ISDOO   作:負け狐

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またまた大分間が開きました。
そしてやっぱり捏造設定満載でお送りします。

そんな感じのくーちゃん戦後半。


No28 「友達になれ!」

 大型化したウィングスラスターを吹かしながら、一夏は一気に『ラウラ』に肉薄する。すれ違うように持っていた大刀を横薙ぎに振り抜くと、その勢いを使って自身の体を回転し、再び『ラウラ』へと斬りかかった。

 最初こそ面食らっていたものの、しかし『ラウラ』はその二撃目を受け止める。そのまま自身のブレードで目の前の相手を切り裂かんと振るうが、背中のウィングが前面にスライドし堅牢な装甲となったことでそれは阻まれた。甲高い音を立てて弾かれるそれを見た彼女は短く舌打ちすると、そのシールドを蹴りつけ距離を取る。

 逃がさん、とそんな彼女に向かい、一夏は取り出したビームガンを連射していた。

 

「機体がいくら強力になろうと、お前自身の腕は変わっていないぞ織斑千冬の弟」

「そんなの当たらんの一言でいいんだよ! 回りくどいわ!」

 

 軽く回避を行った『ラウラ』の言葉に一夏が叫ぶ。そうしてお互いに一息吐いたところで、彼はもう一度大刀を取り出し突き付けた。

 

「卑怯だ、なんて言わねぇよな。お前だって似たようなもんだし」

「無論だ。むしろ、弱い者いじめにならなくなってほっとしている」

「その弱いものに左手切り裂かれたのはどこのどいつだよ」

「挑発には乗らんぞ。それに、あの一撃は私も敬意を表する」

 

 文字通り、自身の命を使って突破口を切り開かんとしたあの姿を思い出し、評価こそすれ文句が浮かぶことなどはない。そう言い切った『ラウラ』を見て、一夏は少しだけ拍子抜けしたような表情を浮かべた。

 極悪人とかの方がぶっ倒しやすいんだけどな。そんなことを呟きつつ、彼は突き付けた大刀を肩に担ぐような構えを取った。

 

「……心配するな。私は正真正銘の、極悪人だ」

「自分でそう言う奴は案外良い奴って相場が決まってんだよ!」

 

 スラスターを吹かす。再び一気に肉薄した一夏に合わせるように、『ラウラ』は真っ直ぐ突きを放った。寸分違わず眉間に吸い込まれていくそれは、しかし彼が首を少しずらしたことで躱される。

 そのまま加速の勢いを使って彼女にぶつかった一夏は、体勢を崩したところで一直線に刃を振り下ろした。この距離で躱すには時間が足りない、受け止めるには得物が心許ない、耐えるには威力が大き過ぎる。八方塞がり、決まった。そう彼が確信する一撃は、しかし。

 

「忘れたか織斑千冬の弟。私はラウラ・クロニクル、VTシステムを組み込まれた人間だ」

 

 眼の前にあったその姿が幻のように掻き消える。命中したと思った攻撃が空を切ったことで一夏の表情に動揺が生まれ、そして同時にその背後から声と斬撃が飛んできた。無防備なその背中を晒した姿は、躱すことも受け止めることも能わず。

 

「そっちこそ忘れたのかよくーちゃん! 今の俺は、何か知らんがパワーアップしてんだぞ!」

 

 背中のウィングスラスターが、まるで猛禽類が得物を狙うがごとく大きく展開する。同時にそこに溜まっていたエネルギーが放出され、一回り大きな翼のようなものを形作った。真後ろにいた『ラウラ』はその放出に直撃してしまい、思わずその動きを止める。

 その隙を逃さず、一夏は素早く反転し真正面に捉えた彼女に向かって拳を振り上げた。

 

「でもってだな! その動きはついこないだ散々体に叩き込まれてんだよ!」

 

 姉のありがたいお説教のついでにな。そう続けながら、彼は拳を真っ直ぐに突き出す。

 

 

 

 

 

 

「結果、オーライ、ってやつですか」

 

 散々叩き込んだ元凶の一人、山田真耶教諭はモニターを見ながら独りごちた。隣では予想通りだと言わんばかりの顔で頷いているもう一人の元凶の姿も見える。

 

「いや、実際あいつと戦う事になる場合には必要だと思ったのは事実だ。そうなって欲しくないと思っていたがな」

「……そうですか」

 

 半分以上は面白がってやってなかったかな、と思わないでもなかったが、真耶は空気を読んで口には出さなかった。それよりも、と話題を変えるように『ラウラ』と対峙している一夏の『白式』を指差す。

 

「あれって、『二次移行(セカンド・シフト)』なんですか?」

「ああ、そうだな……どうなんだ?」

 

 彼女の問い掛けに、千冬は少し考える素振りを見せつつ視線を床に落とした。そこに転がっている人物の答えを待つようなその仕草は、普段と変わらず何もおかしいところなどない。

 その人物、篠ノ之束が簀巻きにされていなければ、である。

 

「さっき言ってたアップグレードの装備だから、正確には『二次移行』じゃないよ。そもそもあれ、三つのパッケージを纏めて装備しただけだし」

「言われてみれば、『雷轟』・『真雪』・『飛泉』の特徴がありますね」

「機動力の為のウィングスラスターは『雷轟』、変形装甲とビームランチャーは『真雪』、大刀とブーメランは『飛泉』からそれぞれ最適化されてるけどね」

「つまり、あれはあくまで『金烏』の効果だ、と」

「そゆこと。ま、いっくんが使えるかどうかは分かんないけどね」

 

 そう言って笑った束は、ところで、と千冬を見た。そろそろこれ、解いてくれないかな。そう彼女に告げると、間髪入れずに駄目だという言葉が返ってきた。

 大体何故そうなったのかは分かっているだろう、と肩を竦める千冬に対し、束は分かっているから言っているのだと反論する。

 

「ということは、解いたらまた『箒ちゃんのいない世界なんか滅ぼそう』とか言い出すわけだな」

「言わないよ! っていうか箒ちゃん助かったんだから滅ぼす理由なくなったよ!」

「そうか? 今度は『箒ちゃんが傷付くような世界はこうだ』とか言って大量殺戮兵器を投入しかねんだろう」

「ちーちゃんの中の束さんどんだけだよ! むしろそんな発想出来るちーちゃんに私ドン引きだよ」

「間違ってたか?」

「大間違いだ!」

 

 おかしいな、と首を傾げる千冬を見て、真耶はそっと視線を逸らした。普段はそうでもないのに、親しい人物が関わると大分おかしくなるのが先輩の悪い癖だ。そんなことを思いつつ、ひょっとして血筋なのだろうか、などとどうでもいいことも考えてしまった。

 とりあえず話を元に戻そう。そう結論付けた彼女は二人に声を掛ける。装備の正体は分かったが、一夏が使いこなせなければ勝てない、ということでいいのだろうか。そう訊ねると、まあ概ねその通りという答えが返ってきた。

 

「でもまあ、ちーちゃんの剣技と眼鏡おっぱい先生の機動が体に叩き込まれてるなら、案外どうにかなっちゃうかもね」

 

 相変わらず簀巻きにされたまま、束がそう言って笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「……はふぅ」

「かんちゃん! かんちゃん! 戻ってきて!」

 

 そして一方観客席。箒が切り裂かれ驚愕の表情を浮かべ、一命を取り留め安堵の表情を浮かべた四人は、『白式』の変化とその動きに思わず目を奪われていた。

 その中でも一際トリップしてしまったのが簪嬢である。眼の焦点が合っておらず、しかしその瞳はキラキラ輝いている姿は、幼馴染である本音が涙目で心配してしまうほどであった。

 

「まあ、確かにヒーロー物とかでありそうよね、戦闘中のパワーアップって」

 

 鈴音が肩を竦めながらそう述べると、ああ成程とセシリアも合点がいったように手を叩く。その手の物語が好きな者がリアルな光景を見てしまえば、ああもなろう。うんうんと頷きながら、まあ害はないだろうからいいかと結論付けた。

 

「よくない! かんちゃん戻すの手伝ってよ~!」

「はいはい。ほら更識さん、正気に戻りなさい」

「簪さん、ボーっとしていると見逃しますわよ」

「……っ! 私は何を……?」

 

 ペチペチ、と二人の頬を叩く衝撃でようやく我に返った簪は、本音の表情でどうなっていたのかを悟り思わず俯く。そんな彼女を苦笑しながら眺めていた鈴音とセシリアは、まあいいから向こうを見ないとと視線をアリーナに戻した。

 一夏の拳は『ラウラ』に叩き込まれたが、しかしそれで勝負が決まる一撃になるかといえばそんなはずもなく。カウンター気味に繰り出された蹴りで距離を離され、仕切り直しとなっていた。

 ある程度距離が離れたことで、一夏がだったらこれだと背中にマウントしてあったビームキャノンを構える。高出力のビームが発射されるが、『真雪』とほぼ同じであるそれは当然のことながら隙も大きく、何の布石もなく当たるほどのものではない。『ラウラ』はそれを最小限の動きで躱すと、残像の見えるような動きで彼へと接近した。先程見せた機動部門ヴァルキリー山田真耶の使っていた移動技術、それを余すことなく駆使し、必殺の間合いに入り込む。

 こなくそ、とビームキャノンから手を離した一夏は大刀を眼前に構えた。そこに彼女のブレードがかち合い甲高い音を立てる。ぶつかり合いなら負けないと彼はその手に力を込めたが、目の前の姿が掻き消えたことで慌ててスラスターを吹かした。一瞬前に一夏の首が合った場所に斬撃が振るわれる。

 

「厄介だな」

「こっちのセリフだバカヤロー!」

 

 お互いに悪態を吐きながら再び各々の得物を振るう。二度三度とぶつかり合うそれは、本来ならば『ラウラ』のブレードが耐久力的にも不利であるはず。にも拘わらず激突が均衡を保っているのは、単純に技術の差なのであろう。機体の性能を除けば、一夏と『ラウラ』ではそれだけの差があるのだ。

 彼の目標とする姉の技術が刷り込まれているが故に、である。

 

「……気に入らねぇな」

「私が織斑千冬の剣技を使うことがか? ならば力尽くでどうにかすればいい」

 

 言いながら剣を振るう。その斬撃を受け止めることなく躱すと、一夏はそうじゃないと叫んだ。同時に肩に装備されていたブーメランを投擲、間髪入れずに大刀を構え突進する。

 飛来してきたブーメランを躱し、突っ込んできた一夏と戻ってくるブーメランの挟撃も直撃する部分を読み切って体をずらすことで回避した『ラウラ』は、なら何が気に入らんのだと返しながら振るわれた大刀を弾く。

 崩された体勢を無理矢理戻しながら、決まってるだろと彼は彼女に指を突きつけた。

 

「顔だ!」

「何?」

「何でそんな仏頂面して戦ってんだよ。面白くなさそうに戦ってんだよ」

「……何を言っているんだお前は」

「テメェこそ何言ってんだ! 千冬姉の技術を身に付けて、山田先生の動きも使えて、誰か知らんが凄ぇ射撃も使えて。そんだけの力をぶつけ合えるんだから、楽しくないわけないだろうが!」

 

 呆気にとられた表情を浮かべ、『ラウラ』は思わず動きを止めた。こいつは一体何を言っているのか。そんな表情を浮かべて一夏を見る。

 そして一夏は一夏で、何で分からないんだと言わんばかりの表情を浮かべた。

 

「それとも何か、お前は今全力で戦ってないってか」

「馬鹿にするな。手を抜いているつもりなど毛頭ない」

「だったら尚更だ。全力でケンカして、その後お互い笑い合って。そんな状況だぜ、楽しいじゃねぇか」

「……何を言いたいのか分からん。はっきりと言え」

 

 男女の違いなのか、それともこいつが特別馬鹿なのか。そんなことを思いつつそう述べた『ラウラ』の言葉に、一夏はやれやれと肩を竦めた。これだけ言っても分からないのかよ、と呟きながら、よく聞けよともう一度指を彼女に突き付けた。

 

「俺が勝つから、俺と友達になれ!」

「…………馬鹿なんだな」

「誰が馬鹿だ誰が!」

「お前に決まっているだろう、『織斑一夏』」

 

 そう言いながら、彼女は笑った。笑いながら、先程よりも滑らかな動きで、ブレードを構えた。

 

 

 

 

「大馬鹿者だ」

「いや、分かるけど今は喋らない方がいいよ」

 

 意識を取り戻した箒が盛大な溜息と同時にそう述べるのを聞いて、シャルルは思わず苦笑した。いくら一命を取り留めたとはいえ、未だその傷は塞がっていない。ISの生体保護機能でゆっくりと治療が行われている状態であるものの、出来ることならばちゃんとした医療機関に向かわなければならないだろう。

 そんな体で、箒は二人の戦いを見ながらゆっくりと体を起こした。

 

「……寝てなきゃ駄目だよ」

「分かっている。やることをやったらすぐに横になるさ」

 

 血が足りないのか若干青白い顔で笑みを浮かべた箒は、さてと、と呟きながら大きく息を吸い込む。その行動で何をするのかわかったシャルルは、手で顔を多いながら溜息を吐いた。

 

「一夏ぁぁぁぁ!」

 

 袈裟斬りに切り裂かれていることなど微塵も感じさせないその声量は、戦っていた二人が思わず動きを止めてしまうほどで。何やってんだあのバカ、という一夏の声を耳にしながら、箒は笑みを崩さず、拳を突き上げた。

 

「勝て、一夏。そして私もそいつと友達にさせろ!」

「……同レベルの馬鹿だよ」

 

 思わず口にしてしまったシャルルは恐らく間違っていない。幸いにして叫びと同時に再び意識を飛ばしてしまった箒に聞こえてはいないようであるが、彼にとってはもうどちらでもいいらしい。

 倒れる箒を支えると、盛大に溜息を吐きながら彼女を抱える。これ以上ここに置いておくとまた無茶をしかねないから、とアリーナの端にあるベンチに横たわらせると、自分のその隣に腰を下ろした。

 そんな二人を見ていた一夏は、やれやれと肩を竦めながら『ラウラ』に向き直る。待たせたな、と言いながら大刀を肩に担いだ。

 

「姉に似て、馬鹿だな、お前達は」

「その言い方からすると千冬姉もお前の中では馬鹿ってか。……うん、そうだな、間違ってない」

 

 いいからとっととケリ付けようぜ。そんな彼の言葉にそうだなと『ラウラ』も武器を構えた。何だかんだで戦闘を始めて時間が経っており、少なくとも一夏の方は体力的に限界であった。だからこその言葉であり、集中である。

 そして『ラウラ』もまた、限界が迫っていた。VTシステムによりヴァルキリーの動きを自分のものとして昇華している彼女であるが、いかんせん肉体そのものは年若い少女である。まだ完全に肉体が出来上がる前に処置を施された彼女では、その動きを長時間続けるには無理があった。だからこそ技術はそれぞれ小出しにしていたのであり、全てを使うのはそれだけ限界が近付くということでもある。

 機体や技術はさておき、肉体そのものは、お互い満身創痍であった。

 

「ああ、そうだ」

 

 いざ、激突。そんな状態になった折、ふと何かを思い出したように『ラウラ』が呟いた。一つ提案がある、そんなことを言いながら一夏と、そして眼下の箒を見た。

 

「私が勝った場合のことを話していなかったな」

「いらん、俺が勝つから」

「まあ聞け。私が勝ったら、私は堂々とラウラ・クロニクルを名乗る。その代わり、ラウラ・ボーデヴィッヒの改名を行わせる」

 

 なんだそりゃ、と顔を顰める一夏に向かい、彼女はそのまま言葉を続ける。そしてもし私が負けたら、ラウラの名はあいつに受け渡す。そう言って彼女は口角を上げた。

 

「……んじゃ、その時はついでに友達になった俺達が新しい名前も考えてやるよ」

「そうか、それは楽しみだ」

 

 そこで会話は終わり、お互いに再び武器を構え直し目の前の相手に集中する。次の激突が決着の時、そんな覚悟を持って、双方スラスターに火を入れた。

 先に動いたのは一夏。ブーメランを投げ、そして取り出したビームガンを連射する。箒が潰したおかげで『ラウラ』の射撃武装は無くなっている。遠距離の牽制はこちらが有利、そう考えた故の行動であったが、しかし同時に大して役に立たないであろうということも彼の中では確信めいていた。

 『ラウラ』は射撃を悉く躱す。命中したと思った姿は掻き消え、そして一気に気配が肉薄してくる。ビームキャノンなど撃ってられんと射撃武装を諦めた一夏は、肩に担いでいた大刀を目の前に叩き落とした。

 

「躱された!?」

 

 目前にあったその姿も掻き消える。ならばと無理矢理体勢を捻り背後に向かって刃を振るった一夏であったが、しかしそれも空を切ったことで目を見開いた。

 上だ、と思った時にはもう遅い。既に相手は斬撃を放っており、振り抜いた彼の体勢では躱す手段は見当たらない。真一文字に切り裂かれ、そして敗北が決定する。

 

「まだだぁ!」

 

 スラスターを吹かすと同時に振り抜いた大刀から手を離した。投げ付けるような形になったそれは一夏と『ラウラ』の間に入り込み、必殺の一撃を遮る壁となる。構わんと大刀を切り裂いた彼女は、そのまま二撃目を放とうと手首を返した。これで奴の得物は無くなった。最早出来ることは悪足掻き程度。そんな確信をしながら真っ直ぐに一夏を見詰め。

 そして、彼の持っているものを見て目を見開いた。

 

「その、刀は……っ!」

「驚いただろ。あの時渡されてたんだよ!」

 

 篠ノ之箒の『紅椿』が装備していた刀『雨月』を振り被る一夏が、そこにいた。刃から生み出された斬撃のエネルギーがラウラに襲い掛かり、思わず動きが止まってしまう。至近距離でその状態になるということは、致命的な隙を晒してしまうということと同義であり。一夏が必殺の一撃を繰り出せる体勢を整えられてしまうということでもあった。

 

「これで、俺と、箒の、勝ちだぁぁぁぁ!」

 

 しっかりと『雨月』を握り込み、真っ直ぐに突き出す。それは『ラウラ』の心臓部に突き刺さり、『絶対防御』の発動を促した。彼女の機体のエネルギーが急速に減り、コンソールにエラーが表示される。戦闘続行不可能、その文字が表れたことで、『ラウラ』はゆっくりと目を閉じた。

 そして同時に、どこか、忘れていたような懐かしさを感じた自分がいることに気が付いた。

 

「ああ、そうか――」

 

 織斑千冬と戦った時も、こんな感じだった。

 どこか満足そうな顔で、彼女はゆっくりと地面に落ちる。

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 ラウラが目を覚ました時には、既に事が済んでいた。彼女は保健室に寝かされ、そして治療が施されていた。治療、といっても大したものではなく、全身疲労と無理な負荷の掛かった関節部分に包帯が巻かれている程度だ。

 暫しぼうっとした表情で辺りを見渡していると、彼女の見知った顔が横に座っているのに気が付いた。尊敬する教官、織斑千冬は、いつにない優しい目で彼女を見ながら気が付いたようだなと声を掛ける。

 

「一体、何があったんですか……?」

 

 ラウラのその問い掛けに、千冬は少しだけ苦い顔をした。しかしすぐに表情を戻すと、試合のダメージと疲労で倒れた、という当り障りのない返答をする。

 そうですか、と彼女は答えると、千冬から視線を逸らし俯いた。やはり教えてはくれないのですね。そんな呟きが口から溢れる。

 暫しその状態で俯いていたラウラは、やがて意を決するように顔を上げると、教官、と千冬を呼んだ。

 

「ラウラ・クロニクルを知っていますか?」

「……知っているさ。私の最初の、自慢の教え子だ」

 

 そこで一旦千冬は口を閉ざす。だが、ラウラの真っ直ぐな視線に負けたのか、ふぅ、と溜息を吐くと彼女を見詰め返した。お前には酷な話かもしれんぞ、そう前置きをして彼女は言葉を紡いだ。

 ラウラ・クロニクルとの出会いと別れ、そしてラウラ・ボーデヴィッヒとの出会いを。

 

「では、試合中に意識が無くなったのは」

「そうだ、お前の中の『ラウラ・クロニクル』の意識が再び浮上したんだ。まあ、今は一夏との勝負に疲れて再び眠っているようだが」

 

 苦笑しながらそう述べた千冬は、ただし、と表情を戻すとこう続けた。

 これからは、定期的に向こうの意識が目覚めることになる、と。

 

「元々人格の上書きは完璧ではなかった。お前のその左目は、あいつの意識を目覚めさせる鍵だったのさ。向こうのハゲはそれを恐れ、眼帯をさせて封印しようとした」

 

 左目、と言われて、ラウラはようやく自分が眼帯をしていないことに気付いた。近くの手鏡を覗き見ると、あの時夢で見た『ラウラ』と同じ瞳が自身の左目についているのが分かる。

 成程、それは向こうが怒るわけだ。そんなことを思い、彼女は思わず笑ってしまった。所詮お前は『知らない』人間だ、という言葉の意味が今になってよく分かる。

 

「教官」

「何だボーデヴィッヒ」

「私は、ラウラ・ボーデヴィッヒです」

「……ああ、知っている」

「だから、ラウラ・クロニクルとは別人で、偽物や本物ではなく、どちらも一つの個で」

 

 自分は何を言いたいのだろう。そんなことが頭を過ぎりつつ、彼女はしどろもどろのまま言葉を紡ぐ。ラウラはラウラ、『ラウラ』は『ラウラ』。自分が言ってしまうのは陳腐かもしれないが、それでも必死でそう伝える。

 

「だから、だから私は……」

 

 自分の中にいる『彼女』と友人に、なりたい。ようやくそれを言い終えたラウラは、恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にしてベッドに倒れこんだ。疲れたので少し寝ます、そう言うと、半ば不貞寝に近い状態で睡眠へと移行してしまう。

 言いたいことだけ言って逃げたか。やれやれと肩を竦めた千冬は、立ち上がり踵を返す。この調子ならば大丈夫だろう。そんなことを思いつつ、しかしそこで足を止め口を開いた。

 

「いきなり三人も友人が出来たな、ラウラ」

「……一方的に宣言する連中ばかりだがな、織斑千冬」

 

 振り向かない彼女の背中に掛かる声。その声はどこか呆れているようで、しかしどことなく嬉しそうでもあった。

 そのまま千冬は言葉を発せず、そして『ラウラ』も何も語らない。そんな沈黙が保健室を支配した。

 

「すまなかった。私がもう少ししっかりしていれば、お前を」

「もういい。私はこうして再び表に出てこられた、口うるさそうな友人も出来た。だから、もういいんだ」

「……そうか」

 

 千冬は決して振り向かない。振り向いたら、今『ラウラ』の顔を見たら、きっと表情を崩してしまうから。彼女に、お前らしくないと笑われてしまうから。

 それを分かっているから、『ラウラ』も背中しか見せない千冬に何も言わない。その代わり、そうだ織斑千冬、と話題を変えるように声を掛けた。

 

「私の新しい名前を、お前の弟が付けてくれるそうだ」

「新しい名前?」

「どちらもラウラでは紛らわしいだろう。ラウラの名前は向こうに渡して、私は、新しく生まれ変わることにしたのさ」

 

 差し当たってはこっちのラウラとの話し合いかな。そう言ってくつくつと笑う彼女の声を聞いて、千冬はそうか、と短く答えた。

 少しだけ、鼻をすする音が聞こえた。

 

 

 

 

 ラウラが保健室で治療を受けている一方、重傷といってもいいダメージを受けた箒は学園近くの病院へと搬送されていた。篠ノ之束の名前によりVIP待遇となった彼女は、個室のベッドでその身を横たえていた。その横には一夏と、そして姉である束の姿が見える。

 

「いや、別にそこまでされるものではないのだが」

「バッサリ斬られててそこまでなわけあるかぁ!」

 

 言外に出て行け、というニュアンスを含ませながら述べたその言葉に、一夏は全力でツッコミを入れた。ここが個室だから出来る芸当である。

 その隣ではうんうんと頷く束がおり、いいからちゃんと安静にしてないと駄目だよと釘を刺す。この娘は目を離した隙に屋上で素振りでもやりかねん、そんな不安を込めた一言であった。

 

「そうは言われても、そこまで傷は深くも」

「充分深いっつの。痕が残らなくてよかったよ、ったく」

 

 女の肌に傷が残るのはやっぱりマズイからな。そう言うと少し恥ずかしかったのか一夏は頭を掻きながらそっぽを向いた。

 そんな彼に向かい、束は大丈夫だよと声を掛ける。もしそうなったら、いっくんにお嫁に貰ってもらうから。そう言って一夏の背中をバンバンと叩いた。意外と強かったのか、その衝撃で一夏はゲホゲホとむせる。

 

「妹の嫁ぎ先を勝手に決めるもんじゃないでしょうに」

「ん? 箒ちゃんもまんざらでもないでしょ?」

「一夏がどうしてもと土下座するなら考えてやってもいいです」

「……土下座か」

「いや、話題提供した私が言うのもなんだけど、何でそこでいっくん迷っちゃうの? ツッコミ入れる場面じゃないの?」

 

 まあ冗談ですよ、と若干引き気味になっていた束に返すと、一夏は箒に向き直る。そして、右の拳を彼女の前へと突き出した。

 それを見て笑みを浮かべた箒は、同じように拳を突き出し、一夏の拳とぶつけ合う。コツン、という音と共に、二人は大声で笑い出した。

 

「あ、ところで、トーナメントどうなるんだ?」

「一応一夏が残ったのだから、一夏とデュノアが優勝じゃないのか?」

「んー、つってもなぁ。勝ったのは箒のおかげでもあるし」

「ならいっそ、引き分けってことにしちゃえば?」

 

 束の言葉にそれもいいかと二人は頷く。決勝戦は全て引き分け、四つのタッグは全員優勝。まあそんな美談のような茶番も悪くない。

 そんなことを思いつつ、箒はベッドに横になった。やっぱり大丈夫じゃないじゃないか、という一夏の言葉を聞き流しつつ、とりあえず寝るので出て行けと返す。

 

「へいへい。早く治して、戻ってこいよ」

「無論だ」

 

 じゃあな、と一夏は病室を出る。まだ束は中にいるが、あれは身内なので問題ないだろう。そんなことを思いつつ、病院の廊下を歩き、階段を降りる。

 外に出ると、既に空は暗くなり、星と月が輝いていた。これは急がないとマズイな、と呟きながら、彼は学園へと帰路を急ぐ。走っている途中に少し足がふらついて、何だかんだで自分の疲労も溜まっていることを感じさせた。

 寮へ戻ったらまず何をしようか。夕飯か、シャワーか、それとも疲労回復か、はたまた疲労を無視して遊ぶのか。

 

「まあ、何はともあれ」

 

 名前を考えなきゃな。そう独りごちると、一夏は疲れた体に鞭を打って全力で駆け出した。

 




ラウラとくーちゃんが仲間になりました。

シャルはまだ当分先です。

そんな感じで二巻は終了、次は三巻の前にちょっと話を挟む予定です。

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