ISDOO   作:負け狐

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大分間が開きましたが、決勝戦第二試合です。
久々の一夏の出番です。

少ないですけど。


No25 「し過ぎるくらいが丁度いい」

 ラウラ、と隣にいる女性は少女の名前を呼んだ。何だ織斑千冬、と金の両目を持つ少女はぶっきらぼうに返した。

 千冬の持っていた本の角が彼女の後頭部に激突した。視界に星が飛び、その痛みに思わずうずくまる。その光景を作り出した張本人は、織斑先生と呼べと言っているだろうがと気にした風もなくのたまう。無論ラウラは答えない、答えられない。

 まあそんなことはいい、と肩を竦めると、千冬は先程彼女の後頭部に叩き付けた本をほれ、と差し出した。片手で頭を押さえつつもう片方の手でそれを受け取ったラウラは、何の気なしにその表紙に目を向ける。

 『三歳児から学ぶ楽しい道徳』。そう書かれていた。

 

「何のつもりだ織斑千冬」

「だから織斑先生だと言っているだろう。そして見ればわかるだろう。お前に足りないものを補う立派な教本だ」

「誰が三歳児だ誰が!」

「お前だお前。戦闘以外ほとんど幼稚園児だろうに」

「……一般常識くらいは知っている」

 

 若干目を逸らしながらそう述べたラウラを、千冬は何か面白いものを見るような目で眺めた。知ってるかラウラ、普通の一般常識では出会い頭に顎に拳を叩き込むことはないんだぞ。そう続けると、うるさい、とラウラは顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「まあ、あのハゲは私も気に入らなかったから、そこは褒めてやろう」

「……私が言うのも何だが、そっちも大概じゃないのか?」

「愚問だな。いいかラウラ、私とお前には大きな違いがある」

 

 知っていて破るのと、知らないで破ってしまう。それが違いだ。そう言いながら千冬は止まっていた足を再び動かした。ラウラもそれに続き歩みを進める。

 そのまま暫し無言で歩いていた二人だが、千冬がなあラウラ、と顔を向けることなく声を掛けたことで沈黙を破った。

 

「さっきの違いはな、後者の方がずっと後悔する確率が高い。だから――」

 

 だからお前は、ちゃんと知っているべきだ。そう言って彼女は笑った。頑張れよ、とラウラの頭に手を乗せた。

 ここでラウラ・ボーデヴィッヒは、これが夢だと確信した。否、正確に言うのならば、最初から現実ではありえないと感じていた。

 何せ、こんな記憶は体験したことなどないのだから。こんな風に千冬と会話したことなど無いのだから。

 彼女にとって織斑千冬は『教官』であり、目標である。軽口を言い合ったり、ましてや呼び捨てにすることなど考えられない。

 では、これは一体何だ。そう考えても答えは一向に出てこない。ひょっとして自分はこんな接し方をしたかったのだろうか。そんなことが頭をもたげ、そして消えていく。

 彼女の思考を他所に、夢はどんどんと続いていく。千冬と『ラウラ』の軽口を叩きながら過ごしていく日々が流れていく。

 ふと、唐突に場面が切り替わった。見慣れたそこは、自身が現在通っているIS学園の一年一組の教室だ。誰もいないその場所に、自分が一人だけ立っていた。

 

「覗き見とは趣味が悪いな、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 背後から声。振り返ると、自身と同じ顔をした少女が一人、真っ直ぐにこちらを見詰めている。違うのは、その少女には片目に眼帯をはめていないことと。

 その双眸が、金色をしていること。

 

「……お前は、誰だ?」

「誰だ、だと? お前がそれを聞くのか? 他でもない、ラウラ・ボーデヴィッヒが」

 

 何のことだ、とラウラは訝しげな視線を向けた。対する『ラウラ』はそんな彼女を嘲るように笑い、所詮上書きされたプログラムではそんなものかと呟いている。

 

「上書き? プログラム?」

「ああ、流石にそれは言い過ぎたか? ならばあのハゲ共の言葉を借りて……妹、完成形……まあ、何でもいい。どうせ私にとってはただの偽物だ」

 

 言いながら、一歩ラウラに近付く。その手を伸ばし、彼女の胸ぐらを掴み上げる。その顔は特に感情が浮かんでおらず、極々当たり前にそうしていると言わんばかりであった。

 

「私は、ラウラだ。本物のラウラだ」

 

 何を言っているんだ、と胸ぐらを掴まれたままの体勢でラウラは返した。その問いに答えることなく、『ラウラ』はその手に力を込める。いつの間にか、それは生身ではなくISを纏った腕に変わっていた。

 無造作に掴んでいたラウラを放り投げる。周囲の机を巻き込んで吹き飛んだ彼女を見ながら、『ラウラ』はふんと鼻を鳴らす。そして、そのまま立ち上がらないラウラに背を向けた。

 

「所詮お前は『知らない』人間だ。精々そのまま過ごして、その時になって後悔すればいいさ」

 

 そう言って去っていこうとする彼女を、ラウラは思わず呼び止めていた。振り向くことなく何だと問う彼女に向かって、立ち上がったラウラは頼みがあると続けた。

 

「教えてくれ。私が何を知らないのか、そして、お前は何を知っているのか」

「それではい分かりましたと私が言うとでも?」

「思わん。だから、取引をしよう」

 

 私が何か出来ることがあるのならば、可能な限り叶えてやる。そんなラウラの言葉を聞いた『ラウラ』は、首だけを後ろに向けるとニヤリと笑った。

 いいだろう、その約束忘れるな。そう彼女が返すと同時。ラウラの意識はゆっくりと白く染まっていった。遠くからベルの音が聞こえる。どうやらルームメイトの目覚ましが鳴っているらしく、つまりは起床時間になってしまったということらしい。

 

「残念、時間切れだ」

「待て! 待ってくれ『ラウラ』!」

 

 必死で手を伸ばそうとするが、既に目が覚めかけているのか、体は全く動かない。ただただ、手をヒラヒラとさせながら再び踵を返した『ラウラ』を見ていることしか出来ない。

 しょうがないな、と振り向かずに目の前の少女が肩を竦めた。一つだけ教えてやろう、とやはり振り向かずに彼女は続けた。

 

「――クロニクル。ラウラ・クロニクルの名を織斑千冬に出してみろ」

 

 覚えていられたらの話だが。そう続けた彼女の言葉は、ラウラの耳にはもう届いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 どうした、という隣に立つ自身のパートナーの言葉に、何でもない、とラウラは返した。今朝の夢の内容を今頃になって思い出した。そんなことを彼女に言ったところで何のことだかさっぱり分からないであろう。だから、ラウラは何も言わなかった。

 だた、その中で気になる単語があった彼女は、少し聞きたいことがあると隣の少女――篠ノ之箒に尋ねた。

 

「クロニクル、というファミリーネームに聞き覚えは?」

「……いや、無いな」

「そうか」

 

 それがどうしたのか、という箒の問い掛けに少しなとだけ返し、ラウラは自身のピットへと歩みを進めた。今はそんなことに構っている場合ではない。これから学年別タッグトーナメントの決勝戦なのだ。余計なことを考えていては、勝てる試合も勝てなくなる。そんなことを思いつつ、彼女は傍らに立つ『シュヴァルツェア・レーゲン』を眺めた。

 そういえば、あの『ラウラ』が纏っていたのは血のように赤いISだった。そんなことをふと思い出して、いかんいかんと首を振って散らした。どうも集中しきれてないな、と自嘲気味に笑った。

 そんなラウラを横目で見ながら、箒も自身の剣であるIS『紅椿』のチェックを行う。これから戦う相手は一夏とシャルル。片方は勝手知ったる相手とはいえ手を抜いて勝てるような男ではなく、シャルルにいたっては未知数だ。これは否応がなく期待に胸が踊るというもの、そんなことを考えながら思わず笑みを浮かべた。

 しかし、と彼女はもう一度機体のチェックをしているパートナーに視線を向ける。先程の質問は一体何だったのだろうか。首を傾げるが、その答えは出てこない。クロニクルという姓にも特に聞き覚えはなく、記憶を辿っても引き出しを開いてもそんなものは出てこない。

 

「いや、待てよ」

 

 そう思っていた矢先、タンスの中でクシャクシャになっていたメモ用紙を見付けたような程度の記憶を一つ、引っ張り出せた。あれは確か、自身の姉が千冬と共にドイツへと行っていた時の思い出を話半分に聞いていた時だ。

 

「『くーちゃん』、だったか……?」

 

 それが果たしてクロニクルから来ているのか、そんなことは分からない。聞き流していた話題の一つであるし、その呼び方の由来を束が語ることもなかったからだ。ただ、ドイツでの知り合いであることだけは確かのはずだ。そんなことを考えつつ、しかしそれをラウラに言っていいものかと頭を悩ませる。

 

「試合の後でも構わんだろう」

 

 余計な話をして集中を乱すわけにもいくまい。そう結論付けた箒は、今頭に浮かべたそれを再び沈めた。後で姉に聞いてからでもいいだろう、そう付け加えて機体のチェックを再開させた。

 システムに不備はなし。万全の状態で試合に望める。それを確認すると、満足そうに箒は笑みを浮かべた。後は試合開始を待つばかりで、隣のラウラもある程度吹っ切れたのか概ね彼女と同じ表情を浮かべていた。

 一際大きい歓声が上がる。モニターに視線を移すと、Aブロックの決勝戦がクライマックスを迎えるところであった。本音と鈴音が引き分け、そして簪とセシリアも防御を考えない攻撃をお互いに加え合う。派手な爆発と共に双方が倒れ伏し、そのまま試合終了のブザーが鳴り響いていた。

 

「引き分けか」

 

 いつの間にか隣にいたラウラがそう呟く。そのようだな、と返した箒は、これで実質私達の試合が最終戦だと続けた。

 

「成程。それは、分かりやすくていい」

「その通りだ」

 

 お互いに笑い合う。そして、お互いに自身の機体へと歩みを進めた。

 アナウンスによると、アリーナの整備が終わり次第Bブロックの決勝を始めるらしく、選手は定位置で待機するようにとのことらしい。出来ればすぐにでも始めたいが、その辺りは仕方あるまいと箒は息を吐く。そして、頭の中でおおよそ考えられる一夏の最初の言葉にどう返すかを模索し始めた。

 

「っと、時間か」

 

 どうやら思った以上に没頭していたらしい。何を呆けているというラウラの言葉に済まないと返した箒は、カタパルトに足を乗せると表情を引き締めた。さあ、待ちに待った試合だ。真剣な顔の中に隠し切れない笑みを混ぜながら、彼女はそう呟いた。

 無論、隣のパートナーもその心は同じ。この間の決着をつけてやると真っ直ぐにここからでは見えない向こう側を見詰めていた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。『シュヴァルツェア・レーゲン』、出撃する!」

「篠ノ之箒、『紅椿』。推して参る!」

 

 気合と共に、赤と黒が空を舞う。

 

 

 

 

「ここで会ったが百年目! 叩きのめすぜ、二人纏めてな!」

 

 指差しをしながらそう宣言する一夏を眺めたラウラと箒は、特に何の反応をすることなく視線を傍らのシャルルに移した。その目は、本当にいいのか、という確認を含めているようにも見える。

 暫し逡巡したシャルルは、苦笑を浮かべながら首を縦に振った。お手柔らかに、という一言を付け加えるのも忘れない。

 刹那、『シュヴァルツェア・レーゲン』のレールカノンが閃光を放った。自身に向かって飛んできたそれを最小限の動きで一夏は躱すと、その隙を狙い『瞬時加速』で間合いを詰める。詰めようとする。

 その頃には既に眼前に箒が立っていた。両手に持った刀は既に斬撃の動作に入っており、確実に一夏の首を刈り取ることを予見させた。

 

「こなくそぉ!」

 

 叫びながら強引に体を捻り、必殺の斬撃を二撃とも躱す。更に左手の盾を箒の顔面に叩き付けるように押し出し、視界を奪うと同時に右手のビームガンの引き金を引いた。

 放たれたビームは目標には当たらずとも、仕切り直しを行うことには成功したようで。間合いを少し離しつつ肩で息をする一夏は、いきなりやってくれるなとぼやいた。

 

「何を言う。二人纏めて来いと言ったのはお前だろう」

「そういう意味じゃねぇよ! っていうかシャルル、助けろよ!」

「パートナーの意志を尊重するのが正しいあり方かな、ってね」

「まさかの全員敵!?」

 

 一人やかましく騒ぐ一夏を見て、ラウラも、箒も、シャルルも笑う。そうしてひとしきり笑った三人は、じゃあ気を取り直して、と表情を戻した。

 ラウラは一気に一夏へと間合いを詰める。それに合わせるように一夏も『白式・雷轟』のビームブレードを構える。お互いの突き出された腕が交差するように相手へと叩きこまれ、しかし苦い顔を浮かべたのは一夏一人であった。

 『停止結界』。『シュヴァルツェア・レーゲン』に仕込まれた第三世代兵装。それにより、一夏は動きを完全に止められてしまった。前回の模擬戦でラウラはこれに頼ることを良しとしないようにしていたが、奇襲で使うのならば問題ないと判断したのだろう。事実、目の前の相手は面白いように引っ掛かってくれた。

 

「私の予想通りに動いてくれて嬉しいぞ、織斑一夏」

「はっはっは、俺は嬉しくねぇ」

「そうか。まあそれは仕方ないと諦めることにしよう。では――さよならだ」

 

 『シュヴァルツェア・レーゲン』のレールカノンにエネルギーが充填されていく。この距離でそれを食らってしまえば、耐久値こそ決勝で通常の値に戻っているとはいえ一溜まりもない。だが、体は全く動かせない。

 ただし、それはこれが一対一であった場合の話である。一夏の背後から飛び出したシャルルが、その銃口をラウラへと向けていた。『停止結界』を解除、ないしはレールカノンの射角をずらす。どちらが確実か瞬時に判断し、彼は後者を選択した。右肩に装備されている巨大な砲身に向かってその引き金を引く。狙いは正確で、外れることなど無い。

 ただし、それはこれが二対一であった場合の話である。

 

「私を忘れてもらっては困る」

 

 放たれた射撃を切り裂きながら、箒はシャルルの射線上へと割り込んだ。振り切った体勢のまま体を捻り、シャルルの腹部に蹴りを放つ。ダメージを与えるというよりも相手を吹き飛ばすことを優先したそれは、彼女の目論見通り一夏のアシストを困難な位置まで追いやっていた。

 そんな彼に向かい、箒は疾駆する。『停止結界』に阻まれている一夏は今のところ脅威足り得ない。ならば、現在未知数であるシャルルを狙うのが得策。そう判断しての行動である。

 

「……!?」

 

 だが、それはシャルルが焦る様子もなく迎撃態勢を取っていたことで動きを止めた。あくまで視線を逸らさず、ハイパーセンサーで背後の二人の様子を探る。

 いつの間にか『真雪』に換装している一夏の姿がそこにあった。体勢こそ変わっていないものの、それが逆にゼロ距離で大口径ビームランチャーの銃口を向けることに繋がっている。

 この状態でレールカノンを放てばどうなるか。あの見境のないバカのことだ、撃てなくとも砲身にビームをチャージすることで誘爆させるだろうということは想像に難くない。そう判断した箒はスラスターを吹かしラウラの方へと戻ろうとする。

 だが、勿論そんなことを目の前の相手が許すはずもなく。

 

「ちっ。嵌められたのは私の方か」

「そういうこと。悪いけど、ちょっと付き合ってもらうよ」

「申し出はありがたいが、お前は私の好みとは少しばかり合わないのでな」

「うん、知ってる」

 

 箒の『紅椿』の二刀と、シャルルの『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』の近接ブレードがぶつかり合う。流石に格闘戦では箒の方に分があり、二・三度打ち合うだけですぐに優劣が決定してしまった。顔を苦いものに変えながらも、シャルルは斬撃を受け流しつつゆっくりと後退していく。

 じりじりと押されていく彼を見ながら、箒は表情を怪訝なものに変えた。おかしい、確か射撃と格闘を組み合わせた万能な戦い方を得意としていたのではなかったのか。そうは思いつつも、手を止めることはない。よしんば罠だったとしても、それを踏まえて打ち砕けばいいだけだ。そう結論付けた彼女は刀を振り被る。

 

「うん、その迷いが欲しかった」

 

 瞬時に持っていたブレードを射撃武装に換えたシャルルは、箒のその両手に向かって弾をばら撒いた。ほんの少しとはいえ、それにより体勢を崩された箒は、しかし構わず刀を振り下ろす。その一撃を躱し、シャルルは箒と体勢を入れ替えた。彼女の後ろに、隠れるように。

 そのまま先程箒が行ったように背中を蹴り飛ばす。押し出された形になった彼女は、その視界にあるものを捉えた。

 

「誘導されたか……!」

 

 恐らく仕切り直しにより自由の身になったらしい一夏。彼の持っている大口径ビームランチャーが彼女に向けられ、今正に火を吹かんとしていた。その顔は悪戯が成功した時のような、意地の悪い笑みを浮べている。

 

「搦め手ってのも、時には有効だぜ」

 

 言いながら彼はそれを発射した。巨大なビームが箒へと迫り、そして着弾する。

 その前に、彼女の姿は霞のように消えていた。ビームは空を切り、明後日の方向へと飛んでいってしまう。

 

「へ?」

 

 何が起きた、と首を傾げる一夏は、シャルルの左、という叫びに我に返った。慌てて『真雪』を『雷轟』に換装、ビームブレードでその一撃を受け止める。視界から消えた箒が、受け止められた刀に力を加えながらそこにいた。

 

「そうか、『玉兎』か」

「いいや、外れだ」

 

 お前が先程言っただろう、と口角を上げた箒は一夏を起点にしてバックステップ。体勢を崩すのと間合いを離すのを同時に行った彼女は、そんな彼に向かって斬撃を飛ばした。

 嘗めるな、とシールドでそれを受け止めた一夏は、崩れた体勢のまま強引に『瞬時加速』を行う。ビームガンで弾幕を形成し、そしてビームブレードで彼女を真一文字に切り裂こうと振り下ろした。

 そして今度は箒が消えるからくりを見た。何かに引っ張られるように彼の視界から消えた彼女は、自身のパートナーの肩に着地するとそれを足場に一気に間合いを詰める。それと同時、箒の足に巻き付いていたワイヤーが取り外され、再びラウラの『シュヴァルツェア・レーゲン』へと収納されていた。

 

「何じゃありゃぁ!?」

「だから、お前が先程言っただろう。搦め手だ」

 

 一夏の側頭部に蹴りを叩きこむと同時、箒はラウラへと合図を送る。任せろとエネルギーを充填していたレールカノンを放つと、同時にワイヤーブレードを射出し箒を回収した。

 決まったか、というラウラの問い掛けに、まあ無理だろうなと箒は返す。あの程度で終わるくらいなら、そもそもこの学園に入学すら出来ていないさ。そう続けると、視線を爆煙からシャルルへと移した。

 

「ラウラ。悪いが暫く一夏の相手を頼めるか」

「構わんが、どうした?」

「何にせよ、まずは厄介な不確定要素の排除だ」

「……そこまで警戒する相手なのか?」

「用心というのは、し過ぎるくらいが丁度いい」

 

 そんなものか、というラウラの言葉にそんなものさと箒は返すと、スラスターを吹かしシャルルへと疾駆していった。

 

 

 

 

 

 

 状況はこちらに大分不利。そう判断したシャルルは、こちらに向かってくる箒を見ながら眉を顰めた。一夏はあの程度ではやられないだろうから問題ないとすると、今度は狙われている自分を心配しなくてはいけない。先程少しぶつかり合って分かったことであるが、射撃と格闘を高い水準で備えているという程度では、彼女の前では脅威足り得ない。自分の持ち味を無理矢理力でねじ伏せられる感覚、それを今彼は身を持って味わっていた。

 

「はてさて、どうしたものかな」

 

 自分が『シャルル・デュノア』である限り、篠ノ之箒には敵わない。それを確信したからこその呟きであった。

 射撃武装を構え、シャルルは弾幕を形成する。とりあえず相手の接近を遅らせるのが目的のそれは、しかし箒の二刀の放つ斬撃によりあっさりと吹き飛ばされた。苦い顔を浮かべつつ、それでも射撃の手は止めない。ほんの少しでも効果があるのならば、ほんの少しでも自分の次の一手に繋げられるのならば。そんなことを思いつつ引き金に力を込める。

 

「甘い!」

 

 間合いに入られた。左手に装備している盾で防ぐのを少しでも遅らせる為に彼の右側に回り込んだ箒は、そのまま二刀を横に交差させた。咄嗟に右手に取り出した近接ブレードで防ぐが、甲高い音と共に右手ごと弾き飛ばされ、自身のボディがガラ空きとなる。貰った、とそこへ突きを繰り出す箒にしてやったりといった笑みを浮かべたシャルルは、左手に隠し持っていたショットガンの銃口を彼女の眉間に突き付けた。

 銃声。だが、それと同時に放たれたそれは目標に当たることなく空を切る。同時に、シャルルを貫くはずであった刃も空を切った。あの刹那で箒は『瞬時加速』を発動、無理矢理軌道を曲げると位置を入れ替えたのだ。現在の彼女の位置は、シャルルの背後。位置こそ箒が有利だが、体勢が明らかに崩れている為に先に動けるシャルルの方が有利とも言えた。

 弾き飛ばされたそれとは違うダガータイプの近接ブレードを取り出したシャルルは、体を捻り逆手に持ったそれを背後にいる箒へと叩き付ける。ハイパーセンサーにより目視しなくともどのような体勢になっているかは分かっている。このままこめかみに突き刺せば『絶対防御』発動は免れない。一撃で勝負は決まらずとも、大幅に耐久値を減らせばこちらに天秤が傾いてくれるはずだ。そんなことを思いつつ、しかし至極冷静に彼はその行動を実行した。

 対する箒は持っている二刀を振ることはとても出来ない状態である。一旦距離を離すなり一呼吸置くなりなんなりしなければ、目の前の相手に反撃することはままならない。精々が苦し紛れに蹴りを放つことくらいであろうか。

 そう相手が思っているのならば、それは箒の思う壺であった。体勢が崩れたのは確かであるし、今の状況をわざと起こしたのではないのも確かである。だが、それでも、彼女には次の一手があった。この大会中一度も見せていない、パートナーにすら教えただけで見せていない一手が。

 一夏がシャルルに告げた、見れば分かる、と言った一手が。

 ゾクリと背中に悪寒が走った。既に行動を起こしているシャルルはその動きを止められない。自分が『シャルル・デュノア』である限りどうしようもない。そんな予感が彼を襲った。

 箒はただ足を振り上げているだけだ。武器で攻撃しているわけでもなく、崩れた体勢で唯一出せる行動を取っているだけにしか見えない。だが、その足の振り上げがどうしようもない必殺の一撃に見えて。

 

「……くっ!」

「何?」

 

 トーンこそ違えど、お互いに発した声の質は一緒であった。すなわち驚愕、戸惑い。シャルルはその箒の繰り出したそれに、箒はそれが直撃しなかったことに。お互いにお互いを予想外のものを見る目で見詰めていた。

 

「まさか、躱されるとはな。大した観察眼だ」

「あ、ははは。そんな大したものじゃないよ。……ただの勘さ、誰かみたいにね」

「成程、それなら仕方ない」

 

 言いながら、箒は体勢を整え『足から生み出していたビーム刃』を消し去った。空中で細切れになったダガーの欠片が舞う中、シャルルもまた体勢を立て直す為にスラスターを吹かし距離を取る。

 

「それが、篠ノ之さんの特殊兵装なんだ」

「多くは語らんが、間違ってはいないと言っておこう。これが私の『玉兎』だ」

 

 とっさのことなのではっきりと見たわけではないが、シャルルはあの瞬間に確かに見た。足の装甲が展開し、そこがまるで近接ブレードの如く変化したのを。そして今は再び装甲は変化し通常に戻っている。

 成程、これがか。そんなことを彼は頭の中で呟いた。一夏が言っていたあの言葉を繰り返した。

 絶対にあいつから注意を逸らさないこと。

 

「言われてなかったら真っ二つだったな……」

 

 だが、これでからくりは分かった。恐らくであるが、彼女の機体の装甲が全てああなっているのだろう。つまり、体制が崩れていようが体全てが武器に成り得る。一夏が説明し辛いと言った理由も何となくそれで察した。

 射撃武装を構える。今までもそうであったが、これからは尚更近付けるわけにはいかない。そう結論付けたシャルルは引き金を引く。先程のように接近を防ぐ弾幕ではなく、相手を縫い付ける射撃の嵐を放つ。

 箒はそれを斬撃で防ぎつつも回避を優先しているようであった。向こうの思惑に乗っているようなその動きに、シャルルの表情が曇る。向こうの遠距離武装は明らかに乏しい、ならばこれが最善の策であるはずなのに、何故こうも嫌な予感がするのだろうか。

 そんな彼の思考を見透かすように、箒が知りたいか、と彼に問い掛けた。

 

「生憎、敵の言葉に耳を傾ける余裕はないからね」

「そうか、それは失敬した」

 

 では行動で示すとしよう。そう言いながら『紅椿』の装甲が再び展開を始めた。隠す必要もなくなったことだし、思う存分使わせてもらうぞ。何処か楽しそうにそう述べた箒は、そのまま無造作に弾丸の嵐に突っ込んだ。

 

「撃ち抜け! 『玉兎』!」

 

 展開した装甲が光を放ち、そしてそこから無数のビームが照射された。彼女の動きとは全く別の意思を持っているかのようにビーム弾幕を形成するそれは、シャルルの手数を上回り。

 そうか、装甲が武装を展開するということは、格闘武装だけでなく射撃武装にもなるということか。そう彼が理解した時には、既に箒が眼前で二刀を振りかぶっているところであった。装甲は再び元に戻っている。恐らく何らかの制限があるか、この距離で使う必要性を感じないから任意で解除したかのどちらかであろう。死神の鎌が目前で迫っているこの状況で、シャルルは至極冷静にそんなことを考えていた。

 さて、どうしたものか。そんなことは考えるまでもない。彼は彼女ではなく、あくまで『シャルル・デュノア』であり『デゼール』ではない。だから、ここでやられてしまっても何の問題もない。実際、一回戦の時も同じ思考を浮かべていた。必要以上に目立つことなどない。勝つ必要もないし、頑張る必要もない。

 そんな考えは、やはり一回戦の時に自ら否定してしまっていた。知らず知らずのうちに熱くなっている自分を抑えきれなくなっていた。勝ちたい、と本気で思うようになっていた。

 

「むっ!?」

 

 閃光が箒の眼前で生まれる。視界もハイパーセンサーも白一色に染め上げるそれは、当然のことながら箒の一撃を当てるべき目標を見失わせてしまう。勘を頼りに刃を振り下ろしたが、虚しくそれは空を切った。

 

「はぁぁぁぁ!」

 

 後頭部に衝撃が走る。シャルルが体を捻って繰り出した蹴りが叩き込まれたのだ。グラリと前のめりになった箒に向かい、彼は両の手に持ったアサルトカノンを連射した。生まれる爆発、そして、爆煙。その中から飛び出した箒は、苦い顔をしてシャルルを睨んだ。

 

「まあ、流石にこれで終わらないよね」

「無論だ。お楽しみはこれからさ」

 

 シャルルの軽口に表情を笑みに戻すと、箒は二刀をしっかりと握り直した。

 




八巻の要素は、基本的に元々あったプロットに彩りを添える程度にしか使わない方向です。
これ八巻と違う、というのはその通りですとしか言いようが無い感じです。
多分これからの続刊もそんな感じです。
ご了承ください。

……まあ、元々原作と大幅に外れてってますから今更ですけど。

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