ISDOO   作:負け狐

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後編です。
捏造世界観がバリバリです。
オリジナルな機体とか出てきます。ご注意ください。


No02 「大丈夫大丈夫」

 教室に山田真耶教諭の声が響く。

 昼休みも終わり、午後の授業も大詰めの六時限目。ISについての基礎知識として大まかな説明の講義を行っている最中である。

 

「一般的にISはコアタイプによって二種類に分けることが出来ます」

 

 現在、世界には多数のISが存在しているが、そのほとんどは開発者である篠ノ之束が自棄になっていた時期に提供された資料から各国が作り出した擬似ISコアを使った代物だ。流石に字面が悪いということでIS『Fコア』と呼ばれているそれは、束の作った純正ISコアと働きそのものは同等であるが、それでも決して敵わない部分を持っていた。

 

「そして、世界に四百六十七個だけ存在している純正ISコアしか持ち得ない機能が、『自己進化』です」

 

 Fコアはあくまで動力源としての役割しか果たせず、稼動データや操縦者との相性合わせなどはISに組み込まれたプログラム等で賄っているのに対し、純正ISコアはコアそのものが経験を蓄積、最適化を自ら行っていくという特徴を持っていた。その為、機体を取り替えてもコアと操縦者が同じならばコアの蓄積データによって容易に適応可能であったり、相性が良ければ本来のスペック以上の能力を発現したりもする。そのような理由から、純正ISコアは主に専用機や試験機に優先的に使用されており、国家代表や代表候補生と共に成長を続けているのだ。

 

「そんな純正ISコアの最大の特徴が『ワンオフ・アビリティー』ですね。ISコア自身の自己進化と操縦者の相性、その二つが合わさった時に発現する特別な能力。IS操縦者の辿り着く目標の一つと言えるでしょう」

 

 そんな説明をしながら彼女はちらりと現在空席になっている一年一組担任の机を見る。『ワンオフ・アビリティー』と聞いて最初に思い浮かべるのはその席の主である織斑千冬のIS『暮桜』の持つ『零落白夜』。自身のエネルギーを刃に変換し、相手の防御を無視した斬撃を繰り出す必殺の能力。未だ分からない部分の多い『ワンオフ・アビリティー』の中で最も資料が多く最も有名なそれは当然他の生徒も周知であり、山田教諭と同じように視線を主のいない席へと思わず向けていた。

 勿論、身内である二人も例外ではなく同じように視線を向けていたりする。違うのは、二人の頭に浮かべているのが『零落白夜』だけではないという点だろうか。

 そんなこんなで最後の授業も終わり、ある意味話題の中心人物であった千冬がホームルームの為に戻ってくる。簡単な連絡事項とIS操縦の為に使用出来るアリーナの開放時間などを伝えると、これで今日の全行程は終わりだと号令をかけた。これから放課後、生徒達にとっては貴重な自由時間である。とはいえ、IS学園は全寮制。普通の学校と比べるといささか行動が制限されてしまうのは致し方あるまい。

 そんなことは関係ないとばかりに席を立つのはこの学園唯一の男性IS操縦者織斑一夏その人である。全寮制とはいえ、彼は男子で寮は女子寮、しかも基本相部屋と来ている。なので、彼の部屋の用意が済むまでの間は自宅からの通学となっているわけだ。

 

「あ、織斑君」

「はい?」

「これ、織斑君のお部屋の鍵です」

 

 だから、山田教諭にそれを渡された時、一夏は暫く反応が出来なかった。自身の手に置かれた鍵は部屋番号が振ってあることから考えて間違いなく寮部屋の鍵であろう。まだ一人部屋の準備は出来ていないはずなので、この鍵の持ち主は彼以外にもう一人いるのも間違いないであろう。

 

「先生」

「はい、どうしました?」

「……俺、まだ警察の厄介になりたくないんですけど」

「突然何を!?」

 

 女子と相部屋。このキーワードだけで捕まる自信がある、と一夏は判断した。年若い少年としては妥当であり冷静な判断であるのだが、いかんせんそれを脳内で済ませているのでは何にもならない。事実、目の前の真耶は彼が何を言っているのか分かっておらず首を傾げるのみである。

 

「織斑、言葉が足りなさ過ぎだ」

「あ、千冬ね――先生。というと?」

「脳内の判断を口に出せと言っているんだ。山田先生に分かるようにな」

 

 言外に自分は分かっているということだが、それは流石に姉弟の付き合いの長さゆえであろう。一夏もそれを分かっているのか特に何も言わず、山田教諭へと向き直り改めて一から説明開始。成程、と頷いてくれたところで再びさっきの結論を述べた。

 

「まあ、でも。大丈夫ですよ」

「物凄く根拠の無い断言しましたよね今」

「そ、そんなことないですって。ほら、織斑君が相部屋の女子に何かするなんてないでしょうから」

「……例えば、ここで俺が部屋に行ったら相部屋の人がシャワー浴びてた、とかだったらどうします?」

「私は織斑君が更生してくれるって信じてますから」

「信じるとこそこじゃないでしょ!? っていうか信じてないじゃないですか!」

 

 どうやら不可抗力であろうとなかろうと一夏の述べたような結果が待っているのは確定らしい。女の園の唯一の男子の扱いなどこんなものである。

 当然一夏もここで素直に寮の部屋に行くほどチャレンジャーではない。じゃあ俺は家に帰りますと手を挙げて挨拶をした後踵を返す。そしてとっとと逃げ出そうと足を踏み出したところで肩に指を食い込ませられた。

 

「あだだだだだっ! 痛い! 超痛い!」

「なら止まれ」

「嫌だ! 俺は家に帰るんだ!」

「お前の家は今日から暫くここの寮だ」

「ドキドキハプニングが豚箱行きに直結している家なんぞ願い下げだ!」

「……その辺りは心配するな」

「だからその根拠の無い言葉は――」

「お前と同室の女子は、篠ノ之だ」

 

 そこでピタリと一夏は動きを止めた。篠ノ之、と言うからには間違いなく彼の幼馴染である箒だろう。物心付いた時から一緒に行動している彼女ならば確かに同室でも多少融通が利くかもしれない。少なくとも先程までの状況が起きる可能性は減るだろう。

 だが、しかし、と一夏は思う。確かに警察の厄介になる可能性は下がるのだが、しかしだ。

 

「……警察に捕まるのと頭砕かれるのはどっちがマシなんだろうか」

「社会的に死ぬか物理的に死ぬかの違いか。難しいところだが、私は物理的死の方がマシだと思うぞ」

「体よく寮生活勧めてやがりますね織斑先生」

「当然だ」

 

 悪びれる素振りも無くそうのたまう自身の姉を見て、一夏は抵抗を諦めた。行こうとしていた方向とは逆に足を向けると、それでは先生さようならと述べてトボトボと歩みを進めていく。その背中には哀愁が漂っていた。

 

「織斑君、大丈夫なんでしょうか」

「同室が篠ノ之である限り、山田先生が想像している事件は起きませんよ」

「……信頼、されてるんですね」

「付き合いは長いですから」

 

 ただ、と千冬は口に出さずに続ける。そうでない事件は起こしてくれるのだろう、と。それも早ければ今日中に。

 ここに来る途中で聞かれた質問を思い出しながら、彼女は薄く笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 千冬の予想通りか、はたまた予想を上回る速度だったのか。ともあれ、そうでない事件とやらは起きていた。具体的には一夏が寮の自分の部屋に入った直後である。

 部屋に備え付けられている二つのベッド。入り口側と窓側、その二つのどちらを使うか。それが今現在男女が両手で掴み掛かり額をぶつけん勢いで押し合っている理由であった。勿論男女とは織斑一夏と篠ノ之箒である。

 

「俺は窓側がいいんだよ!」

「私も同様だ。これを譲るわけにはいかん」

「俺だって譲れねぇよ。朝日を浴びて目覚める快感を手にするんだ」

「一夏の実家の部屋のベッドは朝日など当たってなかっただろう?」

「当たってないから欲しいんだよ」

「そうか、奇遇だな。私もだ」

 

 双方が両手に力を込める。男女の違いを感じさせないほど力強い箒に若干押され気味になる一夏だったが、色々なプライドと負けず嫌いな性格により押し戻した。そして再びそのぶつかり合いは均衡を保つ。

 

「なあ箒」

「何だ?」

「このままじゃ埒が明かない」

「そうだな。じゃあ私に譲れ」

「嫌だっつってんだろ」

「さっき乙女の柔肌を見たな」

「悲鳴代わりにボディブロー食らわせた挙句倒れた俺にサッカーボールキック叩き込んどいてどの口がほざいてんだ」

「この口だ。乙女の唇だ」

「うるせえ乙女。いいから話の続きを聞けっての」

 

 一瞬箒の唇に視線を向けてしまったのを誤魔化すように一夏は叫ぶと、掴み合っていた手を離した。そして部屋の入り口を指して、表へ出ろ、と述べる。どう見ても喧嘩を売っている発言だが、元々似たようなことをしていた以上何か変わるわけでもない。まあ、つまりはそういうわけである。

 

「アリーナの使用時間はまだ残っているな」

「余裕余裕」

「いいだろう。こんな場所で取っ組み合いをしているよりよほど効率的だ」

 

 そう言うと二人揃って部屋を出た。そのまま寮から出て、再び学園へと戻る。もう一度時刻を確認した後、受付に向かうと今現在空いているアリーナの確認を行った。どうやら第三アリーナは数人の三年生が使っているくらいで、他に人はいないらしい。これなら丁度いいとそこの使用許可証を受け取ると足早に更衣室へと歩みを進めた。

 IS用のインナースーツへと着替えた一夏がアリーナへと足を踏み入れると、ISでの戦闘を行った際生まれる独特の臭いが鼻を突いた。嗅ぎ慣れている臭いに彼が薄く笑みを浮かべていると、反対側の入り口から同じようにISスーツを纏った箒がこちらへと歩いてくるのが見えた。同じように笑みを浮かべているところを見ると、どうやら彼女も彼と同じような感覚を抱いているようである。

 

「待たせたな」

「いいや、俺も今来たとこだ」

「ふふっ。では始めるとしようか」

「おう。手加減無しの全力一本勝負。勝った方が窓側ベッドだ」

 

 一夏は右手に付いているガントレットとも思える腕輪を眼前に構え、箒も同じように腕に巻かれている一対の鈴が付いた赤い紐を掲げる。言葉こそ軽口であったが、その目は真剣であり、お互いが本気で戦うことを意味していた。

 が、そんな空気はある乱入者によって霧散させられる。同じ第三アリーナで訓練をしていたと思われる三年生が、二人に気付いてやってきたのだ。ねえ、君達が噂になっている一年生でしょ。そんな言葉を投げ掛けられた二人は、お互いに顔を見合わせるとやれやれと溜息を吐いた。

 

「すいません、噂ってどんなやつですか?」

 

 一夏がそう尋ねると、やってきた三年生三人の内一人がそれは勿論、と口を開く。半ば予想していたことであったが、その口が語ったのは入試の実技試験の話であった。織斑千冬を倒した新入生。色々と巡り巡っているうちにそんな肩書きへと変化していたらしい。既に一夏が世界初の男性操縦者だとか、箒がIS開発者の妹だとか、それらは瑣末なこととなっている。

 そんなことを語っている三年生の女生徒達の視線から、どうにも敵意のようなものが含まれているのに箒は気付いた。彼女達にとって織斑千冬とは憧れであり、目標である。身近ではあるが、雲の上の存在。そんな侵してはならない聖域のような女性を倒した新入生などというものを、はいそうですかと受け入れられるはずもない。今更誤解だと説明したところで聞く耳を持ってくれないだろうし、そもそも肝心な部分は誤解ですらない。そこまで箒は考えると、これは覚悟を決める必要があるなと心の中で嘆息した。ちらりと横目で一夏を見ると、同じようにどうしたものかと頬を掻いている姿が目に映る。とはいえ、あくまで彼が抱いているのは見知らぬ女生徒が話し掛けてきたことについての戸惑い程度だろうと箒はあたりを付けた。どうも鈍感なきらいがあるのだ、彼女の幼馴染は。

 それじゃあお願いがあるのだけれど、と女生徒の一人は二人に述べた。一夏は特に考えなしで頷き、箒は意図を察して頷く。結果としては二人共に肯定を示したので、待っていましたとばかりに三人はそれぞれのISを起動させた。

 そこでどうやら一夏は気付いたらしい。ひょっとして、これは戦う流れなのではないか、と。

 

「なあ箒」

「よほど千冬さんに一撃当てたのが腹に据えかねたようだな」

「マジかよ。あの程度でこんなことされちゃ堪ったもんじゃないんだが」

「一夏」

「ん? ……あ」

 

 目の前の三人の目付きが鋭くなっているのが鈍感な一夏でも分かった。「あの程度?」と呟いていることから理由は明白、そして自爆したのも明白であった。これで戦闘は避けられない、元々不可避であったがより固まったと言える。そしてその原因を作ったのは自分である以上、誰かを責めることも出来ず彼はがくりと頭を垂れる。アリーナの中心部へと向かっていく三人の背中が、何とも恨めしく思えた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 その背中を目で追っていた二人の背後から声が掛かる。振り返ると、三つ編みに眼鏡という出で立ちの女生徒がこちらを心配そうに見詰めていた。ISスーツではなく制服を着ているその女生徒は、リボンタイからすると先程喧嘩を売ってきた者達と同じ三年生であるようだ。

 一夏はそんな女生徒が自分達に声を掛けてきた意図が掴めず、どういうことですかと首を傾げる。隣では箒が同じように突然話し掛けてきた彼女を怪訝な目で見ていた。

 

「いえ、何やらトラブルに巻き込まれているようでしたので」

「あー……ええっと、まあ、大丈夫です。身から出た錆みたいなもんだし」

「ですが、明らかにあれは向こうが一方的に因縁を付けていたでしょう?」

「まあ、こいつが、一夏が言ったように自業自得でもありますから」

 

 さっきの三人組と同じグループ、ないしは同じ考えを持っている者かと思っていた二人だったが、どうやらただ見ていて心配になっただけらしい。そんな彼女のお人好しをどことなく微笑ましくなった二人は、警戒を解いて不敵に笑った。これは余計に負けられないな、どちらともなくそう呟いた。

 

「そんな楽観的でいいんですか? あの三人は資産家の子女で、あの若さで個人のISを持ち合わせている特別な生徒達です。あのISも、彼女達用にカスタムした特別機なんですよ」

「専用カスタム、ですか」

「はい、Fコアでフレームこそ量産機のそれを使っていますが、パイロットの能力を引き出せるように改造されたそれは通常の量産機を優に上回る性能を持っています」

「へー、ってことはあの人達結構強いのか」

 

 彼女はそんな一夏達を諌めるように言葉を続けたが、対する彼等は呑気にそんな言葉を返すのみ。それどころか、だったら相手にとって不足無しなどと笑みを浮かべるほどである。負けられない理由がもう一つ増えた、そんなことを続けた。

 

「ですから!」

「大丈夫大丈夫。心配してくれてありがとな、先輩」

「お心遣い、感謝します」

 

 いい加減向こうを待たせても悪い、と二人はそこでISを展開している三年生へと歩みを進めた。どうやらもう止めても無駄らしい、と判断した彼女は溜息を吐く。今年の一年生は去年以上に頭の痛い存在になりそうだ。そんなことを頭に浮かべた。

 

「大丈夫大丈夫」

「本音……貴女までそんなこと」

 

 二人のいなくなったタイミングを見計らったのか、いつの間にか隣にいた袖の余った制服を着た一年生、自身の妹である布仏本音を見た彼女はもう一度溜息を吐いた。クラスメイトが危ない目に遭っているのにそんなことでいいのか。そう述べても、本音は変わらず大丈夫だと言い続ける。

 

「それに、ちょうどいいんじゃないかな~? 『しののの』のエージェントさんの実力、直接見られるし」

「……お嬢様みたいなことを言わないの」

「えへへ~」

 

 わざわざ厄介事を起こす必要は無いのに、とぼやきながら彼女は――布仏虚は更に深い溜息を吐いた。

 

 

 

 

 アリーナ中央部で待ち構えている三年生三人の下へと辿り着いた一夏と箒は、先程行っていたようにそれぞれガントレットと鈴の付いた紐――待機形態となっている自身のISに手を掛けた。瞬時に展開されたそれは、二人の体を戦闘用の姿へと変化させていく。

 一夏のISは白を基調とした四肢とウィングスラスターの所々に青い模様が描かれ、胸部装甲はそれとは逆に青を基調としたカラーリングとなっている。その左手には実体盾、右手には銃が握られており、一見しただけでは特に何かに特化しているようには見受けられない。箒のISは彼とは裏腹に、四肢とスラスターには赤を基調とし黒い様相が施されている。どことなく武者の甲冑をイメージさせる頭部の角飾りと左右の腰に付いている巨大な鞘を思わせるパーツが特徴的で、二刀を構えたその姿は近距離戦に特化しているのだろうということを相手に抱かせた。

 そのどちらもが、通常の量産機とは一線を画す姿をしている。彼等の為にあつらえられた専用機、二人が纏っているものはつまりそういうものなのだ。加えるのならば、通常専用機というものは国家代表やその候補生というある程度の地位の者か企業のエースパイロットのような相応の実力を持った者に与えられるものである。特に何の肩書きも無い一般生徒が所持出来るような代物ではない。

 

「んじゃ、一応自己紹介といきますかね」

 

 そんな専用機を纏った少年、一夏は隣にいる箒に目配せをしながら不敵に笑う。自分達のこの姿を見たことで敵意が更に膨れ上がった三人達に向かって、言葉を紡ぐ。

 

「『しののの』見習いエージェント織斑一夏。IS『白式』汎用万能型改修機『雷轟』。行かせて貰うぜ」

「同じく『しののの』見習いエージェント篠ノ之箒。IS『紅椿』汎用対応格闘型改修機『先駆』。推して参る」

 

 一夏が銃を、箒が刀を。それぞれを構えたのを見て、三年生三人もそれぞれの獲物を収納領域から呼び出した。一人が近接ブレード、一人がIS用アサルトライフル、一人がIS用のマシンガンを構えるその姿に隙は見受けられず、先程虚嬢が言っていた言葉が間違ってはいないことを感じさせた。

 先陣を切ったのは一夏。スラスターを吹かし間合いを詰めんと一直線に駆ける。当然そんな突進など迎撃は容易と遠距離武器を構えていた二人がその銃口を彼に向けたが、それに合わせるように一夏が持っていた右手の銃の引き金が引かれた。実弾ではなく、一筋の光が彼女達の脇をかすめる。それにより彼の射撃武器がビーム兵器だと判断した三人は即座に分散、近接ブレードを持った一人が左側から斬り掛かる。予想通りと言わんばかりにその斬撃を盾で受け止めた一夏は、そのままシールドを相手に叩き付け残り二人の射線上から離脱した。

 

「と、ととっと」

「何だ、当たらんのか」

「お前はどっちの味方だよ!」

 

 直前に一夏が立っていた場所に掃射されているのを眺めながら、まだ攻撃を行っていない箒が呟いた。そんな彼女の呟きを、追撃を行おうとしている三人から視線を外さずに彼は物申す。ついでにもう一言付け加えた。お前も戦え、と。

 

「無論、そのつもりだ」

 

 言葉と同時に彼女は右手の刀を振り被る。マシンガンを構えている三年生の一人に目標を定めたそれは、本来届くはずも無い斬撃が衝撃波のように刀から打ち出され彼女を襲った。予想だにしなかったその光景に一瞬あっけに取られた彼女はガードが間に合わず直撃。ISの活動や勝敗判定に使われるシールドエネルギーが減少していく。彼女にとっては幸いかそれほどのダメージではなかったようで、すぐさま体勢を立て直すと二撃目を放とうとしている箒に向かってマシンガンを打ち込んだ。攻撃態勢を取っていた箒は強引に回避を行ったが、躱し切れなかった銃弾がシールドエネルギーを僅かに削る。

 

「やーい、当たってやんの」

「うるさいぞ一夏」

「先に言ったのはお前だろ? 人を呪わば穴二つ……なんかいやらしいな」

「一夏、お前は一度死んだ方がいい」

 

 下らない事を抜かした一夏を突っ込んできている一人に向かって蹴り飛ばすと、箒は先程のマシンガンを持った三年生へと間合いを詰めた。的を絞らせないようなるべくランダムに軌道を変えつつ、牽制を込めて右手の刀から斬撃を飛ばす。しっかりと狙っていないのは百も承知であるものの、しかし回避を行わなければいけない程度には照準を合わせられている為、余計に距離を詰めてくる箒に対する弾幕が薄くなる。そのまま近接武器の間合いに入るかと思われた箒だが、別の方向からの銃撃により再び距離を開けられた。アサルトライフルを持っていた三人目が彼女と相対している三年生のフォローに回ったらしい。二対一の状況になった箒は舌打ちをすると、今度は左手の刀を振り被った。

 

「悪いが、先輩だからといって花を持たせはせん!」

 

 右手の刀とは違い、刀の軌跡が扇状に広がる衝撃波となって二人を襲う。ほぼ彼女の前面全てに展開されたそれは、コンビネーションで追撃しようと銃を構えていた二人の虚を突く形となった。先程の箒のように舌打ちをした二人は、それぞれ逆方向へと回避する。

 彼女から見て右、マシンガンを持っていた三年生の方へ視線を向けた箒は、右手の刀を一振り、二振り、三振り。連続で斬撃を飛ばすと、すぐさまスラスターを吹かして間合いを詰めた。その方向は左。斬撃を飛ばした方ではなく、何もしなかった方向へである。既に相手はアサルトライフルを構えていたが、そんなものは関係無いとばかりに真っ直ぐに突っ込んだ。銃口から打ち出された弾丸は箒の眉間をしっかりと狙っていたが、わずかに首をずらしこめかみを軽く抉る程度でダメージを抑えた。抑えたとはいっても、危険部位へのダメージには違いない為『絶対防御』は発動してしまい通常よりもシールドエネルギーが多く減少する。だがそれでも、まだ戦闘不能になるまでには至らない。

 体を捻り、その勢いに体重を乗せて蹴りを放つ。刀で攻撃をすると思っていた三年生の彼女は、防御の隙間を縫われたその一撃で面白いように吹き飛ばされた。通常ISでの戦闘は空中で行うことが多い為に、そういう体術を使う者はまずいない。地面を踏ん張る、という動作の出来ないISで人間時の動きを行ったところで、ダメージを相手に伝えることが難しいからだ。だから、通常は相手が体術を使用することなど想定していない。だからこそ、彼女は箒の一撃をクリーンヒットしてしまった。

 予想だにしていない一撃で思わず我を失っていた彼女は、瞬時に己を立て直すと空中制御を行う。が、その前に背中に何かがぶつかった。壁ではない、壁ならばもっと平面で、そして大きいはずだ。そしてなにより。

 

「おぶっ!?」

 

 こんな間抜けな声を発することは無いはずだ。

 慌てて彼女は振り返る。人間一人が激突した為かバランスを崩している一夏の姿が目に入った。今は自分も体勢が崩れているが、相手も条件は同じ。ならばこのチャンスを逃す理由は無い。そう判断した彼女は持っていたアサルトライフルを彼に向ける。そしてそのまま再び固まった。

 彼女が放とうとしたアサルトライフル、その銃身が斜めに切断されていた。先程蹴り飛ばされたあの時に、箒は同時に斬撃も行っていたのだ。彼女自身にではなく、持っている得物へと。次に攻撃しようとした際、一瞬でもそこに意識が向くように。敵の目の前で、動きが止まるように。

 

「悪いな先輩、箒の作戦勝ちだ」

 

 眉間に何かが押し付けられる感触で我に返った時にはもう遅い。彼女の視界には銃の引き金を引かんとしている一夏の姿が映っていた。背後には彼女の仲間である三年生が近接ブレードを構え突っ込んできているのが見えたが、その刃が届くより彼が引き金を引く方が早いだろう。そう判断した彼女は、短く溜息を吐くと瞳を閉じた。次は負けない、そう呟いたのと『絶対防御』によりエネルギーがゼロになるのが同時であった。

 

「これで二対二!」

 

 そう叫びながら、一夏は振り向きつつ持っていた銃を突っ込んできている三年生へと投げ付ける。ISを纏っている状態ならば当たったところでどうにかなるものではないそれは、しかし人の反射により思わず彼女は避けてしまう。その隙に彼女より先に間合いを詰めた一夏は、いつの間にか収納領域から呼び出していた近接ブレードを振り被っていた。持っていた銃と同じように刀身がビームで覆われたそれは、真っ直ぐ横に、彼女の上半身と下半身を泣き別れさせるように軌跡を描く。

 先程までの一夏との戦闘でシールドエネルギーを削られていた彼女のISは、その一撃で完全に沈黙した。負けたのだ、ということを認識した時には既にゆっくりと機体は下に落ちていくところ。動かなくなったISを纏い、悔しさを隠そうともしない顔で彼女は剣を振りぬいた目の前の少年を睨んだが、彼の邪気の全く無い笑みとピースサインを見てどうでもよくなった。まあ、織斑先生への態度は不問にしておいてやるか。そんなことを考えた辺りで彼女の背中は地面に着いた。

 残っているのはあと一人。振り向くことなくISに備わっているハイパーセンサーでそれを確認した箒は、少し焦り気味になっている三年生の女生徒のマシンガンを避けながら二刀を構えた。地面を蹴るように空中で加速すると、彼女は真っ直ぐに刀を突き出す。それを待っていたと女生徒はいつの間にか持っていたIS用手榴弾を目の前に放り投げたが、しかし。

 

「言っただろう。先輩だからといって花を持たせはせん、と」

 

 刀の軌跡上にあったはずのそれは、気付くと箒の左手に握られていた。眼前に突き出されたそれを見て一瞬あっけに取られた彼女は、箒がそれを自分の目の前に投げ返したことも、それを起爆させる為に後ろに下がりながら斬撃を放っていたことにも対処が遅れてしまった。無論、この状況でそれは致命的だ。

 

「私達の勝ちだな、先輩」

 

 爆発音に紛れて聞こえたその言葉を聞きつつ、彼女の体は重力に引かれていった。

 

 

 

 

 

 

 三人が撃墜されるのを見た虚は、やれやれと安堵の溜息を吐いた。どうやら実力は噂通りだったようだ。そんな感想を抱きながら隣で同じように観戦していた妹に視線を向ける。

 

「貴女は気に入らなかったみたいね」

「ん~。まあね~」

 

 普段の彼女の表情とは違い、どことなく難しい顔で勝利者である二人を睨んでいた。文句がありますと言わんばかりの顔をしている本音に、虚は一体何が不満なのかと訪ねる。顔を二人から自身の姉に向け直した彼女は、だって、と呟いた。

 

「お昼にさ、自分で取ったわけじゃない肩書きなんか関係ない~とか、色眼鏡で過大評価されるのは心外だ~とか言ってたのに、『しののの』見習いエージェントだってわざわざ宣言してたし」

「成程」

 

 本音の言葉に頷きながらも、虚はそれは多分違うと続けた。確かにその言葉を聞けばそう考えてしまうのはもっともだとは彼女も思う。だが、しかし。それはあくまで表面上の話である。

 

「自分で取った肩書きにしたいのよ、きっと」

「へ?」

「自分自身で胸を張って『しののの』のエージェントだって名乗る為に、それが過大評価ではなく正当な評価となるように。そう思っているのじゃないかしら」

 

 その為に、きっとあの二人は強くなろうとしているのだろう。自身の所属する組織の先輩でもありおそらく目標でもあろう女性、織斑千冬と肩を並べる為に、自信を持って同僚だと言ってのける為に。

 そんな虚の言葉を聞いた本音は「そんなものなのかな」と首を傾げてはいたが、しかし納得出来ないわけではなかったようで表情を普段のようなのほほん顔に戻していた。だが、思い出したように再び表情が不満げになる。

 

「まだ何かあるの?」

「あるよ、ばっちりある! 二人より絶対かんちゃんの方が強いもん!」

「……そうね」

「何その顔~?」

「唐突だな、と思っただけよ」

 

 呆れるような虚に対し、本音はそんなことないと更に頬を膨らませる。二人の実力を確認するのが目的だったのだから、その結論を出すのは何もおかしくない。そう彼女はだぼだぼの袖を振り回しながら熱弁した。

 成程一理ある。そう思いはしたが、あの一戦だけで判断をするにはまだ材料が足りないと結論付けていた虚は、落ち着けと隣の妹をなだめた。これからまた彼等の戦闘を見る機会は訪れるはずだから、その際に改めて判断をすればいい。そう彼女は続けた。

 

「う~。でもかんちゃんの方が強いもん。だって日本の代表候補生だし」

「そうね。簪さまは強いわ。お嬢様ですらそれは認めている。でも――」

 

 さっきの一戦であの二人は全力を出していないような気がする。その呟きは隣にも届かずに風に消えていった。

 

「でも、何?」

「何でもないわ。……さて、お嬢様に報告をしないと」

 

 そう言ってポケットから端末を取り出す。目的の人物を呼び出すと、一夏達が戦っていた一連の流れを口頭で説明した。端末の向こう側の人物は了解、と一言返すと、続けてどこか楽しげな声で言葉を紡ぐ。

 

『丁度、ネズミさんを見付けちゃった』

「……お嬢様?」

『大丈夫大丈夫、油断はしないわ。してたらこっちがやられそうだし』

 

 その言葉で通信は途切れた。再び呼び出そうとしても、コール音が続くのみで繋がる気配は全く無い。そのことにどうしようもなく嫌な予感がした彼女は、本音に一言だけ述べてアリーナから駆け出した。

 どうか無事でいてください楯無さま。そんなことを呟きながら。

 

 

 

 

 そんな虚嬢に心配されているとは露知らず、などということなく、薄々感じ取っているお嬢様――更識楯無は、目の前にいる妙齢の女性を呼び止めていた。綺麗な金髪をしたその女性は、楯無の言葉に足を止めて振り返る。一体何か御用かしら、そんなことを述べる表情に別段変化は見られない。

 

「いえ、少しお聞きしたことがありまして」

「あら、そうだったの。何かしら?」

「はい、実は――ああ、その前に自己紹介をしていませんでしたね。私は更識楯無、この学園の生徒会長を務めています」

 

 その言葉を聞いて女性の目が一瞬だけ細められたのを彼女は見逃さなかった。だが、表面上は何も気付いていない体を装い、そのまま会話を続ける。

 先程アリーナから出て行くのが見えましたが、一体何の御用事でしょうか。そんな彼女の口から発せられたその言葉は、生徒会長という肩書きを持っているのならば別段おかしくない質問である。教師から言われて来たのかもしれないし、自身の判断でやってきたのかもしれない。どちらにせよ、何故そんな質問をするのか、という問い掛けをしたところで無意味だろう。女性はそう判断すると、少し所用があって立ち寄らせてもらったのだと返答した。

 

「所用、ですか」

「ええ。詳しくはこちらの仕事に関わるから話せないのだけれど、ほら、この通りちゃんと学園の許可は貰っているわ」

 

 そう言って彼女は胸ポケットから許可証を取り出す。偽造かと思い楯無はそれを手に取らせてもらったが、特に怪しいところの見当たらない真っ当なものであった。返してもらった許可証を受け取った女性は、話が終わりならば失礼させてもらうと踵を返す。彼女はその後姿を素直に見送った。

 

「いえ、まだ話は終わってません」

 

 などということはなく。去っていこうとする背中に向かってそう声を掛けた。まだ何か用があるのかと女性は振り向いたが、その眼前に突き付けられているのは、部分展開により呼び出されたIS用装備の槍であった。

 

「……何の真似かしら?」

「あら? さっき言いませんでしたっけ? 私、生徒会長なんです」

「ええ、言っていたわね。それとこの行動に何の関係が?」

「生徒会長って、生徒を守る者だと思うんですよね」

「ええ、そうね。それで?」

 

 あくまで女性は表情を崩さない。対する楯無も表情を変えない。淡々と、ただ淡々と会話を続ける。

 

「――その戦闘データ、返してもらえるかしら?」

 

 その言葉に女性の眉がピクリと上がった。そして、やれやれと溜息を吐くとスーツのポケットから記録用媒体を取り出す。

 

「流石は生徒会長さん、ってところかしら」

「フォローしてくれる仲間が凄いのよ」

 

 その媒体を目の前の楯無に投げながら、女性は薄く笑った。その笑みに返すように楯無も微笑むと、受け取ったそれをポケットに仕舞い込み槍を持つ手に力を込める。

 さて、これで無罪放免、といくわけがない。その瞳はそう物語っていた。

 

「あら、もう返却したのに厳しいのね」

「当然。不審者は事情聴取を受けなくちゃ」

「怖い怖い。でも、その誘いはお断りさせてもらうわ」

 

 瞬間、彼女の前で何かが弾けた。強烈な閃光を発したそれは、目の前を真っ白に変え視力を奪う。思わず槍を突き出したが、その一撃は空を切った。

 視界が戻る頃には、既に彼女の目の前に人影はなく。

 

「逃げられた、か」

 

 部分展開していたISを仕舞い、懐から出した扇子を広げ、肩を落とす。『捕獲失敗』と書かれたその扇子で自身を扇ぎながら、悔しさを隠そうともせず眼前を睨み続けた。

 そのまま暫くその体勢を維持していた彼女だったが、溜まっていたものを吐き出すように溜息を吐くと、先程取り返した記録媒体を取り出し眺めた。

 

「世界初の男性ISパイロットの戦闘記録……。確かに正式に記録として残るのは初だろうけど、そこまでの価値があるものなのかしらねぇ」

 

 手でもてあそびながらそんなことを呟いた楯無は、次の瞬間いいことを思い付いたとばかりにニヤリと笑った。携帯端末を取り出すと、お目当ての人物へと電話を掛ける。彼女のやりたいことを伝えると、特に問題なく許可が出た。それでこそだと笑みを強めた楯無は、続けてもう一人の人物へと連絡を取る。

 

『はいはい? あ、たっちゃん、どうしたの?』

「いやね、ちょっといい特ダネのデータがあるんだけど、いらない?」

『特ダネ!? いるいる!』

「オッケー。じゃ、そっちに持っていくわね」

 

 そう言って通話を終了させた彼女は、電話の相手の下へと向かう前に、もう一度さっきの女性が消えた場所を見た。

 そんなにこのデータが貴重なら、いっそ盛大にばら撒いてあげるわ。誰もいない空間に向かってそう告げると、楯無は今度こそ踵を返してその場を後にするのだった。

 尚、途中で血相を変えた虚と出会いこってりと絞られたのはここだけの話。

 




この物語は、『零落白夜』の無い『白式』と『絢爛舞踏』の無い『紅椿』でお送りします。
まあ、その代わりに色々改修された機体ってことになってます。
ぶっちゃけオリジナル機体です。

魔改造って、言ってもいいのかな、これ……。

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