馬鹿とテストと薄い影   作:のろし

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第八話

「病院へ寄ると遅くなってしまいます…おや?」

 

「―――だからさ、ちょっとくらい付き合ってくれてもいいだろ?」

 

「お断りしますと何度も言っているでしょう?いい加減諦めてください」

 

「そんなこと言うとさ…力づくになっちゃうよ?」

 

「………あのー」

 

「ん?なんだ、てめぇ?」

 

「其方の女性、厭がっているようですが?」

 

「え?なに、ヒーロー気取りで放してやれとか言うの?お前」

 

「ヒーロー気取りではありませんが、善良な一般市民として忠告をと」

 

「は?ふざけてんのか!?」

 

「こうやって絡んでいると、警察の方に良い印象を持たれませんよ?」

 

「サツが怖いとでも思ってんのかよ!ぶっ殺すぞ!?」

 

「え~と…からまれてますよね、これ」

 

 

 

 ―――帰り道 PM18:25―――

 

 女性をナンパしている二人の男性が、少々手荒に見えたために話しかけたのだけれど、今度は私が絡まれた。

 

「絡まれてますよね、だぁ?もうやっちゃっていいよね、これ」

 

「いいんじゃね、ギプスした奴なんか怖かねえよ!」

 

「なるほど、ギプスをしていなければ怖いと」

 

「「ちがうわ!!」」

 

「結構余裕ですね、貴女。絡まれてるのに」

 

「そういう君こそ」

 

 かなり肝の据わった女性のようである。かかわる必要はなかったかもしれない。

 

「あのですね、お二人とも少し冷静になってみてください」

 

「あ!?冷静になんて…」

 

「例えば、ワイルドな男性を好きになる女性も多いかと思います。ですが、この女性の場合、それに該当するわけではありません」

 

「何言って…」

 

「つまり、脈なしです。この女性に言いよっている間、他の貴方達のような人を好む女性を相手することはできません。(中略)それに、貴方達と彼女は人数的にも釣り合いません。そして、こんな人気の少ない路上でのナンパ自体、遂行数の分母が少なすぎます。どうでしょう、ここは繁華街の方へ行ってみては?」

 

「「………はい」」

 

 10分後、どうやら納得してくれたようで、二人は繁華街の方へ歩いて行った。

 

「…助かりました。しつこくて仕方がなかったので」

 

 そう言って女性は私に頭を下げた。

 

「いえ、気にされないでください。ただ、偶々通りかかっただけですから」

 

「ですが、こうやって助けていただいた以上、お礼はしなければなりません。家に来てくれませんか?せめて、お礼の食事でもと思います」

 

「…貴女のように魅力的な女性に誘われるのはとてもうれしいのですが、今日は友人の家で食事に招かれているので、またいずれということで」

 

「でしたら、君の携帯番号を教えてくれませんか?悪用はしません、此方から改めてお礼をしたいので。是非」

 

「…わかりました」

 

 そうして携帯のアドレスを伝え、私はその女性と別れた。

 

 

 

 ―――木下家 PM7:30―――

 

 帰りついた途端、秀吉が私に強い口調で話しかけてきた。

 

「裕紀!お主、遅いではないか!心配したのじゃぞ!?」

 

「ああ、すいません。ちょっと帰り道で色々ありまして。さ、ご飯を食べたら勉強ですよ?」

 

「…何があったのじゃ?」

 

「気にしないでください。ちょっと絡まれて諭しただけですので」

 

「本当に何があったのじゃ!?」

 

 問い詰める秀吉をのらりくらりとかわしつつ、夕飯を食べた。優子さんはまったく無関心な…

 

「裕紀×秀吉もいいけど、たまにはリバースも…」

 

 別のことに関心が行っているようなので、気にしないことにする。

 

「秀吉、これはお前が作ったんですね?」

 

「うむ?何故わかったのじゃ?」

 

「小母さんの味と違いますし、優子さんとも違います。おいしいですよ」

 

「…っ////」

 

 少し嬉しいから困る、とぶつぶつ呟く秀吉を見て、優子さんがよだれを…みないことにする。それが一番である。

 

「さ、勉強でもしましょうか」

 

 

 

 

 

 ―――木下家 PM9:30―――

 

「―――この時代の主な特徴として、世界各国で宗教が誕生しています。中国では儒教、インドでは仏教とジャイナ教…っと、ずいぶん時間がたちましたね。お風呂に入ってそろそろ寝ましょう」

 

 秀吉は本当に演劇だけに打ち込んでいたらしく、基礎的な問題からすでに解けていなかった。なので、教科書を一緒に読み解いていくところから始めたのだが、気がつけばかなり時間が経過していた。

 

「それにしても、よくついて来れましたね。理解できていないところを理解するまでも早かったですし、なにかコツでも見つけましたか?」

 

「うむ…、頭の中で全て演劇化してみたのじゃ!」

 

 訂正。コイツバカはバカでも演劇バカでした。

 

「お前ね…。まあ、元々演劇に対する理解力は半端なく高かったわけですし、それを勉強に応用する方法ができたなら、テストでも通用するでしょう」

 

「ちょっと解きやすくなってきたかもしれん!有難うなのじゃ」

 

「秀吉~、お風呂空いたから、裕紀も一緒に入れてあげなさい」

 

「了解なのじゃ」

 

 一部では女子、もしくは性別秀吉と噂されていることもあって、秀吉は男である私と入ることを嬉しがっている面もあるようだ。

 

「ところで裕紀、あの人にはもう話したの?」

 

「姉さんですか?ええ、今日の帰りがけに携帯で。騒がれたくないので階段からこけて骨折したと言っときましたが」

 

「…甘えたがらないアンタらしいわね。ま、あの人も過保護だし、それくらいの話にしといた方がいいか」

 

 私の後見人の彼女に、すぐに話をしなかったことにはわけがある。彼女はとても…私に対して過保護なのだ。あんな口調ではあるけれど。私がインフルエンザにかかったとき、会社をすっぽかして看病しに来てひと時も離れようとせず、満身創痍で会社に電話し連れて行って貰ったのは記憶に新しい。

 

「そうですよ。姉さんには申し訳ないのですが、仕事を蔑ろにすることはよくありませんから」

 

 

 

 

 

 ―――秀吉の部屋 PM10:50―――

「じゃ、おやすみなさい」

 

「うむ、お休みなのじゃ」

 

 秀吉の部屋は演劇の本がたくさんあるため、紙独特の匂いがする。この匂いは私にとっても慣れ親しんだものであり、下手な香水よりもいいにおいだと感じる。秀吉ははじめ、私をベッドに寝せようとしたのだが、(怪我人はベッドを使うべきらしい)私は布団の方が慣れていたため、提案を固辞。秀吉のベッドのとなりに敷かれた布団に入る。枕が変わると眠れない、というものは私にも該当するらしく、なかなか眠れないでいると、秀吉が話しかけてきた。

 

「…のう、裕紀よ。ワシらは…頼りないか?」

 

「…いきなりなんですか?質問の意図が分からないですよ」

 

「ワシは、お主のことが好きじゃ。ワシにとって昔から望んでいた兄のような存在じゃからな。ワシが困っていたら助けてくれる、ワシが迷っていたらさりげなく導いてくれる。…しかしじゃ、その逆は…全くないではないか」

 

「……秀吉」

 

「お主が悩んで、迷っているときに、ワシらは気付けない。ワシはこれでも観察眼には自信があるのじゃ。それが、お主には働かぬ。ワシにもわからんほどに、お主は平気な顔をしておる。ワシは…そんなのは嫌じゃ。助けてもらっている以上に、お主を助けたいのじゃ…それなのに…お主と…いう、や、つ…は…」

 

 秀吉はそのまま寝てしまった。

 

 ………。

 

「私はお前たちのことを好いています。だからこそ、私が迷惑をかけて、嫌われてしまうことが…怖い。両親がいなくなってからは更に拍車がかかりました。私の大切なものは、私の何気ない一言で離れて行ってしまった。大切なものを守るために、私は弱さを見せられない。私がお前たちを守るためなら、私は弱さなど切り捨てます。そうしないと、お前たちは離れてしまうでしょうから…」

 

「一昨日泣いたことも、後から不安で仕方なかった。お前に弱さを見せてしまった。私の失態です。お前は…私から離れていきますか?」

 

 答えは、ない。

 

「お前たちと出会わなければ、なんていう仮定はしません。それはお前たちへの侮辱です。でも、私がいなければとはよく思ってしまうんです」

 

「お前が私に依存しているんじゃないんです。そういう態度を見せてくれるお前に、お前たちに、私は依存している…!」

 

 私は、泣いているのだろうか…。

 

 

 

 

 

 ―――吉井家 PM9:30―――

 

「ただいま~」

 

「お帰りなさい、大変だったでしょう?」

 

「え?…うん。まあね」

 

「かばんを預かりますね」

 

「あ…」

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、姉さんがどうしたの?すっごくおかしいよ?」

 

「…減点50、と」

 

「ごめんなさい!言いすぎたから!それは勘弁して!?」

 

「まったく…アキ君もあの人のようにしっかりしてくれなくては」

 

「ねえ、姉さん?あの人って言われたって僕には誰のことだか…」

 

「ああ、実は帰りがけにナンパをされてしまいまして」

 

「えぇ!?大丈夫だったの!?」

 

「偶々通りがかった方に助けていただきました」

 

「そっか、それはお礼を言わなきゃね」

 

「多分アキ君の学校の生徒さんだと思いますよ?制服が同じでしたから」

 

「え?なら僕からもお礼を言わなくちゃ!どんな人だったの?」

 

「えっと…顔はよく思い出せないですね、おや?…まぁ、とても女装の似合いそうな男子生徒さんで、右腕をギプスで固定していましたね」

 

「え…?」

 

「怪我をしているのに身の危険も顧みずに助けに入るとは…アキ君にも見習ってほしいところです」

 

「………姉さん、もし姉さんと姉さんの友達が続けて人とぶつかって、その人に怪我をさせてしまったら…どうする?」

 

「はい?アキ君はおかしなことを聞きますね。そんな場合は、謝ることが先決です。どちらが先にぶつかっていても、怪我をさせたなら自ら謝らなければなりません」

 

「………」

 

「ところで、晩御飯やお風呂、いやらしいことはどうしますか?」

 

「晩御飯は済ませてきたし、お風呂は後で入るけど、最後は絶対にしないからね!?僕たち姉弟だよ!?」

 

「…アキ君が姉さんに興味を示してくれないので減点10です」

 

「理不尽だあぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 ―――木下家 AM6:00―――

 

「…おはようなのじゃ」

 

「はい、おはようございます」

 

「よく、眠れたかの?」

 

「ええ、少し前に目が覚めたばかりです」

 

「…よし、ジョギングに行ってくるのじゃ」

 

「行ってらっしゃい」

 

 

 

 

 ―――文月学園玄関 AM8:00―――

 

 秀吉たちと登校していると、向こうから吉井君が歩いてきた。とても思いつめた顔をしており、此方へ向かってきている。私は秀吉を先に行かせて、吉井君と対峙した。

 

「…おはよう」

 

「おはようございます、吉井君。処分もなしでホッとしているかと思ったら、ずいぶん思いつめた顔をしていますね。私は君の顔を見たくないと一昨日言ったはずですが?」

 

「…うん、そのことなんだけど」

 

「なんですか?やはり自分は悪くないとでも自己弁護するつもりなら…」

 

 次の言葉を紡ごうとしたとき、吉井君は私に頭を下げてきた。

 

「ごめんなさい!!」

 

「……その謝罪はこの場を収めるためだけのものですか?ならば受けることはできませんよ?」

 

「違うんだ!僕は…一昨日君にとても常識知らずなことをしちゃった。僕はバカだから、それに気付けなかった。君に怪我をさせたのに、僕の中であのくらいの事故は普通だったから、怪我をした理由もわからなかったんだ」

 

「…それで?」

 

 私は続きを促す。

 

「でも、実際に君は怪我をした、それが分かった時点で僕は謝るべきだったんだ。それをしなかった僕が、今は情けなくて仕方がないんだ」

 

「許してほしいなんて言わない。でも、僕は君に謝らなきゃいけないんだ、本当にごめんなさい!」

 

 …ふむ、どうやら本気で謝っているようですね。他者へのなすりつけもない。バカなりに精いっぱい考えたようで、彼の言葉には誠意がこもっている。

 

「許します」

 

「…そうだよね、すぐに許すってええええぇぇぇぇぇ!?」

 

「君が考えて出した、常識を持った答えです。その結果私に自発的に謝って来た。そのプロセスがあるのなら、私はこの怒りを持つ必要がなくなります」

 

 私がいきなり許したことが解せないのか、吉井君はうろたえている。

 

「たとえ事故であっても、人に怪我をさせたのです。一昨日のような態度は、今後絶対にしないと約束できますか?」

 

「あ、うん!それはもちろん」

 

「なら、私は君を許します。ちゃんと常識的な答えを出せましたね。偉い偉い」

 

 そう言って、私は吉井君の頭をなでた。

 

「…よかったぁ。許してもらおうとは思ってなかったけど、許してくれなかったらつらいなぁって思ってたんだ」

 

「その感情は間違ったものではありません。さ、遅刻しないように昇降口へ行きましょう?秀吉にも、私たちが仲直りしたことを伝えないといけません」

 

 私は、彼を伴い、昇降口へと歩いて行った。

 

 

 

 

 ―――Fクラス AM8:15―――

 

「で、明久はちゃんと謝ったのじゃな?」

 

「うん、僕みたいなバカをすぐに許してくれるなんて彼はいい人だね!」

 

「まったくもってその通りじゃ。お主のようなバカを許せるお人好しなんぞなかなかおらんぞい?」

 

「…あ、うん」

 

「…ワシが怒っておった内容もお主はちゃんと理解しておる。心配せんでもワシはもう怒っておらんよ」

 

「有難う、秀吉!秀吉に嫌われたまんまだったら僕、どうしようかと…」

 

「…後は雄二だけ、かの?」

 

「……なんの話だ?」

 

「あ、ムッツリーニ。何気に初出番おめでとう」

 

「………どうでもいい」

 

「そんな顔ではないようじゃが…。実はの」

 

 

 

「………殺したいほど妬ましい…!」

 

「お主は何を聞いていたのじゃ!?」

 

「……だが、それは俺にはどうしようもない」

 

「そうだよなぁ…僕だって、いろんなきっかけがなければ思い至らなかったわけだし、雄二がそこに行きつくはずないし…」

 

「…それより明久、お前、勉強は…?」

 

「ヴ…それがさぁ…姉さんが更に減点をしてきて…本格的にヤバいことに」

 

「お―ッす!なんだてめぇら、今日はやけに早いじゃねえか」

 

「………(プイッ)」

 

「秀吉、やっぱり駄目?」

 

「無理じゃ。悪びれない態度をみるとなんだかムカムカしてくるのじゃ」

 

「なんだなんだ?明久はよくて俺はダメとかよ、やっぱりお前、明久のこと―――」

 

「アキ、こっちへ来なさい」

 

「明久君、木下君。二人ともこっちへ来てもらえますか?」

 

「…はい」

 

「ワシもかの…?」

 

「お、おい!?」

 

 

 

 

 

 木下とアキを廊下に連れ出して、ウチと瑞希は事情を聞き出した。

 

「――じゃあ、アキはもう加藤と仲直りしたのね?…よかったぁ」

 

「本当によかったです…」

 

 アキと秀吉がちゃんと話してたから、もしかしてとは思ってたけど、案の定だったわね。

 

「でも、いきなり呼び出されたから、てっきりまた…その、お仕置きを食らうのかと思っちゃった」

 

 …アキがウチ達に抱いている印象って……。

 

「アンタね…。その、悪かったわよ。今まで暴力とか振るっちゃって」

 

「私も、散々明久君の感情も考えずに暴走しちゃって…ごめんなさい」

 

 ウチ達がそう言うと、アキはとても驚いた表情をしていた。

 

「………あぁ、そうか。僕は殺されるのか」

 

「どこをどう飛躍したらそうなるのじゃ!?」

 

 木下、ウチも同じ気持ちよ。…全く、このバカは。

 

「アキだって思ったんでしょ?悪いことをしたなら謝らなきゃって。ウチ達だって同じよ。アキに怪我させちゃったことは、謝らなきゃ」

 

「その通りです。ですから、私たちもごめんなさい、をしなきゃいけません」

 

 瑞希の言葉の後、アキはとても驚いた顔をして、その後笑顔になった。

 

「よかったぁ。僕、二人に嫌われてないんだ」

 

 その笑顔がとても…その、カッコよかったのは認める。

 

 

 

 

 ―――Aクラス PM0:35―――

 

「……吉井が加藤と仲直りしたって」

 

「ええ、しましたよ?」

 

「…なんで?」

 

「昨日言ったでしょう?必要なのは自発的な謝罪だ、と。吉井君はちゃんと考えて謝ってくれました。なら、私が怒り続けるのは筋違いです」

 

「…雄二が自分から謝ったら、加藤は許してくれる…?」

 

「それは当然です。私はちゃんと謝ってくる人をないがしろにはしません」

 

「じゃあ…勉強会をする」

 

「いきなりの飛躍にびっくりです。一体どうしたんですか、代表?」

 

「…雄二は意地っ張りだから、加藤と直接話した方が気付いてくれる。勉強会という名目で、話す機会を作ってほしい」

 

「…いや、しかし彼の意思を無視して話は進められませんよ?」

 

「…大丈夫。私もちゃんとお願いするから」

 

「…私としては代表と勉強をするのはいい機会です。ですが、流石に彼と代表、私の三人では気まずいでしょう。他に人を呼んだ方がいいのでは?メンバーはどうしましょうか?」

 

「…だったら、優子と愛子にも相談してみる。なんだったら、吉井や優子の弟に声をかけてもいい」

 

「ホントに勉強会ですね。わかりました。此方も一方的に嫌っているだけでは不公平です。話す機会を持つことで、彼への気持ちも変わるかも知れない」

 

「…雄二は私の」

 

「盛大な勘違いをどうもありがとうございます!?」

 

 

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