■訳探し編【Ⅴ-Ⅰ】
「何だって!? 圭ちゃんが風邪ぇ~!」
朝の朝礼の後の少しだけ行われる連絡事項での出来事。今日も何もありません。みなさん、元気に学業に努めてください。そう言われるはずだったのに、ある一言が付け加えられていた。
前原君の休み、そう千恵先生から口頭で伝えられた。
その言葉を聞いて一気にざわつくクラスメート。
中でも園崎さんが席を立って驚きの声を上げてしまっていた。
「はい。親からの連絡がありまして、今日は休むと」
「はぅ……。圭一君。大丈夫かな、かな?」
「馬鹿は風邪引かないと言いますのに、とんだ間違いですわね」
「…………きっと圭一はずる休みなのですよ、にぱ~☆」
「あはは……、それはひどいんじゃないかな?」
前原君だって人間なんだし、こういったことがあっても不思議ではない。
確かに一番病気とは無縁の存在だと思っているのは確かだけど。
「困りましたわね……。今日見せるためのトラップが使えませんわ」
「その前原君用トラップを使うのはどうかと……。もしかしたら、以前の水入りバケツが原因かも」
「そうですわね。少しは反省しますわ……標的は目の前にもいますし」
「何で僕を見るのかな!?」
『あははは!』
「みんなもこれ笑うところじゃないよね!?」
駄目だ。このままだと僕が標的にされてしまう。
話をうやむやにするためにも何とかこの場を諌めて欲しい。その願いが通じたのか、手を叩いて千恵先生が止めに入ってくれた。
「はい、授業に入りますよ。各自で机を合わせて授業の準備して下さい」
未だ騒がしいのだけれど、それぞれが授業のために机を合わせる。もうじき話も落ち着くことだろう。僕達上回生グループも静かになる事は無く、前原君が休んだことについて話を戻していた。
「しっかし圭ちゃんも駄目だねぇ。部活の一員なのに、風邪で休むなんて」
「魅ぃちゃん。風邪なら仕方ないよ」
「あっはっはっは! そりゃあそうか」
「ちょっと。園崎さん達も勉強しないと……」
僕だけがこのグループの中でペンを走らせていた人だった。いやだって、話をするのは休みの時間でも大丈夫だと思うし……。
竜宮さんはペンを持ってはいるが、その手は動いていない。園崎さんなんてペン以前の問題ではあるのだけれど……。
「孝ちゃんはどう思う?」
「え、何が?」
「圭ちゃんの事だよ。昨日あんなにピンピンとしてたのに、急に欠席なんか言われたら――――」
「……もしかして。何か裏があると思ってるの?」
「その通り!」
園崎さんは、まだ教科書も出していない平らな机に手をついて身を乗り出してきた。
あまりの近さに反射的に身を引かせながら、
「ある訳無いよ……。何が理由で前原君が風邪なんて嘘つくのさ」
「私もそう思う。魅ぃちゃんの考えすぎだよ」
「う~ん。おじさんとしては圭ちゃんに何かあったと思ってさ~」
と、顎に手をあてて思案する園崎さん。僕らも同じように、ペンを止めて心当たりのありそうなことを考えてみる。しかし、そうやって考えてみろと言われても、何の情報もない以上、中々思いつかない。そもそもこの時期に風邪というのも珍しいし……。
その疑問について耽ろうかというところで、竜宮さんがぼそりと呟いた。
「疲労なのかな、かな?」
「へ? それってどういう意味?」
「えっとね。圭一君最近ずっと忙しそうだったから」
「……まぁ確かに」
あのケンタ君人形を取り出してからの前原君は、何かと動いていたような気がする。
かれこれ一週間が経ったのだが、その間ずっと放課後に残ろうとはしなかった。
いつも用事があると言って、部活も参加しなのだからきっと忙しい家庭の事情でもあったのだろうと思っていたのだけれど。
「なるほど……。前原君の風邪は体調管理に問題があったんだ」
「まだ決まったわけじゃないし……」
「いや、あたしはそう睨むね」
「それが妥当だとは思うけど……」
「ねぇ、魅ぃちゃん。何か圭一君に出来る事ないかな、かな?」
再び静寂の時が流れる。
「…………お、そうだ! レナ、今日はあたしの家でおはぎ作る予定だったよね?」
「え、うん?」
「もしかして、おはぎを前原君にプレゼントするの?」
その通り、と言わずに園崎さんはニヤリと笑った。
「ただ渡すだけじゃ面白くないからね」
「いや、お見舞いの品に面白さは不要だと……」
「ちっちっち! 甘いねぇ孝ちゃんは。部活メンバーの品なら、一癖もふた癖もあることはよく覚えていた方がいいよ!」
覚えることは、今度プレゼント貰ったときなどは開封をお願いしないといけないということですね、はい。
「それで魅ぃちゃん。どうするのかな?」
「あたしとレナが作ったのはどれか当てるゲームだよ」
「何だ、それなら良かった……」
「ん? 孝ちゃんが別の何かを考えていたの?」
「いやぁ、まぁ。部活というからね……」
てっきり開封すると、箱からチョークが飛び出すぐらいのギミックを考えていた。それなら彼も安心することだろう。
「そうだ! 孝ちゃんもおはぎ作らない?」
「え、遠慮しとくよ。迷惑かけそうだし」
「迷惑だなんて大袈裟な。大丈夫だよ」
いや、大丈夫って言われても迷ってしまう。
自分として料理は出来るし協力したい部分はあるが、それはつまり園崎さんの家に行くわけだ。あまり女の子の部屋に行くなんて習慣もなかった自分にとって何だか恥ずかしい。
……いやそんな事を言っているけど、実際は違うのかもしれない。
やはり、まだ自分は距離が必要だという思いがある。何かは言わなくても分かるし、何故かは分からないのだけれど。
「こら、園崎さん達。授業中ですよ」
「は~い。ま、孝ちゃん考えといてよ」
「あ……うん」
何とか、うやむやになってくれた。良かった思わず安堵のため息が漏れてしまう。
早速ペンを持って勉強しようとそれぞれが準備し始めたとき、園崎さんがうめき、天を仰いでいた。
「あー!! そういえば、ここの数学全く理解出来てないんだった。今日圭ちゃんに聞くつもりだったのに……」
「うーん、レナも分からないなぁ」
「まっずいなぁ。ねぇ、孝ちゃん。これ解る?」
どうやら僕の知識を当てにしているようだ。そもそも自分で考えている姿を見ていないから、何がどう分からないのかも分からない。更に1つ年上の問題なんて出来るかどうか、諦め半分のまま教科書を覗いてみると、
「……え、これってこうするんじゃないの?」
思ったよりも簡単なことに気が付いた。数式が頭の中で渦巻き、1つの回答式を形成していく。
それを忘れないためにも自分のノートの1枚を破って公式を書いて、解答してみせた。僕の解答を見て、園崎さんはドリルの答えを参照している。
「凄いよ孝ちゃん。どうやってこれ解いたの?」
どうやら答えはあっているようだ。先ほどの渋顔とは一変してパァッと希望を見つけたとばかりに光り輝いている。
本当に調子のよい人だ……それが園崎さんの良いところなんだろうけど。
そう思いながら、園崎さんの教科書を拝借した。
「教科書に載ってると思うよ、適宜解いていけば簡単な内容だったと思うし。えっとね……」
こうして時間は過ぎていき、校長先生が鳴らすベルまで、ずっと落ち着いた世界のままお互いの勉学をカバーしていった。
新たな章突入。
前原君が風邪で休みましたね……。
これ以上何かが起こってしまうのか。起こすのか。
全てが分かるのはもう少し後になることでしょう。
……余談ですが、今物語は5分の3程度を消化しましたね。
そろそろ展開が大きくなっていく世界。
楽しみにしていただけたら幸いです。