ISDOO   作:負け狐

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簪&本音VSセシリア&鈴音、後編です。
やりたい放題やってます、ご注意ください。

ちなみに、主人公の出番が欠片もないです。


No24 「諦め悪い女なのよ!」

 未だ消えないその爆煙を見ながら、簪は尚も集中を途切らせていなかった。試合終了のブザーは鳴っていない。ならば、あの二人は健在であるはずだ。そう彼女は判断したのだ。

 そんな彼女の隣に並ぶ本音もまた、視線を爆煙の先から逸らさない。向こうが何か行動を起こせばすぐに対応出来るように、センサーと目視で前を見る。

 と、そこで違和感を覚えた。いくらなんでも煙が濃過ぎるのだ。直撃し、相手にダメージを与えたからといって、いつまでも煙が晴れないのは不自然なのだ。そこに至った本音は隣に立つパートナーの名を呼んだ。こくりと頷くと、簪は腰の『春雷』をその煙の先に向かって放つ。

 閃光と共に、煙は霧散していった。そして、その先にいた二人の姿がようやく顕になる。

 その手に発煙筒らしきものを持った鈴音と、先程使用したシールドビットを展開していたセシリアの姿が、である。

 

「ち、こっちはまだ体勢立て直せてないってのに」

「あれだけの時間で立て直せないという時点で大分死に体ですわね」

 

 攻撃に反応し全てを防ぐ『葛の葉』だが、そこには明確な弱点が存在する。一つは一回戦で彼女が使用した際に皆で考察していた「相手を倒す装備ではない」という点。そしてもう一つが、今のセシリアと鈴音の行動であった。

 単純明快で、「攻撃に区別されていないものには反応しない」のだ。攻撃、反撃に転ずるための機動には反応しても、完全に守りに入った機動、ないしは全く関係のない行動には無力なのである。

 

「とはいっても、だから何だって話なのよねぇ」

「反撃の糸口を見付けないことには、このまま嬲られてお終いですわ」

 

 彼女の周りには『葛の葉』が未だ拘束を続けている。いくら抜け道があったからといって、それが勝利に繋がるかといえば答えは否。むしろ、その行動しか出来ない事を逆手に取られる可能性すらあるのだ。

 

「詰んでない?」

「あら? 諦めるのですか?」

 

 挑発するかのようなその物言いにまさか、と返した鈴音は、持っていた発煙筒を投げ付けた。『葛の葉』によって弾かれ明後日の方向に飛んでいくそれに目もくれず、彼女は真っ直ぐに相手を睨む。

 その視線を合図にしたかのように、簪と本音は左右に分かれた。お互いに射撃武装を構え、挟み込むようにそれを放つ。回避ではなく防御を選択したセシリアと鈴音は、その場から動くことなくその射撃をやり過ごした。何かしら移動を行うことによって『葛の葉』が反応することを危惧したのだ。

 だが、無論そんなことは相手も分かっている。分かっているからこその挟撃である。行動範囲を狭め、相手の選択肢を一つ一つ潰していく。出来るのが防御のみならば、その防御すら不可能なように。

 今のところは二人が背中合わせになることで対応しているが、バラバラに動いていた先程の様子を見る限り、それもいつまで続くかわからない。そんな予測を立てていた。

 

「……」

「かんちゃん?」

 

 その一方で、そうでない可能性も彼女の中ではしっかりと考慮されていた。個人プレーに走らず、チームワークを発揮して反撃の糸口を掴む。そんなことはありえない、などと簪は考えない。常に最悪の予想は立てておく、それが前回の一夏との戦闘で身に付けた彼女なりの集中法であった。

 本音はそんな簪を見て満足そうに笑う。これならば、負けない、負けるはずがない、と。そんな事を思いながら、笑う。

 

「八方塞がりじゃないのよ。あーもう! どうしろっての!?」

 

 鈴音は彼女の自信を裏付けるようにヤケクソ気味に叫び防御を固めつつも頭を抱えている。このままならば落ちるのは時間の問題であろう。

 その一方で、同じく防御を固めながらもじっと静かに佇んでいるもう一人の少女の姿は異彩を放っていた。ハイパーセンサーをフル稼働させ、周囲の状況を認識し、しかし動かずそこで盾を構える。その眼光だけは鋭く、忙しなく動いて何かを行なっていた。

 先程まで叫んでいた鈴音もそれに気付いたのか、パートナーの名前を一言呼ぶと気持ちを落ち着けるように大きく息を吸い、吐く。

 

「行けるの?」

「行けなければどのみち負けですわ」

「ま、そりゃそうか」

 

 笑いながら姿勢を低く構えた。防御からくるものではないその動作は、明らかに反撃を、簪と本音に攻撃を加えようとしていることを意味している。未だ『葛の葉』が彼女等を拘束しているのにも拘わらずだ。

 一体何を考えているのだろうか。そんなことを本音が頭に浮かべたのと同時、鈴音は『瞬時加速』により一直線に彼女に向かって突っ込んできた。速度こそとてつもないが、あからさまなその動作に当然『葛の葉』は反応する。目の前を塞ぐように立ち塞がる大盾、しかし望み通りと言わんばかりの表情を浮かべた鈴音はそれに迷いなく手を伸ばした。

 斬撃や打撃を弾く盾は、しかし掴み掛かるという動作を弾くことはしない。武装の特徴として相手がそれを構えようが決して盾として機能しないようになっている上に、収納と展開は一つ一つ個別に行える。奪われようが、脅威足り得ない。そう判断されていたのだ。

 無論本音もその考えに基づいて武装を操作している。一つを掴まれたからなんだというのだ。そんなことを思いながら鈴音にハンドガンの銃口を向けた。向けて、そして目を見開いた。

 

「――いない!?」

 

 掴まれた盾と鈴音、その二つ共が彼女の視界から消えていた。一瞬の出来事で、意識を外した覚えもない。そんな状態で視界から消え去ることが出来るなど、ありえない。そんな感情が、彼女の判断を一瞬だけ遅らせた。

 左側で激突音。意識をそこに向けると、先程の盾を持ったまま鈴音が二つ目の盾に突進しているところであった。最初と同じように、その二つ目の盾も彼女は掴み上げ自身の手の中へと引き入れている。

 何のつもりだ。そう考える間もなく、鈴音は再び彼女の視界から消えた。

 

「まさか、そういうこと!?」

 

 ここでようやく本音は鈴音の意図に気付いた。考え付きはしても、決して行わないような馬鹿げた作戦。それを彼女は実行しようとしたのだ。

 すなわち、一つを掴むだけでは駄目ならば、全てを掴めばいい。

 

「馬鹿なの!? あ~、そうだ、りんりん馬鹿だった!」

「誰が馬鹿だ! 一夏よりマシよ!」

 

 さりげなくこの場にいない男子生徒を貶しつつ、鈴音は三つ目の『葛の葉』を掴みにかかった。攻撃に半自動的に反応する大盾の特性を逆に利用し、高速斬撃の機動で本音に迫ることで誘発させる。しっかりと考えて行ったわけではなかったが、思った以上の成果を出せていることに彼女は笑みを浮かべた。自分を拘束している『葛の葉』は四つ、それを全て奪ってしまえば、少なくとも反撃の糸口程度ならば見付かるはずだ。そう思いながら三つ目を掴み、そして『瞬時加速』と『龍咆』で複雑な高速機動を行いつつ四つ目の大盾に手を伸ばす。

 

「これで!」

「これで? どうなるの?」

 

 鈴音の両手に持っていた盾が消える。そして再び本音の周囲にそれらが展開された。奪われたところで収納と展開を行えば何ら問題ない。一瞬焦ったがそう判断した本音は冷静にその操作を実行した。一度収納し、もう一度『葛の葉』を起動させる。

 そう、自分の周囲に展開させたのだ。鈴音を拘束するのではなく、通常の防御形態として起動させたのだ。

 それを鈴音は確認せずに飛び出した。あるいは、最初からそうなると見越していたのかもしれない。ともあれ、本音が述べた言葉に振り向くことなく彼女はこう返した。

 

「あたしが自由になったわよ!」

 

 

 

 

 エネルギーの効率など完全に無視して高速機動を行う鈴音を横目で見つつ、セシリアは一人ほくそ笑んだ。束の間ではあるが、自身のパートナーは拘束から抜け出した。このチャンスを生かさない手はない。

 そんな思考を持っているだろうと予想した簪は、まさか同じ手で抜け出そうと思っているのと彼女を挑発する。確かに『ブルー・ティアーズ』は機動性の高さが売りの一つであるが、鈴音のそれとは違いあくまで機体性能でしかない。無茶な機動やストップ&ゴーを繰り返すようには出来ていないのだ。

 無論セシリアもそんなことは分かっていると鼻を鳴らす。再びバスタードソードを取り出し構えながら、こちらはこちらで対処をするだけですわと口角を上げた。

 

「線では阻まれる。鈴さんは、点で突き破った。ならば」

 

 シールドに組み込まれていたBT兵器を展開、周囲に停滞させるとその銃口を全て別々の方向へと向けた。当然その全てを防がんと『葛の葉』が反応し彼女への圧力を強めていく。

 だが、それが望んでいたことだと言わんばかりに、彼女はそのまま射撃を行った。

 

「……何でそんな、無駄なことを」

「無駄かどうかは、これからですわ!」

 

 全方位に射撃を続ける。当然それには膨大な集中力が必要であり、それ以外の行動を全てシャットアウトしてしまうと言っても過言ではない。事実、セシリアはその場から動かず、そしてその目は前を向いているものの眼の前にいる簪を映してはいない。

 それでも彼女は言葉を紡いだ。強がりとも取れる一言をのたまった。無駄ではない、と吠えたのだ。

 

「本音!」

 

 これが普通の相手であったのならば決まっていただろう。だが、相手は更識簪、日本の代表候補生であり、学園最強と謳われる姉を持つ少女。即座とはいえずとも、しかし反応出来る程度には気付くことが出来た。

 彼女のパートナーの名前を叫び、そして自分の周囲に回っている『葛の葉』の防御を向こうに返した。計六枚になった盾は、自由になった鈴音の攻撃を防御するのに回されていたものと合わさり余裕が出来る。

 そこに、狙い澄ましたかのようにビームの射撃が突き刺さった。

 そんなことを行えるのは一人しかいない。他のどの行動を取っていても、射撃だけは確実に無意識に使用出来る、などと言えるのは一人しかいない。

 忘れていた。本音も簪も、そのことは充分に知っていたはずなのに、この戦いの最中で失念していた。BT兵器やシールドビット、バスタードソード、そんな小手先のものや機体の機動力ではない彼女の真骨頂を。

 

「『クイックドロウ』……」

「正解ですわ!」

 

 咄嗟に簪は体を捻った。数瞬前まで自身の眉間があった場所に飛来するビームを見て冷や汗を流す。本当の狙いは本音ではなく、自分。そう確信をしていなければ気付く前に風穴があいていたであろう。

 この試合の中で、彼女は『クイックドロウ』での射撃を今まで一度も見せていなかった。途中で射撃武装を見せた時もあくまでただの早撃ちでしかなかったのだ。一度、相手の意表を突く形でそれを行った為に、それを『クイックドロウ』での射撃だと錯覚させたのだ。

 だから、BT兵器で自身の『葛の葉』の引き付け、そして鈴音が本音の『葛の葉』を引き付けている内に『クイックドロウ』で本音を撃ち抜く。それを見越して簪が本音のフォローに入るのならば、盾の無くなった簪を撃ち抜く。

 なんとも個人個人の勝手な行動が組み合わさった、二人で一人なコンビネーションであった。

 

「……っ!」

 

 無論セシリアもそこで防がれたからと攻撃をやめるような少女ではない。隙あらばその針の穴程の部分に正確に射撃を叩き込む。鈴音は再び拘束に移行させる隙なぞ与えんとばかりに本音をその場に縫い付ける。拘束と防御を行なっているはずの二人が、逆にジリジリと押されていく。

 それでも、簪は焦ることなく機を窺っていた。集中しろ、と自分に言い聞かせていた。セシリアも鈴音も、無茶をしているだけだ。限界はそう遠くない内に現れる。それまで耐えれば何の問題もない。

 

「……けど」

 

 それは、つまらない。相手の自滅を誘うなんて、そんな戦い方はつまらない。自分の力で相手に敗北を認めさせてこそ、勝利だ。

 どのみち、あの二人のことだ。遠くない限界は遥か彼方だろうから。そう独りごち薄く笑みを浮かべると、簪はスラスターを吹かした。前に、セシリアへ向かって。

 

「その状態じゃ……射撃以外は出来ない、でしょ」

「それが、どうしたっていうんですか!」

 

 『クイックドロウ』で簪を狙うが、着弾地点を予測されているのか紙一重で躱される。あるいは、彼女の集中力が少しずつ落ちていっているのかもしれない。ともあれ、セシリアは相手の接近を許してしまい、目前には『夢現』を振り被るその姿が映る。

 貰った、という簪の言葉と、かかった、というセシリアの言葉が発せられたのが同時であった。

 射撃を続けていたビットは、いつの間にか彼女の腰部へと移動していた。青いスカートのように連結されたそれは、『ブルー・ティアーズ』本来のスラスターとの相乗効果を生み出す推進力として働く。元々高起動の機体であるそれに、さらなる機動力を加えたそれは、『瞬時加速』もかくやというスピードでその場から離脱する。

 結果として、簪の目にはセシリアが消えたように見えた。即座に高速移動だと看破したものの、その時には既に自身のすぐ後ろへと回りこまれており。

 

「この距離ならば、『葛の葉』も反応出来ませんわね!」

 

 振り向く間もなく、バスタードソードを叩き付けられた。

 

 

 

 

「かんちゃん!」

「人の心配してる場合じゃないでしょうが!」

 

 本音の叫びを打ち消すように鈴音は吠える。『瞬時加速』と『龍咆』のコンビネーションで立体機動を描き彼女へと襲い掛かる。その攻撃はことごとく『葛の葉』に弾かれているが、しかし。

 本音は動けない。何か行動を起こす間がないのだ。鈴音の嵐のような高速機動攻撃により、完全に足止めを余儀なくされていた。セシリアの拘束用の四枚はまだ向こうにあるが、距離をあそこまで詰められては殆ど役に立たない。

 

「せっしーが私の相手するって、言ってたのに!」

「んなもん馬鹿正直に守るわけないでしょうが!」

 

 というかそれは自己流『疾風迅雷』を破られた時点で変更されている。口には出さずにそう続けつつ、鈴音は尚も攻撃を続ける。自分のエネルギーが尽きるか、相手のエネルギーが尽きるか。いうなればこれは、我慢比べだ。

 それに、と彼女は続ける。向こうが簪を倒せば、二体一だから、と。

 

「……無理だよ。かんちゃんは負けない」

「セシリアは強いわよ」

「知ってるよ。でも、負けない」

 

 迷いなくそう言い切った本音は、『葛の葉』の展開の形を変えた。三枚ずつが重なるように彼女の左右に設置され、しかし防御力は健在で鈴音の斬撃を弾き返す。

 その姿を見た鈴音も一旦攻撃を止め、少しだけ距離を取るように後ろに下がった。何のつもりだ、と口には出さずとも表情が物語っている。

 

「さ~、どいてもらうよりんりん。私は早くかんちゃん助けに行かなきゃいけないから」

「……言ってくれるじゃない」

 

 先に動いたのは本音。分厚くなったその盾を全面に押し出し真っ直ぐに突っ込んでくる。その姿は鈴音にも見覚えのある光景であった。一回戦で行った突進、恐らくそれのより攻撃に特化したものだろう。そう判断した彼女は、望むところだと迎撃態勢に入る。武器を構え、相手の挙動を見逃すまいと目とハイパーセンサーを同時に向ける。

 

「へ?」

 

 それが誤りだと気付いたのは、本音に腕を掴まれた時だ。捻り上げられた左腕はミシミシと音を立てて曲がらない方向に曲げられる。この、と残った方の腕で繰り出した斬撃は三枚重ねの『葛の葉』によって弾かれた。

 サブミッション。人体を破壊する関節技。ISも人の纏う装備な以上、人体の可動範囲を超えることはまずありえない。

 すなわち。

 

「あがっ! ちょ! あぁぁぁぁ!」

「ふっふっふ~。ポキっと、いこうか?」

 

 ペロリと舌なめずりをする本音を見て、鈴音の背筋が思わず凍った。そして、彼女の真骨頂が何かを思い知った。

 こいつ、壊し屋だ。防御用の兵装は、それを悟らせないためのカモフラージュと接近を用意に行う為の二重構造。その結論に至ったものの、ならばどうすればと言われれば何もアイデアなど出ないわけで。

 

「関節技って『絶対防御』発動しないから、簡単に折れるよ?」

「平然と怖いこと言うな!」

「本気だよ~。私はかんちゃんの為なら、骨の一本や二本平気で折れる」

 

 平然とそう述べた本音に薄ら寒いものを感じつつ、しかし諦めずに鈴音は反撃のチャンスを探った。兎にも角にも、まずは左手を自由にしなければ何も出来ない。だが、完全に極められているこの状態では、自ら抜け出すには文字通り骨が折れる。

 左腕を犠牲にして抜け出して、それからどうするか。片腕で再び足止めが出来るかといえば答えは否であるし、ましてや倒すことなど不可能に近い。これが他の、セシリア程の実力があればまた違ったかもしれないが、鈴音は所詮素人に毛が生えた程度の経験しか持っていない。少なくとも彼女自身はそう思っているのだ。

 だから、彼女の出来ることは唯一つ。何らかの逆転出来るアイデアを思い付くこと。

 

「そんな簡単に思い付いたら苦労なんか――」

 

 思わずぼやきを口に出したその時である。一つだけ、試してもいいかもしれないと思うことが頭に浮かんだ。上手く行けば五体満足で抜け出せるというアイデアがひらめいた。

 

「……? 観念したの?」

「まさか。あたしは諦め悪い女なのよ!」

 

 あくまで上手く行けば、である。失敗すれば極められている左腕は確実に壊される。それでも鈴音は、その方法に賭けた。

 気合を込める。そして、折れても構わんとばかりに体を捻った。

 

「自分から折る気? 私はその程度じゃ緩めないよ~」

「あ、そう。そりゃ良かったわ」

 

 言葉と共にISを解除した。極められていた左腕の装甲が綺麗サッパリと消え去り、生身の腕が露となる。同時にスラスターから何から何まで全て無くなった鈴音の小柄な体は重力に引かれて落下を始めた。当然本音の拘束など簡単にすり抜けてしまう。彼女が掴んでいたのはあくまで『甲龍』なのだから。

 頭から落下していく最中、鈴音は視線を足元に向けた。青い空と、目を見開く本音の姿。それを見た彼女はニヤリと笑い、再び『甲龍』を展開させる。赤と黒に彩られたその機体のスラスターを吹かすと、姿勢を反転させ一気に間合いを詰めた。起動時のコンソールがエネルギーの限界を示していたが、関係ない。この一撃が決まればいい。

 『双天牙月』を取り出そうとして、エラーが表示された。どうやら解除と展開を無理矢理行った所為で、ただでさえ負担を掛けていた機体に不具合が起きてしまったらしい。幸い『龍咆』は使用可能、元々機体に設置してあった実弾兵器も撃つことだけは出来るようであった。

 足と肩のミサイルをばら撒きながら、鈴音はスラスターにエネルギーを込める。『瞬時加速』でそのミサイルを追い越すと、本音の眼前でくるりと反転した。飛び越すように彼女の背後を取ると、そのまましっかりと羽交い絞めにする。

 何を、そう言おうとした本音は、再び鈴音がスラスターを吹かそうとしていることで言葉を止めた。

 

「自爆する気!?」

「違うわよ。これは、勝つ為の一手」

 

 本音を捕まえたまま『瞬時加速』。真っ直ぐに向かった先は先程自分でばら撒いたミサイルの雨。

 こんなものは『葛の葉』で防げば。そう思った本音の思考は、装置がエラーを吐いていることで真っ白になった。何故、どうして。そんな疑問が数多を埋め尽くす中、背後で彼女と盾を纏めて捕まえている鈴音が勝ち誇ったように笑う。

 

「二つにしてくれて助かったわ。おかげで、簡単に掴めた」

「む、茶苦茶だよ……」

「そりゃそうよ。なんたってあたしは――」

 

 織斑一夏と篠ノ之箒の昔馴染だからね。

 ミサイルの雨と地面への激突。その両方を同時に食らった二名は揃ってシールドエネルギーが底を尽き、揃って大の字で寝転ぶことと相成った。

 

 

 

 

 

 

 セシリアのバスタードソードは簪の『山嵐』の増設ポッドを切り裂いただけで終わってしまった。だが、それでも一撃を与えたことには違いない。このまま続けて二撃三撃と続ければいいのだ。そう前向きに考えつつ彼女は再び大剣を構える。

 一方簪はあくまで表情を浮かべずにセシリアを眺めた。驚いた、と口では言っているが、ポーカーフェイスに隠されて真意は分からない。

 

「そんな小細工、するような人じゃ……なかったよ、ね」

「小細工とは心外ですわね。新たな戦闘スタイルと言ってもらいましょう」

 

 『ブルー・ティアーズ』のビットは先程から腰部に接続されており、増設されたスラスターによる爆発的加速力を生み出している。そこから繰り出される斬撃は、さながら彼女のパートナーのようであった。

 

「……織斑君の真似でしょ?」

「はて、何のことやら」

 

 言いながら再び間合いを詰める。『葛の葉』の拘束は使用者である本音の余裕が無くなってきているのか先程から緩んでいる。高速機動で振り切れる程度の、少々邪魔なものでしかなくなっていた。

 しかしそれでも相手の力を削ぐことには成功しているわけで。簪はセシリアの攻撃を受け止めながら間合いを取るために腰にマウントした『春雷』を放った。

 

「『ブルー・ティアーズ』!」

 

 腰のビットが分離、再びシールドに接続され強固な盾となる。ダメージを受けた様子もなく再び剣を構えるセシリアを見ながら、簪は心のなかで毒づいた。

 何が「両方の装備を詰め込んだ」だ。明らかに三つ目の武装があるじゃないか。口には出さず、しかし表情は隠せなかったようで、ポーカーフェイスが崩れたのを確認したセシリアが口角を上げる。それが癇に障り、彼女の眉間に深く皺が浮かんだ。

 

「嘘は言ってませんわよ。『ブルー・ティアーズ』のノーマル状態をベースに、送ってもらった二つのパッケージ『両方』を詰め込んだのですから」

「屁理屈」

「何とでも言ってください」

 

 言いながら再びビットをシールドからブースターへと変更させる。そう何度も同じ手は食わない、と武装を構えた簪だったが、しかし。

 閃光が走る。繰り出されたのは射撃。拘束を振り切り、簪の側面を取った彼女が行ったのは、『スターライトmkⅢ』によるビームであった。知らず知らずのうちにペースを崩されていた簪はその射撃に被弾してしまい、致命的な隙を生んでしまう。

 

「もらった!」

「こ……なく、そぉ!」

 

 唐竹割りに振り下ろされたバスタードソードに、『夢現』を半ば無理矢理合わせた。二つの武装が火花を散らし、甲高い音を立てる。それにより体勢を立て直した簪は『夢現』を手から離し、断ち切られるそこに向かって『春雷』を連射した。

 カウンター気味にそれを食らったセシリアは後方へと吹き飛ぶ。咄嗟に大剣の腹でガードをしたらしく彼女自身のダメージはそれほどではないものの、しかし盾にしたそれは酷い有様であった。歪んでしまったバスタードソードを仕舞うと、彼女は無手で相手を睨む。

 

「これでお互い格闘武装は無くなった、ということですかね」

「……さあ、どうだろう」

 

 そんな軽口を叩き合ったタイミングで、セシリアの周りにあった『葛の葉』が消失した。それはすなわち本音が戦闘不能になったということを示している。あくまで視線を逸らさずにハイパーセンサーで場所を探ると、本音と鈴音が揃って大の字でアリーナの地面に倒れているのが確認出来た。

 どうやら引き分けたらしい、ということを確認した二人は、お互い目の前の相手に意識を集中させた。パートナーが共に戦闘不能であるということは、すなわち。

 

「自身の勝利が、そのままチームの勝利ですわね」

「そうだね。……私の勝利が、本音の勝利」

「ええ。わたくしの勝利が、鈴さんの勝利ですわ」

 

 簪は『春雷』を、セシリアは『スターライトmkⅢ』をそれぞれ構え、放つ。同時に簪は真上にスラスターを吹かし離脱。セシリアはビットを腰部に接続し高速機動へと変更させた。

 

「高速機動と射撃こそこの状態の真骨頂。『ストライク・ガンナー』のブースターを嘗めてもらっては困りますわ!」

 

 あっという間に追い付いたセシリアは簪に銃口を向ける。額と胸、それぞれの急所へ向けて引き金を引いた彼女は、しかしどこか余裕を持って避けられたことに怪訝な顔を浮かべた。

 そっちこそ、嘗めてもらっては困る。そんなことを言いながら、破損している『山嵐』のポッドからバズーカを取り出した。

 

「……そんな、本来の戦い方ではないものに意表を突かれるほど……私は甘く、ない!」

 

 バズーカタイプとなった『山嵐』から発射される弾は『マルチロックオンシステム』こそ完全に発動していないものの、ある程度の誘導性を持った小型ミサイルに分かれることは変わらず可能である。続けざまに連射されたそれはあっという間にミサイルの嵐へと変わり、一斉にセシリアへと飛来した。

 着弾、そして爆発。試合の中盤の焼き増しのようなそれは、その爆煙の中から簪へと向かってくるフィン状の物体によりガラリとその容貌を変えた。四つの銃口、晴れない爆煙の向こうからこれを操作して彼女を狙い撃っているのは、紛れもなく。

 

「セシリアぁ!」

 

 簪は叫ぶ。自身の武装を全て開放し、無事な『山嵐』と手に持っているバズーカタイプの『山嵐』、そして腰にマウントした『春雷』。多数の砲門を爆煙の先にいる相手に向ける。

 

「簪さん!」

 

 セシリアも叫ぶ。爆煙から飛び出し、ビットを操作し、右手は無手、左手には『スターライトmkⅢ』を構え、その全てを目の前の相手へと向ける。

 放つ。ミサイルを、バズーカを、荷電粒子砲を。

 放つ。ビットを、ビームを、『クイックドロウ』を。

 お互いのその攻撃に、防御や回避の二文字はない。ただただ、全力で、自分の攻撃を。自分の体に馴染んでいたことを繰り出す、ただそれだけ。

 『打鉄弐式』のミサイルは『ブルー・ティアーズ』の装甲を弾き飛ばし、バズーカは頭部に着弾、荷電粒子砲はその胸部を焼き払った。

 『ブルー・ティアーズ』のビットは『打鉄弐式』の四肢を貫き、ビームは心の臓を穿ち、そして『クイックドロウ』により眉間を撃ち抜かれた。

 どの攻撃も、双方に致命傷。当然、『絶対防御』が発動しないはずもなし。

 

「あ……」

「しまっ」

 

 勢いで熱くなってしまった頭が冷静になった時にはもう遅い。コンソールが示しているエネルギーはゼロを通り越してマイナス。敗北判定値など優に振り切ってしまっていた。

 勢いを失って落ちていく二人は、しかしそれでもどこかやりきったような、晴れ晴れとした顔をしていた。受け身も取らず、なすがままに地面に落ちる。

 そんな二人を大の字になったまま眺めていたパートナーも、しょうがないな、と苦笑を浮かべる。自分達もそうだったし、などと二人揃って呟いた。

 こうしてアリーナの地面で大の字に転がり、満足そうに笑う四人の少女が出来上がるのであった。

 Aブロック決勝戦。更識簪&布仏本音ペア対セシリア・オルコット&凰鈴音ペア。両者KOにより、引き分け。

 




というわけで、こちらは引き分け。
話的にもその辺が落とし所かな、と。

というわけで、次からはようやく一夏の決勝戦です。
原作通りには多分絶対ならないけれど……。

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