ISDOO   作:負け狐

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後編です。

捏造設定ってレベルじゃないぐらいのものがぶち込んであります。
ご注意ください。

……今更かもしれませんが。


No07 「弱くなんかない」

 凰鈴音は夢を見る。彼女が今の彼女になったきっかけの夢を見る。

 暗い、倉庫だった。一体何処にあるのかも分からない、そんな場所で、彼女は拘束され転がされていた。唯一動かせる目で辺りを見渡しても、自身を見下ろす下卑た視線の連中しか視界に映らない。自分を交渉材料としてしか見ていない視線しか感じない。それがたまらなく嫌で、どうしようもない怒りを感じた。

 それでも、彼女はただ震えることしか出来なくて。助けを求めることしか出来なくて。自分で状況を打破することも何も出来なくて。それが悔しくて、情けなくて。

 変わりたいと心の底から思った。強くなりたいと心底願った。

 だから、この場所に飛び込んできた白と紅の流星は、彼女にとって絶対のものとなった。変わるための指標になった。強くなるための目標になった。

 彼女の中身を満たす心に、なったのだ。

 

 

 

 

 

 

「ここは……?」

 

 鈴音はぼんやりとした表情でそんなことを呟いた。視界に映る天井からすると、どうやらアリーナの更衣室に寝かされているらしい。そのことを確認した彼女は体を起こした。それに合わせるように、彼女の傍らで座っていた二人の少女が声を挙げる。

 

「目が、覚めましたか?」

「いきなり倒れたからな。心配したぞ」

 

 二人の少女、セシリアと箒はそう言うと鈴音にスポーツドリンクとタオルを差し出した。随分と汗を掻いていたから、その言葉に彼女は自分の額を拭う。べっとりと嫌な感触の水分が付いたのを見て、思わず顔をしかめた。

 受け取ったタオルで汗を拭き、スポーツドリンクで喉を潤し。多少気持ちが落ち着いた鈴音は見ていてくれた二人に頭を下げた。色々と迷惑を掛けてしまった、そう言って彼女は謝罪した。

 そんな鈴音を見た二人は、苦笑しながら気にするなと返す。セシリアはむしろ倒れたのは自分の所為なのでこちらが謝らなくてはいけないと頭を下げる始末だ。

 

「違う。そうじゃない……そうじゃ、ない」

 

 自分に言い聞かせるように呟くと、彼女は勢い良く立ち上がった。もう大丈夫だから、二人は心配せずに帰ってくれればいい。そんなことを言いながら彼女自身も更衣室を出ようと扉に向かう。

 その姿を、箒は待てと呼び止めた。

 

「……何よ」

「鈴、お前は全然大丈夫じゃない」

「何でそんなこと分かるのよ」

「分かるさ、だって」

 

 着替えてもいないのに帰ろうとしているだろう。彼女の服装を指差しながら箒はそう述べた。対する鈴音は、その言葉によってようやく自分が未だにISスーツのままでいることに気が付いた。成程確かに、彼女は大丈夫ではないようだ。少なくとも、心に余裕は全く無い。

 そのことに自覚したのか、鈴音は体の力が抜けたようにへたり込むと、視線を床に向けたまま大きく溜息を吐いた。まるで良い所がないじゃない、そんな呟きが二人の耳に届く。

 

「凰さん」

「……何?」

 

 その姿を見ていたもう一人、セシリアは彼女に声を掛けた。疲れ切った顔を上に向けた鈴音に向かい、もしよろしければ、という前置きをする。そして、一拍置いて言葉を紡いだ。

 

「何か事情があるのでしたら、教えてくださいませんか?」

 

 戦い方について少し指摘されただけで、心の余裕を無くしてしまう。普通ならばあまり考えられないその事態には、何か理由があるのではと考えたのだ。恐らくアリーナでの対戦中に箒の言っていた「焦っている」という部分も関係してくるのだろう。そこまでのあたりは付けられても、結局肝心な部分は分からない。ならばいっそ本人に聞いてしまえ、彼女の出した結論はこうだった。

 

「別に、聞いても面白いもんじゃないわよ」

「構いませんわ。面白い話を期待しているわけではありませんし。それに」

 

 友人が何か困っているのであれば、力になりたい。そう言ってセシリアは微笑んだ。

 鈴音はそんな彼女の笑顔をキョトンとした表情で見詰め、そして次の瞬間に吹き出した。肩を震わせ俯くように笑うその姿は、先程までの彼女ではなく、最初に一夏達と馬鹿なことをやっていた彼女に近く感じられて。

 

「……それで、何故わたくしは笑われたのでしょう?」

「多分、鈴の中でセシリアは友人ではなかったんだろう」

「地味に心に来る一言をさらっと言いますわね」

「お前みたいに勝負を挑まれた相手とその日に仲良く昼食を食べに行くのが特別なのさ」

 

 声を殺して笑う鈴音を尻目に、箒とセシリアはそんなことを話す。若干不満そうに唇を尖らせるセシリアに向かい、箒は薄く笑いながら大丈夫だ、と肩を叩いた。

 今の一言で向こうはちゃんと友人だと認識しただろうからな。薄い笑いをしっかりとした笑みに変えた箒のその一言で、彼女も同じように微笑む。それならばいいのですわ、そんなことを言いながら髪をかき上げる姿は、妙に彼女に似合っていた。

 

「ねえ、オルコット」

「セシリアとお呼びくださいな。友人、ですので」

「ぷふっ。んじゃ、あたしも鈴って呼んでよ。友達、だからね」

 

 笑顔は二つから三つに。更衣室にいるもの全員が、笑顔になる。最初に漂っていた雰囲気は、綺麗さっぱり無くなっていた。

 そのことで吹っ切れたのか、鈴音は改めて二人の名前を呼ぶ。そして、長くなるかもしれないから場所を変えようと提案した。

 

「着替えた後でね、お互い」

「そう……ですわね」

「……そういえば、お前もISスーツのままだったな」

 

 審判役であった為に一人だけ制服姿の箒は、そう言って肩を竦めた。

 

 

 

 

「さて、ここならば話すのに支障はない」

「え、ええ。……そうでしょうか?」

「いや、うん……まあ、そう、なんだけど」

 

 あまり人に聞かれたくない話だから。そんな鈴音の言葉に、箒が良い場所があると提案したのがここである。確かに条件は満たしているため、セシリアも鈴音も頷いてはいるのだが。

 だが、しかし。

 

「ここさ、箒と一夏の部屋だよね?」

「勿論だ」

「一夏さんが、いらっしゃいますよね?」

「勿論だ」

 

 一体何を言っているんだ。そんな顔で箒は二人に返した。別段わざとやっているわけではなく、表情からすると素のようであるので、余計に性質が悪い。そのことを理解した二人は、揃って溜息を吐いた。

 

「ねえ箒」

「ん?」

「一夏、ちょっとどっかやっててくれないかな?」

「物扱いだな俺」

 

 というか別に最初から出て行く気だったし。そう呟いて一夏は頬を掻く。彼は彼なりにこの状況から空気を読んだのだ。先程まで会話に加わらなかったのもその為である。

 そのまま彼は部屋のドアを開けた。終わったら呼んでくれと残して部屋から立ち去る。その前に、一言だけ言い忘れていた、と振り返った。

 

「鈴、ごめんな」

「ふぇ!?」

「お前に酷い事言っちまったから。ありゃ怒るのも無理ないなってな」

「え? あ、い、いや、べ、別に、気にしてなんかないわよ!」

「そうか。それならいいんだ。俺は元気なお前が好きだから、落ち込んでる姿なんか見たくないしな」

「はぅあぃえ!?」

 

 鈴音の言葉になっていない叫びを聞きながら、一夏は今度こそ部屋を出て行く。そして部屋には茹蛸のようになった少女とそんな少女を横目に溜息を吐く二人が残された。

 どうやら茹蛸から人間に戻るには少し時間が掛かりそうで、その間に飲み物でも用意しようと箒は立ち上がる。そんな彼女の背中に、セシリアは聞きたいことがあると声を掛けた。

 

「鈴さんは、その、一夏さんのことを?」

「だとは、思うが……良く分からん」

「一目瞭然な気もしますけれど」

「そう見えるだろう? だがな」

 

 私が同じこと言っても同じ反応するぞ。そう言って箒は肩を竦めた。その背中は呆れているような、照れくさがっているような、そんなよく分からない雰囲気を纏っていて。

 

「面倒臭い方々ですわね」

 

 セシリアがそんな感想を持ってしまうのも仕方ないのかもしれない。

 そんな会話をしている間にある程度落ち着いたらしい鈴音は、箒の用意したお茶で喉を潤し、とりあえずどこから話そうかと首を捻った。大体のことは箒は知っているので、そうでない部分を話せば彼女への説明は済む。だが、セシリアがいる以上それでは済まない。しょうがない、と小さく溜息を吐くと、彼女は口を開いた。

 

「あたしさ、誘拐されたんだ」

 

 何でもないことのように述べた。述べたつもりだったが、その声は若干上ずっていた。彼女にとってこの話は、思い出したくないものと忘れたくないものが同時に存在する面倒な記憶だ。平静を装おうとしても、どうしても装い切れない。

 

「誘拐、ですか?」

「……うん。身代金目的とか、そういう普通の誘拐とはちょっと違うやつね」

 

 事の発端は彼女が中学一年生であった頃。仲良くなっていた箒と一夏の姉でありある程度交流もあった二人、束と千冬の組織した『しののの』が第二回モンド・グロッソに出場する時の話だ。

 

「最初の大会はあたしも良く知らなかったから、見てなかったの。でも、二回目のその時はもうISが一般人にも大分浸透して話題になってて。で、当然あたしもその例に漏れずISに興味津々でさ」

 

 一夏達と仲が良いから、という理由で『しののの』の招待客にしてもらったんだ。そう鈴音は続けた。学校を休んで、開催国に飛行機で向かって。そうしてワクワクしながら会場に入った彼女は、実際に生で見る世界大会に興奮しっぱなしであった。そして、並み居る世界の代表選手をたかが一組織の代表がなぎ倒す姿に見惚れたりもしていた。

 

「舞い上がってたんだろうね、あたし。一人で行動すると危ないって言われてたのに、ふらふらとその辺彷徨っちゃってさ」

 

 気付くと、視界を塞がれ気絶させられていた。目が覚めた時には、大会会場とは全く違う場所で拘束され転がされていた。複数人の犯人は彼女を下卑た目で見下し、交渉用の材料扱いをしていた。

 誘拐犯にとって、身内でも何でもない違う国籍の少女が『しののの』の招待客として観戦に来ているという状況は、彼女を特別な存在に見せていたのだ。捕まえて交渉材料にする価値のあるもの、とみなされてしまったのだ。

 

「で、まあ正確には知らないんだけどさ。国の技術を上回る『しののの』の力を欲しがってたんだと思う。その為に人質取って、世界大会を棄権させることで権威を失くさせて、その力を吸収して。まあ確かそんなことを束さんに向かって言ってた」

 

 当然断られてたけどね、と彼女は笑う。事実、千冬は棄権などをすることなくそのまま勝ち進み優勝、二連覇の栄冠を得ることで『世界最強のIS技術者と世界最強のIS操縦者による世界最強の我侭軍団』である『しののの』の権威も一層強くなった。

 

「……それは、つまり……見捨てられたの、ですか?」

 

 思わず隣にいる箒を睨んだ。もし、もし本当に彼女を見捨てていたのならば、そして箒もそのことを知っていたのならば。セシリアは返答次第でその横っ面をぶん殴ろうと拳に力を込めた。お前に鈴音の友人と名乗る資格はない、そう怒鳴るつもりだった。

 

「いや、違う違う。ちゃんとあの人達は、ハッキリ言って何の価値も無い、他人のあたしを助けてくれた」

 

 だが、鈴音の返答は否。見捨てられてなどいない、と答えた。それに安堵の溜息を吐いたセシリアは拳を開き、目の前のお茶を一口含む。ぬるめのお茶が、喉に丁度いい刺激を与えてくれた。

 

「まあ、実際に乗り込んできたのは二人だったけど」

 

 そう言ってどこか遠い目をする鈴音だったが、その顔は大切な思い出を語るように優しい表情をしていた。辛い記憶のはずのそれが、そんな表情が出来るものに変わる理由。そう考えれば答えはおのずと分かってくる。

 

「一夏さんと箒さんが、来たのですね」

「うん。あの頃の二人の機体って実験機も実験機で、欠陥品もいいところだったんだけど。それでも二人はあたしを、あたしなんかを助けに来てくれた」

 

 そう言って笑う彼女の顔は、まるでヒーローに出会った子供のようで。

 ああ、そうか。とセシリアは納得した。彼女がああなったのはそういうことなのか、と。

 まるで、などではなく。彼女はヒーローに出会ったのだ。そして彼女はそのヒーローになりたくて、その動きを真似た。結局彼女は、子供そのものだったのだ。

 

「……その事件がきっかけで、うちの両親がギスギスしちゃって、中二になる頃には離婚。あたしは母親に連れられて中国に行くことになって」

 

 そこで彼女は、ISのパイロットの道を選択した。日本では出来なかったことをやろうとした。ひたすら我武者羅に、彼等の動きを自分で試した。

 

「そしたらさ、いつのまにか代表候補生になってた。笑っちゃうわよね、あたし、基礎の訓練も何も受けてないのよ。一夏の立ち回りとか、箒の機動とか、そういうのをただ見よう見まねでやってただけ。それだけで、他の連中をやっつけられた」

 

 だからきっと、調子に乗っていたんだと思う。どこか自嘲するように彼女はそう言って笑う。借り物の力で、自分自身を何も鍛えなくて。それだけで今の地位に上った自分を、強くなったと思い込んでいた自分を、今更になって自覚したのだ。

 椅子に体を預け、話したらスッキリした、と彼女は誰ともなしに呟いた。やっぱり所詮偽者は偽者か。そんなことを続けた。

 

「二組の人には悪いことしちゃったかな。あたしなんかをクラス代表にしちゃったから、きっと恥掻いちゃう」

「……それは、どうしてですか?」

「言ったでしょ? あたし偽者なの。一夏と箒の偽者。それを取っ払っちゃったらその辺の練習生にも劣るレベルしかないただのザコ。そんなんが代表じゃ恥ずかしいじゃない」

 

 笑みを浮かべてはいるが、それはただ貼り付けているだけ。無表情と何も変わらない。そんな状態のまま自分を卑下し続けている姿を見たセシリアは、思わず顔をしかめた。

 そしてそれは、隣にいる彼女も勿論同じで。

 

「鈴」

「何?」

「お前は弱くなんかない。私や一夏の真似をした程度で勝ち進むことが出来たなんていうのはお前の考え過ぎだ。お前がちゃんと実力を持っていたからこそ、勝てたんだ」

「ありがとう箒。でも、別に慰めなくてもいいよ。ちゃんとあたしが自分で分かってるんだから。あたしの実力なんか、どこにもない」

「そんなことはありませんわ」

 

 思わずセシリアも口を挟んだ。だが、それでも彼女はふるふると首を横に振るばかり。自分は弱い、自分は偽者。ことあるごとにそのフレーズを会話に組み込む。

 土台が崩れている、と二人は思った。今まで自分を支えてきたもの、自分を満たしていたものが全て崩れ、流れ落ちてしまっている。今目の前にいる少女は凰鈴音という名の抜け殻、そう形容してもいいくらいの代物だ。

 そして、そうしてしまったのは誰か、と問われたならば。

 

「鈴」

 

 昔と同じ気分で危うい彼女の心に立ち入ってしまった自分だ、と箒は思う。

 

「鈴さん」

 

 出会って間もないくせに彼女の心を抉ってしまった自分だ、とセシリアは思う。

 

「大丈夫だから。あたしはもう、大丈夫」

 

 だから、こんな虚ろな瞳で笑う少女を放っておくことなど、出来るものか。

 二人は同じタイミングで立ち上がり、そして全く同じ動作で彼女を睨んだ。殺す勢いで睨み付けた。その迫力に、鈴音も思わず言葉を止めて背筋を正す。

 

「決めたぞ」

「決めましたわ」

 

 ゆっくりと、二人揃って同じ言葉を紡いでいく。右手で目の前の彼女を指差し、はっきりと宣言する。

 お前を、鍛え直してやる、と。

 

「……へ?」

「そうだ、偽者だなんてもう言わせん。お前を本物に仕立て上げる!」

「ええ。弱いだなんて言わせませんわ。わたくしが貴女を強者に押し上げます!」

「え? ……え!?」

 

 そうと決まれば話は早い。じゃあ早速始めようかと二人は彼女の襟首を掴む。まずはアリーナでもう一度おさらいだ、いやもう時間がない、ならば基礎体力からだ。そんな会話をしながら彼女を引きずり部屋の扉を開ける。そんな二人の目はもう完全に据わっていた。

 

「い、いや、ちょっと、ちょっと待って! あたし、同意してない! あたしやるって言ってない!」

『うるさい!』

「ひぃ!」

 

 羅刹になった二人の少女に、鈴音が出来ることはただ流されるままにいることだけであった。

 そしてこの日、彼女の恐怖ランキングのトップが誘拐されたことから上書きされた。

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後。使用許可を取った第二アリーナで、セシリアが仁王立ちして浮かんでいた。目の前にはげんなりした表情の鈴音がISを展開して立っている。

 

「特訓を始めますわ!」

「お、おー」

「声が小さい!」

「おー!」

 

 半ばやけくそに彼女は叫ぶ。貸し切りではない為、周りには他の生徒もいるのだが、そんなことは気にせんとばかりにノリノリなセシリアを見て、誰もが二人から視線を逸らす。

 

「と、ところで、箒は?」

「ご安心ください。少し遅れていますが、じきに来ますわ」

 

 にこやかにセシリアはそう述べるが、逆にそれが鈴音のテンションを下げていく。むしろ来なくていい。その言葉は寸でのところで飲み込んだ。

 そんな彼女の表情を見たのだろう。セシリアは一体どうしたのだと彼女に問うた。当然答えなど決まっている。

 

「昨日の特訓の所為に決まってんでしょうが!」

「昨日、ですか。何かありましたか?」

「いきなりあの無駄に広いグラウンド五週させられて、その後箒と竹刀で打ち合いさせられて。仕舞いにゃ体動かなくなるまで筋トレさせられりゃどうにかなるわ!」

「それをこなせる気合があるなら大丈夫ですわ」

「どういう理屈だ!」

 

 というか、その話しぶりではあの特訓にそこまで意味が無かったように聞こえるのだが。そうは思ったが彼女は聞かなかった。答えが返ってくるのを恐れたのだ。

 

「まあ、冗談はこの辺にして」

「何処から何処までが? まさか昨日の特訓からって言わないわよね!?」

「ふふっ」

「笑って誤魔化すなぁぁぁぁ!」

 

 冗談ですわ、とセシリアは笑うが、結局何が冗談なのか分からない鈴音は若干人間不信に陥りながら彼女を睨んだ。

 その視線を受け流しながら、彼女は表情を引き締めて真っ直ぐに前を見た。前に立つ人物を上から下まで見渡しながら、ふむ、と頷いた。

 

「鈴さん」

「な、何?」

「その『姿勢』も、お二人の真似事ですか?」

 

 問われた鈴音は首を傾げる。姿勢と言われても、と自分の姿を眺めたが、別段何かをしているわけでもなければ一夏や箒の真似をしているわけでもない。今のこの状態は、彼女の自然体であった。

 その答えを聞いたセシリアは、それは良かったと微笑んだ。

 

「自然に芯が『真っ直ぐ』である、というのは素晴らしい才能ですわ。箒さんの言う通り、貴女の実力は決して低くなんてありません」

 

 IS機動の要である正中線を鍛えることなく持っている。それがあるからこそ、ただの物真似で代表候補生まで進むことが出来たのだ。そうセシリアは彼女に言う。言われた当の本人は暫く目をパチクリさせ、そして恥ずかしそうに視線を逸らした。

 そしてそのことを告げた彼女は、ならば一気に特訓を進めても良さそうだと邪悪な笑みを浮かべる。

 

「基礎的な機動の特訓も勿論行いますが、まず鈴さんに必要なのは――」

 

 言いながら自身の武器を取り出したセシリアは、それを鈴音の眼前に突き付けて微笑んだ。

 引き金に指は掛かっていないが、しかし目の前に銃口があるというのはあまり気持ちのいいものではない。鈴音は何が必要なのよ、と右手でそれを眼前からどかしながら問う。その瞬間、彼女の真横をビームが通り過ぎる。耳元を光が掠る感覚がして、思わず冷や汗を流した。

 

「防御、ですわ」

「あ、ああああ、アンタねぇ! いきなりぶっ放すなんて何考えて!」

「戦闘中に今から撃ちますよ、と宣言する者はそうそういません。通常はいきなり攻撃が来るものと考えるべきです」

「……そりゃ、そうかもしれないけど」

 

 納得いかない。表情がそう述べていたが、セシリアは意図的に無視をした。では早速講義を始めましょうと少しだけ距離を取り、銃を構える。

 この場合、貴女ならどうします? そう彼女は鈴音に尋ねた。

 

「え? ……真っ直ぐ突っ込んでぶっ飛ばす」

「猪ですか貴女は」

「何でよ! 一夏や箒もそうやってたじゃない!」

「そうですわね。でも、あのお二人と貴女では決定的な違いがありますわ」

 

 『防御を捨てる』のと『防御を知らない』ではどうしようもないほどの差がある。銃を構えたままセシリアは淡々と述べる。選択肢を持っていなければ、持っている者に対してどうしても遅れを取ってしまうのだ。

 

「えーっと……それ、どうすればいいの?」

「……今までどうやって戦ってらしたのですか?」

「真っ直ぐ突っ込んでぶっ飛ばす」

「訂正します。猪ですわ貴女は」

「断定!?」

 

 盛大に溜息を吐いた。これは色々大変だ、と少しだけ不安になった。

 だが、とセシリアは思う。天性の姿勢制御と、自分自身の力に昇華出来ていないとはいえ戦闘に耐え得る模倣を行えるセンスを持っているのだから、ある程度教えればすぐにコツが掴めるはずだ。そう結論付けると、では早速と両肩部のBT兵器を起動させた。

 

「まず大事なのは、『視る』ことです」

「見ること? 別に目を瞑ったりとかしてないけど」

「そういうことではなく……相手の動きを読み取る、と言った方がいいのでしょうか」

 

 相手がどう攻撃してくるか、何処を狙っているか。それらを感じ取り、そして反応する。それこそが『視る』ことだとセシリアは告げた。

 とはいえ、そんな言葉で分かるようならば苦労はしない。

 

「よし、分かった!」

「……そういう小学生のような反応はお止めになった方が」

 

 しない、のだが。鈴音は勢い良くそう返事をした。あまりにもあっさりと返事をしたので、指導しているセシリアは思わずそんなことを言ってしまうほどだ。しかし彼女は大丈夫とばかりに腕を振り上げた。

 

「要は相手の全体を見ろってことでしょ。楽勝楽勝」

「では早速」

 

 四つのBT兵器を鈴音の周囲に配置し、まずは小手調べと一斉に掃射。発射の直前に反応した彼女は、素早くその場から離脱した。

 では、と一つ一つを細かく操作し、それぞれの回避ルートを潰すようにビームを放つ。右に避ければ右に、上に避ければ上に。避けた先にある追加の一撃を躱せるものなら躱してみろと矢継ぎ早に撃っていく。

 だが。

 

「よっ、と、ととっ」

「――え?」

 

 彼女は、鈴音はそのことごとくを躱し切ってみせた。そのありえない光景を見たセシリアは思わずBT兵器の操作を止めてしまい、急に攻撃の来なくなった鈴音は一体どうしたんだと彼女に向かって声を挙げた。

 

「……何故、躱せるのですか?」

「いや、何故も何も、アンタが言ったんでしょ? 相手を見ろって」

 

 何てことのないように彼女は言う。だが、セシリアにとってそれは充分に驚愕に値することであった。一度、たった一度の説明だけで、今までまるで出来ていなかったものが出来るようになったのだ。これが異常でなくてなんだというのだ。

 そこで彼女は気付くことがあった。ひょっとしたら、と思うことがあった。浮かんだ疑問を確信に変える為に、彼女は鈴音に向かって声を掛けた。

 

「貴女が一夏さんと箒さんの戦いを見たのは、いつ頃が初めなのですか?」

「へ? いつも何も、あたしを助けに来てくれた時に見たのが最初で最後」

 

 それ以外は実験的に空飛んでたりとか武器のテストとかそういうのしか見られなかったし。そう言って彼女は笑ったが、対照的にセシリアの表情は強張った。

 それはつまり、たった一度見ただけで、彼女は代表候補生になるほどの模倣を行っていたことになるわけで。

 

「済まない、遅くなったな」

「ほ、ほ、ほ、箒さん!」

「ん? どうしたんだセシリア。顔が変だぞ」

「そこは顔色でしょう! ではなくて!」

 

 丁度その答えに辿り着いたタイミングでやってきた箒に、彼女は慌てて詰め寄る。状況を飲み込めていない箒は首を傾げたが、しかし彼女が話を始めると難しい顔をして顎に手を当てた。

 

「つまり鈴は天才なのか」

「あーもう! 何でこうアレな人しかいないんですの!」

「いつの間にかあたしもアレ扱いだし」

「今この場で一番規格外は貴女ですわ!」

 

 肩で息をしながら、セシリアはもう少し真面目に考えろと箒に詰め寄った。その迫力に思わず彼女もたじろぎ、首を慌てて縦に振る。その返答を聞いて満足げに微笑むと、では教えてくださいと答えを促した。

 

「つまり鈴はてんさ――」

「貴女が自分でおっしゃっていましたよね? 天丼は許さない、と」

「生身の人間に向かってビーム兵器はよせ。流石に死ぬ」

 

 全面的に降伏を示すように両手を挙げた箒は、やれやれと肩を竦めた。そのまま視線をセシリアから鈴音に移すと、その目をじっと見詰める。

 再び視線を戻すと、箒はやれやれともう一度肩を竦めた。

 

「セシリア、少し鈴と戦わせてくれ」

「それは構いませんが……」

 

 距離を取ってISを解除したセシリアに代わり、箒がISを纏って鈴音の前に立つ。二刀を構え、真っ直ぐに目の前の彼女を見た。

 行くぞ、という言葉と距離を詰めるのが同時。そして二人を見ていたセシリアが気付いたタイミングでは既に箒が刀を振り被っていた。完全な不意打ち、このまま首を刈り取って勝負あり、そう言えるほどの一撃。

 それを、鈴音は体をずらして回避していた。刀が空を切る音を聞き、目の前の彼女の笑みを見て、箒は満足げに笑う。よく分かった、と言うと持っていた刀を仕舞いセシリアの方へ視線を向けた。

 

「鈴は、目が良い」

「その言い方もどうかと思いますが……まあ概ね同意ですわ」

 

 箒とセシリアが辿り着いた答えはこれであった。彼女は天性の視界の広さを持っている。元々持っていたその素質はどうやら花開くのを今か今かと待ち構えていたようで、セシリアの言葉をきっかけに一斉に開花したようであった。

 

「ただ、わたくしのあの一言をきっかけにするくらいならば、もっと以前に開花していてもおかしくないと思うのですが」

 

 そう言って彼女は首を傾げるが、箒はそんなことはないと返した。友人が自分の特訓をしてくれている、という状況での一言は充分大きなものだろう。そう続けた。

 

「後は、そうだな」

 

 今までそれを自分と一夏の模倣に全て注いでいたからだろう。そう言って彼女は苦笑した。あの時に見た光景を忘れない為に、視界を塞いでいた。つまりはそういうわけである。

 その呪縛から逃れた今、鈴音はその力を全力で使うことが可能になったのだ。

 

「えーっと、何だか良く分からないんだけど。あたし、凄いの?」

「ああ、凄いぞ」

「ええ、代表候補生として恥じないだけの凄さですわ」

 

 そんな二人揃っての賞賛の言葉に、彼女は思わず飛び上がる。正真正銘、自分自身の評価をされたのだ。嬉しくないはずがない。飛び上がったまま空中で三回転して目を回してしまうくらいに、彼女は舞い上がった。

 これで、本当に二人と同じ場所に立てる。そのことが、彼女のテンションを最高に跳ね上げていた。今なら何でも出来るような気さえした。

 

「では、これからはしっかりと自分自身の力を磨かなくてはいけませんわ」

「そうだな、自分なりの戦い方を身に付けなくてはな」

「……へ?」

 

 そんな状態であった為に、いつの間にかISを纏った二人が自分を取り囲んでいることに気付くのが遅れた。それぞれ得物を構え、完全に叩きのめす気満々でいることに気付くのが遅れてしまった。

 逃げ出すタイミングを、失ってしまった。

 

「それだけ視界が広いのでしたら、きっと二人同時でも何とかなるでしょう」

「遠距離と近距離、その二つを同時にどう捌くか。まずはそれぞれの攻撃を体に叩き込ませるところからだな」

「え? え!? ちょ、ちょっと、二人共目が据わってんだけど」

 

 鈴音のそんな言葉を聞いてもそれがどうしたと二人は返す。安心しろ、と邪悪な笑みを浮かべてのたまった。

 クラス対抗戦までは、間に合わせる。その言葉と、ビームと斬撃が放たれたのがほぼ同時であった。

 

「何を間に合わせるってのよぉぉぉぉ!」

 

 悲痛な叫びとは裏腹に、今日この日、彼女は撃墜されることなく攻撃を耐え切るのだった。

 




一応主人公のはずの一夏の出番ほぼ無しでお送りしました。

次回は再び一夏が出しゃばる……かも。

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