「はぅ……。もう少しで取れそうなのに」
ダム建設跡地で、最初に聞いた言葉はそんな溜息混じりのものだった。前回と違って足場の安定したところを取捨選択し、安全な場所を探している。
そんなときに夕暮れ時に鳴き始めたひぐらしの騒音から聞こえた言葉。下から聞こえると思って、目線を落とせば竜宮さんが困っている姿を視認できた。
何度も引っ張っては諦めたようにため息をついている。行動から察するにあの人形を引っ張り出したいと考えているのだろう。確かケンタ君人形だったはずだ。
小さな丘のてっぺんとすその違いはあるというのに、ここからでも竜宮さんの服が汚れているのがわかる。どれだけ長い間奮闘していたのだろうか。それだけ欲しいという必死な想いがこちらまで伝わってくる。
……そこまでするほどのかぁいいかどうかの基準は度外視するとして、だ。
とにかく竜宮さんの加勢をすることにしよう。そのために長い一本道をずっと歩いてきたのだから。
まだ竜宮さんはこちらの様子に気づいていない。手を挙げて、とりあえずこちらにいることを知らせるべきだろう。
そう思い、肘をまっすぐ伸ばして大きく手を振る。
「お待たせ、」
『ガサッ』
何かが落ちる音、擦り切れる音がしたからして媒体は紙の何かであるだろう。
蹴ってしまって、それが転がり落ちてきたというでもいうのだろうか。音がなった方向は自分の目の前、足元に存在していた。
「別に足を動かしてないんだけどなぁ……」
自然と目に入ったそれは、どうやら古い雑誌か何かの様だ。少し色あせがあるがそんなに古いモノではなく、ただ雨風によって廃れたものであるのと推測できる。
拾いあげて、大きな活字に軽く目を通す。いや、そんなに意識はしていなかった。それは自動車に乗ってた時に通り過ぎる看板を傍観していたような感覚に近かった。
「『雛見沢ダム建設現場でバラバラ殺人事件!』…………え?」
そしてそれは唐突に頭を殴られたような感覚だった。
いけない物を見てしまった気になり、そして一気に興味という欲求が自分の中で大きくなる。そんな気にさせる内容は雑誌としては納得のタイトルだったといえるだろう。
しかし、それ以上に今の自分にとっては記者が思っている以上に心を揺さぶられているのも事実だった。何故ならそれは、今求め、この場所で起こっている内容についてだからである。
まさか、富竹さんの言ってた事件の事が書かれているのだろうか。
「未だに右腕は見つかっていない……」
思い出したかのように竜宮さんへと視線を向けた。
人形を取るのに必死なのか、まだこちらには気付いてない。表情は可愛い顔を歪め、どうしようか模索しているように見える。
竜宮さんは知らないって言ってたけど本当に事件は起こっているのか。しかも自分が思っている以上に身近なところで、だ。
ここまで見て、中身を確認しないのはよっぽど友達を信じているのか、ただの愚か者だろう。
嘘なのか本当か、その二択が自分の中ではっきり出来る以上、確認したいのは人の性である。
僕は足音を立てないように竜宮さんから見えない物陰に潜むことに決めた。土に塗れたページを何度か払ったのち、ページをめくる。
土と紙が擦れるザラザラとした音を立てながら、該当のページが目に映る。
どうやら見開き2ページで構成されており、過去の写真、そして今見ている光景の写真が載せられていた。
やはりここで間違いはない。気になる中身を読み上げようと、自然と小声になる。
「雛見沢で悪夢の惨劇だ。全国で有名になったリンチ・バラバラ殺人事件がようやく一部公開され、国からの説明が行われた。今回被害者となったもの、そして加害者達全員ダム建設の作業員であるという。ダム建設の作業員は全員捕まったとされているが、一部の噂ではまだ捕まっていない犯人が潜伏しているのではという内容も小さな話題となっている。それではなぜこれが大きな話題をよんでいるのかここで説明する必要があるだろう。まずは雛見沢という場所が関係している」
雛見沢が関係している。その言葉は嫌でも眉をひそめてしまう内容だ。なぜ雛見沢という単語にそのような事案が含まれてしまうのか。
先を読めば、その答えが簡潔に書かれていた。
「そもそも雛見沢は御三家と呼ばれる権力を持った家柄が存在する。古手家、園崎家、公由家は先代から権力を握り、この村を統治していた。国の政策に囚われることなく、御三家の発言が絶対とされたこの場所では、ダム建設を反対された場合、村一丸となって中止を呼びかけることだろう。事実、そのような事例を私は調査している……か。園崎さんはそんな人だったんだ……」
古手さんは御三家の1人と聞いてはいたのだけど、まさか園崎さんも統治する側の人間だなんて。
「そして今回はダム建設において園崎家は断固として反対の姿勢をとっていた。村全域を水没させてしまうことは、村の消滅を意味するのと同義。それほどまでに大規模ともなれば、反対するだろう。それに助長するかのように村人も結託。村でのストライキが実力的に行われることになった」
まさかダム建設がそこまでの規模だったなんて……
ダム工事現場跡の大きさからかなりのモノだとは思ってはいたけど。
実際の写真として雑誌に張られている写真には人の手に持つテロップ、看板など至る所に『ダム建設反対!』と書かれている。
人々に表情はまさに鬼の形相。今まで見てきた温厚そうな表情とは真逆だ。それほど大きな反発があったのだろうとたった1枚で痛感させられる。
「ただ村の中でも国からの優遇に積極的になっているものもいた。その中で派閥が出来て、村の結束力に亀裂が生じたのは言うまでもない。換言すれば村はダム建設に対して例えようもない憎悪を抱いていることだろう。それは村を統治していたものたちから見れば当然のことである。雛見沢という小さな村だからこそ、その反発は大きい。認知していることといえば、ニュースでも取り上げられた石などで作業員の頭にぶつけたりすることだ」
「そんなストレスからだろうか。このような悲惨な事件が起きた。ということである。ここまで大きくなったのは雛見沢は大きな要因としても捉えていいだよう」
いつの間にか声が大きくなっていた。少しだけ口調も早くなっていて、自分では気づかない間に内容に飲み込まれている。
続きは別の要因についてだった。
「だが、これだけでは大きく取り上げられることはない。では何故このように噂となっているのか。それは殺害方法が原因である」
来た。この内容が自分が求めている内容だ。
胸の高鳴りを呼吸で抑えつつ、核心部分についてみていく。
「被害者はダム建設の関係者であることは前述している。加害者もその関係者というのである以上、ストレスからの仲たがい、もしくは突発的な行動から起こってしまったのかもしれない。しかし、そのあとのことだ。何故遺体をそのままにせず、斧で頭部、両腕、両足、そして胴体に分けて隠したのか、である。人を殺害して更に解体を行う。とても仲間だった人に行うものではない。突発的であったとしてもそのような狂気にまで苛まれるよりも、後悔が残るはず。心理学的には突発性で殺害した場合、その事実からの恐怖に押しつぶされ、逃げ出すことが大抵であると聞く。更にひとりではなく、関係者、およそ10人全員が行ったことだ。誰も止めなかったのは疑念でしかない」
バラバラに文字通り解体する。そんな想像すると胃の中がかき混ぜられたような感覚に陥りそうだ。吐き気がする。
それを忘れるためにも口の中の苦みを感じつつ、続きを読む。
「何故このような残酷な事件が起こったのか、詳細は分からない。警察は捕まえた犯人の供述を語らず、黙秘をして教えてくれないのだ。これは私の予想だが、このような事件が生まれたのはストレス以外に何かしらの原因があったと思われる。その内容については只今独自に調査中である」
独自に調査と言って、実際にその場に訪れたという証拠の写真や、インタビューをしている写真などが張られている。
「一応警察では村人からの執拗な暴行によるストレスという内容で済ませているが、そうとは思えない。世間では心のケアをしっかりと行わせなかった国にも多少の責任はあると言われている。だが私はこう思う。国がケアしなかったのは、別の何かがあったからのではないか、と。そしてこの事件の後、ダム建設は鳴りを潜めた」
この人は何か秘密があるのではないかと疑っている。それは村人を疑うと同じ。
……そして、今なら前原君と同じといっても過言ではないのだ。
あんなに優しそうな笑みを浮かべる村の人達が、そう遠くない昔にそんな事をしていたなんて信じられない。前村人に会った時はなんて言ってくれた?
みんな優しいから頼っていいと言っていたのではないのだろうか。
それは全てあの人の嘘、いや、村人全員での嘘だったというのだろうか……。
前原君が言っていた通り、竜宮さんは嘘をついている。この事実、僕には何の事か理解に苦しんでしまう。
最後の最後に書かれていた記事の内容は至ってシンプル。
『願わくば、未だ見つけられていない右腕を見つけられることを』
それが、この雑誌の全てだった。
富竹さんが言っていた通り、右腕がまだ見つかってない――――
「孝介君」
長い! その一言に限る。
雑誌の内容をつらつらと書いているとこれだけに……。
重要アイテムなので、これぐらいじゃないとねー。