ISDOO   作:負け狐

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原作小説で該当する部分は全くないエピソードが続けられています。
……よくよく考えたら最初からそうだった……。


No23 「やれるだけやってみますか」

「うーん、いまいちパッとしないのよねぇ」

 

 そんなことを呟きながら、新聞部副部長の少女は持っていたペンを置いた。彼女の机に置かれているのは次に発行する用にあつらえた新聞の原稿のようで、そこには現在行われている学年別トーナメントの決勝の組み合わせが記されている。三年生と二年生のそれを眺めながら、やっぱりインパクトが足りないと彼女はぼやいた。

 

「正直順当過ぎてあれなのよねぇ。てか、二年なんかたっちゃん一択だし」

 

 椅子に体を預け前後に揺らしつつ、そうなるとやっぱり一年かなと呟いた。一年生も予想通りの面々が勝ち上がっているが、そこはやはり話題性が違う。

 代表候補生と『しののの』のパイロット、そして男性操縦者。豪華なラインナップで送る決勝戦はきっと盛り上がるに違いない。

 

「ま、とりあえずまだ一年は決勝決まってないし、ホントにそうなるとは――」

 

 呟きは部室の扉が開かれる音と部員の決まりましたよ副部長という声に掻き消された。振り向き部員の少女の持ってきた紙を受け取ると、彼女はその口元を歪める。これは予想通りの面白い展開になる。そんなことを考えつつ、再び机に向かうと原稿の書き直しに掛かり始めた。

 表題はズバリ、一年生最強決定戦。

 

「……安直過ぎるか」

 

 何かいいアイデアないかなぁと視線を天井に向けるのと同時、そういえば面白い情報をついでに仕入れましたよと部員は彼女に述べた。視線を向けると笑いを堪えきれないようで、その少女は表情を取り繕いつつ一年生の優勝者は何でも特別な景品があるらしいんですよと続ける。

 

「景品?」

「はい。その景品っていうのが」

 

 織斑一夏と交際出来る権利。そこまで言い切ると部員の少女は限界だったのか大声で笑い出した。一体全体なんでそんなことになってるのかさっぱり分からないですよと蹲り床をバシバシと叩いている。

 そんな彼女とは対照的に、副部長――黛薫子は何かを考え込むように顎に手を当て視線を机に向けていた。どうしたんですか、という問い掛けにも答えず、微動だにしない。

 ひょっとして自分も彼と付き合いたいとか思ってたり、と邪推し始めた矢先、来た来た来たと奇声を発しながら原稿に向かい始める彼女の姿があった。これよこれ、やっぱり大衆はゴシップを求めているのよ。そんなことを言いながら一心不乱に原稿を作り上げていくその様はどこか狂気すら感じさせた。

 

「決まった! 明日のIS学園新聞の見出しは――」

 

 たまについていけなくなるなぁ、と新聞部部員の少女は一人溜息を吐いた。

 

 

 

 

 タッグトーナメントの中日である。一大イベントではあるが、流石に始まりから終わりまで延々とぶっ通しで試合を続けるわけには行かない為、それぞれ学年別に大会の開催期間はずらしてあったり間を空けたりしているのだ。決勝までの日程は終わり、現在はその間の期間である。久しぶりとも思える通常授業に若干げんなりしながらも、一夏は授業内容をノートに書き留めていた。

 ちなみに中間考査の結果はここで出る。

 

「一夏、夏休みはどのくらい減ったのだ?」

「聞き方おかしい! 大体中間駄目でも期末で取り戻せるっつの」

 

 箒の言葉にそう返しつつ、一夏は乱暴に折りたたまれた答案用紙をこれまた乱暴にカバンに詰め込む。ああこれは図星なんだな、とその光景を見ていたセシリアはどことなく達観した様子で眺めていた。

 

「大体だな、お前だって成績変わらんだろうが。人のこと笑ってる場合かよ」

「……」

「ふっ……。なあ箒、俺と一緒に夏休みを過ごそうぜ」

「……ああ、それもいいかもしれないな」

「恋人同士のアバンチュールみたいな言い回しですけど、それ結局補習ですわよね!」

「勿論だ」

「当然だな」

「……何故自慢げなんですの……」

 

 我慢出来ずに会話に乱入し燃え尽きたセシリアを、傍観で済ませられた癒子とナギ、本音は苦笑しながら眺める。いつもいつもご苦労様だよね~、という本音の言葉に、二人はうんうんと頷いた。

 さて、とそのまま三人は時計を眺める。そろそろ鈴音が昼食の誘いに来る頃だ。そう思い一夏達に声を掛けようとしたが、それよりも早く彼女が扉を蹴破らん勢いで教室に進入してきた。割といつも通りとはいえ、流石に勢いがあり過ぎたので一体全体どうしたのだと彼女等は鈴音に訊ねる。それには答えず、無言で手に持っていた一枚の新聞を机に広げた。

 

「『男性操縦者のハートは誰のもの!? 織斑一夏を巡る恋の決勝戦遂に開幕!』……は?」

 

 声に出して読み上げた箒が素っ頓狂な声を挙げた。隣ではセシリアも同じような表情で記事の見出しを眺めている。そして一夏はそんな二人より更に絶句した表情で固まっていた。

 

「え? これって、え?」

「……まさか、ここまで大事になるとは」

「……ちょっと私用事が出来たからいくね~」

 

 ナギと癒子はある程度察しつつ対照的な反応を見せ、本音は少しだけ目を細めると教室から出て行った。

 そんな一行の反応を見た鈴音は、顔を真っ赤にしてその新聞が置いてある机を叩く。おおよそ少女が出せる音ではないものが響き、その音で五人は我に返った。が、しかし状況は未だ混乱したままである。

 

「どうすんのよこれ」

 

 搾り出すようにそう呟いた鈴音にしっかりとした答えを返せる人物は生憎一人もいなかった。どうするって言っても、と箒もいつになく困った様子で新聞の記事を読んでいる。

 篠ノ之箒は本命であり、もし優勝すればこのまま即座に入籍も夢ではない。そんな一文を見て、視線を天井に向けると頭を掻いた。

 

「やはり私は織斑箒になるのか」

「帰ってきてくださいまし!」

「というかその状況でも自分が優勝するって前提で話進められる篠ノ之さんは流石だなぁ」

「織斑鈴音、か……」

「あ、こっちも似たようなベクトルになってる」

 

 目の前に当事者がいるにも拘らずこの反応を見せている時点で無理だろうと遠目で眺めていたラウラは思ったが、あえて口には出さなかった。先程のセシリアを見ていた為、あそこに加われば余計な苦労を背負い込むことになること必至だったからだ。

 どうしたの、という一緒に昼食を食べているクラスメイトの質問に何でもないと答え、彼女は食事を再開した。

 

「しかし、見出しと余計な一言はアレですけれど、それ以外は案外普通ですわね」

 

 それぞれの機体とパイロットのステータス的な部分を読みながらセシリアはそう呟く。簡単な経歴もセットになっており、彼女の場合であれば記録に残る戦績は現在二敗のみとなっている。近接戦闘パッケージである『ブレード・ペンドラゴン』のことにも触れており、どうやらかなり取材を行っていることを窺わせた。

 一体誰がこんな記事を。そう思った彼女の目の前に突き出されたのは一本のマイク。どうやらそれがボイスレコーダーであると分かった彼女は、それを突き出している人物に視線を向けた。

 

「はいはい、新聞部ですよ。決勝進出者にインタビューしてます!」

 

 はいこれ名刺、とセシリアだけでなく一夏や箒達にも渡していく。受け取ったそれに書かれている名前は、整備課二年・新聞部副部長・黛薫子。

 

「で、その副部長さんが何の用だ?」

 

 少し警戒の色を見せつつ一夏がそう問い掛ける。対する薫子は今言ったはずなんだけどと笑顔を崩さずにセシリアに向けていたボイスレコーダーを彼に向けた。

 じゃあ決勝進出者としての意気込みをどうぞ。そう言って瞳を輝かせるその姿は、とてもではないが上級生には見えないと彼は思う。思うが、しかしそこで答えなければいつまでもこのままだろうと判断した一夏は口を開く。意気込みって言われてもな、と言いながら、セシリアと鈴音と箒を眺めた。

 

「勝つのは俺だし、この付き合う権利とやらは無効になるんじゃないのか?」

 

 おおお、と教室で歓声が上がる。どうやらいつのまにかほぼクラス全員が聞き耳を立てていたらしい。その中心の薫子はいいねいいねと言いながらレコーダーを再びセシリアへ。

 

「はいじゃあオルコットさん」

「優勝はわたくしですわ。まあ一夏さんなら彼氏にしてあげてもよろしくてよ」

 

 歓声が更に大きくなる。薫子のテンションもどんどん上がる。じゃあ次は、と鈴音にレコーダーを向けた。

 

「いやセシリアが優勝ってことはあたしも一緒に優勝してるってことだからね。そこんとこ忘れちゃ駄目だから」

「ああ、確かに」

「ま、あたし達の優勝は揺るがないわよ。……あたしは、一夏も箒も超えてみせる!」

 

 先程とはまた違う歓声が上がった。成程ね、と微笑を浮かべた薫子は、ところで織斑君の彼女の権利はどうするのと問い掛けた。

 拳を振り上げたまま鈴音の動きが止まる。錆びたロボットのようにゆっくりと上げていた拳を下ろすと、先程までの勢いはどうしたのだといわんばかりに歯切れの悪い返事を繰り返していた。

 

「い、一夏が、ど、どうしてもっていうなら、あたしが彼女になってあげても、い、いかな」

「凰さんは織斑君にゾッコンラブ、と」

 

 あながち間違ってもいないが発言と全く違う事実をメモする新聞部副部長に鈴音は飛び掛かる。それを華麗に躱すと、じゃあ最後の一人だと箒にレコーダーを向けた。

 向けられた彼女は、セシリアのように自信に満ち溢れるでもなく、鈴音のように純粋な反応をするでもなく。ただ淡々とこう述べた。

 勝負は時の運だ、と。

 

「え? それだけ? もっとこう、派手な勝利宣言とかしないの?」

「しません。仲間内のバカ話ならともかく、ちゃんとした取材のインタビューならばちゃんと答えるのが礼儀でしょうから」

「なんだかわたくし達が真面目に答えていないような物言いですけど」

「いや、真面目かって言われれば、真面目じゃないだろ」

「あー、確かに」

 

 割とノリで答えていた気がする、と鈴音は納得したように頷いた。隣ではセシリアが頬を掻きながら視線を逸らしている。

 そんな三人を尻目に、薫子はまあいいか、と箒との会話を打ち切っていた。ボイスレコーダーを仕舞い、協力ありがとうと頭を下げる。

 そんな彼女に、先輩、と箒は声を掛けた。

 

「捏造は許しません」

「えー」

「当たり前です。この調子だと、この一夏争奪戦は私が最初に優勝したら付き合えと宣言したから始まったとか書かれかねませんし」

「う、鋭い」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で後ずさりをする彼女の退避ルートをさりげなく一夏が塞ぐ。前門の虎と後門の狼、逃げ場を無くした薫子は観念したように項垂れた。ちゃんと聞いた通りに記事にするから見逃して。そう言いながら箒に向かって手を合わせた。

 はぁ、と溜息を一つ吐くと、箒は分かりましたと一夏に目を向ける。こくりと頷いた彼は横に体をずらした。

 それじゃ、と逃げるように教室から出ようとする彼女の背中に向かい箒は待ってください先輩と声を掛ける。まだ何か、と振り向いた薫子へ彼女は笑みを浮かべた。

 

「どうしてもそれらしいコメントにしたいのならば、こう書いておいてください」

 

 世界最強を受け継ぐのはこの私です、と。

 

 

 

 

 

 

 大多数の生徒にとっては退屈な授業の日々が過ぎ、再びトーナメントが開催される。それぞれの学年、それぞれのブロックの決勝は今までの試合を勝ち抜いた精鋭による戦いであり、これが盛り上がらないはずもなく。観客席は生徒来賓問わず満員であり、これから始まる試合を今か今と待っている。

 特に、この一年生の決勝が行われるアリーナではそれが顕著であった。全一年生どころか、全校生徒が集まっている勢いですし詰めになっている観客席の熱気は凄まじいの一言である。

 そして、それに負けず劣らず、決勝に残った四組のタッグもまた凄まじい熱気を抱いていた。最初に試合を行う二組は既に準備を済ませピットで待機しているが、その顔には待ちきれないと書かれている。

 

「しかし」

 

 そんな中の一人、鈴音は一枚の新聞を眺めながらポツリと言葉を漏らした。昨日のインタビューが纏められたそれは、今朝早く校門前で配られていたものだ。彼女が放った言葉もちゃんと載っている。だが、気になったのはそこではなく。

 

「もっとあの時言ってたみたいな交際権を前面に押し出すと思ったんだけど、むしろ全然書いてないじゃない」

「そうですわね」

 

 鈴音の言葉に同意しながら、しかしそれは仕方ないだろうとセシリアは肩を竦めた。全員が勝負そのものに比重を置いていたのだ、ここで煽ったところで三流のタブロイドにしかならない。そんなことを言いながら彼女も同じように渡された新聞に目を向けた。

 

「後は、あの箒さんの一言でしょう」

「世界最強を継ぐのは私だってやつ?」

「ええ。あれで空気が一変しましたから」

 

 それを感じ取ったのだろう。昨日のあの光景を思い出しセシリアは薄く笑った。空気を変えた一因は間違いなく自分だ。それが分かっているからこその笑みなのだ。

 そしてもう一人、自分達の次の試合で控えている男性操縦者。織斑一夏は明確に対抗心を燃やしていた。

 

「やっぱ一夏はあれなのかな。最強を継ぐのは自分だ、って思ってるのかな」

「それは、そうでしょうね」

 

 普段の能天気な行動と言動から忘れがちだが、彼のISの操縦技術は間違いなくそれが根底にある。だからこそ、箒の言葉に反応したのだ。

 そんな話をしていた二人だが、鈴音がだったらセシリアはどうなの、と問い掛けた。あの言葉に反応していたってことは、やっぱり最強を継ぎたいと思っているのだろうか。そんな素朴な疑問を口にした。

 

「まさか。わたくしがそんなことを思っているはずありませんわ」

「へ? じゃあ何で箒の言葉に――」

「勘違いしてはいけません。わたくしが目指すのは継ぐのではなく、奪い取ること」

 

 正解最強に認められるのではない、世界最強を打ち倒すのだ。迷い無くそう言い切ったセシリアを見て、鈴音は目を見開いた。そして、堪えきれないといった風に笑い出した。

 だったら尚更ここは勝たなきゃいけないわね。笑いを収めることなくそう続けた彼女に、セシリアは当たり前ですわと返す。そっちこそ、ちゃんと集中してくださいねと述べると、当たり前だという返事が届いた。

 

「あたしの目標は一夏と箒を越えることなんだから」

「ええ、そのくらいでないと。きっと向こうに対抗出来ないでしょうから」

 

 向こう? と聞き返す鈴音に視線だけで壁を、正確には壁の向こうを指すと、納得したように頷いた。

 ここからでは見えないその先に立つのは、二人の対戦相手。

 

 

 

 

 怖いくらいに集中している、と彼女の隣に立つ本音は思った。元々表情に乏しい部分もある簪であるが、いつにも増してその顔には表情が見られない。彼女がここまでの姿を見せるのは、幼馴染であるはずの本音ですら数えるほどでしか知らない。それほどまでに、これからの試合に意識を向けているのだ。

 どう考えても交際権ではないだろう、と彼女は思う。確かに彼には少なからず好意を抱いているだろうが、それだけでこの状態にはなり得ない。付き合いの長さでそのことが分かっている本音は、同時にこの状態になる理由にも行き当たる。

 

「かんちゃんをほったらかしにして世界最強を継ごうとか、ちゃんちゃらおかしいよね~」

 

 その言葉に視線だけで返事を返した簪は、もう一度対戦相手のデータの復習を始めた。相手がどの装備を持ってきても対処出来るように、相手がデータに無い動きをしたとしても慌てないように。その一つ一つを頭に叩き込んでいく。冷静に、思考を集中させていく。

 その思考とは裏腹に、心は熱く、これ以上無いほど燃え盛っている。自分がこんな状態になったのはどれだけ振りであろうか、そんなことが頭を過ぎって思わず笑ってしまった。

 

「かんちゃん?」

「……大丈夫。いつでも、いける」

「うん。私もいつでもおっけ~だよ」

 

 本音の笑みに笑みで返し、簪はピットの扉を睨んだ。ここからでは見えないその先にいる相手は、簡単に倒せるような相手ではない。それを再確認して、負けるものかと拳を強く握り締めた。

 アナウンスが流れた。そろそろ出番である、という旨の放送を聞き、二人は自分の機体を纏いカタパルトにその足を乗せる。ISのコンソールで自身の装備や状態を調べ何の問題もないことを確認すると、ハッチが開くのをじっと待った。

 向こう側の二人も、同じようにカタパルトへと足を乗せ、試合開始の合図を静かに待っている。四人が無言で集中する中、ブザーと共に彼女達の目の前の扉がゆっくりと開かれた。

 

「行くよ本音」

「りょ~かい!」

 

 静かで熱い少女は、盾の如き堅牢な心を持つ親友を伴い、空を舞う。

 

「行きますわよ鈴さん!」

「あいよー!」

 

 誇り高き血統を持つ少女は、猪の如く真っ直ぐな少女を伴い、空を駆ける。

 その四人の姿が見えた途端、アリーナの歓声が一際大きくなった。空中で各々の武器を構える少女達の顔は、真剣そのもの。そこに「手を抜く」・「ふざける」などというものは存在しない。

 まず飛び出したのは意外にもセシリアであった。『ブルー・ティアーズ』の近接戦闘パッケージ『ブレード・ペンドラゴン』に搭載されていたバスタードソードを横薙ぎに振るう。

 させない、と本音の機体の武装である『葛の葉』の盾がその斬撃を弾き飛ばした。硬く重いそれにぶつかったセシリアの体勢は後ろに崩され、無防備な姿を敵の前で晒してしまう。彼女が苦い顔をしたのを見逃さず、簪は荷電粒子砲を腰にマウントしその引き金を引いた。

 

「そこぉ!」

 

 その動作に合わせるように、セシリアの背後からミサイルが飛来する。それを確認した簪は視線をセシリアからミサイルに変更し、そして冷静に銃口をそちらに向けた。自分に当たりそうなものだけを狙い、撃ち落とす。それも、なるべく相手の近くでだ。

 とはいえその隙に彼女は二人から距離を取っており、尚且つシールドで防御体制を取っている為に爆風で被害を受けた様子は見当たらない。まあそうだろうな、と短く息を吐くと、今度はこちらの番だとIS用薙刀『夢現』を構えた。

 

「本音!」

「ほいさ~!」

 

 彼女のパートナーである本音がハンドガンを取り出し連射する。明らかに目眩ましであるそれをシールドで防御しながら、セシリアも自身のパートナーの名を呼んだ。任せろ、と背後から飛び出した鈴音が『双天牙月』をプロペラのように回しながら真っ直ぐに突っ込んだ。ハンドガンの弾を弾きつつ『夢現』とかち合ったそれは、鈴音の裂帛の気合が僅かに勝ったらしく、先程のセシリアのように体勢を崩された簪の体が後ろに流れる。もらった、と振り上げた『双天牙月』をその脳天に叩き付けた。

 

「もらわれないよ~。私がいる限り、かんちゃんには指一本触れさせない」

「……ちっ」

 

 その刃はまたも本音の『葛の葉』に弾かれ届かない。舌打ちしながらセシリアの隣に並んだ鈴音は、あれどうにかしないと、とぼやくように問い掛けた。

 

「どうにか、ですか」

「え? 何? 当て何もないの?」

「そういう鈴さんはどうなのですか?」

「真っ直ぐ突っ込んでぶっ飛ばすあたしにそんなアイデア出るわけ無いじゃん」

「威張って言うことじゃありませんわ……」

 

 やれやれ、と肩を竦めると、ではあの盾はわたくしが担当しましょうと大剣を構えた。その代わり、ちゃんと仕事をしてくださいね。そう言うとセシリアは笑顔を見せる。

 任せとけ、と鈴音は再び簪へと突っ込んだ。予想していたのか別段焦ることもなく腰にマウントした『春雷』を放つ彼女とは裏腹に、鈴音の顔は晴れない。威勢良く返事をしたはいいものの、自分で述べたようにそれからどうするかのアイデアなど何も無いからだ。

 だが、それが自分なのだからしょうがない。そう気持ちを切り替えると、スラスターにエネルギーを込めながら彼女は吠えた。

 

「真っ直ぐ! 突っ込んで! ぶっ飛ばす! それがあたしの――」

 

 『瞬時加速』と『甲龍』の『龍咆』とを組み合わせた彼女流の高速移動攻撃。簪の目の前から消え失せ、そして次の瞬間には背後に斬撃を加えている。それに気付いた時には既にそこに姿はなく、また別方向から斬撃を放つ。

 縦横無尽に飛び回りながら行うそれは、常人には決して捉えられない速さであり。

 

「『疾風迅ら――えぇぇぇぇ!?」

「……それは、もう、知ってる」

 

 それをことごとく弾いてみせた簪は、常人の域は優に超えているということに他ならない。驚愕の表情を浮かべる鈴音とは裏腹に、彼女は淡々とそれを行なっていた。自身の渾身の攻撃を防がれたことで動きが一瞬止まったのを見逃さず、簪はその胴に『夢現』を捩じ込む。肺に溜まっていた空気が一瞬にして吐き出され、そしてそのまま威力を殺せずに鈴音は後方へと吹き飛んだ。

 

「鈴さん!?」

「隙だらけ」

 

 思わずその姿を目で追ってしまったセシリアに向かって、簪は『春雷』を放った。二門の荷電粒子砲から放たれた銃弾が襲い掛かるが、素早く反応した彼女はシールドに装備されていたビットを展開させた。通常の盾より広範囲をカバー出来るようになったそれは、『春雷』の砲撃を物ともしない。

 

「……シールドビット?」

「BT兵器を無理やり防御に回している試験的な装備ですわ。将来的にはちゃんとしたシールドビットも開発されるのでしょうけど」

 

 今はこれが精一杯。そう言いながら笑みを浮かべたセシリアは、驚きましたか、と続けて問い掛けた。

 一瞬反応をするものの、簪は別に、と返す。ここで相手のペースに乗ってはいけない。そう判断したが故の行動であったが、どうやら彼女にとってはそれで充分であったようだ。笑みを更に強くさせながら、ではもう少し驚いてもらいましょうと展開していたビットを戻す。

 

「一応言っておきますが、わたくしは別に騙したつもりはありませんわよ」

 

 その言葉と同時に銃弾が簪の眉間を襲った。オートガードに設定していたらしい『葛の葉』の防御が間に合い防がれたが、そうでなければ完全に撃ち抜かれていたその攻撃を確認し、彼女は思わず目を見開く。この可能性も充分予測していたが、どうやら少し油断し過ぎていたようだ。そんなことを思いながら隣の本音に礼を述べた。

 目の前にはバスタードソードを仕舞い、彼女のいつもの装備である『スターライトmkⅢ』を構えたセシリアの姿が。いつのまにか体勢を立て直した鈴音もその隣で『双天牙月』を構えている。

 

「両方の装備を詰め込んだ、まあ所謂決戦仕様というやつですわ」

 

 だろうな、と簪は心中で呟いた。恐らくそれは向こうも分かっているのだろう、別段そこで何か余裕を見せることなく、再びライフルを仕舞いこちらを睨んでいる。ここで優位に立ったと油断してくれれば助かったのだけど、と彼女は思いつつ本音に声を掛けた。

 

「足止め、出来る?」

「かんちゃん無茶言うね~。……ま~、やれるだけやってみますか」

 

 そう言うと本音は簪の前に立つ。『葛の葉』を全展開、自身の周囲に六枚、簪の防御に二枚を回すと、真っ直ぐにセシリア達へと突っ込んだ。倒す必要はない、あくまで足止めを出来ればいい。そう考えた故での行動である。

 鈴音が『龍咆』を連射する。不可視の砲弾が彼女に向かうが、見えようが見えまいが防いでしまえば何も変わらない。勢いを失うことなく、一気に彼女達へと肉薄した。

 逆手に持った近接ブレードをセシリアの喉元に突き立てる。上半身を動かすだけでそれを躱したセシリアは、再び取り出したバスタードソードをお返しとばかりに振り下ろした。無論『葛の葉』に弾かれるが、どうやらそれが狙いだったらしく、同タイミングで背後から鈴音が『双天牙月』を叩き込む。

 だが、その攻撃もやはり『葛の葉』の巨大な盾に弾かれた。

 

「布仏はね、更識の付き人。更識を守るのが仕事」

 

 普段の間延びした口調とは違う、静かな声。一回戦の日に一夏を引っ叩いた時とはまた違う、彼女らしいが彼女らしからぬ声。

 何かを操作するように両手を動かした。それと同時に彼女の周囲を回っていた『葛の葉』が三枚ずつセシリアと鈴音の周囲に移動する。二人の行動を妨げるかのように眼前に展開されたそれを見ながら、本音はゆっくりと言葉を続けた。

 

「でもね、私はそんな仕事どうでもいいんだ。私は更識を守るんじゃなくて、かんちゃんを守りたいんだから」

 

 だから、全力で期待に応えさせてもらうよ。そう言うと、彼女は機体を翻して後方へと下がった。本音の影で意図的に隠していたもう一人の姿が、そこで顕になる。

 砲門を増やした『山嵐』を構える、簪の姿を。

 

「二人の攻撃はこっちには届かない。でも、かんちゃんの攻撃は筒抜け。足止めって言われたけど、半分ホントで半分嘘だったんだ~。本当は、この状態にしたかったの」

「コンビネーション、って、やつだね」

 

 幼馴染だから出来る芸当だ、と二人は揃って笑みを浮かべた。対するセシリアと鈴音は顔を顰めて目の前に広がる盾に攻撃を加える。これをどうにかしない限り、自分達は無防備であの一撃を食らってしまう。それを避けるために、必死で動いていた。セシリアはセシリアで、鈴音は鈴音で。個々に、別々に。

 そんな二人の行動を見ながら、簪はその引き金を引いた。一×一では、一+一には敵わない。そう呟いた。

 

「穿て! 『山嵐』!」

 

 その名の通り嵐のように降り注ぐそれは、回避出来ない二人を飲み込み大爆発を起こした。爆炎が鳴り響き、黒煙はアリーナの半分を覆うほど広がっていく。

 セシリアも鈴音も、その黒煙に阻まれ姿は見えない。何かが動く気配も見当たらない。

 Aブロック決勝戦、試合開始から約十五分が経過していた。

 




もったいぶってますけど、試合はまだ続きます。

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