ISDOO   作:負け狐

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イグニッション・ハーツをプレイして思いました。

ラブコメ書ける人すげぇ、って。

ラブのないラブコメしか書けない自分には羨ましい才能ですよホント。


No30 「気安く呼ばないでくれるかな?」

 チャイムの音を合図に、授業終了の号令が掛かる。うし、終わった、と伸びをする一夏は、正直真面目に授業を受ける意味があるのかと頭の隅で考えた。今この空間は現実ではなく、いわば夢の様なものだ。やっている内容も復習であるし、これもある意味睡眠学習といえるのかもな、と思いながら、さてでは昼飯だと席を立つ。普段通りならば鈴音がここにやってきて、後はいつもの面々で学食なりなんなりに向かうのだが。さてどうなるかと辺りを見渡し、見知った金髪の少女がこちらにやってくるのを見てああやっぱりか、と一夏は安堵した。

 

「一夏さん」

「おう、行こうぜセシリア」

「――え?」

「あ、あれ?」

 

 呆気に取られた表情を目の前の少女が浮かべたことで、彼は若干の困惑を見せた。てっきり昼食の誘いだと思ったのでそういう返事をしたが、ひょっとしたら違ったのだろうか。そんなことを思いつつ、一夏は彼女の名前をもう一度呼ぶ。

 

「は、はい! 行きましょう、わたくしと二人で昼食に!」

「お、おう」

 

 満面の笑みを見せてそう述べるセシリアに気圧されつつ、まあいいかと一夏は頬を掻く。彼の知る普段と違うが、これもまた電脳空間による差異なのだろうと結論付け、じゃあ行こうかと彼は彼女の手を取った。その行動に一瞬動きが止まったセシリアは、しかしすぐに再起動を果たすと、一夏の腕にしがみつくように寄り添う。恋人が腕を組んで歩くようなその姿に、彼の思考が一瞬止まった。

 

「せ、セシリア!?」

「何ですの? 一夏さん」

 

 嬉しそうにこちらを見上げるセシリアを見ると、一夏はそれ以上何も言えなくなってしまい、結局その体勢のまま食堂へと向かうことになるのだった。

 道中で鈴音と遭遇、もう片方の腕も同じように組まれ、両手に花状態になった一夏は、三人で昼食へと相成る。朝である程度この世界の勝手を分かっている一夏は、なるべく彼女等の機嫌を損ねないように気を付けながら親子丼を口に入れた。

 そのまま何事も無く食事を終えた彼は、さてではどうするかとお茶を啜る。調査をするのは当然なのだが、ここで二人を蔑ろにして行動をしてしまうと犯人に何かを悟られる可能性もある。なるべく秘密裏に動かなくてはいけない、そんなことを思うと、思わず一夏の口から溜息が漏れた。

 そんな一夏に、どうしたのかと二人は問う。まあ大したことじゃないと返しながら、そうだ、と彼は彼女達に問い掛けた。

 

「何か最近、変わったことはないか?」

「変わったこと、ですか?」

「んー。変わったこと、ねぇ」

 

 何かを思案するような表情を浮かべた二人を見ながら、一夏はこっそりとクロエから貰った端末を起動させた。二人を枠の中に入れると、短い電子音の後に判断結果が表示される。

 鈴音もセシリアも、浮かぶ表示は『OK』であった。つまり、この二人は犯人ではない。

 

「特には思い付きませんわね。……どうかされました?」

「ん? ああ、いや、何でもないぞ、うん」

「そう? いかにも何かありましたって顔してるけど」

 

 本当に何でもないんだ、と一夏は続けると、ちょっと用事を思い出したと席を立つ。二人が制止するのも聞かずに、そのまま一目散に食堂から飛び出した。

 

「何とかなる、と朝は言ったが……うーむ」

 

 友人を模したプログラム。改めてその事実を突き付けられると、どうもぎこちない反応になってしまったのだ。これは一刻も早く犯人を捜さなくてはいけない、そう決意しつつ、とりあえず朝別れたクロエと連絡を取るために中庭へと向かう。

 その途中で、彼がこの学園で二番目に見知った顔で、現在最も会いたくない少女と出くわしてしまった。

 

「ほ、箒……」

「何だ一夏、人の顔を見るなりその態度は」

 

 口のへの字に曲げ機嫌の悪そうにする彼の幼馴染。普段見慣れているその顔が、何故か一夏にとってどうしようもないくらい恐ろしい物に見えた。

 これが本物ならば、彼は何の躊躇もせずに軽口を叩くだろう。犯人の変装ならば、安堵の溜息と共に攻撃を開始するだろう。何故ならそこにいるのは、中身のある人だからだ。

 だが、もしこれが、中身の無いプログラムで組まれた人形なら。

 

「どうした一夏? 顔色が悪いぞ」

「い、いや、何でもないぞ、うん」

「嘘を吐くな。これでもお前の幼馴染だぞ、それくらいのことは分かる」

「――っ!?」

 

 心配するような彼女の声、そして、幼馴染という単語。それに耐え切れなくなった一夏は端末に箒をかざすとすぐさまその場から駆け出した。背後から箒の声が聞こえたが、彼はそれに一切耳を貸さず、無我夢中で外へと飛び出した。

 人気の無い場所まできた一夏は、肩で息をしながら端末の画面を見た。篠ノ之箒のスキャン結果がそこに表示されており、そしてそれを見た彼はあからさまに肩を落とす。

 

「マジ勘弁してくれよ」

「何をだ?」

「うぉあ!?」

 

 横に飛び退った。そしてそこにあった木に盛大にぶつかると、豚のような嗚咽をあげて一夏はその場にうずくまる。どうやら相当クリティカルだったらしく、動けずブルブルと震えている。声を掛けた相手は無言でその背中を擦っていた。

 

「一体どうした?」

「お前が急に声を掛けるからだよ」

「ああ、そうか。それは悪かった」

 

 そう言うと銀髪に金の双眸の少女、クロエは苦笑する。人のいない場所にわざわざ移動していたからてっきり気付いているのだと思っていた。そう続けながら、彼女は背中を擦り続けた。

 ようやく落ち着いた一夏は立ち上がると、それでどうしたんだとクロエに尋ねる。その言葉に怪訝な表情を浮かべた彼女は、お前が聞きたい事があったんじゃないのかと尋ね返した。その言葉にまああることはあるけど、と頬を掻いた一夏は、少しだけ表情を真剣なものにしながら言葉を紡いだ。

 

「犯人のヒントとか無いだろうか?」

「あったらとっくに見付けている」

「だよなぁ……」

 

 はぁ、と彼は溜息を吐く。そんな彼の様子を不思議に思ったのか、クロエは何かあったのかと一夏に尋ねた。そんな問掛けに一夏はまあ大したことじゃないんだけど、と前置きすると、やっぱり友人がプログラムだったのは堪えたと苦笑した。

 そうか、と彼女は短く答える。ならば早急に犯人を見付けないといけないな。そう続けると、クロエは真っ直ぐに一夏を見た。

 

「何か違和感はないだろうか」

「違和感?」

「ああ。ここは言ってしまえばお前の妄想だ。そこにはお前の想像している部分しか存在し得ない。だから、お前の想像や記憶と食い違うものがあるならば」

「それが犯人の可能性が高い、か。よし、分かった。調べてみる」

 

 気合を入れる一夏を見ながら、クロエは頑張れ、と笑みを浮かべた。そして、こちらはこちらでもう少し調べることがある、と踵を返すと、そのまま学園の外へと足を進める。

 そんな彼女に、一夏はちょっと待ったと声を掛けた。

 

「女子がこう俺にベタベタしてくるのは充分違和感なんだが、これは」

「お前の願望か妄想だろう。開き直ってセクハラ三昧でもしてこい」

「しませんよ!?」

 

 

 

 

 教室へと戻る途中、彼は先程逃げ出した相手である箒に出くわした。一瞬だけ怯んだものの、クロエとの会話で少しだけ落ち着きを取り戻した彼は、おおよそ普段通りに接することが出来た。ふう、と安堵の溜息を吐きつつ、同時に最後に彼女が言った言葉が頭を過ぎる。

 

「箒」

「どうした?」

「頼みがあるんだ」

「な、何だ? そ、そんな急に改まって」

 

 真剣な表情で言葉を発する一夏に、箒は思わず顔を赤くし俯いてしまう。彼はそんな彼女の態度を見て、成程、これはいけるかもしれないと内心ガッツポーズを取った。

 さて、ではどんなセクハラをしてやろうか。表情だけは真剣なまま、かなり頭の沸いたことを考える織斑一夏高校一年。吹っ切れて楽しむことにしたらしい青年に、もう怖いものは何もなかった。

 

「よし、箒」

「あ、ああ」

「胸を、揉ませてくれ!」

「……は?」

「俺とお前の仲だ、もう遠慮はいらないだろう? さあ、その素敵な胸を、俺に、揉ませてくれ!」

「…………」

 

 

 

 

 

 

 昼休み最初の授業を右頬に大きな紅葉を付けて行うことになった一夏は、熱を持ったそこに手を当てながら教室の様子を観察する。どうやら流石に普段の行動を無視した行いは通らないらしい、ということを体を持って学んだ一夏は、そのことを踏まえ考察することにしたのだ。

 教室のクラスメイトにおかしな部分は見当たらないが、それは見た目だけで中身は違うかもしれない。実際まだ会話をしていない面々が数名いるので、ひょっとしたらそれが犯人かもしれない、とノートの端に名前を書きつつ、彼は視線を前に向ける。授業を行っている教師はどうだろう、と暫し授業そっちのけで観察していたが、怪しい部分が見付からなかったので再び視線をノートに戻した。傍から見ていると授業を聞いて板書している真面目な生徒である。

 もっと別の部分なのだろうか。そんなことを思いながら自分の思い付く自身の関係している場所を書き連ねている彼の耳に、ではこの問題を解いてもらいましょうという教師の声が聞こえた。自分が指名された時の為に顔を上げ問題を眺め、それが全く見覚えのない問題だと判断した一夏は分かりませんで通そうと心に決めた。そんな彼の耳に、ある生徒の名前が届く。

 じゃあ、シャルロットさん、お願いします、と。

 

「は!?」

 

 思わず声を上げてしまった一夏は、教師がどうしたという目を向けてきたのに気付いてすいません寝てましたと嘘をでっち上げ謝った。まったく、という教師の言葉を聞き流し、彼は視線を教卓から後ろに向ける。

 見覚えのない金髪の少女が、そこにいた。セミロングのさらりとした髪をなびかせながら、少しタレ目気味の大きな目を真っ直ぐ前に向け、小さめな口から問題の回答が発せられる。はい、ありがとうございます、という教師の言葉を聞き席に着いた少女を暫し眺めていた一夏は、何かに気付いたように端末を取り出した。

 少女を枠に入れ、スキャン。何故か今までより解析に時間が掛かっているのをもどかしく思いながら、もう完全に授業そっちのけで画面に集中する。短い電子音が鳴り、解析終了のメッセージと共にそれは表示された。

 『NG』、それはつまり、あの少女はプログラムではない、ということ。

 

「ビンゴ……!」

 

 机の下でガッツポーズを取りながら、しかし同時に何故もっと早く気付かなかったのかと一夏は首を傾げた。あからさまに自分の知らないクラスメイトが存在していたのならば、誰がどう見たって一発で分かる。なのに、実際彼は今の今まで気付かなかった。

 記憶を辿る。確かに急な話で焦っていた部分はあるが、流石に朝から今までの出来事を思い出すことは出来る。その中に、彼女はいたのかどうか。

 

「――いや、いない。朝はあんな女生徒いなかった」

 

 となると、昼休みから今までの間で急に現れたことになる。犯人だったとしたらあまりにも杜撰な潜入であり、鼻で笑うレベル。一夏がそんな評価を下すほどなのだから、当然犯人がそんなことを分かっていないはずもなく。

 とりあえず、授業が終わったら直接聞くしか無いか。そんな結論を出した一夏は、ひとまず彼女のことは頭から外し、授業を受けるために黒板へと目を向けた。が、やっている内容がどうにも頭に入らず、結局先程の思考へと戻ってしまう。いや違う、これは授業が悪いんだ、だって俺の知らない場所だから。そんな言い訳を心の中でして、彼は授業を聞き流した。

 授業が終わるまで後少し。今か今かとその時を待ち続けていた一夏は、授業終了のチャイムが鳴ると同時に立ち上がる。首を後ろに向けると、先程の女生徒が教室を出て行くのが視界に映った。ちょっと待った、とその少女を追い掛けるように彼も教室を飛び出していく。

 そんな一夏を、教師は騒がしいなと肩を竦めた。

 

「ちょっと、いいか?」

「え?」

 

 少女に声を掛ける。振り向いた彼女は、一夏が肩で息をしながら自分を呼んでいることを知り首を傾げた。一体何かあったのだろうか、そんなことを思いながらどうしたの、と声を掛けると、少し話がしたいんだと彼は述べる。別に構わないと二つ返事で了承した少女は、近くのカフェテリアへと足を進めた。

 

「それで、私に何の話?」

「あ、ああ。実はだな」

 

 一夏は言い淀む。お前が犯人か、と聞くのはあまりにも短絡的かつ危険な行為だ。犯人が何者かは知らないが、こんなことをする以上こちらを害するのに躊躇はしまい。そうなると、今ここでクロエと合流していない状態での追求は命取りになる。そこまで考え、彼は自身の思い立ったら即行動の精神を恨んだ。

 

「一夏? どうしたの?」

「あ、いや、悪い。……ん? 一夏?」

 

 彼は彼女の呼称に首を傾げた。彼を名前で呼ぶということは、ある程度の親しさがあるということだ。だが、一夏自身には彼女についての情報が一切ない。よしんば目の前の彼女が犯人だったとして、そんな態度を取る理由が分からない。答えの出ない状態のまま、彼は少し聞きたいことがあると少女に告げた。

 

「何? そんなに改まって」

「いや、そのだな……俺と、えっとシャルロットさん、はそんなに親しい仲だったっけ?」

「え? どうしたの一夏、いきなり。それにシャルロットさんだなんて、普段は僕を呼び捨てに――」

 

 少女が固まった。何かに気付いたように目を見開くと、慌てて立ち上がる。いきなりの行動に面食らっている一夏を尻目に、素早く視線を左右へと動かした。短く舌打ちすると、そのままカフェテリアの出口へと走る。

 待て、と一夏は慌てて後を追った。何がきっかけだったのかは分からないが、明らかに彼女は何かを知って動揺した。恐らくはこの電脳空間のからくりに関係することだ。そう判断した彼は見失うものかと全力で足を動かす。腐っても『しののの』見習いエージェント、生身でもある程度動けなければ千冬の同僚などやれはしない。

 屋上まで駆け上がった少女は、一体どういうことだと左手の腕輪に向かって叫んだ。ここはIS学園を模したテスト用の空間のはずだろう。そう続けた彼女の耳に、彼女の同僚の下卑た笑い声が飛んでくる。

 

『あーそうだぜデゼール。そこはIS学園を模した電脳空間だ。それは間違いない』

「……どういうこと?」

『おいおい何でそんな怖い声出しちまうんだ? お前のその姿で学園に通うっていうシミュレーションを叶えるために色々やってやったのによぉ』

 

 そんな要望を自分から出した覚えはなかったけどね、と低い声色で少女は、デゼールは続ける。そんなことよりあの一夏だ、そう続けると、回線の向こう側は先程より更に大きな笑い声を上げた。

 何だお前、あいつに会っちまったのかよ。そう言うと、堪え切れないと言った風に笑い声だけが回線から届く。

 

「同じクラスなんだ、会わないはずがない。それは送り込んだそっちが一番良く分かっているだろう? オータム」

『まぁな。しっかし何だ、お前あいつに惚れてたり?』

「馬鹿を言わないでくれよ。向こうは『しののの』、私は『亡国機業』、そんな感情が入る余地はないでしょ?」

 

 そらそうだ、とオータムは笑う。先程からひたすら笑ってばかりの彼女の声を聞いたデゼールは、不愉快さを隠そうともせずに回線の向こうへと声を掛けた。そんなことより、質問に答えろ、と。

 はいはい、と笑いを抑えたオータムは、まあ簡単な事さと述べた。

 

『そこの織斑一夏は本物、ってことよ。プログラムじゃない、電脳空間に引きずり込んだな』

「……な、ん?」

『ワールド・パージであいつを閉じ込めたらちょうどいい感じの空間が出来たからよ、お前のシミュレーションのフィールドに使ったのさ。どうだ、経済的だろう?』

 

 デゼールは絶句した。そして、同時に理解した。そうか、これはつまり、自分も同時に始末しようとしているのだ、と。

 元々気に食わない相手だったが、こうもあからさまに自分を引っ掛けに来るとは思わなかった。そんなことを考えつつ、彼女はオータムに向かって声を発する。よく分かった、覚えてろこの糞女、と。

 

『はっ! 威勢がいいのは結構だが、間違えるなよ。今のお前が倒すべき相手は私じゃねぇだろ』

「電脳空間に閉じ込めた織斑一夏の始末。でしょう?」

『分かってんなら話は早い』

 

 さっさとやってしまえよ。そう言うと向こうからの通信は切れた。沈黙してしまったそれを暫し眺めると、ふぅ、と彼女は溜息を吐く。

 そして、振り向くことなく、どこから聞いていたのと問い掛けた。

 

「お前が、俺に惚れてるって部分、かな」

「上手く聞き取れなかったのなら、ちゃんと聞き取れた部分から聞いていたって答えた方がいいよ」

 

 ふぅ、と溜息を吐いてデゼールは振り返った。そこには少しだけバツの悪そうな顔で頭を掻いている一夏が見える。どうやら向こうは向こうでこちらの事情を察したようで、どことなく戦い辛そうに佇んでいた。

 甘いな、と彼女は思う。こんな囚われの空間で、しかもその犯人の一味と出会っているのにも拘わらずその態度。これでは確かに『亡国機業』が御しやすい相手に選んでしまうのも無理は無い、そんなことを思いながら、彼女は一歩踏み出した。

 

「な、なあ、ちょっと待ってくれよ、シャルロット」

「……気安く呼ばないでくれるかな? 私は君のクラスメイトなんかじゃない。私はデゼール、『亡国機業』の『砂漠(デゼール)』だ!」

 

 言葉と同時に彼女はISを纏う。いつぞやのアリーナでの戦闘で使用した橙色の機体、その右手にアサルトライフルを構え、銃口を一夏へと向けた。まだ引き金は引かない、彼が機体を展開するまで待っているのだ。それはつまり、ある程度正当な勝負をしようと持ちかけていることと同義でもあった。

 それが分かってしまった一夏は、思わず笑みが溢れる。そういえば、最初の時も勝負をしてくれって言ってたっけな。そんなことを思い出しながら、一夏は自身のISに手をかざし、先程連絡を取っていた相手を呼び出した。

 

「――悪い、クロエ、手は出さないでくれよ」

 

 通信越しにそう呟くと、一夏も『白式』を展開させた。『雷轟』のビームガンを構え、同じように銃口を相手に向ける。

 

『好きにしろ、馬鹿者』

「サンキュー!」

 

 呆れたようなクロエの声を聞きながら、一夏はスラスターを吹かしてデゼールへと突っ込んだ。

 

 

 

 

 学園の空中で二つの影が激突する。片方は白、片方は橙。共に射撃を行いながら、円を描くように回り続けた。どちらの射撃もお互いを掠め、直撃には至っていない。

 

「どうしたどうした! その程度じゃ当たんないぜ!」

「そりゃ、ね。一夏のただの勘を掻い潜るのは容易じゃない」

「褒めても何も出ないぜ。って、ん?」

 

 思わず動きが止まった。目の前の相手は、一夏が射撃に当たらない理由を『ただの勘』だと断言したのだ。そのことを知っているのはクラスメイトとそれ以外ではある程度の親しい友人か身内くらい。『亡国機業』が独自に調べあげたという可能性もあったが、それにしてはまるで近くで見ていたような実感が篭っていた。

 そんな疑問で彼が動きを止めたのを好機と見たデゼールは、そこだ、とアサルトライフルを連射する。慌てて我に返った一夏は、危ない、と左手のシールドでそれを防いだ。

 

「なあ、お前って俺のこと知ってるのか?」

 

 それは、まだ彼女がデゼールだと知らなかった時にも感じた疑問。あの時聞きそびれた質問。それを、再び彼は口にした。

 そんな問掛けに、彼女は愚問だね、と一蹴する。あの時一度戦っているじゃないか、と答えると、お喋りはここまでだと弾の尽きた銃を捨て新たな一丁を取り出した。再び引き金を引き、弾幕が形成される。それをジグザグに機動し回避しながら、まあまともに答えてくれるわけないかと一夏はぼやいた。ある程度予想の範囲内、だから、驚くに値しない。

 

「とりあえず勝たないと話にならん、か」

 

 コンソールに表示される情報を見ながら一夏は呟く。現在の『白式』には四つの形態に換装出来る能力が備わっているが、彼は勝負を手早く決めようとその中の四番目を選択した。ついこの間身に付けた、バージョンアップによる新たな力。

 

「行くぜ、『白式・金烏』!」

 

 万能対応の装備全部乗せ。その力で一気に攻めようとした一夏は、気合を入れて叫んだ後にコンソールにエラーと表紙されているのを見て間抜けな声を上げた。どうやら条件が必要らしく、今の段階ではそれを満たしていないので不可能とのことがログに流れる。何だそりゃ、と叫ぶのと、彼に向かって射撃が飛んでくるのが同時であった。

 

「うぉあっと!?」

「戦闘中によくそれだけ集中を途切れさせられるね。それとも……馬鹿にしているのかな?」

 

 いつの間にか左手にマウントしている巨大なライフルがガシャリと音を立てて展開される。見るからに貫通力と威力に自身の有りそうなそれは、どこか見覚えのある武装を思い出させて。

 閃光が奔った。慌てて回避した一夏だが、空気が焼ける感触がハイパーセンサー越しに伝わり、思わず冷や汗を垂らしてしまう。これは食らったらただでは済まない。そんなことを思いながら、威力には威力だと『雷轟』を『真雪』へと換装させた。

 

「生憎、そういう装甲を突き破るための砲撃さ」

「知ってるよ。だから」

 

 迎え撃つ。デゼールの第二射に合わせ、一夏はビームランチャーをぶっ放した。ビームとビームが互いにかち合い、盛大な炸裂音と強烈な光を放ちながら消滅する。思わずその光に目を瞑ってしまったデゼールに向かい、貰った、と一夏は『真雪』を『雷轟』に換装し直してスラスターを吹かした。

 

「甘い!」

「うぉ!?」

 

 懐で振り切ったビームブレードと彼女が素早く取り出した近接ブレードがかち合い火花を上げる。左手のライフルを素早く折り畳むと、デゼールはすぐさま射撃武装を取り出し引き金を引いた。ちぃ、と舌打ちをしながら盾でデゼールを殴り銃口を逸らさせると、返す刀で左手の銃を切り裂くためにブレードを薙ぐ。

 が、瞬時に銃を収納、ナイフを取り出したデゼールにより、またもや攻撃を防がれる。流石にこれ以上は、と距離を取った一夏に向かい、いつのまにか右手のブレードをアサルトライフルに持ち替えたデゼールがそれを掃射した。

 『瞬時加速』で射線上から離脱した一夏は、溜まっていた空気を絞り出すように大きく溜息を吐く。まずい、と相手に聞こえないように呟いた。

 

「あれって、『高速切替(ラピッド・スイッチ)』だよな。シャルルの得意技の。向こうはあんなもん使えるのかよ」

 

 操縦技術はそこらの代表候補生を凌ぐのではないか。そんなことが頭を過ぎり、弱気になるなと頬を張った。思い出せ織斑一夏、と自身を鼓舞するために叫んだ。

 素早い射撃ならもっと上がいる。強烈な近接ならば頂点を知っている。戦術の組み立てならあれ以上の緻密さを味わっている。一撃の強烈さなら幼馴染の方が怖い。

 そこまで考え、思わず笑みが漏れた。俺は幸せだ、と左手にビームガンを取り出し右手にビームブレードを構えた。

 

「あんだけ強烈な連中と戦ってんだ。今更怖気付くかよ!」

「……だろうね」

 

 一夏の叫びにデゼールはそう呟く。分かっている、と、一夏の思い浮かべている相手のことは知っている、と。そんな思いを込めて彼女は呟いた。

 一夏の連射を躱し、ビームブレードの斬撃を受け止める。やっぱり読まれてるか、という彼の独り言に、まあね、と彼女は返した。ついこの間までパートナーとして練習していたんだから、当然さ。口には出さずにそう続けると、取り出したスタングレネードを放り投げた。当然、自身は回避するために一夏を蹴り付け距離を取る。

 

「――え?」

「何でだろうな。お前ならそうするって、そんな気がした」

 

 それを両手でしっかりと掴んだ一夏は、逃さないぜ、と不敵な笑みを浮かべた。驚愕で目を見開いているデゼールの目の前で、グレネードは爆発し。

 閃光と爆音が、電脳空間のIS学園上空に響いた。

 




三巻に入る前のシャルロットフラグ立て編、次回に続きます。

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