ISDOO   作:負け狐

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思い立って続きを書くことにしました
原作ガン無視な話で進むこれをまだ見てくださるのならば、生暖かい目でお楽しみください

ちなみに、前回までと大分芸風が変わっているかもしれません


No36 「決まっているではないですか」

 夜空を見上げる。しかし、その瞳が見詰めているのはそこに浮かぶ星々でも月でもない。そこにはその煌めきを映してはいない。

 

「どうした? デュノア」

「……ん、いや、なんでもないよ」

 

 そんな彼の様子を不思議に思ったのか、ラウラはそう声を掛けた。が、当然のごとくの返答を受け、それならいいと引き下がる。勿論内心は納得などしていない。

 そんなことはシャルルも分かっている。それでも踏み込んでこないのならばわざわざ指摘することはない。ふう、と小さく息を吐くと、もう一度ここではない遠くを見やった。

 

「奴らのことが心配か?」

 

 再度の問い掛け。別にそんなことはない、とそちらを見ることなく返答をしたシャルルは、しかしここでふと違和感を覚えた。視界外ではあるが、そこに立っていたのは間違いなくラウラ・ボーデヴィッヒであったはずだ。だというのに、どうして人違いだと思ってしまったのか。

 

「その割には、何か上の空のように見えるがな」

「気のせいだよ」

 

 そうだ、気の所為だ。ラウラではないと思ってしまったことも気の所為であるし、自分が一夏達の心配をしているというのも気の所為だ。

 何せ自分は、今の状況を作り上げた張本人なのだから。もし心配するとしたら、作戦が失敗してしまうかもしれないということくらいだ。

 

「……気のせいだよ」

 

 もう一度呟いた。あの連中は大嫌いだ。だから、作戦が失敗することを望んでいても不思議ではない。作戦が失敗するということはこちらが負けるということであり、それは取りも直さず一夏達が勝つということ。

 

「うん、気のせいだ」

 

 もし心配するとしたら、作戦が失敗してしまうことだ。作戦が失敗してくれないか、と心配することだ。

 じゃり、と地面を踏みしめる音がした。意識を元に戻すと、シャルルは隣に立った人物を見る。ラウラの顔を見る。

 

「そんなに心配ならば――」

 

 眼帯を取り外しているラウラを見る。違和感の正体はこれか、と自分の残っていた冷静な部分が頷くのを感じながら、彼女の顔を見る。

 

「様子を、見に行ったらどうだ?」

 

 薄く笑いながらシャルルにそう述べる『ラウラ』の双眸は、金色。頭上に浮かぶ月の如く輝くそれを見た彼は、しかしその動揺を表に出すことなく肩を竦め視線を逸らした。冗談きついよ、とおどけるような返答をした。

 

「僕の機体は現在修理中。まあ、篠ノ之博士のことだからもう終わっているだろうけど……許可は出してもらえないよ」

「確かに、そうかもしれんな」

 

 そう言ってシャルルの隣の彼女は笑う。それがどうしたのだとばかりに笑う。質問の答えになっていないではないか、と言外で述べているかのようなその笑みは、まるで彼の真実を見透かしているみたいで。

 何が言いたいの。ほんの少しだけ棘のある声色で、思わずシャルルは問い掛けていた。

 

「私に、その答えを求めるのか?」

「……言っている意味が分からないよ」

 

 はぁ、と溜息を吐いたシャルルは、彼女と目を合わせずに別の問い掛けを行う。意趣返しのようなそれは、そこまで言うのならばどうしてそちらは行かないのか、というもので。

 それを聞いた『ラウラ』が笑い声を上げるのを聞き、シャルルの表情がまたほんの少しだけ曇った。

 

「ああ、悪い。別に馬鹿にしているわけじゃないんだ。そうだな、私が行かないのは不自然だな」

「僕なら行くのが自然だ、みたいな物言いに聞こえるけど」

「いや、『私』も本来ならば行くのが自然だ。お前に限ったことじゃない」

 

 事情をよく知らない第三者がいたならばいまいち要領を得ない会話。しかしそのことを指摘する者はここにおらず、理解をしていない者もいない。だから、会話はそのまま続いていく。『ラウラ』が行かない理由を面白そうに語っていく。

 

「簡単な話だ。『私』はこの間もうやったのさ。だから今回は一回休み」

 

 シャルルは『ラウラ』に顔を向けない。そうなんだ、と返事をするだけで、何を言っているのか問い掛けることすらしない。

 その代わりに、だから今回は自分の番なのか、と彼女に尋ねた。

 

「そう思うのならば、そうだろう」

「……何だよ、それ」

「私が決めてもしょうがない。そういうのは自分自身で決めることだろう?」

 

 先程飛び出した二人のように。そう言って『ラウラ』はまた笑った。

 ああいうのは考えなしって言うんじゃないかな。そう言ってシャルルも笑った。

 ただ、その顔は笑っておらず。何かを決め兼ねているように、あるいは決めた答えに抗うように無表情であった。

 

 

 

 

 

 

 コンソールにエラーログはない。が、装着者である鈴音の意志とは無関係に『甲龍』は動いている。相手はそっちじゃない、と彼女がいくら叫ぼうが、その四肢は武器を握りしめ目の前の相手に斬りかかるのだ。

 背後ではクスクスとバイザーとヘルムで口元だけが見えている女性が笑っている。この事態を引き起こした張本人のその笑みに、鈴音は更に苛立ちを募らせた。

 そして同時に、勢い込んで首を突っ込んだくせにこのザマか、ということも頭を過ぎった。

 

「ごめん一夏、あたし、役立たずで……」

 

 体は相も変わらず謝罪を述べた相手に攻撃を続けている。が、その相手である一夏はビームブレードで『双天牙月』を弾きながら気にするなと笑った。全然平気だとのたまった。

 

「大体、お前がいなけりゃまずハイパーセンサーが復旧しなかったからな。そっちの方が詰んでたっての」

「ええ、その通りですわ」

 

 同じく相手の攻撃を避けながらセシリアが続ける。自分達がここに来たのは決して間違いなんかではない。そう言って彼女は鈴音へと笑いかけた。

 

「そうだぞ鈴。お前が気に病むことなど何も無い」

「お前はちったぁ悪びれろ!」

 

 柔らかな笑みを見せる箒に向かって一夏が叫ぶ。彼女の『紅椿』は現在コントロールを奪われ一夏とセシリアに襲い掛かっている真っ最中であった。振るわれた刀から放たれる斬撃を躱しつつ、彼はおいこら箒、と指を突き付ける。

 

「お前まさかわざとやってんじゃないだろうな」

「馬鹿を言うな。私が何故このような場面で巫山戯なければいかんのだ」

「いやそりゃそうだが。でも見る限りふざけてるようにしか見えないんだよなぁ……」

「隙ありぃ!」

「お前マジふざけんな!」

「勝手に動く四肢に言葉を合わせただけだ」

「それをふざけてるっつーんだよ!」

 

 ブンブンと振るわれる二刀を躱しながら一夏は叫ぶ。叫びながら自身のビームブレードで刀を受け流し体勢を崩すと、裂帛の気合を込めた文句と共に回し蹴りを放った。箒の鳩尾に叩き込まれたそれは彼女の体をくの字に曲げ、そのまま背後にいた女性――『ラブ・レイター』のパイロットまで飛んで行く。ピクリと見えない部分で眉を跳ね上げさせた彼女は、スラスターを吹かすと弾丸となった少女の飛来を横に避けた。

 

「鈴さん」

「……うん、あたしもう少し図太くなるわ」

 

 ダメージはあまり無かったらしい箒が抗議の声を上げているのを横目で見ながら、鈴音は開き直るように溜息を吐いた。そういうわけだから、遠慮なくぶっ倒していいわよ。そう言いながら好き勝手に動く『甲龍』に自身を合わせるように彼女も叫ぶ。

 ではお言葉に甘えて、とセシリアはそんな彼女に優しく微笑みかけた。

 

「んなっ!?」

「何を驚いているのですか? 恐らく学院で一番わたくしが貴女と拳を交えています。――そんな他人に動かされているような拙い攻撃が、通用するものですか!」

 

 『双天牙月』を自身の近接武装『インターセプター』で受け止めたセシリアは、そのまま独楽のように体を回転。巻き込む形で『甲龍』の体勢を崩すと同時、勢いを乗せた長剣の一撃をその土手っ腹に叩き込んだ。うげ、と凡そ乙女らしからぬ叫び声を上げながら、鈴音も先程の箒と同じように『ラブ・レイター』に向かって飛んでいく。

 今度こそ見えている口元を歪ませると、短く舌打ちしながら先程よりも大きくそれを躱した。そうしながら、やってくれるわね、と静かに悪態をつく。

 

「普通はもう少し動揺するものじゃないかしら?」

「もちろんしましたわ。ただ、そのまま倒されるほど愚鈍ではない、というだけです」

 

 成程、と女性は頷く。やれやれと肩を竦めると、何かを操るように左右の指を動かした。それに合わせるように吹き飛ばされていった『紅椿』と『甲龍』が彼女の左右に並び立つ。『ラブ・レイター』の非固定ユニットだと思わしき十字型の物体が二人の頭上に浮かんでおり、さながらマリオネットの糸繰りを思わせる状態になっていた。

 

「一夏さん」

「ん?」

 

 仕切り直し、とばかりにセシリアも一夏へと近付き言葉を紡ぐ。向こうの操り人形状態である二人の対処をどうするのか、と問い掛ける。

 それに対し、彼はどうするも何もと頭を掻いた。

 

「まとめてぶっ倒すしかないんじゃないか?」

「一番単純で、一番面倒な方法ですわね」

「じゃあセシリアならどうする? あの二人の上に浮かんでる装置をぶっ壊して解放されるか試してみるとかか?」

「よくお分かりで」

 

 まあそれしかないよな、と一夏も溜息を吐いた。二人を倒し、その後に『ラブ・レイター』を撃破する。言うだけならば簡単だが実行出来るかどうかはまた別の話。そんなことをするくらいならば不確実ではあるが別の可能性を試した方がいい。セシリアとも重なったその意見を採用することにした一夏は、じゃあそれで行くぜと武器を構え直した。

 そんな彼の動きが終わる頃には、既にセシリアは射撃を放っていた。『クイックドロウ』による瞬間射撃の狙いは二人を操っていると思われる『ラブ・レイター』の非固定ユニット。そして彼女が狙いを外すはずもなく。

 

「……!?」

「あら、残念」

 

 そのはずの射撃はまるで見当違いの方向へと飛び霧散した。どういうことだと目を見開くセシリアを、『ラブ・レイター』のパイロットは楽しそうに眺めている。

 

「どうしたのかしら? 遊んでいないで、早く破壊したらどう?」

「言われなくとも!」

 

 ぎり、と歯噛みしたセシリアは通常の速射に切り替えたが、そのどれもが目標に着弾することなく逸れていく。そのことで彼女の表情はどんどんと険しいものになっていき、反対に相手は笑みを強めていく。

 どうしたんだ、と一夏が問うた。そのことで射撃を止めたセシリアは、短く息を吐くと少しだけ頭を冷やす。隣の少年の名前を呼ぶと、先程までの自分の動きについての感想を求めた。

 

「へ?」

「それがそのまま一夏さんへの答えに繋がります」

「んー。つってもなぁ、別に何も変わったことなかったぞ」

 

 何もおかしい部分はなかった。そう彼が答えたことで、セシリアの中で予想が確信に変わっていく。つまりはそういうことなのだ、と納得していく。

 センサーを改めて起動させた。周囲の状況が分からないということはない。だが、ディスプレイに表示される情報が正しいともいえなかった。

 

「……自力での修正は、不可能、ですね」

「それはそうよ。常に侵食しているのだもの、完全にパターンを読み切るのは無理」

 

 クスクスと『ラブ・レイター』は笑う。言質を取ったことでほんの少しだけ表情を緩めたセシリアであったが、しかし状況は改善されないことを思い出し唇を尖らせた。打破の方法を出来ることならばすくさま見つけ出さなければいけないのに、と。

 そんな彼女に向かい、三人から声が掛かる。操り人形状態で動けず手持ち無沙汰な箒と鈴音、そして状況についていけてないので動けない一夏だ。何がどうなっているのか、と彼女に説明を求めた。

 

「相手の能力はウィルス。コンピューターウィルスと同等だと考えていましたが、どうやら少し違ったようですわ」

「あら、もうそこまで辿り着いたの?」

「ええ。貴女が口を滑らせたおかげで」

 

 ピクリと『ラブ・レイター』のヘルムで覆われた眉が動いたが、セシリアは気付かず、また気付いたとしても気にしない。ぐるりと周囲を目視で確認し、まあ見えるはずが無いのでしょうがと肩を竦めた。

 

「ウィルスの名の通り、ISのセンサーや起動系統、武装などを狂わせるものも散布しているようですわね」

「……ご名答。ま、知っていたからどうするの、って話だけれど」

 

 セシリアが言った系統のものの他にも、対象に触れることで微量であるがコンピューターウィルスを打ち込むナノマシンも混じっている。それらの相乗効果で、数が少なければ非固定ユニットを使い敵機を制御下に置き、多ければその後同士討ちをさせるのが相手と遭遇した場合の『ラブ・レイター』の戦闘パターンであった。

 現状そのパターンに相手が陥っている以上、こちらの有利は覆らない。そんなことを思い、彼女は口元に笑みを作る。だからどうした、とセシリアを嘲笑う。

 

「だったら直接攻撃でどうだ!」

 

 スラスターを吹かした『白式・雷轟』が箒の頭上にある非固定ユニットを破壊するべく疾駆する。が、目標に向かって飛んでいたはずのその機体はまるで見当違いへと進んでいってしまっていた。

 

「どういうことだよ!? セシリアの隣に移動するとかその辺は問題なく出来ただろ!?」

「その辺りの巧妙さがまさにウィルスということでしょうね」

 

 相手に気付かれないようにじっくりと蝕んでいき、分かった時にはもう手遅れ。恐らくそういう類の武装なのであろう。よくは知らないが、きっと操縦者も同じぐらいねちねちと嫌な性格をしているのだろうな。そんなことをセシリアは思う。

 

「それで、どうするの? 打つ手が無いと分かったそっちはまだ足掻く?」

「はっ、嘗めんなよ! 打つ手なんざまだまだ」

「そういう根拠のない反論は向こうを調子付かせるだけですわ」

 

 一夏の空元気をばっさりと切り捨てたセシリアは、しかしさてどうするかと思案する。ちらりと箒と鈴音に視線を向けるが、二人揃って首を横に振った。期待するな、ということであろう。

 

「私に思い付くのはもう『玉兎』で洞窟ごと吹き飛ばすくらいだ」

「そうよね。あたしも出てくるアイデアそれくらいよ」

 

 こちらで行うとしたら『白式』を『真雪』に換装しビームランチャーを連射、BT兵器もおまけでつかうくらいだろうか。どちらにせよ成功するか分からない上に被害が甚大であるので却下である。

 

「いっそ適当に撃つか」

 

 よし、とビームガンを構えた一夏は宣言通り狙いをつけずに連射する。当然のごとく目標には当たらず、別段相手が回避行動を取ることもなかった。かすりもしないその状況では、命中するのは宝くじで一等を取る程度の運が必要であろう。

 そこはせめて勘を頼れ。そんな箒の呆れたような言葉を受けた一夏がガクリと肩を落とすのを横目で見ていたセシリアは、今の光景を眺めながら思考を巡らせていた。少なくともセンサー類が役に立たないのは間違いない。だが、目視も同様であるのかと言えば否。彼の射撃を見る限り、少なくとも視界は異常をきたしてはいない。あくまで機体が狂っているのだ。

 

「何か考えているようだけれど、無駄よ。機体も、武装も、周囲の空気も。その全てがそっちに不利なように動くのだもの」

 

 そう言って何がおかしいのか肩を震わせる『ラブ・レイター』のパイロットを見ながら、見てはいても認識から外しながら。彼女は考える。この状況をどうにか出来る方法を。自分自身がどうなるかよりも、最終的に勝利を収める方法を。

 だが、出来るか。そう彼女は自身に問いかける。あの時から考えていたことは、今ここで可能になるのかと自問自答する。一夏に負け、更なる力を得ようと、不屈を貫こうと考えたあの時。クロエに敗北し鈴音に情けない姿を見せてしまったと嘆いたあの瞬間。簪と引き分け、己の未熟さを実感したあの日。

 全力で集中したのにも拘らず、成功せずに放てたのは全力を超えた『クイックドロウ』でしかなかった今日。

 それらを思い返し、だからどうしたとセシリアは笑った。ならば今ここで成功すればいいだけだと答えを出した。

 ふう、と溜息を吐く。箒を見、鈴音を見、そして一夏を見た。三人を見渡すと、彼女は安心したように柔らかく微笑む。

 

「箒さん、鈴さん、一夏さん」

「何だ?」

「どうしたのよ」

「お、おう」

「――今からわたくしの全力全開をお見せします」

 

 

 

 

 

 

 その言葉を聞いていた『ラブ・レイター』は吹き出した。何を言い出すかと思えば、と笑いが堪えきれないといった様子でセシリアを見やる。

 

「まさか今まで全力でなかったとか言い出すつもり? 子供特有の万能感はもう少し前に卒業してしかるべきよ」

「何とでもお言いなさい。わたくしに見下されるその瞬間まで」

 

 言いながら『ブルー・ティアーズ』のセンサー類を軒並みカットした。コンソールに表示されていたものが次々と消滅していき、彼女の視界にはデータも何も無いまっさらな視界が映るのみとなる。

 武装も収納した。これから行うのは手にしている銃を構え撃つという悠長なものでは到底なし得ないからだ。彼女の彼女たる所以、自身の誇りである早撃ちの延長線上だからだ。

 尚も笑い続ける『ラブ・レイター』とは対照的に、残りの三人はセシリアの空気を感じ取り言葉を止めていた。何をするかは分からない。だが、それは間違いなく彼女が宣言した通り全力で全開だ。

 恐らく、成功失敗に拘らず力尽きるであろうほどの。

 

「――ふぅ」

 

 大きく息を吸い、吐いた。視界には何が映っているのか、それを自身にもう一度問い掛ける。狙いはそれだと言い聞かせる。

 

「そんな風に睨んでも無駄よ。貴女の攻撃は私には――」

 

 言葉が途中で止まる。視界が一瞬黒く染まり、そして自身がぐらりと傾いているのを認識した『ラブ・レイター』は、一体何が起こったのかと視線を巡らせた。

 頭上にはいつの間にか『スターライトmkⅢ』を手にしたセシリアがいる。つまり『ブルー・ティアーズ』の射撃を食らい墜ちかけたのだ。そう判断すると同時に機体の状況を確認した。

 背後に三発。狙いすましたかのように叩き込まれたそれはスラスターやウィルス散布にダメージを与えていた。今ばら撒かれている分は消えないが、これ以上増やすことも出来そうにないということを理解した彼女はその表情を歪ませた。一体どういうことだと相手を見上げ、睨んだ。

 それがセシリアの宣言した通りだということに気付き、更に歯噛みする。

 

「……わたくしが、貴女を撃った。それ以上の説明は、必要ないでしょう?」

「戯言を!」

 

 汗だくで、顔色も優れず、肩で息をしながら。それでも毅然とした表情でそう述べたセシリアを、『ラブ・レイター』は睨みつける。

 ふう、とセシリアは息を吐いた。仕方ありませんわね、と薄く笑った。

 

「偏向射撃(フレキシブル)」

「……は?」

 

 放ったビームを曲げる射撃の高等技術だが、それがどうした。そんなことを思った『ラブ・レイター』は、しかし次の瞬間に答えに至り顔色を変えた。そんなまさか、とヘルムの下で目を見開きセシリアを見た。

 

「『クイックドロウ』で『偏向射撃』を行ったっていうの!? こんな、碌にセンサーも使えない状況で!?」

「碌に、ではありませんわ。役に立たないので、使いませんでした」

「――イカれてる……っ!」

 

 こちらで手にしている情報によれば、セシリア・オルコットの『クイックドロウ』は反射にまで高められた早撃ち。対する偏向射撃はセンサーの補助を持ってしても高等技術と呼ばれる演算の賜物。

 その二つを同時に行うということは、反射と同じ速度で思考・演算をこなしたということだ。それも何の補助も無しで。

 

「普通の人間には不可能でしょ!? 脳が焼き切れるわよ!? いや、体全体が壊れてもおかしくない! 何なのよ! どうしてそこまでするのよ!」

 

 分からない、理解出来ない。そんなことを喚きながら『ラブ・レイター』は後ずさる。何だこいつは、一体どんな思考回路をしていればそんなことを実行出来るのだ。こんなろくでもない場所で、表には決して出ないような場所で。どうしてあんな肩書を持った人間が。

 

「決まっているでしょう」

 

 ぐらり、とセシリアの体が傾く。どこか満足そうに笑いながら、最早精根尽き果てたとばかりに体を一切動かすことなく。

 

「そう――友人の為に、決まっているではないですか」

 

 笑いながら、ドシャリと彼女は地面に落下しバウンドした。そのままピクリとも動かず、どうやら意識も飛んでしまったらしい。

 その光景を皆がただただ見詰めていた。動けない箒も鈴音も、動ける一夏も、敵である『ラブ・レイター』も。

 ぐ、と何かを握りしめる音が響いた。我に返った『ラブ・レイター』がその方向を見やった時には、既にその相手が行動に移っているところであった。太陽のような輝きを持った粒子を撒きながら、先程よりも強靭な翼を持った白い機体が。

 

「さんきゅ、セシリア」

 

 手にした太刀を振り被る。ウィルスの影響など知らんとばかりのその動きに『ラブ・レイター』は反応が遅れ、追撃の一撃をまともに食らってしまった。吹き飛び洞窟の壁にぶつかると、肺に溜まっていた息が一気に押し出される。

 

「後は、任せろ!」

 

 太刀とは逆、左手に持ったビームランチャーの標準が相手に合わせられ、そして放たれた。チカチカする視界の中、それでも必死で糸を手繰り寄せた『ラブ・レイター』は箒と鈴音を使い、その場から離脱する。

 ゼーゼーと肩で息をしながら、彼女は眼前に佇む機体を見る。先程とは大きく様変わりした、織斑一夏の『白式』を見る。

 

「それ、は――」

「今の俺の全力全開。『白式・金烏』!」

 

 ケリを着けてやるぜ。そんなことを宣言しながら、一夏は一気にスラスターを吹かした。操り人形になった二人程度では防げないその一撃は、間違いなく相手に届いた。

 その糸を、人形繰り器ごと断ち切った。




以前までのプロットとその間に出た新刊のネタをどうすり合わせるか悩みどころ

キャラが全然違う時点で悩むだけ無駄かもしれない

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