前原君の強気な発言。言葉の節々から感じ取る事が出来る自信、相手を見通したような鋭い目つき。これらから判断するに、前原君は何かしらの情報を手に入れているのだ。それも、竜宮さんの情報。
彼女は想いを伝えようとしていた。そのために予想外からの攻められ方に、思わずたじろいでいる。
「ど、どういう意味かな? かな……」
「校内でガラス割った奴ならって言ったんだよ」
「……それは……」
「大石さんから話を聞いてるんだぜ。レナはここに転向する前は、校内の窓を全部叩き割ったような問題児だってな」
竜宮さんがそんなことをするはずがない。確かめる僕の目に見えたのは、反論も出来ず、言われるがままの竜宮さんの姿だった。前原君はそれを良い事のように意気揚々と喋り続ける。
「自分の不都合を隠しておいて仲間かよ、何で今まで黙っていたんだ?」
「……」
「結局、レナも自分が恐ろしい奴だってことを自覚している。だから言えなかった、隠すことを良しとしていた! 俺たちとは違って”普通”じゃない人同士の集まりだからなぁ!」
彼女は普通じゃない。その言葉はどんな暴言よりも心に突き刺さる言葉だと思った。みんなと一緒にいたいだけの彼女は、過去の過ちで全てを否定されてしまった。届かない想いとなってしまった。
それを証明する言葉は何よりも耐えがたいものに違いない。
「だから、お前は信じているなんて言えるんだよ。仲間ってのはどんなことがあっても信頼できるものなんだとな。ばれたら『怖がらせたくなかった』なんて善意を装った理由で済ませられる。それはな、全部お前が望んでいたことなんだよ!」
そんなことはない。彼は大きな間違いをしている。
「甘いんだよ! んなこと普通の人間から見たら、ありえねぇことなんだ。常識じゃないんだよ! お前らは同じだ。隠してきたことがあっても言ったら助けてもらえるという犯罪者がよく妄想するだけの集まりなんだよ!」
「前原君……!」
これ以上は聞きたくなかった。
竜宮さんが傷ついていくのが怖かったし、そしてなにより圭一君がそんな事を言ってほしくない。
だって、昔の前原君はそんな事を言っていなかった。信じようとした。それが僕にとっては信頼の証だと思えて、前原君はそういうことが出来る強い精神を持っている。だから凄いと思えていた。だけど今の言葉は違う。昔の彼と真逆のことを言っている。そして、彼の過去の言葉を否定しているように感じてしまった。
それが……嫌悪感でしかなかった。
「もうやめてよ。竜宮さんが辛いのが分からないの?」
「お前だって知ってるだろう? こいつらは嘘を付いていた。そのために形だけの信頼関係の中、俺たちは踊らされてたんだぞ!? むしろ辛いのは裏切られた俺たちの方だ!」
「竜宮さんがどんな想いで嘘を付いていたのか……」
「孝介! 何でこんな奴らの肩を持つんだよ!?」
「何でって……!? こんなの間違っているに決まっているからじゃないか!」
「間違っているだと……?」
彼は否定されると思っていなかったのだろう。驚愕を隠しきれない前原君に対して、僕は何も言わずに黙って頷く。
「俺の……俺の何が間違っているって言うんだ!」
「分かるはずだよ。上手く言葉には言い表せないけど……。けど前原君は、前の前原君はそんな事言わなかった!」
「それは、俺がこいつらの過去を知ってなかったから、」
「違う! 違う、違う!!」
今の気持ちを体現せんとばかりに、首を横に大きく振る。僕は俯き、両手を強く握った。
「僕の知っていたのはもっと……もっと仲間を信用しようとしてた! でも、それがいつの間にか想像だけの出来事に囚われてしまっている。みんなが手を伸ばし、助けようとしているのを自ら拒否している!」
「そんな事はねぇ! 俺はみんなを信じていた。俺がみんなを信じようとしていた!! なのにこいつらは裏切った。あんなに明るい顔をしといて、裏で口では言えないような事をしていたんだ。それだって許したくせねぇ事態だが、理由があるのなら信じてやってもいい!」
しかし、と前原君は目で倒れている園崎さんを威嚇した。
「あのおはぎの中に入っていた針はどう説明する!? こいつらは俺を殺そうとした。秘密を知ったから口封じに来たんだよ! それ以外考えられねぇ!」
前原君はおはぎの中に針が入ったと供述しているけど、そんなモノは無かったはず。あの時は目を皿にしてまで探していたんだ。針なんてないと断言出来る。なら、何故圭一君はそんな事を考えているのだろうか。
――――結局圭一の原因は疑心暗鬼からの行動だと思うのです
あの時古手さんが言っていた言葉。そう、今の前原君は何かに憑りつかれたような状態になっているのだ。
「それに、こいつらは俺を監視しているんだ。俺をずっと付けていって殺すチャンスを窺っているいるんだよ!」
「な、何言ってるのさ……」
「俺たちはきっと殺されてしまう。だから、その前に殺さねぇといけねぇんだよ!」
「だから、そんな事しないって魅音さん達が言っているじゃないか!」
「孝介」
「な、何?」
いきなり神妙な顔つきになったから、こちらも少したじろいでしまった。
顔をあげてみると、前原君はバットをこちらに向けて、僕と目線を合わせていた。
「さっきから、俺の話を信じてねぇよな? 何でだよ! もう目を覚ましただろ!? ならお前は……お前だけは信じてくれるんだよな!? 俺の事を……!」
「……」
苦悶。その一言と言っていいかもしれない。
残念ながら、今の僕の言葉は決まっていた。
それは今の前原君を押さえつけるほどの、言葉の威力だと思う。もしかしたら、考え直してくれるかもしれない。
……だけど、逆にそれを言ってしまうと、前原君はショックを受けてしまう可能性もある。前原君にとって心の支えだったであろうものが一瞬にしてなくなってしまうのだから。
そして、この関係に大きな溝が出来てしまいそうで怖かった。
どちらかは分からない。
僕の中で不安が波のように押し寄せて、最悪な結果しか見えてこない。
それでいいのだろうか……でも、言わずにはいられない……
ここまで言ってしまっておいて、はぐらかしたり、かわそうとすることなんて僕には出来なかった。
……いや、そう思っているのは形だけであり、本当は自分が勢いに身を任せていただけだ。
「…………ごめん。僕は今の前原君を信用する気にはなれない」
僕は目を逸らしながら、そう言ってしまっていた。