ISDOO   作:負け狐

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原作の8巻が出てますけれど、多分ちょろっとネタで使う程度になりそうです。

というか、元々原作との類似点の方が少ないくらいですしね、これ……。


No21 「何ムキになってるんだろ」

「で、結局いっくんはフラットな『白式』で戦うってこと?」

「そうなるな」

 

 アリーナの一角、基本的に教師のみが立ち入ることが出来る観察室と呼ばれる場所でモニターを見ながら二人はそんな会話を行っていた。片方はこの学園の教師である千冬だが、もう片方の最初に言葉を発した女性である篠ノ之束は全く学園に関係ない言うなれば部外者である。誰も文句を言わないのは、ここにいる教師が千冬ともう一人だけだからであろうか。

 

「しかし束、お前いくらなんでもあんな仕掛けをすることはないだろう」

「は? いやいや、何で私の所為にしてるの?」

「違うのか?」

「どんだけ束さん信用ないの!?」

 

 そもそも自分が犯人ならばわざわざ質問するはずがない。そう言って眉を顰めた束を見て、そういえばそうだなと千冬は手を叩いた。どうやらからかっているわけでも何でもない素の行動だったようで、それが余計に束を脱力させた。あーもうやる気なくしちゃったなぁと呟きながら、女性としていさかかどうなのかと思わないでもない体勢で椅子にもたれかかっている。そんな彼女を見て千冬は思わず笑みを浮かべた。

 

「お前は最初からやる気ないだろう」

「そこで止めを刺しに来るのがちーちゃんなんだよねぇ。いや、まあ確かにそうなんだけどさ」

 

 ここにいるのが何よりの証拠だ、と笑う千冬に、束もそうだねと笑い返す。『しののの』の創設者として来賓で招待されているはずの彼女がこんな場所で談笑をしているのは、つまりはそういうことなのだろう。

 

「だってさ、名前も知らない有象無象と一緒に観戦とか嫌だし」

「まあ、分からんでもないな。私も堅苦しいお偉方といるのは疲れる」

 

 そう言ってお互いに笑い合っていた二人だったが、それでどうなのという束の言葉で表情を戻した。何がだ、と聞き返すこともなく、千冬はさてどうだろうなと答える。まあ、威勢だけは良かったぞと続けると、束はいっくんらしいやと笑った。

 

「そういうお前はどうなんだ? 妹は心配じゃないのか?」

「はっはっは、ちーちゃんとこのお馬鹿な弟と違ってうちの箒ちゃん超優秀だから。そんな心配は無用なんだよ」

「……束、今お前なんて言った?」

「いっくんは馬鹿」

「その通りだ。が、お前に言われると気に食わん」

 

 そう言いながらゆらりと千冬は立ち上がる。いつの間にかその手には一本の木刀が握られていた。それに合わせるように束もまた立ち上がる。その手にはやはり一本の木刀が。

 お互い笑いながら、その木刀を正眼に構えた。無論、目は笑っていない。

 

「まったく、普段ボロクソに言ってるくせに実はブラコンとか、人としてどうなのちーちゃん」

「年中無休で変人やっているお前に言われたくないな。お前だってシスコンだろうに」

「束さんのは家族愛。ちーちゃんのは背徳的なエ・ロ・ス」

「ここで屍を晒せ束ぇぇぇぇ!」

「はーはっはっは。文武両道篠ノ之流跡取り嘗めんなー!」

 

 割と洒落にならない木刀での戦闘を始める二人を見て、この場にいるもう一人の教師、山田真耶は被害に遭わないようゆっくりとその場から離れた。手に持っていたココアで喉を潤しながら、背後から聞こえる木刀がぶつかっているとは思えない激突音を耳にしつつ、疲れたように声を絞り出す。

 

「織斑君の試合見ましょうよ……」

 

 私は応援してますからね。と心の中で一夏にエールを送った。

 

 

 

 

 

 

 さて、確認するよ。と一夏の隣でシャルルは告げる。武装も何も無い『白式』での戦闘ははっきり言って無謀、基本はサポート。ここまではいいよね、と彼は続けた。

 

「うーむ」

「……何が気に食わないの?」

「俺も前線で戦いたい」

「寝言は寝てから言ってね」

「酷ぇ!?」

 

 機動力攻撃力は通常量産機にも劣るレベルでしかない上に耐久値まで低いなんて機体で一体何をする気だ。そう言われてしまうと一夏としても反論など出来はしない。唸りつつも渋々とシャルルの意見に従うと告げる。まあ今回はしょうがないよ、とフォローを入れる彼を見て、一夏はそうだなと苦笑を浮かべた。

 

「さ、行くよ相棒」

「おう、行くぜ相棒」

 

 ピットのカタパルトに足を掛ける。シグナルが点り、発信準備が完了する。お互いの名前が呼ばれ、アリーナへの道が開かれた。

 

「シャルル・デュノア。『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』行きます」

「織斑一夏。『白式』、行くぜ!」

 

 叫びと共に空を舞う。シャルルは難なく、一夏は若干ぎこちなく。そのまま空中で静止すると、二人は対戦相手の顔を見た。普段見慣れている二人を見た。

 二人と対峙している『打鉄』を纏った女生徒の名は、谷本癒子と鏡ナギ。一夏のクラスメートの中でも、特に仲のいい人物のうち二人だ。

 

「あれ? 織斑君機体変じゃない?」

「そうだね。……ひょっとしてハンデのつもり?」

 

 だったらちょっと心外なんだけど。と癒子は眉を顰めてそう続けた。だが一夏は首を横に振る、そんなわけないだろうと。ただ機体がエラー起こして使えないだけだ。胸を張って堂々と宣言する彼を見て、二人は思わず溜息を吐いた。

 

「そういうのって、言わない方が駆け引き的にいいんじゃないの?」

「うん、私もそう思う」

「あ」

 

 やっちまったと頭を抱える一夏を見て、シャルルは思わず目を逸らした。パートナー間違えたかな、とこっそり呟いていたが、幸いにも誰にも聞こえていないようであった。

 

「ふ、無駄話はここまでだ。行くぜ二人共、友達だからって遠慮しないからな!」

「誤魔化してるね」

「うん」

「流せよそこは!」

 

 言いながら一夏は一直線に二人へと突っ込んでいく。その姿を見たシャルルはあっけに取られ、そしてちょっと一夏と叫んだ。だが、既に動き出した一夏は止まらない。いつも通りにスラスターを吹かし、いつも通りに収納領域から武器を取り出し、そしてそれを使用する。体に染み付いているその動きを行った。行ってしまった。

 何も無い状態の『白式』で、である。

 

「遅い!」

「ノロノロだよ織斑君!」

 

 癒子、ナギの両名が取り出したブレードが彼の鼻先を掠める。とっさに体を捻って躱したが、続けて繰り出される斬撃はそうもいかない。盾も何も無い状態で凌ぎ切るには、いかんせん機体の機動性が無さ過ぎた。

 そんな彼の前に一つの影が割り込む。盾で二人のブレードを防いだシャルルは、お返しだと言わんばかりに右手のアサルトライフルを放った。危ない、と後方に離脱した二人を確認すると、彼は振り向くことなく一夏、と短く述べる。

 

「僕、言ったよね。その機体で前に出るなって」

「あ、ああ」

「じゃあ今のは何?」

「か、体が勝手に動いたんだよ。こう、癖で」

「あ?」

「ごめんなさい!」

 

 あまりにも彼の声が重低音だった為、思わず一夏は謝った。空中なので出来なかったが、地面ならば土下座も敢行していただろう。その言葉を聞いたシャルルは溜息を吐き、しっかりしてよと声色を普段に戻してそう述べた。それにほっとした一夏は、もう一度ごめんと謝る。

 

「優勝するんでしょ? ならもっとしっかりしなくちゃ」

「ああ、そうだな。しっかり、しなきゃな」

 

 その言葉を聞いたシャルルは薄く笑う。そうそう、と呟くと、じゃあ行くよと銃を構えた。了解、と一夏はその少し後ろにつく。

 先に動いたのはシャルル。スラスターを吹かし、銃を撃ちながら距離を詰めた。その後ろに潜むように一夏も前へと距離を詰める。ある程度近付くと彼はそこで前進を止め、その距離を保つように攻撃を始めた。

 射撃で細かいダメージを与えられた癒子とナギは武装を切り替える。ブレードを仕舞い銃を取り出すと、射撃を行うシャルルに向かって引き金を引いた。

 

「残念」

 

 その瞬間を狙って距離を詰めたシャルルは、いつの間にか構えていた近接ブレードを振り切る。虚を突かれた形になった癒子は、その斬撃をまともに食らってしまった。それでも瞬時に体勢を立て直し、持っていた銃をゼロ距離で放つ。躱されはしたものの、追撃を食らうことは避けられた。

 

「やっぱりデュノア君強いや」

「強敵だよね、デュノア君は」

「おい待て」

 

 緊張感を高める二人に向かって一夏はそんな声を出す。二人に完全に無視をされているのが気に食わないらしい。シャルルより前に出ると、俺を忘れてもらっちゃ困るぜと指を突きつけた。その突然の奇行にシャルルは目を丸くし、そして癒子とナギはこっそりと微笑む。

 

「あ、織斑君いたんだ」

「そういえばそうだったね」

「何でだよ!? 最初に話したじゃねぇか!」

「一夏、落ち着いて、向こうの挑発だよ」

 

 シャルルがそう言うが、どうやら彼の耳には届いていないようであった。デュノア君の影に隠れてすっかり忘れてただの、実質一対二だよねだの、次々と飛び出すあからさまな挑発にあっさりと引っ掛かっていく。

 嘗めんな、と単身突っ込んでいくのと、かかった、と二人が笑うのが同時であった。癒子は近接、ナギは射撃と武装を分けると、向かってくる一夏に向かって攻撃を仕掛ける。いくら彼の勘が鋭くとも、全能力がダウンしている『白式』ではその攻撃を避けきれず。しまったと思った時にはもう遅い、癒子のブレードの一撃を食らい後方へと吹き飛ばされていた。コンソールは致命的とは言わずともかなりのダメージを受けたことを示しており、これ以上の無茶は出来ないと言われたも同然であった。

 

「一夏!」

 

 シャルルがフォローに向かおうとするが、その隙を突いて射撃武装へと持ち替えた二人が弾幕を放つ。短く舌打ちをすると、彼は素早くその場から離脱した。

 まずい、と彼は呟く。このままでは一夏が狙い撃ちをされ落とされるのも時間の問題だ。そうなるとシールドエネルギーにハンデのある自分一人では厳しい戦いになってしまう。『シャルル・デュノア』としては、かなりの劣勢なのだ。

 回避行動を取りながら、どうしたものかと思考を巡らせた。何とかして、この状態から勝ちを拾わなくてはならない。

 

「……何ムキになってるんだろ」

 

 そこまで考えて、ふと冷静になった。別に自分はパートナーになった彼のようにこのイベントで優勝する気など毛頭無い。適当に参加して、そしてある程度の成績を残しておけばそれでよかった。よしんば一回戦負けだとしても、それはそれで構わなかった。

 何せ彼は、元々ここで学生をやる為に転入してきたわけではないのだから。

 

「終わりだよ織斑君」

「私達が勝っちゃうもんね!」

 

 大体にして、現在の一夏のトラブルもこちらで仕組んだことだ。同室であることを利用して『白式』にエラープログラムを送り込んだのは他でもない自分。データ収集と『しののの』の男性操縦者の価値を地に落とす副次効果を込めた『亡国機業』の策略だ。たまたまターゲットとパートナーになっただけで、本来ならば一回戦で叩きのめす役目は自分であったかもしれない。そう考えれば、ここで負けても何の問題もない。

 

「そう、思ってるんだけどなぁ」

 

 癒子とナギの攻撃から一夏を庇いながら、シャルルは一人呟いた。意外と後ろの織斑菌とやらに毒されているのかもしれない。そんなことを思いつつ、二人を引き剥がす為に両手に銃を呼び出し弾幕を張る。肩で息をしている背後の一夏に向かい声を張り上げながら、彼は一本のブレードを放り投げた。

 

「お? これは?」

「『ブレッド・スライサー』。僕の機体の自慢の一振りだよ」

 

 一夏なら、その武器に文字通りの活躍をさせられるよね。振り向かずにそう続けたシャルルに向かい、一夏は笑みを浮かべると任せとけと答えた。じゃあ、期待しているよと述べたシャルルは、そのまま一夏とは反対方向へスラスターを吹かす。援護に徹しろ、と言っていた最初の自分の言葉を覆すその動きは、つまり。

 

「オーケーオーケー。任せとけ。織斑一夏を、とくと見ろ!」

 

 半ば無理矢理背後にエネルギーを集め、爆発的に加速をしながら、一夏はそう吼えた。

 

 

 

 

 癒子の目の前まで距離を詰めた一夏は、そのまま持っていたブレードを彼女に叩き付けた。甲高い音を立て彼女の体がぐらりと揺れる。もう一撃、と振り被ったところで相手からのブレードが眼前に迫った。

 

「うぉっとぉ!?」

「あーもう。何で調子戻しちゃうかなぁ」

 

 せっかくいい具合に頭に血が上ってたのに。そうぼやきながら彼女は左手にブレードとは違う得物を取り出した。出し惜しみはせずに全力で行くからね、と宣言すると、それを一夏に向かって投擲する。体をずらすことでそれを躱した一夏だったが、それに合わせてブレードを構えて突っ込んでくる癒子に対応しきれず、持っていたブレードで何とか受け止めた。やるじゃないか、と笑う彼に向かい、彼女は不敵な笑みを浮かべる。

 

「そりゃそうよ。一般人の中で私達が一番織斑君達見てたんだから」

 

 だから、こんなこともやれちゃうの。そう言ってブレードに込めていた力を少し抜く。その拍子にバランスを崩した一夏は、背後から何かが接近してくるのをセンサーで捉えた。先程彼女が投げた武器。手裏剣型をしていたが、あれは紛れも無くブーメランであり。

 

「自分の必殺技でやられちゃえ!」

「マジかよ!?」

 

 対セシリア、そして簪。他にも幾度と無く使用してきた一夏の『飛泉』での挟撃。それを再現された彼は、思わず驚愕の声を挙げる。来ることは分かっているとはいえ、体勢を崩されているこの状態では回避がままならない。加えてこの耐久値では食らえば恐らく致命傷。何とかして避けようと体を動かすが、やはりフラットな『白式』では間に合わない。

 視線を向かってくる手裏剣へと動かし、そして目を見開く。猛スピードで割り込んでくるオレンジの機体を見て、先程とはまた違う驚愕の声を挙げた。

 

「シャルル!?」

「間に、合った……」

 

 『瞬時加速』で無理矢理突っ込んだシャルルは、手裏剣の一撃を自身の体で受け止めていた。幸いにして『絶対防御』が発動するほどではなかったものの、元々低い耐久値ではそう変わりがない。コンソールが示す表示はレッドゾーン、満身創痍なのは明らかであった。恐らくこちらに来る為に自身が相手をしていたナギの攻撃を食らうがままであったのだろう。

 もはやほぼ死に体であるその状態で、彼は尚銃を構えて引き金を引いた。一瞬あっけに取られていた癒子の眉間に正確に叩き込まれたそれは『絶対防御』を発動させ大幅にエネルギーを削り取る。フォローに向かってきたナギにはハンドグレネードを放り投げ隙を作った。その間に一夏と共に距離を取る。

 

「大丈夫?」

「こっちのセリフだ。大丈夫かよ」

「ははは。あんまり大丈夫じゃないね」

 

 お互い様だよ、と笑うシャルルを見て、一夏は申し訳ないと頭を下げた。あれだけ啖呵を切っておきながら結局は庇ってもらった。それが彼の中でこれ以上無いほど情けないと自身を責めたのだ。

 そんな彼に、気にしないでいいよとシャルルは笑う。そう思うなら、今からでもいいところを見せてくれれば、それでいいから。そう続けて再び銃を構えた。

 

「来るよ、一夏」

「……おう!」

 

 シャルルから借り受けたブレードを構える。『ブレッド・スライサー』と名付けられているそれを正眼に構え、ゆっくりと前に歩を進めた。

 相手のエネルギーはあと少し、ならば近付かせないのが得策。そう考えた癒子とナギは遠距離武装で弾幕を作る。このまま離れているのならばそれでよし、距離を詰めても少しの被弾でゲームオーバー。自分達の優位は動かない。

 そんな彼女達の予想を裏切るかのように、一夏は真っ直ぐに突っ込んできた。射撃の弾幕など気にせんとばかりに。そんなものに当たってたまるかとばかりに。

 

「織斑君、自分のシールドエネルギー分かってるの!? 当たったらお仕舞いだよ!?」

「分かってるから、突っ込んでんだよ!」

 

 思わず叫んだ癒子にそう返すと、一夏は飛んできた銃弾をブレードで切り裂く。自分に当たるものだけを選んで、最小限の動きで。無論、考えてやっているわけではない。彼の最大限に発揮された勘が、自分の脅威となるものだけを無意識に選び取っているのだ。

 どれだけ連射しても当たらないそれに、彼女達は恐怖すら感じ始めていた。これが噂のただの勘か。そんなことを思いながら、しかしまだ負けないとナギが呼び出した手裏剣を投擲する。これならば避けられても二段攻撃が出来る。そう考えた一撃であったが、しかし彼女は失念していた。自分達が相手にしているのは何人なのかを。

 

「同じ手は食わないよ」

 

 弾き、そして戻ってくる前に受け止めたシャルルが、不敵に笑っていた。そうだった、と思った時にはもう遅い。はい一夏、とその手裏剣を隣に渡すと、彼も一気に距離を詰めた。流石に一夏のように切り裂きながらというわけではなく、左手のシールドで被弾を減らしながらであったが。

 盾で相手に見えなくした状態で銃撃を放つ。それにより攻撃の手が一瞬止まってしまったのを確認すると、シャルルは全力でスラスターを吹かした。『瞬時加速』で距離をゼロにすると、驚愕で目を見開いているナギに向かってごめんね、と呟いた。

 

「ちょっと痛いかもしれないけど。まあ、これ、勝負だしね」

 

 左手のシールドを振り被る。その動作と同時にパージされたそこから現れたのは、杭。リボルバー機構が備えられたそれは、第二世代でも最強と謳われた近接兵装であり、そして以前通常のISより数段堅牢なゴーレムに風穴を開けた武装でもある。

 その名も。

 

「え、ちょ、いや――」

「『盾殺し』!」

 

 アリーナに盛大な音が響き渡る。同時にナギの体がくの字に曲がり、真上にベクトルを向けられた衝撃で天高く打ち上げられた。頂点まで達した体はゆっくりと落下を始め、そしてそのまま受身を取ることなく地面に落ちる。そのままピクリとも動かない彼女を見て、思わず戦っていた一夏と癒子は顔を見合わせた。

 

「……え? 私もああなるの?」

「あー、うん。そうだな」

 

 このままシャルルが二撃目を使えたらな、と一夏は頬を掻く。視線を彼に向けると、苦笑を浮かべながら手を横にヒラヒラと振った。どうやら残りのエネルギーを注ぎ込んだ一撃だったらしく、後は任せたと地面に降りていく。

 それを目で追っていた癒子は安堵の溜息を吐き、そして気合を入れ直すように頬を叩くと前を見た。視界の先では同じように一夏がブレードを構えている。

 

「織斑君の今の状態で、向こうみたいにいけると思わないでよね」

「百も承知だよ。俺は俺のやり方で、勝つ」

 

 言葉と同時にナギから奪い取っていた手裏剣を投げ付けた。それを躱さずブレードで受け止めた癒子は、そんな見え見えの手に引っ掛かるわけないでしょと叫ぶ。そりゃどうも、と笑いながら、一夏はブレードを振り被った。同じくブレードでそれを受け止めた彼女は、自身も先程使っていた手裏剣を呼び出し投げ付ける。首を動かすことで躱した一夏は、ブレードを持つ手に力を込めた。

 

「いいの? このままだと戻ってきた手裏剣に当たってお仕舞いだよ?」

「はっ、さっきのセリフをそのまま返すぜ谷本さん。そんな見え見えの手に引っ掛かるかっての!」

 

 言いながらスラスターを上に吹かした。突然急上昇を行った一夏に思わず視線を向けてしまった癒子は、先程自分が述べた言葉を自分で体現する羽目になってしまう。危ない、と戻ってきた手裏剣を受け止めた彼女は、上空から落下してくる相手の対処に間に合わない。

 

「そっちが俺の真似なら、こっちは更識さんの真似、ってか!」

 

 簪にやられた対処法。それを思い出しながら一夏は叫ぶ。左右からの挟撃ならば、上下の動きで躱してカウンターをすればいい。自分の身をもって体験したそれを、彼は自分の手で行った。持っていたブレードを振り被り、そのまま彼女を一刀両断にせんと振り下ろす。

 全力で落下した勢いで地面まで辿り着いた一夏が上を見上げると、シールドエネルギーがゼロになった癒子の体がゆっくりと崩れ落ちるところであった。念の為とコンソールで自身のエネルギーを見ると、何とかギリギリの部分で踏ん張っていることが表示される。

 

「……ギリギリだったな」

 

 そう漏らすと、彼はその場にへたり込んだ。

 

 

 

 

 

 

「傷物にされちゃったよ」

「誤解を招く表現はやめてくれませんかね!」

 

 試合も終わり、アリーナから控え室に戻ろうとした一夏とシャルルは、丁度同じタイミングで戻ろうとしていた癒子とナギに遭遇した。そして出会って最初の一言がこれである。癒子はよよよと涙を吹く振りをしながら一夏へとしだれかかった。これは責任を取ってもらうしかないね、そう言いながら彼の腕を掴む。

 

「え? 責任? え?」

「うん、責任。私を傷物にした、責任」

 

 そう言いながら彼女は薄く笑った。その笑顔を見た一夏は、ああ、これは駄目なパターンだと半ば諦めにも似た表情を浮かべる。どうやら俺はここで肉食系女子に食われるんだな、そんなことを思いながら彼は次の言葉を待った。

 

「というわけで、夕食奢ってね」

「軽いな責任!」

「んー? 織斑君は何を想像してたのかなぁ?」

 

 えっちいことです。とは口が裂けても言えない一夏は、何も考えていませんと叫ぶのが関の山であった。ふーんと返しているが、癒子は分かっているようでニヤニヤと意地の悪い笑みを崩さない。篠ノ之さんに言いつけちゃおうかな、と鼻歌交じりで一夏へ問い掛けた。

 

「……なんでそこで箒の名前が?」

「え? 本気で言ってる?」

「え?」

 

 どうやら真面目に分かっていないらしい一夏を見て、癒子はおかしいなと首を傾げた。だって二人って付き合ってるんでしょ。そう続けると、一夏は目を丸くして彼女の顔を見詰めた。

 

「いやいやいや、何言っちゃってんの? 俺と箒が? んなバカな」

「……毎日お弁当作ってるんだよね、篠ノ之さんの分も、部屋が別々になっても」

「へ? そりゃ、昔からそうだったし。俺が作らないとあいつ拗ねるし。そのくせ俺が箒の弁当食いたいって言うと甘えるなとか言い出すんだぜ」

「……休みの日とか、篠ノ之さんとデートしたりしてるよね? 服とか一緒に買ったんだよね?」

「荷物持ちに呼ばれてるだけだって。服とかはまあ買ったけど、そんなんいつものことだしなぁ」

「……そもそも、一ヶ月ほど同じ部屋で過ごしてたんだよね?」

「小さい頃からよく箒の家に泊まってたし。中学受験の時も泊り込みで勉強とかしてたしなぁ」

「うん、絶対付き合ってるよね」

「付き合ってないっての」

 

 大体知ってるだろ、と一夏は続ける。俺が付き合ってくれって言うとあいつ断るんだぞ。そう言いながら肩を竦めた。

 確かにその光景は何度も目にしているが、彼氏彼女のちょっとしたじゃれ合い程度にしか認識していなかった癒子は何かを考え込むように額に手を当てた。これはどうやら本気で言っているらしい。ということはつまり、あの二人は別に彼氏彼女の関係などではなく、ただ単に幼馴染なだけだということになる。

 

「そんなバカな」

 

 思わず口に出た。あの距離感はどう考えても幼馴染のそれとは違う。少なくとも彼女はそう思っていたのだが、当人はどうやら違っていたらしい。

 だがこれは逆に大ニュースだ。残念なイケメンとして名高い一夏であるが、それでも狙っている女子は結構な数がいる。しかし篠ノ之箒という本妻がいる為に彼女達は諦めていたのだ。もしそれが違ったと彼女達が知ったら。

 

「……ちょっと楽しくなってきた」

「谷本さん? 何か凄ぇ悪役面してるけど、どうしたんだ?」

「ん? いやいや大丈夫。こっちの話だから」

 

 さて差し当たって誰に流そうか。やっぱりここは新聞部だろうか。いやいやまずは近場の女生徒だ。本音は興味なさそうだから、ここはやはり簪だろうか、いやいやセシリアも捨てがたい。鈴音は知ってそうだからパスとして。そんな次々と悪巧みが浮かんでくる彼女の頭の中は、現在最高にテンションが上がっていた。周りを気にせずに小躍りをしてしまうほどに。

 

「何なんだ一体?」

「あー、うん。ごめんね織斑君、私から癒子に言っておくから」

 

 首を傾げる一夏に、ナギはそんな言葉を投げ掛けていた。どうやらシャルルと同じような会話を済ませ、夕食の奢りを漕ぎ付けてこちらに来たらしい。済まないけどよろしく頼む、と彼女に返すと、彼も自身のパートナーを探して視線を巡らせる。しかしその姿が見えないことを確認すると、おかしいなと首を傾げた。

 

「デュノア君なら、用事があるって先に行っちゃったよ」

「あ、そうなのか」

 

 それならしょうがないな、と呑気に一夏は答えるとナギと若干おかしくなった癒子と共に控え室まで歩いていった。

 そこでシャルルの姿が見えずに首を傾げるのは、そう遠くない話である。

 

 

 

 

「どうしたものかな」

 

 シャルルは一人校舎裏で壁にもたれかかりながらそう呟いた。知らず知らずのうちに毒され始めていた自分を、何とかしなくては。そうは思ったのだが、どうすればいいのか考えが纏まらなかったのだ。

 彼はISの通信機能を呼び出す。『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』ではなく、デゼールの使用しているISのものを。

 

『シャルか。どうした? 何か異常事態か?』

「あはは。んー、まあ、そうだね。マドカの声が聞きたくなっちゃって」

『……確かに異常事態だな。何か拾い食いもでしたのか?』

「拾い食い、か。うーん、そうだね」

 

 確かにしたかもしれない。そう言うとシャルルは口角を上げる。碌でもないものを食べちゃったのかもなぁ。そう続けると、堪え切れなくなったのか大声で笑い出した。

 通信の向こうではそんなシャルルに呆れたように溜息を吐くのが聞こえた。そして、まあ元気でいるのならばそれでいい、と呟いた。

 

「ありがとう、マドカ」

『礼を言われるようなことを言った覚えは無い』

「言葉とかじゃなくてさ」

 

 こんな自分と親友でいてくれてありがとう。そう言うと、シャルルはちょっと照れくさいねと頬を掻いた。聞いているこっちも照れくさい、とマドカも続けた。

 

「さて、じゃあ私はそろそろ控え室に戻るよ」

『ああ。気を付けろよ』

「うん、それじゃあまた」

 

 通信を終えると、シャルルは体をグッと伸ばす。まあ、もうひとふんばりしますかね、と誰とも無しに呟くと、デゼール用のISを収納領域に仕舞いこみそこから立ち去った。

 その顔には先程のような迷いは無く、いつも通りのシャルル・デュノアの顔があった。

 




シャルルにちょっとだけ仲間フラグが立ちました。
ワタルとかでクラマがこんな感じで段々仲間になってってたよね、とか言ってみたり。

まあ当分先ですけどね。少なくともラウラより後かなぁ。

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