――――Fクラス――――
「ぬ?よく話しておるAクラスの生徒じゃと?姉上ではないのか」
「いえ、女子ではなくて男子です」
「知らない?木下の知人だって言ってたんだけど」
「とは言われてものぅ…姉上つながりでAクラスとはそれなりに交流もあるのじゃが。特徴を教えてくれんと」
「特徴ですか?だったら…」
「「影が薄い」」
「…そんなことを言われるのは彼奴しかおらんな。裕紀じゃろう」
「裕紀?」
「ワシの幼馴染じゃ。なるほど、友人ではなく知人と言うたか…」
「木下君の幼馴染さんなんですか?」
「うむ、加藤 裕紀。ワシとは家が近くてな、よく演劇の練習などに付き合ってもらっておる」
「そうなんだ、全然知らなかった」
「何より、ワシを男として見てくれる数少ない人間じゃ!」
「「それは変な人(です)ね」」
「この件に関してはお主らのほうがおかしいのじゃ!?」
放課後、演劇部に顔を出したが秀吉がいなかったため、私は下校の途についた。彼が演劇部にいないのも珍しいな、と思いつつ昇降口から校門へ向かっていると、怒りと悲しみを混在させたような表情の島田さんとなだめようとする秀吉がいた。しかし、どうやら秀吉の行動は失敗したようで、彼女は秀吉の手を払いのけて去ろうと…したところで私の存在に気付いた。
「あ…何よ、何か用なの!?」
「特に用はありませんよ?強いて言うならまた明日といったところでしょうか?秀吉、演劇部に顔を出さなくていいんですか?」
「む、なんじゃ、知人の裕紀ではないか」
「なんですか藪から棒に、言葉に悪意を感じますよ?」
「お主が言うたんであろうに…演劇部は後から顔を出すつもりじゃ」
なるほど、秀吉は後から参加でしたか。演劇を後回しにする彼も珍しいな、と思いつつ、半ば置き去りの島田さんに声をかける。
「お話も終わったようですし、私は秀吉が部活へ向かうということなので練習場へ戻りますね?では島田さん、ごきげんよう」
「何よ…あんたはなんなのよ!見計らったみたいにここに現れたと思ったら特に何もせずにさっさと行こうとするなんて…!」
「し、島田!」
…なるほど、私が何も言わず去るのが御不快のようだ。
「ならばどうしてほしいのか言っていただけますか?私は偶然ここに居合わせただけですので事情はよく知りませんし、貴女がどういうわけで…泣いているのかもわかりません」
島田さんから聞いた話、秀吉からの補足説明をもらい、私は事態の概要を理解した。
「なるほど、確かに女性が女性としての扱いを受けないのは悲しみを感じても仕方ないでしょう。ましてや自身の告白を他者のいる場で演技扱いされるのも、その時の気持ちは容易に推測できますね」
ですが、と私は言葉を続ける。
「秀吉、島田さんは吉井君に普段どう接していますか?」
「そうじゃのう…昔の姉上とワシのような暴力関係がよく見られるかの?」
「うん。島田さん、アウトです」
「どういう意味よ!?」
「おそらく吉井君の態度から、島田さんは彼にとって親しい友人の位置づけにあると推測されます。彼の感覚で貴女への恋愛感情は…ありません」
「なっ!?」
「というか、生まれようがないのです。確かに貴女は生物学上ヒト科のメスですが」
「裕紀よ、そこまで行かねば認められんのか?」
「そういうわけではありません。条件として、オスである吉井君は島田さんを種の保存の対象として見る可能性は十分にあります。しかし、これはあくまで本能のみでの話であり、大脳新皮質や辺縁系の発達が著しいヒトの間ではそれ以外の条件で種の保存の相手を選びます」
「難しい話をされてもワシにはさっぱりじゃ」
「本来メスに対して欲情する条件はよりよい子孫を残してくれそうな相手であることなのですが、ヒトの場合、理性が働く為に欲情に至るためのプロセスがあります。相手への好意と相手からの好意です。」
「…キュウ」
「秀吉、こんなものは勉強ではなく私の仮説にも満たない憶測なので覚えようとしないでいいですよ。簡単に説明すると、好意を寄せられていない相手に好意はよせないんです」
難しい話に目を回した秀吉を膝枕に移行しつつ、黙ったままの島田さんに話を続ける。
「島田さん、貴女は吉井君に対して好意を示しましたか?」
「…今朝、告白した」
「ええ、それは素晴らしいことです。ですが、それは吉井君から演技ととらえられていて、好意として今は受け取られていません。私は伝えたのに、という感情だけで相手へ対価を求める。それはかえって悪感情を抱かせる原因になり、嫌われる可能性もあります」
「アキはそんな人じゃない!」
「ええ、話の中で彼の人となりは推測可能です。かなりのお人よしな彼は貴女のことを嫌いにはならないでしょう。ですが好意を持たれていない相手から暴行を加えられたことで、加えた相手へは少なからず恐怖を抱いているはずです」
「でも普通に接してくれてるわ!」
「島田さん、それは彼のお人よしのなせる業なんです。それに甘えた結果、おさまらない暴力は彼が貴女の女性としての魅力を捉え難くする原因になる」
ここまでで私の話を少し理解し始めた彼女は、またうつむいた。
「つまり、貴方の自業自得です」
「…ウチ、アキに甘えてたの?」
「私の知り及ぶところにありません。ただ…」
「ただ?」
島田さんは頭が悪いわけではない。ここまでで自身の非についてちゃんと理解しているはずだ。
「吉井君は、多分貴女のことを一人の女性と認識しています。それが姫路さんに対する感情と同種であるかはわかりませんが。なるほど、確かに吉井君にとって姫路さんはお姫様なのでしょう。ですが、それ故にどこか遠慮があります。それは人間関係において距離と言えるものです。それに対して島田さんは男友達のように扱われている。しかしです、今朝の騒動の後は?」
「少なくとも明久は島田を気にしておったのぅ」
「嫌悪感を示さなかった、意識したということは異性として見られているとみて間違いない。それは元々貴女が女性であると認識している証拠にもなります。吉井君は男色では無いようですから」
「じゃ、じゃあウチも女の子として見られてるの?」
ここまでの説明で、島田さんも少し気分が上向いたようで、少しの期待を含めつつ聞いてきた。
「私の推論ではありますが、今までの話をきくと、その可能性は高いとおもわれます。そうなったときに姫路さんより近い位置にいるのは貴女です」
ここまでの説明ははっきり言ってする必要もないことだったと思う。何より、これは自分の推論で、吉井君がこの通りのことを思っているかはわからない。
「今回のことは演技でとらえられてしまいました。しかし、これからどうなるかは貴女次第です」
「ウチは…」
「今回の騒動では貴女の非、吉井君の非がともにある。そこを反省し、反省させて次へ進んでみなさい」
「さて、詭弁を弄してしまいましたが、本来部外者である私が出すぎた真似をしてしまったことをお詫びします。申し訳ありません」
「いや、むしろウチが八つ当たりみたいなことをしたのが原因なのよ。こっちこそごめんなさい」
島田さんも落ち着いたようで、自分の非を認めて謝罪してきた。…とてもいい子だ。
「さて、こんな時間では部活ももう終了間際ですが、それでも部室に行きますか?秀吉」
「ぬ?…ああ!?もう向かっても手遅れな時間じゃぁ!!」
すでに部活練習時間は過ぎており、熱心な生徒でももう殆ど残っていない時間になっていた。秀吉は練習にいけなかったことに愕然し、落ち込んでいる。
「ああ、島田さん。最後に一つ」
「え?」
「今回の件、貴女と吉井君に非があるのは事実ですが、それ以上に重たい非がある人物がいます。それを許すかどうかは貴女次第ですが、どうか自分を責めすぎないように」
私はそれを言い残し、秀吉を引き連れて帰宅の途へとついた。
翌日の放課後、演劇部の練習場から外を眺めていると、島田さんが走り去っていくのが見えた。あとから合流した秀吉に聞いてみると、「不意打ちであれは卑怯じゃ…」とわけのわからないことを言っていたのだが、私には関係ないことなのだろう。
「えっと、そこの木下君のとなりにいる…「加藤です」加藤君。ちょっと大道具の運搬手伝って~」
先輩のお願いを聞きうけ、運搬などをしているうちにその日は終わった。
「あ!お姉ちゃん、お帰りなさいですっ!」
「た、ただいま………」
「お姉ちゃん、どうかしたですか?お顔が真っ赤ですよ?」
「葉月、どうしよう………」
「何がですか?学校で何かあったですか?」
「あのね、葉月………」
「はいです?」
「お姉ちゃんね……もう、どうしようもないくらい人を好きになっちゃったかも……」
「で?今回の服はどうだった?」
「着心地は◎、動きやすさは〇、私の好みには△ってところだと思うよ?」
「やっぱりかぁ…お前、どっちかっていうとかわいいより綺麗系の方が似合うもんなぁ…。で、化粧品は?」
「いつものより化粧落としに時間がかかんなかった。というか、たまには男子の服も持ってきてくれないと…いつも女子の服だとアルバイトの条件にあってないよ?」
「いーじゃん、別に。似合うんだし…わかったよ。今度は男子の服ね。わかったから私を玄関へ送り出そうとするんじゃない」
「女装をしないなんて言ってないんだから、ちょっとはこっちの願いも聞いてほしいんだよね。ダメならいいんだけれど」
「…次は明後日に持ってくっから、飯用意しといてくれよ?」
「了解。今日のご飯は貴女の好きな煮込みハンバーグですから、今日も食べていってくださいね」