ISDOO   作:負け狐

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前編です。
後編はまた後ほど。


No01 「幼馴染だし」

「織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

 それだけ言って彼は席に着く。着こうとする。だが、クラスの視線を一身に受けていることに気付いた一夏は下げかけていた腰を再び上げた。良く見ると、クラスメイトだけでなく教壇に立っている教師二人も同じ視線を向けているのに気付く。どうやら孤立無援らしい。

 とはいえ、一体何を言っていいのやら。そんなことを思いながらキョロキョロと一夏は視線を巡らす。左を見ても右を見ても、前を見ても後ろを見ても。そこに見えるのは女性の顔ばかり。自分がここにいる唯一の男子であるということがこの状況を作り出している要因なのだと改めて確認すると、彼はやれやれと溜息を吐いた。ここを受験したその時の状況を鑑みてもこういう状況になることは予想していたものの、ならば慣れるかといえば答えは否。

 

「……えーっと、俺はここ、IS学園唯一の男子パイロットということになりますが」

 

 IS学園。十年前に篠ノ之束博士が作り上げたマルチフォームスーツ、インフィニット・ストラトスに関係する技術者――主にパイロットの育成を中心とした教育を行っているこの学園は、当然の如く生徒も教師も女性で構成されていた。ISを動かせるのは女性だけという世間一般の常識が蔓延している以上、それも当然だと言える。

 だが、それを打ち破る存在が今ここで自己紹介をしている少年、織斑一夏その人なわけで。だからこそ皆、彼を特別な目で見ているのだ。例外は、教壇に立っている教師の片方と窓際にいるポニーテールの女生徒くらいだろうか。どちらも彼の関係者なので当然だが。

 

「皆さんと同じように、俺も受験を受けて、合格して……合格、したんだよな? で、こうして入学してきたわけなんで、えーっと、その」

 

 ともあれ、自分でも何を言っているのか分からなくなってきた感のある一夏はとりあえず締めの言葉を述べようと必死で頭を巡らせた。

 

「出来れば、特別視しないでくれると助かります」

 

 頭を下げ、そして今度こそ席に座った。そんなことは無理だろうというのは自身に突き刺さる視線が全く変わっていないことで理解したが、それでも言うと言わないとでは天と地の開きがあるだろう。とりあえず一夏はそういうことにした。

 

 

 

 

「さて、では改めて自己紹介をしよう。私がこの一年一組担任、織斑千冬だ。担当科目はISの基本動作を含んだ操縦全般。通常科目では一応日本史だが、あまり一年生には関わりのない部分だな」

 

 そこまで述べると彼女は一旦言葉を止めた。自分を見ているクラスの生徒の視線は基本的に『羨望』で占められている。この様子ではちゃんと自分の言葉を聞いているのかも怪しい、そんなことを思いこっそりと溜息を吐いた。とはいえ、これはある意味恒例行事のようなものだから仕方ない。まだ教師を始めてそこまで経っていない年若い彼女ではあるが、今まで毎回この光景を見続けていれば流石にそんな感想を抱いてしまう。

 それでも、これだけは言っておかなくてはならない。聞いていなくてもいい先程の紹介とは違う、聞いてもらわなくてはいけないことを言わなくてはならない。

 

「……お前達は、ISとは何だと思う?」

 

 問い掛けるようなその言葉に、クラスの雰囲気がガラリと変わる。憧れの人物の言葉をただ聞いているだけから、問いについて頭を働かせるようになる。

 

「世間に出回った当初は、兵器扱いだった。その認識を開発者は全力を持って修正したが、しかしそれでも一度染み付いたものは中々拭えない」

 

 現在でも、ISの主な目的は戦闘用なのだから。そう千冬は続けた。クラスにざわめきはほとんどない。それだけ、彼女の言葉を真剣に聞いているのだろう。

 

「私は、ISが元々何の為に開発されたのかを知っている。当然だな、開発者の手伝いをしていたのだから」

 

 だから、今の状況を良く思っていない。きっとそういう風に続けるのだろう。何となくそう予想していたクラスの生徒達は、しかし彼女の次の言葉に思わず目を見開いた。

 だが私は、今の状況は別に悪くないと思っている。彼女は、開発者の一番近いところにいたはずの織斑千冬はそう続けたのだから。

 

「勘違いしてもらっては困るのは、ISを兵器として使うことを肯定しているわけではないということだ。これは戦争なんぞに使っていい代物じゃない」

 

 じゃあ何故。そんな疑問が皆の頭をもたげる中、千冬は薄く笑いながら言葉を紡ぐ。様々な目的に向かって進化するのは、決して悪いことではないからだ、と。

 

「遠回りしてしまった感はあるが、今ISは災害救助や秘境探索などの用途にも研究開発が進んでいる。今の状況を否定するということは、これらも否定することに他ならない。だから私は、今のこの状況を否定しない」

 

 そして、戦闘用に研鑽されているISについても否定しない。え、と誰かが声を漏らすのを聞いてしてやったりといった笑みを浮かべた千冬は、話は最後まで聞けとばかりに視線をクラスの端から端へと一周させた。

 

「例えば柔道、例えば剣道。これらは柔術、剣術を祖とした武道であり、そしてそれらは人殺しの技だ。だが同時に、己を鍛える為の大切な術でもある。ISもそれと同じだ。己を鍛え、そして同じように鍛えた相手に打ち勝つ。戦闘行為と言ってしまえばそれまでかもしれないが、少なくとも私は操縦技術をそういう風に見ているし、出来れば皆にもそう思えるようになって欲しい」

 

 長くなってしまったが、これで終わりだ。そう彼女は締めると、教壇を降りて副担任の教師へと交代した。それでは、と副担任の女性は自己紹介を始めたが、クラスのほとんどは先程の千冬の言葉を噛み締めているようで聞き流していた。それでも彼女はめげない。昔からこんなことになるのが自身の中でお約束と化しているからだ。

 山田真耶、学生時代より千冬の後輩として過ごしてきた功績を買われて彼女が受け持つクラスの副担任を務めることになった苦労人である。

 

 

 

 

 

 

 千冬の自己紹介の際の言葉が響いたのか、最初の授業は驚くほどスムーズに進行した。もっとも、この学園を受験する者ならば予め学習してきてしかるべきものであったのである程度は至極当たり前ともいえる。

 そしてそれは当然ながら、一応曲がりなりにも正規の手順を踏んで合格したこの少年にも当てはまるわけで。

 

「入学初日からいきなり授業って、流石は進学校ってやつか」

 

 余談だが、入学式は本当に入学式のみで終わってしまっている為彼の中ではゼロ日目扱いらしい。

 ともあれ、そんなことを呟きながら机に突っ伏す一夏だったが、見下ろすように立ち塞がったポニーテールの少女の姿を視界に入れると、よっこらせなどと年寄り臭い言葉を発しながら体を起こした。一夏の目に映る少女の顔はやれやれと言わんばかりのものであったが、その実内情は別段彼と変わりが無かったりもする。

 

「だらしないぞ一夏。初っ端からそんなことでどうする」

「いや、そうは言われても。っていうかお前だって内心似たようなこと思ってるだろ?」

「それを表に出すことがだらしないと言っているのだ。そもそも、それらを全て了承済みでここを受けたのではなかったのか?」

「いや、そりゃそうなんだけどさ」

 

 座学より体を動かす方が自分には性に合っているんだよ。そう続けながら一夏は首を鳴らした。硬くなった体をほぐすように伸びをすると、そのまま何とは無しに辺りを見渡す。どうやら注目されていたようで、彼が顔を向けると周りの女生徒があからさまに視線を逸らすのが見えた。見てないで話し掛けてくれればいいのに、そんなことを思いながら再び視線を目の前の幼馴染へと戻す。そして、なあ箒、と彼女の名を呼んだ。

 

「動物園のパンダって、こんな気持ちなんだろうか」

「パンダに聞け、私に聞くな」

「バッサリだなおい」

 

 そんなことを言った辺りで休み時間終了を告げるチャイムである。箒はではまたなと自分の席に戻り、一夏は盛大に溜息を吐きながらも授業の準備を始めた。次は通常科目なので、普通の高校生とほぼ同じことをやることになる。IS学園だからといって授業はISのみではない、という至極当たり前の事実を突きつけられた彼は、もう一度溜息を吐くのだった。

 そのまま授業も滞りなく終わり、昼休み。朝と同じように一夏を見ている生徒はいるものの、やはり昼食を優先したのか一人また一人と学園内にある食堂へと向かっていく。そんな彼女等の視線の先であった彼はというと、食堂にも行かず自分の鞄から弁当箱を取り出していた。入学して暫くの間学食は混むであろうという予想を立て、教室で昼食を取れるように準備をしてきたらしい。その隣には席を借りた箒が同じく弁当箱を持って座っている。中身を見る限り、どうやら弁当の製作者は同一人物のようだ。

 それを目ざとく見付けたクラスに残っていた弁当組は、今がチャンスとばかりに二人へと近付く。私達もお弁当なんだけど、良かったら一緒にどうかな。そんなことを言うと、一夏も箒も二つ返事で了承した。

 

「あ、やっぱり男の子なんだね~。凄いボリューム」

 

 声を掛けた弁当組三人のうち一人が一夏の弁当箱を覗いてそんな感想を述べた。対する一夏は自分の弁当箱を見て、そして隣の箒の弁当箱に視線を移す。自分と同じ量が詰められているそれを眺めながら、成程、と呟いた。

 

「箒。お前、おと――」

「切り捨てられたいか?」

「なんでもないです。いやぁ、箒さんは女性らしい体付きをされていて素晴らしいなぁ」

「真っ昼間からセクハラとは、相当頭を潰されたいらしいな」

 

 右手で弁当をパクつきながら、左手で一夏の頭を鷲掴みにする箒嬢。メシメシという音が聞こえてきそうなほどに強く握り締められたその頭の持ち主は、おおよそ人間が発する言語ではない言葉を叫びながら殺虫剤を掛けられた害虫のようにもがいた。その動きがあまりにも食事の風景にそぐわなかった為、箒は溜息を吐きながら左手を開く。自由になった頭を左右に振りながら、酷い目に合ったと一夏は呑気にのたまった。

 傍から見ている三人としては割とドン引きの光景だが、二人の態度からすると日常茶飯事なのだろうと納得することにした。深く考えてはいけないと結論付けたらしい。

 

「というかだな、俺としてはむしろそれだけで晩飯まで持つのかよって感じなんだけど」

 

 そんな三人の心情は露知らず、何事も無かったかのように彼は会話を元に戻し、三人の弁当箱を眺めながらそう返した。確かに一夏や箒の弁当に比べると量はおおよそ半分ほどであるが、思春期の少女としてはこのくらいに抑えないといけないという謎の強迫観念がある以上仕方ない。それを分かっているのか、箒は別に女子の普通はそんなものだろうと答えていた。

 

「でも箒、お前は倍食ってるよな?」

「何が言いたい?」

「…………」

「何故黙る」

「……お、怒らないなら、言うけど」

「言うだけ言ってみろ」

「やっぱりおと――」

「さらば一夏」

「――こなんかじゃないですよね! ほら、そこの立派な二つの膨らみが盛大に自己主張をしていてですね!」

「なあ一夏、私はな、天丼を許すほど寛大ではないんだ」

 

 アイアンクローリターンズ。情け容赦なく全力で潰しにかかったそれは、もがく暇を与えずに彼を沈黙させた。だが、それも当然と言える。何故なら、彼女はその普通よりも大きな自分の胸を気にしているのだから。とはいえ、遠慮なく実力行使をしてしまうのはその発言をした人物が一夏であるからであろう。

 

「あ、あの。篠ノ之さん」

「ん? どうした?」

「篠ノ之さんと織斑君って、仲、良いの?」

 

 流石に二度も同じ光景を見せられてスルーしようと思えるはずもなく。我慢の限界に達した少女は最初から浮かんでいた疑問を箒にぶつけた。ちなみに本当は一夏に振ることで会話を弾ませようと思っていたらしいが、その本人が弁当箱に顔面を突っ伏してピクリとも動かないので諦めたようだ。

 

「良いのか、と聞かれればそうだろうな。幼馴染だし」

「幼馴染!?」

「ああ、私と一夏の姉同士が親友でな。その関係で子供の頃からの付き合いなんだ」

「へー、お姉さんが親友同士――」

 

 そこで三人はピタリと動きを止めた。篠ノ之箒と織斑一夏の姉で、二人は親友。篠ノ之と織斑は親友同士。そのキーワードに引っ掛かるものがあったのだ。そしてその答えを瞬時に弾き出したのは、三人の中でも一番のほほんとしていそうな袖の余った制服を着た少女だった。

 

「ひょっとして、二人のお姉さんって、織斑先生と篠ノ之博士?」

「ん? ああ、そうだぞ。別に隠してもいないがな」

 

 大発見、とばかりに身振り手振りを大きくしながら述べた彼女の言葉に、何てことないと箒は返した。食べ終わった弁当に蓋をして、水筒からお茶を注いで飲んでいる。その姿は平静を装っているなどというものではなく、完全に素の行動であった。

 

「ああ、ちなみに。私はISの理論とかは一般生徒と同じくらいしか分からん。そこの一夏も同様だ。だから、勉強を教えてと言われても無理だぞ」

 

 そろそろ起きろと一夏の頭を叩きながらそう続けた。いくらあの二人の身内だからといって、あの二人と同じではない。言外に、そういう意味を匂わせていた。

 だが、周りの人間がそう思ってしまうのも当然だと言える。篠ノ之箒の姉である篠ノ之束はISを作り上げ、そして今現在のISの在り方へ向かわせた世界最強のIS研究者。そして織斑一夏の姉である織斑千冬はそんな彼女と共に歩んできた親友にして、現在二回行われているIS操縦者世界一を決める国際大会『モンド・グロッソ』二連覇を達成した世界最強のIS操縦者。そんな二人の身内ならば、と考えてしまうのも当然であろう。

 そして何より、その二人と関係があるということは。

 

「あ、でも。それじゃあひょっとして二人共」

「ん? ああ、ひょっとしてこれか?」

 

 動かなかったものの一応話は聞いていたらしい一夏は、復活したと同時に彼女等の言いたいことを察したのか、自分の制服に付いていたピンズを見せる。組織の所属を示す徽章らしいそれは『N』を四つ重ねたようなマークが描かれていた。同様に箒も制服に付いているその徽章を三人に見せる。

 

「やっぱり! それって『しののの』の所属を表すピンズだよね?」

 

 私設IS組織『しののの』。名前の通り、篠ノ之束が自身の私財を使って作ったどの国にも属さないと自称する私設組織である。モットーは『世界最強のIS研究者と世界最強のIS操縦者による世界最強の我侭集団』という子供の主張並みにはた迷惑なものであったが、しかしそれが世界各国の抑止力の一つになっていることは暗黙の了解であった。

 しかし一人歩きする名声とは裏腹に、組織の構成員はほとんど事務方であるとされ、今のところ実働するのは織斑千冬ただ一人しか確認されていない。噂では事務方すらいないのではないかとも言われるほどだ。

 そんな知名度はあるが実態が謎の組織に所属している者が、目の前に二人。女子がこういうことに食いつかないはずがない。

 

「ということは。織斑君って、世界最強のIS操縦者の弟で、世界初の男性IS操縦者で、そして謎に包まれた『しののの』のエージェント!? 凄い、色々詰め込み過ぎ!」

「自分で言って自分でツッコミ入れるなよ。後、俺達二人は見習いだ。束さんや千冬姉と一緒に開発の手伝いしていたからって理由で所属してるだけだよ」

「その手伝いも、まだ幼い私達では精々部品を運んだりするくらいだったしな」

 

 思わず見せてしまったが、本当はおおっぴらにするほどのものでもない。二人はそう締めくくった。箒はお茶を、一夏は弁当の残りを口に入れつつ、それに、と続ける。

 

「俺は俺だ。自分で取ったわけでもない肩書きなんざ関係ねぇよ」

「色眼鏡で過大評価をされるのは心外だからな」

 

 そう言ってお互いに笑い合う姿を見ると、これ以上何かを言うのは無粋だろう。そう判断した三人は、了解と同じように微笑んだ。

 弁当も食べ終わった五人は、その後取り留めの無い雑談を続ける。三人の名前を覚えていなかった一夏にそれぞれ、布仏本音、谷本癒子、鏡ナギと自己紹介したり。今日の授業はどうだったのかなどと感想を言い合ったり。その流れで、自然と一夏の入試に話はシフトしていった。

 

「そういえば、受験会場に男の人が紛れてるって噂があったけど」

「ああ、それ俺。ちゃんと受験票持ってたのに中々信用してくれなくてさ、まいったよ」

「……自己紹介の時もそんなこと言ってたけど、ホントにちゃんと受験したの?」

「いや、むしろそれ以外にどうやって入学するんだよ」

 

 キョトンとした顔でそう返す一夏を見て、癒子とナギは深い溜息を、本音は一人面白そうに笑っていた。箒は慣れているのかノーリアクションである。

 

「お、織斑君は世界初の男性IS操縦者なんだから、やろうと思えば無条件で入れるんじゃ、ない、かな?」

「いや、そんなズルは駄目だ」

「そこ意地張っちゃうの!?」

「ま、まあでも、織斑君は最初からISに関わってきたんだし、一般受験でも余裕だったんだよ、ね?」

「一夏の試験結果はギリギリだったぞ」

「お前もギリギリだったじゃねぇかよ箒」

「何で二人共そんな成績!?」

 

 既に本音は笑い過ぎて呼吸困難に陥っている。いっそ自分も彼女と同じように痙攣するほど笑えたら、と思いながら二人は疲れたように溜息を吐いた。

 

 

 

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

 そんな五人へと掛けられる声が一つ。その方向へ振り向くと、金髪碧眼の女生徒がそこに立っていた。所謂縦ロールと呼ばれる髪型が、彼女のかもし出す雰囲気に良く似合っていた。確か同じクラスだったはずだ、と判断した一夏だったが、しかし一体何の用なのかまでは心当たりが無い。仕方ないのでとりあえずこの状況から導き出される答えとしてそれらしいものを選んでおくことにした。

 

「あー、っと。ごめん、うるさかったか?」

「え? ……ああ、いえ、苦情を言いに来たわけではありませんわ」

 

 一夏の謝罪に一瞬だけキョトンとした顔を見せたものの、女生徒はすぐにその意味を察しそう返した。その顔に苦笑が浮かんでいるところを見ると、どうやら彼の返答は予想外の反応であったらしい。

 

「セシリア・オルコット。入試の成績トップで入学式では一年の代表を務めた才女が、私達のような落ち零れに何の用だ?」

 

 そして彼女に反応したもう一人、篠ノ之箒嬢はどことなく喧嘩腰でそう言う。実際は別段喧嘩を売っているわけでもなければ普通に疑問を述べただけなのだが、彼女の口調と目付きの鋭さがなせる業であろう。

 だが、喧嘩を売られている(ように見える)セシリア嬢は何処吹く風、逆に薄く微笑みながらご謙遜を、と箒に返した。その言葉に彼女の眉が少しだけ上がる。

 

「入試の実技試験で教師を倒した者はわたくしを含めて四人。残りの三人の内一人は日本の代表候補生、そして残り二人は――」

 

 笑みを浮かべたまま、セシリアは箒を見詰める。そして同じような視線を一夏にも向けた。その視線の意味が分からない野次馬状態の残り三人ではない。が、それでもちゃんと言葉で聞きたいと彼女が口を開くのを待った。

 

「篠ノ之箒さん、そして、織斑一夏さん。あなた達お二人ですね?」

「否定はしない」

「ああ、まあ、一応」

 

 箒は淡々と、一夏は少し気まずそうに肯定をした。やっぱり、と癒子とナギは思わず零し、本音はじっと二人を見詰める。そしてセシリアはその言葉を聞いて満足したように微笑んだ。

 

「用というのは、その確認ですわ。談笑のお邪魔をして申し訳ありませんでした。では、ごきげんよう」

 

 スカートの端を軽く摘み優雅ともいえる挨拶を行うと、彼女はそのまま自分の席へと戻っていってしまった。どうやら本当に確認をしたかっただけらしい。一体全体何でそんなことを、そうは思ったが、しかしいくら考えたところで答えは出ない。一夏も箒も早々に考えることを打ち切って雑談の続きでもしようと意識を目の前にいる三人へと向けた。

 向けたのはいいが、では雑談の話題は何になるかと言えば、当然のごとく今の会話についてになるわけで。

 

「二人共、実技試験で先生に勝っちゃったの!?」

「すっごーい! あ、ってことは操縦技術の高さがずば抜けてたから合格したってこと?」

 

 癒子とナギは詰め寄るように二人に問い掛ける。本音はそんな彼女達を見ながら笑みを浮かべているだけだったが、しかし聞きたいことは大体同様らしいのが雰囲気で分かった。

 そんな三人の剣幕に圧されるように一夏は頬を掻き、箒はやれやれと肩を竦める。あまりこういうことを話すと色々噂が大きくなるからしたくないけれど、という前置きをしながら、三人に向かって口を開いた。

 

「勝ったって言っても、あれはあくまで試験だから向こうも当然手加減している状態だったのは忘れないでくれよ」

「機体も試験用に調整されていた量産機だったからな。試合終了となる判定が大分下げられていたようだし」

 

 だから、少し向こうに攻撃するだけで勝利となったのだ。そう二人は締めくくった。だが、その『少し向こうに攻撃する』というのがどれだけ難しいかは一年生一クラス三十人が八クラスで計二百四十人中成功者たった四人という数字が物語っている。

 

「二人共。そうやって自分を過小評価し過ぎると嫌味に聞こえちゃうよ。他の人達が出来なかったことをやってのけたんだから、そこは素直に誇っちゃってもいいと思うな~」

 

 そう考えれば、そんなことを言われるのも尤もなのだが。しかし、言った人物が人物なので一夏と箒だけでなく癒子とナギですら発言者の顔をマジマジと見詰めてしまった。先程まで何も考えてなさそうに大笑いをしていた少女、布仏本音嬢を。

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ真剣な表情を浮かべた彼女は、次の瞬間にはいつも通りののほほん顔に戻っていた。四人に見詰められているのに気付いて、困ったように頭を掻く姿は先程の発言をした人物だとはとても思えない。

 

「……確かに、少し言い方が悪かったかもしれないな。済まない布仏、嫌味ったらしくなってしまった」

「見栄張って調子乗った発言しちゃったよな。大体箒はともかく俺イッパイイッパイだったし」

「何を言う。私もギリギリだったぞ」

「……織斑君と篠ノ之さんってさ、意外と考えなしで喋ってるよね」

「まあ、基本ノリかな。思い付いたことを思い付くままやってる感じ」

「……私が言えることではないかもしれないが。一夏、最近姉さんに似てきていないか?」

「え? 束さんに? マジで?」

「何故今自分の胸を見た」

「いや、束さんに似てきたって言われたから」

「貴様の姉さんのイメージは胸だけか!」

 

 アイアンクローおかわり。反論の隙を与えることなく一夏を黙らせた箒は、何故か何かをやり遂げたようなとてもいい笑顔を浮かべた。ひょっとしてネタ合わせか何かだったのだろうか、などというどうでもいい疑問が癒子とナギの脳裏を通り過ぎる。幼馴染ってこんなんだっけ、とついでに首を傾げた。

 疑問の答えは出ないままだが、しかしそろそろ昼休みも終わりである。食堂に行っていた生徒も戻ってきているので、いい加減机を占拠しているのも悪いだろうと一夏以外の四人は席を立った。午後の授業は何だっただろうか、という雑談をしつつもそれぞれの席へと戻っていく。戻ろうとする。

 その途中で、本音は思い出したかのように一夏と箒の名前を呼んだ。

 

「そういえば聞き忘れてたんだけど。二人の実技試験の相手の先生って誰だったの~?」

 

 流石に受験生全員を一人の教師で試験するわけではないので、当然ある程度試験の相手はばらつきがある。実際、癒子とナギも相手となった教師は別人であった。ただ、一夏と箒の試験監督であった教師は同一人物だったらしく、そのことを聞いて少しだけ驚いた様子を浮かべた。

 そして、彼らはセシリアが何故自分達に確認をしに来たのかを何となく理解した。何故なら二人の実技試験の相手は――

 

「ああ、俺と」

「私の試験の相手だった先生の名前は」

 

『織斑千冬』

 

 おおよそ知られている中で、世界最強の試験官だったのだから。




これは再構成といっていいのか不安になってきた。
ちなみにクラスが八クラスなのは、アニメ版でそうだったのとこっちの捏造世界観の所為です。

あ、世界最強って別に無敗である必要はないと思います、はい。

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