ISDOO   作:負け狐

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大分久々な気がします。

そんな二巻のラスボス、くーちゃん戦その一。


No27 「当たり前だよな」

 アリーナの地面に横たわりながら、シャルルは一人肩を竦めた。これは中々大変だ、そんなことを呟きつつも、しかし何をするでもなくそこで寝転がり続ける。どうせ自分の出番はもう終わっているのだから。それが彼の出した結論であった。

 

「別に、関与しているわけではないしね」

 

 『ラウラ』があの状態になっているのはこちらで意図したことではない。確かに多少揺さぶりはしたが、それだけだ。トーナメント一回戦の『白式』のように直接的な細工は一切していない。あれはあくまで、彼女が彼女の意志で表に出てきた結果なのだ。

 対峙している一夏と箒の機体は随分と消耗している。『シュヴァルツェア・レーゲン』とは違う血のように赤い機体とでは前提条件からして話にならないであろう。それでも尚戦意を失わずに武器を構えているのは意地か、はたまた。

 

「箒!」

「右だな!」

 

 一夏の言葉に箒は素早く反応し、相手の攻撃を受け止める。反撃は叶わずとも、その一瞬の足止めによりダメージを最小限に抑えていた。特に表情を変えることなく、『ラウラ』は箒の目の前から消え失せる。その機動に一瞬だけ目を見開いた彼女は、しかしすぐに我に返ると宙返りをするようにスラスターを吹かし、そして自身の視界外にいる幼馴染の名を呼んだ。

 

「一夏!」

「わぁってる!」

 

 真正面から斬りかかってきた相手のブレードに自分のブレードを合わせた。甲高い音が響き、しかし次の瞬間そこにあったはずの刃が消え失せる。押し返されていた力のベクトルが無くなったことでバランスを崩した一夏の脳天に刃が迫るが、そのままの体勢で真っ直ぐにスラスターを稼働させ、半ば無理矢理にその場から離脱した。

 そこに、残っている一振りの刀を構えた箒が刺突を繰り出す。それを首をずらすことで躱した『ラウラ』は、振り下ろした刃を素早く切り返し振り上げた。

 その刀身に一筋のビームが叩き込まれる。それにより軌跡を歪められた一閃は箒の体から外され空を切った。

 

「ナイス俺」

「出鱈目に撃ったのが当たっただけだろうに。もう少し精度の高いフォローをだな」

「ダメ出ししてる場合じゃねぇだろ!」

「ドヤ顔している場合でもないぞ」

 

 軽口を叩きながらも、視線は目の前の相手から外さない。不意打ちを行うような相手ではないのは分かっているが、それでも安易に視界から外してしまっていいわけでもない。

 『ラウラ』は一振りのブレードを持ったまま静かに佇んでいる。一夏と箒の会話が終わるのを待っているのか、向こうから攻めてくるのを待ち構えているのか。どちらにせよ、その佇まいには余裕があった。

 

「あの澄ました顔、腹立つな」

「仕方あるまい。単機であいつに勝つのは、今の私と一夏では至難の業だ」

「万全なら一人でもなんとかなる、ってか」

「無論だ。お前だって、そう思っているのだろう?」

「まあな。ついでに言うなら、この状態でも俺達二人ならば」

「どうとでもなる、だろう」

 

 ニヤリと笑う箒に一夏は同じ笑みで返し、お互いに自身の得物を構えた。それを見た『ラウラ』も下げていたブレードを握り直し、真っ直ぐ突き付ける。話は終わったか? そう二人に訊ねつつ、掛かって来いとばかりにブレードを持っていない左手を手招きするように動かした。

 先に動いたのは一夏。『白式・雷轟』のスラスターを吹かし、相手へと一直線に突っ込む。突き付けていたブレードを居合に構え直しながら、『ラウラ』は彼を迎撃せんと睨み付けた。

 一閃。居合から放たれた一撃は一夏のブレードを腕ごと切り落とす勢いで振り抜かれ、そしてそこに間髪入れず真一文字に切り裂くための刃が煌めく。常人であれば、一閃で二つ切り裂かれたことを認識することなく絶命する、それほどの一撃。

 唯一つ問題があるとすれば、そういう一撃であると分かっている相手であれば効果は半減してしまうということだろう。その使い手が世界最強のIS操縦者であるという追加効果により問題を普段は消し去っているものの、それでも完璧ではなく。

 何より、食らっている相手が一番間近でそれを見ていた一夏であるということだ。目を瞑っても思い出せるほど記憶に残っているそれを、彼が躱せない理由はどこにもない。

 

「む」

「千冬姉の技で俺が殺れるわけねぇだろうが!」

 

 満身創痍の機体とは思えない動きでそれを避け切った一夏は、そのまま勢いを殺さずに構えたブレードを袈裟斬りに振るった。自身の持っているブレードでは防御が間に合わないと判断した『ラウラ』は素早く旋回、その剣閃上から体を消すと、そのままの勢いで何も持っていない方の左手を彼の側頭部へと叩き込む。叩き込もうとする。

 が、その背後から割り込んだ箒の追撃によりその左手をそのまま防御に回すことと相成った。ISの装甲と『紅椿』の刀がぶつかり合い火花を散らす。刃が装甲に食い込む前に腕を引くと、『ラウラ』は一夏を蹴り飛ばし間合いを取った。

 左手を見る。傷跡の付いたその装甲を眺め、彼女は薄く笑った。成程、流石は織斑千冬の弟と篠ノ之束の妹だ。そんなことを言いつつ、無手であった左手に銃を呼び出した。

 

「元々この技は使用している本人ですらただの奇襲技だと抜かしていたからな。散々見ているお前達に効かないのも道理か」

「当たり前だろ。てか、さっきから気になってたんだけどな」

 

 お前、千冬姉の知り合いなのか。そう訊ねた一夏に視線のみで返答をすると、『ラウラ』は箒へと目を向けた。その瞳は、お前ならば分かっているだろうと言わんばかりで。

 ふう、と箒は溜息を一つ。そして、生憎だが私も知らんぞと述べた。

 

「そうか。まあ、それならそれで構わん」

「あの時の姉さんの土産話はだいぶ聞き流していたからな。だから私が言えるのはこれくらいだ」

 

 お前がくーちゃんだな。そう言いながら口角を上げる箒を、『ラウラ』は少しだけ苦い表情で睨み返した。隣の一夏はその単語を聞いて吹き出している。どうやらツボに入ったらしく、暫くすると腹を抱えて笑い出した。

 そんな戦闘の真っ只中で爆笑する野郎を揃って横目で見つつ、二人はお互いの得物を構えた。箒は刀を、『ラウラ』は銃を。

 

「そっちのブレードはもう使わんのか?」

「焦るな。まずは、こちらからだ」

 

 言葉と同時に銃口から閃光が放たれる。箒に向かい真っ直ぐ飛ぶそれを彼女は最小限の動きで躱さんと体をずらしたが、しかしそことは別の箇所にビームが突き刺さっていた。ただでさえシールドエネルギーが心許ないところに被弾、それは確実に敗北へと天秤が傾く事態だ。苦い顔を隠そうともせず、箒は相手の左手に向かい斬撃を飛ばす。だが、そんな牽制程度の射撃が当たるはずもなく、『ラウラ』は事も無げにそれらを躱すと再び射撃を撃ち放った。

 今度こそ、と一射目を躱すが、やはり自身が認識していた部分と違う箇所から被弾を知らせるアラートが鳴り響く。舌打ちしながら距離を取り、相手の銃口に集中して身構えた。万全な状態ならともかく、この状況でからくりを解かずに攻めることは出来ない。そう思いつつも、どちらかといえば一夏と同じように感覚で動く箒ではその答えが見出だせない。

 

「終わりか? 篠ノ之箒束の妹よ」

「……さて。どうかな」

 

 引き金が引かれる。やはり、その射撃は箒に突き刺さる。致命傷を避けてはいるものの、このままでは堕ちるのは時間の問題。そんな考えが頭を過ぎり、彼女はそれを振って散らした。

 そんな彼女に声が掛かる。先程まで空中で腹を抱えたまま大爆笑していた幼馴染で同僚の男性操縦者が、笑いを収め真剣な表情で自身を見詰めていた。何だ一夏、と箒が返すと、何やってるんだよと呆れたような言葉が彼の口から紡がれる。

 

「だったらお前が避けてみろ」

「いいのか? 俺が避けれたらお前の負けだぞ」

「別に構わん。本当に避けられるのならばな」

「言ったな」

 

 子供のように笑った一夏は、箒を守るように彼女の眼前に立つ。今度は俺が相手だ、そんなことを言いながら指を目の前の相手に突き付けた。

 そんな彼の姿をみた『ラウラ』は少し呆れたように肩を竦める。完全にただの子供だななどと思いつつ、まあいいと左手の銃を一夏に向けた。

 

「さあ来いくーちゃん!」

「ふん……」

 

 彼女がそんな安っぽい挑発に乗るはずもない。平静を欠くことなく引き金を引き、その閃光が一夏の頭部に飛来する。それだけならば何の変哲もない一撃、ただの射撃でしかない。

 ニッ、と一夏は笑った。体を半回転させるようにそれを回避すると同時、自身の機体を『雷轟』から『真雪』へと換装させる。追加装甲で覆われたそこに、二発目の閃光が叩き込まれた。『真雪』の堅牢な装甲を貫くには能わず、一夏は勝ち誇ったように笑みを浮かべている。

 

「どうだ! 回避してやったぜ」

「おい一夏」

「あん?」

「それは回避とは言わん。受け止めただけだ」

「一緒だろ?」

「そんなわけあるか!」

 

 それなら私でも出来る。そう言いながら詰め寄る箒に、一夏はまあまあと返す。とりあえず落ち着くように彼は彼女に述べると、視線を再び『ラウラ』へと向けた。

 無論相手もそれで躱されたなどとは思っていない。それがどうしたと言わんばかりに佇んでいる。そのことを確認した一夏は、表情を少しだけ引き締めると『真雪』のビームランチャーを取り出し構えた。今度はこっちの番だ、そう言いながら銃口を彼女へと向ける。

 

「食らえ!」

「当たるか馬鹿者」

 

 真正面から堂々と隙の多い大口径の射撃を放ったところで、安々と躱されるのが関の山である。当然『ラウラ』がそんなものに当たるはずもなく、お返しだと言わんばかりに左手の銃からビームを放つ。

 それを一夏は躱さず、敢えてその身で受け止めた。

 

「ふっふっふ」

「何だ、お前はマゾヒストか何かか織斑千冬の弟」

「何でだよ! お前の射撃の秘密を暴いたっていう笑いだよこれは!」

「……ほう」

 

 言ってみろ。そう述べた『ラウラ』に向かい、一夏は胸を張り勝ち誇ったように語り出す。その射撃には、秘密がある、と。清々しいくらい自慢気な表情を浮かべて、そう言い切った。

 

「さて、では次は私の番だな」

「俺の話まだ終わってないっての! ちょっとは待てよ箒」

「射撃の秘密を暴いた、という前置きで語ったのが『その射撃には秘密がある』などという頭沸いたことを抜かす幼馴染の話など聞くだけ無駄だ」

「だから待てってば、続き、そう続きあるから!」

「むしろこれで無い方が驚きだ」

 

 やれやれ、と方を竦めて後ろに下がる箒から再び視線を『ラウラ』に移す。では改めて、と咳払いをした一夏は、ビシリと指を突き付けながら自身の見解を述べた。先程のように下らないことだったら張り倒そうと思っていた箒も、その話を聞いて思わず目を見開く。

 それは、射撃部門ヴァルキリーの技術だ。その言葉を聞いた『ラウラ』は、少しだけ眉を動かした。

 

「知っていたのか?」

「だとしたら初っ端で言うっつの。気付いたんだよ、モンド・グロッソで見てた動きと同じだってな」

 

 その言葉に、箒は確かにそうだと手を叩いた。あの射撃、一射二撃の攻撃は、第一回・二回大会共に射撃のヴァルキリーに選出されたISパイロットの技だ、と。

 一夏に先を越されたのが若干不満だったのか少しだけ彼を睨むと、彼女はそれでどういうことなのだと続きを促す。何故目の前の『ラウラ』がヴァルキリーの技術を扱えるのか。箒の疑問はそこなのだろう。

 

「……何か必死で身に付けたんじゃねぇの?」

「一夏は一夏だな、うん」

「すっげぇ生暖かい目で見られてる!? いやなんだよその姉が出来の悪い弟を見る目は! そういうのは千冬姉だけで充分だっての!」

「そもそも千冬さんにそういう目で見られているのも問題だろう」

 

 盛大な溜息を吐く箒に食って掛かる一夏だったが、それよりも、と彼女により押し返される。どこぞの芸人のように頭を押さえられてジタバタと手足をもがく姿は何とも情けないものであったが、そんなことは気にせんとばかりに彼女は目の前の相手を見詰める。

 

「タネは明かした。となれば、説明を求めても問題あるまい」

「……お前達は、織斑千冬と篠ノ之束の関係とは、まるで逆だな」

「ん?」

「いや、こっちの話だ。いいだろう。私のこの力は――」

 

 

 

 

 

 

「『ヴァルキリー・トレース・システム』。それがあのラウラ・クロニクルの強さの秘密でしょう」

 

 ざわめきの起こっているアリーナの観客席の中、平静を保っている面々の一人であるセシリアはそう皆に述べた。その言葉に聞き覚えのある簪は彼女の説明にいち早く反応したが、しかし。それはおかしいのではないか、という反対意見であった。

 

「あれって、確か……あくまで初心者サポート、みたいなやつ、だよね」

「あー、そういや聞いたことある。千冬さんの動きっぽいのが出来るんだっけ」

「織斑先生だけじゃないけどね。確か他のヴァルキリーも出来たはずだよ~」

 

 あくまでそれらしい動きをすることで、まだ慣れていないパイロットのサポートを行う。所詮その程度のシステムであり、今目の前で展開されているようなヴァルキリーの技を繰り出して相手を圧倒するような技術ではない。

 それをセシリアも理解している。してはいるのだが、しかし。

 

「何かしら、恐らく同名ではあるものの規模が桁違いの何か。そんなものが存在しているのだとしたら」

「いや、どうしちゃったのよセシリア。何でそんな特撮ヒーローの司令官みたいな」

「成程……。それはつまり、あの人に直接……組み込まれている、ということ……?」

「ええ、恐らくそうでしょう」

「え? 何? 何でこの二人ノリノリなの!?」

「あ、うん。かんちゃん特撮ヒーローとかそういうの好きなんだよね」

「じゃあ何か、これ全部妄想話なの!?」

 

 真面目に聞いたあたしがバカみたいじゃないか。そう叫ぶ鈴音であったが、アリーナから聞こえてくる言葉を聞いた途端動きが止まった。錆び付いた蝶番のようなぎこちない動きでセシリアと簪を見ると、その言葉を聞いて我が意を得たりと眩しいくらいの笑みを浮かべているのが見える。

 隣を見ると、もう諦めた方がいいよと笑う本音の姿が見えた。

 

「んなこと言ったって、まさか、本当に」

 

 ラウラ・クロニクルの秘密が『ヴァルキリー・トレース・システム』だったなんて。そう呟いて彼女は肩を落とした。

 そしてそんな彼女と同じように、驚愕の表情を浮かべている人物がここにも一人。観察室で非常識人二人を相手にしていた半分常識人山田真耶女史その人である。どういうことですか、と千冬に食って掛かるが、言葉通りだと一言で切り返された。

 とはいえ、それで止まるようなテンションでは無かったのだろう。未だ収まらない真耶を見て、千冬はやれやれと頭を振る。

 

「二年ほど前だったか。私はドイツであいつの退治を頼まれた。VTシステムを己と一体化させられ、戦闘マシーンに成り下がっているあいつをな。向こうはどうやら再起不能にして欲しかったようだが、冗談じゃないと私はあいつを真っ当な少女に育て上げようとしたんだ」

「ちーちゃんが真っ当な少女なんかに育て上げられるはずないのにねぇ」

 

 ケラケラと笑う束に無言でアイアンクローを繰り出すと、自身の胸の重みでゆらゆら揺れる兎に目もくれずに、千冬は続きを語り出す。真耶はとりあえず見なかったことにした。

 最初は世間の一般常識も失われていてな。そう言って苦笑する千冬であったが、しかし裏腹にどこか楽しそうな口調であった。色々と教えて、大体中学一年生くらいの機微は出来るようになったと思っていた、とそこまで語ると、彼女は視線を地面に落とした。ついでに動かなくなっていた束も地面に落とした。

 

「人格の上書きを行われたのさ。IS技術で発達したものを応用したとかしなかったとか、まあ今となってはどうでもいい。ラウラ・クロニクルはある日ぷっつりといなくなって、そして私の目の前にはラウラ・ボーデヴィッヒが現れた」

 

 私のことを慕っていたという記憶は残ったとか偉いハゲは言っていたが。どうでもいいことのようにそう続けた千冬は、どこか遠い目でモニターを眺めた。ラウラ・クロニクル、自身の一番初めの教え子。その彼女が、自分の弟と親友の妹に刃を向けている。他の誰でもない、自分が理由で。それが彼女にとって、どうしようもない感情を与えていた。

 

「ちーちゃんはさ、考え過ぎなんだよ」

 

 そんな千冬に真耶が何も言えないでいると、いつの間にか復活した束が微笑みながら彼女の肩を叩いていた。それに千冬は何も反応を示さなかったが、束は気にせずに言葉を紡ぐ。大丈夫だ、と。

 

「そりゃ、封印された時とか、再びくーちゃんの人格が浮上してきた時とか、そういう時はきっと荒れてただろうけどさ。あの娘だってもういい年だよ、自分で自分を抑えることだって出来る。なんたって、ちーちゃんが一から教えたんだからね」

「束……」

 

 さっき真っ当な少女に育て上げられるはずないとか言ってなかったっけ、という疑問を真耶は心の奥底に封印した。流石に彼女でも空気は読める。

 そんな彼女の葛藤は露知らず、千冬と束は会話を続ける。安心していればいい、どのみちアリーナには被害が起きないよう改良してあるから。そう言って束は子供のように笑う。

 

「それにさ、いっくんと箒ちゃんだよ。あの二人なら、きっと大丈夫」

「……あんなボロボロの二人を、信じてるのか」

「あったりまえでしょ。逆に聞くけど、ちーちゃんは信じてないの?」

「信じているさ。当たり前だろう」

 

 そう言って、二人は笑みを浮かべた。吹っ切れた、とはいかないが、ある程度は割り切ったような千冬と、最初から心配などしていない束。その二人は、後は任せたとモニターの向こうの身内にエールを送る。

 

「で、勝てると思うか?」

「今のままだと無理かな。打開策何も無さそうだし」

 

 まあ、その為に『白式』はアップグレードしておいたからね。そう言うと彼女は胸を張る。その拍子に、大変たわわに実った二つの双丘がプルンと揺れた。

 

 

 

 

 

 

「ちぃ! どうしろってんだよ!」

「私に聞くな」

 

 『真雪』の防御装甲といえども、流石に食らい続ければいつかは限界が来る。『ラウラ』の射撃の秘密が分かったところで、その打開策を見付けられなければ結局何も変わらない。一夏と箒はゆっくりと、しかし確実に追い詰められていた。

 せめて回避だけでも出来れば。そんな呟きは既に何度も口にしている。口にしているだけでしかないのは、現状その方法も浮かばない為であろう。

 

「このままじゃ『真雪』が先にイカれる。そしたらゲームオーバーだ」

「何とか攻撃を当てられないのか?」

「無茶言うなよ。『真雪』の機動力じゃ向こうを捉え切れねぇよ」

 

 現に何度もビームランチャーやミサイルで反撃を試みている。だが、その悉くを回避して見せた『ラウラ』を相手に、既に現状打つ手は無くなっていた。これが『雷轟』や『飛泉』であるならばまだ違った戦術が取れるであろうが、その場合あの射撃を避けられない。

 ならば一夏を盾に箒が攻撃をする、という手も考えたが。やはり『真雪』の機動力の低さがネックとなりうまくいかない。そして何より、箒の『紅椿』には武装がほとんど残っていなかった。『玉兎』は打ち止め、刀も範囲攻撃を主とする『空裂』ではなく単体牽制用の『雨月』のみ。言い方は悪いが、戦力的にはほとんど足手まといに近い状態である。

 それでも戦力としてどうにかなっているのは、彼女の今までこの機体を駆って培ってきた戦闘経験と、パートナーが勝手知ったる一夏であることだろう。特に後半部分は、彼女にとって大きなウェイトを占めていた。

 

「一夏」

「なんだよ箒」

「あの射撃、どうにかしよう」

「は? だからそれが出来れば苦労しな――」

 

 だから、彼女は彼に全てを託すことが出来る。彼を信じて、無茶をすることが出来る。

 後は頼んだぞ一夏、そう言って箒は一夏の背中を思い切り叩いて笑うと、彼の背後から飛び出した。何をするつもりだ、と彼が口にする前に、彼女は『紅椿』に残っていた全てのエネルギーを一つの武装に回す。

 刹那、彼女の半壊した機体の装甲が展開し、赤い粒子を振り撒いた。ハイパーセンサーでは捉え切れない速さで疾駆するそれは、いくらヴァルキリーの射撃技術を持ってしても当てることは叶わない。一射二撃はそのどちらもが明後日の方向へと飛んで行くだけだ。

 

「ちぃ」

 

 『ラウラ』が舌打ちした時には、既に彼女は目前まで詰め寄っていた。その腕を振り上げ、射撃武装を持っている左手を砕かんと振り下ろす。最初の激突時には刀で効果的なダメージは与えられなかった以上、箒の取る手段は必然的にこれとなる。

 無事である右手の装甲が更に展開、ビームブレードの刃が六本生み出された。『シュヴァルツェア・レーゲン』のプラズマ手刀よりも凶悪なそれは、確実に『ラウラ』のISの左手を刈り取る。

 金属がぶつかる音などではなく、あっさりと切り裂かれる音がアリーナに木霊した。咄嗟に腕を引いたことで丸ごと切り落とされる事こそ無かったものの、射撃武装ごと大半の装甲は真っ二つにされてしまった。もはやほとんど用をなさない状態となった左腕には目もくれず、『ラウラ』は右手に再びブレードを取り出し追撃を加えようとしている箒に向かって逆袈裟を放つ。

 装甲の粒子は既に無くなっており、唯一出ている右手のビーム刃も消えかけている。そんな状態でも尚彼女はそれを受け止めんと反応し。

 

「時間切れ、か……」

「……な」

 

 その右腕の装甲ごと、ブレードの剣閃をその身に刻まれた。『紅椿』の装甲は容易く切り裂かれ、そしてその中にある箒の肉体に深々と刃が突き刺さる。ぐらりと揺れるその体は、彼女の機体とは違う赤、鮮血で染まっていた。

 ゆっくりと箒は落ちていく。ISの保護機能の落下軽減など発動しておらず、そのスピードは徐々に速さを増している。既に彼女は意識がないのか、その身はピクリとも動かない。地面に激突すれば、繋いでいたその生命の糸はプツリと切れるであろう、そんな状態であった。

 

「箒ぃぃぃぃ!」

 

 恐らく体が勝手に反応したのだろう。一夏は『瞬時加速』で箒と地面の間に割り込むと、彼女をしっかりと抱き留めた。その体は肩口から腰にかけてバッサリと斬られており、一刻も早く手当をしなければ危ないであろうことを伺わせる。そんな彼女をゆっくりとアリーナの地面に横たわらせると、一夏は『ラウラ』の方へと振り向いた。

 その顔には多少の動揺が浮かんでいたが、それは相手を斬ったことではなく、生体保護用のシールドエネルギーですら攻撃に転化したという箒の行動についてのようで、血塗れで倒れている彼女そのものには特に目を向けることもない。

 それが、一夏には無性に癇に障った。

 

「テメェ……! ふざけんなよ、何でそんな平然としてやがんだ!」

「戦いで敵が死ぬのなど当たり前の光景だろう」

「……ああ、そうかよ。そうだよな。敵が死ぬなんざ当たり前だよな」

 

 『真雪』を『雷轟』に換装、ビームブレードを取り出すと、その刃を真っ直ぐに『ラウラ』へと突き付けた。殺気すら込めた瞳で、目の前の敵を睨み付けた。

 許さねぇ。そう呟くと、彼は一気に『ラウラ』に向かって加速する。

 

「ぶっ殺してやるぜラウラぁ!」

「はっ、そんな怒りで我を忘れた状態では無理だ」

 

 居合からの一閃二断。先程までは躱していたそれを容易く食らってしまった一夏はビームブレードを弾き飛ばされ、地面に叩き付けられる。二・三度バウンドした後体勢を立て直した彼は奥歯が欠けるほど強く噛み締め、そして落ちていたブレードをもう一度掴まんと視線を巡らせた。

 

「あ……」

 

 そこで、彼はようやく気付いた。『紅椿』にケーブルが繋がれ、生体保護機能が回復する程度にまでエネルギーを送っている一体のISとそれを纏った人物に。既に自分も限界であるにも拘わらず、その行動を行っているシャルルに。

 

「まずは人命第一。それが当たり前でしょ?」

「……ああ、そうだ。そうだよな。……死なせないのが、当たり前だよな」

 

 ヘナヘナと力の抜けたようにその場に膝を着いた一夏は、呼吸が段々と安定していく箒を見て胸を撫で下ろした。良かった、本当に良かった。そんなことを呟くと、ありがとうとシャルルに深々と頭を下げる。

 そんな彼を見て、シャルルは別にいいよと手をヒラヒラさせた。それよりも、と上空を指差す。一夏が視線を上げると、ブレードを構えたまま三人を見下ろしている『ラウラ』の姿があった。

 

「終わったか?」

「……んだよ、結局何だかんだ言っても人が死ぬのは見たくないってか」

「人命救助を潰しにかかるのはただの下衆だ。他に他意はない」

 

 抜かしてろ。そう悪態を吐きながら、一夏はゆっくりと空へと浮かんだ。ビームブレードを再び構え、先程と同じように『ラウラ』に対峙する。

 どうした、もう殺すとか言わんのか。そんな彼女の挑発染みた言葉を鼻で笑うと、一夏は真っ直ぐに彼女を見る。そういえば、箒が言っていたな。ふと先程の彼女の言葉を思い出した。

 

「後を、頼まれてやるよ箒。俺はこいつを、ぶっ飛ばす」

「出来るのか? 未熟で満身創痍なお前に」

「出来るか出来ないかとかじゃねぇよ。やるんだ」

 

 正眼にブレードを構える。それに合わせるように『ラウラ』もブレードを上段に構えた。

 力量差は歴然、機体の消耗も激しい。それは目の前の相手の言う通りである。そんな彼がもしどうにか出来るとしたのならば。

 

「……?」

 

 『白式』のコンソールに謎のウィンドウが表れたのを見て、一夏は怪訝な表情を浮かべた。それはすぐに最大化され、彼に問い掛けるような文章を目前に映し出す。

 

――汝は、自らの変革を望むのか。より強い力を欲するのか、と。

 

 何だこりゃ、と目を見開いた彼は、しかしすぐに表情を元に戻すと、そんなの決まってるだろと口を開いた。

 

「当たり前だ! 自分で身に付けるってのが頭に付くけどな」

 

 その言葉を受けたウィンドウは自動で閉じられ、代わりに一つのプログラムが自動で『白式』へと流れ込んだ。何だこれ、と思う間も無く、コンソールにはアップグレード終了の文字が表れる。

 『白式・金烏』起動します。そんなアナウンスと共に、『雷轟』であったはずの『白式』の姿が変貌していく。

 

「おい、織斑千冬の弟、それは一体」

「知らん! が、とりあえず」

 

 使えるもんなら使ってみろっていう挑戦だろ。そう言いながら、巨大なウィングスラスター、背後にマウントされたビームキャノン、そして一振りの大刀を携えた『白式』を纏った一夏が不敵に笑った。

 




平成仮面ライダーとかのお約束、中間フォーム。
換装機体のお約束、全部乗せ。

大体そんな感じです。

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