馬鹿とテストと薄い影   作:のろし

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第十八話

 

 

 

「だから、秀吉たちの旅行に誘われてるんだって」

 

「はあ…、それで?」

 

「アタシ以外にも、アンタも誘われてるの!」

 

「お断りします」

 

「なんでよ!?」

 

「この腕で海に行って楽しめるとでも?」

 

「………アタシみたいに可愛い女の子の水着が見れるのが楽しくないっての?」

 

「残念ながら、女性の水着姿を見たいと言えるほどに私は性にオープンでは無いので」

 

「そうだったわね。アタシのキャラでもないわ。忘れなさい」

 

「…はあ」

 

「海以外にも、お祭りとかもあるらしいわ」

 

「偶然ですね、明日は地域の縁日で、神社の方で出店もあるらしいんですよ」

 

「…行きたくないの?」

 

「決して嫌なわけではないですが…。ただ、女性も含んでの外泊はあまり褒められたものでもありませんし、私がいても場を乱すだけでしょうから。皆さんで楽しんで来てください」

 

「あー、もう!アンタの自己評価の低さってイライラするのよね!アタシも秀吉も、アンタと一緒に行きたいの!お願い聞いてよ!」

 

「何名参加されるんですか?」

 

「え?…アタシと、秀吉に…10人だけど?」

 

「免許を持ってらっしゃるのは?」

 

「吉井君のお姉さん」

 

「普通免許ですかね?」

「そうだと思うけど?」

 

「普通免許で運転できるのは、定員10名以下の自動車と原付、小型特殊車両です」

 

「……なら、もう一人大人を…」

 

「私一人のためにわざわざご足労をかけるのは申し訳ないですし、それをして欲しいとも思いません」

 

「なら、アタシも行かない!」

 

「どうしてそうなるんですか…私が楽しむよりも、貴女が楽しんだ方が周りも良いでしょうに。あまり気にされても、こちらとしても困ります」

 

「…もういいわよ!アンタなんか知らない!」

 

「………行くわけには、いかないんですよ」

 

 

 

 

 

 ―――裕紀の部屋 PM9:50―――

 

 

『…じゃから、姉上は不機嫌じゃったのか』

 

「ええ、定員の問題もありますし、私は辞退させていただこうかと」

 

 秀吉に電話をして、不参加の意を伝える。日帰りなら考えもしたが、宿泊は流石によろしくない。私が参加する事で、引率の方が法令違反をする可能性もあることを伝え、納得してもらおうとする。

 

『しかし、姉上もなんだかんだで楽しみにしておったし、いきなりケチがついた様で不機嫌になったんじゃろう。ワシとしてもその場におったら…理不尽と思うじゃろうが、声を荒げておったかもしれん』

 

「とりあえず、優子さんの様子も考えると私の不参加を伝えていない可能性があると思い、電話しました。遅い時間にすいません。おやすみ」

 

『うむ、理由自体は理解できるからの。そう伝えておく。お休みなのじゃ』

 

 そう言って、秀吉との通話を終えた。会話の中で上げた理由ももちろんだが、一番肝心な理由は語れない。それを知られるわけにはいかないから。

 

「姉さんに気付かれたんだ、違和感があるうちに、あまり長い時間接触もとれません」

 

 彼女にばれている、もちろん姉さんの観察眼が鋭いが故の結果だろう。だが、他にも観察眼の鋭い人間はいるのだ。気付かれる可能性はある。その時に、彼らはどう思うだろうか…。

 

「秀吉は…泣くでしょうね。優子さんは怒るかな」

 

 彼らのことは幼馴染である。よく知っていると言っても過言ではない。しかし、当事者ではない彼らは、それ以上になると思えない。

 

「吉井君たちは…気に病むかもしれない」

 

 接触して判ったこと。彼らは、優しい。優しさがゆえに周りが見えなくなる事は、誰にだってある。彼らの行動も、一概に悪と断ずることはできない。

 

「そうなると、深いかかわりを持つことは…やめておいた方がいいでしょう」

 

 彼らが一生私の右腕を気に病んで生きていく。美しく語るならばそれが私には申し訳ない。だが、そんな綺麗事でないことはわかっている。

 

「そんなものを背負ったと、他人の重みを背負ったと、そんな風に思いながら生きていかれる…、怖気が走ります」

 

 私が不幸であることは良いのだ。あきらめがつく。彼らの不幸は何とかして取り除くことができたらと思う。ただ、私の不幸を彼らが背負おうと思ったら?

 

「私の右腕を背負うのが贖罪?一生かけて償う?…反吐が出る。私の責任を、取り上げないでください。私の責任は、私しか持ってはいけない」

 

 こんな考え方だから人は離れていくのだろう。私は、人に責任を押し付けることに、最大級の嫌悪感を持っている。原因、推移、結果。全ては自分の責任だ。

 

「優しい人たちの優しさは、人の不幸を悲しむことのできるという美徳は、私には責任を掻っ攫って行く泥棒にしか見えない。私の悲しみは私の物だ。誰かと共有?ありえない。友人だから何でも話せという人を、私は友人と呼べない」

 

 この右腕は、隠し通す。誰かにバレたとしたら、誰かがそれを気に病んだなら…私はその人を憎む。恨む。その人との関係を断とうとする。

 

 …およそ生きるのに向いていないのだろう。他者へ責任を持たせようとしないというのは、聞こえはいいが他人を信用すらしていないという風に捉えられる。

 

「…知り合いが近くにいる状況は、これからの私にとって好ましい物ではない」

 

 …右腕さえ無事であったなら、こうやって悩むこともなかったのだろうか。その答えが出ることはないだろう。簡単すぎる故に、疑ってしまうだろう。

 

 

 

 

 

 ―――木下家 PM11:00―――

 

 

「そんなにアタシは頼りないの……!?幼馴染ってだけじゃない、家族みたいなモンなのに、アンタはなんで一人で抱え込んじゃうのよ…!」

 

 代表の家で勉強会をした日、朝早くにアイツが庭先で佇んで、零していた独り言。あれから推察するのは簡単だった。アイツの右腕は、もう治らない。それを知ったアタシの怒りは、吉井君や坂本君ではなく、裕紀に向かった。

 

「アタシらはそんなにアンタと距離を置かれなきゃいけないの…!?気に病むかも?一生背負っていかせるのが嫌?そんなのアイツの自己欺瞞じゃない。なんで、なんでアンタは、アタシを…」

 

 ―――信じてくれないの…?

 

「…姉上、よろしいかの?」

 

「秀吉?…いいわよ」

 

「…姉上よ、裕紀から連絡があったのじゃ。今度の旅行には参加しないと」

 

「……で?」

 

「日帰りなら考えんでもなかったが、泊まりで女子と一緒というのは憚られる、引率の方も普通免許しか持っていないのなら10人が限界のはずじゃと。決して誘われたことが嫌だったわけではなく、そういう条件が揃って無理だと思ったんだそうじゃ」

 

 秀吉は裕紀から電話で不参加の意を伝えられたらしい。条件さえ合っているなら、来ると言っているようにも聞こえるが、アタシには理解できる。アイツは、来ない。

 

「…そう、それなら仕方ないわね。うん、仕方ないわ」

 

「姉上?」

 

「アタシも断られてちょっと頭にきただけなのよ。ごめんね、秀吉。アタシが伝えなきゃいけなかったのに」

 

「気に病むでない。ワシも全く何も感じんとは思わんし、裕紀を気にかけておるのはよく知っておるのじゃ。…右腕も、治らんようじゃし」

 

 ……え、なんで秀吉が知って…!

 

「一緒に病院に行ったんじゃ、本人のショックが大きかった時に、傍に事情を知った者がいた方がいいからと、裕紀より先に聞かされたのじゃ」

 

「…なんで黙ってたのよ」

 

「裕紀が喋らんかった、それだけじゃ。まあ、姉上はもう気付いておったようじゃし、もう話しても構わぬじゃろう。裕紀にも気づかれておらん、ワシの演技も中々のものではないかの?」

 

 そう言いながら、秀吉は…泣いていた。

 

「なぜ、彼奴は頼ってくれんのかのぅ。ワシらは、そんなにも無力じゃろうか…?」

 

 アタシは、裕紀の目論見が完全に的外れになっていることを知った。アイツは、秀吉を一番気にかけている。だからこそ、アイツは心配をかけたくないと、だから話せない、と。しかし、現実はどうだろう。秀吉はすでに知っている。そしてそれを気取られないようにしていた。裕紀が喋らなかったから。その結果…今、秀吉は泣いている。

 

「弟を泣かせたら承知しない、って言ったわよね、裕紀?」

 

 アタシは、明日の予定をほんの少し、変更する事を決めた。明々後日の旅行の準備をするために。

 

 

 

 

 

「で、いかない、と?」

 

「ええ。右腕のことが知られるリスクはあまり高めたくないし」

 

「それは、みんなにかい?」

 

「…ええ、まあ」

 

「秀吉と、優子ちゃんにじゃなくて?」

 

「………みんなにだよ、みんなに。姉さんも考えすぎるんだから」

 

「そっか、ゆーきがそう言うなら、ワタシの考えすぎなんだろーね」

 

「…………」

 

「ま、アンタの人生だ、アンタが後悔しないように生きるのが一番だよね」

 

 

 

 

 

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