ひぐらしのなく頃に 決 【訳探し編】   作:二流侍

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■訳探し編【Ⅵ-Ⅷ】

 暗い夢を見ていた……何も見えない世界。何かが足りない、何かが見えていない。そんなぽっかりと空いた曖昧な存在を求め、足掻いていたような気がする。

 目の前の黒が見えた。闇に包まれた中に生まれた更に深い黒。それは人の形をしていた。人のシルエット。体格的に男だろうか。その人はこちらを見ているのか、背を向けているのかは分からない。

 誰だ。僕はそう問いただす。……予想していた通り、答えはない。

 ただ、その人はこういう。『ごめんなさい』と。ただその言葉を繰り返し、僕に伝える。

 分からない、何を言っているのか、何を言いたいのか。全く分からない。

 何度も呟いていた相手だが、やがて溶け込むかのように徐々にシルエットが小さくなり、遠くなる。追い求めるべきなのか、それとも無視するべきなのか。

 分からない自分はただ腕を伸ばす。伸ばし続ける。

 

「……あ」

 

 そこで目が覚めた。白い天井。自分の伸ばしていた手が空しく空を掴もうとしていた。

 アルコールなどの薬品臭が鼻に入ってくる。清潔感を感じさせるベットの優しく包み込むような包容感も感じる。セミの音が唯一この温かな雰囲気を邪魔しているような気がした。

 病院……なのか。そう呟いた僕は自分の手を握ったり開いたりして、己の感覚を確かめていた。

 痛みはない。自分の感覚がおかしいというわけでもないのか。

 なら、何故自分がここにいるのか。

 その時頭には何かを巻かれているのだと気付く。触ってみたら頭に包帯が巻かれていた。

 

「あぁ、起きましたか!」

 

 ベッドに横たわっている僕に近づいてきたのは白い衣服を着た男性だった。茶髪に髭を生やすことない若者。眼鏡をかけていて、とても温厚そうな人だ。たぶん医師の人なのだろう。

 

「あの、ここは……?」

「入江診療所ですよ。雛見沢では唯一の病院です」

「入江診療所……」

 

 母さんが勤めている病院。母さんの働き口でお世話になるなんて。しかもそれがこういう事態なのも何かもの悲しさを感じさせる。

 

「診療所……」

「自己紹介がまだでしたね。私は入江京介といいます。ここで医師として働いています」

「……すいません。僕はどうしてここにいるのですか? 確か、前原君たちと一緒に学校に行ったはずなのに……」

 

 それを聞いたら、入江先生は少し辛そうな表情をした。質問内容に不快なものでもあったのだろうか。手に持っているカルテに何かを書き込みながら、言ってくれた。

 

「多少記憶の混乱が見られますね、仕方のない事です。生きているのが奇跡と呼んでいいぐらいなんですから……。相手が脳髄を確実に狙えなかったのが救いです」

「僕の頭に何か巻かれているのと関係がありますか?」

「えっと。それは、」

 

 入江先生が何かを言う前に、病室の扉が開いた。

 

「孝介さん! 目を覚ましたのですわね!」

 

 上半身を起こす。ドアから入ってきたのは北条さんだった。目に涙を溜めながら、笑みをこぼしていた。そして後ろに追尾する形で、古手さんもいる。

 

「…………良かったのですよ。みぃ」

「よかっ……た……?」

 

 あまり状況を把握していない身としては少し違和感となっていた。入江先生が書き込んでいたカルテを胸元で隠すようにしながら、北条さんたちに質問していた。

 

「今日もお見舞いですか?」

「……そうなのです」

「梨花ちゃんに沙都子ちゃん。今日は花を持ってきたのですか?」

「そうですわよ。それぞれのお花を持参しましたわ」

 

 手に持っているのはどうやらお見舞いの花のようだ。ただ、古手さんの方は一本だけの花だ。

 彼女の容姿が青ということもあるのだろうか。同じような青色に染まった花びらはたくさんあり、まるでブドウのような花の形をしていた。古手さんは素直に僕の方に来たのだが、北条さんは違った。

 

「あの……魅音さんはどうですか?」

「容態は安定しています、しかし精神的にかなりダメージを受けているようです。こちらが話かけても反応しない状態が続いています」

 

 北条さん達が目を向けているのは僕の隣、廊下側に設置されているベットだった。その上にいるのは園崎さんだった。僕と同じようにベットの上に寝かされている。園崎さんの目は開いていた。だけど目に力が無い。というより瞳に宿る何かが無くなっているように見えた、どこを見つめているのか。焦点の合っていない目は嫌でも気づかされた。

 

「なんで、園崎さんが……?」

 

 2つのベッドの間、そこに置かれていた花瓶に花をさしている北条さんが暗い顔になる。

 

「孝介さんはなにも覚えていないのですか?」

「何が……?」

「沙都子ちゃん。篠原君は今記憶の混乱が見られます。なので、自分に起きた出来事を思い出せていないのです」

「そうなのですか?」

「…………。ごめん。覚えていない」

「そのよう……ですわね」

「…………ごめん」

 

 何故だろう。謝らないといけないと思ったのだ。

 北条さんは口を閉ざしてしまう。一瞬だけ開こうとしても、それは息を吐くだけに留まり、言葉として発しない。結局悩んだ末に彼女は暗い表情や無言を突き通したまま、廊下に出て行った。花瓶を手に取っていたし、水を入れにいったんだろう。

 

「私もこれから検診があるので少し失礼します。孝介くん。何かあれば、すぐにそこのナースコールボタンを押してくださいね」

「えっと……はい」

 

 ゆっくりと扉が閉まっていくのをただ黙って見つめていた。残った者たちは何も語ろうとしない。それは僕含め、ここに見舞いに来たであろう古手さんもだ。

 静かすぎる不気味さはあまり好ましくないと思ったから、園崎さんの方に言葉をかけてみる。

 

「園崎さん。頭の方は大丈夫?」

「……」

「園崎さんも何か起きた……ようだね。この様子だと」

「…………なさい」

「え、何?」

 

 僕は静かに口が動いた園崎さんにもっとはっきり言ってくれるようにお願いする。

 しかし何も変化がない。仕方なく自分からベットから降りて、近づこうとした。

 

「……っと!」

 

 思わず口にして、園崎さんのベットに寄りかかるようにして崩れていた。それは足に思うように力が入らなかったこともあるし、夢の中にいるようなそんな視界の違和感を感じていた。

 勢いよくベットを揺らしてしまった。もしかしたら起きてしまったかもしれない。

 園崎さんの方を見やる。

 こちらに一切興味がない。それどころか先ほどから唱えている呟きを繰り返している。

 何を言っているのだろう。耳を寄せればその言葉が聞こえてきた。

 

 ――――ごめんなさい

 

「ごめん、なさい?」

「……魅ぃは今、圭一と口論したのですよ。それで深く傷ついているのです」

 

 もう1つの花瓶――――窓側にあった花瓶に、先ほどから手に持っていた花を突っ込む。水が元から入っているのだろうか、水を入れに行くような事はしない。

 僕はもう一度機械のように連続的に話している園崎さんの姿を見た。詳細が思い出せずとも、分かる。何かが失敗した。それは一体なんだったのだろうか。

 その時思い出す。あの夜、園崎さんたちと密会で計画を立てていた。あの日の夜を。

 ……つまり、あの計画が失敗したということだ。そして前原君も今は、いない。

 それを理解しただけでも胸が焼けつくような思いだった。

 

「さっきまで言ってなかったけど、僕はどうしてこんな状況になったの?」

「……簡単に言うと、圭一は篠原との口論に逆上してしまった。そしてバットで篠原を殴ったのです」

 

 園崎さんと同じような状況になったという事か。この頭もそれが原因だと言われれば、納得ができる。古手さんはその後も悲しそうに続ける。

 

「……圭一は孝介が倒れたのを見て、叫び続けていたのです。何を言っているのかは聞いてなかったのですよ。……そしてレナが圭一に叫んでようやく自分の状況を把握しましたのです。僕たちもその時に来ていたのです。……そして圭一はバットをそのまま持って、逃げ出したのです」

 

 もしかしたら、僕は殺されてもおかしくない状況に置かれていたのかもしれない。

 話だけを聞いても、その可能性は否めない。いや、むしろ高かったはずだ。

 

「……ボクたちは教室から叫び声を聞いて、状況を理解しました。そして同時に計画は失敗したのだろうと分かったのです」

「もしかしたら、竜宮さんも……」

「……ボク達も行かなかったら、危なかったかもしれないのです」

「そう、なんだ」

「…………急いで入江先生を呼んで、ボクらは魅ぃ達をここまで運んだ。という事なのです」

「ちなみに僕は何日眠っていたの?」

「三日なのです」

 

 三日……か。

 僕は外を眺めた。何も変わっていない雛見沢。相も変わらず鳴き続けるひぐらしに、変わらぬ田舎道。なのに僕らの周りはあまりにも大きく変わってしまった。今更昔のように変えられる事など、可能であるのだろうか……。

 僕はその問いに上手く付き合っていける気がしない。でも……あの時の楽しかった思い出が蘇ると、何かにすがらずにはいられなかった。何かしらの可能性を掴みたかった。

 

「前原君は、どこに行ったの?」

「……それはわからないのです」

「僕たちはまた……みんなで一緒に遊べるよね?」

「……」

「そうだ…………そうだよ。圭一君が悪い事をしたかもしれない。でもまた話し合って、僕と園崎さんが許せば、きっと圭一君の罪も許される」

 

 その時の状況が分からないけど、でも、前原君ならきっとわかってくれる。仲間を何より大切にするだろう彼なら、きっと……。

 そう、そう思えた。思えてしまった。

 

「きっと祭りにはみんなで遊べる……綿流し、だっけ? 一週間もないけどさ。でもそれが解決すれば、みんな仲良く遊べるはずだよ!」

 

 僕は安心したかった。まだ残された道があるはずだと言いたかった。古手さんに同意してくれたら、それが見えそうだった。だから僕は言っていた。同意してほしくて、心の余裕が欲しくて。

 でも、彼女は……僕に現実を突き付けてくれた。

 

「うるさいな」

 

 その言葉は今まで自分がしてきたことの否定。そして、自ら前原圭一という存在を認めなかった僕への批判も入っていた。

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