彼はその後何を言ってくれたのだろうか。僕には遠い世界のように感じてしまって、全てを無しにしようとしていた。
夏真っ盛りに喚き散らすセミの音。そして、教室にいる子供たちの談笑。地面を蹴るような足音。そして、自分の目の前で喚き散らしている彼の声……。全てを僕自身が認めようとしていなかった。
肩を揺さぶられて、ようやく現実の世界に引き寄せられる。
「何でだよ!? もう園崎家の脅しとか関係ないんだぞ! 俺たちはもう正直になっていいんだよ。だから――――」
「だから本心なんだよ! 僕は今の前原君を信じたくない、今の君……暴力的な君を、信じれるわけがない……」
「はぁ!? 何言ってんだよ!」
「こんなの、間違ってる……何で、どうして……。園崎さんは自分の全てを見せてくれた。本当の気持ちを見せてくれた。それなのに、何で前原君は信じてあげられないの。どうして……」
言葉に詰まる。何を言っていいのか、よく分からなくなりそうな自分がいるからだ。
『これからは友達の味方でいるんだぞ?』
父さんに言われた一言が蘇る。その通りにしたのに。していたのに。
どうして……こうなったんだろう。
「は、ははは……」
顔を引き攣らせてながらも、笑って見せている前原君。あり得ないモノでも見ているかのような、そんな冗談まがいに感じているようで、
「なん……だよ……それはぁ!」
そして、次の瞬間には僕に向かって、喚き散らしてきた。
「俺はお前を仲間として信じていいかって言った時、頷いたじゃねぇか! あの時の言葉は嘘だったってことなのかよ!」
「……信じたかった! きっと前原君も同じようにみんなの想いを知って変わってくれると信じたかったんだよ、だから」
「やめろ、やめろ!」
彼は耳を塞いでいた。そして自分もこの言葉を言いたくなかった。口がカラカラに乾いてしまうのが分かる。それでも、気持ちに嘘を付くことは出来なかった。
「今の君を……仲間だとは思えない」
その瞬間、頭に鋭い刃物で刺されるような痛みが走った。フラッシュバックされる記憶の断片。セピア調に映し出される景色は学校の校舎裏のようだった。目の前には2人の男子生徒。顔は黒く塗りつぶされ、口元だけははっきりと見える。
身の毛のよだつような恐怖が自分を襲う。言われたくない、そして、これからも信じていたい、その気持ちが全身を強張らせる。
想像したくない、認めたくない、まだ、まだ!!!
だけど、彼らの口はこう動いていた。
『今の君を……友達だとは思えない』
それは唯一の友を失った…………今まで楽しかった日々がこれから無くなることが決定した瞬間。
そして……記憶の中にいる僕はこう言っているだろう。
「うわああぁああ!! 嘘だぁぁああああぁああぁぁ!!!!!」
鈍い音が耳の中に入ってきても、最初は僕の身に何が起こったのかよくわからずにいた。何故視界が横に変わったのか、なぜ頬が少し熱いのか、そんな事を考えていた。
体に力が全く入らない。口の中に砂利が入っている。吐き出したい思いと共に。僕は今横に横たわっているのだと状況を把握した。
バットを振り上げる前原君の姿がスローモーションに見える。何度も打ち付けてはこちらに向かって頭を殴ってくる。頭を庇う力もない。
ドクドクと頭から脈打つような感覚。頭の中で脈打っているのか、それとも既に血を出してしまっているのか。音が遠く、地面に焼かれるような熱さも今となっては気持ちが良い。
誰かが何かを叫んだ。それでも僕は前原君を見続ける。最後まで、信じたかった想いを伝えたくて。
前原君は僕を恐れるような目で見てた。だけど、一歩二歩と後退し、そのまま背を向けていった。
遠くなるその背中を僕はただ黙って眺めていくしかできない。
すぐに後ろから竜宮さんや、ほかの人達の雑音が、遠い場所のように耳に入ってくる。内容なんて理解できない。
何だか、凄く眠い。
僕はその欲望に逆らうことなく目を閉じた。
流れゆくは今までの記憶。まだ圭一君と笑い合っていた時の事が思い出される。
トランプでのひと波乱、園崎さん達とのピクニック兼村案内、竜宮さんと圭一君の宝さがし……。
たった数週間なのにたっぷり詰まった思い出を思い返していると、周りの音も聞こえなくなる。それは意識を失っていく事であったはずなのに、それを理解する思考能力もその時には失っていた。
ただ1つ、最後に見た記憶の時だけを除いて。
「あぁ……そうか」
自分では分からないまま、そんなこと呟いていた。
経験していたから、あんなことを言ってしまったのか。分かっていたから、言ってしまったのか。記憶が錯綜しているのかもしれない。ありもしないモノなのかもしれない。でも、確かに感じる辛さ、痛み。それらすべてを感じ、理解していた。
だったら何と……なんと滑稽なのだろう。自分で受けた痛みをそのままに、相手に与えてしまったこと。結局、自分は何も出来なかったこと。
そして……こんなことになった訳。それはもう、既に思考の外となっていた。
誰かが近づいてくる。
全てが安らかな暗闇へと変化していく時、たった一言だけ聞こえた言葉があった。
『ごめんなさい』――――と。