「ふぅ……」
今日の出来事を日記に書いていた僕は、ひと段落ついたところで深く息を吐いた。
書き終えた日記を閉じて、表紙を手でなぞる。ざらざらとした手触りを何も感じずにただそこにあることを確認している。
雛見沢に引っ越した初日に僕が手に止めていた日記。前までは気にすることも無かったのだけれど、入院をしてからはこの日記をきっかけに書き続けるようにしている。理由は簡単。前回みたいに記憶の欠如があった場合に思い返せることと、単純に記憶の中の整理を行うためだ。
昔の内容を思い返すことに疲れた僕は机に置いた置き時計を見やる。
11時30分、あれから2時間経ったのか……。
書いていた時に気づいたのだが、紫色に色づいているこの日記はどうやらそんなにページ数があるわけでもない。要所要所にまとめ、簡潔に書かないといけない。
……別に、終われば新しい日記を作ればいい話だけなのだけれど。
こうやって書いてみると本当に書くことが多かった。良い事もあれば、悪い事もある。
どうしてこうなったのか、そんな気持ちをまとめるのは一苦労だ。何せ自分の中でさえ劇的な変化の連続だったのだ。こうやって見ると、よく分かる。いかに自分の信念が無いかということを。
「……うぅ」
下唇を噛みたくなるものだ。だってこんな自分が嫌になりそうなのだ。
結局自分は何もしなかった。ただみんなに合わせるようにして、みんなと一緒にいようとしていた。そして、それが自分を変えるきっかけとなっている。まぁそれ自体は悪くないのかもしれない。それが僕の望みなのだから。
だけど望んでいることばかりだった。そこに自分の意思はなく、ただ変化を望んでいたのかもしれない。相手が、環境が、そして……仲間が。
ある時は竜宮さんと前原君がいたダム建設の時だ。あの時にちゃんと嘘を付いていることを聞いておけばこんな事になっていなかった。でもそれを聞いてどうなるかを考えていなくて。
ある時は前原君と一緒に登校していた時。あの時にちゃんと彼の気持ちを聞いておけば、こんなことになっていなかった。でも、それを聞いたら前原君自身の気持ちに躊躇いが生まれるのではないかなんて考えて。
そんな安全を考える気持ちが……憎い。今になっては凄く憎い。
仕方なかったなんて言いたくない。自分の想いに正直にならなかったからこうなった。
だから責めたくなる、意思が弱い自分を。こうなってしまった自分を。こうしてしまった自分を。
やり直せるならやり直したい。もう一度あの時の自分に戻って全てをやり直したい。
そんな幻想を描いては、己の空しさを笑いたくなる。そう、現実は進むのだから、もう取り返しがつかないのだ。
「はぁ」
まさに負の連鎖。自分を責めて、過去を思い返して、嫌気が差して、そんな自分をまた責める。これじゃあキリがない。
……次は何を書こう。園崎さんのことでも書こうか。園崎さん、まだ体調はあまりよろしくないだろうし……大丈夫だろうか。
そんな事を考えていると後ろのドアが開く音がした。
「もう、まだ起きていたの?」
母さんが鞄を持って部屋に入ってきた。
今日は確か仕事で忙しくなるとか言っていたっけ。母親も通勤に30分ぐらいかけているというのだから、そのやる気を褒めるべきだろう。
「おかえり」
「ただいま。帰るとき二階の電気がついていたからね」
そうか、だから入ってきたのか。でもせめてノックぐらいはしてほしい。
「今日は遅かったんだね」
「えぇ。祭の後片付けの時に怪我した人がいちゃって、その応急で忙しかったのよ」
「それはお疲れ」
「そっけない。もっと労いの言葉をかけてよ」
「お疲れの様なのですし、肩でも揉みましょうか? 母上殿」
「うーん。気持ちこもってないから50点」
肩を揉むのだから、もう20点は上がっても良さそうなのに。
まぁ気を揉んでいる自分にとってそんな事は些細なことだけど。
「うん? それ何?」
母さんが目を付けたのは今書いていた日記だ。
「孝介。あなた日記なんて書いているの?」
「うん。まぁなんか続いてて」
「珍しいわね。あなたが日記なんて」
「まぁ、色々あったし」
「明日台風でも来るのかしら?」
「そんな珍しい?」
「そう言った習慣ごとには苦手そうだもん」
そんなサボり癖はないと思うし、正直ショックなんだけど……
「ま、日記を書く事はいいことだけど!」
頭を軽く叩かれてしまった。脳に異常はなかったとはいえ、別に骨に支障がないわけでもない。というよりそもそもヒビが入っているのだ。
病人を大切にしないとはナースとして如何な物か。
「まだ完治してないのよ。けが人はおとなしく寝ていなさい」
「なら、頭を叩かないでよ……」
相も変わらない心配性の母さんに注意されてしまったので、今日は素直に寝よう。
布団の準備をしようと席を離れようとしたときに母さんが僕の名前を呼んだ。
「あなたってオヤシロ様の祟りって信じている?」
いきなりの事で少し驚いた。思わずベットを敷いている手が止まってしまう。
思い返されるのは今日の出来事。鷹野さんが言っていた内容のこと。何故今そんな話をするのだろうか。
作業の手が止まっている僕を尻目に母さんは後を続けた。
「今日ね。鷹野さんに言われたのよぉ。あなたはオヤシロ様を信じるのかって。祭りの後には必ず1人消えて1人殺されるって事件も聞かされたのよねぇ」
「母さんは信じるの?」
「いるかもしれないわね。信じるものにとっては、なんて甘い考えよ」
「いないよ、そんなの」
「あら? なんか孝介の気に食わない部分があったのかしら?」
母さんは僕がきっぱり言うのかわからないようだった。それはそうだ。前原君の状況について、母さんは詳細の事を知らない。それについて鷹野さんが僕たちをからかった事についてもだ。
でもそれを冷静にかわす技術までは持ち合わせていなかった。ただ黙って布団を広げて自分の布団にくるまる。最初は何も言わない僕に対して疑問を抱いていたようだけど、しばらく経ってお休みとドアを閉じる音が聞こえた。
「はぁ……」
母さんがいなくなってようやく、心の波が落ち着いてきた。まだ明かりはついていたので、半身だけ体を起こして自分の足元あたりをぼんやりと眺める。
前原君は今どこで寝ているのだろう?
ふと頭の中に浮かんだ事。それは前原君の所在。
オヤシロ様に消されたなんて馬鹿な事はない。でもこんなに警察の手が回っているのに未だ前原君のいた場所さえ突き止められていない。
それは一体どういう事なのだろうか。
こんなんで前原君ともう一度、前みたいに遊べるのだろうか。いや、それよりも仲直りという事が出来るのだろうか。
色んな可能性が風船のように膨らんでは消えていく。
『結局、運命なんて変わる事はなかったのよ』
「前原君……」
もう一度だけでいい。
僕はもう一度会って話したいと考えながら、布団の温もりを感じようとしていた。