「………」
「秀吉、授業をまともに聞いたのはどれくらい振りなのですか?」
「…一年以上はたってると思うのじゃ…姉上も裕紀も厳しいのじゃ…」
「アンタの場合基礎ができてないのよ。授業を聞くのは第一歩なのよ?アタシも協力してあげてるんだから来世まで感謝しなさい」
「…来世は、ぜひとも貝になりたい…」
「こんなときにも映画のセリフを引用とは…尊敬に値しますね」
―――Aクラス PM0:30―――
午前中の授業が終わり、昼休みとなった。秀吉は久しぶりに授業をまじめに聞いたことで、真っ白になっている。
「でも、ちゃんと聞こうとする姿勢は見えてきたわね。褒めてあげるわ」
「…姉上が褒めてくれたのじゃ~」
「姉弟仲がよろしいことですね。後は午後の授業ですから、頑張りなさい」
「午後の授業は…何なのじゃ?」
「試験のない、音楽と体育ですよ。息抜きに楽しんで授業を受けなさい」
Aクラスは午後の時間に試験のある教科がほぼない。午前中にしっかり学んだ後は、体を動かしたりすることでリフレッシュして、記憶力の低下を防ぐ。帰ってから学習をしない生徒はほぼいないため、自宅学習の前のリフレッシュとして芸術・体育などの授業は人気が高い。
「アタシはできれば音楽より試験科目の復習にしたいんだけど…」
「音楽は苦手でしたね。でも、声は綺麗なんですし、歌唱法を少し矯正するだけで違うと思いますよ?」
「ありがと…。とはいえ、すぐすぐ出来るもんじゃないし、苦手意識は完全に出来上がっちゃってるし、やっぱ避けたいとは思うもんなのよ…」
「私も苦手科目には少し忌避感がありますね。その気持ちはわかります。…さ、お昼にしましょう。普段のように右腕が使えないので、あまり手の込んだ料理はできませんでしたが、お弁当です」
「…アンタはほんとに…」
「裕紀のお弁当じゃと!?嬉しいのじゃ!」
「はい、秀吉。優子さんもどうぞ」
私の料理の腕をよく知っている秀吉は、すぐに回復して喜んでいる。優子さんはどうやら呆れているようだ。左手でも料理はできますよ?時間はかかるけど。
「だいたい秀吉、アンタはなんでそんなに裕紀の料理の味を知ってるのよ?」
「んむ?演劇の練習を休日にやったりするときに持ってきてくれていたのじゃ」
「私も秀吉の演技は好きなので。一緒に演劇部に入って近くで見られるお礼です」
私たちが話していると、工藤さんがやって来た。
「はろはろ~。うわ、すっごいおいしそうなお弁当だね。ボクにも少しわけてよ」
「私の分からでよければ、どうぞ?」
「ありがと。…何これ、すっごく美味しい…。これ、加藤君が?」
「料理はもう長くやっていますので。私の数少ない趣味みたいなものです」
「う~…。おいしいんだけど、なんか悔しい…」
「愛子、コイツは割と完璧超人だから気にするだけ無駄よ?」
「でもぉ…」
優子さん、完璧超人て…そんなことはないんですが。
「アンタは自分のことを知らなさすぎるわ!」
心を読まないでください。
「じゃあ、治るまで結構かかるんだ…」
「まぁ、少し長くなりそうですね。ですが、心配するほどのことでもありません」
お昼を食べながら、私の怪我の話になったので、医師の言っていたことを説明する。
「それでもクラスメートが怪我したら心配するよ。当然のことじゃない?」
「…そうですかね。有難うございます、工藤さん」
「それにしても、今回の秀吉君の騒動は何なの?Fクラスの人たちと喧嘩でもしたのかな?」
「………彼奴らが素直に裕紀に謝れば、ワシもこうはならんかったのじゃ」
「え、ほんとに喧嘩なの?ちょっとびっくり」
「まあ、深く詮索はしないであげてください。本人が解決すべき問題に首を突っ込むのはあまり良くないですから。秀吉も、朝にも言いましたが、私のことだけで彼らを切り捨てることはしないようにお願いします」
「じゃが!」
「Fクラスではよくおこることなんでしょう?たまたま運悪く私が居合わせただけです。彼らが謝らないことには私も腹を立てていますが、彼らには普通におこる日常の1ページなのではないですか?」
「…確かによくおこっていることではあるのじゃが」
「ね?だったら、縁を切るほどのことでもないでしょう?昨日は確かに私も激怒してしまいましたが、秀吉も若干それにつられていたのかもしれません。今日すぐにとは言いませんが、できるだけ早いうちに仲直りしなさい。たった一度のことで彼らの全てを切り捨てるのは、後々お前にも不利益があるかもしれないんです」
「……わかったのじゃ」
「さ、お昼を食べてしまったのなら手を洗ってきなさい。その後少し息抜きに台本読みにつきあいますよ」
「うむ!じゃったらすぐに手を洗ってくるのじゃ」
…秀吉を教室の外へ一旦だして、私は優子さんと工藤さんに向き直りました。
「…今のって、加藤君自身をものすごく軽んじてる気がするのは気の所為かな?」
「愛子、間違ってないわ。秀吉はバカだからすぐに納得したけれど」
「おや、二人はやはり気付いていましたね…。確かに、私自身を軽んじた内容ではあります」
二人に詭弁は通用しなかったようで、私に厳しい目を向けてくる。
「というか、怪我を負わせた人は謝ってきてないの?それ、おかしくないかな」
「処罰も受けないんでしょう?アンタはほんとにお人好しなのよ」
「まあ、詭弁ではありますけれど、それで理解してください。優子さん、秀吉の感情を遠回しに否定したことは謝ります。ですが、秀吉は役者を目指している。それには広い対人関係が必要です。私個人を理由に、対人関係を狭めることをしてほしくないんです。秀吉は少し私に依存しているようですから」
「…わかったわ。私は口出ししないって昨日も言ったし、ね」
これは私の本心であり、秀吉を高く評価していることを伝えた。優子さんもそこは納得してくれたようだ。あとは…。
「でもさ、なにも処罰なしっていうのは…」
「処罰はありません。しかし、私は許していません」
「え?」
工藤さん。彼女はやはり納得できないようである。…本来なら言うべきことではないが、仕方がない。
「謝罪がない限り、私は許しません。ここだけの話に留めておいてくれるなら、私の本当の考えをお伝えします。ただ、秀吉がいないところで」
「…なら、今日の放課後に図書室かな?」
「アタシも聞いていいのよね?昨日の詭弁では…ないんでしょう?」
「ええ。秀吉には先に帰ってもらいましょう。さっきの詭弁が意味を失わないように」
―――Aクラス PM0:45―――
『―――貴方は、民をなんだと思っているのか!』
『民、とな?儂にとっては、ただの所有物にすぎぬよ』
『――ッ!ならば、貴様はもはや王ではない!慾にまみれた、ただの愚人だ!私は民への約束と、正義のために貴様を倒す!』
『吠えたな。ならば、儂を殺すがよい。儂が慾にまみれた愚人なら、貴様は正義に溺れた賢人なのだろうな!』
『私の行いを、貴様の愚行と同列に扱うな!』
『同列だよ。正義の対極は悪ではない。儂は悪だが、その対極にいるお前も、儂を殺した時点で殺人者という悪だ!』
『減らず口を叩くな!民も私を後押ししてくれている。ならば、それに答えるのが私の使命だ!』
『所詮は正義など、多数に支持された考えでしかない。民衆の考えなど、揺れ動く葦の葉と同じと知れ!』
「…秀吉の演技の才能は昔から知ってたけど、アンタがそこまでしっかり演技できるのは知らなかったわ」
「加藤君、凄いね!秀吉君に全然負けてないよ!」
台本読みを終わらせた後、少し呆然とした優子さんと興奮した工藤さんから話しかけられた。
「一応は演劇部所属ですし、秀吉の台詞に喰われてしまっては、台本読みの相手は務まりませんから」
「しかし、やはりお主と台本合わせをするとはかどるのじゃ。これで本番は照明と大道具なんじゃから、演劇部もよくわからんのう」
「演技以前に気付いてもらえてないんでしょ、アンタ、影薄いから」
「姉上、いくらなんでもひどくないかの!?」
「あぁ、やっぱりそうなんですね。演劇部の部長さんにも名前を覚えて貰ってないので、薄々気づいてはいましたが」
「おぬしももっと動じぬか!?」
秀吉が何やら叫んでいるが、私はどうやら本当に影が薄いらしい。なるほど、確かに人に名前を覚えてもらうのに時間がかかったり、並んでいると私のときにレジ休止になったりするのはそれが理由か。そんなことを思っていると、霧島代表が声をかけてきた。
「…加藤、怪我…大丈夫?」
「ああ、代表。少し大袈裟ですが、ちゃんと治りますよ。お気になさらず」
「…雄二に怪我させられてた。それ…私が原因」
「えっと…どういうことでしょうか?」
「私が雄二にトランクスを渡すように言ったら雄二が逃げたから…」
「いきなりの衝撃的なカミングアウトに少し驚きを隠せませんが。代表、つまり貴女の言動で私が怪我をした、と?」
「…(コクリ)ごめんなさい」
なるほど、遠因は自分にあるから、自分が謝罪する、というわけですか。
「…いいんですよ、これは事故です。それに、直接怪我をさせたのは彼ですから。ひどい言いぐさかもしれませんが、私が必要としているのは彼の謝罪です」
「…でも」
「貴女の謝罪を受け取らないわけではありません。ただ、実行者の彼が謝らないと、私は彼を許すことはできませんから」
「なら、私が連れてきて謝らせる」
「代表、それは意味がないですよ。彼の自発的な謝罪が必要なんです。アイツが言うから謝る、ではだれも納得しないでしょう?」
無理やりにでも謝らせようとする雰囲気を醸し出した彼女をたしなめ、私は話を続けた。
「誰かに強要されても意味はありません。本人が、自分の非を認め、謝罪するというモーションにこそ意味があります。言葉は悪いですが、外野が口出しするな、ということです」
「…わかった。でも、私も原因の一つだから、改めてごめんなさい」
「ええ、謝罪をしっかり受け止めさせていただきました。さ、午後の授業もそろそろ始まりますよ?席に戻らなければ」
そう言って、霧島代表を席に向かわせ、秀吉たちにも席に戻るよう言いました。今度は放課後…図書室ですね。本音を言うのはためらわれますが…。
―――図書室 PM4:00―――
秀吉を帰らせて、アタシと愛子は図書室へ向かった。先に行っていた裕紀は図書室の奥…談話スぺ―スの少人数個室にいた。少し時間を持て余していたらしく、机には大学ノートと戯曲集がある。
「待ったかしら?」
「…いえ、左で字を書く練習になりました。ちょうど良かったくらいです」
「じゃあ、話を聞かせてもらうよ?」
愛子がそういうと、裕紀は一つため息をつき、話し始めた。
「今回のことを事故として処理したのは、表向きには学校の風評被害を防ぐ、彼らの進学にひびくことを防ぐ、の二つなんですが、実際には後者は考慮していません。先生方にはそう話を通してありますが、私個人としては処罰をされては困る理由がもう一つあります」
そう言って、少し言葉が途絶えた。それは此方の様子を窺っているようで、アタシは少しイライラしながら続きを促した。
「…今回の彼らと普段の彼らを見ていて、はっきりと常識が欠如していることがありありとみて取れました。これは在学中はそれほど問題にはなりません。しかし、社会に出たらどうでしょうか?」
「どうって…常識がない人を雇うところなんてほぼないでしょ」
「いつ問題を起こすかわからない不穏分子なんて、採りたがらないよね…」
「そう、社会で彼らは通用しないんです。今回の事件では、その二人の矯正の機会が訪れたともいえます。学校側の処罰は彼らに常識を持たせる可能性があったんです。それを私は蹴りました」
「…それって」
「その可能性を知ってた上で、ってことだよね?」
「もちろんです。私は彼らの行動が許せません。停学や退学などと言う一瞬の処罰では怒りがおさまらない。他者の影響で気付く機会を与えない、それが私の中での彼らに対する処罰です」
「…あくどいわね」
「加藤君って、実はかなり性格悪いでしょ」
「右腕は在学中ほぼ使えません、そんな怪我を受けて『それじゃ仕方ない』と諦められるほどに、どうやら私は人間ができていないようです」
こんな話秀吉には聞かせられません、と裕紀は言った。
「じゃあ、あっちがほんとに謝ってきたらどうなの?」
「そうね、アンタが言ってることは、あっちが謝って来たときのことを言ってないわよ?」
「その時は…その謝罪を受け、許します」
「「………は?」」
「私が許せないのは、こんな怪我をさせておいてちゃんと謝りもしない常識知らずの彼らです。きちんと謝ることを知った彼らに、私は怒りを感じる理由がありません」
…こいつはやっぱりお人よしだわ。それも100年に一度くらいの。
「加藤君ってさ、お父さんみたいだよね」
「は?お父さん、ですか」
「間違っていることをわからない子を叱る、それでもわからないなら突き放す。でも、それを理解したなら褒めてあげる。ほら、お父さんだ」
なるほど、愛子の中でのお父さんイメージはそんな感じなのね。ま、わかる気もするんだけれど。
「アンタってやつはほんとに…どんだけ黒いことを言うのかと思ったら、どこまでも甘ちゃんなんだから…」
私にはそれ以外に言葉を出すことはできなかった。
―――Fクラス PM4:15―――
「秀吉、結局戻ってこなかったね…」
「フン、どうせ明日には戻ってくるんだろ。ったく、俺らが悪いわけがねえのによ…」
「…ほんとに僕らは悪くないのかな…」
「オラ、明久!今日の勉強会は俺の部屋でやるんだろ、さっさと行くぞ」
「あ、うん。姉さんにまた減点されちゃったから、ホントに勘弁してって感じなんだよね」
「………木下がいないと教室が静かね」
「木下君、結局帰ってきませんでした…」
「やっぱり、幼馴染に怪我をさせられたら、そうなるわよね…」
「明久君たちが完全に悪いと言いたくないですけど…怪我をさせたなら謝らなきゃですよね」
「…さ、瑞希。一緒に勉強しましょ?明久たちと一緒に勉強できる気分でもないし」
「…そうですね。今日は美波ちゃんの家ですか?」
「そうね。そうしましょっか」