それでは、どうぞ!
〈ボーダー本部基地 個人ランク戦ロビー〉
『10本勝負終了。6‐4勝者 米屋陽介』
ロビーに機械音のアナウンスが流れる。仮想空間での模擬戦が終わった合図だ。
「おっしゃ!俺の勝ちぃ」
ガッツポーズをしながら槍を持つとんがり頭の男、米屋陽介。A級7位である三輪隊のアタッカーを務めている高校二年。通称、槍バカ。
「あーあ、負けた負けた。お前、開始早々人の首落としに来るんじゃねぇよ、この槍バカ!」
そう通称で米屋を呼びながらマットにどっかりと座り込む男は出水公平。米屋と同じく高校二年で、A級1位である太刀川隊に所属するシューター。通称、弾バカ。
「いずみん先輩、何か調子悪いねー何かあったの?」
座っていた椅子に顎を乗せながら模擬戦を観戦していた小柄な少年は親し気にそう言った。
緑川俊。A級4位草壁隊のアタッカーで、クリアタイムを測定する仮想訓練で4秒という驚異的な記録を持つ中学生。通称、迅バカ。
それぞれ実力者であり、バカである三人が昼時のボーダー基地本部のロビーに集結していた。
「あぁ、今朝まで防衛任務があったからかね。終わったら寝ようって思ってたら槍バカから『ランク戦やろーぜ』って無理やりな」
「ありゃりゃ......それでか。通りでよねやん先輩が......って何してるの」
勝利の余韻に浸っていた米屋はごそごそと鞄を漁っていた。緑川が知る限り、それは米屋のものではない。
「さてとっ、んじゃ弾バカに何奢って貰おうかなー」
「ハァ!?何言ってんだお前っ、そんなの聞いてねえぞ!」
「おいおい、負けたやつが何言ってんだよ。いいじゃねえか一食ぐらい」
「そういえばもうお昼近いしねー、僕も何か食べたいな」
けたけたと笑う米屋に緑川が同調するように言った。傍目に見れば約束をしていないというなら米屋が悪いわけで、それを緑川も理解していたが。
「と、言うわけで~、弾バカには昼飯を奢って貰うことにしま~す」
そう笑顔で出水の財布を手に取る米屋を見れば対応も変わるというものだろう。
「!?、おまっ、それ俺の財布じゃねーか!いつの間にっ......!」
「よし、行くぞ緑川!今日は俺の奢りだ!」
「いずみん先輩、ゴチでーす」
出水の金で自分の奢りと言い張る米屋。一応、礼は出水に言いながらもそれに付いて行く緑川。二人は風のようにラウンジの方へ走っていった。
ポツンと取り残された出水。怒涛の勢いにしばし呆気に取られていたが、やがて今しがたの出来事を理解し。
「......ふっざけんなあああぁぁぁぁ!!!」
ロビーには他のボーダー隊員たちもいた。先程模擬戦を行っていた彼らよりは格下である他のB級やC級の隊員たちがA級の咆哮にびくりと肩を震わせる。
だがこれもまた一つの日常。日夜戦いが起こる可能性のある世界における平和な一時と言えるだろう。
―――――彼らが、出会うまであと少し......。
―――――***―――――
ボーダー本部基地のラウンジ。ボーダー隊員が利用できる食堂があるそこに米屋と緑川は来ていた。昼時ではあったが比較的すいていた。出水とっては分からないが米屋と緑川にとっては幸運と言えるだろう。
「よーし、まだすいてる時に来れたな」
「でも、いずみん先輩置いてきちゃったね。財布はあるけど」
「大丈夫だろ、あいつもそのうち来るだろうぜ」
はたして、出水が何もせずにただ来るだけで済むだろうか。恐らくは激昂しているであろう出水の顔を想像しながら、米屋がどんな仕打ちを受けるか僅かばかり楽しみだったので、緑川は笑うだけでそれを黙っていた。
「まっそんなことより、早く行こーぜ」
楽観視しているのか考えていないのか、米屋はそう言って食道の列に並ぼうとする。
が、それに続こうとした緑川が突如立ち止まった米屋の背にぶつかる。
「どしたのよねやん先輩......って」
やや腫れた鼻をこすりながら米屋の見ていた先を確認した緑川は目を疑った。
黒のコートに、米屋と同じくらいの背丈の人物が先に列に並んでいたのだ。
「「い、出水!?/いずみん先輩!?」」
二人がそれぞれ同じ人物を指す言葉を思わず叫ぶ。
「......?」
そこで二人が出水だとばかり思っていた人物が声に反応して振り返る。
だが、確認できたハーフのような顔立ちの少年は出水とは似ても似つかない。単なる別人だった。
「って、何だ人違いか、ビックリしたー、あいつが瞬間移動《テレポート》使えんのかと思った」。
「もぉ、驚かせないでよよねやん先輩」
同じように驚いておきながら緑川は米屋の腰を小突いた。
「?、あの、どうかしましたか?」
「あー、いやなんでもない。こっちの人違いだったわ。何かワリィな」
「すみません、うちの先輩が」
「おいコラ緑川。何が『うちの先輩が』だ」
「ぐえっ」
米屋は緑川の頭を脇にはさみヘッドロックをかけた。身長差がややある二人なのでガッチリはまった。
「......ははは」
そんなやり取りを見て少年は少し笑った。
知らない人にそのやり取りを見られたのをやや恥ずかし気にしながら、米屋は頭を掻く。
「あー、そう言えばまだ自己紹介してなかったな。俺は米屋陽介、陽介でいいぜ」
「よねやん先輩がするなら次は俺ね!初めまして、緑川俊でーす。よろしくね!白髪のお兄さん。見た事ない顔だけど新しい人?」
「ええ、まあ。僕は、アレン・ウォーカー。一応イギリス出身です。よろしく」
アレンと名乗った少年は丁寧に頭を下げる。
「へー、外国出身なのか。珍しいな」
「そうなんですか?」
「うん、たまに県外からスカウトされた人とかは知ってるけど、外国からは知らないかな」
なるほど。とアレンが納得すると同時に、食堂の受付の女性が顔を出した。
「次の人、どうぞー」
「おっ、俺たちの番来たみたいだな」
「やっとかぁ、お腹ペコペコだよー。あ、アレンさんが先か」
「えっと、それじゃあ......」
アレンは注文をするためにしては、深すぎる呼吸をし.....
「グラタンとポテトとドライカレーと麻婆豆腐とビーフシチューとミートパイとカルボナーラとカルパッチョとナシゴレンとアクアパッツァとチキンにポテトサラダとスコーンとクッパにトムヤムクンとライス、全部量多めで」
加え。
「あ、あとデザートにマンゴープリンに、みたらし団子30本で」
「.......え」
アレンはおおよそ人並みと呼べるモノではない量の注文を一息でした。
「ん?どうかしましたか?」
しばし呆けていた受付の女性を不思議そうに眺めるアレン。
「え、あ、はい!わかりました!」
スタスタと今の注文を伝えに行く女性が今のを聞きとれたのかという疑問もあったが。
「「イヤイヤイヤイヤ、注文しすぎだろ/でしょ!!!」」
二人に限らず、初見ならば誰もがまずそちらにツッコミをいれるだろう。
「何今の!?呪文かなにか!?怖いんだけど!」
「グラタンにカレーに、あと.......あーとにかく、そんなに食えんのかよ、お前......」
「はい。普段からこれくらい食べてますよ」
けろりと言って見せるアレン。現にこうして注文して見せたのだから嘘ではないのだろう。
「はぁ、とりあえずお―――――」
不意に言葉を詰まらせた米屋。
「おいコラ槍バカあああぁぁぁぁぁ!」
今度は本当の出水が、廊下は走らないというルールも無視して鬼の形相でダッシュをしてくるのだから無理もない。
「てめぇ、財布返せゴラアアァァ!」
出水は走りの勢いそのまま、米屋に向けて飛び蹴りを仕掛けてきた。
だが米屋は慣れているかのようにひょいとそれを躱して見せた。
無論飛び蹴りなので勢いは失う事なく、そのまま米屋のいた位置を通り過ぎる。
「―――――え」
その先にいたのは、列の順番通りである。
「ゴハァ?!」
「あ」
「あ」
米屋と緑川が順に口を開く。
「......あ、ヤベッ」
怨恨こもった出水の渾身の飛び蹴りは怒りの対象には当たらず、無縁のアレンの体を数メートル吹っ飛ばした。
―――――***―――――
「本当にスマン!!」
両手を合わせて米屋はアレンに頭を下げる。
既にそれぞれの注文した皿は平らげられており、四人はそのまま座り込んで会話を弾ませていた。ちなみに出水は蹴ってしまった詫びにとアレンの分の料金を担おうとしたが、その莫大な数を見て一度戦慄したが、男が言った事は引けぬと結局は支払った。
出水にももちろん非があるが、元を辿れば彼だけのせいとは言い難いので何とも不憫である。
「いえいえ、本当に大丈夫ですよ。トリオン体だったんでケガとかもしてませんし。」
「いや~、ありゃ弾バカが悪い」
「誰が弾バカだ、大体お前が避けたせいだろうが槍バカ」
それぞれの愛称か蔑称かを呼びながら目と目で火花を散らす。
「まぁまぁ、二人とも」
「あはは......」
宥める緑川と苦笑いをするアレン。
それぞれ二人ずつが対になるよう席を確保したが、何故か出水と米屋は隣同士に座り込んだ。喧嘩するほど仲がいいというやつなのだろうか。
「いやぁ、マジで悪かったな。俺は出水公平だ。よろしくな」
「アレン・ウォーカーです、こちらこそよろしくお願いします、公平」
「ところでさ、アレンってポジションどこなんだ?俺はアタッカー」
米屋が興味ありげに会話に割り込む。
「うーん、オールラウンダーですかね。シューター系統のトリガーも使うので」
「へ~、そうなんだ。ねぇ、この後俺らとランク戦やろうよ!」
「おっ良いなそれ、俺らとバトろうぜアレン!」
「ええ、いいですよ」
緑川と米屋はボーダーの中でも有名な方だろう。A級である二人の申し立てをアレンはすんなりと了承した。
「そういえば、アレンってどっかのチーム入ってんのか?さっきから隊服見てんだけど、B級か?初めてみるが最近ここに来たのか?」
「......っ」
「言われてみれば、B級のロゴも入ってないし、番号も入ってないね」
緑川も不思議そうにアレンの隊服を眺める。最初は出水のと同じ隊服かと思ったが、その出水が尋ねたのだから同じ隊ではないのだろう。
「えっと、それは.......」
やや答えづらそうにしていたアレンのポケットから電子音が鳴る。
「あ、スミマセン。ちょっと呼び出しがかかったんでこれで失礼します。また今度ランク戦しましょう!それでは!」
「あ、ちょ」
出水が声を出したが、アレンはそう言い残して、ラウンジから去って行った。
「行っちまった......答えたくない理由でもあったのかね」
「でも、面白そうな人だったね。自信ありげに僕ら挑戦受けてくれたし強いのかも」
「あぁ、そうだな。ランク戦が楽しみだ」
戦う気満々の二人。出水はその様子をやや訝し気に見ながらも、コップの水を呷った。
こうして、彼らは初めての出会いを果たしたのだ。
幸か否か、それはアレンと言う存在を深く知るまで知る由もない。
この遭遇により一つ、異なる世界の歯車が軋んでいた。
―――――てか、飯食うの滅茶苦茶速かったな。
残った山のように積み上げられた皿を見て、偶然にも三人は同じ感想を抱いた。
ご視聴ありがとうございました。
遅い更新になりますが、これからよろしくお願いします。