ISDOO   作:負け狐

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箸休め的なお話です。

が、やっぱり捏造世界観とトンデモ理論バリバリでお送りします。

ついでにちょろっと彼女も登場。


No05 「良くやったな」

「さて、お前達のお待ちかね、IS実習だ」

 

 グラウンドにて、動きやすい服装に着替えた千冬が生徒達の前で仁王立ちしながらそんなことを述べた。その後ろには訓練用に用意された量産機『打鉄』と『ラファール・リヴァイヴ』が数体並べられている。

 

「とはいえ、ここに入学しているならば中学時代にISを纏ったことのある者がほとんどのはずだ」

 

 一年一組と二組の合計六十名余りを見渡しながら、千冬はそう言って不敵に笑う。動かしたことがあるのだから、基礎など楽勝。そんな風にこの授業を考えている連中の鼻っ柱を折ってやらないといけない。最初の実習はそういう意味も込めて彼女は行っていた。

 

「では、そうだな……相川」

「は、はいっ!」

 

 自分の担任するクラスの生徒を一人指名し、千冬は問う。ISの基礎で重要なものはなんだ、と。

 それを問われた女生徒は目を暫し瞬かせた後、視線を彷徨わせ、必死で頭を捻って答えを出した。結局当たり障りの無い答えを出した。

 

「き、機動、でしょうか」

「ふむ、まあいいだろう」

 

 腕組みをしたまま頷くと、千冬は続けて谷本、と別の生徒の名前を呼んだ。指名された癒子は姿勢を正して返事をし、彼女の次の言葉を待つ。

 

「機動、まあ人間で言うならば移動か。それで重要なのは何だと思う?」

「え!? ……し、姿勢、ですか?」

「正解だ。中々やるな」

 

 姿勢を正しく保つ、というのは存外難しいものだ。自身の首に巻かれているチョーカーを撫でながら千冬は続ける。主に空中戦を行うISでの機動は人間の移動とはまた違うが、だからこそ体の軸の強さを鍛えることが重要である、そんなことを述べた。

 

「まあ、簡単に言ってしまえば『真っ直ぐ立つ』ということだ。それがどんな状態であろうとも、な」

 

 言葉と同時に千冬は自身のISを展開する。IS世界大会『モンド・グロッソ』二連覇を果たした伝説の機体『暮桜』、それを目の当たりにした生徒達は途端に湧いた。やれやれ、と肩を竦めながらも、彼女は自身の言葉を体現するように何か一本芯が通っているかのごとく決して軸を崩さない。

 

「流石にいきなりこれをやれ、と言っても無理だろうが、それでも参考程度にはなるだろう」

 

 収納領域から呼び出した近接ブレードを上に放り投げると、彼女はスラスターを吹かしそれを追い越す。そしてその上に飛び乗った。右足で刀を回転させると、自身もそこにくっついているかのように回転。天地逆の体勢になっていながらも、彼女の軸の乱れは欠片もない。

 もう一本の近接ブレードを取り出し、それを刃を上にして地面に投げ突き刺すと、彼女は天地逆の体勢のまま地面へと加速した。途中で反転し、突き刺した刃の上に何でもない様子で降り立つと、最初に放り投げたブレードが落ちてくるのを右手の二本の指でピタリと止めた。

 生徒達は声を発さない。歓声を上げることもしない。理由は至極簡単で、思考が追い付かなかったからだ。ISという巨大な装備を纏っている状態で、刃の上に立つという微細な機動を行えるという事実が理解出来なかったからだ。

 

「せんせー。それって正中線関係無くないですか?」

「ISにとっての正中線はこういうものだ。というかだな、お前は分かっているはずだろう織斑」

「いや、だって他の人達全員ポカーンとしてるから、誰か言わなきゃと思って」

「失敬な。私はちゃんと見ていたぞ」

「右に同じくですわ」

 

 一夏の言葉に抗議の声を挙げる箒とセシリアを見つつ、『暮桜』を解除した彼女はパンパンと手を叩く。その音に我に返った他の生徒は、口々の今の千冬の機動について感嘆の声を挙げた。大歓声に少しだけ顔を歪めると、彼女は静かにしろと声を出す。全員が落ち着くのを待ってから、先程放心していなかった三人へと目を向けた。

 

「専用機持ちは前に出ろ」

 

 その言葉に三人は並んでいる生徒達よりも前に、千冬の立っている場所の方へと移動する。千冬のお手本を見せてやれ、という言葉からすると、どうやら次は一夏達の番らしい。あんな変態染みたことは出来ないと抗議の声を上げる一夏だったが、彼女の一睨みで押し黙った。

 

「とりあえず、ISを展開しろ」

 

 一夏は『白式・雷轟』を、箒は『紅椿・先駆』を、セシリアは『ブルー・ティアーズ』をそれぞれ展開。特に何もせず真っ直ぐに立っているだけであったが、他の生徒達にはそれだけで何となく理解した。先程千冬が見せた光景が目に焼き付いているからこそ、三人がどういうものかを理解した。

 

「三人とも、真っ直ぐだ……」

「専用機を持ってるってことは、そういうことなんだ……」

 

 数人の生徒がそんなことを呟く。専用機持ちは、先程言われたことが出来ているからこそ専用機持ちなのだ、と。

 それが聞こえた一夏は少し照れたように頬を掻いた。隣の箒は少し口元が上がっているが、その隣のセシリアは当然と言わんばかりの表情であった。三人が三人共にそう言われるだけの修練は積んできているのだが、それを賞賛されたかどうかはまた別の話である。

 

「さて、では機動の手本を見せてみろ」

「だから俺はあんなの出来ないって」

「さっきのは参考だ。お前達がやるのは手本。違いは分かるな」

「他の生徒達が分かることを行え、ということですわね」

「その通りだ」

「分かりました、では――」

 

 お先に、と飛び立とうとした箒を千冬は呼び止めた。お前は最後だ、と告げると、セシリアに向かって声を掛ける。

 まずはお前から飛んでみろ。その言葉を聞いた彼女はコクリと頷き真上に向かって加速した。スラスターを吹かし天に向かって駆けるその姿に乱れはない。ある程度の高さまで行くと、そこで停止し下にいる千冬へと視線を向けた。

 

「よし。次は織斑、行け」

「はいはい、っと」

 

 千冬の言葉を受けスラスターを吹かそうとした一夏だったが、待て、という言葉に思わずバランスを崩す。何だと抗議の目を向けた彼は、次の彼女の言葉に顔を歪めた。

 

「『真雪』で飛べ」

「……マジですか?」

「お前は他の二人と比べると本能で戦っている部分が多い。あまり手本にはならんだろうからな」

「だったら『真雪』じゃ余計にマズイんじゃ?」

「だから、お前だけは普通に特訓を兼ねるのさ」

 

 ニヤリ、と邪悪な笑みを浮かべた担任兼姉を見た一夏は、諦めたかのように肩を落とすと『雷轟』から『真雪』へと換装した。機動はお世辞にも良いとは言えない形態のまま、彼はスラスターを吹かして上へと飛ぶ。セシリアの飛行と比べるとあまりにもなその姿は、彼の姉が肩を竦めるほどであった。

 

「それでも専用機持ちか、馬鹿者」

「防御重視形態で機動をさせるのが間違いだろ千冬姉!」

「学校では織斑先生と呼べ。それに、正中線がしっかりしていればもう少しまともな機動が出来るはずだぞ」

「へーへーどうせ俺はまだ未熟ですよ」

「授業中に拗ねるな馬鹿者」

「一夏……」

「千冬ね――先生はともかく、箒までその目は止めて!」

 

 毎度お馴染み姉弟と幼馴染コントが繰り広げられつつ、残った一人の出番である。

 では早速、と箒は『紅椿・先駆』のスラスターを吹かし一気に上空へと飛んだ。先程の一夏の機動が頭に残っていた生徒達は、相対的にその姿を美しいと感じてしまう。二人のいるところまで上がった箒は、そこで急停止し弧を描くように回転、一夏達と同じように千冬のいる場所へと視線を向けた。

 

「いいだろう。……オルコット、織斑、お前達は降りて来い。着地の手本を見せてやれ」

 

 その言葉にセシリアは頷き、一夏は頬を掻きながら下に向かって加速する。スピードでも勝っている『ブルー・ティアーズ』は地上スレスレで綺麗に停止、もたついていた『白式・真雪』はギリギリで回転するように速度を落とし着地した。

 そんな二人を指差し「あれが良い見本と悪い見本だ」と言い切った千冬は、視線を再び上空へと向けた。篠ノ之、と声を掛けると、箒の返事を待って言葉を続ける。

 

「あれを、皆に見せてやれ」

「……いいんですか?」

「構わん。手本は今見せたからな」

 

 そこまで言うと千冬は生徒達へと視線を移す。これから行うのは参考程度にしておけ、決して真似をするんじゃない、と釘を刺すと、では始めろと上空に声を掛けた。

 

「では……いきます!」

 

 言葉と同時、『紅椿・先駆』のスラスターにエネルギーを圧縮、それを一気に放出することで爆発的な速度を生み出す。一瞬にして見えなくなるほどのスピードで一直線に空を駆けるその姿は、正に流星の如く。

 

「『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』? でも何故これが真似をしてはいけないものに――」

 

 その動きを見ていたセシリアがそう漏らしたが、しかし途中で言葉を止めた。一直線に進んでいたその姿が、曲線を描いたのだ。加速しているスピードはそのままに、軌道を変えた、それを見た彼女はあっけに取られた表情で目だけを動かす。

 

「通常は直線的な軌道しか描けない『瞬時加速』だが、篠ノ之は見ての通り、曲線機動が出来る」

「あ、ありえませんわ……」

「そうだ。あの機動を行う為にやっていることも相当ありえん」

 

 何せ、『瞬時加速』中にISを解除しているのだからな。そう言って千冬は笑った。

 当然それを聞いたセシリアを含む他の生徒は笑い事じゃないと思わずツッコミを入れてしまう。何も言わないのは一夏と、千冬の周囲の奇行に慣れ切っている真耶くらいだ。

 

「解除といっても一部分だ。曲がる方向の部分解除を行うことによってPIC(慣性制御システム)を切り、無理矢理慣性を復活させ曲がっている。解除と再展開のタイミングがずれるとあっという間に体はズタズタだ。だから、決して真似をしようと思うな」

「誰もしませんわ……」

「いや、世界は広いからな。どっかにやる奴がいるかもしれん」

 

 呆れたように呟くセシリアに、一夏はそう付け足した。

 

 

 

「ぶえっくょん! ……風邪かな? それとも、あたしのこと噂してる奴がいたりなんかして」

 

 丁度そのタイミングで何者かが盛大にクシャミをしていたことを、一夏は知らない。

 

 

 

 

 

 

 日付は進み、土曜日。IS学園最初の一週間も終わり、生徒達も高校生初の休みに体を伸ばす時である。

 そんな日に、一夏は箒とセシリアを伴ってIS学園から外のショッピングモールに買出しに来ていた。既に両手には多数の袋がぶら下げられており、その中身は殆どがお菓子と飲み物である。

 

「しっかし、何で俺のクラス代表就任パーティーの買出しを俺がやってんだよ」

「じゃんけんで負けたからだろう?」

「見事な全敗でしたわ、一夏さん」

「嬉しくない」

 

 がっくりと肩を落としながら一夏は歩く。大体主賓なんだからそういう役割を除外してくれても、とブツブツ文句を言い続けているが、左右の二人は完全に流してお互いの会話に花を咲かせていた。

 

「そういえば箒さん、剣道部はもう入部されたのですか?」

「ああ。先輩達も皆良い人でな、これからあの人達と剣を交えるのが楽しみで仕方ない」

「ふふっ、それはそれは」

 

 ガールズトークを行っている二人に弾かれた一夏は一人寂しく後ろを歩く。その姿は女性に荷物持ちをさせられている情けない男そのものであったが、彼は特にそのことに気付いていないようであった。

 だから、ふと見かけた光景にも何の気なしにこう呟いた。あれは酷いな、と。

 

「ん? ……ああ、いかにもな高慢女だな」

「ISの発達の弊害、と言えるのかもしれませんわね」

 

 一夏の言葉に箒とセシリアも視線をそこに向けた。一人の女性が男性を伴って歩いている光景。それだけならまだ普通であったが、問題はその女性が男性を下僕か何かに見ていることだ。

 現在様々な場所で活躍するISだが、その適正を持つ者はほぼ百パーセント女性であった。適正自体は男性にも存在したが、そのどれもが機体を動かすには至らないほど低いものばかり。実質女性専用の装備として認識されているのが現状である。

 その為か、今までにも増して女性の地位向上を謳う者が世界に溢れた。勿論大多数の人間は別段変わらない生活を行っていたが、それでも一部の人間はああしてIS適正の高さを笠に着て威張り散らしている。

 箒もセシリアも、同じ女性として、高いIS適正を持つ者として、ああいう手合いは嫌悪しか抱かなかった。

 

「どうする? 少し文句でも言いに行くか?」

「それもいいですわね」

「気持ちは分かるが落ち着け。特にセシリア、お前は代表候補生なんだからもう少し立場ってもんを考えてだな」

 

 今にも飛び出しそうな箒とセシリアをなだめつつ、一夏は行こうぜと前を向く。すると丁度、一人の少年が何やら挙動不審に店頭に置いてある品物を眺めているのが見えた。自分を見ている者はいないかと辺りを窺い、そして。

 

「やめとけ」

 

 その品物をカバンに入れようとしたのを彼は止めた。幸い未遂で済んでいるから、そのまま返せばお咎めなしだ。そう続けて、一夏はその少年に笑い掛けた。

 少年はそんな一夏をあっけにとられた顔で見ていたが、我に変えるとその手を振りほどき慌てて逃げていく。品物は元に戻されていたのでまあいいかと後頭部を掻く一夏の背後から、何をやっているんだと声が掛かった。声の主は言わずもがな、箒とセシリアである。

 

「さっきお前は何て言った?」

「え? 立場ってもんを考えて?」

「貴方は世界初の男性IS操縦者です、立場的には代表候補生よりずっとスキャンダルの種ですわ」

「マジかよ。それじゃあ気軽に愛の告白も出来ないじゃないか」

「まず愛の告白を気軽にすることをお止めください」

「一夏、私ならいつでも受け付けるぞ。断るが」

「箒さんも乗らないでくださいまし!」

『えー』

「というか箒さんは何故そっちのポジションになられているのですか!」

「そこにセシリアがいるから、かな」

「登山家みたいなコメントをしても誤魔化されませんわ!」

「仕方ないだろう。一夏も私も本来はボケ体質だ」

「だからって、わたくしをお二人のコントに巻き込まないでください!」

 

 肩で息をしながら叫ぶセシリアを見ながら、二人は仕方ないなと肩を竦めた。それじゃあ騒ぐのはこの辺にして、買い物の続きをしようと歩き出す。一人だけ疲れたようなセシリアの背中が、少し煤けて見えた。

 

 

 

 

 雑貨屋でパーティーグッズを数点見繕い、これで買出しは終了と帰路に着こうとしたその時、一夏は見覚えのある顔を見付けた。先程万引きをしようとしていたあの少年である。あの時と同じように挙動不審に辺りを窺いながら、人気の無い場所へと向かっているようだった。

 

「箒」

「ん?」

「ちょっとこれ持っててくれ」

 

 両手に持っていたお菓子と飲み物の袋を箒に手渡すと、彼は少年が歩いていった方へと足を進めた。暫く進むとデパートの非常階段に続く扉が見える。少し開いているところからすると、どうやらここから外に向かったらしい。

 

「下、じゃねぇよなぁ。上か」

 

 同じように非常階段の扉を開けた一夏は、階段の上と下を見比べ、響いている音から恐らくこっちであろうと空を見上げた。とりあえず追い付くまで行ってやろうと結論付けた彼はそのまま迷うことなく階段を上る。なるべく音を立てないように、と最初はゆっくり上っていったが、途中からどうでもよくなり普通に駆け上がった。

 途中の非常階段の扉は全て閉まっていた為、少年の目的地は自ずと推測出来る。デパートの屋上、どうやらそこに向かっているようであった。

 

「おー、やっぱ非常階段んとこは人気が少ないな」

 

 上り切った一夏は屋上を眺めながらそんなことを呟く。駐車スペースも兼ねている場所だが、非常階段周辺はいざという時の避難の為か停める場所も無くポッカリとスペースが空いていた。人もあまり通らず、こっそりと何かをするには丁度いい場所でもあった。

 視線を暫し彷徨わせると、先程追い掛けた少年の姿が見えた。その周囲には同じ位の年齢の少年達が立っており、口々に彼を責め立てている。手は出していないが、明らかにいじめと呼ばれる行為であった。

 何を言っているのかは聞こえないが、恐らく自分が止めた万引きについてだろうとあたりを付けた一夏は彼等の場所に行こうと足を踏み出す。声を出したり駆け出したりしては向こうを刺激してしまうかもしれないと考えた彼は、ゆっくりと歩みを進めた。

 その途中、いじめられていた少年が屋上のフェンスを乗り越えさせられたのを見て、一夏は慌てて駆け出した。周りの連中は下品な笑い声を上げて少年が屋上の縁へと移動するのを見ている。このままだとどうなるかは明らかであった。

 一夏の視界に移っていた少年が、消える。屋上から下へと向かう残像が見えた。

 

「うぉぉぉぉ!」

 

 叫ぶ。無意識の内にISを装着していた一夏は、そのまま屋上のフェンスを突き破って外に出た。落下していく少年を見付けると、そのまま真下に急加速。地面に激突して赤い染みになる前に抱きかかえると、少年に負担が掛からないようにデパートの壁を掴んで減速した。盛大に壁が削れるが、そんなことは構いはしないと一夏は思う。建物と命なら、直せるのだから少し建物は我慢してもらう。そんなことを呟いた。

 五階ほどの壁を削って止まった一夏は、腕の中で怯えている少年に笑いかけると再び上へと向かった。先程フェンスを破壊した屋上へと戻ると、下品な笑みを浮かべていた連中があっけに取られた顔をしているのが見えた。いい気味だと思いながら少年を地面に降ろすと、一夏はそこにいる連中を睨む。

 

「おい、どういうつもりだお前等」

 

 ISを解除し、怒りを隠そうともせずに、一夏は真っ直ぐ彼等に近付く。その言葉に我に返った少年達は、関係ないだろと彼に叫んだ。

 

「いーや、関係あるね。俺がこいつの万引き止めたんだからな」

 

 言いながら一夏は更に一歩近付く。

 その雰囲気に飲まれそうになった少年グループの内四人が後ずさるが、残りのリーダー格らしい一人は目の前の彼を馬鹿にするように笑った。何マジになってんの? そんなことを言いながら肩を竦めた。

 

「人が一人死にそうになったんだ、マジになるに決まってんだろ?」

 

 一夏がそう返したが、リーダー格の少年は更に馬鹿にするように笑った。かっこわりぃ、そんなことを呟き、明らかに見下した目を向ける。

 こんなものはただの遊びだろ、と彼は言う。そして、人の遊びにケチ付けるな、と続けた。その言葉に同調するように残りの四人もそうだそうだと口々に述べる。いつの間にか、攻め立てるように五人共が一夏の方へと踏み出していた。

 

「遊び、遊びか……人の命を奪うのが、遊びかよ」

 

 そんな五人を見ていた一夏は、自分の中で何かが切れる音がした。人をいじめて、何の罪悪感も湧いていない連中を見て、心から浮かんでくるものがあった。

 一足飛びで少年グループへと肉薄すると、一夏は問答無用で一人を殴り飛ばした。綺麗に腰の入ったパンチで顔面を攻撃された少年は、首が盛大に捻られ、その勢いが体にも伝わり、そのままアクション映画のやられ役のように吹き飛ぶと地面に倒れ伏した。

 何をする、という少年グループの声に、拳を振り切った姿勢のまま顔だけを向けて一夏は述べる。決まってるだろ、と激昂した表情を向けて彼は叫んだ。

 

「テメェら全員ボコボコにするんだよ!」

 

 言葉と共に、一夏は手近にいるもう一人にハイキックを叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

「で、何か言うことは?」

「……すいません」

 

 IS学園学生寮。そこの一角寮長室で一人の少年が正座をさせられていた。傍らにはばつの悪そうな顔で佇んでいる箒とセシリアの姿も見える。正座をしている少年、一夏を見下ろす千冬の傍らには、まあまあと彼女をなだめる真耶の姿もあった。

 

「お前は、曲がりなりにもIS学園の生徒であり、世界初の男性ISパイロットだ。何かをするにもある程度の責任が付きまとう」

「……分かってます」

 

 一夏のその呟きを聞いた千冬は、だったらどうしてあんな真似をした、と問うた。口調こそ静かなものであったが、それは彼女が平静であるということにはならない。事実、目はいつも以上に鋭く細められている。

 

「我慢、出来なかったんだ」

「どういうことだ?」

「人が死に掛けたんだよ! 俺が助けなきゃ確実に死んでた、なのに、笑いながら遊びだとか抜かしやがった! 俺はそれが我慢出来なかった!」

「その結果が屋上で暴力沙汰か」

「う……」

「それだけではない。学園外でISを展開するには許可が要る。だというのに、お前は勝手に『白式』を起動させた」

「千冬姉」

「織斑先生だ」

「暴力沙汰については悪いと思ってるし、謝る。けど、そっちの方は反省はしても絶対に悪いとは思わない」

「ほう」

 

 真っ直ぐに千冬の目を見てそう述べた一夏を見て、彼女は少し目を見開いた。それはどうしてだ、そう尋ねると、そんなものは当然だと言わんばかりに彼は言葉を紡いだ。

 

「人を、助けられた。だから俺は絶対にそこは譲らない。規則を優先して目の前の人を死なせるくらいなら、俺はそんな規則クソ食らえだ!」

「教師に向かって言うセリフではないな」

「それは、そうかもしれないけど……」

 

 少しだけ言い淀んだ一夏だったが、しかしその瞳は変わらず真っ直ぐに千冬を見ている。どうしたものかと溜息を吐くと、織斑先生、と別の人物から声が掛かった。彼女はその発言をした方向に、一夏の後ろに立っていた箒とセシリアへと視線を向ける。

 

「私も、一夏と同意見です。人命を優先するのは、至極当然ではないですか?」

「ええ。人を死なせてしまうような規則は、それこそ規則として相応しくないですわ」

「篠ノ之、オルコット。お前等まで……」

 

 やれやれ、と千冬は額を押さえた。そうは言われても、自分は教師、そこでお咎め無しにすることなど出来はしない。無論、本心では彼等と同意見だとしても、だ。

 とりあえずどの辺りを落とし所にするかと視線を彷徨わせると、隣でポツリと真耶が呟いた。そういえば、最近学生寮の廊下が汚いんですよね、と。思わず視線を隣に向けると、ニコニコと微笑んでいる彼女の姿が見えた。どうやらこの場にいる者全員が同意見らしい。やれやれ、ともう一度千冬は溜息を吐くと、織斑、と目の前の生徒の名を呼んだ。

 

「これから三日間、罰として寮の廊下を掃除しろ」

「へ?」

「聞こえなかったのか? 罰掃除だ。お前の処分はそう決めた」

「……停学とか、退学とか、そういうのは?」

「何だ、そっちがお好みか?」

「い、いや、そんなことない、です。分かりました織斑先生!」

 

 一瞬あっけに取られた顔をしていた一夏は、その意味を理解すると顔を輝かせて立ち上がった。それじゃあ、早速掃除してきます。そう言うが早いか寮長室から出て行こうと踵を返す。

 そんな背中に、千冬は待て、と声を掛けた。

 

「何ですか、織斑先生」

「いや……良くやったな、一夏」

「っ!? ああ! ありがとう、千冬姉!」

 

 そう叫び、今度こそ一夏は寮長室を出て行く。手伝うと箒とセシリアも追随し、掃除用具の場所を教えてきますねと真耶も出て行った。そんな嵐のような集団は、そのまま廊下を盛大に駆けていく。

 後に残ったのは、やれやれと肩を竦める千冬一人。

 

「いっくん、成長したねぇ」

 

 そのはずであったが、彼女の声でない声が部屋に響いた。

 千冬が振り返ると、エプロンドレスにウサギ耳といういささかエキセントリックな格好をしている一人の女性の姿が目に入る。彼女はそんな女性を見て呆れたように溜息を吐いた。

 

「束、何時からいた」

「ちーちゃんのお説教が始まった辺り」

 

 それはつまり最初から、ということになる。いたのなら声くらい掛けろ、と言いながら、千冬は束に椅子に座るように促した。冷蔵庫からジュースを取り出すと、座っている彼女に渡し自身も対面の椅子に座る。

 

「成長も何も、まだ入学して一週間ほどだ。大して変わってなどいないさ」

「あははっ、それはそうかも」

 

 二人で笑いながらお互いにジュースで喉を潤す。一口二口飲むと、束はそれでも、と言葉を続けた。確実に大きくなっているよ、そう言って彼女は笑った。

 その言葉にそうかもな、と千冬は呟く。それは、弟の成長を喜んでいるようでもあり。自分から離れていってしまうのを寂しがっているようでもあった。姉として、教師として、その両方からの思いが、せめぎあっていた。

 

「大丈夫だよ、ちーちゃん」

 

 どれだけ大きくなっても、いっくんはいっくんだから。そう言って束は笑う。姉のことが大好きな、生意気な弟のままだよ。そう言うと、再びジュースに口を付けた。

 その言葉に暫し目を瞬かせていた千冬は、やがて盛大に笑い出した。お前にそんなこと言われるとは、私も駄目かもな。そんな軽口をついでに述べる。

 

「あー、ちーちゃん、この天災束さんを軽く見てるな」

「そんなわけあるか。お前は私の一番の親友だ」

「むぅ。そうストレートに言われるともう文句言えない」

 

 ふくれっ面になる束を見て、千冬は更に大きな笑い声を上げた。

 余談だが、この二人の会話はそのまま酒盛りへと進化し、大騒ぎが深夜まで続くこととなる。

 

 

 

 

 

 

 週が明け、月曜日。一台の車がIS学園へと向かっていた。その中で一人の少女が不満そうな顔で座っている。持っている荷物からすると、どうやらこれから学園に入学するようであった。

 

「ったく。何で手続きで一週間も掛かるのよ」

 

 ありえないし、と少女は自身の髪を指で弾く。ツインテールと俗称されるその髪形が、彼女の元気な雰囲気に良く似合っていた。

 勉強大分遅れてるから、取り戻すのが大変だ。げんなりした顔でそう呟くと、彼女はカバンから新聞を取り出した。スポーツ紙であろうそこの一面には、でかでかとした写真と文字が書かれている。

 『お手柄男性ISパイロット、飛び降りた少年を見事キャッチ』そんな見出しで紹介されているそれは、一夏があの少年を助けた場面がしっかりと載っていた。どうやらたまたま写真を撮った人物がいたらしく、それが新聞社に投稿されて記事になったようだ。

 彼女は、その記事を見て満足そうに微笑む。うんうん、やっぱりアイツはこうでなくちゃ。そんな呟きが口から漏れた。

 

「さて、と。もうすぐ着くかな」

 

 座りっぱなしで硬くなった体をほぐしながら、少女は真っ直ぐに前を見る。遠めに見える巨大な建物を視界に映し、彼女は嬉しそうに口を歪めた。

 

「待ってなさいよ、一夏、箒」

 

 口にした人物の名前は、そこに通っている二人の男女。少女にとって、決して忘れられない、忘れてならない名前。

 

「あたしが、帰ってきたんだからね!」

 

 車の中で、少女は思い切り拳を天に突き上げて、吼えた。

 




デパートのフェンス突き破って壁抉って人殴って、罰掃除で済む……のは当然フィクションだからです。
普通はもっと酷いことになります。

決して皆さんは真似しないでください。

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