■訳探し編【Ⅲ-Ⅰ】
昼休み、僕達は弁当の中身を奪いあうという無駄に激しいアクションゲームを繰り返していた。
こんな時まで体力を使うとは思わなかった。いや、そんなことより僕のチーズINハンバークは取らせない。
そんな固い意思のぶつかり合いの中、竜宮さんの提案に僕の箸が空中で止まった。
「雛見沢を紹介してくれるの?」
机を並べ、近くにいる彼女は笑みを浮かべて大きく頷く。
「うん! 本当なら圭一君だけの予定だったんだけど、孝介君もどうかなって。駄目かな、かな?」
「ううん。本当に嬉しいよ! これをきっかけに雛見沢を多く知れそうだもん」
竜宮さんの提案は雛見沢案内兼ピクニックといったイベントの開催。参加者は部活メンバー、つまりここに囲んだメンバーということになる。
明日は学校も休み。いち早く雛見沢という場所に馴染みたい僕にとって、まさに渡りに船だ。
みんなも乗り気な様子、北条さんと古手さんの2人は後で合流するというものの、参加することに異論はなかった。
前原君が僕の弁当にあるホウレンソウのお浸しを口にしながら、意外な言葉を発していた。
「俺も実はあんまり雛見沢に詳しくねぇんだ。まだ来て一ヶ月だからな」
「え、そうなの? かなり馴染んでいるように見えたからてっきり前から住んでるんだと思ったよ」
「あっはっはっは! そりゃあ圭ちゃんだもん。しかも老人達には中々面白い子だって人気だからね」
「俺の知らない所でどんな噂が立っているんだよ」
「……圭一も昨日の件でもはや雛見沢の有名人なのです」
「昨日のはマジで困ったんだぞ!? あの格好のまま家に入って親父とばったり会った時、『今度ナース服でモデルになってくれ』なんて言われたんだからな!」
そんなことになるなんて彼自身も思っていなかったのだろう。本当に残念な出来事だったと同情してしまいそうだ。これが部活の恐怖というものか、一歩でも踏み間違えれば自分がこの立場なんだろうな……。
しかし、前原君のお父さんは本当に何をしているんだ……。
「け、圭一君のナース服……はぅ~!」
「へ、変な想像するな!」
変な想像されていると思ったのか、前原君は茹でたタコ状態の竜宮さんの頭をワシワシと掻きむしる。
「はぅ~! や~め~て~!!」
「はいはい。おじさん達を置いて二人でイチャイチャしない!」
「魅音さんの言う通りですわ」
自然な流れで注意したのち、自然な流れで前原君の弁当のカツを奪う北条さん。
「ああぁ~!! 今日の主役であるカツがぁあぁあ!」
「ほーほっほっほ! けいいひさんすひだらへですわ」
「言いたい事は分かるんだけどね。ちゃんと食べてから喋ったら? 行儀悪いよ」
「……うん。圭一さん隙だらけですわ」
「おのれ沙都子……! ならこうだ!!」
前原君が北条さんの弁当から鯖の味噌煮を奪った。
何よと今度は北条さんが箸を巧みに使って前原君の弁当から卵焼きを奪う。いや、そもそも空中に飛ばす時点で食べ物を粗末にしているとしか思えない。
そこから園崎さんが「面白そう」などと変な興味心からの介入と、徐々にその規模は大きくなっていき……。
自分の栄養源を死守するのに、自分の栄養を浪費するという悪循環をひしひしと感じていた。
次の日の朝。
僕は学校とは違い、水色のTシャツに薄いジャケットを羽織った私服姿で待ち合わせの場所に来ていた。これぐらいの清潔さを見せといたほうが、みんなの印象もいいだろうと思ってのチョイス。
変に気構え過ぎない程度にしたつもりだけど、どうだろうか。
……それにしても約束より30分も早く到着してしまった。昨日から楽しみにしていたとはいえ、流石に早すぎたか。
当然誰も来ていない。部活で取れない一番をこんな時に取得してしまった。わーい。
「……。……本当に早く来過ぎたなぁ……」
時間を潰そうにも立ち寄る場所などどこにもない。
グルッと一周して見ても周りに見えるのは山と畑と森と電柱だけ、座れる場所も無い。
それが分かった瞬間、手に持つ絹製の手提げ鞄がずんと重く感じてしまった。
中には母さんが朝出掛ける前に渡してくれたタッパー。それが3つも入っている。
その中身は僕の好物の1つ、大学イモ。
母さんが得意とするおやつの1つだ。この大学イモ、店に負けないくらいおいしい。
「お世話になるんだから、これぐらいしないと」と言って渡されたのだが、タッパー3つは多すぎるような気がする。食べ切れるのだろうか。
それに昨日の帰り道、竜宮さんは奮発してお昼弁当を作ると言っていた。
園崎曰く、それがかなりの量だと思うので注意されたしとの事だし……。
果たしてすべて無事に完食出来るだろうか。
それ以前に今日は……いや今日も雲一つ無い快晴の中、腐らないかが心配だ。
そんな事を考えていたら、
「あんれぇ? 新しゅう引っ越してきたぁ子ぉかいな?」
後ろを振り向けばそこにはこっちを不思議そうに見ているおじいちゃんがいた。
ここ特有の訛りなんだろうか。
アクセントも昔いた所とかなり変わっていた。
「あ、えっとぉ……」
なんせ誰なのか知らない他人である。
どう話せばいいのか分からないし、困ってしまうのが僕としての感想であった。
「そうかたぁならねぇで。しっかしこなぁ淋しぃ田舎によぉ来てくれたなぁ……」
「そんな! 空気も澄んでて、自然が多くて、とてもいい所だと思いますよ」
「そぉ思ぉてくれぇたぁ、こっちゃあとてもありがてぇなぁ……」
どこか遠い目で何かに感じ入っていた。
「やっぱぁ、人がぁ来るにゃあ嬉しいからなぁ」
その時、気付いた。やっぱりここは寒村なのだということに。
子供が都会に行ってしまっていなくなってしまうこの村にとって、僕みたいな人は珍しいのかも。
だからこそ嬉しいのかもしれない。
前の街ならこんな風に通り過がりの人に話し掛けられた事なんてなかった。
村のみんなの顔を覚えているからこそ、今のような話し掛け方が出来る。村という小さな団体だからこそ出来ること。
街で顔を覚えていると言ったら友達や家族みたいな関係しか出来ないことと比べると、それは凄いことだ。
なんたって村全体が友達や家族みたいな関係を築き上げているという事と同じように思えるのだから。
それはとても凄いことで……素晴らしいこと。
都会じゃないと不便だと思ってたけど、そういうところは村だからこそ出来る、ということか。
改めてここの魅力を感じたような気がした。
「僕ここに来て、良かったですよ。本当にそう思います」
「そぉかぁ。まぁた、ありがてぇ子が来たもんだぁ。困ったこたぁあったら、何だったぁ言い。この村ぁ親切な人しかぁいねぇかぁな」
「はい、ありがとうございます」
その返事にウンウンと頷いたおじいちゃんはそのまま真っ直ぐ進んでいった。
その後ろ姿を見ながら、前原君が一か月という短い期間で馴染めた理由が理解出来たような気がしていた。
遅れてすみません。
これからは少しづつ変わる展開を感じてもらえれば嬉しいなー