馬鹿とテストと薄い影   作:のろし

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第五話

 

 

 

 

「バイトの停止期間?」

 

「そう、期末テストの一週間前から」

 

「別に店舗でのバイトじゃないんだから、気にしなくてもいいだろ?」

 

「そうもいかないんだ。テストの点数を現状維持以上にしておかないと、バイトの許可が取り消されてしまうからね」

 

「ふーん、学生ってのも結構大変だねぇ。じゃぁ、次のモニターは再来週にでもたのんだよ」

 

「了解。ごめんなさい、こっちの都合で」

 

「かまやしないさ。むしろもっと我儘言ってほしいんだけどね」

 

 

 

 

 

 

 ――Aクラス――

 

「は?秀吉の勉強を見てほしい、ですか?」

 

 私がいつものブレンドコーヒーを作っていると、秀吉のお姉さん…木下優子さんが話しかけてきた。ついでだからと彼女の分も作り、ブラックでいいか聞きながら話の内容を聞き返す。

 

「いいわよ。そ、あいつ、演劇に感けてろくに勉強してないもんだから、ただでさえバカな頭が更に悪くなったみたいで…」

 

「さらっと自分の弟を罵倒できることを尊敬しますよ…どうぞ」

 

「ありがと。アタシからしてみれば自業自得なんだけど、そのせいで演劇の方もちょっと苦言を呈されてね。アタシの弟がバカなせいで部活を辞めたらアタシの評判も下がっちゃうでしょ?かといってアタシは教えるの得意じゃないからアンタに頼んでんの。…おいしいわね」

 

 そう言って優子さんは私に頼んできた。秀吉の演技が見られなくなるのは私にとっても利はない。

 

「そういう事情なら全然構いませんが。…お口に合ったようでなによりです」

 

「アンタ、絶対料理うまいでしょ…女としてちょっと自信なくすわ」

 

「最近は男女関係なく料理を作りますからね。私の場合は必須技能ですし」

 

「そういえばそうだったわね。別に謝る気もしないけれど」

 

「ええ、必要ありません。で、いつ頃がいいですか?」

 

 私もさすがに毎日は見れませんが、と言外に含んで問いかけると、彼女は答えた。

 

「えっと、できれば火曜、木曜と週末お願いしたいんだけど」

 

「それなら大丈夫です。週末は泊まりにしましょうか?」

 

「アンタが秀吉に変なことしないならね…別にそれもいいけど」

 

「男が男に何をしろっていうんです…久保君でもあるまいし」

 

「そこで久保君が出てくるのがよくわからな…」

 

 私は久保君の方を指差し、彼が一枚の写真を大事そうに見つめているのを見せる。優子さんもそちらを見て、すぐに視線を戻した。

 

「Aクラスだけはまともだと思っていたのに…」

 

「弟を非情なまでに罵倒できる貴女がいる時点で私にはまともだと思えませんが」

 

「うるさいわね。アタシの罵倒には愛があるからいいのよ」

 

「貴女は本当にブラコンですね。もはや尊敬できるほどに」

 

「崇めるがいいわ。で、秀吉のことなんだけど、せめて全部三桁前半が摂れる程度にはしてほしいのよ。どんな手段を使ってもかまわないから」

 

「…Dクラスの中堅以上ですよね、それ。…わかりました、何とかしましょう」

 

 休み時間もやがて終了に近付いたため、とりあえず昼休みに秀吉へ伝えることを確認してそれぞれの席に戻った。

 

 

 

 

 

 ――Fクラス前廊下――

 

「――と、いうわけなんだけど…」

 

 昼休み、秀吉に報告するためFクラスへ赴いた。いつ来てもFクラスの設備はひどいものだ、と思いつつも、秀吉を廊下に呼び出す。説明をしている間、彼はずっとカタカタと震えていたが、一体何があったのだろう。

 

「了解なのじゃ、だから姉上、その関節をありえない方向に曲げるのはやめ…」

 

 ……過去のトラウマが復活しただけらしい。

 

「秀吉、お前のお姉さんはもう暴力は振るわないから。大丈夫、安心して」

 

「…ッ!すまん、ついあのころを思い出してしもうて…」

 

 彼女からすれば愛情表現だっただろうスキンシップは、秀吉に多大なトラウマを残しているらしい。話が進まないので立ち直らせてから説明を続ける。

 

「で、明日と木曜の夕方、金曜から日曜の夕方までが家に来てもらう日。それ以外は自分で勉強しなさい。演劇部は今週中出入り禁止になってるから、行っても入れてもらえないよ?」

 

「ワシにとって演劇を一週間控えろというのは酷なものなのじゃが…」

 

「テストで悪い点とったら卒業まで控えなきゃいけないかもしれないんだし、我慢しようか。代わりにテストが終わったら…これ」

 

「それは!!」

 

 私が取り出したものを見て、秀吉のテンションが一気に上がる。

 

「劇団一揆の公演のチケット。本当ならテストが終わってから教えるつもりだったけど、目標があった方が秀吉も頑張りやすいだろう?テストで全教科100点以上とったらあげる」

 

「頑張る、ワシ頑張るのじゃ!」

 

「ん。いい子だね、秀吉」

 

 秀吉を釣るのにはちょうどいいチケットである。本当は私も観劇したいが、同じ演目はまたあるだろうし、今回の公演は評判がいい。秀吉に見て貰うほうが演劇の勉強にもなるだろう。

 

「ちょっと待っておくのじゃ!明日と言わず、今日これからでも勉強を――」

 

「バカたれ」ベシッ

 

「あうっ!」

 

 演劇関係なら意気込むだろうとは思ったけど、ここまでとは思わなかった。

 

「私にも都合というものはあるんだ。今日、水曜は私の勉強をしたい。お前に教えるのはその復習を兼ねているんですよ?」

 

「うぅ…わかったのじゃ、今日はとりあえず雄二達に勉強を…」

 

『…おとなしく、私にトランクスを頂戴』

 

 ダッ<―――誰かが逃げる音。

 

 ゴッ<―――私が跳ね飛ばされる音。

 

 ズダダダダ<―――誰かが逃げていく音。

 

「…うん、友人がいるならそちらにも勉強をおしえてもらいなさい」

 

「轢かれながら言うとる場合ではないぞい!?」

 

『実は、昨日作った特製クッキーが』

 

 ダッ<―――誰かが逃げる音。

 

 ゴリュッ<―――私がひきつぶされる音。

 

 ズダダダダ<―――誰かが逃げていく音。

 

「じゃあ私は保健室に行ってくるから」

 

「誰かに連れて行ってもらうべきなのじゃ!?」

 

 どうやらまた気付かれずに轢かれたらしい、激しい痛みが体を包んだ。…流石に怒ってもいいんじゃないだろうか?

 

「雄二、二人で逃避行なんて…加藤?」

 

「加藤君!?」

 

「加藤!一体何してんのよ!?」

 

「この場合何されてんのよ、が正しい気もしますが、ごきげんよう」

 

「右腕が腫れてる…すぐに保健室へ」

 

「はわわ…保健委員の方は…」

 

 …?……あぁ、右腕に奔る激痛はこの腫れか。少し急いだ方がいいかもしれない。私は保健室に行こうとして…起き上がれなかった。

 

「裕紀!?すぐに担架を持ってくるのじゃ!須川、横溝!すぐに此奴を保健室へ運ぶのじゃ!」

 

 …薄れる意識の中、頭を打っているなら動かさないほうがいいのでは、と考えつつ、私は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 ―――保健室―――

 

「…右腕は間違いなく折れてるわね。頭を打っている可能性は?」

 

「…そこまで考え付かなかったのじゃ、申し訳ない」

 

「打っているのね?」

 

「…おそらくは」

 

「ふぅ…わかったわ。とりあえず貴女達は授業に戻りなさい。霧島さん、彼は午後の授業を欠席する事を担当の先生に伝えて」

 

「…わかったのじゃ」

 

「…わかりました」

 

 

 

 ――意識がはっきりする。ここは…

 

「し『そのネタはみんな必ずやるわ』そうですか…」

 

 私はどうやら保健室に運ばれたらしい。養護医の先生にまだ動くな、と言われたので動かず視線だけで部屋を把握する。

 

「あなた、利き腕は?」

 

「右です」

 

 答えると、先生は顔を曇らせてしまった。私が右利きだと何か不都合でもあるのか…。

 

「ああ、右腕が折れたんですね?」

 

「そ、意識の混濁や強い吐き気なんかはない?」

 

「…大丈夫です。少し右の痛みがひどいだけで」

 

「ごめんなさいね、すぐに鎮痛剤をあげたかったんだけど、飲み薬だから」

 

 体勢を変えられないために右腕を見つめることはできないが、確かに指先を上手く動かせない。ため息をついて、先生に事情を聴いた。

 

「どうやらFクラスでのプチ騒動が発端みたいね。逃げ出そうとした男子の直線状にあなたがいた。それも二回ね、跳ね飛ばされた後踏みつけられて右腕は多分単独骨折では済まないでしょう」

 

「そうですか。テストには…間に合いませんね。仕方ないか」

 

 私は今回のテストの大幅な点数上昇をあきらめた。

 

 

 

「失礼します」

 

「失礼する」

 

 放課後、そう言って保健室に現れたのは、Fクラスの坂本代表と吉井君だった。どうやら秀吉たちに教えられたらしく、先生にベッドの場所を聞いている。秀吉たちも来たようで、秀吉はすぐさま私のベッドへ来た。

 

「裕紀!大丈夫かのぅ?」

 

「意識がはっきりしたのは先ほど。右腕は間違いなく骨折で、どうやら頭部の損傷はないみたいだ」

 

「よかった……。お主ら、ちゃんと謝罪せいよ?」

 

 そう言ってちょうど私のもとへ来た二人が、私に話しかけた。

 

「Fクラスの坂本だ。今回はこのバカがお前に怪我をさせてしまい、申し訳なく思っている。すまん」

 

「同じくFクラスの吉井だよ。ごめんね、雄二が君を突き飛ばしたせいでこんな怪我を負わせてしまって」

 

 双方のにらみ合い。

 

「…謝罪は要りません。此方がよけなかった不手際もあるのでしょう」

 

「え?そう言ってもらえるとたすかるよ!治療費なんて僕には払えないし…」

 

「そうか、それは助かる。おかげで鉄人の恐怖の補講はなくなりそうだ」

 

「お、お主ら!」

 

「ですので、さっさと出て行っていただけますか?暴行犯罪者共」

 

「「なっ…!!」」

 

 いくらなんでもこの態度はひどすぎる。自身に謝意がないのに言われたから来ました、という感じがありありと見てとれる。

 

「私はこれから病院に行かなければなりません。右腕の骨折の処置と、頭部レントゲンなどの検査です。その中で出てきた不具合は、全て診断書で出していただきます。それを持って、後日事務へ暴行による致傷、と説明させていただきます」

 

「んな…!?」

 

「ひどいよ!えーと…誰だっけ?」

 

「自分の責任で怪我をした人への謝罪の理由に他人を使い責任転嫁を謀る、怪我人そっちのけでにらみ合いをする。此方の不手際を認めた途端に言いたい放題に言ってのける…謝罪する相手の名前を覚えていない。どこに反省、謝罪の意が込められているんですか?どうやら貴方達は自身の行いの結果を軽く見ているようですので、学校側にはっきりと意見をいただきましょう。」

 

「裕紀!ここは抑えるのじゃ。相手は観察処分者というバカ一直線の明久に悪鬼羅刹の雄二じゃぞ!難しい話をしても無駄なのじゃ!」

 

「まって!秀吉、僕のことをさりげなく罵倒しないで!」

 

 秀吉がおそらく友を守るためでもあるのだろう、私を宥めようとしているが、私はどうやら本気で怒っているらしい。

 

「秀吉、お前はコレと友人関係にありますね?」

 

「う、うむ」

 

「友人を庇う行為は美徳とも思えます、ですが今回の件に関しては、全く反省の色を見せない問題児を擁護している構図にしかなりません」

 

「おい、加藤とやら。言わせておけば言いたい放題言いやがって…」

 

「なんですか?ふざけるなとでも言いたいんですか?それは此方のセリフです。貴方達に怒る権利は本来ないことを知りなさい!」

 

 

 

 裕紀が本気で怒っている。それは本当に珍しいものじゃ。殆どのことを「仕方ない」で済ませている此奴がこのようになるのは、本当に理不尽なことをされたときのみ。それでも…!

 

「とりあえず!とりあえずストップなのじゃ!」

 

「秀吉…」

 

「裕紀、お主には後で二人をしっかりと謝りに行かせる!じゃからここは抑えるのじゃ!」

 

「…そこの二人」

 

「な、何?」

 

「…あぁ?」

 

「即刻出て行きなさい。今は貴方達の顔を処分が下される場以外でみたくありません」

 

「てめっ…!」

 

「雄二!」

 

「…ほんとにごめんね?えーと…加藤君?」

 

「…チッ!」

 

 とりあえずは矛先を収め、部屋から出る二人、ワシが裕紀の方へ向きなおると、裕紀は…泣いておった。

 

「…どうしましょう、悔しくて仕方がありません」

 

「裕紀…」

 

「私は今まで成績を上げるための努力をしていました。でも、利き腕がうまく動かない状態で、問題を解くなど容易ではありません。ただの事故です。私も納得しようと思えば簡単です。仕方ない、と言えば済むのですから…ですが私の努力を簡単に踏みにじって…それでへらへら笑えるあの人たちが許せないッ…!」

 

「…あの二人に変わり、今はワシが謝るのじゃ。すまぬ、裕紀…すまぬ!」

 

「バイト…どうしよぅ…成績維持できないよ、この腕じゃぁ…」

 

 此奴の姉ともいえる存在に、裕紀は非常に気を使っておる。バイトの形にせず、援助を受けるのは申し訳ないのじゃろう。もっと甘えろ、と言いたいのじゃが、此奴はすでに甘えている、という。…優しい彼女のことじゃ、気にせず仕送りに変えるじゃろう。それが…裕紀には心苦しい。

 

「…裕紀。病院へ行こう。診断を受けねばならぬ」

 

 

 

 

 

「ったく、なんだってんだよ、あの野郎…」

 

「ちゃんと謝ったのに…雄二が変なこと言うから」

 

「あぁ!?てめぇがバカな言動をするからだろうが!」

 

「なにおう!?雄二、痛い目に遭いたいんだな!」

 

「ヘッ!返り討ちにしてやるぜ!」

 

 

 

 

 

 

「少し強く圧迫しますので、物はほぼ持てませんな。左は使えますか?」

 

「少しは。物を書くのは少し難しいです」

 

「ん。なんにせよ、頭部に異常がなくてよかった。診断書はすぐできます。受付でお待ちください」

 

 

「どうじゃった?」

 

「数か所が完全骨折していて、ギプスがとれるまで2カ月、完全な握力の復活は…リハビリ次第だってさ」

 

「…治るんじゃな?」

 

「大丈夫、あくまで目指すのは元の握力だけど、50もあれば日常生活は送れるから。そこまでは確実だって」

 

「…よかったのじゃ」

 

「秀吉、申し訳ないんだけど」

 

「あの人には連絡しておらん。ワシの家に連絡をして、テスト明けまで泊まっていくがよい」

 

「…ありがとう」

 

 

「加藤君が怪我!?…大丈夫かな…?」

 

 

 

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