけにもいかず、予定を狂わされた彼女はしょうがないと肩を竦めた。少し早いが実戦訓練でも行うとしよう。そう結論付け、千冬は隣に立っていた真耶にその旨を伝える。こくりと頷くと、彼女は用意の為にグラウンドから更衣室へと足を進めた。
「そういえば、もうすぐ学年別のタッグトーナメントの時期だな」
それを目で追っていた千冬は、ふと思い出し呟いた。丁度いい、と一組二組の面々を見渡し、お前達は今度のイベントのルールを知っているかと述べる。名前は聞いているが細かいことは知らない生徒が大半だったようで、彼女達は皆首を傾げていた。
「まあ、そんなものか。このイベントは、まあ名前の通りタッグで戦う学年別トーナメントだ。生徒はそれぞれ二つのブロックに分けられ、それぞれの優勝者が最終決勝を行うという形式になっている」
ここまでは恐らく知っている者もいるだろう、と続けると、千冬はそこで息を一つ。問題はここからだ、そう言うと、ニヤリと口角を持ち上げた。
「このタッグはコスト制でな。大雑把に分けると、一般機・カスタム機・専用機の順にコストが上がっていき、より高いコストの機体は敗北判定値が高めに設定される。タッグであることも考慮して、その組の総コストで上下するようになっているわけだ」
専用機と一般機では性能に差が出てしまう為、ハンデとしての措置なのだろう。この為に、同じ攻撃でも一般機ならば戦闘続行可能だが専用機ならば敗北に至る、という事態も考えられるわけである。
「考え無しで高コスト同士で組むと痛い目に遭うかも知れんぞ。なあ、織斑、篠ノ之」
「何で名指しでこっち見やがるんですか織斑先生」
「お前達の機体がこの学年で一番高コスト機体と認定されているからだ。お前達二人が組むと、恐らく一般機同士が組んだ場合の六分の一以下のシールドエネルギーになるぞ」
「はぁ!? 何で!?」
「……お前の機体の製作者の名前を言ってみろ」
「束さんだろ? それがどうした――あー、成程」
納得したように頷くと、一夏はがくりと頭を垂れた。めんどくせぇ、と呟いているところをみると、どうやら想定外の事態だったらしい。対する箒は、同じように溜息を吐いているものの、多少予想はしていたらしく彼ほど落ち込んではいない様子。
「とまあ、パートナー選択は重要だ。しっかり悩めよ若人」
そろそろ準備も出来た頃だな、と千冬は空を見た。それにつられるように他の生徒も空を見上げると、なにやら接近してくる飛行物体が一つ。そのスピードは尋常ではなく、『瞬時加速』もかくやという勢いである。
飛行物体は生徒達の上空で急停止、旋回すると、ゆっくりと地上に降りてきた。千冬の隣に立つように着地したそれは、IS。
普段の情けなさからは想像出来ないような雰囲気を纏った、山田真耶女史の姿であった。
「よし、ではさっそく実戦の講義に入ろう」
そう言うと千冬は隣の真耶に視線を送る。こくりと頷くと、彼女は右手に収納領域から一丁のハンドガンを取り出した。その拍子にずれた眼鏡を左手でこっそりと直すその姿は、はやりいつもの彼女だということを思わせる。
そんな彼女を横目で見つつ、千冬は並んでいる生徒に向かって声を張り上げた。今から山田先生と模擬戦を行い、勝った者は無条件で成績を一段階上げてやる、と。その言葉に沸き立つ生徒達。我先にと手を挙げ列から前に出て行く。
そんな状況の中、全く動かないで傍観している生徒が若干名。言わずもがな一夏と箒、転校生であるシャルルとラウラ、そして本音と癒子とナギである。人だかりになってきたので少し離れた場所に移動した彼女達は、自然と見学している二人の場所へと向かっていた。
「珍しいわね、一夏がこういうのに参加しないなんて」
そう言うと鈴音は笑みを浮かべる。言葉こそ問い掛けるものだが、どうやら付き合いの長さで何となく察したらしい。だが、隣のセシリアは彼の行動が読めず首を傾げていた。否、理由になりそうなものは彼女も分かっているのだが、彼の普段の行動からすれば消極的なのが気になったのだ。
「だって千冬姉は俺が負けたら確実に膨大な課題出してくるぜ」
「あら、負ける前提で話を進めるとは珍しいですわね」
「分かって言ってるだろセシリア」
「何のことでしょうか?」
彼の言葉で答えを見付けたらしい彼女は、惚けたように微笑む。反対側では、本音が成程成程と首をコクコク動かしていた。
一夏とは関係なく事情を察しているシャルルとラウラは我関せずと真耶と多数の生徒が戦闘準備を行うのを眺めているが、どっちつかずの位置にいる癒子とナギはどうしたものかと視線を彷徨わせていた。彼等と接していた頻度が高い彼女達は、何か嫌な予感がしたのだ。
「えーっと、誰か教えてくれないかなー、なんて」
「私達だけ置いてきぼりなんだよね」
結局この場の誰かに聞くという選択肢を彼女達は取った。おずおずと手を挙げながら述べたその言葉に反応したのはほぼ全員。その内セシリア、シャルル、ラウラの三人は知らないのかと目を見開き、そして向こうの光景に視線を移して納得していた。
「成程、だから平然と勝負を挑んでいるわけか」
「僕はてっきり皆で掛かれば何とかなるかもって思ってるんだと」
ラウラとシャルルはそう呟く。そしてセシリアは二人へと向き直ると、しょうがないですわねと溜息を吐いた。そして、日本人はISといえば織斑千冬と思っているきらいがあるのでしょうか、と一人ごちた。
「『陽炎』という名に聞き覚えは?」
「え? えっと、確か……日本の国家代表のIS、だっけ?」
ナギが自身の記憶を頼りに自信無さげではあったが答える。ちなみに癒子は考えるのを諦めていた。
セシリアはその言葉を聞き、正解と頷いた。そして、続ける。
「では、そのパイロットは?」
「え? えっと、えっと……誰だっけ?」
機体は覚えている。驚異的な機動を誇り、ヴァルキリーの一人に選出されていたのも思い出している。だが、肝心の顔が出てこない。ナギも癒子も、何とか必死で記憶を探ったが、答えは出そうに無かった。
「――山田真耶。それが、日本の国家代表で『陽炎』のパイロット、機動部門ヴァルキリーの名だ」
「ああそうだそうだ山田真耶! ……え?」
「山田真耶? あれ? え? 嘘?」
その光景を見ていた箒が代わりに答えを導き出す。それを聞いた二人はそうだそうだと湧き、そして驚愕に目を見開き慌ててグラウンドの中心部へと視線を移した。
そこには、戦闘を開始せんと空中に佇む真耶と、十人以上の生徒達。圧倒的多数の相手を見ても、全く余裕を崩していない姿がそこにあった。
「で、でも機体、あれ『ラファール・リヴァイヴ』だよ!」
「素人相手に『陽炎』はいじめでしかありませんわ」
「だがあの機体、山田先生用にカスタムしてあるな。ブーストリミッターが極限まで引き上げられている」
「普通は制御出来なくて墜落するのが関の山だね~」
いつの間にか集まっていた本音が箒の言葉に補足するように被せた。その横ではやはりいつの間にか集まっていた一夏と鈴音がうんうんと頷いている。
始め、という千冬の声が聞こえた。生徒達は一斉に銃を構え目の前にいる真耶を打ち抜かんと引き金を引くが、その時には既に彼女の姿はそこになかった。まるで掻き消えるように、陽炎のように揺らめいてその姿を消した。
一人の悲鳴が聞こえた。別の一人が声の方に視線を向けると、そこには既に頭を打ちぬかれ『絶対防御』が発動し落下していく仲間の姿が。え、と声を出した時には、彼女も眉間にハンドガンを押し付けられていた。
「うわぁ……」
「み、見えない……」
見学者一般人代表の癒子とナギは、目の前の光景が理解出来ない。高速で動く『何者か』が次々に生徒を撃墜していく。そうとしか捉えられない。時折聞こえる激しい銃声はがむしゃらに生徒達が撃つ音で、対称的に短く静かな銃声は真耶のものだ。
時間にして二分経ったか経たないか。その頃には対戦相手であった生徒はことごとく撃墜され地に伏していた。空中で一人余裕で佇む真耶を見て、やる気満々であった残りの生徒達が波が引くように下がっていく。千冬が次の相手はもういないのか、と訊ねても、前に出るものは皆無であった。
その光景を満足そうに見ながら、彼女はパンパンと手を叩く。生徒を再び整列させると、さて、と声を挙げた。
「これから基礎の実戦演習に入るが、その前に一つ言っておくぞ。山田先生を嘗めてもらっては困る。これからはちゃんと敬意を持って接するように。というかだな、お前達は日本の国家代表の顔くらい覚えておけ」
やれやれ、という千冬の溜息は、撃墜された生徒や我先にと挑んだ者達に深く突き刺さった。
「ああ、知ってて挑まなかったヘタレな織斑は後で説教だからな」
「理不尽!?」
「お疲れ様」
「お疲れさん」
「お疲れ様ですわ」
「お疲れさま」
「お疲れー」
「お疲れさま~」
織斑千冬の理不尽なるありがたい説教を聴かされた一夏を労う一行は、そのまま昼食タイムへと突入していた。一夏は手だけでその労いに返答すると、自身の机に体を預ける。昼飯食う気力湧かねぇ、とその体勢のままぼやいた。
そんな彼を見た箒は、そうかと一言呟きカバンから二つの弁当箱を取り出した。一つを自分の前に置き、もう一つを皆の前に掲げる。
「一夏の弁当いらないそうだが、誰か食うか?」
「あ、あたしもらう!」
「食うよ! よこせよ! 箒の弁当楽しみにしてたんだから!」
「いらんと言ったではないか」
「言ってねぇ! 大体昨日の勝負で勝った報酬なんだから、そこで誰かに渡すのはおかしいだろ!」
「キャリーオーバーというやつだ」
「宝くじみたいなこと言ってんじゃねぇよ!」
吼え、そして箒の手から弁当をひったくった。包みを開き、蓋を開け、そして真っ先にから揚げを掴むと頬張る。幸せそうな顔をした一夏は、そのまま白米を掻き込んだ。続いてほうれん草の胡麻和えを口に入れ、鮭の塩焼きに手を伸ばす。
「美味しそうに食べますわね」
「見てて分かるくらい幸せそうだものね」
セシリアとナギがそんな感想を漏らす。隣では癒子と本音がうんうんと頷いていた。箒はそんな一夏を満足そうに見詰め。
そして。
「うぎぎぎぎ」
「……鈴さんは何を唸っていらっしゃるのでしょう」
「……嫉妬、かな?」
「どっちに?」
ナギが言い終わるか終わらないかのタイミングで、鈴音は一夏の弁当に手を伸ばした。から揚げを素早く引っ掴むと、彼が反応するよりも早く口に入れる。一夏と同じように幸せそうにそれを食べると、大きく息を吐いた。
「何しやがる鈴! それ最後の一個だったんだぞ!」
「から揚げが囁いてたのよ。あたしに食べて欲しいってね」
「お前が食いたいだけだろ!」
「そうよ」
「うわ開き直りやがったよこいつ」
「ったく、器の小さい奴よね。……ほら、あたしの弁当少し分けてあげるから」
「……酢豚って弁当に入るもんなのか? まあいいや」
どうやら手打ちになったらしい。お互いに弁当を交換しながら食べるその光景は、傍から見ると邪推したくなる姿である。
結局ナギの質問の答えは出そうに無かった。
「それで、タッグトーナメントのパートナーはもう決めたの?」
騒がしい食事も終わり、自然と雑談が弾む中、癒子はそんなことを言い出した。先程の授業で言われたばかりの話ではあるが、決定とはいかなくとも候補くらいは用意しているのではないかと踏んだらしい。
それに真っ先に反応したのは、他の誰でもない布仏本音嬢である。
「はいはいはいはい~! 私もう決めてある!」
「うん、知ってる」
「更識さんだろ?」
「もちろん!」
そう言って彼女は胸を張る。半ば予想出来ていたのでそれに対する反応は皆いまいちであった。他に誰かいないのかな、という癒子の声がそれを物語っている。
「あたしは、セシリアと組もうかなって思ってるんだけど」
次に口を開いたのは鈴音。隣に視線を送りながら、彼女らしくないおずおずといった感じの発言であった。対するセシリアは迷うことなく首を縦に振る。こちらこそ、よろしくお願いしますわ。そう言って右手を差し出した。
「へ? 自分で言っといてなんだけど、いいの? 専用機同士は大分耐久値下がるわよ?」
「承知の上ですわ。何より、わたくしも鈴さんとタッグを組もうと思っていましたから」
その言葉を聞いた鈴音は、満面の笑みでその手を握り返した。一気に優勝だ、という言葉に、セシリアも同意し拳を振り上げた。
そんな光景を見ていた男子一人は、あっけに取られた表情を浮かべている。
「え? マジ? 俺、鈴かセシリアがいいなって思ってたのに」
そう呟いているが、既に後の祭り。一体全体どうしたものかと一夏は真剣に悩み始めた。
それに首を傾げたのはナギである。そんなにパートナーに困るような人物だったであろうか、と。何より、一番パートナーとしてベストな彼の幼馴染がすぐ隣にいる。
そんな彼女と同じ疑問を持ったのか、癒子も首を傾げ、そして一夏に訊ねていた。
「んー。千冬姉の策略に引っ掛かるのもそれはそれでなんだかなぁって思うんだよな」
わざわざ授業中に名指しでタッグの例として説明を行ったのは、暗にその組み合わせをやれるものならやってみろという示唆でもある。姉の掌で踊らされるのは彼としても面白くなかった。
「じゃあ、別のパートナーを探すの?」
「そうなるかな。あ、ちなみに谷本さん、鏡さん、どっちか俺と組む気ないか?」
「あー、うん。ちょっと、私は遠慮しておく、かな」
「うん、同じく。私じゃ織斑君についていけなさそうだし」
ごめんね、と謝る二人に気にするなと返すと、一夏はいよいよ八方塞かと頭を抱えた。
数少ない男子生徒としての珍しさでどうにかなるかとも考えたが、お誘いが全く来ない以上どうにもならないのだろう。そう結論付けて肩を落とした。
「向こうはあんなに引っ張りだこだってのに」
視線を教室の入り口付近に移す。そこには数多くの女子に囲まれ困ったように笑うシャルルの姿があった。どうやら一夏の言う通り、パートナーになって欲しいというお誘いらしい。
「……俺とシャルルの何が違うんだろうか」
「顔だな」
「やかましい! 言いにくいことをズバッと言うんじゃねぇよ!」
「あ、あたしは一夏の顔、す、好きよ」
「ああうん、ありがとう鈴。俺もお前のそういうとこ好きだぜ」
「好ぅっ!?」
「落ち着いてください鈴さん。はい、お茶」
多分そういう変人部分じゃないかな。そう思ったが声には出さない癒子とナギである。
結局話はそのまま纏まらず、一夏のパートナーは未だ候補無し。昼休みもそろそろ終わる。
ここまできてしまえばしょうがない、と一夏は箒へと向き直った。千冬姉に負けたみたいで嫌だが、と続けた。
「箒、俺と組んでくれ」
当然答えはイエス。そう誰もが思っていた。ここで彼女は断らない。そんな確信を持っていたのだ。
「ああ、すまない一夏。実は私はもう組む相手を決めているのだ」
「……え? マジ?」
だから、箒からその言葉が出た時、一夏はそんな間抜けな返ししか出来なかった。他の面々もそれは同じで、信じられないものを見るような目で彼と彼女を交互に見やる。
そのまま、無常にも昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。慌てて席を立ち各々の場所へと皆が戻る。ただ、混乱状態からは抜け出せていない。
それでも、一夏は箒の背中に声を掛けた。一体、誰と組む気なんだ、と。自分ではない誰か、それが何者なのかが、混乱よりも上に来たのだ。
その質問で振り向いた箒は、特に何も変わることなく平然と述べる。なんてことないように述べる。
「私が組む相手は、ラウラだ」
ブルー・ティアーズ(双天牙月装備)
ティアーズ系 専用:セシリア・オルコット
みたいなことを考えてみましたが、出番、少なかったです……。